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 生暖かい風が吹き始め、陰気な雲が湧いてきた。ポツリ、ポツリと雨粒が落ち、あれよという間に強く降り始める。朝の天気予報では晴れだったのに、全く絵に描いたような俄雨だ。
 みなみは自室の窓からこの雨を見るや、すぐに部屋を飛び出していた。もうすぐゆたかが遊びに来るのだが、傘を持たずに駅で立ち往生しているかもしれない。
 玄関を飛び出したみなみは、数分とせずびしょ濡れになった親友の姿を見つけた。駅を出た後で降られたようだ。
「あ、みなみちゃん」
 必死で駆けていたゆたかは、傘を差して走ってきたみなみの姿を見て、雨に濡れた顔を綻ばせた。
「迎えに来てくれたんだ。ごめんね、わざわざ――」
「いい。そんなことより、早く……」
 みなみは傘をゆたかの上に掲げると、背中に手を回して、焦らず急がせた。風邪でも引いたら事だ。特にゆたかは体が弱いから、こじらせでもしたら洒落にならない。

「ふぅ……」
 みなみのベッドに腰掛けながら、ゆたかは安堵のため息をつく。みなみから借りたシャツは、かなりサイズが大きく、袖が余っている。
 窓の外を見ると、勢いを弱めた雨は、景色を穏やかに濡らしていた。
「ゆたかの服、今乾燥機にかけてるから……」
「ありがとう。色々とごめんね」
「これ、飲んで。暖まるから……」
 みなみがお盆に乗せていたマグカップを手渡す。蜂蜜をたっぷり落としたホットレモネード。
「ありがとう」
 暖かい湯気に混じって、ほのかな柑橘の香りが漂う。
「ふー……ふー……」
 ゆたかは少し冷ましてから、カップを傾けた。
「美味しい?」
「うん。あったかくて甘くて、とっても美味しいよ」
 微笑むゆたかに、みなみも微笑み返す。
 みなみはふと、ゆたかのシャツの袖に目をやった。
「もうちょっと小さいのがあれば良かったんだけど……」
「それは仕方ないよ」
 みなみに限らず、同年代が着るような服は、ほとんどゆたかには大きすぎる。素で小学生と間違われるような体型だから無理もないが。
「……そういえば前にお姉ちゃんが言ってたんだけど、小さい子が大きめの服を着るのって可愛いんだって。ちょっとよく分かんないけど」
 補足すると「チョイスとしてはやはりYシャツがベスト!」とも言っていた。そしてその後、同席していたひよりと「不釣り合いに大きなサイズの物を身に付けている子は萌える」というテーマで熱いトークをぶちかましていた。
「……ゆたかはどんな格好でも可愛い……と思う」
 御世辞でも何でもなく、ごく普通の口調でみなみはそう言った。
「え……あ、ありがとう」
 ゆたかは気恥ずかしそうに顔を伏せた。みなみにこういうことを言われるのは、こなたやゆいに言われるのとは、何か違う気がした。
 窓の外からは、ひっそりと雨音が響いている。


