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想いの一方通行

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
 「・・よし。今日はこんなもんかな」

 ペンを机に置き、大きく伸びをする。
 柊 かがみは、月末に大学に提出するレポートを書いている最中だった。
 まだ梅雨の季節には半月ほど早いというのに、今夜は少し蒸し暑い。
 陵桜学園高校を卒業してから2年あまり経った、ある1日―


 ふと時計を見ると、もう日が変わっている。・・集中すると時間って忘れちゃうものね。
 レポートを書き始めたのが9時前だから、かれこれ3時間は机に向かいっぱなしだった事になる。

かがみ (ちょっと張り切りすぎたかしら。あんまり眠くないな)

 1階に降りて、冷蔵庫から麦茶の入ったペットボトルを取り出し、一気に飲み干す。のどを気持ちのいい冷たさが通り過ぎる。
 家族はもう寝てしまったようだ。リビングに明かりは点いていない。
 音を立てないように台所の戸を閉め、ゆっくりと自分の部屋に戻る。

かがみ (やっぱり眠くならないわね。仕方ない、続きでも読みますか)

 布団に入り、枕元に置いてある1冊のライトノベルを開きながら手探りで電気スタンドを点ける。
 かがみは元々ライトノベルが好きで、よくこうやって寝る前に読みふける。今日手に取ったのは、特にお気に入りのものだった。
 普通の女子高生たちが普通に送る、何の変哲も無い学校生活。
 そんなエッセイじみた物語の中に、かがみは高校時代の自分たちを当てはめていた。

かがみ 「あの頃は本当に楽しかったなあ・・。いつも皆がいて、いつも笑っていて、いつも・・・・」

 懐かしさとともにページをめくりながら、いつの間にかかがみはまどろんでいた。

 「―ちゃん、お姉ちゃん?」
かがみ 「!?」

 つかさ? どうしたんだろ。あー私寝ちゃってたんだ。
 目を擦りながら、かがみはベッドから・・・・起き上がろうとしたが、なぜか体は勉強机に向かっていた。

かがみ 「あれ? 私、ベッドで本読みながら眠くなって、そのまま・・あれ?」
つかさ  「お姉ちゃん、勉強のしすぎだよ・・」

 時計は、1時少し前。眠ってから数分しか経ってない。

かがみ 「寝ぼけてたのかなあ? まあいいわ、それよりつかさ、何か私に用事でもあったの?」
つかさ  「ううん、最近お姉ちゃんずっと机に向かってるから、差し入れとかどうかなと思って」

 見ると、床の上には軽い夜食とつかさ手作りのクッキーがあった。
 そういえば、晩ご飯ちょっと控えめにしてたっけ。体重、増えないよね。・・ね?

かがみ 「ありがと、いただくわ。つかさも一緒に食べる?」
つかさ  「いいの? それじゃ、取り皿持ってくるからちょっと待ってて」

 つかさが立ち上がり、1階へと降りていく。
 つかさは高校を卒業した後、調理関係の専門学校に入った。調理師を目指す事にしたらしい、家族も私も賛成した。
 好きな事だからだろう、誰も手伝えないような勉強も何とかこなしていた。最近は母さんの代わりによく台所に立っている。

つかさ  「お待たせー」
かがみ 「ん、それじゃ食べましょ。今日の献立は何?」
つかさ  「えへへ、新メニュー。お姉ちゃんが美味しいって言ってくれたらレシピに加えるつもり」
かがみ 「ほほう、私をうならせられるかしら?」

 箸を取り、取り分けてもらった新メニューとやらを食べてみる。
 見た目は普通のサラダっぽいけど、ドレッシングかな? いい香りがするのよね。
 口に運んで味わう。つかさもひと口食べる。

つかさ  「どう?」
かがみ 「ん、参りました。美味しいわよこれ。どんなドレッシング使ったの?」
つかさ  「ごめん、色々試してたらいいのが出来たからちょっと味見してもらおうと・・」
かがみ 「私は人柱かい」

 あっという間に差し入れは胃に収まった。クッキーをつかさより5枚多めに取ったのは秘密。

かがみ 「ごちそうさまでした、と」
つかさ  「おそまつさまでしたー。   なんだか、懐かしいね」

 空いた食器を重ねながら、つかさが口を開く。

つかさ  「まだ高校にいた時も、お弁当作って学校に持って行って、こうやって一緒に食べたよね」
かがみ 「あーそんな事もあったっけ、本当に懐かしいわよね」
つかさ  「お姉ちゃんと私は手作り、ゆきちゃんは残り物だけど豪華なお弁当、こなちゃんはいつもチョココロネだったっけ」
かがみ 「・・あんな時も、あったのね」

