下篇 Depravación

274 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 19:49:22.05 ID:xfif4/8c
 部屋に戻り、希一郎はベッドの上に死んだように倒れた。
 その時、部屋の電話が鳴り響く。
 疲労困憊しつくしていたが、それでも何とか受話器の下に向かう。
「Hello, this is Kiichiro Sakai speaking.」(もしもし、酒井希一郎です)
 手にすると、回線越しにサンドハースト仕込みのクイーンズイングリッシュが聞こえてくる。
『Hi, Kiichiro. Hugo Dictador.』(やあ、希一郎。ウゴ・ディクタドールだ)
 ディクタドールは陸軍に所属していたが、連隊長だった時にクーデターを図って失敗、除隊後に大統領選に出馬して当選し、現在に至るまでその職にあるという経歴の持ち主であった。
 社会主義者ではあり、近隣諸国の反米的な主張に賛同したりしつつも、留学を経験したエリート軍人であった前歴からか、現実的な側面があり、ラディカルな政策からは一線を画している。
 経済界とも融和的であり、あるボリビア財界の大立者は「アカが大統領になって困ったなと思っていたが、案外理解のある奴でよかった」と密語するなど、南米の左翼指導者の中では異色の存在である。
「Thank you for calling all the way to me, señor Presidente. What's happened?」
(わざわざ電話をかけてきてくださってありがとうございます、大統領閣下。どうしましたか?)
『Have you already heard the news?』(ニュースはもう聞いたか?)
「News? Ah, it's the jet...」(ニュース? ああ、ジェットが…)
 今ニュースはジェット機の墜落事故で持ち切りである。そのことだろうとすぐに合点し、返答しようとした。
 が、その刹那、信じ難い言葉が続いた。
『I shot it down as you ordered.』(言われたとおり撃ち落としたぞ)
 希一郎は言葉が固まった。
『I was terribly distressed when you asked to kill your subordinate.
 But, he intended to accuse me and Continental Mining, didn't he?
 We couldn't leave him alone.
 Thank you for telling. Very helpful!』
(君の部下を殺してくれと頼まれたときはひどく悩んださ。
 でも、彼は私と大陸鉱業を告発しようとしていたんだろ?
 放ってはおけなかっただろうな。教えてくれてありがとう、助かったよ!)
 聞きながら凍り付いていたが、希一郎は気を取り戻した。
 何か情報を引き出さなければならないと気付いたのである。
「Who told you directly?」(直接あなたにお伝えしたのは誰ですか?)
『Don't you know?』(知らないの?)
 ディクタドールは、意外な質問に少し戸惑ったかのような声になったが、すぐに答えた。
『Your sister, Yukino.』(妹さん。由貴乃だ)
「Then she told you our request without a messenger.」(それでは、彼女は使いを立てずに私たちの依頼をあなたに伝えたのですね)
『Yeah. This being important, she didn't want anyone to have to do with this matter.』(ああ、重要なことだから、この問題には誰にも係わってほしくなかったんだろうな)
「I see. I must reward her later.」(わかりました。あとで彼女に褒美をやらなくてはいけませんね)
『Praise your sister. Chao!』(妹さんを褒めてやれよ。じゃあな!)

