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Sweet Devil's Temptation

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匿名ユーザー

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 一年に一度の特別な日。
 女の子が甘いお菓子持って勇気を振り絞る。
 だからチョコレートは甘くて苦いんだって。





 Sweet Devil’s Temptation





「ふえ?」
 冷え込む一方の気候を見せる一月下旬。
 喫茶店に話があると連れて来られた私は、今目の前にいる私を誘った本人から相談を受けて素っ頓狂な声を上げた。
 私の反応に気を悪くしたのか、かがみはほんのり染まった頬のままそっぽを向いてしまった。顔の向きを変えるその仕草に薄紫色のツインテールがばらつく。
「私にお菓子の作り方を……教えて欲しい?」
 先程伝えられた事の内容を反復して、自分の顔面の下部辺りを指差し再び問い掛ける。
「……うん」
 かがみが向き直って頷く。小さく呟いて肯定の意を表したかがみは、更に赤くなっていた。
「ほら、もうすぐバレンタインでしょ?」
 言われて私は思い出す。
 好意を抱いた相手に女の子が贈り物をする―――
 毎年日本中の一帯の店舗が張り切る時期が今年もやってきたのだ。
 その行事にリアルで乗っかる事が滅多にない私は、一般的な女性なら必ず浮き足立つであろう聖なる日付を全く意識していなかった。むしろ、イベントにあやかって儲けようとする店側の策略に嵌められなんて馬鹿らしいとも思っているぐらいだ。
「今年はちょっと張り切ろうかなって思ってさ」
 私が催促するまでもなく自分から理由をつらつらと並べるかがみ。言い終わってから、席についた直後に運ばれてきた氷と水が入ったグラスを手に取る。
「去年のは酷かったもんねぇ」
 私は口元をこれでもかってほど緩めながらかがみに倣って水を一口含んだ。外が幾ら寒くてもやはり喉は渇くもの、少量の飲み水が気持ち良い。
 かがみは少しだけ眉を吊り上げたけど、怒る気力も失せたのか思い出して悲しくなったのか、何も言わずにしょげてしまった。
「Kagami選手これ愚形ですね~」
「流石にそのネタは分からんぞ」
「第二回日韓対抗戦は見た方が良いよ」
「はいはい」
 実況が神だから、と続ける私にかがみは適当に相槌を打つ。
 バレンタイン、か……
 ふと外の景色を見ると、年頃の女の子がでかでかと提示された『セール特価!』とか『愛を込めて』とか書かれた宣伝に惹かれて店内に入っていく光景が目に飛び込んできた。
 他にも街を行く人々達は、何処か浮かれているようで楽しそうだった。
 拗ねた顔で頬杖をつく、最愛の人を見て思う。
 今年もかがみは私にもくれるのだろうか。
 ―――友達として。
 私の中では、期待よりも悲哀の方が凌駕していた。

 生まれてきてから初めて出来た、私の話に飽きずに突っ込んでくれる友達。
 他人とは少し違った趣味を持つ私にとって、自分の好きな話題を気兼ねなく話せるかがみは一際特別な存在だった。
 一緒に時を過ごす事も多くなって、共に笑い合って、色々思い出を作って。
 恋に落ちていって。
「で?結局どうなの?」
 かがみが私を見つめる。
「へ?何が?」
 思考を強制的に中断し、違うところへ飛んでいっていた意識を引き戻す。
「その、お菓子作り……教えてくれるの?くれないの?」
 不安げな瞳で私を見据えるかがみに、私は心が反射的に応じてしまうのを感じた。
 本音を言うと、教えたくはない。
 別に面倒臭いとかかったるいとかじゃなくて、かがみが苦手な分野に精を出すという事は、それだけ張り切るのに相応な相手がいるというわけだ。
 勿論その相手は万が一にでも私じゃないだろうし、私には関係ないからかがみは聞いても教えてはくれないだろう。
 それを交換条件にしようとも考えたが、好きな人にそんな事はしたくないし、何の得にもなりはしない。
 結局、私に与えられた道は二つ。
 友達としてかがみの恋を応援するか、自分の気持ちを優先して手伝わないか。
「……良いよ」
 私は前者を選んだ。
「本当!?」
 途端にかがみの表情が明るいものへと変わっていく。
 そう―――私はこの笑顔を壊したくなくて頼みを承諾した。
 ここで断っても私とかがみの関係が悪化するだけだろうし、どうひっくり返ってもかがみの気持ちが私に傾くという結果には至らない。
 ならば私は自分の本当の気持ちを殺す。そしてかがみに全力で協力する。
 それがかがみの、私の一番好きな人の望む事であろうと信じて。
「ありがとうこなた!」
 歓喜に満ちて私の手を強く握るかがみ。私は呆気に取られながらも、着実に刻むリズムを速めていく鼓動だけは確かに感じていた。
 叶わぬ願いだと知り得ても、未練がましく期待してしまう私は本当にこうしたかったのだろうか。
 今更悔いても遅いか。もう引き受けるって言っちゃったんだし。
 今になって考えを改めようとする愚かな自分を咎め、私は気になった事を一つ聞く。
「でも何で私なの?つかさの方が家も一緒で時間も取れるし教え方も腕も上手じゃん」
 かがみは一瞬返答に窮したが、やがて口を開いた。
「それは……秘密」
 てっきり答えをくれるのかと思っていたが、どうやら教えてくれないらしい。少々疑わしく思いながらも、本人が話したがらないならと私は散策を止めた。
「お礼に何でも頼んで良いわよ。私のおごり」
「おおっ!?マジっすか!?じゃあねぇ……」
 私は目を輝かせて傍に用意されていたメニューを開いた。中には料理の名前と値段が写真と簡単な説明文付きで記載されている。
「この『超特大パフェ ~残したら負けかなと思っている~』ってのにしようかな」
 一目見て何かを感じた品の名前を言う。
「食べ切れるのかそれ。っていうかここ普通の喫茶店だよな……」
「細かい事気にしちゃダメだよ」
 結局、食べれなかったらどうするのよとかがみに丸め込まれ、私はしぶしぶ隣にあった『そこに痺れる憧れるショートケーキ』を頼んだ。
 本当に痺れた。まさにショートケーキだった。

