夏目の夏(前編)

655 夏目の夏(前編) sage 2010/05/02(日) 09:16:38 ID:+SGIl10b
 寝起きの悪い僕である。目覚まし時計は3つ使い、携帯のアラームまで使ってようやく起きるのが毎度の事だ。
 布団の中の心地よさは母親の胎内に似ているんじゃないかと思う。きっと妊娠中の女性のお腹の中には布団が入っているのだ。
そう考えると、なるほどと納得できる。赤ん坊は安らかな気持ちでぐっすりと母親の胎内で熟睡しているのだ。さぞかし良い夢を見ているのだろう。
 胎内回帰願望が僕の深層心理にあるのかないのかは知らないが、正直赤ん坊が羨ましい。
 できることなら人生の半分は布団の中で暮らしていたいと願うそんな僕なのだ。つまり朝に弱いのは当然のことなのである。
 しかし現実は甘くない。毎日朝はやってくるし、眠りは覚めてしまい起きなければならない。なんということだろうか。実に許し難い。
 これはきっと世界の陰謀だ。でなければ、布団業界の陰謀に違いない。僕を貶めようとする卑劣な罠だ。
 こんな怠惰な願望と奇妙な妄想に囚われるのは全て布団が悪いのだ。だって心地良いんだもん。
 そんなわけで、僕は朝起きるのが苦手だ。目覚まし時計は必需品である。

 そんな僕でも目覚まし時計を使うことなく夢の世界から抜け出す時がある。
 そんな場合はというと、要するに目覚まし時計以外のもので起こされるのだ。
 布団ではない重さと温かさ、くすぐったい腹部と胸、足に絡みつく何か。嗅ぎなれた香水の匂い。動かしにくい手足。
 そんな時は嫌でも目を覚ます。不快感と危機感、本能的な何かが僕の意識を強制的に覚醒させるのだ。
 そんなわけで、僕は今日も目覚ましを使うことなく目を覚ますことになったわけだ。
 ――僕の眠りを妨げる犯人は、きっと母親の胎内に布団がなかったのだろう。



 夏目燿(なつめ あき)が息苦しさとくすぐったさで意識を覚醒させ、うっすらと目を開くと、布団が盛り上がっていた。
 燿はぼんやりとした頭でしばらくそれを眺めた後、その膨らんだ布団を捲り取ろうとして、両手が縛られている事に気がついた。
 万歳をするようにベッドの両端に縛られているらしく、いくら動かしても外せない。ぼんやりとした意識が急速に覚めていく。
 不意に、腹部を撫でられた。胸の辺りに固い重みと、息を吹きかけられたようなくすぐったさを感じる。布団の中の侵入者に、燿は欠伸ではなくため息を吐いてから声をかけた。
「……姉さん、何やってんのさ?」




656 夏目の夏(前編) sage 2010/05/02(日) 09:19:02 ID:+SGIl10b
 そう呼びかけると、もぞもぞと動いていた布団がピタリと止まり、ゆっくりと盛り上がっていく。
 布団から顔を出し、燿の胸の上に侵入者の顔が露わになる。
 端正な顔だ。顔全体のパーツ一つ一つバランスが良く、形も良い。きめ細かく透けるような肌にはシミ一つない。赤みがかった長い髪は絹糸のようだ。
目を奪われるほど整った顔の女を見て、燿はうんざりしたような顔で「やっぱり姉さんか」と言った。
「おはようからおやすみまであなたの生活をサポートする人生のグッドパートナー、翠(みどり)姉さんです。グッモォニン、燿。今日も良い天気よ」
 燿の顔を覗きこむようにして、夏目翠(なつめ みどり)は極上の笑顔でそう言った。