 切れてから暫し固まっていた希一郎は、自分が次にすべきことが彼の中で定まると、室内の電話に手をかけた。

「褒美をやらなくちゃな」

 国際電話を掛ける。

「逮捕状という褒美を」

275 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 19:50:00.04 ID:xfif4/8c
 番号を押し、そのための行動に移る。
 メロディが鳴り、ほどなくして、相手が出た。
「希一郎です、お父さん」
 電話の相手は、彼の父親であり、大陸鉱業を率いる酒井忠希であった。
『どうしたんだ、何か不味いことでも起こったか?』
「ええ、とても」
 そこで一呼吸置く。
「由貴乃が(ディクタドール)大統領と謀ってジェット機を撃ち落とさせました」
『ああ、そのようだね。こっちでも事故としてニュースになってるよ』
 彼は、「事故として」の部分を強調する。
「あの中には、黄瀬さんや和奈もいますから、日本の法廷で裁けるはずです」
 日本の刑法では、殺人については消極的属人主義が採用されている。
 つまり日本人が世界のどこで誰に殺されようと、その容疑者は日本の法律によって国外犯として捕縛されるのである。
 だが、忠希の答えは、彼の期待しないものだった。
『そいつぁできんな。由貴乃を捕まえるわけにはいかない』
 ただ、これだけだったら、某IT企業創業者ではないが、希一郎にとっても「想定の範囲内」だったかもしれない。
「膿を出し切っておかなくちゃいけませんよ。
 口封じのためにこんな荒事をやるなんて、多国籍企業に求められている遵法精神に欠けていますよ」
 しかし、それに続く父親の言葉は、彼もさすがに予想していないものだった。
『黄瀬はおまけだろ? あんなケチな奴に告発されたところでどうというわけでもないさ。
 由貴乃は和奈くんを疎んでいたんだろう?』
「……!」
『異性として、由貴乃はお前のことを見ているそうな』
「なっ……!」
『喋られたら困るような部分はみんな由貴乃が受け持ってくれてるし、捕まってもらっても困るんだよ』
「ああ……!」
 驚愕に続いたのは、慨嘆。
『それに、そういう汚れ役をやってくれてたんだから俺らも報いてやらにゃ』
 息子の心中に構わずに、父は話を続ける。
『由貴乃は可哀想な子だ、ずっと汚い仕事を引き受けてるうちに、倫理観が麻痺してしまった。
 多少不道徳でも少しぐらい楽しみを持たせてやりたいんだよ』
「お父さん、正気ですか。『多少』ですって?」
『希一郎、屏風と商売は曲がらにゃ立たぬというだろ。
 5万人の従業員とその家族を養うってのはそういうことさ』
「しかしそれは、き、近親相姦……」
 震える希一郎の声と対照的に、忠希はどこまでも平然としている。
『そんなんどうでもいいから。お前が我慢したら丸く収まるんだ』
 学級内のいじめを揉み消そうとした湖畔の町の某中学教師のようなことまで言い出す始末。
『じゃ、またな』
 と簡便に断ると、彼は通話を終わらせた。

276 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 19:50:43.39 ID:xfif4/8c
 受話器を放るかのように手荒く戻すと、希一郎は再度ベッドの上に死んだように倒れた。
 そこに、彼の部屋をノックする音がした。
 呼び声はしないので不審に思ったが、ハウスキーパーか何かかもしれないと思い、何とかドアの方に向かう。
「兄さん、御機嫌よう」
 そこにいたのは、いま彼が最も憎んでいる人間だった。
「由貴乃っ……!」
「まあ、怖い顔をなさって」
「怖いのはお前がやったことだよ。今の僕がご機嫌なわけがないだろう」
 親友である操や清次と比べて相当おっとりした性格の希一郎が、これほど荒い言葉遣いになることは皆無であった。
「その分だと、パパにもう電話したのね?」
「そうだよ、お前らが気違い沙汰を起こしたことも聞かされたし、憑き狂ったような提案もされたよ!」
「それで、どうかしら、兄さん。私も兄さんのミサイルで突いてくださる?」
 由貴乃は空気を読まずに下ネタを挟む。
 それに対し、彼は室内にあったナイフに向かう。
 それを掴み、妹のもとに戻る。
「仇討? 後追い?」
 意図を掴みかねているが、それでも声色は楽しそうでさえある。
「後追い、に近いかな」
 その切っ先……ではなく柄を、彼は突き出した。
「これは何ですか、兄さん?」
 きょとんとしている。
「和奈も殺したんだろう!? 僕も殺せ! あれだけの人数を殺したんだ! もう一人殺すくらいわけはないだろう!
 自殺じゃあいつのいる天国には行けないんだ! だから僕も殺せよ!」
 合点がいくとともに、計略の成功を胸中で喜んだ。
 あと一押しと、心を奮い立たせる。
「兄さん、よく聞いて。和奈さんは天国にはいない」
「ふざけるな! お前みたいな人殺しとは違うんだ! 和奈が地獄に行くわけはないだろう!」
「だから、和奈さんは死んでいないんだってば」
「えっ?」
 どこで一瞬時が止まる。
「それは、本当?」
 声の調子は明らかに変わっていた。
「ええ、本当よ。実はあのジェットには和奈さんは乗っていなかったのよ。
 その直前に乗せないようにしておいたから」
「どこにいるんだ? 会わせてくれっ!」
 最早すっかり冷静さを失った希一郎が、由貴乃の両肩をつかんで詰め寄る。
「この街にあるサン・ペドロ刑務所。
 ディクタドールにいい加減な罪名でぶち込んでおくように注文しておいたの。
 当然、私が言えばすぐにでも出られるから、心配しないでね」
「釈放してくれ。会わせてくれ!」
「会わせてもいいんだけど、一つお願いがあるの」
「僕にできることなら何でもする、遠慮なく言ってよ、さあさあ」
「二言ない?」
 どこかいやらしさのこもったような口調で念を押す。
「ないっ!」
「じゃあ、大陸鉱業の株式に関する将来の相続を放棄して」
「わかった」
 間をおかず、承諾した。
「……由貴乃は会社のことを頑張っていたもんね。気持ちはわかるよ」
「というのは冗談よ」

