「ヒットアンドアウェイ……か」
 磨智とヘルフェニックスの戦いを遠目にボソリと呟く斗的の姿を見て、クルミは得意げに微笑む。
 「ええ。攻撃後すぐ上空へと逃れ、相手の技を食らわないようにするテクニック」
 「そのためにヘルフェニックスの装甲大分削ってるだろ。いいのか? シアックの攻撃は中の上だけど、今の装甲じゃ結構痛いダメージになるぞ」
 「そんなことはわかっていますわ。……でも、わたくしのヘルフェニックスは易々と攻撃を食らったりはしません!」
 ロボトルの勝敗を決める鍵は、完璧なる戦略にこそある。その中でも、ヒットアンドアウェイは攻撃と保守に優れた完璧なもの。自分とヘルフェニックスの二人で、何度も練習した甲斐があった。練習は嘘をつかない。
 「どんなに強力な攻撃も、当たらなければどうということありませんわ!」
 「なるほどな、だからお前のヘルフェニックスは赤いのか」
 「? なにを言っているのかわかりませんわ。……それより、あなたは攻撃しなくてもよろしいので? 成城磨智はあちらで一所懸命戦ってるのに」
 「チッ、嫌なやつだなお前。オレが攻撃できないのわかってるくせによ」
 そう。クルミは、自分が攻撃されないわけを知っている。斗的はもう一体のメダロット「ブラックメイル」を警戒しているのだろう。
 ブラックメイルは静かに獲物を見据え、立ち尽くしていた。碇を逆さにしたような角、山羊に似た顔つき、蝙蝠の羽を模した肩飾り、ひづめのような二本の鉤爪、隅々まで漆黒の装甲……揺らぐ炎を背景に、黒々としたシルエットを浮かべる様は、まさに悪魔。
 「ブラックメイル――某内戦国で避難した民間人をかくまう教会警備のため、メダロット社が例外的に兵器として開発した悪魔型メダロット……」
 斗的はブラックメイルを睨みつけるように注視しながら呟く。
 「ふふっ。鷹栖斗的、少しは物を知っているみたいですわね」
 間違いない。やはり斗的はブラックメイルを恐れている。万が一を考えてブラックメイルを持ってきたのはどうやら正解だったよう。十分なプレッシャーを相手にかけることができた。
 「なるほどな、切り札ってのはこいつか。確か、戦車とタイマンはれるくらいの装甲と攻撃力だって?」
 「それぐらいじゃないと一般市民は守れませんから。……まぁ、そのせいで少々他のメダロットより動きが鈍いという欠点を抱えてますが」
 「へぇ……うちのガマンと一緒で近距離パワー型ってやつか」
 近距離パワー型とは、射程距離が短く、一発の威力が大きいタイプのこと。ガマンやブラックメイルもこのタイプに属す。
 一般的に近距離パワー型は、動きが鈍く、しかも攻撃が大振りで隙が出来やすいと言われている。事実、鎧を着たガマンや重装甲のブラックメイルには、素早い動きができないはず。つまり、先に攻撃した場合隙が出来、そこを後から攻撃されたヤツに突かれる危険性があるというわけだ。
 斗的やクルミが動かないのも、隙を作らないためであろう。
 「クソ長い説明だな。もっと簡略にできないのかお前。――てか、弱点ばらしちまっていいのかよ?」
 「ハンデですわ。圧倒的力を目の前にし、絶望している可哀想なあなたへのね」
 「本当に嫌なやつだな。修学旅行で班決めする時、絶対最後まで余るタイプだろ?」
 斗的は憮然とした表情で悪態をつく。しかし、クルミは余裕の表情で腕組みする。どう言われようとも、今のクルミには負け惜しみにしか聞こえない。
 「ふふ、あなたに性格診断をされる謂れはありませんわ。なんとでも言いなさい」
 「余り物余り物余り物余り物! あ・ま・り・も・のっ!」
 「誰が何度でも言えと言いましたかっ!! ――ブラックメイルっ!!!」
 クルミがヒステリックに叫ぶ。