「……オーケー姉さん、わかったから布団から出てくれ。そして下着と服を着て縄を解いてくれ」
 うんざりしたような顔で、うんざりしたような声で、うんざりしたようなため息を吐く弟を見て、翠は頬を膨らました。狙ったような表情だが可愛らしい。
 燿の言った通り、翠は一糸纏わぬ姿である。布団を剥がして露わになった肢体を見ても、燿はため息しか出ない。
 余分な脂肪のない人形のような細い肢体。透き通るような白い肌。細く伸びた手足。形の良い乳房。顔も体も人形のように出来過ぎている。
 確かに美しいと思う。自分の姉ではあるが、客観的に見ても美人だ。しかし燿はそう思うだけで、それ以外の感想を持たない。
 ――なぜなら、見慣れているからだ。そして姉だからでもある。姉に欲情するのは燿にとって有り得ないことなのである。
 全裸の美女が自分の布団の中に潜り込んできても燿にとってはただの侵入者であり、安眠を妨害する全裸の邪魔者でしかない。
「もうっ! 朝っぱらから不機嫌そうな顔しないの。眉間にシワを寄せてる燿のそんな顔、お姉ちゃん見たくないぞっ!」
「誰のせいだと思う? ねえ、誰のせいだと思う?」
 愛嬌のある翠の顔に拳を叩きつけたくなるが、両手が縛られているため燿は我慢するしかない。
「つーかさ、どうして何度も裸で俺の布団に潜り込んでくるわけ? しかも寝てる隙に縄で縛るとかさ」
 燿がそう言うと、翠は燿を見下ろして、残念そうに、呆れたように盛大にため息を吐いた。
「はああぁぁ~……わかってないわね、燿。ダメよダメ、全然ダメ。燿、女の子ってものを全然わかってない」
「なにが?」




657 夏目の夏(前編) sage 2010/05/02(日) 09:20:51 ID:+SGIl10b
 殴り飛ばしたいのをぐっと堪え、燿は聞き返す。
「女の子はね、寝る時はシャネルの5番だけしかつけちゃいけないのよ」
「マリリン・モンローかよ!? つーか質問の答えになってねえ!!」
 朝日を全身に浴びて輝くような笑顔で言う姉に、燿はとりあえずツッコんだ。

 良い反応ね流石私の弟ねと言いながら、翠はベッドから降りるとカーテンを開き、窓をガラリと全開にした。
「ほら、見なさい燿。今日も世界中が私と燿を祝福してくれているわ。
小鳥の囀りも木々の青葉も車の排気ガスも隣のペス(柴犬♂)も大五郎さん(82歳)も、隣家の朝食の秋刀魚の匂いもみんな私たちを祝福してくれているわ」
「頼むから全裸で窓を開けないでくれない? あとさっさと服を着て縄を解いてくれない?」
「もう、しょうがない子ね燿ったら。お姉ちゃんがいないとダメなんだから。本当に世話の焼ける弟だわ」
 こめかみが痙攣するのは燿の我慢が限界に近い証拠である。やれやれと首を振りながら(少し嬉しそうな顔で)もったいぶった素振りでゆっくりと翠が両手の縄を解く。
 両手両足の拘束を解かれ、上半身を起こしてから燿はあることに気がついた。スウェットが捲れ上がり、下はパンツが見えるまで下げられていた。
 色々と考えながらスウェットを着直して、未だに全裸のままの翠に振り返る。
「ありがとう、姉さん」
「いいの、気にしないで。弟の世話をするのが姉の務めなんだから」
 にっこりと笑いながらそう言う翠を見て、燿は翠と自分、そして背後の距離を確認した。

 ――後ろはベッドだから大丈夫だな。

 翠は後ろを向いて縄を片付けている。燿は静かに一歩踏み出して、翠の真後ろに立つ。翠は形の良い尻を小さく振りながら、まだ縄を弄りながら話している。
「でもね、でも世話をしてもらったら姉である私を抱きしめてキスをするのが弟の義務だと思うの。
私としてはディープなキスが良いわ。もちろん五分以上よ。その先も燿が望むなら姉さん大歓迎よ。燿の子供なら全力で妊し」
 腰に手を回す。開いた両足に力を入れ、思い切り持ち上げ――倒れるような反り返る。
「ふんッ!!」
「んふぇあっ!!」
 盛大な音が室内に響き渡る。ジャーマンスープレックス――かの有名なプロレス技である。
 燿はベッドにひっくり返っている翠にすぐさま振り返ると、近くに落ちている縄で翠の両手両足を縛りあげた。




