―境界―


永き年月の果て.私は何時とも知れぬ何処とも知れぬ時間,場所にて目を覚ました.
あの14番目の世界から出発した私の旅は,終焉を迎えると思っていたが,
どうやら違うらしかったようだ.
何故,「永き年月」と言えるのかと言うと,
私が身に付けている黒い甲冑が錆びて劣化していたからだ.
それでも私は漆黒を身に纏い,この何処とも知れぬ世界を旅してみようと決めた.

まず私が目にしたのは,黒竜にも似た紫じみた黒色の竜,の骨であった.
それは辺り一面疎らに広まっていて,それぞれが一つの建造物の様だった.
耳に入るのは私の足音のみ.ともすれば不気味な世界の様に
感じられるかも知れぬ.だが,一度好奇心が沸いて踏み入れた世界を
そう容易く留まる事が出来ぬというのが人間の性ではあるまいか?

この漆黒の世界において,その一部であるかの如く闇を纏うのは,私には容易に出来ることだ.
私は闇に溶け込み,この世界の中心へ向かおうとしていた.
だが,途中でおそらく蛮族と思しき者達に出会ってしまい,私の旅は終わりそうになった.
その者達は先程の「建造物」の様な,竜族の骨格のみで構築された生き物であり,
蛮族に相応しく,簡単な作りの鉈と槍を帯びていた.彼らは私をじっくり見てから
そのまま去ってしまった.何事も無かったかのように思えるかもしれないが,
私としては緊迫した時間を与えられた様に思える.
私は素手で,彼らは武具を帯び,どう見ても私の方が劣勢だったからだ.
私が黒い甲冑を帯びていたからこそ助かったというものだ.

この世界の中心,とは言ったものの,そもそも中心があるのかどうかすら定かでは無い.
しかし,歩を進めれば進める程,地面は白みを帯びてゆく.
やがて私は,あの「建造物」とは対照的な,
柔らかい白い砂で出来た建物が集まった地に辿り着いた.

「ゴルベーザ」

私の名を呼ぶ声が上方から聞こえたので,私はこの世界の「空」を見上げた.
…するとどうした事だ,「空」の一部にある円の中には,あの女神がいるではないか.
私は思わず問うた.

「此処は一体何処なのだ?」
女神が返す.

「あなたがいる場所は真の次元の狭間・・・.その中の,『邦畿の白砂宮』という場所です」

「途中で出会った者達は一体・・・」

「彼らは骨蛮竜.『郊墟の黒蛮宮』に身を潜める,蛮族であり・・・,神竜の成れの果てです」

「邦畿の白砂宮・・・.あの少年・・・そなたの子が作った砂時計が置かれている場所か.
しかし・・・,神竜だと?」

「ゴルベーザ.早く次元の狭間の深奥へ行くのです.
そうしないと神竜の浄化が始まってしまう・・・」

「それはそなたにとって良くない出来事なのか?」

「そうです.折角再会したのに―」

女神の傍には,私がかつて異空間で見た少年と,14番目の世界へ私を呼び寄せた,
金髪で白い衣を羽織った男がいた.なんということだ,この世界では
セーラとシドとあの少年が無事再会出来ているのか.
そして神竜の浄化が行われるという事は・・・またあの親子が離れ離れになるという事か・・・?


私は,躊躇いなくこの世界の深奥部へ急ぐ事にしたのだ.


―砂塵―


邦畿の白砂宮の中から,私は外の風景を眺めていた.混沌の女神から教えられた,
この「真の次元の狭間」のこと.時折,ここ白砂宮に入らないと,
黒い砂嵐でいずこかの世界へ「幻想跳躍」されてしまうと言う.

まだまだ私はこの世界の真実を知る必要がありそうだ.
今一番の目的は勿論,神竜の浄化を防ぐ事だが,他に私の興味を引くものが沢山あるのだ.

私は,白砂宮の中を歩き回ってみた.この建物は砂で出来ているので,作りが堅固ではない.
壁こそ頑丈に塗り固められているが,床は砂そのままが敷き詰められており,
足元の感触だけで言えばまるで砂漠にいる様だった.

