近頃は、夕方になれば急に気温が下がる。こなたと一緒に本屋を出ると、辺りはもう薄暗くなりはじめていた。日だけじゃなくって、世界自体が暮れていってるような、口にし難い感情が心をよぎる。ちょうどそんなときに秋風が、身震いする私をほんの少し黙らせた。
途切れた会話を拾うように、私はもう一度口を開く。
途切れた会話を拾うように、私はもう一度口を開く。
「んで、結局、進路はどうすんのよ?」
「んー……どうなんだろ?よくわかんないや」
「んー……どうなんだろ?よくわかんないや」
呑気すぎる表情には、受験生らしい緊張感のかけらもない。私は参考書コーナーに用があったのだけれど、こなたが覗いたのは漫画コーナーだけだった。
あまりに呆れたので、言ってやった。
あまりに呆れたので、言ってやった。
「あんたももうちょっと焦りなさいよ。置いていかれかけてるの分かってる?」
「んー、そーだね」
「んー、そーだね」
正直に言うと私は、いつになく苛立っていたのだ。どうする気だよコイツ、とか、心配してやってるのに、とか、なんで本人より私の方が焦ってるのよ、とか色々な感情が混じり合ってぐちゃくちゃで。それで止まらなかったのだ。
「あんまりふらふらされてても、みんなに迷惑だって分かってる?」
すぐ後ろを歩いていたこなたの足音が止まった。
「……うん。そだね。かがみんにこれ以上迷惑かけられないや」
「へ?」
「へ?」
私はびっくりして振り向いた。うつむいて立ち止まっていたのは、いつも以上に小さく見えるこなただった。
もっと、笑って適当にごまかすとか、そんなゆるいリアクションを予想していたのに。真面目に返されて、私は言葉を失ってしまう。
もっと、笑って適当にごまかすとか、そんなゆるいリアクションを予想していたのに。真面目に返されて、私は言葉を失ってしまう。
「もう歩調合わせようとしないでいいよ。置いてっていいよ」
風がいちだんと冷えた気がした。枯れかかった街路樹が散らした葉が、小さな音を立てて傍らをすり抜けてゆく。私の少し後ろで立ち止まったままのこなた。数メートルの距離がなんでこんなに遠いんだろう。
遠すぎて、なんて言っていいのか全然思いつかなかった。
遠すぎて、なんて言っていいのか全然思いつかなかった。
「いやっ、えっと、そっ、そういう意味じゃ……」
「私、好きだよ。かがみんのこと」
「私、好きだよ。かがみんのこと」
小声でぽつりとつぶやくのがあまりにも唐突だから、危うく聞き逃しそうになった。
「な、なによいきなり改まって……?」
「かがみ、好き」
「かがみ、好き」
こなたの表情を見た時、私には直感的に理解できてしまった。もっと鈍感だったらよかった、と思った。気付かなければよかった、と思ってしまった。
「そ、そんなの、わ、分かってるわよ、一応、友達なんだし……」
顔が赤くなる。しどろもどろ。歯切れ悪く言って、後悔した。大失敗。分かり切ってるのに。その「好き」とは別の「好き」だと、こなたは言っているのに。
たぶんこなたには私が理解していることもばれている。私が理解して、その上で全力でいいかげんにごまかして返事をしたことだって分かっているだろう。
たぶんこなたには私が理解していることもばれている。私が理解して、その上で全力でいいかげんにごまかして返事をしたことだって分かっているだろう。
「……ああ、うん、そだね、あはは」
その上でこなたは笑った。笑ったのだ。それから私がなにか言う前に、あ、そだ、アニメの録画予約忘れてた、早く帰んなきゃ、じゃあねかがみ、なんて、早口で言って走り去っていってしまった。
ちょっと呆然として、それでも混乱を収めようとしながら、私は軽く血の気が引いていくような気分だった。
これってつまり、拒絶、ってことじゃないか。全力でぶつけてきたこなたを、言葉ではっきり断るより酷いやりかたで拒絶したってことじゃないか。