「……髪、梳かそうか?」
 シャワーの後、拭いてそのままにしてあるゆたかの髪を見て、みなみが聞いた。
「うん。お願いしていいかな」
 みなみはドライヤーと櫛を手に、ゆたかの後ろに座った。まだ少し湿っている髪を、乾かしながらくしけずる。
「……ゆたかの髪は、手間がかからない」
「そう?」
「うん……」
 ゆたかの性格そのままに素直で柔らかい髪は、一つ櫛を通すたびにまっすぐ伸びた。
 程よく梳いた髪を、みなみが軽く撫でる。
「……少し、伸ばした?」
「あ、分かる?」
「うん……」
 結っている状態では分かりづらいが、陵桜に入った頃に比べて、ゆたかの髪は少し長くなっていた。
「このまま伸ばすの?」
 みなみがそう尋ねると、ゆたかは少し困ったように眉間に皺を寄せた。
「うーん……実はちょっと迷ってるの。お姉ちゃんみたいに長くしたい気もするけど……」
「けど……?」
「その……みなみちゃんみたいにショートにするのも憧れてるの」
 ゆたかは少し頬を赤らめた。
「で、でも私じゃあんまり似合わないかな。子供っぽいし……あはは」
「……そんなこと、ない」
「え?」
 囁くように小さな声だった。ゆたかが振り向くと、みなみは何故か顔を逸らした。
(ひょっとして……みなみちゃん、照れてる?)
 みなみは黙って傍に置かれていた髪留め用の輪ゴムを取り、ゆたかの髪をいつも通りの形に結い整えた。
「……どう?」
 手鏡を渡して、ゆたかに尋ねる。
「うん、ばっちり。ありがとう、みなみちゃん」
 笑顔のゆたかに、みなみも微笑みながら頷いた。
「私も……」
「?」
「私も、ゆたかみたいな髪……してみたいな。……可愛いし」
「え、ええっ……!?」
 今度はゆたかが照れる番だった。
「小さい頃から、ずっとこの髪型だし……」
「だっ、だめだよ! みなみちゃんは!」
「……どうして?」
 思いのほか強い口調で反対されたみなみは、ちょっとショックな様子だった。
「やっぱり、似合わない……?」
「あ……違うの、そうじゃなくて……みなみちゃんは、今のままの方がその……かっこいいし……私は今のみなみちゃんが好きだから……」
「……」
 言った方も言われた方も、恥ずかしさに顔を赤くした。
「ご、ごめんね。急に変なこと言って……」
「ううん……私も……同じ……」
「え?」
 ポツリポツリと、雫が落ちるように、みなみは言葉の穂を継いでいく。
「ゆたかは、その……今のままで……可愛いというか……私は今のゆたかが……良い……」
 みなみは自身の口下手がもどかしかった。もっと何か、気の利いた言い回しはないものかと思ったが、それを乗せられるだけの回りの良い舌を持っていない。
 しかしゆたかは、みなみが思う以上に、みなみの気持ちを汲み取ることに長けている。
「……うんっ。ありがとうみなみちゃん」
 ゆたかは満面の笑みでお礼を言った。
「…………ん」
 ホッとしたような満ち足りたような、とにかく暖かい気分で、みなみは頷いた。


「……雨、少し止んできたね」
 ゆたかの言葉に、みなみは窓の外へ目をやる。鈍色の雲はだいぶ薄れ、小雨程度に落ち着いていた。
「……ゆたかは雨、嫌い?」
「うーん……それほどでもないかな。私って体弱いから、小さい頃から家にいること多いし……むしろ、優しい雨は好きかも」
「そう……」
 みなみの目に笑みが浮いた。
「私も……こんな風に、静かな雨は好き」
「みなみちゃんも?」
「うん。……雨の休日は、部屋で暖かい物を飲みながら、ぼんやり外を眺めたりしてる」
「へぇ……何だかおしゃれな過ごし方だね」
「今もそう」
「え? あ……」
 雨の休日、部屋で暖かい物を飲みながら、ぼんやり外を眺めている。二人揃って。
「……二人とも、おしゃれ?」
「ど、どうなんだろ……」
 ゆたかの想像では、紅茶を片手に雨の日を優雅に過ごすみなみの図が展開していたが、実際はこんなものだ。
 みなみはまた窓の外へ視線を移した。雨垂れの音が、ポツポツと耳に届く。
「やっぱり雨は良い……こういう時間は好き。特に今日は、ゆたかも一緒だし……」
「みなみちゃん……」
「ゆたかが濡れなければ、もっと良かったけど……」
「あはは……天気予報はずれちゃうんだもんなぁ」
「うん。……でも、そろそろ……」
 二人は言葉を止め、窓の外を眺める。
 薄暗い空は所々明るくなり、幾筋かの日の光が帯のように差し込んでいる。雨雲は淡く散り、微かに残っていた雨音はじきに遠ざかっていった。
「……止んだね」
「うん……」
 ゆたかもみなみも、少しだけ名残惜しそうに、晴れ渡っていく景色を眺めていた。


おわり












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  • ぶかぶかシャツのロリっ娘が 熱い飲み物をふーふーしながら飲んでるのか -- 名無しさん (2011-04-28 15:14:46)
  • これも好き。直接触れ合う描写がなくとも、二人の繋がりを感じた。 -- 名無しさん (2009-09-03 23:45:44)

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