1.


天候よし,風向きよし,気温よし・・・.これならば,今日もかの浮遊大陸が此処パラメキア城屋上に来ることは間違いないであろう.私はしばらく,かの浮遊大陸が此処にやって来るのを待った.

私がかの浮遊大陸の存在を知ったのは,カシュオーン王国を私の絶大なる魔力で滅ぼした時だ.かの王国の秘宝であった書物,【世界年譜】という本に,地上の者が未だ踏み入れたことのない,伝説の大陸があるというのだ.その大陸とは,今正に私が待っているかの浮遊大陸,すなわち「魔大陸」のことで,そこには沢山の魔物がいると書いてあった.

「マティウス皇帝陛下,魔大陸が見えて参りました」
一人のバンパイアガールが私にそう告げた.私は【世界年譜】を閉じ,魔大陸がやってくるのを迎えた.地上の者が未だ足を踏み入れたことのない,伝説の大陸・・・.私は其処を開放し,沢山の魔物を地上へ呼び寄せたのだ.・・・世界征服に乗り出すために,だ.魔大陸から屋上へ碇が降ろされたかと確かめると,やがて一人の男が魔大陸の奥からやって来た.どうやら今日は魔物開放の時ではないらしい.・・・ではなんだというのだ?新しい暗黒魔導の取引か,それともただの気まぐれなのか・・・?気が急かされていた私は,思わず彼の名を呼び,今回は一体どのような用事で来たのか訊くことにした.
「冥界の王にして死する者共の魂を管理するというジェイドよ,今日そなたが此処に来た理由を聞かせてもらおう」
私がそう問うと,その男・・・ジェイドは,ゆっくりとした口調で話を始めた.
「マティウスよ,そう気を急くものではない.我々はまだ出会って間もない間柄であろう?そこで今日は冥界のみやげに,とある『力』をお前に渡そうと思っていてな.マティウスよ,お前が手にしているその【世界年譜】に・・・,私の哀れな過去が載っているはずだ・・・.今日持って来たのは,そこの部分に通ずる『力』なのだ」
私は答える.
「『天界より君臨し14人の僕を引き連れた男』の末路のことか?まさか,これがそなたのことだったとはな.それでその『力』というものは一体・・・?」
私がそう問うと,ジェイドは声を出して笑い,
「マティウスよ.お前はよほど『力』に固執していると見えるぞ!天界の者たちに聞かせてやりたいくらいだ,地上の生命はもう既にこれほどまでに強大になっている・・・とな.最も,今の私では彼らにそう聞かすのは到底無理な話だが.そこまで欲しいと思うなら,与えよう.この【ファルグ】の力をな・・・.ただし,今のお前には,この力は不適合だ.地上の弱い生命でも,己を犠牲にしてまで戦う意志がある者でなければ使えん.お前のように,己の生の目的に他の命をかけている者にとっては,いかなる方法を以ってしても,使えぬ.それから,この【ファルグ】の力は・・・,【世界年譜】にも書いてある通り,私の14人の僕の内の一人が持っていた能力なのだよ.ではさらばだ」
と語り,魔大陸の奥へ戻ってしまった.碇はひき上げられ,今回のジェイドとの対面は終わりを迎えることとなった.ただ残されたのは,【ファルグ】の力のみ・・・.私には使えぬだと?では,折角もらい受けたこの力を,どう使えば良いのだ?そんな疑問を持ちながら私は,新しく増えたという捕虜の話を黒騎士から聞きに行こうと,魔方陣の間へと向かった.