「こなた、ここはどうやるの?」
「ああ、そこはね……」
 休日、エプロンを着用して我家の台所に立つ私とかがみ。
 身の回りには勿論、チョコレートの材料や調理器具、レシピが書かれてある本などが結構乱れて置いてある。主に料理が不得意なかがみが散らかして、それを気に留めないくらい集中しているのが原因なんだけど。
 そこまで一生懸命になれる相手がいるのだろう。
 真剣な眼差しで包丁片手にまな板と睨めっこをしているかがみ。
 その私には向けられていない横顔に、私は明らかに見入っていた。
 慣れない手つきで刃物が動き切断音がする度に、リズムに合わせてかがみの身体が、髪が揺られる。
 時々見せる、やってしまったと言っているかのような表情、一息ついて、前髪を掻き揚げる仕草。
 どれもが全て愛しい。
 かがみのチョコが貰える相手が、本当に羨ましかった。
「いたっ」
 ぼんやりと考え事をしていると、かがみが片目を瞑って短く叫ぶ声が聞こえた。
「かがみっ、大丈夫!?」
 凄まじい速度で現実へと戻ってきた、私は急いでかがみの指を確認する。包丁を握っている時に痛いといったらこの可能性以外は考えられなかった。
 案の定、かがみは包丁で綺麗な人差し指に傷をつけてしまっていた。
「見せて」
 返事も聞かずにかがみの手を目に近づける。
 よくよく観察すると、結構深くまでやってしまったようだ。真っ赤な血液が体外に行き場を求めて垂れ流れている。
 ドクンと、血液が運搬される音がやたら大きく響く。
「こな……ふあっ!?」
 一瞬自分でも何をしたのか分からなかった。
 気づくと私は、自分の舌を傷口に這わせていた。
 細い指を口内に入れてから、ようやく私は自分がやっている事を自覚する。途端に血の味が口の中に広がっていった。
 それでも途中で止めるわけにはいかなかったので、私は唾液を絡ませて消毒までの繋ぎとした。
 かがみは何も言わなかった。