自分がどれくらいこなたを抉ってしまったのか、見当もつかなかった。
せめてもっと慎重に言葉を選べなかったのか、と苦々しい気分になりながら、そこにすら幾分かの保身ぽい感情が交ざっていることに気付いて自己嫌悪はますます深まった。胸のどこかが、罪悪感に似たもので、きりきりと痛んだ。
これってつまり、拒絶、ってことじゃないか。全力でぶつけてきたこなたを、言葉ではっきり断るより酷いやりかたで拒絶したってことじゃないか。
自分がどれくらいこなたを抉ってしまったのか、見当もつかなかった。
せめてもっと慎重に言葉を選べなかったのか、と苦々しい気分になりながら、そこにすら幾分かの保身ぽい感情が交ざっていることに気付いて自己嫌悪はますます深まった。胸のどこかが、罪悪感に似たもので、きりきりと痛んだ。
家に帰って新聞を見た。こんな時間帯、アニメなんて、どこのチャンネルも流していなかった。
さらさら、とペンが流れる音がする。珍しく無駄話もせずに、こなたはずっと問題を解き続けていた。時折、分からないところを私に訊いてくるくらいで、お互い口もきかずにもう3時間ほどになる。
数学の過去問を先に解き終えた私は、こなたがペンを置くのを待った。
数学の過去問を先に解き終えた私は、こなたがペンを置くのを待った。
「答え合わせ終わったら、休憩にしよっか」
「あ、うん」
「あ、うん」
赤ペンに持ち替えたこなたに声をかけたけれど、素っ気ない返事ばかりだ。
少しして、こなたがお茶を取りに部屋を出ていった。そこでようやく緊張の糸が切れた私は大きくため息をついた。
本当はこの週末、3人で勉強会をすることになっていたのだった。言い出しっぺのつかさはというと、風邪をひいて家で寝ている。そんなわけで、私たちは2人きりなのだった。
少しして、こなたがお茶を取りに部屋を出ていった。そこでようやく緊張の糸が切れた私は大きくため息をついた。
本当はこの週末、3人で勉強会をすることになっていたのだった。言い出しっぺのつかさはというと、風邪をひいて家で寝ている。そんなわけで、私たちは2人きりなのだった。
……まったく、なんで私ここに来ちゃったんだろう。
昨日の今日だ、気まずくないわけがない。なんで私がここにいるのか、自分で自分の理解に苦しむ。
つかさの具合が悪いと分かった時点で、なんのかんのと理由をつけてキャンセルしてしまえばよかったのに、と私は思う。それなのに、気付いたら1人で、普通にインターホンを押していたのだ。
つかさの具合が悪いと分かった時点で、なんのかんのと理由をつけてキャンセルしてしまえばよかったのに、と私は思う。それなのに、気付いたら1人で、普通にインターホンを押していたのだ。
「最っ低……」
独り、部屋の中で自身の判断ミスを呪う。こなたと二度と笑い合えなくなるかと思うと、じくじくとしつこく続く胸の痛みが、いっそう気になった。
ドアが開く音が聞こえて、私は急いで強張った表情を解きほぐす。少なくとも、その努力はした。
入ってきたこなたは、お盆を器用に片手で支えて部屋の扉を閉めた。麦茶の入ったグラスが揺れて、氷が小さくからんと鳴る。アンバランスなお盆を受け取りに立つタイミングすら逃して、私は結局座ったままでいた。
こなたはお盆を机の上に置いてそのまま、席には着かず離れていった。窓際まで歩いていくと、レースのカーテン越しの空を見て今ようやく気付いたように小さく声を上げた。
ドアが開く音が聞こえて、私は急いで強張った表情を解きほぐす。少なくとも、その努力はした。
入ってきたこなたは、お盆を器用に片手で支えて部屋の扉を閉めた。麦茶の入ったグラスが揺れて、氷が小さくからんと鳴る。アンバランスなお盆を受け取りに立つタイミングすら逃して、私は結局座ったままでいた。
