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美女と野獣2

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匿名ユーザー

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 このSSは、サンシャイン作、「美女と野獣」の完結編です。


 週末、私はつかさと一緒に市立図書館を訪れていた。
 六月半ば、期末試験も迫るこの時期が最後の機会とばかりに出された宿題を片付けるため。
 とはいえ、実際は迫る期日に泣きべそかいたつかさに絆されたというのが本当のトコロだった。
 取り組んでいるのはつかさが選択している「現代社会」の教師が張り切って出したレポート課題。
 曰く「大学に行けばたくさんやらされるんだから今のうちから慣れておけ」というこの課題は、あくまで大学を真似たレクリエーションのようなものだ。
 ところがイマイチ要領の悪いつかさは、どっさりと借りてきた膨大な資料の山を頭からじっくり読み始めたのだ。
 おまけに「レポートとはなにか」を大上段に語る教師の言葉にやる気を出してしまったつかさは、「現代日本の環境問題」というテーマの「地球温暖化」「オゾンホール」「公害」などありとあらゆる環境問題を網羅した原稿用紙500枚に達する超大作を構想し始めたのである。
 もちろんそれで終わるハズもなく、私は貴重な日曜日を愛しい妹のために費やす事になったわけだ。

「お姉ちゃんありがとう。私ひとりじゃ終わらなかったよー」
「まったくつかさは意志が弱い癖に凝り性なのよね。ちゃんと最後まで付き合ってあげるから、無駄口叩かないで進める進める」

 積み上げられた本に次々と色分けされた付箋を貼りながら、私はつかさを促した。つかさは照れくさそうに笑うと上機嫌にルーズリーフの文字をカリカリと埋める。
 気楽なもんだ。私は大きく顔面を占領した隈を擦った。この一週間、私は慢性的な寝不足が続いていた私の様々な我慢はそろそろ限界に達していた。
 つかさのほんの些細な挙動にドキドキしてしまう。それもこれもあの昼休みの一件のせい、つかさが思わせぶりな事言うのがいけないのだ。
 ぐぃと視線をあげてつかさを睨みつける。
 今日のつかさの服装はレースの装飾がついた女の子らしいノースリーブ(今夏はじめて!)のブラウスに、チラチラ翻って私を誘惑してやまないプリーツスカート。
 夏らしい爽やかさを演出し、うっかり私の理性まで開放的になってしまいそうな、卑怯極まりないコーディネート。

 ああ、抱きつきたい。頬擦りしたい。それからもっとアレやらコレやら。
 我に返る。いけないいけない。ついポーッとしてしまった。私は頭から眠気を振るい落とし、資料の山に向かう。
 膨大な記述からレポートに必要な箇所を見つけ出し、グラフや表には赤い付箋、それ以外には青い付箋を貼る。
 あとでつかさが検索しやすいように万年筆でタイトルを振っておくのも忘れない。
 作業に没頭する私に、つかさが質問を投げかける。

「お姉ちゃん、あの温暖化で沈没しそうだって国の話ってどこだっけ~?」
「ツバルでしょ。ああ、ここよここ。52ページの上段」
「えー、どこぉ?」

 即答してページを繰ると、ふわり、シトラスミント――私達が共有するリンスの香りが私の鼻腔を擽った。
 振り向くと、いつの間にか背中に回ったつかさの横顔が目前にあった。
 サラサラと流れるショートカットが、まるでオーロラのように視界で翻った。急に世界が遠くなって、夢見心地のふわふわした気分になった。
 キス、しちゃダメかなー……。寝不足で朦朧とした頭でふとそう思う。だってこれまでずっと我慢してきたんだよ? これくらいのご褒美あってもいいはずじゃない。
 うん、つかさも私の事好きだって言ってたし、きっと許してくれるよね。何故だかそのとりとめのない白昼夢の思考が確かな論理性を持っているように感じられてしまう。
 ふらふらと血色の良い桃色の頬に吸い寄せられていった私は――己の下腹部のぬちゃりという粘着質な感触に、瞬時に正気を取り戻した。

 な。
 なにやってんだ私っ!?