 解放した瞬間に染め上がっていたかがみと目が合って、伝染してしまったかのように私まで顔を赤くしてしまった。
「ははは早く正式な手当てしないとっ」
 上擦った声のままかがみの手を握って居間へと連れ出す。
 とんでもない事をしてしまった……
 後悔やら自責やら色々な、殆どは負の感情が私を支配する。まるでせめてもの償いをするかのように、そんなに使う事のない救急箱を大慌てで探す。
 二段目の棚から目的物を引っ張り出し、即行中身を確かめる。まるで用意されていたかのように一番上に鎮座している、真っ先に目についた絆創膏を取り出して待たせていたかがみの方を向いた。
 かがみは無言のまま怪我をした手を差し出してきた。繊細な硝子細工を扱うように、かがみの些かに冷たい手を支えて、負傷した部分を被覆していく。
「あの……さっきはいきなりごめんね」
 苦痛な静けさに耐えかねた私が恐る恐る口を開く。
「えっ?いや、別に……」
 歯切れ悪く返すかがみだったが、私もそれ以上何も言えなかった。
 治療が完了し、私はかがみが立ち上がろうとする前に提案した。
「少し休んだ方が良いよ。適度な休憩も必要だからね」
「そうね……そうしようか」
 すぐに会話が続くなくなって、いつも通りの自分でいられなくなって、私は知らず知らずの内に逃げ道を探していた。
「何か飲み物持ってくるよ」
 かがみの返事を背中で受けながら、私は一人台所へと足を運ぶ。
 無意識の行動とはいえやり過ぎてしまったのではないだろうか。歩きながら肩を落とす。
 別に私にかがみに触りたいとかやましい欲望があったわけではない。
 いつの間にか、思い出すだけで顔が火照ってしまうほど大胆な行為に出ていた。
 かがみを案じたからだろうか。それとも見えない自分の欲求なのか。
 私はまだかがみの事を諦めていないのだろうか。
 明らかに実らない恋なのに。
 この想いを断ち切るべきか、伝えるべきか、隠しとおしていくべきか。
 冷蔵庫の取っ手に手を掛けたまま、私は考え込んでしまっていた。

 いつまで思考の迷宮に迷い込んでいても仕方がないと、私は二人分のジュースを持って居間へと戻った。
 かがみはソファーに腰掛けて、先日購入したと言っていた雑誌を読んでいた。やがて私の登場に気づいて、開いていたそれを閉じて机の上に置いた。
「オレンジジュースで良かった?」
 嫌だとは言わないだろうとは分かっていたが、何か話題が欲しくて私は尋ねながら持ってきたペットボトルとコップをお盆から降ろした。
「ああ、うん」
 邪魔になると考えたのだろうか、かがみは手放したばかりの本を自分のバッグの中に仕舞った。私はその間に橙色の液体を透明な容器に注ぐ。
 両方とも八分目くらいまで入れて作業を終えと、かがみも丁度終わったようで、チャックが閉塞されるのが見えない空気の振動で伝わった。
「ありがとね、頂くわ」
 律儀に私に言ってから飲み物を口内へ流し込むかがみ。私もガラスの縁に口をつける。
 程よい酸味と甘味、清涼感がほんの少しだけ私を落ち着かせてくれた。
 一気に飲み干す気にはなれず、私は飲料を再び机上に戻す。
 普段は華やかなリビングの空気が、今は痛切に感ずる。
 重たく、弾圧されるような雰囲気に息が詰まりそうだった。
 もっとかがみと話したい。
 もっとかがみと笑いたい。
 私の本心は切なる願望を秘めているはずなのに、私の口は金縛りに掛かったかのように動かなくなってしまっていた。
 この空気は私が原因で生み出されたものなのだから、尚更苦しい。
 かがみは、本当はどう思っているのだろうか。
 その心の内に、私が入り込む事は許されないのだろうか。
「やっぱり……迷惑だった?」
 波形に揺らめく狭き水面を眺めていると、唐突にかがみの格段に低い声が聞こえてきた。
 急にどうしたのだろうと心配や不安が入り混じって、私は顔を上げる。
 かがみが目を伏せて俯いていた。
「こなたこういうイベントに興味なさそうだから……」
 ぼそぼそと言葉を繋いでいくかがみ。少しきつめの瞳からは輝きが失われていた。
 やる気の全くなかった私を、自分が巻き込んでしまったとでも思い込んでいるのだろう。
 ―――最悪だ、私。
 助力するって決めたはずなのに、本当の気持ちを隠しきれずにいて、かがみに心配を掛けている。あらぬ誤解をさせている。
 手伝うとか宣言しておきながら、何もしていない。
 それどころか、不要な不安を生み出させている。
「そんな事ないよ」
 すらっと流れ出る否定の台詞も、明らかに説得力に欠如が見られる。
 言葉だけでは足りない。
 もっと、私の気持ちを証明出来るものはないのだろうか。
 行動する事しか今の私には思いつかない。
 そこまで考えて、私はふと重要な事をまるっきり忘れているのに気がついた。
 私を占める感情は、二つあるという事に。
 今すぐにでも好きだと伝えたいと、もう一つは、かがみを応援したいと叫んでいる。
 矛盾したお互いの存在を相容れようとしない、まるで正反対の磁極同士のような想い。
 正直な気持ちは封印してこの道を選択したはずなのに、それが今更になって膨れ上がり始めている。
 抑えきれるかと思っていたのに、ちょっとした弾みで爆発してしまいそうなほどまでになっていた。
「……そう?」
「そうだよ」
 嘘偽りのない目を向けて、嘘を吐いた。
 どちらも本当の事で、裏を返せばそうではない。
 どちらが正しいかなんて、今の私に判断をつける事は到底無理だった。
 両方とも願う力が強すぎて、優先度が分からなくなってくる。
 私はどうありたいのだろうか。
 このままでいれば良いはずなのに、今まで積み上げてきたもの全てをかなぐり捨てて、僅かな可能性に賭けるべきなのだろうか。
 平穏に過ごせる期間を大切にして、一人の親友としてかがみを応援するべきなのだろうか。
 その選択肢の後に後悔は発生しないのだろうか。
 結論は、まだ出せない。

