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1レスSS:遠距離恋愛の日

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匿名ユーザー

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『ゆたか、そちらは今でも、雪が降っていますか?』
みなみちゃんからの手紙は、この季節はいつもそんな言葉からはじまっていた。

物の少ない殺風景な病室の窓から外を眺めてみる。
自然の豊かな土地に建てられたこの病院から見えるこの季節の景色は、いつも白銀の世界だった。

私がこの病院に入院してからもう3年以上になる。

陵桜学園を卒業し、大学生活が始まった矢先に私は病気で倒れてしまった。
心臓が極端に弱っていて白血球や抗体がなんとかかんとか……
詳しい説明や病名は覚えていない。
知っていたところで病気が治るわけじゃないんだから、意味がないよ。
私の身体は大学生活をおくることが困難なほどまで体力を失い、入院せざるをえなかった。
私の病状に適した病院が関東近辺では見つからず、長期的に入院するなら自然の多いところのほうが身体にいい、という理由で、私は遠く離れたこの病院に入院したのだ。
空気がきれいで、設備と人材の整ったこの病院に入院するとき、私が一番悲しく思ったのはみなみちゃんと離れ離れになってしまうことだ。
当事、私達は付き合いはじめたばかりだった。
卒業式の後、星桜の下でみなみちゃんに思いを伝えた。
みなみちゃんも、私のことを好きだと言ってくれた。
そのときは、ずっとみなみちゃんのそばにいられることを疑わなかったのに、わずか数ヶ月で引き離されてしまうことになるなんて……
携帯電話という通信ツールが広く普及されてからは、遠距離恋愛というのも昔に比べてずいぶん距離を感じないようになったと思う。
けど、そんな文明の利器が出回っている時代に、私とみなみちゃんはコミュニケーションのほとんどを手紙で行っていた。
理由は病院内での携帯電話の使用が禁止されているからだ。
今日本では、携帯電話の電波が医療機器に与える影響などが見直されて、携帯電話の使用を認めている病院もでてきているが、この病院ではそうはいかなかった。
年に一、二回みなみちゃんと会うときくらいしか私は携帯電話の電源をいれない。
私が手紙を書いて、看護師さんにポストに投函してもらい、みなみちゃんに届くのが二日後くらい。
そしてみなみちゃんが私に書いた手紙が届くのがさらに二日後くらい。
一つのやりとりをだいたい一週間かけて行うことが、私達の日常となっている。
そして今日も、みなみちゃんから届いた手紙を、私は読んでいた。
いつもなら、手紙が届いたときは心がうきうきし、読んでいるあいだは何物にも代えられない嬉しさで心がいっぱいになり、読み終わった後も暫くは幸せな気持ちに浸ることができる。
だが、今回に限っては少し事情が違っていた。
今日は12月20日。
私の誕生日だ。
みなみちゃんも、20日前後にこの手紙が届く事は分かっているはずなのに、この手紙には誕生日については一切ふれられていない。
みなみちゃん、私の誕生日……忘れてるのかな……?
別におめでとうの言葉を要求しているわけじゃない。
どれだけ成長しても、誕生日というのはやっぱり自分にとって特別な日だ。
その特別な日を一番好きな人に祝ってもらいたいと思うのは自然な事だと思う。
去年も、その前の年も、みなみちゃんは私の誕生日を忘れる事はなかったのに……
最近、看護学校の実習が忙しいって手紙に書いてあったから、そのせいなのかな……
いつもは手紙を読み終わるとすぐに返事を書くのだが、今日に限ってそんな気分になれず、私はベッドに横になり布団をかぶった。

外は相変わらず雪が降り、景色を白く染め上げている。
埼玉ではこの季節でも滅多に雪なんか降らなかった。
手紙でみなみちゃんが言ってたような、天気の違い一つとっても、お互いの距離を感じずにはいられない。

次に目が覚めたとき、雪が降っていなかったら…空が蒼かったら…みなみちゃんが来てくれる……

天気予報では明日も明後日も大雪だった。
あり得ないことと知りつつ、それでも私は願わずにはいられなかった。


次の日、天気予報通り空には灰色の雲が広がり、視界を覆うほどの雪が降り続いていた。
分かってはいたことだけど、手紙の事もあり、私はなんとなく憂鬱な気分でため息をついた。
そのとき、コンコン、と部屋がノックされた。
気付くと看護師さんが来る時間だった。
扉が開き、いつもお世話になっている看護師さんが顔をのぞかせた。
「おはよう小早川さん。今日は紹介する人がいるの」
「……以前おっしゃっていた、研修の方ですか?」
もうすぐ来年度からこの病院に勤める新卒の看護師さんが研修生としてくる事を私は知らされていた。
「そう。定時回診のあとで来るはずだから」
どんな人だろう。
優しい人だといいけど……

定時回診が終わって暫くしたあとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
「失礼します」
ドアが開き、病室に入ってきたのは……
「え?」
「来年4月からこの病院でお世話になります、看護師の岩崎みなみです」
白衣に身を包んだ、みなみちゃんだった。
「みなみ……ちゃん……?」
「この病院で看護師の求人があったの。
内定が取れて、春から働くんだけど、今日から暫く研修にはいることになってるの」
「みなみ……ちゃ……」
「だから……」
みなみちゃんは優しく微笑んで、私を抱きしめた。
「これからは、ずっと……」
看護師さんのことを白衣の天使って言うけど、このとき私はみなみちゃんのことが本物の天使に見えた。
「一緒だよ」
「みなみちゃぁん!」
「誕生日おめでとう、ゆたか。一日遅くなってごめんね」
「みなみちゃん……みなみちゃぁんっ!」

雪が降っていても、空が蒼くなくても、目を覚ましたらみなみちゃんが来てくれる……

だって、今日は遠距離恋愛の日……

FM長野の大岩堅一アナウンサーが提唱した記念日。
『1221』の両側の1が1人を、中の2が近附いた2人を表す。
遠距離恋愛中の恋人同士が、クリスマス前に会ってお互いの愛を確かめあう日。

一日遅れのハッピーバースデーと、少し早いメリークリスマス。

















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  • これは、とても良い話。OVA化
    して欲しい!あるいは原作コミ
    ックの短編で掲載して欲しいです!
    -- チャムチロ (2012-11-20 12:24:21)
  • ゆたか&みなみの話で最も素晴らしい話だと思います
    GJです --   (2010-04-01 15:32:09)
  • 素晴らしい。GJでした。 -- 名無し (2010-03-09 21:46:02)
  • やっぱりゆーちゃんとみなみんの話は、最高です。 とても素晴らしいです。 -- みなみん愛してる (2010-01-08 20:30:52)
  • これが「友愛」か -- 名無しさん (2009-12-22 02:42:46)
  • 夜勤の休憩時間にホロリとしました。
    ホントにアッーーー劇場と同じ作者とは思えないっすよ。
    これからの作品も楽しみにしています。 -- 名無しさん (2009-12-22 00:05:54)
  • いいお話でした GJです
    1日遅れだけど ゆーちゃん誕生日おめでとう O(≧▽≦)O -- オビ下チェックは基本 (2009-12-21 23:20:07)

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