その日は天気が快晴であった以外、特に変わったところはなかった。
授業も例によって生徒たちはギャンブル時のカイジの如く緊張感が張り詰め、承太郎だけが無敵のアカギ状態でいた。
ところがその奇妙な均衡は、四時限目になって崩れることとなった。
事件はシャナが来て初めての体育の時間に起きた。

話は変わるがこの学校の教師、特に承太郎のクラスで授業をする教師は大抵、『まとも』か『消極的』な態度をとる。
もし承太郎の機嫌を損ねるようなゲスな真似をした場合、承太郎の怒りの鉄拳を見舞うことになるからだ。
もちろん承太郎もそう何度も教師を殴っているわけではないし、『俺が教師たちを粛清しよう』と意気込んでいるわけでもないのだが。
ようはただでさえ不良のレッテルを貼られ、見下すような目つきで自分を見る教師に対して軽く敵対しているという下地があり、
そしてさらにその中にクズ野郎がいれば怒りが上乗せされてプッツンくる、というわけだった。

以前一度無能のくせに授業中はおろか校内でも風紀と言って気に入らない生徒を自分の都合で注意、
挙句には理不尽な理由で停学処置まで強行する教師がいた。
そんな教師が承太郎の素行と長ランに目をつけ、調子に乗って学帽を無理やり取ろうとしたのが彼の不運だった。
教師は今まで自分が承太郎の視界に入らなかったことがいかに幸運であったかを理解した。
無論その後教師は十分に気合を入れられ二度と学校に戻ってこれなかったのは言うまでもない。

というわけで承太郎を恐れる教師たちは少なくとも彼の見えるところでは極端な真似は避けて通っていた。
しかしそれは裏を返すと彼の見えないところではそういったことをしているとも取れるし、
実際そうしてる教師は少ないもののいた。
そもそも承太郎は不良なのでわざわざ自分の知らないところで起こった教師の不祥事には興味がない。
前述したが彼が教師を粛清させるのは単純に『気にいらねぇ』というただそれだけのシンプルな理由だった。

そこで今回の体育教師だ。
他の教師が承太郎に目をつけられないよう自粛してるなか、承太郎が毎回体育の授業を
サボっているのをいいことに彼だけは好き勝手にやっていた。
下手に権力を持った小市民ほど手に負えないものはない。
その教師も例外でなく、むしろ元から他の教師以上に臭いゲロのような性格でその日の気分で
意味もなく生徒を脅したり、女子生徒にセクハラ行為を行っていたりした。

自分だけが教師の権力を最大限に行使してると勘違いしているこのクズ教師は、
弱いものいじめを楽しむクソガキ共のように、
その横暴ぶりも日増しにエスカレートしていたのだった。


その日、体育教師はある決意を持っていた。
最近やたら職員室を騒がせる存在、平井ゆかり。
特に注意人物というわけではなかったはずだが、そんなことは俺には関係ない。
他の教師たちは承太郎の時のようにただただ恐れているだけだが、俺は違う。
体育教師と言う権限を最大限に行使して、最近調子に乗ってる不良少女の鼻を明かしてやるぜッ
……クククク……ムハハハハ……

といった感じにのたまった彼が授業の最初に行ったことは、突然の無期限ランニングだった。
今までの記録やその一見華奢な体つきから、体力的に特に突出しているわけでもないこの少女に
精神面は太刀打ちできなくとも体力面なら圧勝できるだろう。
音を上げさせるまでやめねーッ! ヒャハハッハアア!
という安易な発想からの行動だった。
しかしどれくらい長期間走らせようとも、他の生徒がヘバるだけで肝心の少女は
息切れ一つ起こさず淡々とペースを保っていた。
速くも遅くもないが、素人目にもわかるほどの無駄のないフォーム。
恐らく秒単位で合っているだろうペース。
彼女は日夜徒と命がけで戦うフレイムヘイズである。当たり前と言えば当たり前だ。
教師が疑心を感じ始め、彼女にペースを上げるよう指示しても、結果は同じだった。
一緒に走らせられた他の生徒たちは、もはやいい迷惑を通り越して殺意が芽生えていた。

