kairakunoza @ ウィキ

『4seasons』 夏/窓枠の花(第二話)

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匿名ユーザー

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§2

「うわぁ、やっぱみゆきには敵わないなぁ、なんだよ100点って! あんたなら東大理IIIとか
普通に入れるんじゃないの?」
「いえいえ、そんな。さすがにあそこは無理かと思います。センターでいくらとっても当てに
ならないところですし。それに、私の学力もこれから先あまり伸びないと思いますから」
「ふーん?」
 なんでそう思うのだろう。
 よくわからなかったが、特に追求して欲しそうでもなかったので、相づちをうって適当に
話を切り上げた。
 私とみゆき、自室で二人きりだった。
 つかさとこなたは先に寝てしまっている。今ごろつかさの部屋で二人とも高いびきだろう。
 別にそう意図したわけではないのだけれど、結果として進学に意欲的な二人が私の部屋に
取り残されたところで、随分と本気の勉強会になってしまった。二人でやったセンター試験
生物Iの過去問はみゆきが満点で、私は86点をとった。

「かがみさん、不思議ですね。オーキシンの極性移動が重力に拠らないことと、光屈性の
概念がわかっていらっしゃるのに、どうしてこちらで間違えてしまうのでしょう?」
「んー、なんだろ。正の重力屈性とか負の光屈性とか、言葉がごっちゃになっちゃったの
よね」
「ああ、なんとなくわかります。総体としては完全に理解していらっしゃるのに、もってまわった
科学用語を暗記する時点でつまづかれているような」
「そうそう、ほんとあんたの記憶力分けて欲しいわよ」
「あ、あはは……」
 みゆきは照れながら笑い、仕切り直すように咳払いをしてから続けて云った。
「でも私思うのですが、これからの時代に必要になる智慧というものは、そういった概念や
構造を広く直感的に認識できる力なのではないでしょうか」
「えっと、些末な知識より、全体を見極める力が大事っていうこと?」
「ええ。トリビアルな知識なら、パソコンで検索してすぐにわかりますから、わざわざ覚える
必要もないことなのかもしれません。テクストよりコンテクストと申しましょうか」
「はぁ、そうは云っても、受験にパソコン持ち込むわけにもいかないしね……」
 フォローをしてくれているのはわかっているけれど。
 ため息をつきながら周囲を見回した。
 部屋にはお菓子の空き袋をまとめたゴミ袋や、飲み終わった空き缶、それに掃除し残した
クラッカーの紙吹雪などがまだちらほらと残っていた。

 元々は私とつかさの誕生日パーティーで、泊まりで騒ごうという話だった。けれど時期が
時期だけに、ちゃんと勉強会をしていこうという流れになったのだ。
 そう決まった途端、日下部は慌てて逃げ出していった。あいつにとって勉強というものは
あくまでも嫌々ながらやるもので、めでたい日にわざわざやりたくなるようなものでは
ないのだろう。ましてや夏休みが近いともなればなおさらで、どうせ頭のなかはすでに真っ白な
入道雲と蝉の声で一杯なのだ。
 日下部が帰ると云ったら、当然のように峰岸も帰り支度を始めた。やはりこの四人に対して
峰岸一人だと、気後れするのだろうか。
 もっとも元々二人とも近所であるし、わざわざ私たちの家に泊る理由もあまりないのだった。
 結局いつもの四人ですることになった勉強会だけれど、これもまたいつものごとく、一時間経ち、
二時間も経つころには、一人、二人と脱落していった。
 つかさはともかくこなたがこんなに早く寝てしまうのは珍しかったけれど、聞けば昨日は
ネトゲで半分徹夜だったらしい。全くいつまでたっても受験生としての自覚がないやつだと思う。
 とりあえず進学するつもりではあるようだけれど、では志望校はどこだと訊ねてもなんだか
判然としない。どんな学部に行きたいかも漠然としてよくわからない。
 本当にどうしようもないやつだと思う。
 けれど惚れた弱みか、そんな駄目人間っぷりにも保護欲をかき立てられてしまって、少しでも
勉強させようと面倒をみてしまうのだから、我ながら重傷だと思う。
 嫌そうにしかめる顔つきすら見てて嬉しく思ってしまうのだから、救いようがない。病膏肓に
入るとはこのことだ。
 その病というのはいうまでもなく、昔から不治の病として名高い例の病気――恋だった。
 そしてその病気には、夏の暑さは大敵なのだ。
 なんといっても、今の私にとって、夏のこなたは酷く危険な存在なのだから。
 自宅はおろか、私の部屋の中ですら、できるかぎり軽装になろうとする。ただでさえ薄着で
あるのに、可能な限り肌を露出したがるのだ。一度などはカットソーを脱いでスポーツブラ一つに
なろうとしたのだから目に毒だ。
 特に勉強を始めて机にかじりついているときなどは最悪だった。集中しているときは自分の
服のどこがまくれていようが、自分の身体の何が見えていようが気にしない。
 集中がきれたらきれたで、急に寝っ転がったり伸びをしたり、やたらと複雑で独創的な
ストレッチを始めたりして、その度に私は顔を赤らめて目をそらすことになる。
 だから、最近は隣で勉強をみてあげることも控えるようになっていた。理性で衝動を抑えこむ
のにも限界がある。正直に云って、今日も先に脱落してくれて少しほっとしたものだった。