… … …

…まぶたの向こうから,強い光を感じた.そして,数名の,男たちの声が聞こえる.
「おお?まだコイツ,生きてんのか?俺たち黒騎士の一撃に耐えられるとは,よほどの体力の持ち主だ.そうだろう,ビックス?」
「ああ,ウェッジ,お前の言う通りだな.俺たちゃ皆殺しの命を受けてはいたが,特別に,俺たち黒騎士団の攻撃を受けても傷が浅くて耐えた者は連れて帰って来いとの特命も受けている.こりゃあスゲェ報酬金もらえるぜ」
黒騎士・・・一体なんのことだ?俺たち四人,俺,レオンハルトと,妹のマリア,そして義兄弟であるフリオニールとガイは,深夜に突然襲って来たパラメキア帝国軍が放った燃え盛る炎のなか,必死にどこかへ逃げていたんだ.・・・どこか?故郷であるフィンから,一体どこへ逃げようとする積りだったんだ?・・・そうだ,とにかく俺たち四人で,森のなかへ身を潜めようとしていたんだ.そうしたら,馬に乗って鉄仮面を被った追手がやって来て・・・.そうか,あいつらが【黒騎士】というんだな・・・.覚えておこう.

そうこう色々思いを巡らせている内に,俺は担架でどこかへ運ばれたようだ.強い光を感じてからしばらくして,まぶたを開けてみると,不思議と俺がその【黒騎士】から受けた傷は,見事完治していた.そして立ち上がり,辺りを見回してみると,俺を中心に魔方陣が描かれていた.「ここは一体・・・」と俺はそう思った.そうしたら,背後から,
「お前がレオンハルトか.黒騎士のビックスとウェッジから話は聞いている.なんでも我が黒騎士団の一撃に耐えたそうではないか」
と声がしたので,俺は後ろを振り返り,言った.
「お前は・・・パラメキア帝国の皇帝だな?!」
すると,その声の主は,
「いかにも.ご明察だ.今,お前とこの私が直々に対面しているのはきちんと理由があってな.こうやって私とお前,二人だけで話し合うのは他でもない,レオンハルト,お前と・・・いや,そなたと『密約』を交わすためだ」
「『密約』・・・だと・・・?この,帝国側ではない俺とか?」
「そうだ.私はある『力』を余分に持っていてね・・・.それは,パラメキア帝国軍の者には相性が悪いもののようなのだよ.この【ファルグ】の力は・・・」
皇帝はそう言いながら,手を高く上げ,握っていたその手を開いた.すると,その手の上で,真っ黒の・・・いや,暗黒の球体がフワフワ浮いているじゃないか.
「それが【ファルグ】の力・・・?」
俺がそう尋ねると,皇帝は,
「その通り.【ファルグ】とは古代語で『魔剣』を意味する言葉らしい.私がこの力をそなたに与え,そなたはこの力を自由に使い,自由に行動しても良い.その代わり,そなたは帝国側に身を寄せる.以上が『密約』の内容だ.理解したかね?」
と言ったが,俺はすぐ様に,
「そんなよく分からないものを手に入れたくはない!大体帝国側につくなんて・・・」
頑なに言った積りだったが,内心では,迷っていた・・・・・・・・・.


2.


「『よく分からないもの』だと・・・?私の説明不足であったか.すまぬな.ではレオンハルトよ,この【ファルグ】の力のことを,そなたが納得するまで知ら使めてやろうではないか!」
と皇帝は言い放ち,続けた.
「先ずこの【ファルグ】の力の由来についてだが,この力は,元々地上にあったものではない.太古の昔,この地上にやって来た天界からの使者たちよりもたらされたものなのだよ.そして,具体的にこの【ファルグ】の力はどういう力なのかというと・・・.使用者自らの生命力を削って,対象に攻撃を与えるものなのだ.対象が複数だとそれぞれに攻撃を,対象が単体の場合だと通常攻撃より遥かに高いダメージを与えることができる・・・このように,対象の数によって使い分けをすることができる,便利な力のようだ.また,魔物の特性を一切打ち消すことも可能だ.例えば分裂する魔物やすぐ逃げる魔物をそうさせなくしたり,物理防御力が異常に高い魔物など,【ファルグ】の力を使えば赤子の手をひねるより簡単に討つことができる.どうだ,レオンハルトよ,【ファルグ】の力に興味は持てたか?」
皇帝からの説明を受けた俺は・・・どう思ったかというと・・・.