更に白砂宮の床の所々には流砂が出来ており,そこへ飲み込まれるとこれまた
「幻想跳躍」されてしまうらしい.

私は注意深く白砂宮の中を調べ,ついにあの砂時計を発見した.
混沌の女神と共にいたあの少年・・・,異空間で初めて出会ったあの少年が作った,と
彼の弟子が言っていた,砂時計.
それはおおよそ砂時計とは言い難い作りをしていた.
先ず,砂を封じ込めるものが無い.そして,上から下へ,ずっと砂が降り積もっている.
しかし,造形師たちは,これは砂時計だと言ってきかなかった.
「砂時計」の中央部には,白い球が浮いており,この球から砂が落ち山を作っている.
球から砂山の麓までの高さは,ちょうど私の背丈の半分くらいである.
降り積もっているだけの砂・・・.球からは無限に砂が湧き出ている様だった.
砂の落下する速さは,とてもゆっくりしている.私にはどうもこの砂時計が,
時間を計っているものではなく,時間を調整しているように思えてならなかった.
そして,これはただの砂では無い事にもうすうす感付いていた.

砂の正体を突き止める前に,先程の砂嵐についていくつかの疑問点があったので,
それを解明しようと私は白砂宮の展望室へと向かった.
そこには珍しく造形師でない者5人と,この世界では"漂流者"と呼ばれている剣豪がいた.
その者達には後から話を聞くことにして,私は砂嵐を観測し始めた.
果たして何処から何処へ吹いているのか興味があったからだ.

砂嵐の発生地点は刻々と移り変わり,予想出来ないものだった.しかし,
何処へ吹くかは・・・次第に掴めるようになってきた.
その吹く先の中には,私が元いた世界の風景が映し出される事があった.
"幻想"跳躍か,なるほど.この真の次元の狭間から,
数多の世界へ旅立つ事が出来るのなら.元いた世界に還る事が出来るかもしれぬ.
それはそれでかすかな希望であったが,今の私には重大な使命が課されているのだ.
混沌の女神の希望は,夫と息子,家族と共にいたいということだ.
自分が叶えられなかった望みを叶えさせるためにも,
私は自分の為だけに行動するわけにはいかなかった.


私は展望室にいる5人の男達と漂流者に話しかけた.


―時雨―


展望室にいる5人の男達と"漂流者"は,私にこの世界の色々な事を教えてくれた.
此処真の次元の狭間の別称,漂流者の漂流話,骨蛮竜との戦い,
そしてこの砂の正体とこの世界の成り立ちを.

先ず,此処は「無の世界」とも呼ばれ,
その成り立ちは砂の正体と大いにリンクしているというのだ.
骨蛮竜という蛮族・・・神竜の成れの果てという存在も,全てはこの砂に由来しているらしい.
私は彼らと言葉を交わした後,自分が知った事実に驚きを隠せずにいた.
気を落ち着かせるため,深呼吸をした.砂埃を吸わぬ様,
造形師から貰った砂塵マスクをしながら.

展望室にいた彼らの話によると,この真の次元の狭間とは,
「最初の幻想とのパラレルワールド」だと言う.要するに,
ガーランドが元いた世界の「平行世界」だという事らしい.
そして,信じ難い話だが,この「砂」の正体は,あの少年の骨が砕けて出来たものだという.

あまりにも残酷で不可解な事実に目眩すら覚える程だった.

最初の幻想が幕をあげる遥か昔,ガイアとテラという国の間に戦争が巻き起こった.
通称「テラホーミング作戦」と呼ばれたその戦争は長きに渡り,多くの犠牲を生んだ.
結局あの少年のおかげでガイアの勝利に治まることになるが,戦争の最中に少年の力が暴走し,
ガイアという国そのものを滅ぼしてしまう.
現在でもガイアの民の末裔がどこかにひっそりと暮らしているらしいが・・・.
暴走後の少年の行方は掴めなかった.それを失意に思ったセーラとシドは,
それぞれ別の方法で彼を捜す為に幻想跳躍したという.

問題は,これからだ.