「あ……これだよね。えへへ、ありがとう」

 ページを指したつかさが、いつものあの無垢な笑顔を私に向けた。でも今はそれを正面から見れなくて、私は羞恥に顔を茹蛸になって顔を伏せる。
 自分のした事の恐ろしさに脳髄が氷を放り込んだように、急激に冷却されキンキンという音が爆ぜた。
 疑問符を浮かべて顔を寄せるつかさから慌てて身を引いて、私は早口で捲くし立てた。

「ちょっとトイレ! ……トイレ行ってくるから、サボんないでちゃんとやんなさいよ」

 私は椅子を蹴って立ち上がり(ガタリと大げさな音が鳴った。「お姉ちゃんひょっとしてお腹痛いの? 大丈夫?」ってつかさの声)、なんとか身体のバランスを保って身を翻す。
 床が大震災かと思うくらい揺れていて、でも書架に飾られた花瓶は微動だにしていなかった。障がい者用の手摺を頼りにふらふらとリノリウムの廊下を歩く。
 女子トイレに入るとすぐ個室に篭って、何度も鍵がかかっている事をガチャガチャ確認し、唾を飲み込むとそろそろとジーンズに手を伸ばす。

 案の定、ショーツが濡れていた。



 あーぁ、やっちゃったかー……。
 個室を出ると、私は三人並べる洗面台で、叩きつけるように顔を洗う。
 面を上げて鏡を覗くと、信じられない程酷い顔した女の子がひとり映ってる。鏡に跳ねた水滴が、私の顔を斑模様に染め上げていた。
 下腹部のぬめりは自前のウェットティッシュで拭って、そのまま個室の隅に設置された汚物入れに捨てた。
 つかさの心配とは裏腹に生理まではあと二週間もある。ということは、下着が汚れた原因は、つまりそういうことなのだ。

 妹が好きな私だけれど、その点以外は常識人でそれなりに分別があるつもりだった。
 つかさでエッチな事を考えない。
 それが思春期を迎えてそういう身体の仕組みを知った時に決めた「つかさを好きでいるための自分ルール」だった。
 本当はずっと怖かったのだ。女同士だなんて、姉妹同士なんて、なにより自分自身が「常識的にそんなのおかしい」と思ってた。
 初めてオナニーした時、幼い頃からずっと一緒で部屋も隣同士の子をイヤらしい目で見てしまうかもしれない自分に気づいて慄いた。
 だからこれはプラトニックな感情で、その範疇ならばつかさを好きでいてもいい。
 でももしもつかさでエッチな事をしたらその時は天罰が下って、最後の審判の日にいかにも意地悪な継母風聖マリア様に「おまえはこっち」と背中を蹴っ飛ばされて地獄に落とされるに違いないと、そうルールを決めたのだ。

 いつかは絶対ダメになるとわかってはいたけど、破ってみたら、あっけないものだった。
 ショーツはぐしょりと重くなっていて、私がどれだけ欲情していたかがわかって、泣く気もおきなかった。

「なにやってんだろ、私」

 唸り声をあげる手指用乾燥機にびしょぬれの両手を差し出しながら、私はボケッと立ち尽くした。
 眠気も興奮もスッカリ揮発して、あれだけ高ぶっていた心が炭酸の抜けたコーラみたいになっているのを感じた。
 はぁ。ひとりで勘違いして、舞い上がって、ありえないって言いながら、でももしかしたら……なんてつかさの言動に一喜一憂して、なんだかんだでドキドキ嬉しかった一週間。
 その結末がコレなんて滑稽じゃないか。

 ハンカチで手を丁寧に拭いながら、私は女子トイレを出た。誰もいない薄緑色の廊下に私の姿が映りこみ、静謐の中に私のスリッパの音が響いた。
 じめり、と湿気を帯びる前髪に気づいて窓の外を見やると、来館した時は降っていなかった雨が窓ガラスを叩きつけていた。
 ガラスの向こうで、紫陽花の花壇に囲まれた、自転車置き場が霞んでいた。

「梅雨、まだだと思ってたのにな……」

 空を見上げながら、ぼんやりひとりごつ。
 天気予報を信用しないでよかった。もちろんこの時期は、折り畳み傘をバッグに常時忍ばせている。

「あぁ!」

 遠くで図書館にあるまじき悲鳴があがる。つかさだ。
 きっと、いつも通り、傘を持ち合わせていない事に気がついたのだろう。
 昔からそうだ。つかさときたら、コンビ二や本屋さんに入る度に、傘立てに置いたお気に入りの一本を見事に持っていかれるのだ。
 畢竟、この十七年間の歳月で妹は私とは真逆の学習をする事となった。
 すなわち、天気予報の予言に関わらず、可能な限り傘を携帯しないという厄介な誓いを立ててしまったのだ。

 こういう時、いつもほにゃほにゃとしたつかさは妙な頑固さを見せる。
 突然の土砂降りで、シャツをぴったりと素肌に張り付かせ、あまつさえ可愛らしいレース飾り付きのブラジャーの存在を誇示する濡れ鼠つかさの姿が、私をいかに興奮させるかは、もはや説明するまでもないと思う。

 けど、周囲の男どもの視線につかさを晒すなど言語道断。だいたい風邪なんて引いたら大変だ。
 だから、こんな時はいつも「ちゃんと折りたたみ傘持ち歩きなさいよ。用心が足らないわね」なんてガミガミと愛の鞭を振るいながら、私はそっと鞄から傘を取り出す事となるのだ。
 もちろん、内心満更ではない。でも、今は……。

「お姉ちゃん、どうしよう。私、傘持ってないよぉ……」

 席に戻った私に、つかさがいつものように私に泣きつく。もしかして……。
 私は、片腕にすがりつく妹をぶら下げながら、呆然と立ち尽くす。
 今、この精神状態のまま。私、つかさと相合傘するわけ……?




