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夏の夜

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匿名ユーザー

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 海に来てから二泊目の夜。既に時刻は深夜近い。旅館の一室では、四人が静かに横になっている。
「ふー……」
 どうにも眠りが浅い。かがみは布団の中で仰向けのままため息をついた。
 こなたは、スケキヨやら犬神家やら、一通りのネタでつかさをたっぷり恐がらせた後は、大人しく眠りについている。恐がっていたつかさも同じく。みゆきも穏やかな寝息を立てている。
「……だめだ。眠れない」
 特別寝付きの悪い方ではないのだが、どうにも目が冴えてしまう夜というのはある。かがみは体を起こして、足音を忍ばせ部屋の外に出た。
「少し夜風にでも当たろっと……」
 ビーチサンダルを履いて旅館の外へ。直射日光がギラギラと眩しかった昼間と違い、夜の町には心地良い風が吹いている。見上げれば快晴の夜空。満天に星が瞬いている。
 海を見に行こうと思い、かがみは旅館前の道路を歩いていった。海水浴場まで行かずとも、海を見るだけなら近くにテトラポッドの並んだ海岸がある。
 夜の町はとても静かだ。自動販売機の蛍光灯が低い音を立てているのがハッキリ聞こえる。
 ……ふと、かがみはその静寂に心細さを感じた。誰もいない。生き物の気配すら感じられない空間。無論、それは錯覚だろうが。
 闇夜の中、一人きりという状況を改めて認識する。海はすぐそこだったが、引き返そうかと考えた。
 踵を返しかけたその時、
ポン
 と誰かがかがみの肩を叩いた。
「きゃああっ!?」
 素っ頓狂な声を上げて後ろに転んでしまう。
「おわっ……ちょっとかがみ。夜中に大声出しちゃダメじゃん」
「こ……こなた?」
 尻餅をついていたかがみは、声をかけてきたのがこなただと知って安堵の息をついた。
「ほら、立ちなよ」
 辛うじて腰は抜けていない。かがみはこなたに手を引っ張られて立ち上がった。
「何でこなたがこんな所に?」
「かがみに付いて来たからじゃん」
「起きてたの?」
「起きたんだよ。お陰様でかがみんの、つかさに負けず劣らずなリアクションを見ることができました」
 グッと親指を立てるこなた。
「そ、それは……あんたが普通に声を掛けてくればあんな――」
「普通に肩を叩いただけじゃん」
「ぐ……そもそもあんた、何で付いてきたのよ?」
「こんな夜中に女の子一人で出歩くなんて危険でしょ。ボディガードがいなくちゃ」
「そりゃそうかもしれないけど……旅館の近くを散歩するぐらいなら問題無いわよ」
「甘いよかがみん。最近は色々物騒なんだから。下手すりゃ質の悪い連中に捕まって『悔しいっ、でも(ry』とかクリムゾンな展開が――」
「意味がわからん」
「ま、何にせよ、夜のお散歩なら私も付き合いたいからさ。行こ」
 こなたはとっとと先を歩いていく。かがみは小さくため息を漏らし、その後に付いていった。

