――――刹那。
 響く銃声。
 そして、乾いた炸裂音。

 「…………へ?」
 一瞬、斗的は何が起こったのか理解できなかった。気がつけば、空中から赤い塊が落下し、ネジやらオイルやらを撒き散らしながら転がっている。その塊がヘルフェニックスだと気づくのに、数秒の時間を要した。
 目の前のクルミも、斗的と同じようにポカーンと口を開け放っている。どうやら、ヘルフェニックスにとっても予想外の行動だったらしい。
 先程の銃声とヘルフェニックスの有様から見て、これは――
 「すげぇじゃん磨智ぉ!! いやぁ、さっきまで苦戦してたのに、一撃で仕留めるとかよぉ!! うんうん、師匠のオレも鼻が高いわこりゃ!!」
 都合のいい時だけ師匠面する斗的。先程とは打って変わって上機嫌になり、磨智の肩を馴れ馴れしくポンポン叩く。
 しかし――
 「いや……、僕、知らないっスよ……?」
 見れば、磨智もクルミと同じように呆けている。
 「んじゃあ、シアックの独断か? いやぁ、お前もやるな! マスターの指示無しで行動とか!」
 「いやいや、オイラも存じ上げねぇジャン」
 「え……? じゃ、じゃあ…………」
 しかし、斗的はそれ以上見当もつかない。炎の輪の中にいるのは、自分と磨智、それにクルミとロボロボ団員が5匹くらい。この中で、ヘルフェニックスを機能停止させる理由のあるものはいない。じゃあ……、
 「じゃあ、……一体、誰だ?」
 その時だった。今まで暑いくらいの光を頬に浴びせていた太陽が、急に雲に覆われた。途端、
 (くすっ……)