こなたはお盆を机の上に置いてそのまま、席には着かず離れていった。窓際まで歩いていくと、レースのカーテン越しの空を見て今ようやく気付いたように小さく声を上げた。
「あ、雨」
私は黙っていた。それはこなたの独り言だと思っていたからだ。
小さな声で、ねえかがみ、と呼ばれて、やっと話しかけられていたことが分かった。
小さな声で、ねえかがみ、と呼ばれて、やっと話しかけられていたことが分かった。
「あのさ、傘、持ってきた?」
「天気予報、見たから。折り畳みだけど」
「天気予報、見たから。折り畳みだけど」
窓際で外を眺めているこなたは、決して私の顔を見ようとしなかったけれど。それは、今日初めての会話らしい会話だった。
「かがみはさ、いっつも、私に迷惑かけないよね」
確かに今まで、こなたに頼み事とかをした覚えはほとんどない。だからって、ああそうね、なんて返してしまえるような気分でも空気でもなかった。
昨日の話だ、と私は悟った。そして、その話題を持ち出すということは、こなたが自分で自分の傷口を掻き回すということなのだ。
ぽつぽつと、語り始める。
昨日の話だ、と私は悟った。そして、その話題を持ち出すということは、こなたが自分で自分の傷口を掻き回すということなのだ。
ぽつぽつと、語り始める。
「今まで私がどんなに迷惑かけても、結局かがみは優しいかがみだった」
──だから、嫌われはしないかな、って。そう見越してあんなこと言ったんだけど、と、何でもないことのように言ってのけるこなたが、少し震えているのに私は気付く。
「だから、私はずるい。ずるいし、卑怯だ。」
どうして、こいつは。前の日にめいっぱい自分を傷つけた人間に向かって、自分が卑怯だなんて言えるんだろう。
「でもほんとは迷惑だったよね。ごめんね、怒っていいんだよ。嫌っていいんだよ。迷惑だって切り捨ててよ」
そんなわけない。言葉が出ない。なんで謝るんだろう、なんで私が優しいなんて思えるんだろう。私はこんなにもエゴイストで、本当に優しいのはこなたのくせに。
「かがみんが優しいからできないって言うんなら、そんな優しさは痛いから、ごめんね、もういらないよ?」
くるり、と窓に背を向けて、こなたは私に顔を向けた。昼なのに急速に薄暗くなりつつある部屋の中では、こなたの表情がまるっきり量れない。それでも、酷く追いつめられているのは間違いないのだ。
違う、って言いたかった。こなたの肩をつかんで、そうじゃない、って言いたかった。だけど、一歩前に出た瞬間にはもう動けなくなった。落雷があったみたいな気分だった。
違う、って言いたかった。こなたの肩をつかんで、そうじゃない、って言いたかった。だけど、一歩前に出た瞬間にはもう動けなくなった。落雷があったみたいな気分だった。
「来ないで」
こなたが私に向けて、はっきりと拒絶の言葉を吐いたのだ。静かな声だった。
「ごめんかがみん、触んないで。だってそれだけで期待しちゃうよ、私」
そう言いながら柔らかく笑うこなたは、笑ってるのになんでこんな泣いてる顔してるんだろう。声のトーンだって穏やかなのに、なんでこんなに悲鳴なんだろう。
聞こえてないはずのこなたの悲鳴が頭の中には大音量で響いて、ぐわんぐわんって鳴ってる。その音が私の呪縛を解いた。
聞こえてないはずのこなたの悲鳴が頭の中には大音量で響いて、ぐわんぐわんって鳴ってる。その音が私の呪縛を解いた。
「……うるっさいわよ」
わざと乱暴に言う。強引に手をつかんで、こっちに勢いよく引き寄せた。バランスを崩して倒れ込んでくる小柄な身体を、力いっぱい抱き留める。身構えていたせいか、思ったよりよろめかなかった。
私の腕の中で、こなたはしばらく黙っていた。完全にくっついているせいで、表情とかは全然見えない。でも分かる。肩に頭を当てたこなたの、くしゃりと歪んだ顔が見える。
