私…柊かがみは悩んでいた。
「…どうしよう」
色とりどりにラッピングされた、チョコレートの群れを目前にして。
事の始まりは1時間前。CDを借りようと、つかさの部屋に行った時のことだった。
「つかさ、入るわよー…ん?あんた何読んでんの?」
つかさはベッドに腰掛けてティーン雑誌を読んでいた。手元からカラフルな薄っぺらい紙が見える。あんまり雑誌は買わない子だから、ちょっと珍しいと思ったんだけど…
「あ、これねえ、今月発売のやつなんだ。チョコのお菓子のレシピがいっぱい載ってたから、ついつい買っちゃった」
「へえ。…ん?レシピ?チョコ?」
「へえ。…ん?レシピ?チョコ?」
…チョコのレシピなんて偏った情報、ティーン雑誌に載ってるもんか?料理雑誌じゃあるまいし…
眉間にしわを作っていた(だろう)私に、つかさは言った。
「だってほら、明日だもん…バレンタインって」
「…あ!そうか、そんなのもあったわねえ…」
「…あ!そうか、そんなのもあったわねえ…」
そうかそうか。そういう日もあったっけ。あの言わずと知れた、バレンタイン司祭の命日ね。または製菓会社の陰謀の日。…え、言い方が悪い?ほっときなさいよ。
「お姉ちゃん、もしかして忘れてた?」
私の瞳を覗き込むような仕草でそう言うつかさの言葉には、(無意識かもしれないが)「忘れてたの?女の子なのに?女の子にとって大事な日なのに?」という非難が込められている気がした。む…無意味に悔しい。
「そ、そんなこと言って、つかさこそよく覚えてたじゃない」
「だって、私も一応女の子だもん」
「ぐはっ!!!」
「だって、私も一応女の子だもん」
「ぐはっ!!!」
何よそれ、その言い方だと私がまるで女の子じゃないみたいじゃない。何このそこはかとなく胸に漂う敗北感。そうか、とうとう来たのねつかさが私を越える日が。アデューつかさ、大きくなったわね…
「私はチョコあげるって言っても友チョコだけど…お姉ちゃんはあげないの?」
「うひゃ!?」
「うひゃ!?」
おっと、ショックが大きくて深層心理まで旅に出てたわ。…って言っても、チョコねえ…。好きな人は…まあいない訳じゃないんだけど…
「うーん、特にこれと言って…」
「こなちゃんにはあげないの?」
「んーこなたねえ……って!!なっなんでそこでこなたの名前が出てくるのよっ!」
「こなちゃんにはあげないの?」
「んーこなたねえ……って!!なっなんでそこでこなたの名前が出てくるのよっ!」
多分、私の顔は赤いのかもしれない。そうでないことを祈るけれど。
「だってお姉ちゃん…バレンタインデーは、好きな人にチョコをあげる日だもん」
‐‐‐‐‐
私は街灯に照らされた夜の歩道を歩いていた。吐く息が白い。あまり寒くはないけれど、ほっぺたに冷たさを感じる。
つかさとの会話が終わったあと、私は急いでコートとマフラーをひっつかんで家を飛び出した。行き先は家から少し歩いたところにある、大きめのスーパー。あそこならまだ開いてるし…バレンタインチョコだって、沢山置いてあるはず。
そう、チョコを買うのよ。こなたに渡すための。
…なんでバレたかなあ、よりにもよってつかさに。あのあとつかさはいつもみたいににこにこ笑って、「あそこのスーパーならまだ閉店まで時間があるよ」とだけ言った。…お見通し感が否めない。
…私は、こなたが好き。友達になって、沢山話すようになって。ふとした時に見せる表情とか…仕草とか。たまに見せる、やさしさとか。そういうのに、いつのまにかぐいぐいとひかれて行った。
けれど…こなたは?私のこと、好き?
けれど…こなたは?私のこと、好き?