658 夏目の夏(前編) sage 2010/05/02(日) 09:22:50 ID:+SGIl10b
「いたたた……あ、燿? そんないきなりハードなSMプレイは姉さんちょっと予想外よ」
「大丈夫だよ、優しくするから」
 そう言いながらもきつく縛りあげる。四本の縄で厳重に縛ると、タオルで目隠しをしてトドメに口にガムテープを貼り付けた。
「ふっも、おふ? おもふもんももおもんおもむもおもももうも。もう、おふ?
(ちょっと、燿? いくらなんでもこれはやりすぎだと思うの。ねえ、燿?) 」
 ベッドの上に美人芋虫が一匹。事情を知らない者が見れば驚愕すべき格好である。
 頬を赤らめながらくねくねと悶え、ふもっふふももーと言っている翠に布団を被せると、燿は静かに部屋から出て行った。



「おはよう兄さん。早速だけど助けて」
「おはよう藍(あい)。朝っぱらからそんなとこで何してんだ?」
 リビングに降りて燿が目にしたものは、正気を疑うような光景だった。
 愛らしい容姿の少女である。艶やかな長い黒髪の少女である。可憐な少女である。そして、燿の妹である。
 姉に負けず劣らずの美しい少女だ。背中まである長い黒髪は真っ直ぐに伸び、前髪は目の上で切りそろえられている。
 ガラス細工のように繊細な、人形のように可憐な少女が――リビングから見える庭で十字架に張り付けにされていた。
 パジャマ姿の少女の首には『不届き者です。餌を与えないでください』と書かれたプラカードがぶら下げられている。可憐な少女には似合わない内容である。
 燿は指で眉間を押さえて数秒ほど考えたあと、とりあえず少女――妹を助けてやることにした。
 夏目藍(なつめ あい)――燿の二歳下の妹である。

「ありがとう兄さん。兄さんが見つけてくれなかったらあの変態に火炙りにされるところだったわ」
「……やっぱり姉さんの仕業か。つーかいつからこんな目に遭ってたんだ?」
「昨夜からよ。あの変態性欲大魔神にキッチンで襲われて気がついたら……」
 手首の縄の痕が痛々しい。涙を堪えて藍は燿の胸に顔を埋めて震えている。燿は藍の頭を撫でながら、優しく声をかけた。
「原因はなんなの? まさか理由もなく姉さんが藍にそんなことするわけがないだろ?」
 燿は言ってから気づく。あの姉に限っては常識というものが存在しないということを。
「あの変態に青酸カリを飲ませようとしたのがバレ……たわけじゃないのよ。ただ兄さんにしつこくまとわりつくのを注意したら突然襲いかかってきて……」



659 夏目の夏(前編) sage 2010/05/02(日) 09:25:18 ID:+SGIl10b
 桜の蕾のような少女の唇から青酸カリという言葉が聞こえた気がするが、燿は気のせいだと思うことにした。
 きっと自分には予想もつかない二人のやりとりがあったのだ。姉妹は本当は仲が良いのだ。ただ少し互いのコミュニケーションが一般のそれとは違うのだ。
 自分の胸に顔をうずめ、鼻を押し付けて激しく呼吸をする妹を見ながら自分にそう言い聞かせていたが、いよいよ碧の様子が尋常ではなくなってきたので引き離す。
 藍は残念そうな顔をしたが、すぐに普段の表情に戻った。。
「そういえば、あの変態大魔神のせいで朝食の準備が。急いで作らなきゃ」
「朝食なら僕が用意しておくから、藍はシャワーを浴びて学校に行く支度をして。急がないと遅刻しちゃうから」
 燿が起きる時間は遅い。今回は翠のせいで早起きすることになったが、それでも一時間にも満たない程度の差だ。
 簡単な朝食でも作るのに時間は多少かかる。朝食の準備と食事、学校へ行く支度を藍が今から全部しては間に合わない。
 藍は少し迷ったが、申し訳なさそうにお礼を言うと、急ぎ足で風呂場に向かう。
 ベランダからリビングに戻った燿は大きな欠伸をして、朝の簡単な献立を考えながらキッチンに向かった。