 無数のテトラポッドが並べられた海岸に、白い泡を立てて波が打ち付ける。遠くへ目をやれば、深い黒をした海面に、星と月明かりが反射している。
 かがみとこなたの二人は、コンクリートの堤防に腰掛けて海と夜空を眺めていた。
「良い夜だ」
 月を見上げて、こなたが呟く。
「そうね……」
「こんな夜だ。血も吸いたくなるさ」
「またアニメのネタかそれ」
 かがみは相づち打ったことを後悔した。
「ネタなのは確かだけどさ、かがみの血だったらホントに吸いたいなー」
 こなたは口の下に人差し指を当て、あながち冗談でも無さそうな好奇の目でかがみを見つめる。
「やめい」
「ちぇ……」
 残念そうに舌打ちし、こなたはまた夜空を見上げる。
「……何かこうしてるとさ、あれみたいだよね」
「あれ?」
 こなたの言わんとする所が分からず、かがみは首を傾げる。
「だからこうして二人きりで、夜の海を眺めてたりすると、あれみたいじゃん」
「だからあれって何よ?」
 重ねて問うかがみに、こなたは答える。
「恋人」
「なっ……」
 そう言った瞬間のこなたの笑顔が、かがみには何か妙に可愛らしく見えてしまった。
「ば、馬鹿なこと言わないでよ! 何で私とあんたが……」
「まあ、そう硬いこと言わずにさ。一夏の思い出ってのを作ってみませんか?」
「作るかっ!」
「むー……ノリ悪いなぁ。ナンパしてほしかったんじゃないの?」
「あんたが私をナンパしてどうすんのよ。そもそも、私はナンパなんて望んでないっつの」
「そう? それなら安心だけどね」
「安心?」
「だって、かがみが男に声かけられてホイホイついて行っちゃうなんて、許し難いことだからね。ツンデレキャラとして! 巫女さんとして! そんなことはあってはならない!」
「前半はいいが後半はよく分からん。……大丈夫よ、そんな迂闊なことしないから」
「うむ。でも万一の時は、私が体を張ってかがみを守るよ」
「あはは……頼りにしてるわ」
 胸を張るこなたに、かがみは笑って応えた。
「……ねえかがみ」
 不意に、こなたが真剣な顔をする。
「何?」
「トイレに行きたい。かなり緊急」
 あくまで真剣だ。
「オイオイ唐突な……」
「やばいよ。旅館までは時間かかるし、この辺は公衆便所も無いし……やむを得ん!」
「えっ、やむを得んって……」
「ちょっと待ってて。すぐ済ませてくる」
 そう言って、こなたは堤防を降り、テトラポットの上を身軽に駆けていき、たちまち姿が見えなくなった。
「あいつ……海でする気か。高校生にもなって」
 かがみは何となく両手を組んで、海に向かってごめんなさいと呟いた。

 時計が無いので正確には分からないが、今おおよそ午前一時ぐらいだろうか。こなたが戻ってきたら、そろそろ旅館に帰ろう。
 そんなこと考えていた時、
「あれ? こんなとこに女がいるじゃん」
「おっ、ホントだ」
「……え?」
 いきなり背後で響いた声に、かがみの体が強張った。振り向くと、男が五人立っていた。いかにもマガジンの不良漫画にでも出てきそうな外見。
 かがみは立った。逃げるべきだと分かっているが、震える足はなかなか動いてくれない。その様子を気にもせず、男達は無遠慮に近付いてきた。
「結構かわいくね?」
「こんな所で何やってんの? ナンパ待ちとか?」
「マジでー!? だったら俺らと遊ぼーよ」
 戸惑うかがみの目の前で、男達は勝手に話を進めていく。
「決まり決まり! じゃあ行こうぜ」
 一人が強引にかがみの腕を取ろうとする。
「や、やめてください!」
 ほとんど悲鳴に近い声を上げて、かがみは体を引いた。男達はその声を聞いて、一斉に下卑た笑い声を上げる。
「やめてくださ~い、だってよー」
「マジかわいいじゃん」
 へらへらと笑いながら、男はまたかがみの体に触れようとする。
 逃げだそうとしたかがみの左腕を、男の手が捕らえた。
「いやっ……」
 振り解こうとするが、大の男に力任せでこられては敵わない。
「そんなに恐がらなくてもいいってば。俺らと来れば楽しいぜ」
「嫌だって言ってるでしょ! 離して!」
「痛っ」
 必死に抵抗するかがみの右手が、男の鼻面に当たってしまった。たったそれだけのことで、男の表情が怒りに満ちる。
「てめえ、何すんだっ」
 男がかがみに向かって拳を振り上げた。
 その時である。
「待ていっ!!」
鋭い声が響き、同時に夜闇を引き裂いて、かがみの腕を掴んでいた男の顔面に何かが直撃した。石飛礫だ。男は鼻血を出しながら尻餅をつく。
 いつの間にか、堤防の一角に小さな人影が立っていた。
「か弱い乙女を拐かし、己が醜い欲望を満たさんとする者よ。その行いを恥と知れ。人、それを外道という!」
「だ、誰だ!?」
「お前らに名乗る名は無い!」
 現れた人影は跳躍し、男達の前に立った。立ちはだかった、と表現するには背丈が低かった。

