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Runners

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
「……たのむ、ちびっ子! 力貸してくれっ!!」
 教室の空気が、ピシッ、と音を立てて凍りついた。

 昼休みの3年B組。
 私の前で土下座してるのは……みさきち。
 かがみも、つかさも、みゆきさんも……みんな、目が点になっちゃってるよ。

 私とみさきちは、決して仲が悪いわけじゃない。
 最近は私がC組に遊びに行ったりもするし、休みの日にはみんなで勉強会をしたことだってある。
 だけど、冗談半分とはいえ、かがみを取り合うライバルでもある私たち。
 みさきちに土下座なんてされる、筋合いも脈絡もなんにもないはずなんだよね。

「ちょ、ちょっとみさきち、顔上げてよ……体裁悪いよ~」

 だけど、みさきちは簡単には顔を上げようとしなかったんだ。
 ……いったい何なのさ、この展開!?


――――――――――
   Runners
――――――――――


「いやさぁ……実はさ」
 やっと顔を上げたみさきちは、ぽつりぽつりと語りだした。

 高校最後の陸上、千六百メートルリレー。みさきちの最後の晴れ舞台。
 よりによってこの大事な時期に、我らが陵桜学園陸上部は食中毒患者を出してしまったんだそうで。
 メンバーが集まらない中、どうしても勝ちたいみさきちが最後に頼ったのが、私ってことらしい。

「あんたの足の速さは私が保証するからさ……頼む! 力貸してくれっ!!」
 また土下座しようとするみさきちを、つかさとみゆきさんがあわてて制する。

「ん~……だけど、ぶっちゃけ私、走るの好きじゃないしな~……」
「こなた、日下部がこうまでして頼んでるんだから、引き受けてあげなさいよ」
「そうは言うけど……」
「またアニメか? 録画して後で見ればいいじゃないの」

 確かに、「ゴールデンタイムのアニメが見られない」って理由で、帰宅部を貫いてきた私。
 ……でも、今私が渋ってるのは、そんな理由じゃない。

 そりゃ、私だってちょっとは運動には自信あるよ。
 ……だけど、労せずして能力に恵まれただけの私が、今まで頑張ってきた陸上部のみんなを差し置いて、晴れの舞台に出て もいいのか、ってことが、どうも引っかかってた。
 私のキャラじゃないから、おくびにも出さないけどさ。

「う~ん……」
「泉さん……日下部さんがこれほど頼んでらっしゃるんですから、考えてあげてもいいのでは……」
「そうだよ、こなちゃん。こなちゃんならきっと大丈夫だよ」
 みさきちを両側から羽交い絞めみたいにしたままで、みゆきさんとつかさが同時に言った。
 少しだけ非難の色が混じった、二人の視線が痛い。

「……わかったよ、今回は協力したげる」
「!! ……ちびっ子、いや泉さん! ありがとうっ!!」
 二人を振りほどいて、みさきちがまた土下座モードに入った。いや、だからやめてってば。


―×― ―×― ―×― ―×― 


「……あ、こなちゃんだ。おはよー」
「おっす、こなた」
「おふぁよぉん」

 爽やかな朝の光の中で、一人だけ爽やかでないやつがいる。
 自慢のアホ毛は垂れ下がり、目の下には隈。ひょろひょろと歩いてくる姿を見ていると……
「まぁたネトゲーで徹夜か? ……今体調崩すようなことしてどうすんのよ。ちょっとは自重しなさい」
 ……なぜだか、無性に腹が立ってきた。

「いや、まあ、その」
 歯切れの悪い返事が、また私をイラつかせる。
「まあ、普段やりつけないことをすると、けっこう堪えるね」
「言ってる意味がわからんわ」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。ちゃんと約束は守るヨ」
 半分夢の中にいるような顔で、のほほんと返す。
 まったく……マイペースにもほどがあるわ。

「おー、泉、おはよう」
「あー先生、おふぁようございまふ」
「なんや、干物みたいな顔してからに」
「干物って……まあ、いろいろと大変なんですヨ」
「大変? インできへんほど大変なんか」

 イン……って確か、ネトゲーにアクセスすることよね。
 こなたのやつ、ネトゲーで寝不足なんじゃないの?

「もちょっとだけ待ってくださいよ~、先生。もちょっとで終わるんで」
「なんや、つれへんなぁ……ギャルゲーでも攻略しとんのか?」

 曖昧に笑ってごまかすこなたを見ていると、またちょっとイラッときた。
 日下部の期待を裏切るような真似をしたら……いくらあんたでも、ただじゃおかないわよ。


―×― ―×― ―×― ―×― 


「……ふうっ、すっかり遅くなっちゃったじゃないの」
 一日一日と日は長くなってきているけど、さすがにこんな時間になると、道行く人の姿もよく見えない。
 誰そ彼時、とは、昔の人もよく言ったものよね。