「こんな風に掻き混ぜるんだよ」
 ボウルを抱え込むようにして、その中で様々な形を作っている原材料を更に変形させていく。銀色の入れ物の中で甘く香る、ペースト状のチョコレートが次第に一体感を増していく様子をかがみはじっと見つめていた。
 暫くの休憩を挟んで再び台所へと舞い戻った私達。気合を入れ直すかがみを見て私も頑張ろうと思い立つ。
 今度は、私は横から基本的な理論に基づいて適正な助言をするのではなく、実際に自分がやってみせてかがみに勉強させるというスタイルを取っていた。
 材料や器具は余分に必要となってしまうけど、この方が私の意欲をより分かって貰えると思ったから。
 そして何よりも、身体を動かしていれば集中する事が出来て、他の事を考える余裕がない状況になるだろうから。
 実際その通りだった。かがみの目の前で失敗するわけにはいかないし、私は至って真剣に手を動かしていた。
「ほうほう……」
 かがみが頷きながらボウルの中身を覗き込む。そして納得したように数度呟いて、自分の分の用具と格闘を始める。
 相変わらず一生懸命な姿を、私はなるべく見ないようにしていた。
 臆病者の私は、知らない間に偽りの仮面を被っていた。

「さて、後は固まるのを待つだけだね」
 作業も最終段階に近くなり、私は振り返ってそう呟いた。
「そうね、楽しみだわ」
 かがみはエプロンを外しながら答える。
 日も暮れてきて、今日はこれで終わろうという話になっていた。やはり教えながらだと時間は掛かってしまうものだと実感する。
「こなたは、今年は誰かにあげるの?」
 綺麗に折り畳んだ後、鞄を手に取りながらかがみが私に聞いてくる。
「ん~……今のところ予定はなしかな」
 後から気が変わっても困らぬよう、今現在の考えを伝えた。
「つかさは今年も手の込んだのくれるだろうね」
「でしょうね。あの子とても張り切ってたから」
 それから試作品が完成するまで他愛のないお喋りをした。
 別段普段と変わったところはなく、私はいつも通りを装えた。
 この距離が、いつまで続くのだろうか。
 終幕は果たして、私の心の暴走か、かがみの恋の成就か。

 そろそろ頃合いだろうか。私とかがみが作ったチョコを、比較するように机の上に並べる。言っちゃ悪いけど、見た目からしてその差は歴然だ。
「おっと今回更に愚形ですねぇ」
「だからそれは分かんねーよ」
 おっとそうだった。
「でも味はきっと良いはず……!」
 かがみは自分が作った、あまり形が良いとは言えない濃い茶色のお菓子を手に取る。そして何かを決意したような表情を見せて口に放り込んだ。
「その顔は凄く美味しいのか凄く不味いのかのどっちかだね。多分後者だろうけど」
 素晴らしい笑顔になって私に振り向いたかがみに意地悪く言ってみた。
 途端に言葉を詰まらせその場に崩れ落ちるかがみ。
「こりゃもう毎日やるしかないわ……!」
 拳を握り燃え立つかがみを見て、私はかがみの台詞に気になるところを発見した。
「毎日?」
「そ、毎日。これから決戦の日まで毎日あんたの家にお邪魔するから」
 さも当たり前の事かのように言い放つかがみ。
「でも、今日はもう遅いしお暇するわ」
 そう言ってかがみは帰り支度を始める。
 そりゃ毎日放課後かがみが家に来てくれるのは嬉しい限りなのだけれど、やはり反面悲しくもあるわけで。
 虚実の仮面を完全に被りきれていない私は、どうなってしまうのだろう。
 全然予想が出来ない未来に不安を募らせたまま、私はかがみの背中にただ視線を送っていた。

