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いま、輝くとき(後編)

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匿名ユーザー

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いま、輝くとき(前編)より
――――――――――――――――――――――――――

   ☆   ☆   ☆

 二人で色々な展示を見て回った。
 大迷路では、はしゃいだこなたが壁を乗り越えようとして倒してしまい、二人で謝った。
 ゲームセンターでは、こなたが最弱キャラで24連勝する傍ら、かがみが『東方風神録』をルナティックモードでノーミスクリアし、“ゲームセンターあらし一号・二号”の異名をとったりもした。

 こなたにとって、その一瞬一瞬が黄金だった。

 砂時計からこぼれ落ちる時という砂粒が、黄金となって世界を舞っているように感じられた。
 その二度と戻せない砂時計は残り少ないけれど、だからこそその一粒一粒が、こなたには大事に思えるのだった。

「へー、ヅカコンテストねー。なんか、田村さんもあんたみたいに趣味がからむと凄いバイタリティだな。……っていうかうちの学校もそんな企画通して、色々大丈夫なのかよ」
「ねー。それで、そのヅカコンにかがみも出場することになりました」
 疲れた二人は、メイド&執事喫茶で軽食を食べていた。レンジで暖めた業務用ナポリタンを、こなれていないメイド服を着込んだ女の子が運んでくる。
 その袖のフリルを気にしたようなそぶりを見て、こなたは自分がバイトを始めたころのことを思いだし、少しほほえましく思う。

「は、はぁ!? ちょっと、なによそれ! なんでまた勝手に決めちゃうのよ! いっとくけど、今度こそやんないからね私!」
「えー? わたしもでるんだよ?」
「知るかっ!」
 かがみが頬を染めながら叫んだ。
「ヨヨヨ……かがみんは、わたしがどこの誰とも知らない女とヅカップルになってもいいっていうんだね……」
 こなたはそういって泣き崩れる。目元を袖で覆ってうつむくそのさまは、まるで悪い男にだまされた乙女のようだった。
「ちょっ、おまっ……べ、べつにそんなの、し、知ったこっちゃないわよ……っていうか、組むんならつかさとかみゆきがいるじゃない」
「だって、つかさとみゆきさんもカップルででるんだよ? みさきちと峰岸さんもー」
 何事もなかったように席に戻り、フォークでナポリタンをくるくる巻き取りながらいった。
「え、そうなんだ……?」

 もちろん嘘だった。
 ひよりは他のメンバーも誘うといっていたけれど、その結果はまだわかっていない。

「そうだよ。むしろチアのメンバーででないのはかがみだけだよ。このままだと、みんな友達同士でやるのに、わたしだけ相手がくじらになっちゃうんだよ?……高校生活最後の文化祭の思い出がくじらなんて、やだよ……ヨヨヨヨ……」
「……わ、わかったわよ……」
「……え?」
 そっぽを向きながらいうかがみに、こなたは口元を猫のようして尋ね返す。
「わかったわよ! やるわよ やればいいんでしょ!」
「わーい! がんばろーね、愛しのフランソワよ!」
「だれだよっ!」
 抱きつくこなたをすげなく払いのけて、かがみがいった。

   ☆   ☆   ☆

 中庭の特設ステージは、異様な緊迫感に包まれていた。
“なんかすごいものが中庭で始まるらしい”
 文化祭の一般参加者の間に漣のように伝わっていったその噂が、人々を中庭に引き寄せていった。
 突如として校内に貼られ始めた、女の子同士が身を寄せ合っているCLAMP風イラストが描かれたポスターも、その流れに拍車をかけた。
 噂の出所を丹念に辿れば、また田村ひよりのレースグローブに隠された指先のインク染みをみれば、なぜこのような現象が起きたかがわかったことだろう。

 教室から運び出された椅子は満席で、周囲の芝生に座りこんでいる者、木によじ登って見ようとする者、人でも殺せそうなゴテゴテとした望遠レンズを構えて待機する者などでごった返していた。
 それは公式なクロージングイベントではなかったけれど、参加者の多くが、暗黙の裡に感じていた。
 ――このイベントが、文化祭を終わらせるのだと。