「何だガキじゃん」
 現れたのがどう見ても中学か小学校高学年ぐらいにしか見えない女の子だったので、男達の間にありありと軽侮の空気が流れる。ただ一人、顔面に石をぶつけられた男だけが怒り心頭だった。
「このやろう、よくも」
 大きく拳を振って殴りかかろうとしてきた男に対し、こなたは無造作に前へ踏み出し、右足を蹴り上げる。狙い違わず股間を直撃した。男はたまらず悶絶する。
 ここでようやく、他の男達にも怒りと緊張が走った。
 殺気だった男達を前にしても、こなたは全く怯む気配を見せない。 
「……貴様らは私のかがみに手を上げた」
 冷めた声。据わりきった瞳。
 そう。こなたこそが怒っていた。今この場にいる、誰よりも強く。……そんな状態でもネタ台詞全開なのは流石と言うべきなのか。
「生きてここから帰れると思うなよ。……ぶち殺すぞヒューマン!!」
「なめんなコラァッ!」
 怒声を上げて向かってくる男に対して、こなたがした行動は屈みながら前へ出る、それだけ。男はこなたの体に蹴躓き、無様にすっころぶ。
「豚のような悲鳴を上げろ」
 尻を突き出すような姿勢で倒れた男に、間髪入れず金的蹴り。男相手ならこれが何より有効だ。
「ぃいぃぃいぃぃ……!」
 大事な部分を潰された男は、豚というには少々か細い悲鳴を上げて動かなくなった。
 一切の情け容赦無いこなたの攻撃に、男達の間に形容しがたい恐怖が湧く。
 残りは三人。三方から一斉に掴みかかってこられたら危ないが、そういう戦法を思いつける余裕も頭も無いだろう。
「さて……私はお前らをひどく責め抜いて仕置きしてもいい。かがみのことを考えればつりの上に特典が付く。だが、あいにく私はお前らのように下品ではない」
 元軍人のマフィア幹部が乗りうつったかのような声音で、こなたは朗々と宣言する。
「だから私は、お前らの××を速やかに潰すことにする。その戦力では保って一分だろう。お前らが男としての人生を終えるまでの数十秒を、サハロフ、メニショフ両名の鎮魂に当てる。お前らには、理解できんだろうな」
 確かに元ネタ知らない人には理解不能だろう。
 何はともあれ、宣言通りその後一分以内に、残った三人に対する仕置きは完了した。

「こなた……あれはちょっとやりすぎだったんじゃ」
 相変わらず静かな町の中を、こなたとかがみが並んで歩いていく。
「別に大したことしてないよ。ホントに潰しちゃいないから」
「そういう問題か」
「まー、あれだよ。オタクとヤンキーって仲悪いからさ。オタク狩りとかあるじゃん。たまにオタクでヤンキーな人もいるけどね」
 かがみはため息一つついて、この話はそこまでとした。あの連中は不幸だとは思うが、自業自得だ。同情する謂われは全く無い。
「ごめんねかがみ。助けに来るの遅れちゃって」
「ううん。こっちこそごめん。こなたの言う通り、一人で夜中に出歩くなんて危険だったわ……」
 元々かがみは一人で散歩しようと思っていた。もしあの時こなたがいなかったら、どんなことになっていたか、想像するだけで怖気がする。
「あの、こなた……」
 さっきのことを思い出して、かがみはまた恐怖がぶり返してきた。
「何?」
「……手、握ってくれないかな」
 不安にかられてついそんなことを頼んでしまった。だがこなたはそんなかがみをからかったりせず、黙って手を差し出した。
 こなたの小さな手を、かがみが握りしめる。小さいけれど、不思議な逞しさを感じさせた。事実、こなたは強いのだから。
「こなた」
「ん」
「助けてくれてありがと」
「どういたしまして」
 ニンマリ微笑むこなたに、かがみもホッとした笑みを浮かべた。
「それにしても、格闘技やってたのは知ってたけど、あんなに強かったのは意外だったわ。男五人を軽くのしちゃうなんて」
「んー、そこまで余裕じゃなかったよ。勝因は向こうがあんまり喧嘩慣れしてなかったのと、あとは補正だね」
「補正?」
「恋愛補正だよ。かがみんが傍にいたから、攻撃力が上昇したのさ」
「なっ……そりゃゲームの話だろ!」
「何にせよ愛の勝利だね。今の私ならデビルガンダムも敵じゃないよ」
「ああそう……」
 またいつも通り、よく分からない方向に話が流れていった。
 海岸から歩くこと数分。じきに旅館へ辿り着く。
「こなた。今日のことは、ちゃんとお礼するわね」
「別にいいよ、そんなの」
「遠慮しないの。友達同士でも、恩返しぐらいちゃんとさせてよ」
「ふーむ……お礼か」
「うん。私に出来ることなら――」
「んじゃ、キスして」
「は……?」
 思わず立ち止まって手を離すかがみ。
「な、何でそんな!?」
「だって女の子を助けたお礼の定番じゃん」
「どこの世界の定番だ! 女のあんたがそれを頼むか普通!?」
「してほしいから頼んでるんだよ」
「そんなこと言われたって……」
 顔を真っ赤にして、物凄く困惑するかがみ。その絵に描いたようなリアクションに、こなたはつい笑いが漏れそうになるのを必死で堪える。