口にこそは出さなかったが,正直,驚いた.【ファルグ】の力・・・.そんなに強大なものなのか・・・.それに天界とは一体・・・.そんな神がかったような力なら,しかもそれが目の前に差し出されていたら,誰でも欲しくなるじゃないか・・・.なぁ?フリオニール?俺は,皇帝の方へ歩み寄った.だが,皇帝は,自らの手に展開させていた黒い球体をしまいこみ,おそらく念を押す積りでこう言ったのだった.そこで俺は一度立ち止まる.
「【ファルグ】の力を与えても,すぐに使える,というわけではない.身に付けるには,厳しい鍛錬が必要だと言われている.それでこの【ファルグ】の力を身に付けたら,そなたに【ダークナイト】の地位を与え,パラメキア帝国軍司令官にしてやろう」
俺は首を縦に振りながら,皇帝に再び歩み寄っていった.そして皇帝がまた手を広げ,例の黒い球体を出すと,俺に向かってその手を差し出した.俺は,なんの躊躇いもなくその手を掴もうとしたが,その寸前で皇帝はまた手を握りしめ,「良いのだな?」と念を押してきた.俺が,
「ああ,問題ない.その【ファルグ】という力を使いこなしてみせよう」
と言うと,皇帝は手を開いた.そして俺はその手を握り,皇帝と握手するかたちになった.

その瞬間だった.俺の全身がまるで稲妻にでも打たれたかのような衝撃を受け,自重がかなり重くなったのを感じた.皇帝が鏡を呼び寄せたので俺は自分の姿を見ると,なんということか,その姿は,『あの日』故郷を奪った【黒騎士】そのものの姿だった.全身に真っ黒の鎧を身に纏い,頭は鉄仮面を被っている.これで俺は帝国側の人間になってしまったということなんだな・・・.【ファルグ】の力を自由に使っても良いんだよな?俺は自由なんだよな?自由になれるのなら・・・マリア・・・フリオニール・・・ガイに会いに行ける!しかし,俺はもう帝国側の人間だ.彼らと会った時,俺は・・・.

その時,皇帝が言った.
「『自由』というものに惹かれているようだが,帝国に尽くし,【ファルグ】の力を身に付けるのが大前提だ.それを見失うようでは【ダークナイト】にはなれぬ」
皇帝は読心の術もできるのか,と試しに思ってみると,皇帝は「まぁ,そうだ」と呟き,続けてこう言った.
「『密約』の話を忘れたのか?私はそなたにその力と自由を与える代わりに帝国側につくよう言ったのだぞ」
と.

確かに,もう【ファルグ】の力を授かった以上,俺は皇帝と「密約」を果たさねばならない.「帝国側につく」ということは,もう故郷や幼馴染に対する未練を無くせ,という意味にもとれるだろう.だが,いきなりは無理だ.やはり彼ら,マリアやフリオニール,ガイのことが気になる.俺は今度は心の奥底にそっとその思いをしまいこんだ.皇帝に読心されないように.皇帝は,俺のその意思を読み取れなかったようで,何も言ってこなかった.その代わりに,俺にこの部屋,魔方陣の間―というらしい―を出るように促すと,皇帝は「ようこそ,パラメキア城へ」と言い,この部屋の扉を開けた.

すると,部屋の扉の外側,すぐ横に左右それぞれ帝国兵が門番をしていた.俺が部屋を出るとすぐ,彼らのうちの一人は,顔だけを俺の方へ向け,小声で
「よう,新入り.これからお前の上官になったビックスとウェッジだ.あとで一戦やろうや」
と言ってきたが,適当な礼だけを返し,俺は皇帝に誘われるままパラメキア城を案内してもらった.オリーブ色をした壁が続く城の城内では,一体何が行われているというのだろう?筒抜けになっている城内は,下層階からでも,上層階からでも,どの階で何が行われているか分かるようになっている,と皇帝から聞かされたが,俺には全く聞こえなかった.皇帝によると,その理由は,まだそなたはこの城に慣れていないから,とのことだった.