 同時に、ブラックメイルの瞳に赤々と灯が点る。
 ――低い唸り声。
 ――ギチギチと軋む間接の音。
 それは、黒き悪魔の胎動に相応しき福音。

 途端に、斗的は慌てふためく。
 「ちょちょちょちょちょおっっ!!? 待ってくださいよクルミさん!! いやっ、クルミ姉貴ぃいっっ!!! オレ、ちょっと調子こいちゃっただけなんだってぇっ!!! いや、本当に悪気はないのっ!! これホント!! ――いや、マジで待ってよお願いッッ!!! せめて心の準備という名のラジオ体操を踊らせてくれ頼むからッッ!!!」
 「問答無用っ!!! ラジオ体操なんて、ロボトルが終わってからいくらでも踊りなさいっ!! 逆立ちしながら好きなだけッ!!!」
 「あぁぁぁあああああああああッッ!!! 許してくださいクルミ様ッ!! クルミ閣下ッ!!! クルミンチョール三世陛下ぁああああああああああ……ッッ!!!」
 斗的はあぅあぅと涙を流し、地面の上でのた打ち回りながら懇願する。長い髪をグシャグシャに振り乱しながら泣き叫ぶ姿は、本当に主人公かと疑うくらい見苦しい。
 が、ブラックメイルは非情にも、一直線にガマンへと突っ込む。余程、「余り物」発言がクルミの癇に障ったらしい。
 クルミは泥まみれになりながら地面を転げまわる斗的に冷たい視線を送る。全く、鷹栖斗的というやつは、人の神経を逆撫でするのが本当にうまい。ここまで自分をイライラさせるやつは、斗的が初めて。

 ――――だが、その手には乗らないッ!

 クルミは本当に怒ったわけではない。全ては、斗的の作戦を叩き壊すため。
 データによると、鷹栖斗的は非情に計算高く、挑発等の無意味な行動はしないらしい。ならば、先程の挑発はクルミを逆上させ、忘我状態にするために違いない。怒り狂ったクルミは、そのままガマンに突進し、先制攻撃を仕掛ける。しかも、やたらめたらに当てようと、攻撃も大振りになる。そこをガマンの左腕で仕留める。恐らく、これが鷹栖斗的のシナリオ。
 なるほど……鷹栖斗的、侮れないやつ。成城磨智の方はヘルフェニックスに任せ、鷹栖斗的に全神経を集中した方がよさそう。ヘルフェニックスなら、自分の指示なしでもしっかりやってくれるだろう。用心をしすぎるに越したことは無い。
 ……さて、作戦がわかった以上、易々と乗る馬鹿はいない。斗的が自分を罠に落とす気なら、逆にはめかえしてやる。
 「ふふ……ブラックメイル、ガマンの眼前でフェイントをかましてやりなさい。――ただし、ガマンの射程距離ギリギリの場所で」
 クルミは小声で指示を出す。斗的に作戦を聞かれてはまずいから。
 恐らく、今の斗的は作戦がうまくいったと思って悦に入っているはず。どんな人間も、自分の作戦がうまくはまると心に綻びが生まれるもの。その先が見えなくなる。

 ――――その油断が命取り。
 先程述べたように、ガマンは重量級ファイターだ。攻撃と同時に回避を行うことは出来ない。だからガマンは、ブラックメイルが攻撃を行う部分を攻撃するに違いない。そうすることで、攻撃と防御を同時に行えるから。
 しかし、ブラックメイルはガマンの射程ギリギリで攻撃を中止する。当然、ガマンの攻撃は空振り。隙が生まれる。そこに……無防備になったガマンのボディーに……ブラックメイルの左腕を

 ――――叩き込むッ!

 地を踏みしめ、ブラックメイルは前かがみに駆ける。
 狙うはガマン。
 次第に距離を縮めていく。

 7メートル。

 クルミは喉と胸の間に爪を立て、搾り出すように強く握り締める。

 6メートル。

 ――落ち着け……、長野クルミ…………。

 5メートル。

 ――チャンスは一度きり…………失敗したら、二度は無い……。

 4メートル。

 ――今の自分に求められているのは……ギリギリさ…………、

 3メートル。

 ――コップに注がれた水が溢れるか溢れないかというギリギリの絶対領域……。

 2メートル。

 ――まだだ…………攻撃には、まだ遠い……。

 1メートル30。

 ――もう少し……あと少し…………

 1メートル15。
 斗的はメダロッチを自分の口元まで持っていき、ガマンに指示を出す。
 「ガマンっ!!! ブラックメイルが攻撃すると同時にサムライセイバーッ!!!」
 「了解ですじゃっ!!!」


 ――――今だッ!!!


