386 :王子と奇怪物 [sage] :2012/03/09(金) 02:47:37.00 ID:eSDRY+16 (2/8)
年の近い兄とは幼い頃からとっても仲が良かった。
私が遊ぶとき、学校に行くとき、お風呂に入るとき、寝るとき。
全ての記憶に兄が一緒にいた。私達はずっと一緒にいると当然のように思っていた。
兄の好きな冒険ゴッコでも必ずお姫さまにしてくれたし、ゲームでも気を使って私ができるゲームだけ選んで遊んでくれた。
小さいながら兄は紳士的に私を扱ってくれた。御伽噺の王子のように。
私はそんな兄の唯一のヒロインであることに疑いは無かったし、誇りに思っていた。
それははじめた私の中に宿った男女の愛の原型であった。
成長するに従ってその原型は私の心に残り、中学にあがっても兄は私の中では小さな王子だった。
でもあるときから、兄は大人の男になったんだって実感した。
上級生のクラスで見せる家とは違う顔。
仲間と笑う顔、女子と話す顔、苦しそうに断りを入れる顔・・・
どれも美しい顔だった。儚げで、愁いを帯びた表情にどこか現実を受け入れているような穏やかさが新鮮だった。
そして、私が見ず知らずの男子に告白を断ったとき、
兄はしつこく迫るその男子と私の間に割って入り守ってくれた。
兄は身を挺して私を守ってくれた。今でも王子でいてくれた兄。
私は成長しても兄のお姫様だったことがたまらなく嬉しかった。
387 :王子と奇怪物 [sage] :2012/03/09(金) 02:49:40.59 ID:eSDRY+16 (3/8)
そのときから私は兄に対して愛が燃えあがるを感じた。
それは私の中で家族愛という言葉では済まされないほど大きくなっていった。
でも、兄はそうは感じていなかった。
高校に入ってすぐに言った。「彼女が出来た。」と。
受験勉強で、兄と同じ高校に行くために努力している中で言われた。
「小学校から気になってた子なんだ。」人生で一番嬉しいとはっきり兄は・・・
あなたのために思いを募らせている私はなんなの?
髪型や服装、趣味や志望校まで変えて努力している私に報いは?
どこのどいつなのそれ?
そんな口に出せない鬱屈した気持ちでいっぱいだった。
社会のルールがそうである以上わたしには沈黙以外なかった。
「よかったね、お兄ちゃん」そう言って私はその晩部屋で泣いた。
部屋の外で父と母が兄を祝福している声が聞こえた。
すぐに部屋から飛び出て家中荒らして暴れまわってめちゃくちゃにしてやりたかった。
でも、できなかった。私は兄の妹。許されないから。
行き場のない怒りと嫉妬を押さえ込んだまま3年が過ぎた。
兄と恋人の仲は3年間でもっともっと親密なものとなって
私の愛ももっともっと・・・押さえつければつけるほど増幅していった。
まるで箱からあふれ出ようとする怪物のように。
私の心で暴れるの。狂いそうに激しく心を打ちつけるの。
388 :王子と奇怪物 [sage] :2012/03/09(金) 02:51:50.82 ID:eSDRY+16 (4/8)
そんな矢先、あんなことが起こるなんて思いもよらなかった。
兄の恋人が死んだの。「日本の切り裂きジャック」「覆面男」だとかいう殺人鬼に惨殺されて。
13番目の犠牲者だったかしら。
同時に両親も死んだわ。
二人で郊外へドライブに行ったっきり事故で。
兄は抜け殻のようになった。立て続けにあんなことがあったら仕方ないかもしれない。
私も両親が死んでショックだった。仲は悪くなかったから。
でも、私はそれ以上に兄への想いが勝った。
邪魔な恋人は死んだし、私の愛をとがめる両親もこの世にいない。
私は今で呆然とする兄に後ろから腕をまわし、迫った。
私の抱擁と口付けを慰めるように兄に。
でも、兄は拒んだ。
それ以来兄は私を妹として、人として見てくれなくなった。
怪物でも見るかのような恐怖に満ち満ちた眼差しが私の心を深くえぐった。
部屋の荷物をまとめ、この家を出ようと模索する兄の姿はもうかつての王子ではなかった。
私はただ兄に居てもらいたかった。
私と兄、かつてのような私だけの王子であってほしかった。
だから、兄が寝たときに注射器で空気を打って殺したの。
私から離れた兄はどうするとおもう?
私を捨てて新しい女とあのときのように子作りするに決まってる!
世界で一番兄さんを愛している私を紙くずみたいに投げ捨てて!
