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至福の音 06:沈む心、軋む心

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匿名ユーザー

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「……っていうこともあってね」
「はは、柊先輩らしいッスね」
「……うん、私もそう思う」
秋も深まり、ようやく残暑も緩くなってきた10月初めの金曜日。
お昼休みになって、私は田村さん達と集まってお話しをしていました。

内容は日常的な話題やニュースもたまにあるけど、ほとんどは私とつかささんについて。
……私がいつも話題を振っているからですけど。
それでもみなみちゃんと田村さんは、私のお話を楽しそうに聞いてくれます。

「それでね、この前は……」
「…………」
「……? どうしたの、みなみちゃん?」
ふと気がつくと、みなみちゃんが私の方を向いて、いつもは無表情な顔を綻ばせていました。
私は不思議に思って、小首を傾げました。

「……ううん、つかさ先輩の話をしてるゆたかが、とても楽しそうだなって思っただけ」
「そ、そうかな……」
嬉しそうに微笑んだみなみちゃんの返事に、私は少し恥ずかしくなって、顔を俯けました。

ちなみに私とみなみちゃんとのそんなやり取りを聞いていた田村さんは、
「……やっぱりゆたみなは良い……はっ、いやいや小早川さんは柊先輩と……いやしかし……」
と、何かをぶつぶつと呟いていました。


キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン


「……あ、予鈴……」
お昼休みの終わりを告げるチャイムを聞いて、
みなみちゃんは自分の座っていた席を元の場所に移動し始めました。
私と、しばらくボーっとしていた田村さんも同じように席を元に戻して、
改めて自分の席に座りました。


今日は週に1回の、私とつかささんがそれぞれのクラスでお昼を食べる日。
「恋人同士になったといっても、毎日友達と離れて二人っきりでお昼を食べるのも悪いから」
という理由で、初めは週2回、今は週1回、金曜日だけという風につかささんと相談して
そのような日を作りました。
私はもっとつかささんといる時間を増やしたかったのですが、
その代わり一緒にお昼ご飯を食べない日でも、下校するときは一緒に帰ることになっています。
もちろん他の日でも一緒に帰るのは当たり前だけど、お昼休みに会えない分、
つかささんと楽しくお喋りできる貴重な時間になっています。

それに加えて今日は朝につかささんと、太宮まで寄り道をして帰ろう、
という約束もしていて、とても楽しみにしていました。


でもその楽しい感情は、次の休み時間に消えてしまいました。

5時間目が終わって休み時間になり、次の授業の準備をしてふと廊下のほうに目を向けてみると、
「……あれっ?」
教室のドアの近くにつかささんが立っていました。
つかささんは、私がそちらを見ていることに気がつくと、
少し顔を伏せがちに、ちょんちょんと左手で手招きをしました。

私は不思議に思いながらも、つかささんのいる廊下に出てみました。
「どうしたんですか、つかささん?」
私が尋ねると、つかささんはもじもじと少し言い難そうな様子で、
「あのね、ゆーちゃん……今日、突然急用ができちゃって、
ゆーちゃんと一緒に帰れなくなっちゃったの。
だから今日は、みなみちゃん達とか、他の人と一緒に帰ってくれないかな?」
「……えっ?」
「そういうことだから……ごめんね?」
つかささんはそれだけ言うと、本当に申し訳なさそうに表情を曇らせ、
深々と頭を下げて、3年生の教室に帰っていきました。
私は呆然としながら、その走り去っていく後ろ姿を見続けていました。


「…………」
「……ゆたか、どうしたの?」
その日の帰り道、つかささんは言った通りいつもみたいに昇降口では待ってなくて、
結局私はみなみちゃんと一緒に帰ることになりました。
「……あ、ううん、なんでもないよ」
つかささんと一緒の帰れなくなったのは寂しいけど、今日はみなみちゃんがいる。
みなみちゃんと一緒にいることももちろん楽しい。
だって私がこの学校に来て、初めて友達になってくれた人だもん。

それなのに、私ったら……
私は頭の中のもやもやをかき消して、みなみちゃんとのお喋りを楽しみました。


その日の夜、夕食を食べ終えた私は部屋のパソコンでチャットをして遊んでいました。
すると、

トゥルルルルル トゥルルルルル

廊下のほうから電話のベルの音が聞こえてきました。
すぐに切れたから、こなたお姉ちゃんか伯父さんがとったのかな。
そんなことを考えていたら、
「ゆーちゃーん、つかさから電話ー」
というお姉ちゃんの声が聞こえてきました。

……つかささん? どうしたんだろう……

「ゆーちゃーん?」
「あ、ちょっとまってー!」
少し考えているとお姉ちゃんがもう一度私を呼んだので、
私は慌ててチャットに席を離れる旨を伝えて廊下に出て、
お姉ちゃんから電話を受け取りました。

「……もしもし?」
『もしもし、ゆーちゃん?』
私が電話に出ると、その声は確かにつかささんでした。
「つかささん、どうしたんですか?」
私が尋ねると、つかささんは電話越しでもわかるように申し訳なさそうに、
『今日はごめんね、急に一緒に帰れなくなっちゃって……ゆーちゃん、怒ってる?』
「い、いえ、そんな……でもどうしたんですか? 何かあったんですか?」
私は断りを入れた後、つかささんに今日のことを尋ねました。