しかし理不尽なことに一番いらついていたのはこともあろうに教師本人だった。
(チクショオオオオォォォォ!! どおおなってやがんだああああ!? 平井ゆかりの記録は
どれもそんなに大したもんじゃあなかったはずなのによお――っ! 
ガキのくせに余力のこしやがってクソがッ! 最初からクライマックスでいろ!
こおおおなったら意地でも泣きみせてやるッ!! 他の連中なんざどーなってもかまやしねええええ――ッ!!)
「コラアッ!! 遅えぞそこオオオォォ!! 休んでんじゃあねええッ!」
「……くっそ……あンの教師め……しまいにゃあ死者でるぞ」
10分たった時点で普段走りなれていない文化部やインドア派の生徒たちはペースが落ち始め、歩き出すものも多かった。
しかしそれを教師は許すはずもなく、必死に抗議するもいつもの横暴のこともあって彼らでは歯が立たなかった。

そして15分が経過するかしないかのころ、
一人の女子生徒が足元をふらつかせ、その場に倒れこむように
座り込んでしまった。体も慣れてないうちの突然のマラソンである。
その顔色は誰が見てもわかるぐらい真っ青だった。
「おいそこっ! 何してる! とっとと立てぇ!」
すかさず体育教師が上手くいかない状況への憤りもあって、八つ当たりに彼女を怒鳴り散らす。
女子生徒は既に限界ギリギリだったのか、肩で息をして答えられる状態ではなかった。
体育教師はそんなことお構い無しにずかずかと歩み寄り、強引に女子生徒の腕をつかみ上げる。
「根性が足りんぞおっ。立てッ!」
女子生徒は声にならない悲鳴を上げる。それを見た周囲の生徒たちが非難の声を上げるが、
興奮している教師には効果はなかった。むしろ火に油と言ったところである。
「おいアンタ! いきなりこんな走らせて、これもう体罰だぜ!? いいかげんにしろよ!!」
「やかましいッ!! 俺に指図すんじゃあねえ―――ッ!」
教師は耐えかねず抗議した細身の男子生徒を殴り飛ばした。近くの女子生徒たちが悲鳴をあげる。
「ええいうるさいッ!! お前らも気合が足りんからこうなるんだっ! さあ……お前も走れよオオオ!
さぼってんじゃあねええ――ッ」
「ひっ……嫌っ……やめ……」
腕を引っ張っても立ち上がれなかった女子生徒に教師は、
乱暴に髪を掴んで無理やり立ち上がらせようとした。
髪をおさえる女子生徒は、ほとんど呼吸音だけのか細い悲鳴をあげる。
「てめえ……いいかげんに……」
ついに堪忍袋の緒が切れた。先ほど殴られたハンサムな生徒と大柄な生徒が同時に駆け出す。
そして教師のツラに拳をブチ込むべく腕を引いた。
しかし、彼の出番は突如奪われた。射程距離に入ろうとしたその瞬間、
まるでトラックが衝突されたが如く、教師は弧を描いて飛んでいってしまったからだ。
「ゴフウウゥ!!??」
頭から落下した教師は妙な声をあげる。
あっけにとられた制と全員が顔を上げると、教師がいたところには、先ほど蹴り上げた足を見せたまま
女子生徒を支えている例の少女、平井ゆかりの姿があった。


