「――――へ?」
予期せぬクルミの反応に、斗的は目をまんまると見開く。
「いや、誰って…………愛媛蜜柑って名乗ったはずだけど……」
「だって、写真と全然違うじゃないですか」
途端、
斗的は真っ白に凍りつく。
――……写真?
そうだ……考えてみれば、当然かもしれない。蜜柑の学校を知っている連中が、顔写真を持っていても不思議じゃ無い。
じゃあ、どうする? このままここにいると、巻き込まれる可能性がある。蜜柑の名を騙った自分に対しても制裁を加えてくるかもしれない。となれば決まっている。さっさと逃げ、
――ようとした瞬間、響く爆音。炎の壁が視界を覆う。
「――――うおわッッ?!!」
慌てて急停止。足裏から悲鳴。炎は目の前。顔面スレスレ。つんのめる。前倒しになるも爪先で踏ん張ってこらえる。
何が起こったのかわからない。気づけば斗的は、灼熱のリングみたいな炎に取り囲まれている。オレンジの火先はゆらゆらと、されど力強く燃え盛る。透き通った炎の先は斗的を飲み込まんと蠢く舌のように、周囲の大気を舐めまわし、溶かすように陽炎を形成している。
「…………」
斗的は口を開け放ち、言葉を失う。
まるで石膏漬けにされたかのように、体がピクリとも動かない。
目の前の炎にあぶられ、みぞれのように透き通った肌にうっすら紅がさす。
頬からは、玉のような汗が一筋。熱いからではない、背筋が凍りつくように寒い時に噴きだす汗――――冷や汗だ。
そんな斗的の背後から、ゆっくり、ゆっくりと、確実に近づいてくる者がいる。クルミだ。
「……そういえば、データにありましたわ。愛媛蜜柑には、白髪頭の親友がいるとか」
――ピキッ
「誰が白髪だコラァッッ!!!」
白髪の一言にブチギレ、裏拳をかます勢いで振り返る斗的。対し、口角を吊り上げ、ニヤッと笑うクルミ。
「――――はッ!!!」
斗的は慌てて口をつぐむ。が、もう遅い。
「ふふっ、やっぱり思ったとおり。あなたの名前は――鷹栖斗的。そうでございましょう?」
――――バレてるッ
間違いない。
間違いなくクルミは、たった今、「鷹栖斗的」と言った。
斗的が女になっているのに関わらず、クルミは正体を見破ったのだ。
男子用ブレザーを着ているとはいえ、今の斗的はどこから見ても女子。
なのに…………なぜ?
だが、斗的には考える時間がなさそう。
「そう、鷹栖斗的……――なら、あなたも同罪ですわ」
クルミの標的が蜜柑から斗的に移ったらしいから。
「ちょっ……待ってくれよ!! オレも蜜柑に脅されて仕方なく――」
「おだまりなさいッ!! 人の性格は親の育て方と人付き合いによって決まるのです!! ――腐った芽は早めに刈り取らないと、この日本の将来が心配ですもの」
斗的は内心「あ? 心配なのはイカれたタイツコスチュームを着たテメェらの頭だボケッ!!」と思ったが、相手を刺激したくなかったので黙っておくことにした。
「さぁ、『ヘルフェニックス』!! 自慢の炎で、鷹栖斗的を懲らしめてやりなさいッ!!」
陽炎を纏い、空中よりゆるゆると降下してくるのは、血のように赤き不死鳥。風に舞い、燃ゆるような羽飾り、猛禽類のように鋭い眼、鋭利なナイフを思わせる漆黒のクチバシ、両腕の火炎放射器には炎の翼を模した飾りが。不死鳥型メダロット「ヘルフェニックス」。しかも、先程の炎の威力から見て、違法改造が施されている。
…………どうする? はっきり言って、超が付くほどヤバイ状況。炎の壁に遮られた空間にいるのは、斗的とクルミ、それにロボロボ団員のみ。飛行型メダロットを持ち合わせていないため、逃げる手段はない。
なら、やるべきことは決まっている。決めるしかない。
――――覚悟を。
斗的は地面を踏みしめ、足を肩幅まで開く。
ふわりと風に流れる銀髪。
射抜くような視線の先は、まっすぐクルミへ。
握り締められた拳は、固い決意の表れ。
「…………わかった……お望みどおり、オレはもう逃げも隠れもしねぇ……」
多分、そろそろ先生方がセレクト隊を呼んでいる頃だろう。
「はっきり言っておくが……オレはお前ら全員を追い払うくらいの力を持っている……」
だけど、無能なセレクト隊のことだ。きっと、ロボロボ団を取り逃がすはず。
「戦いは腹が減るだけ、なんて言ってるやつがいたけど本当に無駄なもんだな……勝利するたびに次の戦いについて考えなきゃいけないんだからよ。マジで安心もクソもねぇ……」
そう、きっとロボロボ団はこれからも斗的を狙うだろう。斗的がこの世からキレイサッパリ消滅でもしない限り。
――――だからっ!