私の腕の中で、こなたはしばらく黙っていた。完全にくっついているせいで、表情とかは全然見えない。でも分かる。肩に頭を当てたこなたの、くしゃりと歪んだ顔が見える。
「かがみん、だめだよ。だめだって」
相変わらず静かに、だけどさっきよりずっとかすれた声でこなたは言った。
「ねえ、離してよ?私のこと分かってなんて欲しくないんだよ……」
だったら、おずおずと伸ばしてきたその手はなんだ。小さなてのひらはこんなに必死で私の背中にすがりついているのに。
問い詰めるかわりに、抱く力を強めた。腕の中の存在は、消えてしまいそうな、儚い脆い、なんて、たよりない。そのくせ熱っぽい、ほそっこい、身体。ぎゅうっ、ときつく抱きしめても、圧力のままにそのちっこい肩が内へ内へと自然消滅を起こしそうな気がする。
問い詰めるかわりに、抱く力を強めた。腕の中の存在は、消えてしまいそうな、儚い脆い、なんて、たよりない。そのくせ熱っぽい、ほそっこい、身体。ぎゅうっ、ときつく抱きしめても、圧力のままにそのちっこい肩が内へ内へと自然消滅を起こしそうな気がする。
「ああ、だめだ、私。またこんなに、甘えちゃってるよ」
どこか諦めたような口調で、こなたはつぶやく。私は返事をしなかった。
ただ、こいつが今何を言っても、この手は離すまい、とだけ思っていた。
ただ、こいつが今何を言っても、この手は離すまい、とだけ思っていた。
「私は、卑怯、だよ、ずるいんだよ、こんなに頭悪いんだよっ……」
息を詰まらせながら、こなたが言葉を吐き出す。静かになったり、昂ぶったり、ひどく不安定なこなただった。
「それでもかがみんがこうやって抱いてくれるなんて……思わなかったよ、ははっ」
いつもの自分をなぞっているのか、口調と内容が全然合ってない。ひどいもんだった。自然に言えないなら、そんなへたくそな演技しなくたっていいのに。私だって、言えた義理じゃないけれど。
「……っ……思って、なかったんだけどな……っ」
そうやって声を震わせるこなたは、私の胸に顔を埋めたまま静かに泣いているのだった。 私はそんなこなたを抱きかかえたままで、視線だけで別のところを眺めていた。雨に濡れた窓ガラスは、薄暗い外の景色をモザイクみたいに滲ませている。
──ほんの少しの衝撃で、水の粒どうしがくっついて、零れて。
ガラスの表面を見つめながら、浮かんだのはそんなイメージ。
私はずっと表面張力の限界ギリギリのところにいたのだ。そして今、私の体はすでに答を示しているじゃないか。
毎日わざわざ他のクラスにお昼を食べに行ってしまう私の習性とか、こなたに対する苛立ちとか、罪悪感の表れだと思っていた胸の痛みとか。
つまりは、そういうことだったのだ。
私はずっと表面張力の限界ギリギリのところにいたのだ。そして今、私の体はすでに答を示しているじゃないか。
毎日わざわざ他のクラスにお昼を食べに行ってしまう私の習性とか、こなたに対する苛立ちとか、罪悪感の表れだと思っていた胸の痛みとか。
つまりは、そういうことだったのだ。
……ああ私、零れちゃったんだ、今。
ちゃんと自覚して、心の中でつぶやく。心臓の辺りのきりきりじくじくした痛みは、いつの間にか治まっていた。
だから私は、逃げっぱなしの臆病な私は覚悟を決めたのだ。
だから私は、逃げっぱなしの臆病な私は覚悟を決めたのだ。
「こなた」
へんじがない。ただのしかばねのようだ。って、こいつなら言うだろうな、と思った。
「こ・な・た」
「……返事、しないよ?」
「してるじゃない……」
「……返事、しないよ?」
「してるじゃない……」
腕の中のこなたの頭のてっぺんにおでこをつけて、なるべく簡潔に聞こえるように言葉を選んでいく。
「ごめん、謝る。私、誤魔化した」