シャナは息も絶え絶えな少女を抱えながら、教師に一応の質問をする。
冷めた少女と阿呆みたいに怒り狂う大の大人の対比は、ずいぶんシュールな光景だった。
「この授業、一体どんな意味があるっていうの? 答えて」
「きさまッ! きき教師を足蹴にしたなッ!!」
「聞いてるの? こんな単純運動を延々と続けることで何を教えるのか答えて」
「このクズがッ! 俺を誰だと思ってんだコラア!!」
「自分がやらせたことの説明もできないの?」
「わかってるのかッ! これは違反行為だッ!! 停学、いや退学にイイイイイイッ!!
 しィてエェェやるぞオオオオオオオ―――ッ!!」
全く話が噛み合わない。シャナはこの激情に身を任す男の底を見た。
シャナの心情は単純だった……『不快』……ただそれだけの感情だったが
彼女の怒りをかうには十分な感情だった。
「き、き、ききさまはアアアアアッ ただじゃあすまさんぞォ――!! わかって……!?」
教師のわめき声が止んだ。教師は見た。無言で自分を睨みつける少女を。
少女は女生徒を先ほどの男子生徒たちに渡す。そしてゆっくりと教師に近づいた。
その華奢な外見からは想像も付かないほどの圧倒的な威圧感を。
教師は気づいた。なぜ他の教科の教師たちが彼女を恐れたか。
それは決して自分の不手際を的確に指摘されただけではない。
それだけなら逆ギレでもして黙らせることは容易だっただろう。
しかし彼女は違う。まるで戦場の兵士のような、
『ぶっ殺す』と言ったときには本来の意味で『殺している』であろう気迫。
蛇に睨まれたカエルのような、純粋な意味での恐怖。

それらをこの教師は、本能で理解した。
(や、やべ――よコイツはよオオオオオオオオ! 不良なんて生やさしいもんじゃあねえ!
 やられるッ! 殺されるウウウゥゥゥゥゥ!!!!)
「いいかげん、目障りなのよね……」
「ま、まてっ平井! やめとけ! 教師を殴ったら停学だぞ。
内申書にも影響が出るよォーッ!だからなっ落ち着いてそのコブシおろそうなっ、ねっ☆」
「うるさいッ!」
ズガン、と鈍い嫌な音が響いた。
シャナの拳は正確に教師の横っ面に打ち込まれた。
殴られた状態からきりもみ回転し、教師は再度地面に激突した。


先ほどの生徒――佐藤は面食らった様子で女生徒を受け取り、その洒落にならない様相にあせった。
「おおい田中、手伝ってくれ。吉田さんもう歩くのも無理っぽい」
「おう、まかせな……っておい」
「あ……」
歩くどころか立つことも難しくなった女生徒――吉田は、佐藤の腕をすりぬけて地面へ倒れこむ。
慌てて引き戻そうとする佐藤だが間に合わなかった。しかし、その時。
「……大丈夫か?」
力強く、しかし相手を傷つけないほどの優しい力によって、吉田の体は元に戻され支えられていた。
「……え?」
吉田は顔を上げた。その顔は逆光でよく見えなかったが、そのズ抜けた体格、
そしてどこで仕立てたんだと突っ込みたくなる長ラン。
男女問わず誰もが畏怖し、しかし心では憧れている男の腕に、彼女は抱かれていた(ような状態だった)
「な、なんで……お前が……?」
佐藤が困惑した様子で聞いたが、
「は、はうぅぅぅ……」
さっきまでの血の気の失せた表情とは逆に、
今度は蒸気が出そうなほど顔を真っ赤に染めた吉田が再度気を失った。
「……やれやれ、後は頼んだぜ」
「え、ああ? って吉田さん! 大丈夫!?」
吉田を今度は横にいた田中に渡し、承太郎は教師らのところへ悠然と歩いていく。
「承太郎……だよな、あいつ。何があったんだ?」
「さあ……でも、ひょっとしたら、ね……」


さすがにシャナも一般人に致命傷や後遺症を残さない良心はあったが、
それでもその一撃は間違いなく教師の顎を粉砕した。教師はうずくまったまま顎を押さえ、
なんとかシャナから逃げようと必死にもがいてた。
「ひいいいいい~~」
「ちょっと力が弱すぎたみたいね……一般人相手じゃいまいち力の加減に困るわ」
「(うっうううう~~~っ。ちくしょう、人を殴るたぁなんて非常識なヤツなんだ、クソッ。
今は退散だッ。後で校長に訴えてやる! こんだけヒドイ怪我をさせたんだッ! 絶対退学にしてやるっ
いやそれだけじゃあ腹の虫が収まらん。退学にしたら毎日アイツん家に無言電話かけてやる!
 精神的に追い詰めてェェェェそれから……)」
ズドン、という地響きが一つ。
教師は今までの罵倒も忘れた。恐怖で体が動かない。
「ま、まて……」
「まだ意識があったのね。今とどめをさしてやるわ」
「ヒイイッ、お、俺にちかよるなあああああああああ――!!」
シャナは油断していた。すでに負けを体で表している一般人相手なので
しかたないといえばそうであったが。
教師が無我夢中で手足を動かした際、偶然にも舞った砂がシャナの視界を妨げた。
「ッ!?」
(い、今だッ)
その一瞬の隙を、教師は見逃さなかった。
脱兎の如く、恐らく普段使われないエネルギーを含めた100%の全速力で、校舎側へと逃げ出す。
(チクショオオオオオオオオ!! 今は逃げるしかね――――ッ!! 
だが平井ッ! この借りはぜってー返す。退学じゃあすまさん!
 毎日無言電話をかけてカミソリとか送りつけてエエェェェ! 
ついでに朝刊の四コマ漫画だけ切り取ったりして! 精神的に痛めつけてやるぜッ――ッ!)
そんなことを考えながら走っていたとき、
「!?」
突如差し出された棒のような障害物につまづく教師。
その勢いで、彼は再度宙に舞った。