 ところが、閉館時間を迎える頃には、空は何事もなかったかのようにケロッと泣き止んでいた。

「晴れてよかったね~」
「そうね、なんかイマイチ複雑だけど……」

 嬉しそうにするつかさとは対照的に、私は空を睨み上げた。
 赤ん坊のほっぺたみたいに暖かく染まった、見事な夕焼け。連なる甍の隙間から電信柱がテトリスのようなシルエットを作っている。
 忌々しい程綺麗な、爽やかな夏を予感させる風景。私の危惧は無用だったわけだ。私の手首に引っ掛かった折り畳み傘が所在なさげに、ぶらぶらと揺れる。
 感謝半分、恨み半分だよ。ちくしょう。

「あー、もう! いいわ、さっさと帰りましょ!」
「わ。お姉ちゃん待ってよぉ」

 私は泥落としのマットレスを踵で踏みつけながら、アスファルトの路面へと躍り出る。つかさがバタバタと慌しく私の背中に続いた。
 溜まった雨水が、路面に斑模様の内海を作り上げ、赤銅色のマンホールが海底で揺らめいている。それを注意深く避けながら、私たちは家路を急ぐ。
 マイペースで点滅する信号機が、まるで灯台のように水面に光を投げかけていた。

「お姉ちゃんって、晴れ女だよね」

 ちょっと駆け足で私の隣に追いついてきたつかさが、にへらと笑った。つかさは時々、突拍子もない事を言う。
 けれど今はまだ、この優しさがチリチリと私の良心を虐げている。さっきの一件で喉に引っ掛かった罪悪感は、何度唾を飲み込んでも消えない。
 私はチラリと視線を送ると、全力を振り絞っていつもどおりのつっけんどんな返答を返した。

「……そう?」
「そうだよぉ」

 気の抜けた声で、つかさが答える。

「だって昔からお姉ちゃんと出掛けるといっつも晴れるよ。ほら小学校で毎年恒例だった二月のマラソン大会も、お姉ちゃんが風邪でお休みした時に限ってザーザー降りで中止になったり」
「そんなのただの偶然よ。だいたいこの間だって一緒に学校で立ち往生したじゃない」
「で、でも勝率80パーセントくらいにはなると思うんだけど」
「なによそれ」

 なんだかからかわれているような気がして、私は思わず唇を尖らせた。
 でも、下級生を怖がらせてしまう事も多い仏頂面も、つかさにはまるで効果なし。
 私達ふたり、本当に美女と野獣だ。急に恥ずかしくなって、私は俯く。
 つかさは本当にいい子だ。それは姉である私が一番よくわかってる。彼女には幸せになる資格がある。私なんかとは……ぜんぜん違う。

 おいおい、柊かがみ。いつまでもこの子が傍にいると思っていたのか? 意地悪マリア様が、私の耳朶に囁きかける。
 おまえの言うとおりだ、彼女には幸せになる資格がある。いつか素敵な男性に見初められて、結婚して、新たな家庭を築く。それがこの世の理なのだ。
 その時におまえは妹を祝福してやれるのか。よもやウェディングドレスのつかさの腕に縋りついて、「捨てないでくれ」と懇願するつもりか。

 そう、いつか終わるのだ。胸のうちで、私はそっと呟く。
 二人寄り添って過ごす、このかけがえのない毎日は――。

「きっと、雷様がお姉ちゃんを怖がってるんじゃないかな」
「え?」

 つかさの嬉しそうな話し声に、物思いに耽っていた私はハッと顔をあげた。

「いったいなんの話?」
「えへへ。ほら、えっとまだ幼稚園くらいの時だったかな。台風で雷がゴロゴロいってる日だったんだけど、私幼稚園で『雷様がおヘソをとっていく』って脅かされたばっかりだったから怖くて泣いちゃって……」

 お母さんも他のお姉ちゃん達も「怖くないよ」って言ってくれたんだけどやっぱり泣きやまなくて。
 でもその時お姉ちゃんが「つかさを泣かすような雷さまなんてやっつけてやる」ってゲンコツ振り回して慰めてくれたら、ピタリと雷が止まっちゃったの。
 だからその時から、雷様がお姉ちゃんを怖がってるんだよ。