「レオンハルトよ」
皇帝はいきなり後ろを振り返りそう俺の名前を呼んだので,「なんだ?」と反射的に返事をした.
「早速だが,そなたに任務を与えたい.我がパラメキア帝国軍の主たる兵器,【大戦艦】のエネルギー源には,【太陽の炎】がどうしても必要でな.今そのエネルギー源が枯渇しているのだ.その【太陽の炎】を,私が滅ぼしたカシュオーン王国まで行って採って来てくれまいか.同行者も勿論つけよう.そなたの上官である,黒騎士団のビックスとウェッジだ.私はその間,そなたの秘められた力を引き出す道具を我が魔力で作っておこう」

俺はこうして,半ば一方的に任務を押し付けられるかたちとなった.「そなたの秘められた力」か・・・.そういうものがあるんだな,俺には・・・.俺は,早速,黒騎士団が集まる部屋へ足を運んだ.

… … …

あの弱い生命が【ファルグ】とやらの力を得てどれほどの戦士になるのか見ものだな・・・.レオンハルトよ,お前は私の「実験材料」に過ぎぬのだよ・・・.せいぜい見せてもらおう.お前の成長ぶりをな・・・.


3.


「それで,渡したのか,【ファルグ】の力を?そのレオンハルトという男に?」
「ああ,そうだ.彼しか【ファルグ】の力を使えぬようだったのでな.私は,見てみたいのだよ.そなたの14人の使者の内の一人,【魔剣士】の力がこれからどう使われるか・・・をな」
私がジェイドの言葉に答えると,彼は次にこう言った.
「マティウスよ・・・お前にまた冥界からのみやげの品だ.そのレオンハルトとやらが,【ファルグ】の力を見事習得できたあかつきには・・・,私の使者の一人であった・・・そう,【魔剣士】であったあいつが愛用していたこの宝刀を捧げてやってはくれまいか・・・」
そう言って,ジェイドはトボトボと魔大陸の奥へと戻って行った.

私が寵愛している数名のバンパイアレディたちが,その「宝刀」とやらに近づき,
「怪しいものではないか,すぐお調べ致しますわ」
と言い,宝物庫に持って行こうとしたので,私は彼女たちを止め,言った.
「まあ,待て.ジェイドとの信頼関係はそれなりに築けている積りだ.宝物庫へ持って鑑定する前に,見せてみ給え」
と.すると,今度は一人のバンパイアガールが,宝刀を私のもとまで持って来た.彼女が言うには,
「マティウス皇帝陛下,私は先日魔大陸の流れを観測し,陛下にお知らせした者にございます.どうか,この忠義に代えて私を愛して下さいますか」
…なのだという.そこで私は,
「よかろう.私の寝室へ着いて来い.たっぷり愛して,ガールからレディにしてやろう」
と言うと,ガールは,「ありがとうございます」と返したのだった.仕方ない,宝刀のことは後に回すか・・・.

… … …

パラメキア皇帝マティウスから【ファルグ】の力を付与してもらった俺,レオンハルトは,黒騎士団の集まる部屋の扉をノックした.すると・・・.

「おーい,やっと来たか,新入り」
「・・・先ずは,この黒騎士団の名簿に名前を書くところからだな」
と,俺に説明してくれたのは,先程,魔方陣の間のドアのすぐ前に立っていた男たちだった.確か名前は・・・ビックスとウェッジで良かったんだよな?名簿に自分の名前を書くと,ビックスは俺にこう言った.
「よし,レオンハルト!早速,一戦やろうや!初陣の前に,先ず力試しだ!ウェッジがもう闘技場の方で待っているぜ」

パラメキア城の最下層へ行くテレポストーンに触れ,ビックスと俺は闘技場へ着いた.・・・最下層といっても,ものすごく地下,なイメージがあるかもしれないが,なんのことはない,俺たちは地上に降りたのだ.ただパラメキア城が切り立った海抜九千メートル級の山々に囲まれた,遥か高いところに建てられているだけで・・・.