「ちょっとお茶淹れてくるわ」
「あ、すみません、おかまいなく」
 恐縮するみゆきにひらひらと手を振り、空き缶が入ったビニール袋を携えて部屋をでていった。
 とっておきのプリンスオブウェールズを淹れてあげよう。あの優雅で穏やかな香りはみゆきに
合っているはずだ。
 茶漉しとティーコージを用意して、空き缶をすすぎながらお湯が沸騰するのを待つ。
 窓の外ではざわざわと公孫樹がゆれている。台所の窓からは、裏庭の庭園がよく見えた。
関東最古の神社にふさわしく、自宅と社務所がある敷地内には純和風の小庭園が広がって
いるのだ。
 それは子供のころからずっとみてきた風景だった。
 ――私は本当にずっとこの家で育ってきたんだな。
 そんな当たり前のことをなぜだか考える。
 高校を卒業したら、一人暮らしをしてみるのもいいのかもしれない。知らない街の知らない
部屋でなら、この家では知ることができないなにかを学べるだろう。そう思った。
 けれどどう想像を逞しくさせても、つかさがそばにいない生活というものがイメージできなくて、
私は一人苦笑する。いつか妹離れをしないといけないことはわかっているけれど、できれば
その決断はまだ先送りしておきたいと思った。
『つかさを守る強い姉』という自己像を無くしたとき、私はきっと恐ろしく弱くなってしまうだろう。
風の前の一本の葦のように。それが怖かった。
 空き缶をすすぎ終わり資源ゴミとしてまとめると、お湯が沸くまで手持ちぶさたになってしまった。
 夜風の冷たさが肌に心地いい。ふわふわと風に身体を撫でさせながら、ぼんやりと月を
見上げていた。そんなときに頭に思い浮かぶのは、やはりこなたのことばかりで。

