焔の笛

637 :焔の笛 [sage] :2011/11/16(水) 23:17:54.10 ID:5jfFthCt (2/8)
『焔の笛(ほのおのふえ)』
それは西ヨーロッパのとある国に存在する世にも美しい宝飾が施された銀の剣。
かつてその地にあった一国のお姫様のために作られた護身用のサーベルである。
美しい銀の刀身はお姫様のごく上品の絹のような肌を
魔除けの効果があるといわれた大粒のルビーは彼女の燃える火のような目を
振れば風を切る音が響くほどの切れ味は彼女のまなざしを
そして金細工の柄と鍔は秋風になびく穂のような金色の髪をそれぞれモチーフにして作られた。

この剣はそのこの世のものとは思えない美しさと妖艶さでこれまで数々の人物の手に渡ってきた。
だがこの剣を手にした人物は皆一様に精神が衰弱して行き、終には剣で首を切り裂いて自害してしまう。
自害した全員が首から笛の音色のごとく血を噴出すため、いつしか装飾されたルビーにもちなんで『焔の笛』と呼ばれるようになった。

そう、『焔の笛』はすさまじい邪気を放つ呪われた宝剣である。
これは『焔の笛』にまつわる御伽話である。




638 :焔の笛 [sage] :2011/11/16(水) 23:20:09.59 ID:5jfFthCt (3/8)
***************

昔々、かの地に一つの小さな国があった。
豊かな自然と温暖な気候、それに大国との街道の道中にあったこの国は貿易も盛んで領地こそ少ないものの非常に恵まれた国だった。
唯一つ、国王の好色であったことを除いて。

城には王様と幼いお姫様と従者がお城で暮らしていたが、
あるときから騎士達の武具を作る鍛冶屋とその弟子である少年が住み込みで働くことになった。
幼いお姫様と弟子の少年は気が合ったのか、すぐに親しくなった。
時間があるときは二人で良く遊んでいた。

時は流れ、少年と少女は成長し身分は違えど二人は恋に落ちた。
子供の時よりより親密に、お互いを求め合った。

だが、それを国王は許さなかった。
王の娘と一人の鍛冶屋、当時の社会が二人を許すはずがない。
そしてさらに鍛冶屋の弟子は王が妾との間に作った子供でお姫様とは兄妹であると知らされるのだった。
王は「わが子ゆえの情けから城で彼らの面倒を見てやっただけのことで
それ以上は干渉するな」とも言った。

「これ以上ここにはいられない。」
鍛冶屋の弟子はそう思い、お姫様と自分の師に別れを告げ城を後にした。
間もなく鍛冶屋の師も城を追い出された。

お姫様は恋人が兄である事実を知ったことと全霊をこめて愛した男を引き剥がされたことで悲嘆し、三日三晩、自室で打ちひしがれていた。

その後、国王は近隣の強国の王子とお姫様の政略結婚を取り付けた。



639 :焔の笛 [sage] :2011/11/16(水) 23:22:39.44 ID:5jfFthCt (4/8)
それから何年か経ち、来年にもお姫様が嫁ぐというときになってお姫様はどうしても鍛冶屋の弟子だった青年に会いたくなった。
長年自分自身の欲求を押さえつけてきた彼女は
「結婚相手の城に行くときにもしものことがあっては。」
と自分の剣をこしらえることを口実に彼に依頼した。

立派な鍛冶屋として成長したかつて弟子だった青年は快く引き受けて
「この世で一番の剣をあなたのために造って見せましょう。」
と彼女に誓って見せた。

1年のときが流れ、いよいよお姫様が嫁ぐという前の月に鍛冶屋の青年から剣が完成したとの知らせが入る。
それを聞いたお姫様はある決意を胸に彼に会いに行くのだった。

完成した剣を見たお姫様はあまりの出来に言葉を失い、
「あなたを想いこの剣を作り上げました。」と熱く語る青年の言葉をかみ締めた。
ひとときの幸福が彼女をつつみ、かつて城で二人暮らした日々を思い出した。