 ――炎が消えた――
 あれほど盛んに燃え盛っていた炎が、蝋燭の火でも吹き消すかのように瞬時に。
 (くすくすくすくす……)
 まただ。
 また、聞こえた。
 「だ……、誰だよ……?」
 「え? 僕の名前は『成城磨智』17歳っスけど?」
 「お前じゃねぇ……――――笑い声だ」
 透き通った少女の笑い声。それは炎が消えた時からずっと、斗的の耳の奥にこびりついている。
 ……ゴクリ、と斗的の喉が鳴る。一度は止まっていった冷や汗が、再び噴出す。全身に、得体の知れない不気味さが染み渡っていく。
 しかし、不気味さはすぐに斗的の中から掻き消える――いや、掻き消されることになる。それは、
 再び響く銃声、
 「ガッ……っは……!?」
 「…………シ……っ」
 銃弾に倒れるシアックを目にした磨智の悲鳴、
 「シアックッッ!!?」
 ……そして、
 「くすくす」
 斗的の背後からはっきり聞こえてきた笑い声によって。
 「――――っ!!?」
 刹那、体全体に悪寒が駆け巡る。ロボロボ団なんか比じゃない。安心とか平穏とか、そんなレベルじゃない。もっと根源的なもの、……そう、死そのものを予感させるくらいの
 ――――圧倒的恐怖。
 斗的は声の主から離れるように体を翻し、振り向く。視線の先に佇んでいたのは……中学生くらいの少女。背中まである美しい黒髪と淡雪のように透き通った肌の持ち主で、額の上には六角形の髪飾りを付けている。服は所謂巫女服というやつで、上は純白の白衣、下は闇を湛えるような漆黒の袴。服装とある部分を除いては、小柄な愛らしい少女だ。
 ある部分……そう、目を除いて。
 一片の光さえ宿さない少女の瞳は、闇の深淵に繋がっているかのような黒だった。血のような紅い唇は静かな笑みを湛えているのに、少女の目は笑っていない。虚ろな瞳で、ただ斗的を見据えている。
 斗的は、少女に聞きたいことがたくさんある。少女が何者であるか。少女の目的はなにか。シアックやヘルフェニックスを襲ったのは少女なのか。
 しかし、唇を動かそうとしても全く動かない。琥珀に閉じ込められてしまった昆虫のように、ピクリとも。どうやら、磨智やガマン、ロボロボ団の連中も一緒らしい。固まったまま、毛先一本動かす様子さえ見せない。
 「…………やっと会えた」
 突如、少女が口を開く。と共に右手を上げ、ガマンへ指先を向ける。
 響く、三度目の銃声。ガマンは兜の破片を撒き散らしながら後方へ倒れこみ――――地へ背中を付ける。
 「ガ…………ッ!!!」
 斗的は「ガマンッ!!!」と叫ぼうとするが、言葉にならない。少女の視線が自分に向いたから。蛇に睨まれた蛙という言葉が、これほど相応しい状況もないだろう。聞いた時は「生命の危機なのに、ビビッて動けないのかよ! とんだチキン野郎だな」と笑ってたが……ごめん、蛙。英語に訳したら、I'm sorry for the frog. 今まさに、自分は動けない。
 「……これで邪魔者は消えた…………あとは、あなだだけよ?」
 抑揚のない声で、少女は言葉を紡ぐ。
 「あなたには、消えてもらわなくちゃいけない。あいつのパートナーであるあなたは、この世に存在しちゃいけないの」
 ――ああ、やっぱりそうか……。
 斗的はもう諦めの境地に達していた。
 ――母さん、どっかいったクソ親父、松村(飼い犬)……オレは今日、散ります。
 ――こんなわけわからん女の体で死ぬのはあれですが、これがオレの運命みたいです。
 ――最後に、今日という厄日と愛媛蜜柑を念入りに恨ませてください。
 ――んじゃ、さようなら……。
 斗的は静かに目をつぶる。それを見て、少女は初めて目を細める。
 「くす、潔いのね。大丈夫、苦しまないように殺してあげるから。…………じゃあ、死ん――」
 少女が言葉を結ぼうとしたと同時。
 「どっせぇええいっっ!!!」
 スカートを翻し、ひとつの影が少女にライダーキックをかます。――蜜柑だ。人形のように無機質な表情のまま、少女は地面に倒れる。
 蜜柑は斗的を強く抱き締める。悪夢から引き戻そうとする母親のように。
 「斗的っ!! しっかりして斗的っ!! ……斗的ぉっっ!!!」
 ハッと呪縛から逃れたように、斗的は目を見開く。
 「…………み……か、ん……?」
 「斗的ぉ……心配だったんだからぁ。斗的がいなくなると思うと、あたし……あたし……」
 うるっと目を滲ませ、蜜柑は顔を覆う。
 が、斗的は氷のように冷めきった言葉を投げかける。
 「……いや、なにやってんのお前?」
 「ん、悲劇のヒロインごっこ♪」
 覆っていた手の平を開き、蜜柑はにぱっとした笑顔を見せる。相変わらずの蜜柑に呆れ、斗的はへなへなと地面に尻をつける。
 「師匠も蜜柑も遊んでる場合じゃないっス!!」
 同じく我に返った磨智が、斗的と蜜柑の手を握る。
 「シアックとガマンのメダルはばっちり回収したっス!! あとは、さっさと逃げるだけっスよ!!」
 「あたしも、ばっちり巫女少女の急所突いたから! 人間なら、数十分は起きられないやつ♪」
 怖いやつ。
 「セレクト隊がもうすぐ来るはずっス! しかも学校に向かって」
 「なぁるほど♪ あたしらが通学路を逆走すれば、セレクト隊と合流できるってわけね♪」
 「そういうことっス! さぁ、ロボロボ団や巫女服の女の子が動き出さないうちに早く逃げるっス!」
 そう言って、磨智は校門を指差す。そんな磨智に斗的はストップをかける。
 「ちょっ、ちょっと待ってくれ!」
 「どうしたんスか師匠?」
 「いや……、その……」
 斗的は口淀み、言いにくそうに下を向く。
 「…………腰が抜けた」
 途端に、蜜柑と磨智は大爆笑する。
 「あーっはっはっはっ!」
 「斗的ぉ、あたし斗的ってコメディアンの才能あるなって前から思ってたんだけど!」
 「う、うっせぇな馬鹿蜜柑にアホ磨智っ! 仕方ねぇだろ怖かったんだからっ!」
 「あはっ……、ごめんっス師匠。じゃあ、お詫びに――」
 不意に磨智はかがむと、斗的をひょいと持ち上げる。
 俗に言う、お姫様抱っこの体制で。当然、斗的は赤面する。
 「ひゃあっ?! なっ……、お、お前っ!! なにやって――」
 「仕方ないっスよこの場合! しっかりつかまってるっスよ!」
 「お、おぅ……」
 ぎゅぅと磨智の首に両腕を巻きつけ、斗的は体全体の力を抜く。
 同時に、斗的は心臓が止まりそうになる。先程まで自分達が背中を向けていた方向に、「あるもの」が見えたから。それは、

 ――――ぞっとするほど冷たい笑顔を浮かべた、巫女服の少女。
 磨智や蜜柑は背を向けているから気づかない。だが、少女は小さく呟く。
 「くす……逃げられると思った?」
 少女は右腕をゆっくりと上げ、人差し指の先を斗的を抱えた磨智に合わせる。
 何故少女が起き上がれたのかという問いは今の斗的の頭にはない。気づいたら、声を上げようとしていた。
 「磨と――――」