 沈みかけた太陽が黄昏色に照らす歩道を、私達は並んで歩いていた。
 温かいのか寒いのか良く分からない気候。冷える風に吹かれながらも、眩い夕日は仄かな温かさを感じさせていた。
 それでもしかし季節は冬、寒さの方が圧倒的に上回り私は身を縮こまらせる。
「つかさには特訓の事言ってたんだね」
 学校で交わした会話を思い出し、話題を振る。
 いつもの如く放課後私の教室に一緒に帰ろうと来たかがみ。
 早々に私を連れて教室を出ようとするかがみに、つかさが「お姉ちゃん今日から特訓するんだったね」と言ったのだ。
 みゆきさんも納得したようで、私達は二人に別れを告げ我が家に向かっていた。
「まぁ毎日遅くなるわけだしね」
 白い息をかじかむ手に吐きかけながらかがみは答える。
「それにしても、いつにも増して眠そうね」
 かがみは私の今日の半眼頻度の僅かな違いを読み取ったのだろうか。自分では認識していなくても日々の睡眠不足のツケは確実に溜まっているらしい。
「昨日夜遅くまでネトゲしてたからさ」
 嘘。
 本当はかがみの事が気になってしょうがなかった。
 誰の為に頑張っているのだろうとか、私の事はどう思っているのだろうとか、そういった類の疑問が浮かんでは、答えを出せずに消えていた。
 もしかしたら、つかさにあげるのかもしれないと思った事もあった。
 去年多分凄い手間隙かけたもの貰っているだろうし、それならわざわざ私に教わりに来ているのも納得がいく。
「ホント良く頑張るよかがみは。わざわざ毎日遠くまで足運んでさ」
「そ、そりゃ……ね?まぁ……」
 かがみの微かに上気した顔を覗き込むと、言葉を濁されてそのまま目線を逸らされた。
 あまり追求しないで欲しいと言わんばかりの反応に、私の中での最悪の事態が具現化していくようだった。
 ここまで照れるという事は、やはり男なのだろう。
 気づかれぬよう溜め息をつき、進行方向に視線を戻す。
 脇に立ち並ぶ、翌週の木曜日の為に設立された数々の特設コーナー。
 嫌でも視界にその姿が映る度、心が締めつけられる。
 私は今とても幸せだ。
 最愛の人とより多くの時間を共有できるなんて、これが嬉しくないと思う人間なんてきっといないだろう。
 でも私に与えられた幸福の期間は、長くない。
 運命の日がやってきたら、もうこの間柄は続かなくなるのだ。
 そして私達の距離は、今までよりも確実に開いてしまうだろう。
 だったらこの想いを打ち明けるべきか、というと、決してそれが良いわけではない。
 かがみは他の人には隠しているけど、内心常に落ち着きのない状態なのだろう。愛しい気持ちを常時馳せているのだろう。
 そんな心情の時に同性からの告白なんかあったりしたら、どんな事になるかなど簡単に想像がつく。
 結局、私達の関係が変化してしまう事は決定事項、私に選べるのはそれに費やす時間とどのような方法にするかだけなのだ。
「どうかしたの?難しい顔して」
 不意にかがみが目を丸くして私に顔を近づけてきた。
 寒さの所為ではなく、頬が赤くなるのが分かる。
「な、何でもないよ」
 慌てて誤魔化す。かがみは眉を寄せながらもそれ以上は何も言ってこなかった。
 こんな気持ちが続くのも、恐らく長くはないのだろう。
 かがみには彼氏が出来て、時は経ち、私達は離れ離れになって。
 ちょっとした仕草にドキッとしてしまった事も、いずれは忘れてしまうのだろう。
 それでも私は、この想いを伝えるわけにはいかない。

「お」
 バレンタイン前日の我が家のキッチンにて、口内に甘さが広がった私は思わず感嘆の声を上げた。
「うん、美味しいよ」
 早く感想を聞かせてと言っているかのような表情で私を見つめるかがみにそう告げた。
「本当!?」
 一瞬で喜びに満ちた顔に変わるかがみ。
「自分でも食べてみなよ」
 私がお世辞を言っているのではないと証明する為に、私はかがみの努力の結晶を手渡した。
 喉を鳴らした後に、かがみがそれを口へと運んでいく様を私は何を思うまでもなく眺めていた。
「本当だ、大分上手くなってる」
 自分の成長に驚き、かがみは喜色満面といった感じに喜ぶ。
「じゃ、明日に備えて今日はもう終わろうか」
 私もつられるように笑顔を浮かべて、片づけを始めた。
 散らかった台所を片していると、作品を丁寧にラッピングしているかがみの姿が目に入った。
「それを渡すの?」
「これも渡すけど、家に帰ってからもう一回作るかな」
「結構な数になるんじゃない?私も期待して良いのかな?」
 私に教わっている時点で、私が欲しい本命の可能性はないに等しかったが、鎌をかけてみる。
「さぁ、どうかしらねぇ」
 私のにやけに同じ表情で返すかがみ。端から見れば異色な光景だろう。
 今日は最終日という事もあって、少しだけ時間が長引いてしまった。窓から外を見れば暗闇が広い空を覆っている。
「今日は遅くなったから駅まで送るよ」
「お、サンキュー」
 そう会話して近くに掛けてあったコートを羽織る。お父さんにちょっと出てくると言って、私達は玄関から外へと飛び出した。