「まあ、強制はしないけどね。かがみに嫌々キスさせるなんてごめんだし」
「な……」
「かがみが私にキスするのなんて何がなんでも嫌! っていうなら、もう頼まないよ」
「わ、私はそんな……」
「かがみは、私のこと嫌い?」
 ある意味卑怯な口上だ(ツンデレを落とす常套手段とも言えるが)。
「そんなことない! ……けど、その……」
「じゃあお礼にキスしてよ。今ここで」
 こなたは待ちの体勢に入った。かがみは、まず一歩距離を置いた。当たり前だが、躊躇う。
「うぅ……」
 顔を茹で蛸みたいにしながら、かがみはゆっくり唇を近付けていく。じっと待っているこなた。横からその光景に釘付けになっているつかさ。
 こなたとかがみの唇が――
「……っ!!?」
 いつの間にか約一名のギャラリーがいた。かがみが慌てて振り向く。
「つ、つかさ!? あんた何でこんな所に……!」
「あっ、あの、お姉ちゃんとこなちゃんが部屋にいなかったから、トイレとかにもいないし、外に行ったのかなと思ってちょっと出て来て……」
 ふと気が付けば、二人がキスしようとしていたここは、もうほとんど旅館の目の前だった。
「えっと……ご、ごめんなさい」
 心底申し訳なさそうに、つかさは二人に頭を下げる。
「お邪魔しちゃったみたいで……」
「ちょ、ちょっとつかさ! お邪魔って何よ!?」
「だって、お姉ちゃんとこなちゃん、逢い引き、してたんだよね?」
「あいっ……!? 何でそうなるのよ!? ただちょっと眠れないから散歩してただけで――」
「じゃあ何でキスしようとしてたの?」
「そ、それは……うー、あー……」
 さっきの出来事を話して余計な心配をさせたくはない。先生やゆい姉さんにばれたらさらにまずい。暴力沙汰だし。かといってキスの理由などでっち上げられるはずもなく――
「まあまあ、かがみ」
 どうしたもんかと頭を抱えるかがみの肩を、こなたが叩く。
「無理に説明しなくてもいいからさ」
「こなた……」
「というわけでつかさ。私達はそういう関係ってことで一つ」
「うん、分かった!」
「そういう関係って何だよ!? ていうかつかさもそれで納得するなーっ!!」
 夏の夜空に、ひたすら近所迷惑な大声が響き渡った。

「かがみ。お礼のキスはまた今度じっくりと」
「やっぱそうなるのか……」


おわり




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  • ヘルシング… -- 名無しさん (2018-09-02 13:05:14)
  • これで正解ルートへのフラグは立ったね☆ -- ゲーム脳 (2011-04-11 01:15:55)

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