 一方控え室では、そんな緊迫感をあざわらうように、和気藹々とした空気が流れていた。

「な、なんか緊張するね、ゆきちゃん……」
 そういったつかさの格好は“リボンの騎士”のサファイア風の装い。パフスリーブのついたコットン製のブラウスに、青色のベストを合わせてあった。帽子に薔薇の花飾りをつけ、白いタイツで脚線美を強調し、赤いマントを翻すその姿はなかなかに凛々しくて、かがみがうめき声を出すほどだった。
「そ、そうですね、わたしもこういうのは慣れておりませんで……」
 対するみゆきの着るピンクのロングドレスは全身フリルまみれ。裾から覗くペチコートも愛らしく、長くひいたベールはウェディングドレスのようで。
 頬を赤く染めスカートの裾を気にする様子に、こなたは泣きながら無言で親指を突きだしていた。

「あっはっはっは! あやの可愛いぞー、なんだそれー」
 大口を開けて笑いながらひたすらケータイであやのを撮りまくるみさおは、深紅のスラックスにジャケットを合わせ、純白のブラウスにリボンタイを巻いていた。丈の高い革製のブーツと、羽根飾りのついた幅広の帽子は“長靴をはいた猫”のようだった。
「もー、みさちゃんやめてよ、あ、もう、そんなとこ撮らないで!」
 そういって照れるあやのは姫ロリ風のピンクのナイトドレス。ゴブラン織りの模様がノーブルな雰囲気を醸しだし、カットソーのフレアスリーブもフェミニンな魅力を振りまいている。

“アニキにも写メおくっといてやるー”
 そういうみさおを阻止しようとあやのはケータイに飛びつく。そんな二人をながめながら、ゆたかとみなみは顔を見合わせて笑った。
 今までどおり、ゆたかはベルベッド製のタイトなノースリーブのワンピースに、肩口まで覆うロンググローブ。お団子にまとめた髪にはクリスピンをかぶせている。
 みなみは純白のタキシードの随所にレース模様を編み込んで、白馬の王子様風の装い。
「なんか楽しいね、みなみちゃん」
「……うん。みんな一緒。……恥ずかしいの、私たちだけじゃなくて、ちょっと嬉しい」
 そういう二人は腕を組んで寄り添うのも自然で、もはや手慣れたヅカップルとなっていた。

「それじゃ、みなサーン、そろそろ用意お願いしますネ」
 入り口のカーテンからのぞき込んで、パティがいう。ショーマンのようにわざとらしい黒のタキシードとシルクハット。
 パティはしかし、ひよりと一緒に司会をするとのことだった。

 皆が外にでようとするところで、パティはこなたに話しかけた。
「Oh! コナター、Very Prettyネー!」
 そういうパティに、こなたは自信満々で指を突き出す。
 所々にメッシュの施された黒いロングドレスはゴシックな雰囲気を醸しだしていて、大きくあいた胸元には緑水晶のペンダントが輝いている。高く編み込んだ髪には別珍のリボンヘッドドレスを被せ、周囲にカスミ草を差し込んで幻想的な雰囲気を出してあった。
 一方、憮然とした顔で隣に立つかがみは19世紀英海軍風の軍服姿。
 真っ白なダブルのジャケットには金襴の徽章や袖飾りを施していて、肩から垂れる房飾りは麗しくたなびいている。髪の毛は白帽にたくしこみながらもサイドの毛だけは垂らし、凛々しさの中にも一抹の女性らしさを残していた。

