―遠雷―


13度目の戦いが終わったというのに,カオスよ,何故また私を召喚したのだ?
そもそもお前はコスモスの戦士たちに敗れたのではなかったのか.


私はあの時,空に鳴り響く雷鳴にすっかり気をとられていて,
何故今自分が戦っているのかという単純な事に気付けずにいたのだ.

カオスに召喚された場所はいつもの混沌の果てではなく此処秩序の聖域だった.
更に彼は,この幾度となく繰り返されて来た戦いの化身とも言える風貌ではなく,
金髪で白い衣を羽織った人間に近い存在であった.他の者は去り,
また他の者は自らの命を絶った.世界の真実を知る為に,だと?
例え自分の置かれた道が闇に染まっていようとも,
命は粗末にするものではない.私は教わった筈なのだ,亡き父にな・・・.

更にその者は,私は妻の力によって此処に来た,と言った.
その場に残っていたのは既に私一人だけだったが,
その者は目の前に誰も居ないかの如く続けてこう言ったのだ.


「私はカオスの分身体であり,あの子の怒りをかった妻の代わりに此処へやって来た」
「私は妻をワープキューブで故郷へ還し,『秩序』の力であの子を探しにやって来た」

と.妻という言葉でその者が男性だということが分かった.
そして,あの子,というからにはおそらく人間であろう・・・が,
「分身体」とは一体何を意味するのだろうか?
そして最後にその男はこう言って姿を消してしまったのだ.


「これが・・・妻の持つ力でした」


と手を上に挙げ,雷雲を呼び寄せて見せた・・・.





「どうしたのですか,ゴルベーザ」

「コスモス,この美しい空も貴女が生み出したイミテーションなのか?」

「どうしてそう思うのです?」

「この14番目の世界では貴女とカオスの立場が逆になっている.それだけの理由では不満か?」

「いいえ.それにこの空は私の力に因らない,極々自然なものです.私は元々―」

「・・・」

「どこへ?」

「私は自分の力でこの世界の真実を確かめに行く」

「命を・・・絶たないで下さい」

「・・・言われるまでもない」



私は確かめたかったのだ.あいつが言った,「みんなにもらった強さ」というのを.
絆の強さ,というのを・・・


私は元々,一介の生物学者に過ぎなかったのですから.それをあの人が作ったリュートで,
神になってしまった・・・



コスモスの哭く姿を見守る者は,もう誰もいない.


―白昼夢―


あの少年は語っていた.

「僕はおとうさんから学んだ『似姿を創り出す技術』を利用して,
この世界にクリスタルでできた駒を2つ用意したんだ」と.

おとうさんとは一体誰なのだ・・・?それに少年が私に向かって語った場所.
紫色の濠流が流れていて,中心部が白い異空間だ.私はそれが何処か思い出せずにいたのだ.

「僕はね,

今度は空を飛びたいと思っているんだ・・・」


私は夢を見ていたのかもしれない.
いや,今こうしている間も夢を見続けているのかもしれない.
結局何が真実で何が幻なのか,定かではないのか・・・.

とにかく私はこの14番目の世界の真実を探る為に次元城に来ていた.
異空間といえば次元の狭間,に何か手掛かりがある思い,様々な場所を調べてみたのだ.
ところが思わぬ邪魔が入った.クリスタルで出来た・・・エクスデスか?
いや,もうエクスデスとは呼べない,ただの人形に過ぎぬ.そう,少年が作った,
まだ完成度の低い『ルーク』なのだからな―


一戦を交えた後,そのルークは私に向かってこう言った.

「ゴルベーザ・・・次元の狭間へ行きどうするつもりだ・・・」

「無論,この世界の真実を知る為でしかあるまい」

「真実など,夢に過ぎぬ・・・.この私が霧で貴様を無の世界へ葬り去ってくれる!」


相変わらず無を連呼するところは,昔の奴の名残りがあって懐かしいものだ.
だが,今は回想に耽っている場合では無い.
このルークを消し去って,早くあの扉に向かいたかった.
ところが奴は最期に,

「ファファファ・・・貴様,あの少年が何者か知っているのか・・・?」

「それも調べる為に此処へ来たのだ.お前はルークであろう・・・
ならばあの少年を庇護する居城を構えるべきではなかったのか?」

「・・・」

奴は何も話すことなく,砕け散った.
クリスタルの人形如きに,この様な事を問いても無駄であったか・・・.