 明日発売の最新刊。我慢できなかった私は、生徒会のあとちょっとだけ足を伸ばした。
 早売りの本屋を何軒も回って、ようやく見つけたのは倖手市のはずれにあるお店。
 そういえば、こなたの家ってこの近くよね……

「……ほっ、ほっ、ほっ」
 植え込みの向こうから、足音とリズミカルな呼吸が聞こえてくる。
 確かに誰かいるんだけど、ここからではよく見えない。

 彼方から聞こえてきたそれは、私の脇を抜けて……
 低い植え込みの向こうに、一本だけ立ち上がった青い髪が見えた。

「……こなた……何やってんの?」
「うぉっ!? かがみん!?」

 足音が突然止まって、アホ毛が左右にぶんぶんと振れる。
「こっちよ、こっち」
 つま先立ちで、植え込みの向こうを覗き込む。

 肩を大きく上下させながら、見上げるようにこちらを見ているこなたの姿があった。
 ランニングシャツにトレパン、ジョギングシューズ。見た目にはいっぱしの市民ランナーって感じ。
「……なんだ、ちゃんと練習してんじゃないの」
「いや・これは・その・ちょ・待っ・」
「……とりあえずクールダウンしなさいよ、待っててあげるから」


 もうちょっと遅くなる、と家に電話を入れて、こなたと二人で公園のブランコに腰を下ろす。
 首の後ろでまとめた長い髪。何本かの毛が、汗に濡れた額に張り付いてる。
 水をかぶったように汗に濡れたシャツを透かして、飾り気のないスポーツブラが見えた。
「落ち着いた?」
「んく、んく、……ふうっ。……な、なんとか」
 九百ミリリットルのポカリを一気に半分近く飲み干して、こなたが大きく息をついた。
 いきなり呼び止めたのは、ちょっとまずかったかしらね。

「まったく……ちゃんと頑張ってるなら、なんでそう言わないのよ」
 いささか呆れながら、聞いてみる。
「いや、ほら、あるじゃん? 私のキャラとかさ~」
「よくわからん」

 よくわからん、とは言ってみたものの。
 確かに、いつものこなたらしくないっちゃないかもしれないわね。

 でも、そんな事より、こうやって真剣にトレーニングに励んでるこなたが……なんだか、とても愛らしかった。


―×― ―×― ―×― ―×― 


 青空はどこまでも高く、見上げたその先で、夏近い太陽がその存在を主張している。
 歓声と声援の中、先頭のランナーが目の前のトラックを駆け抜けて、第一コーナーに差し掛かっていく。
 陵桜チームは第四位。先頭集団からは……引き離され気味だ。
 グラウンドを隔てた向こう側で、次の走者がグリッドに入っていくのが見える。
 その中には、ひときわ小さいあいつの姿。
「こなちゃーん、がんばってー!」
「つかさ、気が早いわよ」
「だ、だって……」
 目を点にして、上下に飛び跳ねながらつかさが言った。……あんたのほうが、こなたよりよっぽど緊張してないか?

 第一位、第二位。次々とバトンが渡っていく。
 最後の力を振り絞って、陵桜の選手がリレーゾーンへ飛び込む。
 こなたへとバトンが渡り、前走者がくず折れるように膝を突く。

 その執念が乗り移ったかのように、はじけるような勢いでこなたが走り出した。
 ……一瞬、その足元がおかしな動きをしたのが気になったけれど。

 ストレートでスピードを乗せて、そのままの勢いで第一コーナーへ飛び込んでいく。
 アウトから強引にパス、第三位へ浮上する。たなびく長い髪が、残像のようについていく。
 第二位との距離が、少しずつ、少しずつ縮まっていく。

「よーっし、行けー、こなたっ!!」
「こなちゃーん! ガンガン抜いちゃえー!!」
「泉ちゃん! お願いっ! みさちゃんに……っ!!」
「泉さんっ! ファイトですーっ!!」

 気がつけば、みんな声を涸らして叫んでいた。
 私も、つかさも、峰岸さんも、そしてみゆきまでも。

「お姉ちゃーん! がんばれー!!」
「泉先輩……頑張って……!」
「Oh! beautiful! 戦う者は常に美しいのデース!」
「泉先輩! スプリンターっス! 小山ゆうっス! 神の領域を見るっス!!」

 そしてそれは、ゆたかちゃん達も同じだった。
 田村さんの言ってることは、相変わらずわからないけど。

 目の前のストレートを、矢のようにこなたが駆け抜けていく。
 だけど、その表情を見た時。ヒートアップしていた私の心は凍りついた。

 ……その表情は、明らかに苦痛に歪んでいたから。

 最終コーナーを抜けて、ホームストレートへ。
 順位は第二位。……あと一歩、あと一歩が届かない。
 リレーゾーンには、タスキをかけた日下部。こなたにタイミングを合わせて、スタートダッシュに入る。

