孝と剛◆NIKUcB1AGw



鬱蒼とした林の中に、一人の少女が立っている。
腰まで伸びた青い髪。意志の強さを感じさせる凛とした瞳。引き締まりながらも女らしく丸みを帯びた体つき。
魅力的といって差し支えないその姿の持ち主は、名を犬塚信乃という。
彼女は邪悪を打ち砕き阿波の国を救う八犬士の一人として旅を続けている途中、突如としてこの悪趣味な催しに連れてこられたのだ。

(冗談じゃないぞ、まったく……)

眉間にしわを寄せながら、信乃は心の中で悪態をつく。
彼女が斬るべき存在は、人間に害をもたらす妖怪のみ。同じ人間に向ける剣など持ち合わせてはいない。

(そもそも妖怪でもあるまいし、なぜこんな悪趣味な催しを……ん? ちょっと待て。
 ひょっとして、本当に妖怪の仕業か?)

最初にこの催しについて説明していた男は、見たところただの人間であった。
だがそのほとんどが異形の妖怪たちの中にも、人間とほとんど見た目が変わらぬ者もいる。
自分たちにたびたびちょっかいを出しては返り討ちに遭っている、亀篠(かめざさ)と網乾(あぼし)の二人などその典型だ。
あの男も、見た目が限りなく人間に近い妖怪なのかも知れない。
あるいは、人間ではあるが妖怪によって操られているという可能性もあるだろう。
この件に妖怪が関わっているという確証はない。
だが自分を気づかぬ内に拉致し、その上一瞬でこの林に飛ばすなど、それこそ妖術でもなければ説明がつかない。

(仮にこの件が妖怪の仕業だとすれば、なんとしても黒幕を成敗しなければ……。
 大丈夫、私にはこの村雨が……。って、あれ?)

そこでようやく、彼女は自分の愛刀「村雨」がなくなっていることに気づく。

「ない……。ない。ない! どこ行ったーっ!」

体中をまさぐった後、いつの間にか持たされていた行李の中をあさる信乃。
しかし見つかった刀は、村雨とは似ても似つかぬありふれた物。村雨は影も形もない。

「あの野郎……。盗みやがったなーっ!!」

こめかみに青筋を浮かべ、怒りのままに信乃は叫ぶ。
魔を払う力を持つ村雨は、犬士たちにとっての切り札。
そしてそれを妖怪たちの手から守り抜くことが、信乃に与えられた使命なのだ。
その村雨を他人に奪われたとなっては、彼女の面目は丸つぶれ。さらに言えば、存在意義が崩壊しかねない危機である。

(決めた……! もう人間だろうが妖怪だろうが関係ない。
 絶対にあのおっさん見つけ出して、思いっきりぶっ飛ばす! そして村雨も取り戻す!)

未だおさまらぬ怒りを胸に押し込めながら、信乃は刀を探す時に放り投げた行李の中身を戻していく。
てきぱきと作業を進めていた彼女だったが、ある物の存在に気づくとその手を止めた。

(人別帖? 要はここに連れてこられた人たちの一覧表か)

信乃はそれを手に取り、目を通していく。そして、ある名前を見て目の色を変えた。
「犬坂毛野」。
それはまさに、彼女の仲間である「智」の犬士の名前であった。

(くそっ、あいつまでこんなばかげた戦いに……)

強い憤りに顔を歪める信乃。だが同時に、疑問が彼女の頭に浮かぶ。
あの男は、「武芸者を集めた」と言っていた。しかし、毛野は身体能力こそ高いが武芸者とは言い難い。
槍使いの荘助や、体術使いの小文吾の方が武芸者と呼ぶにはふさわしいはず。
なぜ彼らではなく、よりによって毛野が?