私は次元の狭間へ続く扉へ向かった.扉を開きつつ,考えていた.
チェスのルールに,キャスリングというのがある.
あの少年は駒を2つ用意した,と言った.ルークがいて,あと一つと言えば自ずと
分かってくるではないか.私の予想通り,扉の先は次元の狭間ではなく,
主が『キング』のパンデモニウムだった.


少年よ教えてくれ,あの異空間とは次元の狭間なのか?
何故私を其処に連れてきた?
お前はもしや・・・



あの男の息子か?


―造形師―


私は一介の生物学者に過ぎませんでした.勿論,普通の人間でした.
私は動植物たちを・・・いえ,純粋に自然を愛していたのです.
夫はあの子と同じ名前の科学技術で,私は夫が開発したリュートの誤作動で神になって,
失踪したあの子を探すために数多の幻想へ旅する事になったのです.


パンデモニウム城についた私は,此処にこそ次元の狭間があるのだと確信していた.
パンデモニウムはその昔,地上世界へ突如現われた地獄の城だと聞いたことがある.
ならば異世界・・・次元の狭間が必ずある筈だと.

私は早速辺りを調べようと試みたが,またしても思わぬ邪魔が入った.
いや,パンデモニウム城だから,奴が出てきても可笑しくは無いか.

「我が居城に何の用だ」

もはや『キング』に成り果てた皇帝が耳障りな声で私に言葉を投げた.
奴とは13番目の世界で,この場で話をした記憶が微かに残っていた.

「何か答えたらどうなのだ」

私は,キング・・・クリスタルで出来た皇帝を無視して,そのまま城の探索を始めた.
地獄の城パンデモニウム,か・・・.あちこちにクリスタルが散りばめられ,
扉もあちらこちらにある.私にはこの城が本当に地獄の城だとは思えなかった.
よくよく見ると実に壮麗な建物ではないか.

「そうだろう.これもあの少年の賜物だ」

「何だと?」

「そうか,貴様は知らぬのか.あの少年は貴様の思惑通り,"あの男"の息子・・・ではないな.
正確に言うとガイアという国に住んでいた夫妻に引き取られた子だ.
少年は過去にテラという国を滅ぼしているそうだ.
最もこれは,コスモスから聞いた話だがね.更にコスモスはこんな事も言っていた・・・」

キングが重要な話をしている最中に,またしても厄介ものが入ってきた.
だが,その厄介ものこそが,これから始まる物語の全ての鍵を握る存在だという事を,
私は後になって知ったのだ.

「待てッ!これ以上あの方の事を言うと,僕が許さないぞ!」

「お前は・・・あの少年の弟子か.幼子に何が出来る」

「ゴルベーザさんは逃げてください!ここは僕が・・・」

「お前には無理だ・・・.このキングは私が消し去ってやろう」

「でも!」

「決して私の様になるな」


「ゴルベーザ・・・,貴様は一体何を考えて行動している?」

「絆の強さ・・・そして私自身の希望の為だ」

「馬鹿げた事を・・・.そんなものではまた哀れな道へ進む事になるぞ」

キングの下劣な笑い声に私は激昂した.


あの黒い甲冑の人を見て,強そうだな,と思ったけれど,
とても優しい人なんだってことが分かった.まるで師匠の親友のあの人みたいだ・・・.
師匠は,造形師だった.親友が3人いて,ライバルが2人いて,先生が4人いたっけ.
僕たちは何処から来て何処へ行くのか分からない.
でも,いつも次元の狭間に住んでいるっていう事は確かだ.
偶に来るギルガメッシュっていう人は面白い人だなぁと思う.