私の胸のあたりで、小さく息を呑む感じがした。まるで箇条書きだったけど、そのまままた黙り込んでしまったこなたに、体ごと語りかけるように、話し続けた。
「分かってたのに、誤魔化した。たぶん、ほんと酷いこと言った。ごめん」
「それから、全然迷惑じゃない」
「私は間違いなく、あんたに支えてもらってる」
「私は優しくないし、あんたは甘えてない」
「それで、好きだから」
「それから、全然迷惑じゃない」
「私は間違いなく、あんたに支えてもらってる」
「私は優しくないし、あんたは甘えてない」
「それで、好きだから」
「…………へ?」
少しの間があってから、こなたは妙な声を上げた。
だから私は深呼吸する。昨日私が逃げた場所へと立ち戻るために。腕の中の存在に告げるために。どんな言葉よりはっきりと、聞き返されることのないように。
だから私は深呼吸する。昨日私が逃げた場所へと立ち戻るために。腕の中の存在に告げるために。どんな言葉よりはっきりと、聞き返されることのないように。
「こなたが、好き」
ひゅうっ、と息を吸う音を立てて、こなたは硬直した。
私は、ただ待った。しばらくして、ようやく硬直が解けたこなたが、警戒した様子で見上げてくる。問いかけは、詰問口調の鋭い声だった。
私は、ただ待った。しばらくして、ようやく硬直が解けたこなたが、警戒した様子で見上げてくる。問いかけは、詰問口調の鋭い声だった。
「かがみん、それは優しさ?」
信用されてないな、私。当然か。
首を横に振る。
首を横に振る。
「違う」
きっぱりと言い切れた。優しさだけで世間的な茨道を行こうとは思えない。私は、だってエゴイストだから。
「じゃあ何?」
視線が少し厳しい。こなたはもう、はっきりと目を合わせてきた。
少し考えて、答えた。
少し考えて、答えた。
「ただこなたを離したくないだけ」
そのままこなたの後頭部を押さえ込んで、私を見ているその顔を胸に抱え込んだ。思ったより素直にされるがままになっているこなたは、頭をこっちに預けたまま、大きく息をつく。途端にふっと、あたりの空気が和らいでいた。
「あんたが思ってるより、ずっとエゴイストなのよ私は」
「ん、そかもね」
「ん、そかもね」
軽く同意しておいて、でもね、とこなたは続ける。
「それでも優しいんだよ。かがみんは、やっぱり私のかがみんだから」
そんなことを言いながら、まだ涙目のこなた。昨日の夜からさっきまで、ずっとすごく痛かっただろうに。私を責めるなんて思いつきもしなかったくせに。優しいのはどっちよ、と心の中で軽く悪態。
「あのさ、かがみん。迷惑じゃなかったら──」
「迷惑とかはもういいから」
「迷惑とかはもういいから」
まだ言ってやがるよ、こいつ。と、ちょっと呆れる。意外にネガティブな、こなたの側面だった。
「うん、じゃあさ……えっと、なんていうかその……」
こなたが、もごもご言いよどむ。顔が赤い。
「かがみ、キス、しよ」
黙って頷く。こういう時、なんて言っていいか分からないから。
そっと手を伸ばして、こなたのほっぺたに触れた。あったかい。ぷにぷにと柔らかい、すごく安らぐ感触が、掌から私の体に流れ込んでくる。心の中が、こなたで満たされていく。
それが合図だったみたいに、こなたは目を閉じる。心臓がわけの分からない音を立ててる気がする。私も目を閉じて、そっと唇を重ねた。
じわりと熱が伝わる。唇って、こんな柔らかいんだ。私もこなたも息は止めたままで、どきどきして、胸が詰まって、足の先から私の中に幸せな感情が溜まっていった。
そっと手を伸ばして、こなたのほっぺたに触れた。あったかい。ぷにぷにと柔らかい、すごく安らぐ感触が、掌から私の体に流れ込んでくる。心の中が、こなたで満たされていく。
それが合図だったみたいに、こなたは目を閉じる。心臓がわけの分からない音を立ててる気がする。私も目を閉じて、そっと唇を重ねた。