あの少年は自分自身の持つ正義感から,
ガイアとテラの二国を「生み出し」,見事戦争を丸く治めたらしい.
失われた二国をどうやって生み出したかと言うと,なんでも
「あらゆる隙間を裂き,強烈なエネルギーを放出させいかなる時空間へ移動」させる力で,
この世界を作ったのだ.だが,そうする事によって,
彼は自分自身の宿敵を生み出してしまう事になる.少年は宿敵との戦いに敗れ,亡くなった.
少年の宿敵は,この無の世界において,神格化された竜を作り出し,
カオスという名の研究者と契約を交わせた.


以上が展望室にいる彼らから聞き出した話・・・だ.
あの少年の成れの果てがこの砂だというのか・・・.
だが,この話は私が目にしたものと矛盾するところがある.
この世界に来たばかりの事だ.
混沌の女神に呼びかけらた私は確かに見たのだ,あの少年の姿を.
それに砂時計についても不可解だ.以前私が出会ったあの少年の弟子の思念からは,
あの少年が砂時計を作った,と読み取れた.少年は本当に亡くなったのか?
そして神格化された竜・・・神竜さえも生み出してしまう少年の敵とは一体何者なのだ?

謎が謎を呼び,いよいよ私の頭を混乱させる.
しかし,私は自分に課された使命を全うしなければならない.
そのためにも,前に進まねば・・・.此処は「邦畿」の白砂宮だ.
ならば,この世界で貴ばれるものがあるはずだ.それはあの少年の宿敵かも知れぬし,
神竜かもしれぬ.いずれにせよ,私が次に移すべき行動は決まっていた.

手掛かりがあった.此処は造形師の住む場所.ならばあの少年の弟子がいても可笑しくはない.
私は,彼を捜しに邦畿の白砂宮を出た.


―憧憬―


道端にいた造形師達に,あの少年の弟子の居場所を訊こうと思ったが,
私は彼の名前を知らなかったので,彼の格好をそのまま彼らに伝えた.
造形師達の大概の格好は,肥大化した脳と,非常に精密で繊細な手が特徴的だ.
しかしそれはいつもの姿ではなく,「作る」時だけのものだそうだ.

あの少年の弟子―彼らから聞くところによると,「ディリクレ」という名前らしい―は,
造形師達の中でも頂点に立つ程の能力を有しているらしい.
あの少年―彼の名前は何故か教えてくれなかった―の弟子だから,成程理解は出来る.
もしかするとこの世界で貴ばれるものは彼ら師弟なのかもしれぬ.

邦畿の白砂宮からこの世界の中心部へ急いでいた私は,
そこから湧き出る程の光と,私が纏うような漆黒の闇が隣り合って在るのを其処に見た.
造形師達によれば,この光と闇の境目を引き裂けるのは自分達だけだという.

光と闇の狭間,か・・・.ふと,あいつの事を思い出した.
セシル,お前は今頃何をしているのだ?
元の世界へ無事帰還し,平穏な毎日を送っているだろうか?

「そんなに弟様の事が気になりますか」

不意に私でも読み取れぬ影が,いつの間にか私の背後にいたのを,その言葉の後に気付いた.

「私の名はベルトレ.貴方が『あの少年』と呼ぶ彼の友であり,造形師です」

「今すぐこの光と闇の境目を裂いてくれと言いたいところだが・・・,
そなた達造形師の事をもっと聞かせてくれぬか」

ベルトレ,と名乗ったその造形師は,いいでしょう,と私の頼みを受け入れてくれた.
私とベルトレの会話は長く続いた.彼は私の質問に温和な調子で応えてくれた.
おかげで造形師,という存在に対してかなりの知識を得ることが出来たのだった.

移動しながらの会話で,途中,ベルトレと同じくあの少年の友である
モンジュという造形師の墓へ花を捧げる場面があったが,私はさして気にしなかった.
ベルトレは,邦畿の白砂宮を管理していてディリクレに砂時計を守らせているのも,
あの少年の友で,名をシャブロルという事を教えてくれた.
そして私が展望室で会った者達が誰なのか,という事も教えてくれた.