闘技場では,一人の黒騎士,ウェッジがいた.全身真っ黒い鎧の,鉄仮面の彼は言う.
「待っていたぜ.・・・お前,皇帝陛下から何か特別な力を貰ったんだろ?うらやましいよなあ,こっちは長年うだつの上がらない下級兵士だっていうのに・・・.やっと階級を上にしてもらったと思ったら,その下に就いた者は,陛下からのお墨付きの上玉と来た・・・.まぁ,これは最初だからな,挨拶代わりの試合みたいなものだ・・・よッ!」
っと,ウェッジが話の終わり際にいきなり剣で突いてきたので,俺は反射的に両腕を胸の前に構えた.・・・幸い,【ファルグ】の力を皇帝から授かった時に身に付いた暗黒の甲冑のおかげで,受けるダメージは軽減できたものの・・・.自分で言うのもなんだが,新入りの俺に,いきなりの攻撃とはどうしたものか?

…などと思っていた矢先,鎧が俺の体を動かした,という表現が一番正しいと思う,ウェッジの攻撃を受け,俺は鎧が動くまま,彼の鉄仮面をシャドウブリンガーで斬り,真っ二つにしていた.しかも,頭一つ傷つけずに,だ!それで素顔が見えたウェッジは腰を抜かし,
「参ったぜ・・・.皇帝陛下はコイツにどれだけヒイキしてるって言うんだ?鎧に『カウンター』と『目には目を』の能力を付与させているとは・・・」
後ろで俺とウェッジの戦いを観ていたビックスは,ウェッジの言葉に返した.
「全くだな.次は俺が相手だ,レオンハルトよ.剣でカウンターで返されるのなら・・・」
そう言って,ビックスはいきなり魔法を唱えてきた.
「ファイア8!これでどうだ!」
すると,大火球が俺の立っている場所に落ちて来た.…来たが,今度は俺の身に付けている暗黒の甲冑が緑色に光り,落ちて来て着弾するはずの大火球をそのままビックスに返した.俺は思わず,身を屈まらせた.彼は言う.
「う,嘘だろ・・・?!魔法が返されるなんて,そんな話聞いてないぜ・・・」
そこへ,皇帝がやってきた.

ビックスとウェッジはそれに気付くと,直ちに敬礼のポーズをとり,俺はゆっくりと身を起こした.
「お前たち,ここで何をしている.油など売らずに,早くカシュオーン城へ向かわぬか」
皇帝がそう言うと,ビックスとウェッジは,そそくさとこの場・・・闘技場をあとにして・・・多分,外で俺が出て来るのを待っているのだろう.
「ところでレオンハルトよ」
俺は臆することなく,返した.「なんだ?」と.
「・・・鎧の効果はどうかね?」
「ああ,あれはやっぱりあんたのおかげだったのか.何故俺にこんなに贔屓をするんだ?」
「全ては,世界征服のためだ.全てを,我が手中におさめるためにだ.そなたは,既に【ダークナイト】の候補者の一人なのだ.それを忘れてはいけない.そして,ついさっき出来上がったこの剣と鞘を与えよう.それで,益々鍛錬に励むが良い」

「これは・・・」
俺がそう呟くと,皇帝は剣と鞘について説明しだした.
「この剣・・・『斬魔刀』は・・・【ダークナイト】の持ち得る暗黒剣の中でも最も強力な武器だそうだ.因みにこれは知り合いから譲り受けたものなのだがね.次に鞘だが・・・.これは『斬魔刀』の本来の鞘に,私が持つ暗黒魔導の力を付したものだよ・・・.これにより,そなたが【ファルグ】の力を早く習得できることを期待している」
皇帝はそう言うと,テレポストーンを使って,パラメキア城へ戻って行った.

なるほど・・・そういうことか・・・.