 「ブラックメイルっ!! デビルハンドッ!!!」
 雄叫びを上げるブラックメイル。右腕が振り下ろされる。ガマンは左奥から刀身を振り抜く。

 …………周囲に乾いた音が響き渡る。
 なにか硬いもの……そう、鉄やガラスに亀裂が入るような音。

 砂塵が舞う。
 その場に立っている影はふたつ。
 互いに背を向け、微動だにしない。
 立っていたのは、

 ――――右翼を切り落とされたブラックメイル。
 ――――無傷のガマン。

 「な…………ッ!!?」
 目を見開き、クルミは口を開け放つ。その表情は、信じられないものでも見た顔つきだ。
 ――そんな馬鹿な。 自分の作戦は完璧だったはず。確かにあの時、ブラックメイルはフェイントをかけ、ガマンは思い通りの動きをしていた。なのに、傷を負っているのはブラックメイル。ガマンじゃない。
 ブラックメイルの背後にガマンがいるのも理解できない。これじゃあ、まるで……まるで…………
 「――――っ!!」
 クルミはハッと顔を上げる。
 「ま……、まさか…………」
 「そうだよ。お前のブラックメイルが攻撃を仕掛けると同時に攻撃、続けて回避したのさ」
 手櫛で乱れた髪を整えながら答える斗的を、クルミはグッと睨みつける。
 攻撃と回避を同時に行うなんて、ガマンの装甲では無理に等しいはず。ということは、やはり――
 「ガマンの装甲をかなり削りましたわね? わたくしのヘルフェニックスと同じく……」
 「ああ。ガマンは防御用の厚い鎧と攻撃用の薄い鎧の二種類を持っている。……状況や戦略に合わせてのパーツ交換は、ロボトルの基本だろ?」
 ギリッと奥歯を噛み締めながら、クルミは斗的に視線を移す。そこには、先程まで情けない声を上げていた斗的はいない。無愛想な表情は変わらないが、釣り目気味な斗的の瞳は、真っ直ぐクルミを捕らえて離さない。
 「くっ……!! ――――距離をとりなさい、ブラックメイル!!」
 クルミの命令を受け、ブラックメイルはガマンの射程距離外へと逃れる。
 斗的は依然として表情を崩さず、静かに口を開く。
 「……お前、真面目な性格だな。しかも、頭にクソが付くほどだ。見た時一発でわかったぜ」
 鷹栖斗的がなにを言ってるのかわからない。
 「いっ、言いたいことがあるならハッキリ言いなさいッ!!」
 「クソ真面目なやつほど、頭が固くて柔軟性に乏しいんだよ。さっきだって、防御型=装甲が硬いという先入観が働いて、ガマンが攻撃用にチューンナップされてることに気づかなかった。まぁ、オレがお前をわざと怒らせようとしたのを見破ってフェイントかけてきたのは褒めてやるけどよ」
 ……ああ、鷹栖斗的が言いたいのはそういうことか。
 「ご忠告、ありがとうございます。――ですが、同じ手は二度も通用しませんことよ?」
 そう。ブラックメイルはガマンから約10メートルくらい離れた距離にいる。完全に射程距離外。ここなら、ガマンが突進でもしてこない限り、ブラックメイルに攻撃が届くことは無い。もし来たら、返り討ちにしてやる。
 「…………さぁ、いらっしゃい鷹栖斗的っ! わたくしはまだ――負けてはいませんわっ!」
 そうだ、まだ翼を片方切り落とされたに過ぎないじゃないか。ロボロボ団の威光はまだ衰えていない。今度こそ勝つ……クルミは固く胸に誓うのだった。
 しかし、斗的は突如不可解な笑みをニヤリと浮かべる。
 「なっ……なにがおかしいのですっ!?」
 「…………いや、悪い。あまりにも予想通りの動きをしてくれたからな」
 声色に自信を込めながら、斗的は右手でピースサインを作る。
 「クルミ、お前は忘れている。この勝負が2対2のチームバトルであることを。だから……」
 瞬間。なんの前触れもなく、
 「だからお前は負ける」
 ブラックメイルの背中が轟音とともに突然爆発する。
 ――いや、十数発もの弾丸を背中に被弾したのだ。
 「…………え?」
 なにが起こったのか理解できず、呆けるクルミ。
 前のめりになるブラックメイル。

