幕間 Call

292 :幕間 Call ◆3AtYOpAcmY :2014/02/01(土) 18:43:43.03 ID:xakJRKre
 ある夜のこと、由貴乃のもとにあった電話が鳴りだした。
 プルルルル……プルルルル……。
「はいはい、今出ますよ」
 催促するかのような音に応えるべく彼女は受話器を取った。
「はい、酒井です」
『由貴乃ね?』
「淳良さん、聞きましたよ。
 もう日本に帰ってきてるんですか?」
『いいえ、まだスイスよ。
 翼が亡くなったそうね』
「ええ、操先輩と一緒に」
『いい気な死に方ね、蘭蝶みたいだわ』
「浄瑠璃なんか聞くんですか」
『そうよ、翼も好きだったわ』
「歌詞の通り『ともに永らえ果てぬ身を 一しょにやいのとすがり付』いたわけですね」
『心と心を抱きしめたのでしょうね』
「操先輩と翼さんの命は『短夜の 鳥も告ぐるや鐘の音も』とばかりに死に急いだんです」
『「あすの浮名やひびくらん」、私もその生き様をこの地で聞かせてもらったわ』
「本当に物語の世界のようでしたからね」
『そうね。新内はいいものよ、明烏とか伊太八とか。
 翼とはその話なんかでもよく盛り上がったわ』
「だから死んだんでしょうかね……」
『ま、それだけじゃないでしょうけどね。
 ただ、自分の身に置き換えて共感した、ということはあるかもね』
「心中物も、他人事として聞く分にはいいでしょうね。
 でも、私は実際にそうなるのは御免蒙りますね。
 恋も愛も、生きてこそじゃないですか。
 熱い唇も芳しい体臭も迸る精液も、死んだら二度と味わえないじゃないですか。
 私なら、愛する人と一緒に、生きて生きて生き抜きますよ。
 それこそ、どんな手段を使ってでも」
『あなたならそう言うと思ったわ』
 機嫌良さそうに相手の意見を受け止める。
『それで、いつ和奈を殺るの?』
「殺りません」
 好奇を孕んだ質問に、由貴乃は素気なく返した。
『あら、隠すことないじゃない』
「最後辺りの操先輩の壊れ方を見れば、誰でもそう思いますよ」
『愛しい人がぶっ壊れていくのも乙なものよ』
「そう思ったから翼さんは亜由美さんを殺したんです。
 でも、私はどうしてもそう考えられなかった。
 兄に幸せでいてほしい、それは本心です」
『大変ね』
「淳良さんこそ。何でも、婚約までするそうじゃないですか」
『あの人は誰も愛していない。あの人が愛しているのは自分自身だけだから。
 そこは助かったわ』
「羨ましいですね」
『でしょう』
 と、茶目っ気を帯びた声で答える。
「他の人とセックスすることさえ我慢するのに、たかだか連邦議会の議席一つも与えるつもりはないなんて、変な話ですね」
『私も出来るだけあの人が欲しいものは手に入れられるようにしてあげたいわよ。
 だからどうにかならないかな、って考えたんだけどね。
 やっぱり人の耳目に晒される仕事は、ちょっと……ね』
「そうですね、そう考えるのも無理はないですよね」
『まあ、後一押しであの人は薬籠中のものになるんだから、頑張らなくちゃ』
「ええ、頑張ってくださいね」

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最終更新:2018年07月14日 17:03
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