花鳥風月

458 花鳥風月 sage 2010/04/13(火) 05:39:15 ID:n0A6BEnP
母親は僕が12歳のときに亡くなった。
4人の子宝に恵まれ、父親がいないこと以外は何不自由なく生活していた僕らを突然襲った悲劇は、5年経った今でも忘れられない。
女手一つで4人の子供を育てていくことがどれだけ大変か、それが何となく分かったのは最近である。
親孝行の一つもできずに死んでしまった母を思うと、いかに自分が愚か者であるかがわかってしまい自己嫌悪に陥ってしまう。
それと同時に、物心ついたときから行方が分からない父を激しく憎んだ。
母は僕たち4人に見守られ、笑いながら息を引き取ったが、最期の台詞は僕らに向けられたものではなかった。

―――あなた……

父が今どこにいて、何をしているのかは分からない。ひょっとしたら生きてさえいないのかもしれない。
母も、姉弟の中で唯一父の記憶を持つ姉も父のことを語ってはくれなかった。
無理やり姉に問いただしたこともあったが、父の所在は姉にもわからないという。
ただ父の話をする時、姉の顔は酷く悲しそうになる。そういうわけで、僕は次第に父のことを聞くのはやめた。
今の僕には大事な家族がいる。それだけで十分なのだ、と自分に言い聞かせ、父のことは心の奥にとどめておくことにした。


母の死から、僕らは4人での生活へと移っていった。
親戚からは〝一人だけでもうちに来ないか〝と誘われたが、姉は4人一緒にいることと、母の記憶が残るこの家を捨てることは出来ない、
と親戚からの誘いを断り、高校を中退して働き始めた。
その姿は僕ら3人には母の代わりに思え、幼いながらも僕達は自分にできることを手伝い始めた。
そんなこともあってか、今では僕らは同年代より大人びた人間へと成長した。

ではここで僕ら姉弟を紹介しておこう。
僕らの長姉・天地 結花(あまち ゆか)。
現在23歳、とある中小企業でOLをしており、働き始めが早かったせいかそこそこの給料を貰っているようだ。
自らの家庭事情を社長および社員が知っている為か、残業は殆ど無く飲み会などにも滅多に行かない。
清楚な振る舞いと器量の良さから、様々な男性から告白ないしプロポーズを受けているが、首を縦に振ったことは一度も無い。
僕ら3人を立派に育て上げるまでは結婚など考えられない、というのが姉の口癖である。

3人のうち、僕ともう一人は双子である。
双子の姉(妹)・天地 美鳥(あまち みとり)、そして僕・天地 風太(あまち ふうた)。
小さい頃は何をするにも一緒で、片方が離れるとどちらともなく泣き喚いたという程、仲はいい。
現在もべったりではないが、基本的にはよく行動を共にしている。
普段は僕に対して姉のように振舞うが、急に妹のように甘える美鳥は一緒にいて飽きが来ない。
流石にアルバイトまで僕と同じ所にしたのには驚いたが、同時に心強くなったのも事実だ。
僕自身は女系家族で唯一の男ということもあり甘やかされて育った為か、もの静かで競争意欲に欠ける部分がある。
そういうわけで、気が強く負けず嫌いの美鳥とは中々相性のいいコンビだったりする。

最後に末の妹・天地 菜月(あまち なつき)。
末っ子ながら落ち着いた振る舞いと冷静な判断力、そして高い学力と我が家の家事を取り仕切るスーパーガールである。
現在13歳。がしかし知能的には姉弟4人の中でトップクラスであり、菜月の言うことには僕は頭が上がらない。
美鳥とは相性が悪いらしく喧嘩が多いが、比較的僕には良く懐いてくれている。
滅多に笑うことはないが頭を撫でてやると気持ちよさそうにする為、こういうところは歳相応なのだと思う。


459 花鳥風月 sage 2010/04/13(火) 05:40:32 ID:n0A6BEnP
そんな僕ら姉弟は、一般の人たちとはほんの少し違うだけのごく普通の家族だと思っていた。
こんなささやかな幸せがずっと続く、と僕は無意識に思っていたのかもしれない。
4月某日、放課後に手渡された〝一通の手紙〝を機に、僕達の関係は少しずつ歪になってゆくことを僕は知るはずがなかった。