俺は,シャドウブリンガーを投げ捨て,急いで斬魔刀の入った鞘を装備して,初めての任務をこなしに闘技場の外へ向かった.・・・向かっている最中,シャドウブリンガーが風でカランカランと転がり乾いた音を鳴らすのを聞いた.シャドウブリンガー・・・か.今までの俺・・・を捨てて,この斬魔刀・・・新しい自分を,作っていくんだ.


4.


「なに,【ファルグ】の力を発揮する前にあの宝刀を渡しただと・・・?!」
「そうだとも,ジェイド.その方が手っ取り早く,且つ魔剣の味に慣れると思ったのでな.・・・何か不都合なことでもあったか?」
「マティウスよ・・・.そのようなことしたら,レオンハルトの体だけではなく,心までも暗黒に蝕まわれ兼ねるぞ?」
そう言って,ジェイドは深いため息をつきながら,地面からゆっくりと立ち上がり魔大陸の奥へと帰ってゆく.そこを私が呼び止める.

良いのだよ,「実験材料」なのだから.それよりも―――

「待て,ジェイドよ.今日は何用で此処,パラメキア城屋上に参ったというのか?」
ジェイドは振り返ると,こんなことを口にしたのだ.
「マティウスよ,お前とは金輪際会わぬことにした.お前は優れた暗黒魔導の使い手だ.そして私は,この魔大陸から沢山の魔物をお前に言われるがまま開放した.ふふっ,しかし,この魔大陸は冥界の一部にしか過ぎぬのだが・・・そんなおぞましい場所が地下深くにではなく,天上に在するとは,地上の者にとってはさぞ驚きであろう・・・.とにかく,この幻想で私が成すべきことは全てやってのけたつもりだ・・・.あの宝刀をお前に渡したのは間違いだったのかもしれぬが・・・.しかしまあ良い,ではさらばだ,マティウスよ」
ジェイドはそう言うと,魔大陸から下された碇を引き上げ,かの大陸ごと,遥か空の向こうへと去って行ってしまった.


私が,レオンハルトに斬魔刀を先に渡したのが,そんなにいけなかったことだと言うのか・・・?否,そんな筈などない.私の策は,常に完璧なのだ.それはそうと,時刻は夜中に入ったばかりであった.またバンパイアレディたちとの寵愛の時間が始まる.

… … …

…時刻は夜中に入ったばかりだった.その日の晩飯を済ませ,俺はコテージの外で剣の素振りをしていた.ここ,パラメキア砂漠は,日中こそは灼熱地獄かと思うくらいの暑さが身に感じられるが,夜になると思わず体を縮めたくなるくらいの寒さがやってくる.

「レオンハルト」
不意に,俺の名を呼ぶ声が後ろから聞こえた.
「飯を済ませた後にすぐ運動するのは控えた方がいいぜ」
ウェッジがそう言い,水で薬を口に含みながら砂上に腰を下した.彼の方を振り向いた俺は言う.
「ずっと気になっていたんだが」
ウェッジは俺の顔を見上げた.俺は続ける.
「まだ俺が帝国側の人間になる前の話だ.【黒騎士】たちの会話を未だかすかに覚えている・・・.答えてくれ,ウェッジ,俺や妹のマリアやフリオニールにガイを殺そうとしたのはお前たちだったのか?」
俺が少し大きめの声で言ったからなのかは分からないが,すまなさそうに,或いは気持ちを和らげるためなのか,ウェッジは自身の懐から酒瓶を取り出し,一口のむとこう言った.
「ああ.その通りさ.俺ら下級兵士は命令通りに動かなくちゃいけないからな.そうか,あれはお前の家族や仲間たちだったんだな・・・.気の毒だが仕方のないことさ.彼らはもう生きてはいないだろうさ・・・」
俺は,そこで今まで信じていた一つの希望が打ち砕かれたのだった.

「信じていた一つの希望」・・・簡単に言うと,マリアたちが生きていること,だ.なんということだ・・・.マリアたちが生きていない?では【ダークナイト】になって自由の身になっても,彼らに会う術が無い・・・,そういうことだろう?