 ――私は、数時間前のあいつを思い出していた。

「誕生日おめでとう!」
 そういってこなたがさしだしたのは、包装紙とリボンに包まれた、高さ20センチほどの箱が
二つ。片方は立方体に近く、もう片方は直方体だった。
「わあ、なんだろう~?」
「おお、あんたにしては期待できそうなプレゼントじゃない」
「こっちがかがみ用で、こっちがつかさ用。開けてみてよー」
 いかにも“誕生日プレゼントです”と主張するようなその鮮やかなラッピングをみて、急に
胸がどきどきしてきた。
 また去年の団長腕章のようにネタに走ってくると思っていたけれど、思いのほかしっかりした
プレゼントで、なぜだかそれが凄く嬉しかった。
 値段の高低や中身の問題ではない。ただその綺麗なラッピングが、これが私に対する誕生日
プレゼントであり、こなたが私のために選んで買ってくれたものだと主張するようだったからだ。
 逸る気持ちを抑えながら丁寧に包装を外すと、中からでてきたのは果たしてアニメDVDの
セットだった。単色のブックケースには、気弱そうな微笑みを浮かべたツインテールの少女が
描かれている。
「わ、マリみてだ!」
 そこにあったのは、テレビアニメ『マリア様がみてる』ファーストシーズンのDVD全7巻コレクターズ
エディションなのだった。
「あー、ケロロー!」
 その声にふりむけば、つかさの方は『ケロロ軍曹』の、これもファーストシーズン全13巻ボックス。
 これはなんだろう。
 嬉しいけれど、素直に喜んでは負けな気がする。かといって心の籠もったプレゼントであるのは
確かなので、無碍にすることもできない。迷ったあげくそんな気持ちをそのまま伝えたら、
こなたはニヤニヤしながら私に云った。
「ぷくく、プレゼント開いてからどう反応しようか考え込んでるかがみの顔が超面白かったから、
わたしは満足だよ。あれを見られただけで贈った甲斐があるってもんだー」
「え、嘘っ! 私百面相してた!?」
「ぬおっ! そうくるかっ!」
「なんだよ、乗れよ! 私が馬鹿みたいだろ!」
“百面相”というのは、『マリア様がみてる』の主人公福沢祐巳が、思ってることがすぐに顔に出る
という特徴を指して云う言葉なのだった。
 サービスというわけでもないけれど、せっかくこなたに合わせてオタクネタを振ってみたのに
そんな反応で、少しがっくりした。
 それにしても。
「つかさ、前ケロロの一年目見てないっていってたでしょ? だからどうかなって」
「うん、嬉しいよ、ありがと~」
「でも、つかさはともかく、私マリみて読んでるなんていったっけか?」
 さきほどから疑問に思っていたことを口にすると、こなたはニヤリと笑って本棚のほうに
顔を向けた。
 そこには書店でつけてもらったカバーがかかったままの文庫本が、綺麗に30冊ほど並んでいる。
「う……確かにあれマリみてだけど……。よくわかったな」
「ま、ねー。やっぱさ、人が読んでる本って気になるじゃん? かがみが読んでるところ後ろ
から覗いたとき、挿絵がマリみてだったからね。それに、かがみん家くる度にあの本棚の本、
順調に増えてくしさ」
 別に隠していたわけではないのだけれど。
 なんとなく云いたくなかったのだ。『マリア様がみてる』に興味を持つに至った心情を見透かされ
そうに思えたから。

 こなたに恋をしていることに気づいてから、私はその手の本をよく読むようになった。

 レズビアンの告白本、吉屋信子の少女小説、同性愛を生物学的に考察した学術書、
性同一性障害に関する研究書、嶽本野ばらのエッセイ、クィア理論と絡めてフェミニズムを
アジテートする政治的な本、はてはレスボス島に住んだことで“レスビアン”の語源になった、
閨秀詩人サッフォーの叙情詩まで。
 色々な本を読んでわかったことは、自分が両性愛者であること、そしてそういった人々は
――少数ではあるけれど――社会学的、生物学的にみて決して特殊な存在ではないということだ。
 それだけでも随分生きやすくなった。
 なんというか、私がこんなに日々苦しくて後ろめたく思い、まるで自分が犯罪者であるかの
ように感じてしまうのは、原罪だとか、異常者だとか、神の摂理に反しているとか、そういう
先天的な原因によるものではないということがわかったから。
 だからといって、一足飛びに全て社会が悪いと結論づけることもまた間違っているとは思う
けれど。少なくとも私は、同性を好きになったことで自分を責める日々からは解放された。