「天地君、はいこれ」
とある公立高校の2年B組に所属する僕は同じクラスメートの来嶋 那海(きじま なみ)から一通の手紙を受け取る。
「……? 来嶋さん、これって」
「家に帰ったら読んで。それじゃまた明日」
手早くそう言い残すや否や、鞄を持って教室から出て行ってしまう。
普段から無口なほうではあるが、同じ図書委員ということもありクラスの女子の中では最も多く話す相手だ。
(これって……もしやラブレターってやつか?)
人生17年、家族以外の異性からアプローチを受けたことがなかった僕はすっかり舞い上がってしまった。
何となくこれは秘密にしておいたほうがいい、と自己解釈をして美鳥が迎えに来る前に手紙を鞄に突っ込んだ。
しばらくすると、ホームルームを終えた美鳥が教室に入ってきた。これから揃ってバイトに行くのである。
「お待たせ。じゃあぼちぼち行こうか」
美鳥は2年H組で、僕の教室からはかなり遠い。待ち合わせは昇降口にしようと何度か提案したが、美鳥はわざわざこの教室を選んだ。
そんなわけで、僕らはクラスメート達から何度もからかわれている。
やれおしどり夫婦だの、やれ通い妻だの、やれ禁断の愛だの……。
言われるたびに僕はゲンナリとするが、美鳥はまんざらでもない様な顔をするので余計に被害が拡大してしまう。
そして今日も、何人かにからかわれながら僕らは揃って下校した。いつまで経ってもコレには慣れない。

「今日のバイトのシフトって何時からだっけ?」
「えーと、17―22だったかな。今日はリーダーの加藤さんが―――」
他愛もない会話をしながら電車に乗り込む。この時間は近隣の高校との下校時間と重なる為、車両が満員状態になる。
人の波に流されながら、僕らはドア側の角へ滑り込んだ。扉が閉まり発車する。
「ほら風太、もっと寄りなよ」
美鳥が腰に腕を回して引き寄せる。胸から膝までが密着し、お互いの吐息が交差するほど近づいた僕らは傍から見れば恋人同士に見えるのかもしれない。
こういった密着は日常茶飯事であるが、美鳥は同年代に比べて発育が良いほうなので欲情はせずとも意識はしてしまう。
「美鳥、くっつきすぎじゃ」
「えー? 今更恥ずかしがる間柄じゃないじゃん。そ・れ・と・も、ムラムラしちゃった?」
「いや、そうじゃなくて……。周りの視線が痛いんだよ」
肉付きが良く、明るく美人は美鳥は学校内外関わらず男の視線を集めることが多い。
似たような顔つきの僕は逆に全然モテないところを見ると、この顔は男受けのするタイプなのだろう。
たしか一回、道端で太ったおじさんに〝女装してほしい〝と舐めるような視線で言われたことがあった。
というわけで、僕らの密着状態は周囲の生徒(特に男)に奇異や嫉妬の目で見られることになるのだ。
「ふぅん、私は特に気にならないけどなぁ。どうせならもっと見せ付けてもいいかなってくらいだし」
言うが早いか、電車の揺れに合わせて更に身体を密着させ、柔らかな肉体をグリグリと擦り付ける。
男としての本能か、胸や太ももの感触が快感を呼び下半身に血が溜まってゆく。
「ちょっ、美鳥っ! 待って!」
「まあまあ、もうちょいで駅に着くんだしそれまで、ね」
悪魔の微笑みを見せ、その動きを止める事はしなかった。だんだんと下半身の肉棒が硬度を増していく。
(くそっ……からかって遊んでるのか!? こっちはもう限界だってのに……!)
結局、駅に着く頃には僕は硬くなったアレを押し付ける形になってしまい、バイトの間はずっと美鳥とは口をきかなかった。