 薄暗い空には満天の星、真冬を思わせる風が吹きつける寒空の下を私達は手をポケットの中に突っ込みながら歩いていた。
「今日までありがとうね、こなた」
 かがみが私の方を向いて言う。
「いや、いつも私が助けて貰ってるからね。これぐらいお安い御用だよ」
 私は優しく微笑んでそう答える。
「あははっ、それもそうか」
 無邪気に笑うかがみ。
 今まで抑えていた想いが、心の中で暴れだすのを感じる。
 ―――ダメだ。ここで全てを打ち明けてしまったら、意味がなくなる。
 必死に言い聞かす。
 けれど私の気持ちは長い事望みを叶えられなかったからか、中々収まってくれそうになかった。
「……こなた、あんた最近何か変よ」
 気づけば、かがみは微かに濡れた不安げな瞳で私を見据えていた。
「何か上の空だし……何かあるんなら言っても良いよ?」
 やはり少しは私に手間を取らせてしまったという意識があるのだろうか。
 かがみは私に痛いくらい気を遣ってくれる。
 それが嬉しく、悲しい。
「何かあるんでしょ」
 どんどん距離を詰めるかがみ。
 それに比例して速さを増す心臓の脈動。 
 掛かりそうで掛からない白い息、仄かに色づく頬、長い睫毛。
 欲しくて堪らない、柔らかそうな唇。
 見つめるだけじゃ物足りない。
 もう、感情を抑制出来ない。
「こなた?」
 かがみが私を呼ぶ声が引き金となったかのように―――
 私はかがみの唇を奪った。
 念願の相手の、弾力のある部分。
 私はそれを十分に味わう前に、自分の取った行動に気づいて重ね合わせた箇所を離した。
「かがみ……ごめん」
 呆気に取られているかがみに、私は短く伝えた。
「私、明日頑張ってねなんて言えないよ」
 気持ちを告げた後、押し寄せてくるどす黒い情動と視界をぼやけさせる雫。
 私はこれ以上何を言って良いのか分からずに、かがみに背中を向けた。
 立ち去ろうとする私を、かがみは止めなかった。
 涙が、横に流れた。

「はぁ……」
 愛しい気持ちが溢れてしまって、翌日。
 運命の日の放課後、私は自分を支配する孤独感や罪悪感に押しつぶされそうになって溜め息を吐いた。
 世界が紅一色に染められる壮大な夕日が作り出す幻想的な風景の中、私は今日一日の事を思い返す。
 朝、私はどういった顔をしてかがみに会ったら良いのか分からず、わざと遅れて登校した。出来るだけかがみと関わりたくなかった。
 始業寸前に教室に駆け込み、一時限目が終了した直後の休み時間につかさに遅れた理由を聞かれた。私は単なる朝寝坊だと平気で嘘を言った。
 普段の私の言動からしてつかさが私の言葉を疑う余地はなく、これっきりもうその事について触れてくる事はなかった。
 私は心の中で謝って、次の授業の準備をした。
 昼休み、かがみは私達のクラスに来なかった。授業の合間の休憩にも、一度も姿を見せる事はなかった。
 つかさとみゆきさんはどうしたのだろうと戸惑っていた。唯一事情を知っている私は胸が締めつけられる思いだった。
 軽々と話す事が出来る内容でもないし、私の所為で作られた気まずい雰囲気がとても心苦しかった。
 私はまた、心の中で謝った。
 そして一日の日程が全て終了し、一目散に教室を飛び出した私は、何をするわけでもなくぶらぶらと帰路から少し外れた道を歩いていた。
 そして日は沈み、寒さが一層増してきた道端に行き着いて今に至る。
 美しい色を織り成す夕焼けが映し出された川面は、何処か哀愁を漂わせて一日の終わりを待っているようだった。