277 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 19:51:39.43 ID:xfif4/8c
「…………えっ?」
「そんなことをすれば兄さんと大陸鉱業とは何の関係もなくなっちゃうでしょ?
 そうしたら私とも疎遠になってしまう。
 今のは兄さんの覚悟を知りたかっただけ。
 本当はそれよりもっと軽いもの。今すぐにでも用意できるものよ」
「何なんだそれは! 僕にできることなら何でもするから!」
「じゃあ」
 と由貴乃は一呼吸置いた。
「私と、セックスして」
「………………えっ?」
「今、この場で、私とセックスしてほしいと言っているの」
「お、お、お前、自分が何を言っているのかわかっているのか!」
「わかっているわ。
 ……で?」
「由貴乃と僕は兄妹だぞ! それは近親相姦じゃないか!」
 と抗弁する。
 そもそも、先ほど交わした父親との電話の内容を踏まえた上で「何でもする」と言っている以上、当然希一郎はそういうことを予想しなければならなかっただろう。
 だが、清次などと違って、彼はこれまで「近親相姦」ということとは縁もゆかりもなかったから、心のどこかで妹が兄に恋慕の情を抱いているとは信じていなかったのかもしれない。
「わかっている。でもパパに電話した時にわかったでしょう? パパとママは私を咎めない、私が何をしようとね。別に犯罪でもないんだから、あとは兄さんがちょっとくだらない矩を越えるだけ」
「……百歩、いや百万歩譲って近親相姦は有り得るとしよう」
「わかってくれて嬉しい♪」
「でも、不貞は不法行為だ」
「その女性(ひと)のために私のカラダを貪るんですから、疚しいことはないわよ」
「頼む! この通りだ!」
 希一郎は土下座をして由貴乃に乞うた。
「僕は初めてなんだ! 童貞なんだ! お願いだ、愛している人以外とはセックスしたくないんだ!
 何でもするとは言ったけど、それだけは許してくれ!」
 蒼白の希一郎に手を差し伸べるかのように屈み、由貴乃は語りかける。
「兄さん、それは私も同じよ。遊びで躰を重ねたりはしない。
 私も処女を兄さんにあげたくて、そして兄さんの童貞を貰いたくて、こんなことを仕組んだんだから今更引いたりはできない」
「どうしても、駄目か?」
 滂沱たる涙を浮かべた希一郎が、顔を上げ、妹を見上げる。
 だが、答えはあくまで無情だった。
「今すぐ刑務所ごと吹っ飛ばしてもいいんだけど」
 スイッチらしきものを左手に持ち、かざす。
「そうか……」
 とうとう彼も観念した。
「わかったよ。じゃあそっちに行こう」
 とベッドを指した。
(ごめん、和奈、ごめん……)
 心の中で、同じ街にいるはずの恋人に謝りながら。

278 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 19:52:57.89 ID:xfif4/8c
「うっ……、うっ…………」
 事が終わったベッドで、希一郎は泣き続けていた。
 シーツには、彼らの初めての交合の証が、生々しく残っていた。
「もう、泣かないでよ」
 反対に、由貴乃は、秘部に違和感が残っているにもかかわらず、機嫌が良いのが外見にもわかる。
「当たり前だろ、……はじ、めて、……だったのに、ううっ」
「童貞は捨てるもんじゃなく、捧げるもん、ってね」
 軽口を叩けるほどに。
「お前はどっかの体育教師か」
「でも私は兄さんから恋人を奪わない。
 行きましょう」
「行くって、どこに?」
「今から、和奈さんを釈放してもらうから、迎えに行きましょう」
 その言葉に合点がいった彼は、肯んずる。
「ああ、僕はそのために……」
 言いかけてその言葉を続けるのをやめ、取り繕う。
「とにかく、行こう」
 ベッドから降り、立ち上がった。