 四度目の銃声。
 ギュッと目を瞑る斗的。
 ……だが、今度の弾丸は斗的に命中しない。勿論、磨智にも蜜柑にも。斗的はうっすらと目を開く。弾は、

 ――――少女の頬をかすめていた。

 銃声を聞き、磨智と蜜柑はすでに足を止めて振り向いている。
 少女は一筋の紅い傷口を指の先で拭うと、後ろに視線を向ける。
 「…………ちぇ、来ちゃったんだ」
 いきなりの超展開に、斗的はついていけない。とりあえず、少女と同じ方向に視線をやる。
 そして、見出す。銃口から静かに硝煙を立ち上らせながら屹立する、小さな影を。
 それは、一体のメダロット。
 スカート状の鎧と細身の体系から、恐らく♀型。
 ガラス細工かと疑うくらい華奢な砲塔やパーツを持つ一方、体には力が満ち溢れている。
 その様は、まさに戦乙女「ヴァルキュリー」を髣髴とさせる。
 黄昏に揺らぐ夕陽を思わせるような真紅の装甲。
 体のあらゆる箇所を走るオレンジのライン。
 額から突き出た角状の小さな砲門は、まるでカブトムシの角。
 後頭部からは、透き通った、ひぐらしの羽を思わせるパーツが、流麗な曲線を描きながら背中に向かって伸びている。
 大きく、エメラルドを思わせる瞳は、ロボットであるはずの彼女の意志を映し出しているよう。強固で、揺るぎない意志を。
 そんな力強いメダロットの目が、生気を感じられない少女の瞳と見事に対比されている。
 少女は斗的に再び視線を向けると、
 「くす……、命拾いしたね」
 とだけ呟く。不意に吹き抜ける一陣の風。砂埃が舞い上がり、石つぶてが斗的の目を襲う。反射的に、斗的は左腕で顔を覆う。
 目を開けた時…………そこには、少女の姿は影も形も見えなかった。

 ……暗雲は空を流れ、太陽が雲間から顔を出す。
 クルミ達ロボロボ団はふっと我に返り、
 「せ…………戦略的退却ぅううううううッ!!!」
 と叫ぶが早いか、土煙を舞い上げながら校舎の外へ走り去っていく。
 取り残されたのは、ボーッと立ち尽くしている斗的達三人、そして真紅のメダロットのみ。
 斗的は放心した表情のまま、口を開く。
 「…………助かった……の、か?」
 「みたい……っスねぇ……」
 磨智の腕を抜け、斗的はぐでーんとその場に崩れる。
 「だはぁ~~…………マジで死ぬかと思った」
 斗的は思う。今日ほど最悪な日はなかったと。しかし、ようやく終わった……終わったのだ。多分、今日は一生分の不運が集まる日だったのだろう。だから、これ以上悪いことはもう起きないはず。これからは幸福に生きられるんだ。ていうか、もしそうじゃなかったらもう神も仏も信じない。家にある仏壇をクラッシュしてやる。斗的はそう考えていた。
 しかし、斗的はこの後、仏壇に真空飛び膝蹴りをかますことになる。
 なぜなら、これは始まりに過ぎないから。

 「……おい」
 不意に、斗的の目の前から声がする。磨智とも蜜柑とも違う、凛とした女の子の声。
 「はい?」
 斗的はふと顔を上げる。そこには、

 ――――謎の少女と戦っていた、真紅のメダロットが立っていた。

 「…………あ、あの……なんでしょう……?」
 顔をひきつらせ、斗的は敬語になる。正直、これ以上厄介事に巻き込まれたくない。
 メダロットはそのエメラルドの瞳で斗的をジーッと見つめ、静かに言い放つ。
 「鷹栖斗的……貴様が、私のパートナーか?」
 ……瞬間。
 斗的の目が点になる。
 思考回路は完全にストップ。
 「…………はい?」
 奇妙に裏返った情けない声で斗的は返事をする。今の斗的には、正直これが精一杯だった。


 ――この情けない会話こそ、斗的とフォレス(真紅のメダロット)が交わした最初の言葉だった。
 これから二人は、ロボロボ団や謎の少女との壮絶な戦いを繰り広げていくわけだが…………今回はまぁ、これにて終了。
 「読者のみんなーっ! あ・た・し、愛媛蜜柑の応援も夜露死苦ね~~♪」
 こらこら、もう終わったんだから出てくるんじゃないよ。


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最終更新:2007年11月12日 14:34