(まあ、あんないかれた男の考えることなんて、わかるわけがないか)

答えを見つけることを放棄し、信乃は人別帖を行李に戻す。
その直後、彼女は背後から誰かが近づいてくるのに気づいた。

「誰だ!」

振り向きながら、信乃は叫ぶ。そこには、一人の男が立っていた。
筋肉質の巨体。逆立った短髪。太く長い眉。据わった目つき。角張った輪郭。
一言で言えば「男臭い」。男は、そんな容貌をしていた。

「さっきからギャーギャー騒いでたのはお前か?」
「……言い方に不満があるが、多分そうだ」

男のぶしつけな質問に、信乃は若干の苛立ちを覚えながらも答える。
すると、男は鼻で笑って見せた。

「何がおかしいんだよ!」

男の態度にさらに苛立ちを募らせ、信乃はつい荒っぽい口調で叫んでしまう。この少女、元々気の長い方ではないのだ。

「なに、腕の立つ武芸者が集められているというから少しは期待してたんだが……。
 あんたみたいなガキも混ざっているとはな。はっきり言って、期待はずれだぜ」

男の言葉は、さらに信乃の神経を逆なでする。もはや、信乃には悪意があってやっているとしか思えない。

「さっきから失礼すぎるだろ、あんた! 好き勝手言うな!
 それに私はガキじゃない! 犬塚信乃という名前がちゃんとある!」
「ほう、名前だけは立派みたいだな」
「だからその、ひとを馬鹿にしたしゃべりはやめろ!」

端整な顔立ちを崩し、信乃は地団駄を踏む。

「別に馬鹿にしているわけじゃねえ。思ったことをそのまま言ってるだけだ」
「なお悪いわ!」
「本当にうるさい奴だ……。男のくせに女みたくピーピーと……」
「男の……くせに……?」

男の何気ない一言。それが、信乃に怒りの限界点を超えさせる。

「わーたーしーは女だぁぁぁぁぁ!!」

幼い頃から、両親に男として育てられた信乃。それが不本意であったがゆえに、彼女は男と間違えられることを極度に嫌うのだ。

「女?」

そういわれて、男は信乃をまじまじと見つめる。そのまま、数十秒が経過。

「……なるほど、パッと見は男だが、よく見れば確かに女か。わかりづらいがな」
「よく見ないとわからんのか!」

怒り狂う信乃だが、男のほうはあくまで冷静である。

「女となれば、なおさらどうでもいい。相手にする気はねえから、さっさとどこかに行きな。
 俺は俺で、適当に面白そうな相手を捜してくる」

そう吐き捨てると、男は信乃に背を向けて歩き出した。その行動に、信乃は怒りを超えて軽い殺意すら覚える。
強制されているとはいえ、ここは命を奪い合う戦いの場だ。それなのに、他者に対してためらいなく背を向ける。
つまり、今までの言葉は挑発でも軽口でもない。あの男は、心の底から自分を恐れるに足らない弱者だと思っている。
信乃にも、自分がまだ未熟だという自覚はある。だが、同時に侍としての誇りもある。
ここまで見下されて、黙っているわけにはいかない。

「待て」

考えるより先に、信乃はそう口にしていた。

「何だ?」

男は、ゆっくりと振り返る。

「私とて武士の端くれ。ここまで虚仮にされて、黙ってはいられない。ここで私と立ち会え!」
「断る。さっきも言ったが、お前ごときを相手にするつもりはない」
「なら、こっちが一方的にしかけるまでだ」

信乃が刀を鞘から抜き、それを構える。

「仕方ねえな……」

それを見て、男も渋々得物を取り出した。

「それがあんたに配られた武器か?」
「ああ、そうだ」
「ふざけるな、木刀じゃないか! それで真剣とやり合うつもりか!」

そう、男が手にしている物。それは真剣ではなく、木刀だった。

「問題ないだろう。俺とお前の実力差は、この程度では埋まらないだろうからな」
「私を馬鹿にするのも……いいかげんにしろ!!」

咆吼と共に、信乃が駆ける。男は動かない。間合いに入るやいなや、信乃は刀を振るう。
命まで取るつもりはない。ゆえに峰打ちだ。
それに対し男は、信乃を上回る速度で木刀を振るった。
交錯。そして、何かが宙を舞う。

「え……?」

信乃は、我が目を疑った。彼女が握っていた刀は、半ばからきれいに折れていた。
つまり、飛んだのは折れた信乃の刀だ。

(そんな……。弾くならともかく、木刀で真剣を折るだと?)