「……みさきちぃぃぃっ!」
 こなたが、吠える。
「任せとけぇっ!」
 日下部も、吠える。

 地面を大きく蹴って、飛びつくように。
 こなたの手から、日下部の手へ。
 バトンが、渡った。

 ……スローモーションのように、こなたが姿勢を崩して転がるのが見えた。
「泉さんっ!!」
「こなちゃん!?」
「こなたっ!?」

 ゴロゴロと地面を転がったこなたは……綺麗な横受身を決めた。
 そういや、格闘技経験者だったわね、あの子。

「よいしょっと」
 ひょいっと起き上がり、ぱんぱんと服の砂を払う。
 私たちの視線に気づいたのか、頭を掻きながらこちらに向かってVサイン。

「……ふーーーっ」
 安堵の吐息を後ろに聞きながら、私はトラックに沿ってこなたのほうへと駆け出していた。

 ――いやー、さすがに追っつかなかったよ――
 ――あんたは十分頑張ったわよ、後は日下部に任せときなさい――


―×― ―×― ―×― ―×― 


 ……結局、私ら陵桜学園陸上部三年生の最後のリレーは二位に終わった。
 最後の大会、念願の一位を取ることはできなかったけど……
 私も、ちびっ子も、そしてみんなも。全てを出し尽くした清々しい気持ちで、二番目の表彰台に立つことができた。
 こんな時、オタクなら「燃え尽きたぜ……真っ白によ」とか言うんだろーな。ちびっ子でも言うのかな?

 応援してくれたみんなは、なぜか泣いてた。
 悔し涙じゃないと思う。たぶん、感動ってやつなんだろーな。
 柊もしっかりもらい泣きしてやんの。可愛かったよなー。
 言ったらすっげー剣幕で怒られるから、言わないけどさ。

 夕陽に染まった国道に、私と柊、そしてちびっ子の長い影が伸びている。
 パーティーの準備をするといって、みんなは先に帰ってったけど、柊はちびっ子と一緒に帰ると言ってここに残った。

「いやー、ちびっ子、今日は本当にありがとうな」
 もう何度目かわかんねーけど、私はちびっ子に心から礼を言った。……なんか、何度言っても言い足りねーんだよなー。
「ごめんねー、もう一歩で頭取れると思ったんだけどなぁ」
「バカゆーなよ。あっちだって全力疾走してんだ、全力疾走すれば勝てるってモンじゃないZE☆」

 どんなに頑張っても、陸上競技の勝者は一人、いや一組か、しかいない。
 二位以下は最下位と同じ、なんて言った選手がいたけど、それは違うだろ、って私は思う。
 そんな気持ちで走ってたら、ほとんどの陸上選手が報われねーじゃん。
 自分に勝つことができたら、そいつらはみんな勝者なんだぜ。

「……さて、と」
「どったの? 二人とも、急に立ち止まったりして」
 柊と二人で、ちびっ子の方を振り返る。
「ちびっ子、あんた足くじいてるだろ」
「えっ?」
「無理してたってわかるわよ」

 柊に相談された時、やっぱりな、って思った。
 前走者からバトンを受け取った時、「あ、やったな」って思ったんだ。
 無理して隠してたみたいだけど……私と柊の目はごまかせねーぜ。

「いや、全然大丈夫だよ?」
 そういって笑ってみせてるけど、右足に体重かけないようにしてんのはバレバレだっての。
「まったく、こーゆーのはすぐに言わないとダメだぜ? ……ほれ」
 ちびっ子の前で腰を下ろして、肩越しに振り返る。
「え?いや、大丈夫だってば」
 おーおー、慌ててる慌ててる。らしくねーけど、なんか可愛いじゃん。
「いーからいーから、ほれ、早くおぶされって」
「ホント、大丈夫だってば~」
「はいはい、そうね。大丈夫ね」
「ちょ、ちょっとかがみん、押さないでよ~」
 柊の声とともに、背中にのしかかるような感触があった。ナイスアシストだぜ柊。

「立っていいわよ、日下部」
「おっし、行くぜ~」
「ひゃわわっ!?」
 両足を内肘に挟んで持ち上げる。後ろに転びそうになったちびっ子を、背中から柊が支えた。
「お、下ろしてよ~、大丈夫だよ~~……」
「うひゃ、ちびっ子って見た目よか重いな~」
「大丈夫よ、私がこうして後ろから支えてるから」
「ちょ、かがみ~、お尻触ってる触ってる!」
「我慢しなさい、こうしないと支えられないじゃないの」
「ぅゅぅぅ~~……」

 ちびっ子の頬が赤いのは、夕陽の照り返しだけじゃないと思う。
 柊がニマニマと笑ってんのが、その証拠。


 さーて、帰ろっか、名誉の負傷兵。みんなが待ってんぜ。



― Fin. ―












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コメント:
  • みさきちが絡むとすがすがしくなるんだな☆ -- 名無しさん (2011-05-05 04:22:12)
  • あーちくしょう何でいつもこんなにすがすがしいんだお前らGJ。 -- 名無しさん (2008-08-11 23:34:53)

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