 少し記憶をさかのぼる。いつも皆と一緒に行動していた、高校時代。

 待ち合わせによく遅れてきたこなたのせいで、そうそうのんびりできなかった登校。
 いつもマンガやアニメの話題ばっかり振ってくるこなたに困惑しっぱなしだった休み時間。
 栄養が偏ると言っても聞く耳を持たず、学食以外ではチョココロネ皆勤賞だった昼食。
 とうとうこなたが自分で宿題片付けたところ、見られなかったな。

つかさ  「お姉ちゃん、さっきからこなちゃんの事ばかり話してるね」
かがみ 「そりゃそうよ、あいつはいつでも・・ええぇっ!?」
つかさ  「どんな話をしててもすぐにこなちゃんの話になってるもん」
かがみ 「・・・・」

 かがみはほんの少しだけ赤くなり、慌ててそっぽを向いた。つかさは不思議そうな顔をしている。
 だが、すぐに二人の表情は暗くなった。

つかさ  「こなちゃん・・どうしちゃったんだろうね」
かがみ 「知らないわよ。あいつの事なんか、もう―」

☆☆

 ―卒業式。私たちの母校、陵桜学園高校の、卒業式。
 皆、それぞれの思いを抱えて巣立っていく。校門の前で私たちは、いつものように話し合っていた。

かがみ 「色々あったけど、今日でこの学校ともお別れね」
つかさ  「分かってるんだけど、もうこれきりだと思うと寂しいね」
みゆき 「そんな事はありませんよ。たまには皆さんで顔をそろえて先生方に挨拶に来たりもできますし」
かがみ 「そうね、もう二度と来られないって事は無いんだし。同窓会みたいな感じで集まったりさ」
つかさ  「そうだよね、また会いたくなったら会えるんだよね」

 やわらかい風が足元を吹き抜ける。春一番には少し早いが、気持ちのいい風だった。

こなた  「でさあ、皆は卒業してからどうすんの?」
つかさ  「私は、調理関係の学校に行くよ。好きな事を思いっきりやってみたいから」
みゆき 「私は、医学部で医療について学び、そこで得た事を将来につなげようと思っています」
かがみ 「うーん、私はやっぱり、大学に行って法学部専攻かな。みゆきとは学校違うけどね」
こなた  「おやおやかがみさん、同じクラスになりたくて選んだ文系なのにそこまで引っ張りますか」
かがみ 「それとこれとは関係なーい! あれは、つまり、その・・・・そういうあんたはどうなのよっ」
こなた  「え? んー実はまだこれと決まっている訳じゃないんだよね」
かがみ 「ひどすぎる・・普段からしっかりしてないとは思ってたけど、まさかこれ程とは・・おじさんが可哀想になってきた」

 かがみはよよとわざとらしく崩れ落ちながらこなたをジトッと見つめる。

かがみ 「念のために聞いておくけど、いつか言ってた【寄生したい】って言葉、本気じゃないわよね・・?」
こなた  「うお、そこまで堕ちちゃいないよ、かがみんひどっ」
かがみ 「いい? 電話やメールで連絡取ったりは出来るけど、これからはそうそう自由に会えなくなるのよ? お互い忙しい時期だし」
こなた  「分かってるよー。誰にも迷惑はかけないし、先の事も考えてるからあんま怒んないでよ。せっかくの卒業式なんだし」
かがみ 「ふー・・まあいいわ。今ちゃんと皆聞いたんだから、その言葉に責任持って、しっかりやんなさい」


こなた  「むふふー。     ・・私ね、かがみと過ごし――」
かがみ 「え?」
こなた  「――えに行くから、ずっと待ってて」


 こなたの声は、急に強く吹いた風にほとんど持っていかれてしまった。最初と最後、あとはところどころしか聞き取れなかった。

かがみ 「こなた、ごめん、よく聞こえなか―」
こなた  「いい天気だし、皆でどっか遊びに行かない?」
つかさ  「うん、行こうよ。高校生活最後の思い出だね」
みゆき 「では、ちょっと歩きましょうか。どこへ行くのかも決めながら色々話せますし」
つかさ  「そうだね。お姉ちゃん、行くよー?」
かがみ 「う、うん・・」


 卒業してからもしばらくの間、私たちは電話やメールで時々は連絡を取り合っていた。
 今日はこんな事があった、休みの日はこんな事をする予定、応援や励ましのやりとり、などなど。
 会う頻度はめっきり少なくなったが、私たちの交流は在学中となんら変わることはなかった。少なくとも半年間は。