わずかに降り積もった雪が、踏まれて溶けていく。
私とこなたは女の子同士だ。それに、仲の良い友達同士。もしも想いを口にしたら…嫌われるかもしれない。気持ち悪いって言われるかもしれない。
『いやー、私、女の子は二次元しか駄目なんだよねえ』
そう言って苦笑するこなたが、簡単に頭に浮かぶ。
だから、私は想いなんて伝えたくなかった。伝えて、今の幸せな関係が壊れるよりは…。
『いやー、私、女の子は二次元しか駄目なんだよねえ』
そう言って苦笑するこなたが、簡単に頭に浮かぶ。
だから、私は想いなんて伝えたくなかった。伝えて、今の幸せな関係が壊れるよりは…。
でも。今回は…このバレンタインだけは頑張ってみたかった。だって…バレンタインは、「好きな人にチョコをあげる日」なんだから。
見えてきたスーパーの明かりに、私はきつくこぶしを握り締めた。
店内に一歩入ると…あったあった、バレンタインコーナー。入ってすぐのところに、大々的に設置されている。
「こうして見ると沢山種類があるな…」
トリュフに生チョコ、ブランデー入りにミニケーキ。フレーバーにしても、ビター、スイート、ホワイトにストロベリー…。沢山ありすぎて目移りがする。…うう、こんなことなら普段からこなたの好みを聞いておけばよかった…。
「どうしよう……あ!」
ワゴンの隅っこに目がとまる。そこには、薄いラベンダー色の包装紙に、サテンっぽいつやつやとした青いリボンがかけてある、小さな立方体が鎮座していた。中身は小さめのトリュフらしい。
「…よし!」
私はそれを手に、レジへと歩き出した。私とこなたを彷彿とさせる、その小さなチョコレートギフトを手にとって。
‐‐‐‐‐
次の日。今日も天気が良い。やっぱり、ちょっと寒いけど。
私は、学校の屋上にいる。今は昼休み。つかさとみゆきに断りを入れて(二人には頑張って!と応援された…てかみゆきも気付いてたのかよ)、峰岸と日下部を振り切って(特に日下部)、さっきメールで呼び出したこなたを待っている。
私は、学校の屋上にいる。今は昼休み。つかさとみゆきに断りを入れて(二人には頑張って!と応援された…てかみゆきも気付いてたのかよ)、峰岸と日下部を振り切って(特に日下部)、さっきメールで呼び出したこなたを待っている。
「…ちゃんと渡せるかな」
手には、昨日買ったチョコレート。青いリボンが、太陽の光を受けてぼんやりと輝いた。
…と、
「やふー!おっまたせーかがみん♪」
入り口から声がして…気が付けば、隣にこなたが立っていた。
風が、わずかに強くなる。
「むふー、なんだいかがみんいきなり呼び出しちゃってさ。これはアレかね?フラグってヤツかね?ん?」
「う…うるさいわね!…い、いや、その…えっと…」
「う…うるさいわね!…い、いや、その…えっと…」
渡さなきゃ。
緑色の大きな瞳が、私を見つめている。
渡さなきゃ。
昨日、頑張るって誓ったじゃない。つかさとみゆきに、頑張ってって言って貰ったじゃない。
昨日、頑張るって誓ったじゃない。つかさとみゆきに、頑張ってって言って貰ったじゃない。
チョコレートを包む手に汗がにじむ。
渡さなきゃ。
し、心臓が。心臓がばくばくする。
ああもう、まったく何でこんなことに!こんなだったら清水の舞台から今すぐ飛び降りたい!そして着地したい!
…何がしたいのよ私は…。
渡さなきゃ。
渡さなきゃ。
渡さ…
渡さなきゃ。
渡さ…
「かーがみっ」
「ふぇ!!?」
「これ、かがみにあげる」
「ふぇ!!?」
「これ、かがみにあげる」
こなたの手には、水色の包装紙にくるまれてラベンダー色の細身のリボンがかかった…長方形の箱が握られていた。
「こ、これ…」
「ん。チョコだよ。つかさとみゆきさんにも友チョコはあげたんだけどね、かがみには…かがみには、特別に渡したかったんだ」
「ん。チョコだよ。つかさとみゆきさんにも友チョコはあげたんだけどね、かがみには…かがみには、特別に渡したかったんだ」
そう言ったこなたは、今の私にはまぶしいくらいの笑顔で。私は、そんなこなたを見て…情けなくなった。
「ふぇ……」
涙が、筋になって頬を伝っていく。
どうしてこんなに勇気が足りないのか。
どうしてもっと素直に渡せないのか。
どうしてこんなに…自分は情けないんだろう。
どうしてもっと素直に渡せないのか。
どうしてこんなに…自分は情けないんだろう。
「こなたぁ…」
「うん」
「これね、…あげる。こなたに…もらってほしい」
「…うん。ありがとね、かがみ」
「うん」
「これね、…あげる。こなたに…もらってほしい」
「…うん。ありがとね、かがみ」
震える手で差し出したチョコを、こなたは両手でそうっと包んで。そのまま…
「ね、かがみ。耳かして」
「みみ…?…うん……っ!?」
「みみ…?…うん……っ!?」
屈んだ私の頬に、やわらかくて暖かい何かが触れる。まるでとろけるチョコみたいな…こなたのくちびる。
「かがみ…私ね、かがみのこと、好きなんだ……すっごく。世界中の…誰よりもね」
耳元でささやかれたその言葉は、くちびるの熱と一緒に、私の心にとろけていった。
バレンタインデー。
それは、愛する人に、想いを伝える…素敵な日。
それは、愛する人に、想いを伝える…素敵な日。
END.
コメントフォーム
- これは良きバレンタイン♪ -- コメント職人U (2009-06-05 09:46:41)
- 感動した… -- 名無しさん (2008-05-07 20:03:53)
- いいですね。素晴らしいお話でした。
-- 九重龍太 (2008-03-18 23:01:24)