「ふっふっふ、まーねー、なんたってこっちはこういうのプロですから!」
「そこデス、コーナタ~。ワタシ店長にこのこといったヨ。そしたら店長命令がきたデスネ。“必ず勝つコト。優勝したら時給UPも考えル。”だそうデスネー!」
「おおお、まじでー! 一年半やっててまだ50円しか上がってないのに!」
 こなたはかがみの方を振り向き、瞳に星を輝かせながらいった。
「かがみ、絶対勝とうね! わたしたちの思い出のために!」
「あんた絶対目的それじゃないだろ!」
 かがみの突っ込みを、こなたは耳をふさいで聞こえないふりをするのだった。

 ――欲望と萌えと妄想が渦巻くコンテストが、今始まる。

   ☆   ☆   ☆

『Ladies and Gentlemen!!』
 パティが口上を述べると、会場は水をうったように静まりかえった。
 シルクハットを被った金髪碧眼の少女の姿に魅了されたこともある。その流暢な発音に気をのまれたせいもある。
 たった一言で、会場はパティに掌握されきってしまった。
 張り詰めた場の空気が弾ける寸前まで溜めを作ったあと、パティは叫ぶ。
『地上最強の萌えを見たいカーー!!』

 オオオォォォオォオォーー!!

 大地を揺るがさんばかりの歓声のなか、パティは目をつぶって浸りながらいう。
『ワシもジャ、ワシもジャ、みんな!!』

「……あの、こなたさん? なんですかコレハ」
 舞台袖に控えているかがみが青ざめた顔をしてこなたにいう。
「ノリだよ、ノリノリー。みんな本気でやってるわけじゃないって。それよりかがみさん、英軍十字勲章徽が曲がってらしてよ?」
「あんたも余裕しゃくしゃくだな……」
「そりゃ、こっちはわたしのホームグラウンドだしねー」

「えー、それでハ、第一回桜藤祭タカラヅカコンテストを開催しますネ。まずは司会のわたし、Patricia Martinデース!」
 そういうと、一転おだやかな拍手が浴びせられた。
「そして実況はフレデリカひよりデース!」
 実況席のひよりが立ち上がり、一回転したあとスカートの裾をつまんでお辞儀をする。会場が沸き、カメラのフラッシュが焚かれた。
「さらに、特別解説に、特に名を秘す某PTAのカタ『そう君』をお招きしましたネー!」
 ひよりの隣にいた和服の成人男性が立ち上がる。ゴーグルとマスクで顔を隠したその男が親指を立てて挨拶すると、一応まばらな拍手が聞こえてきた。

「こなた……あ、あれって……」
「ごめんかがみ、いわないで……。さすがのワタシも人生について考えてるところだよ……」
 がっくりと膝をつくこなたをよそに、イベントは進行していくのだった。

『それでは、レオニードつかさ×マルガレーテみゆきの入場デース!』

   ☆   ☆   ☆

 ――第一組。つかさとみゆき。

 二人が腕を組みながら歩いてくると、客席から歓声が上がった。
 つかさは自分がエスコートをするのに慣れてない風で、しがみつくみゆきを赤い顔をしながらちらちらと眺めている。
 と、緊張から歩幅の乱れていたつかさがみゆきのペチコートの裾を踏み、盛大に二人一緒に転んでしまった。
「「あわびゅっ」」
「いたたた……ご、ごめんねゆきちゃん、大丈夫?」
「めがねめがね……めがねはどこですか~?」
 倒れた拍子にずれためがねを頭の上にのせながら、みゆきがぺたぺたと周囲をまさぐる。
 つかさもそれに全く気づかないようで、一緒に探しまわっていた。

 観客がどっと沸いた。

 すかさず実況を被せるひより。
『おーっとこれはー! ドジっ子+天然ボケの波状攻撃ですね、解説のそう君さん!』
『ええ、普通ならドジやツッコミ不在のボケは、ただの困った子として処理されてしまうのですが、同属性の二人を組み合わせることで“突っ込まないツッコミ”や“他人に迷惑をかけない安全なドジ”などの要素を成立させているわけですね。萌えですね』
『……さすがそう君さん……深いですね』
 若干素で引きながら、ひよりがいった。