彼らは,セーラが"レナ"と名乗っていた幻想からやって来た者達らしい.
レナ・・・?5番目の幻想の者がどうしてセーラと繋がるのだ,という私の問いに,
ベルトレは,貴方が今いるこの世界の名前と,ディリクレから聞いた話と,
セーラ様の幻想跳躍法が「フェニックス」である事を統合すれば
自ずとお分かりになるでしょう,と返した.
ベルトレの言葉通りに,私は3つの話を統合してみた.すると・・・.

「次元の狭間」という世界が初めて現われたのは確かに5番目の幻想だ.
それなら5人の男達と"漂流者"がいてもおかしくはないだろう.
これで,元の世界では彼らは「暁の四戦士」と,タイクーンという国を治める王であり,
"漂流者"とはギルガメッシュである事が明らかになった.

…だがレナという者がセーラに繋がるというのはどうしても不可解だ.
私はその疑問を横に置き,彼ら造形師の事について考えを巡らせてみた.
整理,といっても良いのかもしれぬ.


相対するもの,力が生じた時,その間に境目が出来る.
その境目によって世界の均衡が崩れる時,造形師が生まれ「調停」が行われる.
造形師は相対するものや力の象徴を造り,それを観測者・・・に委ねるのだそうだ.
より良い象徴を生み出せた造形師は称賛されるが,
出来の悪いものを生み出した造形師は世界の全てから忌み嫌われるという.
造形師とは元々そういう存在だったらしいが,ある時点に於いてその仕組みは破綻した.
それがテラホーミング作戦よりも更に昔に起きたのだ.


「ベルトレよ,その光と闇の境目を引き裂く前に教えてくれぬか」

「なんでしょう」

「相対するもの,どちらにも属せぬ者はどうなるのであろうな?」

「それは観測者次第でどの様にも在り得ます」

「どの様にも,か・・・」

ベルトレは黙したまま,光と闇の境目を掴んだ.


かくして,ディリクレがいると思われる
真の次元の狭間の深奥への境界が引き裂かれようとしていた.


―雪月花―


光と闇の境界はベルトレによってあっけなく裂かれ,真の次元の狭間の深奥への扉が開いた.
これで,あの少年の弟子ディリクレに会う事が出来るのかもしれぬ.

「ところでゴルベーザ様」

ベルトレは不意に,私にこう尋ねた.

「これからディリクレの元へ幻想跳躍をしますが,貴方はこの光と闇の狭間に何を見ますか」

「希望だ.それ以外は何も見えぬ」
見出せぬ,と言った方が良かったかもしれないが,
もう答えてしまったのだから訂正のしようが無い.
造形師達は,何故か訂正する事を許さないのだ.

「そうですか,希望・・・.不思議です,どの跳躍法にもその言葉に当てはまるものが無い・・・」

彼は当初の思惑通りにいかない事に対して歯痒い思いでいるようだ.

「この際ですから,我々造形師ですら行ったことの無い
光と闇の狭間へご招待しますよ,ゴルベーザ様」

「其処にディリクレはいるのか?」

「いません」

「何だと―」

「しかしフーリエの宿敵はいるでしょうね.頑張って倒して下さい」

あっという間のやりとりであった.
私はベルトレに背中を押され,光と闇の狭間へ溶け込んでいった.


私は裏切られたのか?それとも造形師という存在を頼りにし過ぎていたのだろうか?
光と闇の狭間は,私の憶せるレベルの場所では到底無かった.
フーリエとはおそらく,あの少年の名であろう.
神竜を生み出す程の者が此処にいるのならば,私は「それ」に対峙する事で
造形師の住むあの場所,いや,14番目の世界に
何らかの形で終止符を打てるに違い無いと思った.


14番目の世界から此処へ来るまでに,どれくらいの時間が経ったのであろう.
この幻想の観測者は,ベルトレの振る舞いをどう受け取ったのだろうか.
願わくば,次の幻想では,私は白と黒の世界ではなく,色とりどりの世界にいたいものだ.








最終更新:2011年01月10日 13:38