「わかってない! わかってないわ燿! っていうか酷いわ!」
「なにが?」
「ハードSMプレイかと思いきや放置プレイっていうのは斬新よ。一体何時何が起きるのかハラハラドキドキしたわ。
でもね、放置されすぎると興奮より不安しかないの。放置プレイってのは絶妙な焦らし加減が必要なのよ!
なのに燿ったら放置しっぱなしで朝食食べてるじゃない! いくらなんでも待たせすぎよ酷いわ。っていうか私の朝食はどうしたのよ!!」
「っていうかよくあの縄を自力で解いたね。あ、姉さんの朝食は無いよ」
「兄さん、それ以上喋ると馬鹿が移るわよ。露出狂は放っておいて朝食を済ませましょう」
「だいたい磔にしておいた小娘がなんで燿と優雅な朝食を食べてるのよ。弟と食事をしていいのは姉だけという世界のルールを知らないの?
わかったらひよっ子はさっさと庭に出てミミズでも食べてなさい!」
「……いい加減服を着ようよ姉さん」
「ダメよ兄さん、変態と会話をしたら変態が移るわ」
「言ってくれたわね小娘が。挽き肉にして肉屋に売りつけてあげるから表に出なさい」




660 夏目の夏(前編) sage 2010/05/02(日) 09:28:54 ID:+SGIl10b
 眉を吊り上げて指の骨を鳴らす翠とそれを無視してトーストにジャムを塗る藍を横目に、燿はコーヒーを飲みながら考える。
 父が居ればなんと言うだろうか。やはり姉の痴態を叱るだろう。いや、無口な父は新聞を読み続けて何も言わないかもしれない。
 母はどうだろうか。きっと2人に注意するだろう。そして父が食事中に新聞を読むのも注意するだろう。
 平凡な家庭の朝の食卓というものを想像――いや、思い出してみる。やはり昔はそんな感じだったなと燿は過去の夏目家を懐かしんだ。
 夏目家の現在はというと両親は不在である。父も母も海外出張してなかなか帰ってこない。父に至ってはかれこれ二年も顔を見ていない。
 母は先月帰ってきたのに二週間足らずでメキシコに行ってしまった。次に帰ってくる時はお盆らしい。
 両親不在ではあるが夏目家は不自由なく、これといった苦労もしていない。金だけは余裕があるのだ。
 しかし家族とはこういうものではないのではないかと燿は考える。裕福に暮らしているが、多少貧しくても家族揃って生活するのが一番なのではないか。
 しかし自分たちが裕福に生活できるのは両親が海外で一生懸命働いているからである。こればかりは否定できないので考えは堂々巡りになってしまう。
 なんだかなあと考えながら、やはり両親には家に居てほしいと思う。でなければ自分が二人を止めなければならないからだ。

 時計を確認すると、そろそろ家を出なければ遅刻してしまう時間帯だ。ふと、燿は言っておくことを思い出した。
「あ、そういえば今日遅くなると思うから夕飯は二人とも先に食べといてね」
 その一言で、二人の喧騒が止んだ。
 一気に食卓が静かになる。牛乳を口に運ぼうとしたまま止まる藍。未だに裸(パンツと靴下だけは着用している)のまま立っている翠。
 トーストをコーヒーで流し込み、ごちそうさまと言ってから席を立とうとした燿は二人が硬直したまま自分を凝視していることにようやく気がついた。
「ん? どうしたの二人とも」
「……遅くなるというと、何時くらいになるの?」
 牛乳の入ったコップを持ったまま、藍が平坦な声で尋ねる。
「んー……遅くても8時前には帰ってくるかな」
「どういうことかしら。遅くなる理由をこの姉に説明してちょうだい」
 裸のまま(パンツと靴下は着用している)燿の前の椅子に座り、どこから出したのかメガネを掛けて翠が質問する。ちなみに伊達メガネである。