 そんな解説をしているうちに、みゆきは頭の上のめがねに気づくと、顔を赤くしながらかけ直し、
「お、お恥ずかしい限りで……」といった。
 やんやの喝采の中、気を取り直すように小さく咳払いをして、みゆきは続けた。
「……あ、あの、なんだかパフォーマンスをして欲しいとのことだったのですが、私そういうのが不得意なものでして……。それで考えたのですが、今日はその替わりに“桐箪笥の歴史と作り方”についてお話しさせていただこうかと思います」

 一瞬にして会場が凍りつく。
“そ、そんなにやりたかったんだ、桐箪笥!”
 こなたも一緒に凍りついていた。

「――そういうわけで、桐箪笥は今も職人さんが心を込めて一棹一棹作っているそうです」
 みゆきがそう締めくくると、意外にも盛大な拍手が浴びせられた。
『むう……これは意外です。……凄く面白いですね桐箪笥……』
『え、ええ……。とても勉強になりました。次回作の参考に……っと、いやいや』
 ニコニコと笑いながら手を振って退場するみゆきとつかさ。
 結局つかさはずっと隣でほほえんでいるだけだった。

   ☆   ☆   ☆

 ――第二組。みなみとゆたか。

 二人が入場した途端、会場から黄色い声が大量にあがった。
「きゃーー!! エリザベートさまー!!」
「ルカちゃーん! こっち向いて笑ってー!!」
 今日一日の活動ですでに固定ファンがついていたらしく、親衛隊めいた集団ができあがっていた。
 そんな客席に二人はニッコリと笑いかけると、同時にくるりと一回転して、手に抱えていた薔薇の花束を投げ込むのだった。

「「慣れてるー!! この人たちめっちゃ手慣れてるよー!!」」
 こなたとかがみが同時に突っ込んだ。
「あれ……でも、ゆーちゃん大丈夫かな?」
 こなたが一転真剣な顔付きでつぶやく。
「ん? どうしたのよこなた?」
「いや、ゆーちゃんの顔色がね」

 こなたがそういったとき、異変が起こった。
 ゆたかが額に手を当てたとおもうと、ふらりとその場に倒れ込んだのだ。
 みなみの行動はそれを予期していたように素早かった。くずおれる前に一瞬にしてゆたかを抱え込んだかと思うと、そのままお姫様だっこの形に抱きかかえたのだ。

 キャァァァァアアアー!!
「ゆーちゃん!!」

 親衛隊の方から失神せんばかりの黄色い声が上がるのと、こなたが叫んだのは同時だった。
 みなみの腕の中でくたりと身を寄せるゆたかは、いかにも儚げだった。みなみはそんなゆたかに顔を寄せて優しげに話しかけると、迷わずステージから降り、親衛隊の中をつっきって保健室へと走っていくのだった。
 客席では気絶者が続出し、そうでないものも腰が抜けて立ち上がれないありさまであった。

 ――こなたは飛び出そうとした脚もそのままに、遠ざかっていく二人を見送っていた。

 進行役の三人も慌てて保健室にかけつけたため、一時イベントの進行は中止されていた。
「……あんたもいかないでいいの? すごいいきたそうな顔してるよ」
 かがみは、どこか悄然としているこなたに優しく問いかけた。
「ん……。みなみちゃんがついてるから、大丈夫だよ。学校ではみなみちゃんたちに任せようって思ってるんだ。……そのほうがいいんだよ、絶対」
 そういってこなたは寂しそうに笑った。

 しばらくして進行役の三人が戻ってきた。“そう君”がこなたのほうをみつめてうなずく。どうやら大事ないらしいとわかって、こなたはほっとする。

『コホン。エー、エリザベートみなみ×ルカノールゆたかペアのパフォーマンスハ、体調不良のため中止いたしマス。ちょっとした貧血だそうデスので、ご心配なさらずネ』
 パティのアナウンスが会場に流れる。