 けれどどんな本を読んでもわからないことがある。

 どうして私がこなたのことを好きなのか。

 電車の中で、駅前で、出かけた街中で、すれ違っていく沢山の人々。
 男もいれば女もいる。お年寄りも、少しだけ年上の大人も、同年代も年下も。

 どうしてこんなに人がいるなかで、私はこなたでなければいけないのだろう。

 あの目が、あの口が、あの声が、あの手が、あの髪が。

 目の前でキラキラと煌めく度に、私の心は張り裂けそうになる。
 胸をかきむしって大声で叫びたくなる。

 触れたくて、抱きしめたくて、抱きしめて欲しくて。

 この感情は一体なんなのだろう。

 性欲が、近しい遺伝子型を残すために用意された生命の策略なら、こなたに感じるこの
思いは一体なんのためにあるのか。

 それだけは、いくら考えてもわからなかった。


 お盆を持って部屋に入ると、みゆきが大あくびをしているところに出くわした。
 慌てて口元に手をあててかみ殺そうとするけれど、出てしまったあくびを止めることも
できず、頬を染めてあたふたとしていた。そんなみゆきが可笑しくて、持っていた紅茶を
こぼしそうになる。
「……お、お恥ずかしい限りで……」
 目元に涙を浮かべて小さく呟くみゆきのことを、凄く可愛いと思った。
「あははっ、今のは本当に恥ずかしかったわよねー」
 変に気まずくならないように、明るく笑い飛ばして云うと、みゆきはますます縮こまって
しまうのだった。
 淹れてきた紅茶は褒めてもらえた。
「プリンスオブウェールズですね。私、大好きなんです。凄く丁寧に淹れて下さってますね」 
 銘柄を当てられてしまったことには驚いたけれど、お嬢様というものはそういうものなの
かもしれない。そういえばこなたが『マリア様がみてる』に嵌って物まねしていたときも、
みゆきだけは素で対応していたな。
 そうか、あれはもう一年近く前のことなんだ。

 あの頃私はただみんなといることが楽しくて、無邪気に日々を過ごしていたんだっけ。
 去年の夏、みんなで海にいったときも、どうしてこんなにどきどきするのだろうと思っていた。
私はそんな自分にとまどって、でもみんなが普通にしていることがなんだか悔しくて、少しだけ
不機嫌だった。お風呂に入ったときもみんなの裸を意識してしまって、ずっと仏頂面をしていた。
 全部ナンパのせいにして。
 それで自分の心にも説明がついた気になっていたのだから、呆れるというかほほえましいと
いうか。

 思えばあの頃から、随分遠くまできてしまったきがする。
 もう永遠にあの夏には戻れない。
 いなくなってしまったあの頃の自分のことを、懐かしく思いだしていた。

 ふと我にかえってみゆきの方を眺めると、参考書をひらきながらうつらうつらとしていた。
「……みゆき、もしかしてもう眠い?」
 私が訊ねると、みゆきははっと頭を起こして慌てて云う。
「……あ。え、ええ、実は少し……」
 時計をみると、もう十一時になっていた。
「そっか、みゆき、普段十一時に寝てるんだっけ」
「ええ、お恥ずかしいことですけれど、もう習慣になってしまっておりまして、十一時になると
急に眠気が襲ってくるのです」
「まあ、規則正しい生活ってのは大切だと思うけどね。ってか、よくそれで今の成績維持
できるなぁ……」
 皮肉というわけでもないのだけれど。いつも遅くまで勉強をしている自分としては、基本
スペックの違いに文句の一つもつけてみたくなったのだ。
 けれど返ってきた返事はまるで予想もしていなかったもので。

「ええ、ですから、私の学力もこれから先あまり伸びないもの、と……」

 そう云って、なぜか寂しそうにニコリと笑った。

 私は、返事に窮して黙り込んでしまった。みゆきはそんな私をみると、困ったような顔を
して言葉を続けた。
「実は、私の今の成績は、中学生時代の遺産が大きいのですよ」
「……えっと、それはつまり、中学生のころから高校の勉強をしてたってこと?」
「……そういうことになりますけれど。どちらかと云いますと、陵桜に入ってから余り勉強
時間が取れていないことの方が問題なのだと思います」
「ああ、確かにね。通学に片道一時間半かかれば、そりゃ勉強時間もなくなるかー」
 私がそう云うと、みゆきは“駅までとバスの待ち時間なども含めますと、二時間は掛かり
ますね”と訂正してから、こう云った。