 私は鞄から、桃色のリボンで包装された箱を取り出す。
 腕によりをかけて作った力作。私だけが知っている、ハートをかたどった表面に『Dear Kagami』とホワイトチョコレートで記した進物の中身。
「もう渡せなくなっちゃった……」
 かがみにばれないように密かに作成してきた、私の愛情入りチョコレート。
 友達として渡そうと思っていたけど、それすらも出来なくなってしまった。
 ふわりと強風が、いつの間にか零れていた私の涙を巻き上げる。
「うっ……」
 寒さが身に、心に堪え、私は身体を震わした。
 その弾みで、手に篭っていた力が抜け―――
「あっ」
 長方形のプレゼントが転げ落ち、雑草生い茂る川へと続く坂道を下っていった。
 それは瞬く間に、私の手中から脱走するように速度を増していく。
「待って!」
 当然止まってはくれず、自由落下を始めたそれは間もなく水中へと姿を消した。
 もう必要ないもののはずなのに。
 もう意味ないもののはずなのに。
 私は必死に走って追いかけた。

 然程重量はないからだろう、水面に目標物が浮かんでくるのを確認した私は、何の躊躇もなく真冬の冷たい水の中に飛び込んだ。
 これ以上はないと思えるぐらいの冷感が私をあらゆる方向から襲ってくる。特に冷や水に浸かっている下半身は他の感覚を忘れてしまったかのようだった。
 全身に寒気が走る。服が水分を吸って重くなる。
 それでも私は追い続けた。
 水深がそれほどなかったのがせめてもの救いだろう。私の身長でも楽に最深部に足を着ける事が可能だった。
 凍える手で水を掻き分けるように進む。徐々にだが、着実に距離が縮まっているのを酷く痛みを発する頭で見極める。
 もはや気持ちが通じないとか、想いが伝わらないとか、そんな事を考えている余裕はなかった。
 何故追い求めているのかは、分からない。
 頭で考えるより先に、身体が動いている。

 後、少し。最後の力を振り絞って手を伸ばす。
 あまりの冷たさに神経が麻痺した指は、何とか蝶結びされた紐の端を掴んで―――
 解いてしまった。
「あ……」
 力が入りきらなかった。私が引き寄せる強さと水流の強さが丁度均衡して、私の手元に濡れたリボンだけを残した。
 流されるがままの私が再び手にしたかったものは、気力をなくした私から遠ざかっていく。
 己の愚かさに失望しただ立ち尽くす。
「は、はは……」
 見えなくなってから、自虐の声が自然に漏れる。
 何を必死になっていたのだろうか。
「何やってるんだろ私……」
 思ったままを誰も聞いてはいないのに口に出す。
 たとえ取り戻せたとしても、その後どうするつもりだったのだろうか。
 決して受け取らせる事の出来ない愛情を、どうするつもりだったのだろうか。
 冷静に考えれば、私の今の行動は愚行以外の何でもなかった。
 実現しないと分かっている幻影を追いかけて。
 何も省みずに極寒の河川に飛び込んで。
 その行為に意味はなくて、得るものなんか最初から存在しなくて。
「馬鹿みたい……っていうか馬鹿だよ……」
 川の水とは違う液体が、私の目から留まる術を失って零れ出す。
 もう何もやる気が起きなかった。
 このままだと風邪を引いて高熱を出してしまうかもしれない。
 最悪、誰にも発見されないままかもしれない。
 思考力が低下して、頭が回らない。避けなければならない事態のはずなのに、身体が動かない。
 もう、何もかも終わったのだ。
 意識が薄れていく。

 もしかしたら永遠かもしれない暗闇に私の世界が包まれる間際。
「こなたっ!」
「!」
 私は名前を呼ばれて意識をしっかりと打ち立てた。
 私が一番、望んでいた声。
 かがみが、私の方へと向かってきている。
 どうして、ここに―――
 どうして、私を―――
 浮かんできた数々の疑問、蘇る真新しい記憶。
 私は咄嗟に身体を反転してかがみから逃げようとした。
「こなたっ!」
 しかしかがみは息を切らせながら、私に追いすがる。
 私も懸命に進んだが、体力を使いすぎてしまっていた。
 すぐにかがみに腕を掴まれる。
「何してんのよあんたはっ!」
「離してっ……!」
 後ろめたさと申し訳なさ。
 喪失感と罪悪感。
 入り乱れる負の感情で、今の私は心身共にとても醜い状態になっているだろう。
 私自身をかがみに見せたくない。
「離してよぉ……!」
 本気で私を心配して怒るかがみに、ぎゅっと目を瞑って背を向ける。
「離すわけないでしょっ!」
 最初の内は抗っていたけど、かがみが声を張り上げて私を強引に引き寄せた。
 そして、抱き締められた。
 何かが砕けた。
 居座っていた心のもやもやが取り除かれ、ぽっかり空いた空白を何かが満たしていく。
 二人の制服はずぶ濡れなのに、かがみは妙に温かくて。
 私は今だけ、自分の犯した行いを忘れて良いような気がした。
「ばか!ばか!ばかぁ……!」
 痛いくらい固く抱いて離さないかがみは、大粒の涙と共にたった一つの言葉を連呼する。
 私もかがみの背中に回した手で応える。
「うあぁ……かがっ、みぃ……!」
 決壊した涙腺、止まらない嗚咽。
 私の脳は、今はただかがみの温もりを感じるようにと言っていた。