「少年よ,率直な質問をしても良いか?」

「うん」

「お前は一体何者なのだ・・・?」

「さっきのキングの話と僕の思っている事を読んだみたいだね・・・.
今はまだ名前は明かせないけど,まず師匠を引き取って下さったのがシドとセーラという方なんだ.
ガイアというのはとてつもなく昔にあった極々小さな国だよ.
造形っていうのは・・・,現在の世界の言葉で言うとクローン技術ってところかな.
僕たちが次元の狭間に住んでいるっていうのは本当の話だよ.
そうだ,助けてくれたお礼に送ってあげるよ!次元の狭間に!」

彼は私の質問には一切答えずに次元の狭間へ移動させてくれた.
これで,少しでもこの世界の謎が解けるのか.そして,私の夢も叶うのか.



独りだからこそ,絆を強く信じて歩んでいけば必ずや私にも温かな光が訪れると.


―誕生―


「僕達は独特な正義感を持っていて,常にそれに基づいて行動している.
だから僕はあの時おかあさんを憎んだんだ.多くの不幸な人々を救い,
文明に恩恵を与えるのが僕らの役目なんだよ.いいかい,決して白砂宮にある僕の造った
砂時計を奴らに盗まれないようにするんだ.これは息子のシャンポリオンにも
言っておいてくれ.じゃあ,僕はまた行くよ」

これが師匠の最期の言葉だった.僕は,今も次元の狭間にある「邦畿の白砂宮」で,師匠が
造って,あの世界に一切の争いを無くさせた砂時計を護っているんだ.


私は次元の狭間を移動している間,ずっと冷凍睡眠させられていた.
これも彼らの為せる業の一つなのだろうか?
しかし私は何かされてばかりではなかった.移動している間中,幼子の心を読んでいたのだ.
ただ何かされているばかりでは真実など到底掴めぬ.
幼子の心を読んだ辺りで分かった事は・・・,驚くべきものであった.
召喚される前に私が元いた遥か昔の幻想より太古の出来事の記憶が,
その幼子の脳にインプットされてあったのだ.その記憶を,後世の為に此処に記しておこう.


それは,とある夫婦が自分達の子どもを捜す物語であった.その物語は60を超え,
まだどの物語も紐解かれてはいない.

何処からか知れぬ何処かからその夫婦の元へやってきた少年は,絶大なる力を秘めていた.
夫の方が,その少年に名前を付けた.その事で,彼は父親好きになったという.
一方,母親の方に対しては,ある種憎しみを感じていた.どうやら価値観の違いらしい.
少年は独自の正義感を持っていて,そこで母との食い違いが生じたようだ.
ある日少年は失踪し,それを失意に思った父親は,かねてより研究していたクローン技術を
完成させ,自らのコピーを創り出した.そのコピーに自分の今いる世界の中で少年を捜させ,
自身は妻によって開かれた数多の幻想へ少年を捜しに旅に出た.


という記憶であった.私はこれまで聞いて来た話をまとめてみた.
パンデモニウムでのキングやこの幼子の話と,この記憶を照らし合わせると,
私があの異空間で会った少年こそが,ガイアに住んでいたシドとセーラ夫婦に引き取られた
少年であり,父親であるシドと仲が良くセーラとは仲が悪かったと考えられる.
シドが完成させたクローン技術を受け継いで,それであの少年はクリスタルで出来た
駒を作った,そういう事か・・・.しかし・・・,セーラの方は少年を追わなかったのか?

「追っかけたよ」

?!

「僕の頭の中をまた読んだんだね.困ったなぁ」

しまった,この幼子は私と同じ様に心が読めるのだった―

「まぁね.冷凍睡眠しながら聞いててよ.セーラ様も師匠を捜されに旅立ったよ.
だけどね・・・,シド様とは全く違ったかたちで行く事になったんだ.
あの男・・・ガーランドのせいでね・・・」

ガーランド?何故奴の名が出てくるのだ?