そしてしばしの暖かな静寂の後、お姫様は青年に哀願した。

「表に軽装の従者が二人います、どうかその剣で彼らを殺してください。」

彼女は青年と一緒にいることをこれまでずっと望んでいたのだった。
たとえそれが血のつながった兄だと知っても。

「どうか私をあなたのそばにおいてください。
 どうか私をあなたと同じようにさせてください。」

お姫様の覚悟を聞いた青年は首を縦に振ることはなかった。


640 :焔の笛 [sage] :2011/11/16(水) 23:24:52.52 ID:5jfFthCt (5/8)
お姫様が嫁ぐ強国は逆らう輩は皆攻め滅ぼすという残虐な国だった。
ここで相手の機嫌を損なうような真似をすればこの小国などひとたまりもないだろう。
「あの国を裏切り、ましてや平民と駆け落ちするなど許されません。
 あなたはこの剣を持って馬車に乗り、城に戻って暮らすのです。」
青年はお姫様をそう説得し

「それに私には守るべきものがあります。」

と言った。

長い年月はお姫様と青年の距離だけでなく心も遠く引き離していた。
一途に兄を想うお姫様とは反対に『お姫様は愛する妹』として現実を受け入れ、一人の鍛冶屋として青年は生きることを願っていたのだった。

「・・・そんな・・・!!」

お姫様は人生最大の賭けに負けた。
この国で最高の権力の家に生まれながら、何一つ望みが叶わないジレンマ。
駆け落ちは失敗し、『最愛』はどこのだれかもわからない平民の女に奪われた。
ましてや『最愛』の子を腕に抱いているではないか。

お姫様が毎日毎晩想い続けた理想は目にした光景とあまりにもかけ離れていたたので、
お姫様は耐えられなくなり剣を受け取って城に帰った。

それからお姫様は自分の過去の想いと
直視できない現実と
救いのない未来を悲嘆し
三日三晩自室にこもって泣き続けた。

そして、3日目の夜
『最愛』が作った自分への一番を見つめて眺めた後
自分の喉笛を切り裂いて自害した。


641 :焔の笛 [sage] :2011/11/16(水) 23:27:05.52 ID:5jfFthCt (6/8)
お姫様の死を受けた国王は国を憂いひどく悲嘆した後、
自害に使われた剣があの青年が作ったものだとわかると激しい怒りを抱いた。

「今すぐその鍛冶屋を連れてこい!!」

兵士達は散々青年を殴る蹴るなどして捕らえた後、国王の前に差し出した。
すると国王は
「貴様など生まれなければ良かった!」
と言って国王はお姫様の剣でばっさりと青年の首を落とした。
青年は物言わぬ体となった。

しばらくして、この国は強国に攻め滅ぼされた。
国王は捕らえられ何日も拷問を受けた後、
お姫様の結婚相手の王子によってお姫様の剣で首をはねられた。

小国は王に仕えた家臣、従者、町の住民、果ては地方の農民にいたるまで
女子供も皆殺しにされ根絶やしにされ、この世から消えうせた。

************


642 :焔の笛 [sage] :2011/11/16(水) 23:29:03.97 ID:5jfFthCt (7/8)
そして現在、何人もの命を消した『焔の笛』は
誰も所有したくなくなり、博物館に寄贈された。

鞘に収められ厳重に縛り付けられた剣は誰にも触れられることがないようにと
地下保管庫の天井に高く鎖でぶら下げられている。

だが、お姫様の想いは消えず刀身に残っているようで
夜な夜な地下では次の所有者を切望して『笛』が泣くという。

お姫様よりも一層狂気の沙汰にある者のみがこの剣を手にしても命を落とさずにいられるという噂だが、
いまだかつて3日目の晩より長く生きながらえたものは




いない。

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最終更新:2011年11月18日 13:57
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