 車に乗り、刑務所まで向かう。
 途中、由貴乃がスマートフォンを取り出した。
「兄さん、ちょっと電話させてもらうわね」
「いいよ」
 番号を押し、発信する。
「ああ、私よ。ライブカメラを片付けておいて。それじゃ」
 要件を手短に伝え、切った。
「今の電話は?」
「聞くだけ野暮よ」
 にべもなく説明を拒む。
「さあ、そろそろ見えてきたわよ」
 と、指差した先には、ボリビア最大の監獄、サン・ペドロ刑務所があった。


 門の前で車を降りた。
「いよいよ待望の再会ね」
 他人事のように由貴乃がのたまっても、希一郎は咎める気にはならなかった。
 それほど、逸っていた。
 ギギィ、と音を立てて軋み、門が開いた。
 スーツケースを引いた一人の女が、中から出てきた。

「和奈!」
 見間違えようもない。
 彼の、最愛の恋人。

「希一郎!」
 和奈も彼の姿を認める。
 彼女の、最愛の恋人。

 しかし、見ると、和奈の眼は泣き腫らしたかのように充血していた。
 そう、丁度、希一郎のように。
 そのことに一瞬戸惑いを覚えたが、兎にも角にも彼女に走り寄る。
「良かった、会えて良かった……!」
 爆発的な喜びと感動を飾り気のない言葉で形にする彼女に、希一郎は罪悪感に満ちた顔で話し始めた。
「ごめん、実は、実は……」
 様々な感情が入り混じった涙を浮かべつつ、彼女はその言葉を遮った。
「いいの、何も言わなくていい。大丈夫だから、私たちは何があっても一緒だから……」

279 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 19:55:30.45 ID:xfif4/8c
 その様子を、由貴乃もまた複雑な表情で見つめていた。
 彼女の脳裏には、幼い日のある一つの記憶が思い浮かんでいた。

 * * * * *

 酒井家の広壮な日本屋敷では、毎年桜が咲く時期に、その庭で花見を行う日を設けている。
 その日は、庭が一般市民にも開放され、様々な屋台が並び、無料で飲み食いや遊びなどを楽しめるので、近隣の家庭は挙って酒井邸を訪れるのである。
 そんな喧噪の中に、この邸宅の主の娘である由貴乃も迷い込んでいた。
 人は砂粒のように多いが、その砂漠の中に、彼女の知る顔はいなかった。
 普段から勝手を知っている使用人たちもいない、家族や友人もいない、そして何より、彼女が何より好きな、兄もいない……
「姫、探しましたぞ!」
 家令が、彼女のもとに駆け寄る。
「上様も御台様もご心配あそばされておいでです。さあ、爺についてきてください」
 その言葉に、彼女は忽ちにして華やいだものとなった。
 ようやく会うことができる――まだ幼い彼女にとってはひどく長い時間に感じられた――と胸を弾ませ、それに応じた。


 母屋から庭園へ続く入口に、由貴乃の父母が立っていた。
「父様! 母様!」
 自らの両親を呼ぶ由貴乃。
「由貴乃!」
「心配してたのよ! どこ行ってたの、もう」
 とは言うものの、夫婦は顔も声もいかにも嬉しそうである。
「兄様は?」
 と彼女は尋ねる。
 それに答えたのは、家令だった。
「若様は南南西の縁側にいらっしゃいます」
「わかった!」
 それを聞くや否や、彼女は駆け出す。


 縁側に近づき、草陰に隠れる。
 兄を驚かせたいという子供らしい悪戯心が鎌首をもたげたのである。
「に~い~さ~……」
 大声を出そうとしてそこを見やると、彼女は思わぬ光景を目にした。
 兄はいる。いるのだが、そこには、彼と同い年の少女に膝枕をされていたのだ。
 由貴乃は彼女を知らないわけではない。
 いや、むしろ、家族以外では最もよく知っている女性の一人だろう。
 長野和奈。
 幼い頃から、ずっと兄と一緒にいて、必然由貴乃とも共に過ごすことが多かった。