「不思議?じゃあそいつがいる場所へ連れて行ってあげるよ」

何,話が違うではないか―


予想通り,過去のカオス神殿へ飛ばされた私は,また予想通りに奴―
ガーランドと出くわす事になったのだった.
ただ真実を探求しようというのに何故戦わねばならぬのか,私には理解出来なかった.
唯一この場で記憶に残っているのは,あの娘と会話した時の事だった.
あの娘―ティナが此処の石碑を読んでいた事だ.
彼女によると,石碑にはガーランドの苦悩が書かれていたそうだ.その言葉は古代文字で
書かれていて,私には解らなかったが,確かに奴の苦悩の様子が書かれていた.
最も,内容はティナから教えられたものだが・・・.

しかし何故この14番目の世界にこやつがいるのだ.あの少年は2つの駒,ルークとキングしか
用意していなかった筈だ.しかもこのガーランドはクリスタルでは出来てはいない,
本物のガーランドだった.あの召喚された時,こいつは真っ先に姿を消した男だ.
一体何があったのだ?

「フハハ・・・ゴルベーザよ,わしの存在理由が分からぬか.
わしこそが数多の幻想を生み出した存在だからよ.たった今お前の記憶によりわしは此処に
召喚された.全ては秩序の神コスモスを手に入れる為・・・.
それ以外の者は此処から立ち去れい!
お前は此処で死に,わしはコスモスと永久に行き続けるのだ!」

そういう事だったのか.お前の儚い横恋慕の為に私は利用されたというのか.
だが残念だ,ガーランド,この世界のコスモスは混沌の神なのだぞ―



私は戦いたくはなかったが,この本当に猛者と化した男に殺されるわけにはいかなかった.
天空には禍々しい渦が見える.何か嫌な予感がしたが,それは杞憂に終わった.
奴との戦いの最中,私は偶然にも行けたのだ.次元の狭間に.


―真実―


次元の狭間は,いつか見た光景とそっくりだった.
紫色の濠流が流れていて,中心部が白い異空間.
あの少年は果たして此処にいるのだろうか?そして,他の造形師達も―


私はあの時,次元の狭間へ行く事だけを考えてしまっていて,
この14番目の世界の真実を探るという本来の行動目的を見失っていたのだ.
過去のカオス神殿でガーランドと一戦を交えた後,奴はこんな事を言っていた.

「わしを倒しても,この世界の真実など分かりはしない・・・.
ただ在るのは永劫なる負の輪廻のみ」

永劫なる負の輪廻・・・か.なるほど確かにそうかもしれぬ.
次元の狭間に来て始めて分かった事だが,この世界での
次元の狭間というのはほんの僅か数十秒しかいられぬ異空間なのだ.
その間に果たして何が出来るというのか?いや,何も出来なかった.

混沌の女神がコスモスであった時点で気付くべきだったのだ.コスモスはもはや
普通の人間であった.イミテーションすら生み出せない極々普通の人間.
では,この世界の二柱の神というのは・・・この世界を生み出したのは誰だというのだ?
最初に会ったあの男・・・シドだというのか?しかし彼は今一体何処にいるのか分からない.
あの少年を捜しに新たな幻想へ旅立ったのだろうか?
だとしたら,この世界をとりしきる神はもういない事になる.

コスモス,シド,あの少年,そしてルークとキングとガーランドさえいない世界で,
私は独り,月の渓谷で佇みながらこれまで起こった事を振り返っている.
あいつ―セシルが言った,「みんなにもらった強さ」を信じていたのに,こういう結果に
なってしまった.私はどうすべきだったのだ?



14番目の世界の,月の渓谷にて.
味方や敵や神すらもいない世界で黒い甲冑ゴルベーザは独り,青き星を望観していた.

「神の贈り物,セオドール・・・か.私にも導きがあったのならば・・・」

彼は兜を取り,もう一度青き星を見上げた.そして,
一縷の涙と共に,闇に溶け込んでいったのだった.








最終更新:2011年04月01日 17:31