01:[ダガーなりの「お宝」]



あれからもう何十回の月の重なりを,私はずっとこの窓から見てきたの.
あの人の瞳と同じ色をした月をずっと遠くから見ていて,私は何を感じたと思う?


あの日からもうすぐ一年が経つわね・・・.
アレクサンドリアは,貴女達や城の皆・・・,いいえ,国民全体が一丸となって今日も
精一杯働いてくれているおかげで復興しつつある.
私も国を治める統治者としての勉強を沢山してきたわ.


でも・・・.


女王としては変わって来ているかもしれないけれど,
本当の自分は何も変わっていない気がするの・・・.

城の皆や,貴女達がいないと私は何も出来ないし,さっきの月の話だって・・・.

私は同じ窓からしか外を見続ける事しか出来ないの.それに変わったと言えば,せいぜい
髪の長さくらいだけ・・・.それも「旅」が始まる前と同じくらいの長さよ?
時々思う事があるんだけど,あの「旅」は夢かなんかじゃないかって・・・.

あの人との別れ際で言った,
「あなたに誘拐して頂かなければ,わたくしは自分一人では何一つ出来ない,
つまらない人間のままだったでしょう」

結局私は,今でも,誰かの力を借りなければ,何も出来ない,
つまらない人間,いえ,子どものままなんだわ.


だけど私覚えてるの.あの人が,自分の過去の話をしてくれたあの夜の事を・・・.
その時彼が私に言ってくれた「約束」を果たしにも,
必ずいつか帰って来ると信じている・・・!


知りたい?その「約束」の話? そうね・・・むかしむかし・・・


… … …


「それに,もしかしたら・・・あいつも見つけられるかもしれないし・・・」

「見つけられる?・・・何を?」

「・・・いつか帰るところだよ」

「いつか帰る・・・ところ?」

「そう・・・いつか帰るところ・・・」

「ねえ,ジタン,その,いつか帰るところって・・・」

「どうした?眠れないのか?何か昔話でもしてやろうか?そうだな・・・むかしむかし・・・」

「またそうやってすぐ・・・」


「どうした?なんか落ち着かない様子だぞ」

「子どもの頃に書いた詩があって・・・それを読んで欲しいの」

「へぇ,ダガーは歌も歌えるし詩も書けるんだな」

「ううん,先生に見てもらったけど,詩の才能は無いって事が分かった・・・.
だけどその詩を書いた頃は,色々あってね・・・」

「よし! いいぜ,ダガーがオレの話をちゃんと聞いてくれたんだ,オレもその詩をしっかり読むよ」

「Galwayの空」

… … …

そう題名を呟いて,彼は,赤茶けた紙切れに書かれた
私の言葉を,とても真剣な目で,追っていった.
文字に触れる時の独特な静かな時間が流れるのを感じながらも,
私は彼が読み終わるのをどきどきしながら待っていたの.
しばらくして,彼は紙切れを破かない様に丁寧に畳みながら,自分なりの
感想を喋り始めた・・・.

… … …

「ダガーって,やっぱり詩の才能があるんじゃないか?」

「ええっ?だって先生や学者の皆には認められなくて・・・」

「子どもの頃に書いた詩だろ?それなのに随分難しい言葉や表現を使っているから気になってさ.
それに,そんなお偉いさん方に認められなくたって,自分の大切な想いさえこもっていれば,
そんなの全然関係無いと思うんだ」


「寝る前に,一つ聞いていいかい?」

「なに?」

「あの詩の中に出てきた"Galway"って何の事なんだい?」

「ずうっと昔・・・まだ私が赤ちゃんの頃によく耳にしていた響きがその言葉だったの.
それで,もっと後になって調べてみたけど,遥か遠い世界の街の名前,とだけしか
分からなかったわ・・・.何か気になる事でもあった?」

「いや・・,あの詩の中で,『旅』とか『連れてって』っていう言葉が気になってさ.
ダガー,この旅が終わったら・・・オレがそこに連れて行くって約束するよ」

「えっ?!でもそこは本当にあるかどうか分からない場所かもしれないのよ?」

「さっき,ダガーが詩の才能が無いって言った時・・・,すっごく沈んだ表情してたんだぜ?
その表情を見てたらさ・・・やっぱり,オレは,ダガー,君を助けたいって思ったんだ.
その"Galway"って街に辿り着ければ,きっとダガーなりの『お宝』が見つかると思うぜ?」

… … …

私は彼が寝息を立てているのを確認してから,昔に書いた自分の文字
を見ながら,こう呟いたのだったわ・・・.

… … …

「ジタン,あなたが自分の事にそんなに追い求めていた事を,すごく尊敬したいと思う・・・.
それに引き換え,私は・・・」

… … …


おしまい!

ふふ,驚いた?私が子どもの頃からお芝居に興味があったのは皆が知っている事だけど,
詩を書いていた事は,トット先生と一部の学者しか知らないものね.


―ねぇ,ジタン? あなたは一体いつ帰って来るの?
わたし・・・はやく,あなたともう一度・・・!



Let The Our Bird Fly !


02:[憂いの女王]



もうこんな時間ね・・・何だか疲れてしまったわ.
今晩は私の話を聞いてくれてありがとう.