深い悲しみが,心をギュッと包む.あまりの脱力感に,俺は斬魔刀を投げ捨て,四つん這いになった.しかし・・・「仕方のないこと」とは,どういうことだ?俺は,段々と怒りが込み上がって来た.ウェッジたち【黒騎士】たちに,ではない.彼ら・・・一人一人に憎しみをイチイチぶつけても疲れるだけだ.では何に対してか?この世を,この森羅万象を治めている,と子どもの頃から教わった,所謂「神」という存在に,だ!俺はこの時から,「神」に対して激しい憎悪を持つようになった.砂の海に向かって大声で叫ぶ.
「神とやらよ!これから俺は,お前の仕組んだ『運命』通りには生きてはゆかないからな!!!せいぜい,俺の生き様を見ておけ!!!」

この声で酔いが醒めたウェッジと,驚いてコテージの中から出て来たビックスは,俺を宥めようとした.
「冷静になれ!レオンハルト!今のお前は,平静さを欠いている!」
「ビックスの言う通りだ!このパラメキア砂漠で余計な体力・精神力を使うな!」
俺の怒りは,俺の・・・.

その時,目の前が真っ暗になった.


ハッピーバースデー トゥー ユー♪
ハッピーバースデー ディア レオンハルトー♪

「レオンハルト たんじょうび おめでとう まいにちのおれいに これやる」
「レオンハルト!誕生日おめでとう!これからもよろしくな!」
「誕生日おめでとう兄さん!これ,わたしとフリオニールとガイで作ったの!のばらが結ってある,ぼうしよ!だいじに使ってね!」

マリア・・・フリオニール・・・ガイ・・・俺は・・・.俺は,もうお前たちに会えないというのか・・・.

「レオンハルト」
そう誰かに呼ばれ,身を起こした.俺は,コテージの中の,ベッドに寝かされていた.俺は夢を見ていたというのか・・・.そうだろうな・・・.もう夢でしか彼らには会えないのだから・・・.そんな気落ちした俺に,呼び主・・・ウェッジがベッドのすぐ横の椅子に座り,こう話しかけてくれた.
「さっきの素振り,なかなか迫力あったぜ.大分剣の腕はあるじゃないか.昔・・・なんかやっていたのか?」
俺は答える.
「ああ・・・.昔・・・な,親にすすめられて剣を習ってたんだ.あの頃は・・・大分荒れてたっけ・・・」
すると,ウェッジは,部屋のランプを少しだけ付け,言った.
「分かるぜ!色々と暴れたい時期だったんだろ?そうだよなぁ・・・男だったら,誰でもそういう時は来るよなぁ」
…そうして,俺たちは,深夜にもかかわらず色々なことを話した.隣の部屋で寝ていた,ビックスに注意されるまで.
「明日は早いぞ.パラメキア砂漠を縦断して,テンパラント山脈を通り過ぎ,そしてカシュオーン城を囲むクワドループ山脈まで行きたいところだ」

次の日の朝.ウェッジが,昨晩俺が投げ捨てた斬魔刀を持って来て,
「これで,お前の『神によって仕組まれた運命』を斬り開くんだろ?大事にしろよ」
と手渡してくれた.そうだ.俺は,神によって仕組まれた運命を斬り開いていくんだ.そもそも,何が運命だ?何が神だ?俺はその日から一切,そんなものは信じないと心に決めたんだ.


5.Intermission


ジェイドが最後に此処パラメキア城屋上に来てもう何十日が過ぎたことだろう.

「マティウスよ,お前とは金輪際会わぬことにした」

その言葉をジェイドから告げられ,もう何十日.奴は,もう此処には本当に来ぬのか?そして,更に気になる奴の言葉があった.

「とにかく,この幻想で私が成すべきことは全てやってのけたつもりだ・・・」

…「この幻想」とは一体どういうことだろうか?例えば,現に私は,生きている.それは間違いなく「現実」のことなのに―――.