つかさ  「お姉ちゃん、こなちゃんの携帯番号知らない?」
かがみ 「はあ? 物忘れ激しいにもほどがあるわよ・・携帯のアドレス帳に登録してあるんじゃなかったの」
つかさ  「うん・・でも、これ見て・・・・」

 つかさが差し出した携帯。画面には、呼び出し画面が映っていた。
 存在しない番号にかけた時に聞こえるあのメッセージを流しながら。

かがみ 「勝手に番号変えたのかしら? 私のからもかけてみるわ」

 同じだった。無機質な応答者がメッセージを繰り返すだけだった。

かがみ 「メールで文句言ってやろ。番号変えたんなら、ちゃんと教えなさいよ、まったく・・」
つかさ  「お姉ちゃん、あの、その・・メールもね、同じなの・・」
かがみ 「え・・どういう事・・?」

 もう一度、つかさの携帯を見る。送り返されてきたこなたへのメールが、そこにあった。

かがみ 「・・こなたの家にかけてみましょう。自分から連絡手段を絶つなんて、何考えてるのよあいつは!」

 かがみはこなたのとった行動に憤りながら、こなたの家に電話をかけた。すぐに、こなたの父、そうじろうが電話をとった。

かがみ 「もしもし、こなたのおじさんですか? 私、柊 かがみです。あの、こなたは今家にいますか?」
こな父  「―こなたは、この家にはもう・・そうか、友達にも自分からは何も言わなかったのか」
かがみ 「? どういう事ですか?」
こな父  「卒業して間もなく、こなたは家を出て行ったよ。  一人暮らしをする、だと。行き先も言わず行ってしまった」


 (何? おじさん、今何て言ったの?)

 ―私たちは卒業した後も、1ヶ月に1回程度は直接会う様にしていた。お互いの事を忘れないために。
 皆、その日には時間を取ってちゃんと集まってくれた。こなたも、もちろんその場にいた。
 だけど、集合場所は喫茶店やカラオケボックスなどで、それぞれの家に上がり込んだりというのはなかった。
 話している時も、誰も一人暮らしの話すら持ち出さなかった。こなた、あんたは何でいきなりそんな事を・・相談もしてくれずに―

こな父  「立派にできるから心配するなと言って出て行ったんだ。あと、絶対に誰にも言わないで欲しいとも、言っていた」
かがみ 「・・・・そうですか」
こな父  「集まって遊んだりした事とかは報告してくれてたよ。・・電話を使わず、わざわざ家に帰ってきて」
かがみ 「分かりました。・・ありがとうございました、失礼します」

 かがみは携帯を閉じた。つかさに一通りの事を話すと無言でベッドに入り、その日はもう起きてこなかった。
 つかさは泣きながら、みゆきの携帯に電話を入れ、自分が聞いた事を同じように伝えた。みゆきも、一緒に泣いていた。
 そうじろうは静かに受話器を戻すと、仏壇――妻、かなたに向かって呟いた。

こな父  「かなた・・こなたの事も、皆の事も、見守っていてくれよ・・・・。ごめんな、こなた。黙っててくれと言われたのに、喋ってしまって」

 飾られた写真は、何も答えないまま微笑み続けていた。


☆☆

 空の食器を間に挟み、かがみもつかさも押し黙っている。
 時計は1時半に近づこうかというところ。そろそろ寝ないと明日に支障をきたす時間だ。

つかさ  「こなちゃんには、きっと理由があったんだと・・思うよ」
かがみ 「・・・・」
つかさ  「やりたい事を頑張っているかも知れないし、落ち着いたらまた連絡をくれるよ、きっと」
かがみ 「・・・・」
つかさ  「じゃあ、私・・寝るね。お姉ちゃん、風邪ひかないようにね、もう夜遅いから・・おやすみ」
かがみ 「・・ねえ、つかさ」

 不意にかがみがつかさを呼び止める。部屋を出て行こうとしていたつかさは、その声に振り向いた。

つかさ  「何? お姉ちゃん」
かがみ 「考えてみると不思議よね、こなたって」

 かがみは床を見つめたまま喋り始める。しかし、それはつかさに話しているというよりは、自分に向かって話しかけている様にも聞こえた。

かがみ 「自分勝手で、マイペースで、普段はまるでやる気がないくせに言う事だけは一人前。
      寝坊して遅刻する、宿題はやってこない、ギャルゲーにネトゲに毎日がだらしのない生活。
      でも、そんなこなたの側にいると、何をするにも楽しかった。ううん、こなたがいるから、楽しかった」
つかさ  「お姉・・ちゃん?」
かがみ 「あいつと一緒に登校したいから、遅刻ギリギリでも我慢した。あいつともっと一緒にいたかったから、いつの間にか文系を選んでた。
      あいつと一緒にお弁当を食べたかったから苦手な料理も頑張った、あいつと―」