 しかし観客席に漂う桃色の空気は、すでにこれ以上のパフォーマンスは必要ないと思わせるものだった。

   ☆   ☆   ☆

 ――第三組。

「むう、これはやばいね。あの二人、完璧にもってったよ」
 こなたは舞台袖から観客席を覗いていう。
「ふーん、ま、いいんじゃないの。悔しいけどあの二人、お似合いだしね」
 かがみは興味なさそうにそっぽを向いていった。
“仕方ない……これはプランB発動だな……”
 こなたは頭のなかでひとりごちる。
「……あれ? かがみん悔しいんだ?」
「ばっ、……そんなわけないでしょ! 言葉の綾よ!」
 こなたが思い出したようにつっこみむと、かがみは慌てて頬を染めるのだった。

『それでハ、次はフランソワかがみ×ジョセフィーヌこなたのパフォーマンスでス!!』

 そうパティが告げた瞬間、舞台袖からこなたがロングドレスをなびかせて飛びだしてきた。
 側転、ロンダート、そのままバク宙。
 バタバタと宙にはためく漆黒のドレスは、その影のあまりの小ささも手伝って、観客の心を一瞬にしてわしづかみにしたのだった。
「ま、まてー! 女怪盗ブラックフォックスめ!」
 歓声と口笛が飛び交う舞台に、遅れて軍服姿のかがみが駆け込んでくる。
「ちぇ、しつこいなぁ大佐。今日はまだ何も盗んでないよ?」
「う、うぅぅるさーい! いいからさっさと捕まるんだ!」
 かがみはそう怒鳴ると、腰のサーベルを抜いてへろへろと斬りかかっていった。
 こなたはわざと大げさに上体をそらしたり、脚を上げたまま回転したりして避けていく。かがみの頭を跳び箱代わりにして飛ぶと、客席から驚嘆の声があがった。

『これはすばらしいジョセフィーヌさんの身体能力ですね! 解説のそう君さん!』
『ええ、胸元の開いたドレスもセクシーですね。胸はないけれど、そのない胸を強調するいじらしさが萌えなわけです。いやー、かなたを思い出すなー』
 ひよりが座る位置をずらして“そう君”から大きく距離を取った。

「もー! わたしが大佐になにしたっていうのよー!」
 こなたがない胸を逸らし、腰に手を当てながらいう。
「おまえは大切なものを盗んでいったんだよ!」
「なにを!」
 そのとき、跳び箱代わりにされたかがみの頭から、軍帽が脱げた。紫のセミロングヘアーがさーっと流れ落ちてくる。
「わ、わたた、私のハートだ……」
 肝心なところで噛むかがみだった。その顔はすでに火を噴き出さんばかりに赤くなっている。
「……た、大佐?……それをいうなら、もうとっくにわたしは捕まってるんだよ? わたしのハートは、あなたに捕らえられたままなんだ……」
 そういってしなだれかかるこなたを、かがみはひっしと抱きかかえるのだった。

 鳴りやまぬ歓声と口笛の中、しかしこなたはかがみに呟いた。

“かがみ……ごめんね”
“え?”
 かがみが問い返すまもなく、こなたは両手の力加減でかがみの右足に重心をかけさせると、地面と水平に返した左足の裏で、くるぶしをスパンと刈った。
 揃ったかがみの両足が、綺麗に弧を描いて跳ね上がる。地面に投げ落とされそうになった勢いを殺しながら、こなたはふわりとその体を抱きしめた。
 かがみが気づくと、こなたの膝の上ですっぽりと抱きかかえられる格好になっていた。紫の髪が地面に放射状に広がっている。
“え? え?…こなた…?”
 小声でつぶやくかがみの耳に唇をよせて、こなたがいつになく真剣な口調でいう。
“かがみ……本当に心から嫌だったら、イヤっていって”