460 花鳥風月 sage 2010/04/13(火) 05:41:45 ID:n0A6BEnP
「だーかーらー、ゴメンってば! ほらこのとーーり!」
バイトの帰り道、美鳥はしきりに謝ってきたがその顔はなぜかニヤニヤしていた。とても誠意が感じられない。
「まあ、ほら、あれだ。風太も男子高校生なんだからアレは生理現象なんだって。風太は何も悪くないからさ」
そんなことを言っても僕は立ち直れない。何より実の家族に欲情してしまった自分に一番腹が立っていたのだ。
「それにしても……私でも風太を興奮させることができるのかー……。なんなら割り切ってさ、今夜から私が風太の性欲処理を―――」
「大きなお世話だっ!!」
からかっているのかマジなのか、一体どこに実の双子同士で愛し合う奴らがいるというのか。
そうこうしている内に家に到着した。古めかしい外見だが、母との思い出が残る大事な家である。
「ただいま」
若干立て付けの悪くなったドアを開けると、パタパタと足音が近づいてきた。
「お帰りなさい、兄さん」
妹の菜月である。エプロンをかけ、菜箸を持っているところを見ると晩御飯を温めなおしてくれていたようだ。
姉譲りの綺麗な顔立ちと黒縁の可愛い眼鏡が上手く組み合わさり、何とも知的な印象を与えている。
「今炒め物を温め直してるから。少し待っててね」
「ん、ありがと菜月」
わしゃわしゃと頭を撫でてやると子猫のように目を細める。何となく先ほどのイライラが解消されていったように感じた。
「おいこら菜月、美鳥お姉様には挨拶は無しかい?」
そんな僕らの間にズイッと割って入る美鳥。何というか、絶望的に空気が読めていない気がする。
撫でられるのを中断された菜月はムッとした目で美鳥を睨みつける。やはりこの二人の相性は最悪なようだ。
「挨拶して欲しければ先に挨拶するのが常識でしょ。馬鹿なの? 死ぬの?」
「死ぬのはあんたよ菜月。どうやら年上に対する礼儀がなっていないようね」
「年は上でも馬鹿だもん。正直〝礼儀〝って単語が美鳥から出たのが信じらんないレベル。拍手ならしてあげるけど」
「……なるほど。どうやら拳をもって〝躾〝をしないといけないらしい。眼鏡は外しておいたほうがいいわよ」
いつも通りの展開。毎度毎度帰宅のたびにこのやり取りは行われており、僕は黙ってリビングへ行くしかない。
どうせこの後の収拾は姉がつけるのだから。
「あんた達、ガチマンがしたいなら表でやってちょうだいな。なんなら朝までどうぞ」
結花姉の登場によりこの戦闘は一旦幕を閉じる。なんだかんだで家の中で最も強いのは結花姉なのだ。
「私は別に戦いたいわけじゃないわ。半知的生命体に対する好奇心が疼いてちょっとコミュニケーションを取っていただけよ」
「ねえ菜月、賭けをしましょうか。あんたが今夜安眠できるかどうか」

晩御飯と風呂を終え、僕は自室へと向かった。今は確か美鳥が風呂に入っている。
隠さねばならないわけではないが、何となく一人で読みたかった。今日、来嶋那海から貰った手紙を。
僕と美鳥は同じ部屋を使っているため、一人になる時間はこういった時しかない。
鞄を弄り手紙に手を掛ける。と、不意に部屋の扉がノックされた。
「兄さん、勉強を見てもらいたいんだけど……」
菜月だ。最近はほぼ毎日何かしらの問題を僕に見せに来る。
頭がいいくせに頻繁に僕に教えを請うのはどういうわけなのかは分からないが、無碍に追い返すわけにもいかない。
「ん、入っていいよ」
パジャマ姿の菜月が入ってくる。僕が菜月くらいの頃は、こんな時間まで勉強なんてしていなかったと思う。
それでも学年で上位の成績だったのだから、菜月が学年で1位の秀才というのも頷ける話だ。
「遅くにごめんね。この連立方程式の問題がよくわからなくて……」
「ああ、これはな……」
そんなに厄介な問題でもないのだが、秀才というものは逆にこういった平凡な問題に躓くことが多いのだろうか。
なるべく分かりやすく教えてやり、菜月が理解をすると頭を撫でるのはお約束事項だ。
(ひょっとして僕に撫でられたい為に毎晩部屋に来てるとか? ……はは、まさかな)
目を閉じ、頭を僕の胸に預けた菜月は小さな小動物のようだ。その姿に胸が熱くなった。