いえ,こんな事話せるのは貴女しかいないもの.


ええ,貴女は早く帰った方がいいわ,きっとあの子が寂しがってる・・・.


部屋の灯りを全て消して,私はただじっと座っていた.机には万年筆と山積みになった書類.
今日も沢山,国民からの請願書が来ていた.アレクサンドリアは日に日に復興しているのに,
私は変われないままでいる・・・.

ねぇ,ジタン.本当は私,「ガーネット・ティル・アレクサンドロス17世」ではなく
ただ「ダガー」として生きたいだけなのよ.なのに,こんなに心がザワつくのは久しぶりで・・・.

真っ暗な部屋のなか,青白い光が窓から差していた.今日は暦の上では青月.
ジタンと同じ瞳の色をしたガイアの月だけが見える日.私は窓を開き,じっと彼を見つめた.


「それでは王女様!今からわたくしめがあなた様を誘拐させて頂きます!」

「ええ.私をどこでも良いから連れてって」

なあんてね・・・.誰かの力を借りなければ何も出来ないなんて・・・
子どものままね,馬鹿みたい・・・.


03:[あの時のスリプル草をちょうだい]



夜が更け,私は部屋の灯りをつけ,昔に書いた詩を読んでいた.

"Galwayの空"

あの夜のこと,彼が口にした私の詩の名前.そして,彼だけが認めてくれた私の詩の才能.
私は詩の才能があるのかしら?信じていいのよね,ジタン?
あなたが私に言ってくれた「約束」の話も・・・.

私は万年筆を取り,その詩が書かれた紙の余白に今の自分の気持ちを徒然に書いた.

だけど・・・.

徒然が率直になり過ぎて,とある気持ちでいっぱいになってしまった.


"彼に会いたい"


ただそれだけが私の「とある気持ち」だった.
やがて私はいつの間にか椅子に座ったまま微睡みに落ち込んでしまったのだ.


[Prelude]



「ダガー様,ダガー様」

私はついうっかりしてしまって,公務の時間を寝過ごしてしまった.

「ああ,ごめんなさい・・・.私ったらなんてことを・・・!」

そう言って勢い良く立ち上がったものだから,机の上にある山積みになった書類が倒れ,
床は国民の請願書でいっぱいになってしまった.そして,何かガラスの瓶のようなものが
割れる音がした後,私の着ている真っ白のドレスの一部が真っ黒に染まりあがる.

「ダガー様・・・代えのものをお持ち致します」

そう言って,ベルソーは衣装棚のところへ急いだ.


彼女・・・ベルソーはよく私のところへ来てくれる.言ってしまえば侍女たちよりも
私によくしてくれるので,もう城の者ではないけれど彼女は私の大事な世話係になっている.
私のことを「ダガー」と呼んでくれるのも彼女なりの配慮だろう.


「ダガー様・・・申し訳ありませんが,代えのものはこれしか見つかりませんでした」

そう言ってベルソーが渡してくれたのは,もうすぐ一年前になるのね,アレクサンドリアから
脱出・・・いいえ,あの人がこの私を誘拐した時,に着ていたローブだった.

懐かしいわ,と言いながらそのローブに着替えている間,ふとその時のことを思い出す.

「いや,実はね・・・ オレがずっと待っていたのは君の事じゃないかなあと思ってね」

今は私があなたを待っ・・・

そう思いかけた時のこと.

「ダガー様!請願書にインクが!」

ベルソーがそう叫んだのを聞いて床に目を移すと,請願書だけではなく"Galwayの空"が
書かれていた紙まで真っ黒になってしまった.

なんてこと・・・!


私は最近どうかしているのかもしれない.山積みになるまで溜めた仕事,そして思うのは
いつも彼のことばかり.こいわずらいってこのことを言うのかしら?


床の掃除が終わって一息ついた頃,私は彼女を呼びかけて,ある事を尋ねようとした.

「今日も昨晩もお世話になったわ,ありがとう.ところでベルソー,あなたの元の名前って
どういう意味?」

「『ベアトリクス』ですか・・・.意味は女戦士,そのままです」

「どうして改名したのかしら」

「血塗られた過去を断ち切るため・・・と申し上げればよいでしょうか」

ベルソーは白のローブに身を包み,穏やかな表情をしていた.ベアトリクス
―今はベルソーだけど―はそういう思いで改名したのね・・・.私の場合は・・・.

「ダガー様.いっぺん城の外を出歩かれてはいかがでしょう」

ベルソーの急な提案に私は意表をつかれた.

「私は以前の身分を捨て,一介の国民になりました.子どもを授かり,幸せです」


身分を捨てる・・・.そんな事をはっきりと言葉で聞いたのは初めてだった.


「それもいいかもね.ベルソー,私しばらく外で暮らすことにするわ」


昔の思い出は,昔のもの.

もう二度と戻らないあの日の事は大切に胸にしまっておいて.


ジタン!

わたし,詩を書くことにするわ!わたしとあなたのために.

だからおねがい,

遠い空の下で,私の詩を聴いていてね・・・.

(続きはOFFLINEでお楽しみ下さい)






最終更新:2011年01月10日 13:35