じわりと熱が伝わる。唇って、こんな柔らかいんだ。私もこなたも息は止めたままで、どきどきして、胸が詰まって、足の先から私の中に幸せな感情が溜まっていった。
ああ、幸せだ。……なのに、これはなんていう空虚なんだろう。
底なしの空腹のような、こなたへの飢え。触れた唇は、抱き寄せている身体はあったかいのに。なんでこんなに孤独なんだろう。苦しくて、こなたの細い腰を、折れるんじゃないかと思うほど力任せに抱きしめる。
触れあえる身体は、逆に言えばこなたと私を隔てている。1+1はやっぱり1+1で、2になれればまだいいほう、ましてや決して1にはなれないのだ。
触れ合う部分をさらに強く押しつけながら、私は悟ってしまった。
私はやっぱり独りで、こなたもやっぱり独りなんだ。私の思いこみかもしれないけど。
触れあえる身体は、逆に言えばこなたと私を隔てている。1+1はやっぱり1+1で、2になれればまだいいほう、ましてや決して1にはなれないのだ。
触れ合う部分をさらに強く押しつけながら、私は悟ってしまった。
私はやっぱり独りで、こなたもやっぱり独りなんだ。私の思いこみかもしれないけど。
そう思っていたら、唇を離したあと、戸惑ったように、こなたがほんの少し笑ったのだ。すごく寂しそうな、でも澄み切ったきれいな笑顔だった。
それで判った。たぶん、こなたも同じところにいる。向かい合って触れ合っていて、でもガラス越しで、体温だけは伝わってくるような。そんな場所にいる。
急に照れくさそうな顔になったこなたが、吹っ切るように明るい声を出した。
それで判った。たぶん、こなたも同じところにいる。向かい合って触れ合っていて、でもガラス越しで、体温だけは伝わってくるような。そんな場所にいる。
急に照れくさそうな顔になったこなたが、吹っ切るように明るい声を出した。
「あは、かがみん真っ赤ー」
「あんたもね」
「あんたもね」
笑って応えると急に現実に引き戻された気がする。それはたぶん、こなたなりの気の遣いかただった。けれど、2人とも気付いていたのだ。私たちはもう、元の場所にはいない。
酸素不足で上がった息を落ち着けて、どちらともなく床に座り込んだ。お互い少し体重を預けて、ただ触れ合う。こなたの長い髪は触っているだけで気持ちいい。しばらく撫でていたら、こなたの手が私に伸びてきて、髪のリボンをするりと解いていった。
ほどけた髪がこなたのものと混ざり合う。それはなにかを暗示してるみたいで、私は考えてしまう、ああ、これからどうしよう。
酸素不足で上がった息を落ち着けて、どちらともなく床に座り込んだ。お互い少し体重を預けて、ただ触れ合う。こなたの長い髪は触っているだけで気持ちいい。しばらく撫でていたら、こなたの手が私に伸びてきて、髪のリボンをするりと解いていった。
ほどけた髪がこなたのものと混ざり合う。それはなにかを暗示してるみたいで、私は考えてしまう、ああ、これからどうしよう。
……私は、なんてものを覗いちゃったんだろう。こうなったらもう、こなたのことを考えるしかないじゃないか。
それはなんて絶望的なんだろう。
目眩のするそんな考えに、私の口は反射的に動いていた。
目眩のするそんな考えに、私の口は反射的に動いていた。
「こなた」
こなたは小さく、うん、と頷いただけで黙っている。同じものを抱えたこなたには、何もかも見透かされてるんだろう。
外はまだ昼間だというのに私は、月のない夜の海を思い浮かべていた。濃紺の平坦がどこまでも続いているみたいな気分。静かだけど、凪ぎすぎていてかえってざわめくのだ。
手を伸ばした先のこなたの頬はキスの前と変わらず柔らかくて、ようやく私は安心する。こなたも私の腰に手を回して、背伸びするように頭をすりよせてくる。