「グベェ!! こ、今度はなんだ!?」
教師はふと
視界には、誰かの足。
ゆっくりと視線を上げる。長い脚、それを包むコートのようなものは長ランだと気づく。
「な、にぃ……」
さらに見上げる、その先には……奴がいた。
氷のように冷たい、貫くような視線。
この学校の、いや、この界隈の誰もが恐れるその男。
ケンカ最強、自由奔放。
誰にも飼われず、自分の意思のみで動く、無敵の白金。
「じょ、じょう……太郎……」
「やれやれ……ずいぶんと……楽しそうなことしてるな?」
「う、宇和わわああああああああああああああ」
教師は叫ぶが早いが人間の限界を超えた光速ダッシュで逃げ出した。
しかしッ。
「あ、あれ?」
確かに飛び出して、今は背後にいるはずの承太郎が何故か自分の前にいた。
「くそうっ!」
アキレス腱が破壊される覚悟でもう一度逃げ出す。だが。
「ぎゃにいいいいいい。な、なんでえええええええ!?」
再度承太郎が眼前に立ちはだかる。
(これは夢だっ! 幻覚だからどうってことないんだああうわははははあああああああああ)
「てめー、前から俺のいないとこで好き勝手やってたらしいな。
知らねえとでも思っていたのか?あ?」
「ひ、ヒイイ(ゆ、夢じゃないい!?)」


「本来ならおめーが二度と外へ出れねーくらい殴りつけるところだったがな……。
その傷じゃあ、弱者をなぶってるようでちょいと後味が悪い」
(な、なんで承太郎がこんなとこにいるんだああああああ? で、でも今の言葉ッ。
どーゆーワケか俺をかばったよなあ。あいつ、意外といい奴だったのかああ。
悪かったな~承太郎。これからお前の言うこと何でも聞く犬になるぜ。フヘへへヘ――)
「と、言うわけでだ。後はあいつに任せるとするぜ」
「え?」
承太郎がアゴで指した先。圧倒的な存在が、もう一人。
「へえ、たまには役に立つじゃない」
いつも立ってるだろ、という突っ込みはしない承太郎だった。
「今回は感謝するぜ、平井……こいつをブチのめす口実ができたからな……」
「そう、それじゃ次で最後ね。覚悟はいい? センセイ……」
逃げ出そうにも自分より体格のいい承太郎がガッチリ捕まえているので逃げ出せない。
眼前には走ることで従来の破壊力からさらに加速を増やし、
自分のところへ突っ込んでくる少女。
この瞬間、教師は少女の動きがものすごくスローに見えたという。
だからと言って何の意味もなさなかったが。
「ヒィエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!!!!」
今世紀最大級の拳が、教師に最後の打撃を与えた。
無重力状態の感覚と、薄れゆく意識の中教師は、この世にはどうしようもなく
恐ろしいものが少なくとも二つ存在したことを知り、
もう二度とこんな目に会うような行為も職業に就くこともしないと心に誓った。

体育教師→カワイソーなほど殴られ入院決定。再起不能(リタイヤ)

To Be Continude→

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最終更新:2007年07月08日 22:02