衝撃的な出来事を目の当たりにし、信乃の顔からは一気に汗が噴き出す。

「この世に斬れぬ物はなし、一文字流斬岩剣! もっとも、さすがに木刀じゃ斬ると言うより叩き壊すという感じだがな……」

信乃の様子など意に介さず、口上を決めて男は改めてその場を去る。
信乃は虚ろな目つきでそれを見つめながら、地面に膝をついた。

「負け……た……」

先程までの威勢が嘘のように、弱々しい声で信乃が呟く。
得物で勝りながら、あっさりとその得物の破壊を許してしまった。
それはまさに、あの男の言うことが真実だと言うこと。自分はあの男にとって、歯牙にもかからぬ存在だったのだ。
以前からあった、自分の強さへの不満。自分は村雨を扱うのにふさわしくないのではないかという思い。
それらが今、無力感となって信乃の心を襲う。

「くそっ……何をやっているんだ私は……。たかが、一度負けただけじゃないか……。
 こんな事で挫けてどうする……! 村雨を取り戻すんだろう!」

必死でおのれを鼓舞する信乃。しかし一度折れた心は、そう簡単には戻ってくれそうになかった。


【とノ壱/林/一日目/深夜】

【犬塚信乃@里見☆八犬伝】
【状態】自信喪失
【装備】折れた打刀
【道具】支給品一式
【思考】
1:主催者をぶっ飛ばし、村雨を取り戻す。
2:毛野と合流したい(自分が知る毛野と別人だとは気づいていない)
※第一部終了後(単行本6巻)からの参戦です。



薄暗い林の中を、男……赤石剛次が歩く。
その顔に、勝利の喜びは見られない。それも当然。彼にとって、先程のやりとりは勝負にすらなっていないのだから。

(さて……どうしたものかな)

彼は、自分の行くべき道を決めかねていた。
どうせ一度死に損ねた身だ。命は惜しくない。
死の寸前にいた自分が、こうして五体満足で立っていることは少々不思議だが……。
男塾ではそう珍しいことでもないので気にしないことにする。
とにかく、赤石は死を恐れていない。後輩たちも立派に成長したし、もう自分がいなくても大丈夫だろう。
塾長奪還の任務も、必ずや達成してくれるはずだ。
ならば、ここで強者との戦いに身を投じ、派手に散るのも一興。そんな思いもある。
だが見ず知らずの男に従うというのも、癪な話だ。

(どうするにせよ、もっと良い刀がほしいな。この木刀じゃさすがに限度がある。
 みんながみんな、あんな雑魚ではないだろうからな。腕のある奴とやるなら、それなりの刀を用意する必要がある。
 まあ、適当に歩いていればその内、刀がありそうなところも見つかるだろう)

方向もろくに確かめぬまま、おのれの勘だけを頼りに赤石は歩き続ける。その行き先は、神のみぞ知る。

【とノ壱/林/一日目/深夜】

【赤石剛次@魁!男塾】
【状態】健康
【装備】木刀
【道具】支給品一式
【思考】
1:積極的に殺し合いをやるかどうかは保留。だが、強い相手とは戦ってみたい。
2:刀を捜す。
※七牙冥界闘・第三の牙で死亡する直前からの参戦です。ただしダメージは完全に回復しています。




時系列順で読む

投下順で読む


試合開始 犬塚信乃(女) 悪鬼迷走
試合開始 赤石剛次 悪鬼迷走

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年09月09日 09:35