「お前らがもう二度と戦う気を無くすくらいっ!! 恥ずかしくて人様に話せないくらいっ!! ――――お前らをボロボロのズタズタにしてやるよっっ!!!」
そう、「あの人」に教わった、平穏で心安らぐ日々を守るために。
斗的は左拳を空に向かって高々と掲げて構える。メダロッチを。
「――――メダロット、転送ッ!!!」
メダロッチから緑色の閃光がほとばしると共に現れるのは銀色の甲冑を身に纏ったガマン。鎧は、明々と輝く炎を静かに映し出している。まるで、抑えきれない闘志をその身から溢れさせているかのように。
「オレとロボトルしろクルミとかいう女っ!! そして約束しろっ!! お前らが勝ったら、オレと蜜柑は全裸で町内一周してやるぜ!! しかも、全身に『ロボロボ団の皆様ごめんなさい』と書いた紙を体に貼って、逆立ちしながらだっ!!」
斗的はクルミをビシッと指差し言い放つ。
「その代わり、オレが勝ったらこれ以上オレらを狙うんじゃねぇ!! 学校にも二度と来るな!! 蜜柑にはあんな馬鹿な真似しないようオレが言っといてやるからよぉ」
斗的が口を閉じると同時に、静寂が場を支配する。聞こえるのは、風に炎が揺らぐ音だけ。
睨み合う、斗的とクルミ。お互いまっすぐに相手の目を見据え、一歩も引く様子は無い。
やがて、クルミは静かに口を開く。
「…………構いませんわ。条件を飲みましょう」
途端に、団員達が口々に騒ぎだす。
「ろっ、ロボっっ?!! く、クルミ様っ!! それは真剣と書いてマジロボかっっ!!?」
「これで負けたら首領や四天王から大目玉食らうロボよっっ!!!」
が、クルミはキッと眉を吊り上げ、団員を一喝する。
「おだまりなさいっ!! 四天王親衛隊たるこのわたくしが万に一つでも負けるとでも思っているのですか?」
「そ、それは……」
団員達は言いよどむ。その様子を目にし、クルミは不敵にほくそ笑む。
「――安心なさい。わたくし達には、切り札があるじゃないですか」
自信に満ちた表情でクルミは腕組みする。
斗的の読み通り、クルミはプライドが高く生真面目な性格らしい。斗的の誘いにしっかり食いついてきたのがその証拠。恐らく、自分の力に絶対の自信があるのだろう。切り札というのが気になるが、今はクルミとのロボトルに勝つことだけ考えよう。
「ふん、どうやら話は決まったようだな」
「ええ……あなたの無謀な勇気に免じて、団員には手出しさせませんわ。あなたと後ろにいるお友達、二人まとめてかかってきなさい」
「後ろにいる友達?」
妙なことを言うものだと思い、斗的は何気なく振り返る。そこには、
――セーラー服を着た磨智がいた。
「…………なんでお前がここにいるんだよ」
「いや、師匠の正体がばれちゃったから、心配になって駆けつけちゃったんス! そしたら炎に囲まれちゃって……」
さっき見回した時、全く気づかなかった。忍者かこいつは。
「やっぱりほら、女の子をひとりで行かせるのは忍びないっスから」
磨智が頬をかきながら言った何気ない一言が、斗的の逆鱗に触れる。
「女扱いするなぁああっ!! つか、この状況じゃどっちかというとお前が女だろっ!! なんでお前はセーラー服着て違和感ねぇんだよ!!」
「いやいやいやいや! 師匠、男子用の制服着てても女の子にしか見えないスから。ていうか、僕は師匠が襲われて傷物になったら心配だと……」
「うっせぇ!! 磨智のクセに生意気だっ!!」
「ちょっ、なんスかその差別的言い回し!? てか、その台詞聞いたことある! 金曜日の夜7時辺りに聞いたことある!」
状況を忘れて言い争いを始める斗的と磨智に対し、クルミは溜息を吐く。そして言い放つ。
「痴話喧嘩はそれくらいにしていただけますかしら?」
「痴話喧嘩じゃねぇええええええっっ!!!」
鷹栖チーム ガマン(ナイトアーマー):鷹栖斗的(左腕:サムライセイバー)
シアック(シアンドッグ):成城磨智
長野チーム ブラックメイル:長野クルミ
ヘルフェニックス:長野クルミ
ロボトルファイト!!
最終更新:2007年11月09日 12:21