「落ち着いた?」
 夕焼けに映える川原で、私は鼻をすすりながらこくんと頷いた。
 何とか話が出来る状態になるまで大分時間が掛かったが、かがみは何も言わずに私の頭を撫でたりして待ってくれていた。
「家に帰ったらちゃんと拭くのよ。風邪引いちゃったらいけないから」
 応急処置をしただけなので、まだ濡れている箇所は多々ある。かがみの忠告通りにしないと本当に思った。
 大半は私の所為で使い物にならなくなってしまったハンカチ。
 自分の事よりも私を優先してくれたかがみの心遣いに、再び涙が出そうになる。
 馬鹿な事をした私を咎めもせず、包み込むような微笑みで癒してくれたかがみ。
「何で……私のところに来たの?」
 そんな優しい人に、私はずっと不思議だった事を聞いた。
「あんたに渡したいものがあるからよ」
 私がぽかんと口を開けていると、傍に置いてあった鞄から可愛らしい袋を取り出した。
 私に差し出されたそれは、紛れもない私が欲しくてしょうがなかったもの。顔を赤らめ微笑むかがみに、私は驚きを隠せない。
「ハッピーバレンタイン、こなた」
 湧き上がってくる嬉しさと数多の疑問。
 どういう事だろうか。かがみには好きな人がいて―――
「言うなればサプライズ大作戦、かな?結果は大成功」
 そんな私の心情を察知したのか、かがみが言葉を続けた。
「あんた、てっきり私に好きな男が出来たとでも思ってたんでしょ」
 図星をつかれて、私はただ頷く事しか出来なかった。
 事実は、違うのだろうか。
「賭けたのよ」
 私が思い浮かべた事を問う暇はなかった。
 次の台詞が耳に届いたと思ったら、私はかがみの腕の中にいたから。
 耳元で優しげな声がする。
「こなたが途中で気づいたら自分で食べる、気づかなかったら一緒に私の気持ちも伝えようって」
 ようやく合点がいった。断片でしかなかった情報の欠片が、パズルピースのように次々と組み立てられていく。
 私にお菓子作りを教わったのは、まさか教授してあげた本人に渡しはしないだろうと思わせる為。
 相手を教えてくれなかったのは、企ての意味がなくなるから。
 時々照れて目線を逸らしていたのも、強引に唇を重ねた私を罵倒しなかったのも。
 今こうして、私を怒らずに抱擁してくれているのも。
 私の事を、想っていてくれたから。
「かがみ……」
 本当は最初から通じ合っていたんだって、私はこの時初めて分かった。
 性懲りもなく出てくる涙はしかし、先程のものとは意味が全然違うもので。
 嬉しさが私の心を満たしていく。
「好きだよ、こなた」
 願望が、現実へと変わった瞬間―――
 私はかがみと甘いキスを交わした。

「何か不思議な感覚……」
 目を細めて呟く。
「何が?」
「女の子同士なんて絶対かがみはないと思ってたのに」
「私も、こなたがそうじゃなかったらどうしようって思ってた」
 お互いのおでこをくっつけて、不安に押しつぶされそうになっていた頃を語る。
「チョコレートも、キスも、人生も、こんなに甘くて良いのかな」
「ばかね……」
 何よりも甘いかがみの唇が、私の仮面を溶かしていく。
「そんなものよりももっと甘いもの……私が教えてあげるわよ」





















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  • この作品が一番好きです! -- チャムチロ (2012-10-21 21:59:51)
  • 最高です 甘過ぎる〜
    2人ともグッジョブ
    ( ̄▽ ̄)b -- オビ下チェックは基本 (2009-06-10 18:37:50)
  • 弱いこなた好きです!!>< -- 名無しさん (2008-07-06 06:20:23)
  • 感動www -- りゃん (2008-07-06 01:32:29)
  • やるね〜(=ω=)
    素で引き込まれた?
    ゴチになりました -- 美緋 (2008-02-15 18:41:52)
  • 甘すぎる(´Д`;) -- 名無しさん (2008-02-15 01:13:32)
  • あまーーーーーーーーーーい -- 名無しさん (2008-02-15 00:06:03)

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