461 花鳥風月 sage 2010/04/13(火) 05:43:54 ID:n0A6BEnP
「はい、そこまで。もう電気消すから」
いつの間にか部屋の電気のスイッチに手をかけていた美鳥がパチッと音を鳴らす。
部屋の電気が消え、僕の机の蛍光灯の光に照らされるのみとなった僕はフッと我に返った。
「ほらほらほらほらどいたどいた! お子ちゃまはおねんねの時間ですよー」
僕に体重を預けていた菜月を引き剥がし、抵抗を受けながらもグイグイと強引に部屋から追い出す。
「はいお休み、また明日。文句なら太陽さんに言ってくれ」
バタン、と扉を閉めベッドに倒れこむ。あまりのスピーディな展開に僕はポカーンと口を開けていることしかできなかった。
と、机の上に菜月のノートが目に入った。これって明日学校で使うんじゃ……。
「何もあんな強引に追い出すことないだろ。このノート置きっぱになっちゃったじゃないか」
「菜月ならノートがなくても大丈夫よ。なんたって脳に直接書き込んでるからね」
やれやれ、と大きくため息を吐きノートを持って部屋を出る。後ろで美鳥が何か言っていたが無視した。

菜月はもうベッドに入って寝ていた為、ノートを菜月の鞄の上に置いて部屋に戻った。
と、ベッドに倒れていたはずの美鳥が僕の机の前で何かを見つめている。
「美鳥?」
「風太、コレ何?」
美鳥が見つめていたのは放課後に来嶋那海から貰った手紙だった。
さっき取り出そうとした際、鞄から少しはみ出た状態で放置してしまったのだろう。
「もしかしてラブレター?」
「いや、分からないよ。僕もまだ中を見てないし」
「私にも見せて」
女の子は色恋沙汰に興味津々とはよく言うけれども、美鳥もその例に漏れなかったようだ。
何よりそのラブレターを見つめる目が怖いくらいにマジなのだ。見ているこっちが引いてしまうほどに。
「私にも見せて」
もう一度、今度は若干命令するように言い放つ。もはやノーとは言えない雰囲気である。
「わ、分かったよ」
封をあけ便箋を取り出す。花模様の可愛らしい便箋に女の子っぽい文字でこう書かれていた。

『   天地君へ

  ごめんなさい、突然のお手紙に驚いたと思います。
 失礼とは思ったのですが、学校で天地君がよく話してくれたのでそちらの家庭の事情は知っているつもりです。
 そこで、私の祖母が経営する本屋さんでアルバイトを募集しているのですが、
 お給料も天地君が今やっている飲食店より多少多めに支払うことができるそうです。
 仕事内容については私が一から教えるので心配は要りません。
 興味を持ってくれたのなら、明日の放課後に詳しい内容を教えようかと思います。

                                         来嶋 那海         』

「アル……バイト?」
美鳥の瞳が揺れる。僕はというとラブレターじゃなかったのがホッとしたやら残念やら、と複雑な心境である。
「行くことないわ」
吐き捨てるように美鳥が言い放つ。便箋を封筒に戻し、僕の机に放り投げた。
「今のままで十分でしょ。風太じゃ断りづらいだろうから明日私から言っておくわ」
「なっ、待ってよ! 結構いい話じゃないか。個人的には凄く興味があるんだけど」
美鳥の視線が突き刺さる。完全に怒っている時の顔だ。一体何が不満なのだろうか。
「駄目よ。明日私がはっきりと断るわ」
口答えをしたら噛み付かれそうな雰囲気を察し、僕は黙って布団に潜った。何故だか胸騒ぎがして、その夜は中々寝付けなかった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2010年04月15日 18:31
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。