 そこまで一気にまくしたて、言葉が途切れる。
 ひと筋、ふた筋と、頬を伝う涙が通り道を作る。かがみは、静かに泣いていた。

かがみ 「私はね、つかさ。こなたと友達でいられて、良かったと思ってるんだよ。
      しょっちゅうドタバタしてたし、からかわれもしたけど、こなたといると、本当に楽しかった。
      卒業しても、いつでも会えて何でも話せる、そんな一生ものの付き合いをあいつとはしたかった。なのに・・」
つかさ  「・・・・」
かがみ 「こなたにとって、私は【ただの友達】だったのかな・・・・こなたは、私の事をそこまで想ってくれなかったのかな・・・・。
      私がそうだから強要するって訳じゃないんだけどね? でも・・こんな一方的な関係の立ち消えなんて、私はイヤだ・・。」


 ―私は、こなたの事が、好き。
 女同士だからとか、そんな表面だけのものでは図れない。高校時代をともに歩いた、いちばんの友達だから、好き。ただ、それだけ。
 でも、それはこなたには伝えられなかった。在学中も、卒業してからも、今までずっと。・・そして、これからも。


かがみ 「う、ん・・。  ・・あれ、もう朝?」

 窓ガラスから差し込む朝日を顔に感じて、かがみは目を覚ました。勉強机に向かい、ノートに覆いかぶさるように寝ていた自分の姿。

かがみ 「・・あれは夢だった、のかな」

 昔を懐かしんだあまり、見てしまった夢だろう。そう思いながら、かがみは立ち上がり、大学へ行く準備を始めようとした。
 と、机の隅にひっそりと置かれている写真立てに目が留まる。
 ・・卒業式の直後に皆で撮った記念写真。いつも一緒だった4人が、額縁の向こうで笑っている。こなたも、満面の笑みでピースサインをしている。

かがみ 「こなた。夢の中で言った事は、全部、本当だよ。」

 そう呟き、準備を済ませたかがみは、朝食を食べに1階へ降りていった。
 ベッドの上には、しおりを不恰好に挿まれたライトノベルが転がっていた。



 自分の中の想いに、やっと正直になれたあの日から、はや6年。陵桜学園卒業から実に8年の歳月がすぎた。


 つかさは、無事調理師学校を出て、免許も取得。今は市街のレストランで、オーナーの補佐として活躍している。
 ―1ヶ月に1回、予約を取って特製ランチを食べながらつかさといろんな事を話すのが、私の最近の楽しみ。
 みゆきは、新しく出来た大病院で、子供やお年寄りを相手に女医として頑張っている。
 ―ただ、歯科には近寄らないって、あんたも立派な医者でしょ・・まあ、みゆきらしいといえば、らしいわね。
 そんなこんなで、皆はそれぞれの道を進み始めている。

 かがみも、今は新人弁護士。どうやら最近は、被告側に厳しく原告側に甘いという、なんとも分かり易いスタイルの弁護士が流行っている様だ。
 もっとも、当の本人は知る由も無い。知らない方が、幸せかもしれない。


 今日は早めに仕事を終え、かがみはいつもの場所に向かった。新刊の発売日だ。
 お目当てはあのお気に入りのライトノベル。口コミや雑誌で評判を呼び、いまや大ベストセラーシリーズとなっている。
 コミック化やドラマCD化もされ、幅広い層の注目をも集めている。

かがみ (こなたが見たら何て言うのかしらね。乗り遅れた! とか言いそう・・逆にどっぷりのめり込んでたりして)

 そんな事を考えながら、その1冊を手に取り、レジへ持っていく。
 この本を買う事だけが目的ではなかった。この6年、ずっと、用事の無い時でも通い続けた。ただ、偶然、ぱったりと、また会えると信じて。

かがみ (・・いるわけ、無いわよね。)

 ほんの少し気落ちしながら、ゲ○マ○ズを出る。梅雨も完全に過ぎ去っていないのに、太陽が眩しい。
 遠い昔にあいつと肩を並べて通った、この道をかがみは今日も歩く。



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