 そういうと、こなたは目をつぶり、かがみの唇にゆっくりと自分の唇を近づけていく。

 かがみは目を白黒させ、唇をパクパクし、ありとあらゆる表情をして――

 ――最後には、自ら瞳を閉じた。

   ☆   ☆   ☆

「よーっし、これはもらったっしょー!」
 舞台袖の控えでこなたはガッツポーズをする。
 隣では放心した態のかがみが、頬を染めながらなにごとかブツブツ呟いている。

『えー、お静かニ願いますネー。次に登場するタカラジェンヌは、ヨーゼフみさお×クリスティーナあやののお二人でースネ!』

 まだ興奮の醒めやらぬ会場に清澄なクラシック音楽が流れると、観客は一斉に口をつぐんだ。

「あ、これなんだっけ、クルミ割り人形?」
 こなたがそういったとき、舞台にあやのが姿をみせた。
 そうしてあやのはバレエを踊りだす。
 ――それは完璧なポワントで。
 ドゥミ・プリエはなめらかに。
 優美なるアン・ドゥオールはどこまでもたおやかで――そのグラン・パドゥシャは宙を舞う妖精のよう。

「……あやのんがこんな特技をもってたとは……」
「あー、峰岸って中学までバレエやってたのよね。高校になって通学時間かかるからって辞めちゃったみたいだけど。私も初めてみたけど、すごいわね……」
 いつのまにか復活したかがみが、こなたの隣でいった。

 舞台ではみさおも登場し、あやのの手を取りながら一緒に踊っている。その動きはどこかぎこちなかったけれど、あらけずりな美しさが感じられた。
「……みさきちは?」
「日下部がバレエやってたなんて……聞いてないぞ……」
「……むぅ。恐るべしみさきち……」
“でも……これならわたしたちの勝ちは揺るがないね。かわいくて綺麗だなって思うけど……別に萌えないもん”

 しかしその読みは甘かった。

 みさおが片手であやのを抱え上げるリフトをしたまま、その場で回転するピルエットを描くと、客席からは驚嘆の声が上がった。
 その勢いをつけたまま地面におろすと、みさおとあやのは腕を一杯に伸ばし、繋いだ手を中心として回る。
 そうして再びあやのを抱え上げたみさおは、両手であやのを天高く放り投げ――

 ――空中で回転するあやののスカートが――

 驚愕の表情をみせるあやのとみさおを、あざわらうようにめくれあがり――

 ――満員の観衆の前に、その純白の布切れが晒されて――。

 会場の全ての人間がひとつになり、陵桜学園を揺るがした。

   ☆   ☆   ☆

「いやー、まさかあんなオチになるとはねー」
「……かわいそうに峰岸のやつ、泣いてたぞ……」
 二人は夕陽の差し込む屋上で黄昏れていた。
 あんなにあわただしく活気に溢れていた一日も、もう終わる。
“長いようで短い一日だったな……”こなたはそう思う。
 終わってしまうのは寂しいけれど、なにかをやり残したという後悔はなかった。やれること、やりたいことを全部やってなお残る寂寥感は、どこかすがすがしく甘やかな香りがした。
 こなたはそんな寂寥感を大事に抱えながら、かがみと共に夕陽に沈む陵桜学園を見下ろしているのだった。
“かがみもおんなじようなことを感じてるのかな”
 そう思って隣をみると、かがみも丁度こなたのほうをみていたようで、目があって笑う。

 結局あのときの会場の盛り上がりはいかんともしがたく、そのままの流れでみさお×あやのペアの優勝となった。
 こなたにしてもその結果に否はなく、心から祝福の拍手を送ったものだった。
 あやの本人は嫌がっていたけれど。

 おそらく今回の文化祭は、今後何年か語り継がれていくことだろう。今年卒業する三年生にしても、何年もたって同窓会などで再会したときは、きっとこの日の話で盛り上がるに違いない。