大丈夫だ、と私は思う。私は独りでも、私たちは一人じゃない。
今日こうして行き詰まったとして、明日になったらきっと、こんな孤独のことは忘れて歩いていける。きっとそうだ。
外はまだ昼間だというのに私は、月のない夜の海を思い浮かべていた。濃紺の平坦がどこまでも続いているみたいな気分。静かだけど、凪ぎすぎていてかえってざわめくのだ。
手を伸ばした先のこなたの頬はキスの前と変わらず柔らかくて、ようやく私は安心する。こなたも私の腰に手を回して、背伸びするように頭をすりよせてくる。
大丈夫だ、と私は思う。私は独りでも、私たちは一人じゃない。
今日こうして行き詰まったとして、明日になったらきっと、こんな孤独のことは忘れて歩いていける。きっとそうだ。
「こなた」
また、呼んだ。
呼ばずにいられなかった。他の選択肢はなかった。私はその正解を確かめるように、抱きしめて指でなぞる、何度も。
今日はもう勉強どころじゃない。そう思いながら私は、重心を移してこなたの上に体を預けた。
麦茶の氷はすっかり溶けてしまっている。机の上でぬるい麦水に成り果てている。倒れ込む衝撃で、グラスの表面の水滴が一気に流れ落ちるのを横目に認識しながら、私たちはもう一度唇を合わせた。
呼ばずにいられなかった。他の選択肢はなかった。私はその正解を確かめるように、抱きしめて指でなぞる、何度も。
今日はもう勉強どころじゃない。そう思いながら私は、重心を移してこなたの上に体を預けた。
麦茶の氷はすっかり溶けてしまっている。机の上でぬるい麦水に成り果てている。倒れ込む衝撃で、グラスの表面の水滴が一気に流れ落ちるのを横目に認識しながら、私たちはもう一度唇を合わせた。
「ねえかがみ」
熱っぽくなりはじめた息に混じって囁きながら、こなたは私を見上げる。
「かがみは、いなくならないでね」
こなたの手が少し震えている。励ますように、自分に言い聞かせるように、私はその手をそっと握った。
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- (≧∀≦)b -- 名無しさん (2023-04-24 01:49:07)
- ありありと情景が浮かんできます。いい作品でした。GJ! -- 名無しさん (2010-06-26 12:46:57)
- 名作ですな -- 名無し (2010-04-03 18:49:56)
- いいっすね! -- 名無しさん (2010-02-22 18:28:03)
- すごく密度が濃い。文章に引き込まれる。 -- 名無し (2009-06-22 01:30:23)
- すげぇな…鳥肌たった -- 通りすがりのらき☆すたファン (2009-05-24 00:43:23)
- 良い話だな……GJGJGJ -- 名無しさん (2008-07-23 22:46:40)
- このような大作が埋もれてるのが悲しい -- 名無しさん (2008-07-23 22:15:38)
- いい話や~~!! -- 名無しさん (2008-03-15 19:39:25)
- GJの一言!!!!!!!!!!!!!!
-- 九重龍太 (2008-03-15 00:46:33) - やっぱり好きだ、この話 -- 名無しさん (2008-03-11 18:38:15)
- これはいいかがこな -- 名無しさん (2008-02-25 23:37:32)
- すげえ -- 名無しさん (2008-01-20 02:36:59)
- GJ -- 名無しさん (2007-12-10 02:05:04)
- これはGJすぐる! -- 名無しさん (2007-10-05 23:15:29)
- ぬう。 -- 名無しさん (2007-09-28 01:00:11)