「それに、勉強をしているよりも一緒にいるのが楽しい、そんな友達ができましたから」

 それは全くの不意打ちだった。
 ふわりと笑う友人を前にして、私は何も云えず、ただ顔を赤らめることしかできなかった。
「あら、うふふ、可愛らしい反応ですね。なんだか泉さんの気持ちがわかった気がします」
 そう云ってペロリと舌を出すみゆきを見たとき、急に呪縛が解けたように再びものを考える
ことができるようになった。
「……な、なによあんたまで……。みゆきもなんだかこなたに染められてきたわね」
「うふふ、そうかもしれませんね。かがみさんみたいな方のことを“ツンデレ”と呼ぶの
ですよね?」
「そ、そうだけどさ……なんかそれ、おばあちゃんが頑張って若者言葉云ってるみたいな
気恥ずかしさがあるから、やめれって」
「あら、私、おばあちゃんみたいですか」
「物知りで落ち着いてて揺らぎがないから、そんな雰囲気あるわね。……って、なんか
ほんと今日のみゆきはいつもと違う感じするわよ?」
「えっと、なんだか眠くてですね、半分寝ぼけているのではないかと思います」
「そっか、寝ぼけてるのか」
「ええ、寝ぼけているのです。……ふふ」
 そう云ってテーブルに腕を組んで頭を乗せたみゆきは、とろんとした半眼をしていて、
確かに眠そうな様子だった。
 なんだか酷く調子が狂う。
 その焦点の合っていない眼でけだるそうにみつめられると、なんだか全てを見透かされて
しまうような気がする。今のみゆきは、どんなことを訊ねても即座に正解を導きだして
くれそうな、まるで世界の秘密を何でも知っているかのような、そんな雰囲気を纏っていた。
「……私、中学生のとき、あまり友達がいませんでした」
 唐突に漏れだしたそんな告白も、ならばきっと半分寝ぼけているせいで。
「……そうなんだ、勿体ないことするものよね」
「勿体ない?」
「みゆきの中学時代の同級生のことよ。あんたみたいな子と友達にならなかったなんて、
勿体ない」
「あら、ありがとうございます」
 そう云ってふわんと笑うみゆきは、桜のように華やかで、同じようにはかなく見えた。
「子供は、自分と違う子には敏感なのですよね。公立の中学校でしたから、私みたいな子は
なんだか目立つみたいで……」
 それは、疎まれていたとか、いじめられていたとかとは違うのだろう。容姿端麗、博覧強記、
清廉潔白なお金持ちのお嬢様。公立の中学校においては、高嶺の花どころか、世界最高峰に
そびえ立つ一本の桜のような、そんな存在だったに違いない。
 望まずしてピラミッドの頂点に立ってしまったものは、どうすればいいのだろう。左右を
見渡してもただ空ばかりがあって、並いる人はみな足下にいる。それでは誰とも歩めない。
誰とも手を繋げない。
「だから、学校が終わって家に帰っても、することがありませんでした。そんな無為を振り払う
ように勉強をして、本を読んで、知識を蓄えて。それは楽しかったですし、後悔をしているわけでは
ありませんけれど……」
「……それで、中学時代の遺産、ね」
「ええ」
 組んだ腕に頭を乗せて、上目遣いで悪戯っぽく笑う。
「でも、気の置けないお友達と一緒にいることでこんなに嬉しい気分になるなんて、思いも
しませんでした」
 そんな親愛の情の告白も、二度目ともなれば顔を赤らめずに受け止めることができた。ちょっと
つまらなそうな顔をしているみゆきを眺めながら、私はぽつりと呟いた。
「……私たちってさ、みんな不器用だよね……」
「……そうですね」
 素直に愛情を表にだせなくて、はしゃぐことで何かを伝えようとするこなた。
 いつでも周りの人に幸せでいて欲しいと思っているのに、気弱さから何も云えなくなるつかさ。
 そして私も、みゆきも。
 四人ともみんな不器用だ。
 けれど私たちはこうして出会い、仲良くなることができた。それはきっと奇跡のように得難くて、
宝石のようにキラキラと輝く関係だ。

「……かがみさん、泉さんのこと、好きなんですよね?」

 だから私は、みゆきがそう訊いたとき、ごく自然に答えてしまったのだ。

「うん。大好き」と。

 ――私たちは、どこへ行くのだろう。
 雪解け水を孕んだ春の川のように急峻な、時の流れに翻弄されて。
 全身を飲み込まれて、上も下もわからず、突き出した腕は何も掴めずに空を切る。

 その伸ばした腕の先で、一輪の花が揺れていた。

 窓枠で、マーガレットが揺れていた。


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  • なんだか、みゆきが諸葛亮
    孔明に思えてきました! -- チャムチロ (2012-08-14 13:21:30)
  • 私的というか知的な内容ですな~。文学に詳しい様で尊敬します。
    思いを秘めたまま季節が過ぎていく・・・冬から春に期待大!
    追記:みゆきさんが輝いているの久々見れて嬉しいw -- 名無しさん (2008-04-12 05:14:01)
  • すごい。上手いくて、それよりも凄さが上にくる。 -- 名無しさん (2008-01-07 20:47:13)
  • 激しくgj -- 名無しさん (2008-01-05 23:21:45)

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