333 名前:『君の名を呼べば』2 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/10(月) 10:21:47.95 ID:yixxA41o
転機はいつも突然に。
真道硝子は双子の兄で在る真道頼光に才能を妬まれ、脅されて毎晩のように性的暴行を受けているらしい。
登校途中、通学路、次々と耳に入る生徒達の噂。
本人が側に居るのに気付かず、真道頼光が誰かもわからずに、上級生が、下級生が、顔さえ知らない俺の話しをする。
だが、今日はたまたま、本当に偶然、ガラスが寝坊して助かった。この場所に居たら何て声を掛けて良いか……
偶然を起こしたのは日程。ガラスは俺とのデートが楽しみで中々寝付けず、結局は電車を一本遅らせるまで寝坊した。
待たなくて良いと繰り返し言われ、仕方なしに一人で先に来たが……助かったな。
しかし問題は、誰が流したのか、それとどこまで噂が広がってるか。
俺の顔を知らない奴らが噂してるって事は、同学年……ましてや同クラスはアウトと思っていい。
誰かが、俺とガラスを……いや、噂の内容からするとガラスは一方的な被害者か。
つまりは、俺を、陥れようとしてる奴がいるってこった。
それも金曜日の放課後から月曜日の朝までの短期間、超スピードで噂を全ての学年にバラまける人物。またはグループ。
「はぁぁっ……」
青空を見上げて溜め息を一つ。
とか考えたものの、犯人探しはまず無理だ。こんなに広がっちゃ、元を探すなんてできない。
それより俺が考えなくちゃイケないのは……ガラスを守る方法。
「よしっ、ここが踏ん張り所だな」
パチンと自分の頬を張って気合いを入れ、両手を強く握り締めながら校門の内側へと踏み込んだ。
334 名前:『君の名を呼べば』2 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/10(月) 10:23:53.75 ID:fw21UuHr [3/3]
真道くんって、硝子さんに酷い事してるの?
聞こえないのに聞こえる声。心に届く。視線が突き刺さる。
一時間目の授業は始まってると言うのに黒板を誰も見ようとせず、チラチラと、だけれども確かな意思を持って俺を居抜く。
みんな聴きたくて、知りたくて、仕方ないのだ。
噂は本当なのかと、本当に俺が、妹を慰み物にしてるのかと。
「はっ、くっだらねぇ」
ガラスが居れば上手く納めるさもしれない。
加藤が居ればそんな噂は嘘だと庇ってくれたかもしれない。
けれど今は一人。加藤は休みで、ガラスは向かって来てる最中。
そして俺は、かもしれないは信じない。
この噂を聞いて、ガラスが立ち直れないぐらい傷付いたらどうする? そんなのは駄目だ!!
だったら今の俺にできるのは、考えつくのは……
「先生、具合が悪いんで早退します」
事態を先送りするだけ。
ノートを片付け鞄を持って、教師の返事も待たずに席を立つ。
一歩、一歩、廊下へ歩けば、みんなの視線も釣られてスライドする。
そして教室を出る瞬間、そして深呼吸、そして後ろに振り返り、クラス全員の視線を捉えながら……
「妹とヤる訳ねぇだろバーカっ!!」
大声でそれだけを残して廊下へ飛び出した。
335 名前:『君の名を呼べば』2 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/10(月) 10:26:26.14 ID:CzYJsT4S
歩く。歩く。授業中で人気(ひとけ)の無い廊下を、階段を。
こんなクダラナイ場所はさっさと抜け出してしまおう。
冷静に考えれば、教室で啖呵を切ったのは正解だった。噂を証明する物なんて無いんだから、俺が違うと否定すれば少しはマシになるはず。
いちいち、イチイチ、愛想笑いを浮かべながら、「ははっ、そんな事しないよ」と答えて行くより、よっぽどボロが出なくてマシ。
後は、噂が消えるのを待つばかり。せめて同学年……せめて同クラスの奴らには、こんな噂は忘れて欲しい。
「こんなんじゃ、学校に来れないぞ……」
ポツリと俯いて吐き出し、靴を履き替えて、
「どうしたの?」
不思議そうな被害者の声を聞く。
幸運。ベストタイミングで出会った。そのまま靴を脱ごうとしてるガラスの手首を掴み、校庭へと引っ張り出す。
「ちょっと、授業はどうしたのよ? ねぇ、ねぇってば!?」
問いには答えない。前しか見ない。校門に向けて逃げ出すように早歩く。
まずは学校から離れよう。全てはそれからだ。それから、それから……
「頼光、ヤメてっ、痛いってば!! おにいちゃん!!」
おにいちゃん。そのフレーズで身体がビクンと震え、慌ててガラスの手首を放す。
「あっ、ああっ……ごめんな、ごめん」
ちょうど校門を踏み越えた学校の外。振り向けば目に映る、涙ぐんで自分の手首をさする妹の姿。
バカは、妹を泣かせるのは俺じゃねぇか。
336 名前:『君の名を呼べば』2 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/10(月) 10:28:40.57 ID:LioR4WTh
ギチリと下唇を噛む。
もちろん痛いし、血も滲んでるだろうけど、そんなもんは何でもない。俺の傷やケガなんて何でもないんだ!!