 ――――その一瞬。
 そう、一秒にも満たないほんの一瞬。
 ブラックメイルとクルミに隙が生まれる。
 それを好機と見て疾走するのは、

 ――――ガマン。

 「っ!!!」
 気づき、クルミは慌ててメダロッチを構える。
 「ブラックメ――」
 遅い。ガマンはブラックメイルの懐に飛び込む。柄を握り刀を左斜め上から振りかぶる。そして、
 ……一閃。
  首の付け根にある伝達コードをサムライセイバーが通過する。いかに重装甲のブラックメイルといえど、ティンペットがむき出しになった部分をやられてはどうしようもない。斬られた首からバチバチと紫電を迸らせるブラックメイル。そのままグラリと揺れ…………仰向けに倒れる。事実上の機能停止。
 「…………そ……、んな……」
 クルミはその三文字を喉から搾り出すので精一杯だった。自分は体勢を立て直そうとしていた。そう、これから逆転するはずだったのに。機体の性能から言っても当然有利だったし、全力だった。勿論手も抜いていない。なのに……。
 そんな半ば放心状態のクルミに近づく者がひとり。――斗的だ。
 斗的は「ふぅ」と一息吐いてから、口を開く。
 「……お前はこの勝負をヘルフェニックス対シアック、ブラックメイル対ガマンの勝負だと勝手に思い込んだ。そこが敗因だ。お前は忘れていたんだよ――あいつの存在を」
 斗的は磨智のいる方向を顎でしゃくる。指し示された方向には、腕についた銃を誇らしげに誇示しながら佇んでいる――シアックが。
 再び斗的はピースサインを作る。
 「このサイン、ロボトル前にオレと磨智が決めてたんだ。シアックに援護射撃を要請するためにな」
 耳にかかる銀髪を後ろにかきあげ、斗的は安堵の色を顔に浮かべる。すでに、勝ちが決まったような表情。
 「なんということ…………わたくしは、鷹栖斗的の手の上で……」
 ガクッと首を垂れ、クルミは崩れるように膝を突く。
 「く……クルミ様……」
 「クルミ様が負けてしまったロボ……」
 クルミの耳に、団員達の慌てふためく声が入ってくる。声は心の奥底まで染み渡っていき、クルミの闘志を刺激する。
 「…………まだ、ですわ……」
 上目遣いに顔を上げ、クルミは鋭い視線を斗的達に向ける。
 「まだ……ヘルフェニックスはやられていませんッ!!」
 「うわぁ……いい加減諦めろよぉ~。しつこい女は嫌われるぞ?」
 斗的は呆れ顔で情けない声を上げる。対し、磨智は拳を握り、瞳に炎を宿らせる。
 「師匠っ! こうなったら、とことんまで燃えて燃えて燃えまくるっス!」
 「暑苦しーんだよおめーは! ただでさえ炎に囲まれてるってのに、オレを焼死させる気か?」
 ロボトル中だというのに、緊張感のない会話を交わす斗的と磨智。だが、今のクルミにとってはどうでもいいこと。
 そう、クルミには無敵のヒットアンドアウェイがある。状況は不利になったが、勝ちの可能性がある限り何度だって立ち上がってみせる。
 「いきますわよ、鷹栖斗的っ! 成城磨智っ!」
 「さぁ、来いっス!!」
 「仕方ねぇ……、さっさと終わらせて男に戻るとするか」
 上空へ舞い上がるヘルフェニックス。銃を構えるシアック。刀の切っ先を中に向けるガマン。


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最終更新:2007年11月11日 16:53