 そんな伝説を産んだステージも、今は解体作業をしている。

 男子生徒の掛け声や、金槌をふるうトンテンという音、どこかから聞こえてくる笑い声、段ボールを引きずって歩く音。
 終わりの音が聞こえてくる。
 眺めやればそこかしこで人々が働いていた。教室の中で、廊下で、中庭で。みると、裏庭の木のそばで男女のカップルが口づけを交わしていた。
 こなたはそんな二人をみてほほえましく思う。
 この視界に写る皆が、今日という日を思い出にしてこれから先べつべつの人生を送っていくのだろう。
“わたしは――かがみは――いつまで一緒にいられるのかな”
 こなたはそんな風に思う。
 けれど寂しくはなかった。
 ――なにがあるにしても、たとえ離ればなれになっても、多分わたしはどこかでかがみと繋がっていられると思う。
 そんな安心感を、いまのこなたは抱いていた。

「…あ、そういえばさ」
 思い出したようにこなたは尋ねる。
「ん? なーに?」
 かがみは夕陽を眺めたまま答えた。
「今日のお昼、屋上でなにやってたの?」
「うげっ!! あんたみてたのか!?」
 かがみが焦った声でいう。赤く染まった頬は夕陽によるものか、それとも他の原因によるものか、こなたには判別がつかなかった。
「ん……みてたわけじゃないよ。かがみが屋上に呼び出されていったよって、教えてくれた人がいてね」
 かがみはしばらく唸りながら頬を掻いていたが、意を決したようにこなたのほうを向いていった。
「実はさー、男の子に告白されてねー」
「え……。そうなんだ……」
 意外だった。
 ――かがみはそういうの隠しておけない人だと思ってたんだけどなぁ。
 だからこそあのとき何事もなかったような顔で現れたかがみに安心したのだった。
「うん、でもそれが酷いのよ。私のことも禄に知らないで、朝のチアみて一目惚れしたなんていってんの。“ボクのためにハイキックをしてくれ”とかいっちゃってさ、あまつさえ私の名前つかさと間違えてたんだよ」
「あ、あははー…。それはホント色々酷いね」
「だろー?」
 かがみはこなたの方をみながら、苦笑していう。

「でもかがみなら、そういうのすぐ顔にでると思ってたよ。ほら、修学旅行のときみたくー」
「あー……。あれをいうなってー…。あのときはなんか私も雰囲気に当てられてたっていうか…」
 口元に手を当ててニヤニヤするこなたをポカリと叩いて、かがみがいう。
「それに私だって、いつまでもそういうの慣れてないまんまじゃね……」
「ん、そうだよねー」
 こなたは鉄柵に両肘を乗せ、顔を半ばうずめながらいった。
「ね、これから先イイ人できたら絶対わたしに教えてね」
 そう笑いかけるこなたに、かがみは答える。
「うん、いいわよ、あんたに絶対いう。……でもね」
「でも?」
 不思議そうに小首をかしげるこなたに、かがみは背を向けていう。
「わたしが好きになれる人は、多分誰よりも私の近くにいて、誰よりも私のこと知ってくれてる人……なんだって思った。あんなハイキックオトコみたいなのじゃなくてさ」

 かがみの背中に向けて、この日最大のニヤニヤ笑いを浮かべてこなたがいう。

「えー? それってどういうことー?」

「どういうこともなにも、ただそれだけの意味よ! 他意なんてないって!」

「じゃ、なんでかがみそんな照れてるのさー」

「う、うぅぅるさーい、赤いのは全部夕陽のせいだー!」

 オレンジと蒼に染まった夕焼け空に、そんな二人の声が響いては消えていくのだった。

                                (了)











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  • 神過ぎる -- 名無しさん (2008-07-28 23:42:19)
  • くじら自重ww -- 名無しさん (2008-04-01 09:52:52)
  • 良かった……;; -- 名無しさん (2008-01-29 20:12:56)
  • これは24話のチアの後の話
    つまり文化祭2日目の話だ
    普通に読んでれば分かると思うんだが? -- 名無しさん (2007-10-18 21:45:44)
  • これだけ言わせて貰おう。




    文化祭一日じゃないよな? -- 名無しさん (2007-10-18 21:21:59)

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