俺はただ一人……
「俺と行こうガラス? 学校をサボって、今からデートしよう」
ガラスだけの幸せを願って。
目を閉じ、深く息を吸い、息を吐き、目を開いて、手を差し伸べる。
できる限り優しく微笑み掛け、できる限り不安を取り除いて、まっすぐ、真っ直ぐ、手を差し伸べる。
「頼光と、二人きりで?」
唐突で、しかも普段の俺からは想像も付かない言動なのか、ガラスはその手を見つめながら、再び不思議そうに赤い瞳を揺らす。
だからその問いにも、力強くうなずくだけ。今までは加藤をガラスに惚れさせようとして、三人……もしくはそれ以上の人数でしか外で遊ばなかった。
「デートなんだから、当然だろ?」
けど、そんな日々も終わり。ガラスは俺を選んだから。
才能も無い、交友範囲も狭い、取り柄の無いダメな男を。
「私ね? 頼光と一緒なら、このまま地獄に連れて行かれても良いわ……今、すごく幸せよ」
差し伸べた手に、一回り小さな手が重ねられる。
重ねたのは少女。頬に零れた涙を指で拭い、満面の笑みを見せる少女。
俺と二人でデートするってだけで、喜んで、感動して、泣いてくれる、大切な……双子の妹。
337 名前:『君の名を呼べば』2[sage] 投稿日:2012/09/10(月) 10:30:08.07 ID:OpS3T/at [1/2]
歩く。歩く。人の行き交う道を、アーケード街を。
兄と妹が手を繋いで、指を絡ませて、目的地のシアターホールに向けて並んで歩く。
「なぁ、そろそろ離しても良いんじゃないか?」
確かに大切な奴だけど、恥ずかしいもんは恥ずかしい。
さっきは気が高ぶってたから大丈夫だったが、落ち着いて来るとどうも恋人繋ぎは周りの目が気になるのだ。
こっちは力を弛めて離そうとしても、それを素早く察知したガラスがギュッと握って離してくれない……だけだったら良かったのに。
「イヤよ……私は見せ付けたいの!!」
ガラスは俺の言葉を聞くと、可愛らしく頬を膨らませて腕を抱き締め、身体をより一層に密着させる。
この時間は辺りに生徒なんていないのに、誰に見せ付けんだよ?
「はぁぁっ……なんだそりゃ?」
ただただ呆れて、本日何回目かもわからない溜め息を吐くばかり。
338 名前:『君の名を呼べば』2 ◆uC4PiS7dQ6 [sage] 投稿日:2012/09/10(月) 10:32:18.68 ID:OpS3T/at [2/2]
とか、な……
そんな考えだから、妹と遊んでご飯を食べるだけだ、なんて考えだから、いつまで経っても俺は成長しない。妹よりいつも後手後手に回るんだ。
「そんなんじゃ駄目よ頼光……今日は『おにいちゃん』の部分は見たくない。一人の女性として扱って……でないと私、帰るから。私に学校へ行かれると、困るんでしょ?」
硝子は赤い瞳を細めて見上げ、ニィィッ……っと口を三日月の形にして、少女の笑顔をいつの間にか妖女の微笑みに変化させる。
さっき感動して泣いてた人物とは、とうてい思えない。思いたくない。
けど現実なんてのはいつだって、
「も、もちろん。女性として扱うつもりだぞ俺は? ただちょっと恥ずかし……」
「頼光っ!! 言っとくけど、今日はトイレ以外で手を離すつもりは無いから。良いわね?」
残酷なもんだって決まってるもんだ。
手を、身体を、離そうとすれば簡単に離せるだろう。力の差とか、そんなんじゃなくて、ガラスが力を抜いたから。
手を放したければどうぞ?
身体を離したければどうぞ?
言葉にしなくても伝わって来る。だから今度は、俺が硝子の手を握る番だ。
本気だって理解できるから、俺が手を放したら、本気でデートをキャンセルするって嫌でも理解できてしまうから。
だからガラスを守る為、
「お前こそ、途中で恥ずかしくなっても放さんからな?」
今だけ兄から男に代わる。
最終更新:2012年09月10日 11:18