カシュオーン王国の秘宝であった書物,【世界年譜】を取り出し,私はパラパラと捲ってみた.何かジェイドのことが書かれていないかと思ってのことだ.・・・その積りで流し読みしていたところ,私は興味深い記述を見つけ,思わず本を掴む手に力が入った.私の周りを囲む沢山のバンパイアレディの内の一人が言う.
「マティウス様が驚かれる程のことがその御本に書いていらっしゃるのですか?」
と.私は,うむ,と答え,読み進めていった.

その「興味深い記述」によれば・・・.私が持つこの【世界年譜】は,ある書物の付録に過ぎず,その本編である【ジェラール教典】は,何処かの地方の古代図書館に封印されてあるらしい.その【ジェラール教典】の内容の一部を恐らくは書き写したものが,【世界年譜】の余白に走り書きされてあった.その内容とは・・・.

【ジェラール教典】には,世界再誕の話を「幻想復興」と呼び,一方でかの教典中の「別解 アモルス教」には,プシュケとアモルの象徴たる人物が,いくつもの世界を次元を超えて渡ってゆく「幻想跳躍」の話が示されていた.そして,そのプシュケの初代象徴となる人物が,かつてガイアという国の外れにて黄色い鳥獣を飼っていた,ということも書かれてあった・・・.

…ふむ・・・.興味深いが,分からぬことだらけだ.まず,【ジェラール教典】とは,何か宗教の教典だろうか?それは,カシュオーンで信仰されていたものなのか?そして,世界再誕,とあるが,一体どういう意味なのか?分からぬことが沢山あるが,こういう時は,一旦思考を停止して,別のことをするのが良かろう.今日も私,マティウスは,バンパイアレディたちと,欲望のままに交わるのだ.

… … …

相変わらず,このパラメキア砂漠は,生き地獄を味遭わせてくれる.俺は,こんな炎天下の砂漠を黒騎士の鎧を身に付けながらもせかせか歩くビックスとウェッジに対して,声をかけた.
「おーい,二人とも!あの向こうに見えるのがテンパラント山脈なのか?」
と.すると,ビックスは,
「いいや,あれはもうテンパラント山脈じゃない.レボネア山脈だ.俺たちは,もうカシュオーンの一歩手前まで来ているんだよ」
と言い,ウェッジが振り返り親指を立てて返してきた.そうか・・・.もうすぐ,この灼熱の砂漠から抜け出せるというんだな.

…長い道のりの果て,俺たちはやっとカシュオーンへ辿り着いた.だがその前に,クワドループ山脈に囲まれた王国に入るまで,大きな森林地帯を越えねばならなかった.・・・こえねばならなかったが,砂漠よりかは大分マシだった.森林に入った俺たちは,まず泉を探し回った.二人も,平気そうに砂漠を歩いていたように見えたが,やはりそれなりにダメージを受けていたんだな.・・・俺が幽かな水のせせらぎを耳にし,やがて泉をみつけると,三人で鎧を脱いで天然の水を浴びたり,飲んだりした.ウェッジが言う.
「レオンハルト,俺たちより先に泉をみつけるなんてさすがだな」
俺は答えた.
「昔・・・子どもの頃,近くの森に良く探検に行ってたりしてたから・・・.もしかすると,その慣れかもな」

一時休息した後,その森林の出がけに,俺は,今まで見たこともない黄色い鳥獣を見た.そのことを二人に伝えると,ビックスがこう言った.
「それは,チョコボのことだろう.この世界でも,カシュオーン南にしか棲息していない珍しい鳥獣だ.そうだな・・・.『黄色い鳥獣』で思い出したが,皇帝陛下がご愛読になられている本の中で,出て来るらしい.『太古の昔,異世界からやって来た学者の娘が,ガイア国軍研究所主任のシドと結婚した後,ガイアの外れにて住み,よく黄色い鳥獣にエサをやっていた』と・・・」
俺は何のことやらサッパリだったが,ややあって,遂に目的の古錆びたカシュオーン王国へ辿り着くことができた.

(続く)






最終更新:2013年05月04日 13:00