誰にも兄さんを渡したくなかった。
兄さんを愛したのはこの世で私一人。
それが私の全て。
389 :王子と奇怪物 2 [sage] :2012/03/09(金) 02:53:56.52 ID:eSDRY+16 (5/8)
2
ここは都内の住宅街のとある一室。
「そうでしたか。それで兄の死体を冷蔵庫で、ミイラにしたんですね。」
納得がいったように少女のような見た目の若い刑事が問う。
童顔で低身長であるが正真正銘の刑事である。
「兄は絶対に私と離れちゃ駄目なんです。それが死んだあとであっても。」
「では、なぜ貴方の兄と似た外見の男性を次々殺したんですか?」
童顔の刑事は再び問う。
「兄は私のことを愛していたか・・・それが確かめたかった。
兄から私を愛していると一度もいっていなかったから。」
「だから代用で似たような男性に接近した。ですか。」
「でも偽者は偽者よね。ぜんっぜん駄目。
下品で醜悪なクズばかりだった。兄と同じ生き物と思えない。
生きる価値なんてない、つまらないゴミだから処分しただけ。」
「そうですか。では、続きは署でお伺いしましょう。」
淡々と刑事は言う。
「その前に聞きたいんだけど、どうして私が怪しいって思ったの?
最初から目をつけてられてたけど。」
「あなたは私と同じ穴の狢ですから。匂いでわかります。」
にやりと刑事はわらう。
「は?」
390 :王子と奇怪物 2 [sage] :2012/03/09(金) 02:56:04.39 ID:eSDRY+16 (6/8)
「フフ、それはさておき、殺害に使われた注射器ですが何のツテもなしに一般人が入手するのは容易ではありません。
しかし、この辺には違法粗大ゴミが投棄されているゴミ捨て場がありますね。
そこではもちろん用途はわかりませんが、正体不明の注射器が捨てられて問題になっています。
凶器に使われた注射器がそこで手に入れたものだとしたら、
どこかに犯人と思わしき人物がコンビニなどのカメラに映っているのではないかと思って。
探してみたんです。」
「あけぼの町のセブンイレブンね。近道なのよあの道。」
「ええ、その通り。貴方の家から最も近いコンビニに夜遅く出かけている貴方が
店の前を往復する姿が確認されました。
戻ってくるとき、衣服に泥が付着していましたよ。
つまり、あの晩ゴミの山をあさったということに違いないんですよ。
往復にかかった時間も自宅とゴミ山を往復する時間と一致していますからね。」
「こんなに早く足がつくとはね。」
「まぁおかげで私は最初っからビデオ係でした。
さて、凶器の注射器はどこですか?」
刑事はポケットに手を突っ込んでため息をついた。
「どこにあると思う?」
そう言うと犯人は隠していた注射器を取り出す。
「やはり自殺用に隠し持っていましたか。」
「今行くからね・・・お兄ちゃん!」
391 :王子と奇怪物 2 [sage] :2012/03/09(金) 02:58:16.65 ID:eSDRY+16 (7/8)
腕に注射器が届く瞬間、ダァン!という銃声が響いた。
注射針が刺さっているはずの腕には針が刺さっておらず、砕けたガラスの先端が皮膚を切っているだけだった。
「実は私、大学時代はエアピストル射撃で代表候補だったんですよ。」
煙を上げる拳銃を手に刑事は言った。
「・・・・なんで?」
茫然自失となっている犯人に刑事は続けた。
「貴方が殺した男性たちは貴方にとって他人であっても
彼らは家族にとっては兄でした。貴方と同じ!兄だったんです!
都合よく死ねるとでも?それは・・・彼女たちは許しませんよ?」
「彼女・・・たち。」
犯人はその場に座り込んで表情を変えぬまま、一筋の涙を流した。
「さぁ、いきましょうか。」
犯人を護送するパトカーの中で刑事は言った。
「一番愛しているだけでは駄目なんです。
人に愛してもらうにはそれだけでは駄目なんです。」
「え?」
「さっき言ったじゃないですか。
・・・特に血の繋がりはそれ以上に厄介です。」
「・・・あなた・・・」
「いったでしょう、同じ穴の狢であると。」
「苦労するわね。お互い。」
「ええ、苦しいですね。水が飲めないオアシスみたいに・・・」
「ヨースケは今頃どうしてるかな?」と小声で刑事がつぶやいたのを犯人は聞いた。
パトカーは夜の霞ヶ関のビル街に消えていった。
最終更新:2012年03月14日 19:54