『あ、ううん、別に大した用事じゃなかったんだけど……』
つかささんは少し歯切れの悪い答え方をした後、また少し声のトーンを落として、
『それと明日なんだけど……一緒にお菓子作りをするって言ってたけど、
明日はこなちゃん達と一緒にお勉強しなくちゃいけなくなったから、中止にするね』
「……えっ?」
『今日もらった宿題の量が多くて……それにほら、もうすぐ受験も近いから、
みんなで一緒に勉強しようってことになったの。
今日の急用って言うのも、先生から受験についてのお話があるってことだったの。
ちょっと前からそういうお話があるって聞いてたんだけど、
ゆーちゃんに言っておくのを忘れてて……ごめんね?』
申し訳なさそうな、そして自分自身も残念そうな声で話すつかささん。
私は黙ってつかささんの話を聞いていました。

『だから明日は私の家で勉強会。お菓子作りはまた今度ね』
「……はい、わかりました」
『それじゃ、また月曜、学校でねー』
つかささんがそう言うと、ブツッ、という音とともに電話が切れました。
私はしばらく、ツー、ツーという音を聞き続けました。


「あ、ゆーちゃん。つかさ、なんだって?」
少し時間を置いて部屋を出ると、こなたお姉ちゃんがドアの前で待っていました。
「あ、ええっと……今日一緒の帰れなかったこととか、
あと明日お姉ちゃん達と勉強会をするって言ってました」
「あっとそうそう、それゆーちゃんに言うの忘れてた。
そういうわけだから明日は私夕方まで帰ってこないよ」
それを聞いて、私の気持ちは少ししぼみました。
……本当に、そうなんだ……

「でも残念だったね。明日はつかさとお菓子作りをするって約束してなかったっけ?」
「うん……」
「でも今回はそんな余裕ないくらい宿題とか出ちゃったからねー。
ついでに今日は先生から受験のことで喝も入れられちゃったから、
さすがに私やつかさはそろそろヤバいかなって思い始めてね」
まあ実際はかがみんにそろそろ自覚持てって言われたからだけどねーと、
少し軽口でオチを話すお姉ちゃん。

……そっか、お姉ちゃんやつかささん達も受験生なんだよね。
だったら、しょうがないよね。

「そういえば、ゆーちゃん明日どうするの? 明日はお父さんも珍しく仕事で1日中
家にいないって言ってたし。一人でお留守番する? それともみなみちゃん達と遊ぶ?
あ、宿題があるならゆーちゃん達も勉強会かな?」
私が気持ちを割り切っているところに、お姉ちゃんから質問が飛んできた。
……どうしようかな?
今からみなみちゃん達と遊ぶ約束をしても迷惑な気もするし……
でも一人でお留守番も……少し寂しい。
「うーん……とりあえずみなみちゃんに明日空いてるか聞いてみるね」
「オッケー。じゃあ私は部屋に戻ってるから、決まったら教えてねー」
「うん」
そう言うとお姉ちゃんは「さて、ネトゲネトゲっと」と腕を回しながら部屋に戻っていきました。


扉が閉まったのを確認して、私は子機を持って、みなみちゃんの家へ電話をかけました。
3回目のベルで、受話器をとった音が聞こえました。

『……もしもし』
「もしもし、みなみちゃん?」
『あ、ゆたか……どうしたの?』
「あのね、明日みなみちゃんの家に遊びに行ってもいいかな?」
『……別にいい……けど、急だね』
「う、うん……本当は、明日はつかささんの家に行く予定だったんだけど、
お姉ちゃん達が勉強するから中止になっちゃって……」
『…………』
みなみちゃんはしばらく沈黙して、
『……わかった、じゃあ田村さんも誘って、私達も勉強会をしよう』
「う、うん、そうだね、そうしよう……ありがとう、みなみちゃん」
『……? 私、何か感謝されるようなこと、言った?』
「あ、ううん、なんでもないよ! じゃ、じゃあまた明日ね!」
『……うん、また明日』



「……ふぅ」
みなみちゃんとの電話が終わって、私はお姉ちゃんに明日みなみちゃんの家に行くということを
伝えて、自分の部屋に戻りました。
部屋に戻って、そういえば退室しますって言ったまま、パソコンつけっぱなしだったことを
思い出して、私は待機モードになっているパソコンのほうに向かい、でもまたチャットをする
こともなくその電源を切って、ベッドに腰を掛けました。

さっきの電話、実はつかささんのことを話すのが少し怖かった。
学校から帰ってきた後に電話をして、それなのに理由はつかささんのことで。
まるでみなみちゃん達がつかささんの代わりみたいで、
みなみちゃんが気を悪くしないか、不安だった。
でもみなみちゃんは「一緒に勉強会をしよう」って言ってくれて……
さっきの「ありがとう」は、そこから出たもの。
明日みなみちゃんの家に行ったら、お菓子を作って持っていこう。


それにしても……と私は思う。
今日と明日。会う約束だったつかささんと、会えなくなっちゃった。
もちろんその理由は、担任の先生のお話や受験勉強といった、つかささんにとっては
とても大事なことだからしょうがない。
しょうがないのに……なんでこんなに胸がもやもやするんだろう……

――クン

……あれっ?
不思議に思っていると、私の胸からまた不思議な音が聞こえてきました。
それは、私がつかささんに告白する前に聞こえていた音と似ていました。
しかし、なぜか私には今の音はあのころの音とは違うような気がしていました。

あのころと比べて、そう、どこか濁っているような、ドロドロしているような……

私はもう一度聞いてみようとしましたが、それからしばらく聞こえてくることはありませんでした。

「……何なんだろう……」
私は不思議に思いながら、ただボーっと胸のほうを見続けました。






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  • あれっ?続かないのですか? -- チャムチロ (2012-10-31 22:07:54)
  • 続きに期待してまってます!! -- 名無しさん (2009-10-23 16:44:37)
  • さて、ここからどうなるのか…… -- 名無しさん (2009-10-04 23:15:43)

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