661 夏目の夏(前編) sage 2010/05/02(日) 09:31:45 ID:+SGIl10b
「まあ用事っていうか友達と遊ぶだけだよ。ほら、この前家に遊びに来た遠見と赤城たち。二人とも知ってるでしょ?」
「兄さんと仲の良い友達ね。椎茸みたいな人と玉葱みたいな人だったわね」
「ああ、あの将来に希望を見いだせそうにない路傍の石ころのくせに燿と仲の良い二人ね」
 酷い言いようである。
「そんなわけだからさ、今夜は夕飯はいらないから」
 燿はそう言うと自分の食器を持ってキッチンに向かうと、今度は冷蔵庫からいくつか適当に見繕って翠の前に置いた。
「これで朝食作って自分で食べてね。それじゃ学校に行ってくるから。藍も急がないと遅刻するよ」
「ま、待って兄さん。一緒に行くわ」
 慌てて牛乳を飲み干して食器をキッチンに置き、燿の後を追いかけて藍が玄関に向かう。
 リビングに一人残された翠は目の前の食材を眺めたまま、玄関のドアが閉まる音を聞いた。
「ゆゆしき問題だわ……」



 食パン、ジャム、納豆、卵、ご飯、イカの塩辛、ひじきの和え物、牛乳、ヨーグルト、バナナ。あと調味料にケチャップとマヨネーズ。
 翠の前に置かれた品々である。テーブルの中心には大きなボウルにサラダが残っている。
 翠は品々を見つめながら腕を組んで、もう一度「ゆゆしき問題だわ」と言った。
「燿が私をほったらかしにして友達と遊ぶなんて。1日は24時間しかないのよ。学校に行っている間離れているだけでも我慢しているのに遅くなるなんて耐えられないわ」
 トーストを焼いて目玉焼きを作り、かき混ぜた納豆をトーストに塗りたくり、その上に目玉焼きを乗せてケチャップをかける。
「きっと友達に無理矢理付き合わされているのね。燿ったらキリストより釈迦より優しいから路傍の蟻にも優しくしてしまうのね。
でも燿はもっと私に優しくするべきだと思うわ。弟が姉に優しくするのは大宇宙の法則であり国家の誕生から決められているルールなの。
嗚呼、昔はあんなに甘えん坊さんだったのに……」
 ミキサーに牛乳とバナナとジャムを入れ、ヨーグルトとひじきの和え物も投入する。
「まさか友達に誑かされたのかしら。悪い友達に唆されている可能性は否定できないわ。神に唾を吐くが如き愚か者が燿の身近にいる可能性もあるわね」
 ご飯をレンジで温めてその上にイカの塩辛を乗せて、ついでにマヨネーズをたっぷりとかける。
 この間僅か二分半。カップラーメンができるより早かった。




662 夏目の夏(前編) sage 2010/05/02(日) 09:36:11 ID:+SGIl10b
 独り言を呟きながら作った料理(らしきもの)をテーブルに置き、翠はふと表情を曇らせた。
「そういえば今日遊ぶのはさっき言っていたカブトムシとバッタだけなのかしら?
燿の言い方だとそのほかにも誰かいてもおかしくないわ。心配だわ、嗚呼、心配で心配すぎるわ……」
 ――遠見と赤城たち。“たち”と言っていたわね。
 二人だけとも受け取れるし、二人とその他とも受け取れる。
「まさか……女も混じってるんじゃないでしょうね……。ダメよダメ、姉さんそれだけは許さないわ」
 翠は鼻息荒く席から立ち上がると、後片付けもせずに自室へと戻った。
 ちなみにテーブルにあった料理(とは言いにくいもの)は、作る時間より早く食卓から無くなっていた。

 ところでどうでもいい話だが、翠は一つ勘違いをしていた。
 燿が用意した材料はあくまで『適当に選んで好きに食べて』という意味である。つまり自分の朝食は自分でなんとかしてという意味だ。
 しかし翠は別の意味で捉えた。
 ――この僕が姉さんのために選んだ材料を使って最高の料理を作って食べてね。
 と解釈したのだ。
 ゆゆしき問題とは二つの意味であった。一つは朝食のこと、もう一つが燿のことだった。どうでも良い話である。
 そんなわけで、夏目家のリビングには緩やかな空気だけが微かに残った。

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最終更新:2010年05月09日 22:20
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