「……そんな事あったっけ?」
「あったよぉ」

 私が問い返すと、つかさは屈託なく、肩を震わせて笑った。

「それこなたには言わないでよ。絶対馬鹿にされる」
「えへへ、でも私は忘れないよ」

 くるりとつかさが振り返る。無計画に設置されたカーブミラーの中で、幾人ものつかさが一斉に私を見つめた。
 柔らかな唇がプリンのように震えて、続く言葉を紡ぐ。

「絶対に忘れないもん。お姉ちゃんは昔っから私のヒーローなんだよ。だから忘れないよ」

 少し照れたように、つかさが微笑む。
 その時、心の中でコトリと音が鳴った。
 何かが腑に落ちた気がした。

 ああ、そうだ。記憶にないなんて惚けてみせたけど、嘘だ。本当はよく憶えている。
 薄水色の園児服、見上げるばかりに大きかった保母さん達、プラスチック製のチューリップ型の名札入れ。ひらがなで書かれた「かがみ」と「つかさ」。 
 だって、つかさが泣くなんて許せないと思ったのだ。つかさは私の妹で、引っ込み思案で男子によく泣かされていて……そんでもって、私の一番の仲良しなんだから。
 だから、守ってあげなきゃダメなんだ。
 今思えば、頬から火を吹きそうになる。そんな幼い勝手な正義感。

 でも、これが私の最初の想い。私の恋心の第一歩だったのだ。

「でもちょっとだけ残念かも」
「え?」
「お姉ちゃんと相合傘で帰りたかったなー……なんて。ちょっと子どもっぽいかな」
「う、ううん。別にそんな事、ないんじゃない」

 しどろもどろに私は答える。

「あ、そうだ」

 そこでつかさは、声をあげた。私が問い返す間もなく、つかさは隣を歩いていた私の右腕をぎゅうと抱き込んだ。
 なんとか平静を保っていた私も、これには思わず素っ頓狂な悲鳴をあげる。

「え、えぇ! うわっ」
「へへぇ、一緒の傘に入ったつもりっ!」

 ぎゅっと頬を寄せる。手の指を絡める。ドキリと私の心臓が跳ねた。つかさの体温が滑らかな素肌を通して身体の芯まで浸透していく。
 二人の体温が、熱力学の法則に従って均等へと向かう。
 それはまるで魔法だった。
 嵐のように荒れていた心は、知らぬ間に凪ぎ、穏やかな感情が私の胸を一杯にする。
 愛しくて、大切で、ずっと心の奥にしまいこんでいた私の恋心だ。
 そうだよ。大切なのは柊かがみは柊つかさの事が好きだってコト。
 劣情がなんだ。将来がなんだ。それでつかさを諦めるっていうのか。まさか!

 いつか、つかさを見初めた素敵な王子様が、白馬に乗って迎えに来るかもしれない。でも、おとなしく身を引いたりなんてするもんか。
 だって私は、誰もが畏れる野獣なのだ。
 雷様をびびらせる程凶暴で、恥知らずにも柊つかさが大好きなんだ。 

 折り畳み傘の柄をワンタッチで伸ばし、真っ直ぐに夕陽に掲げた。恒星をピタリと照準した傘の先端が、爛々と剣呑に輝いている。
 もしその時が来たら、いけすかない王子を思う存分ぶんなぐってやろう。女同士だなんて関係ない。
 そう、これは宣戦布告だ。ルール無用の仁義なきデスマッチ。諦めなんて悪くて上等。だって恋ってそういうものでしょ。

「あー、信号点滅してる! お姉ちゃん早く早く」
「おっけ!」

 ピタリと身を寄せ合いながら、私とつかさは夕暮れの街を駆け出す。自慢の佩刀を振り回し、私は意気揚々と太陽をなます切りにする。さぁ、自信をもて柊かがみ!
 大丈夫。剣捌きで、王子に負けるつもりは全くない。

「どっからでも、かかってこいッ!」

 まだ見ぬ恋敵に向けて、私は吠えた。




〈 了 〉










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コメント:
  • Gj!
    -- 名無しさん (2011-09-02 16:00:11)
  • ああ...良い... 続編待ってますよ~ -- 名無しさん (2010-10-28 15:57:48)
  • うまいなあ・・・・ -- 名無しさん (2010-02-17 08:41:34)
  • GJ!!!つかさがかわいすぎてやばいww -- 名有りさん (2010-02-17 04:00:14)
  • コメ 一番乗り!!!!!
    超GJです! 次回作も期待してまってます♪ -- 名無しさん (2009-10-21 22:35:19)

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