 その二人はといえば、何もせず、何も言わず、ただ見つめあうだけ。

 それでも、互いを見つめる視線は蕩けるように甘くて、声をかけがたいものがあった。

 今ここを照らす陽光は、二人の互いへの想いのように優しく、それがまた彼女に胸焼けを起こさせた。

 その場から、音を立てないように走り去る。
 彼女の胸の中は、先程よりなおも大きい悲痛が占めていた。

 * * * * *

 苦い記憶をしばし反芻する。

280 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 19:57:14.74 ID:xfif4/8c
 だが、もうあの時とは違う。
 そう自分に言い聞かせ、何も言わずに抱き合ったままのバカップルに、声をかけた。
「さ、兄さん、和奈さん。行きましょう」
「行くって?」
「フランスでゆっくり楽しむんでしょ、しっかりしてよ」
「しかし、一旦……」
 見越していた、と言わんばかりに、車のトランクを開ける。
「兄さんと私の荷物は持ってきてるわ。チェックアウトも済ませてあるし、エアチケットも買ってある」
 ここで初めて、和奈が由貴乃に声をかけた。
「準備がいいのね、由貴乃ちゃん」
「ええ、すべて計画通りです」
「出来の良い妹を持って、私も本当に幸せよ」
「ありがとうございます、和奈さん」
 そのようにして、三人はそのまま空港へと車を走らせるのだった。

281 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 20:02:58.06 ID:xfif4/8c
 南仏、ニース。
 この地にあるフレンチ・リヴィエラの玄関、コート・ダジュール国際空港に希一郎と和奈、由貴乃は降り立った。
「兄さん、太陽が眩しいね」
「うん、フランス随一の保養地だけあるね」
「希一郎、由貴乃ちゃん、日焼け止めクリーム持ってきたんだけど、使う?」
「海岸に行く前でいいですよ」
「由貴乃、今塗ろうってことじゃないんじゃないかな。
 一旦ホテルに行ってから……」
 その時、聞き覚えのある声が彼の耳に入った。
 誰か女性と下卑た話を繰り広げている。
 世界一美しい言語ともいわれるフランス語を、ここまで汚く操る人間といえば、彼の知る限り一人しかいない。
 声のする方を見ると、果たして清次であった。
「J'achèterai Chanel ou Vitton pour toi?」(シャネルかヴィトンでも買ってやろうか?)
 ブロンドの女性二人を引き連れ、楽しげに会話していた。
「Je suis heureux!!」(まあ、嬉しい!!)
「Les deux.」(両方よ)
「D'accord, d'acco......」(わかったわかっ……)
 そこまで話した時、彼もまた、彼らに気付いた。
「Attendez juste un moment. Tu vois?」(ちょっとだけ待ってろ。わかったか?)
「Je vois.」(わかったわ)
 服の上から鷲掴みにしていた二人の胸から手を放し、清次はつかつかと歩み寄る。
「よお、キィ、長野、それに由貴乃ちゃん。そっちも今来たのか」
「こんにちは、八雲先輩」
「こんにちは、八雲君」
「やあ。キヨも休暇だね」
「ああ。たまには違う場所で楽しむのもいいと思ってな」
 やるこた一緒だけどな、と哄笑する。
「ということは、あの人たちは?」
「ああ、あいつらは、モデルの卵と女優の卵だよ。
 うちのCMで使ってやってる。
 この後、こっちの奴らと一緒に、サン・ジャン・カップ・フェラのホテルでオルジ(フランス語で乱痴気騒ぎの酒宴や乱交パーティーのことを指す)を楽しむんだ」
 卑猥な地名だが、カップ(に包まれた部分、すなわち乳房を使ったプレイ、つまりパイズリのこと)やフェラだけで終わるわけじゃないぞ、と下品な冗談を挟みつつ、自慢のようにも聞こえる話を続ける。
「ラルジャン(フランスにある世界有数の化粧品会社)のフランソワ・ヴォーグルナールとか、メディア王のオリヴィエ・ブリュギエールとかな。
 ブリュン(フランス前大統領のアンリ・ド・ブリュノ伯爵)やDSK(ディエゴ・サン=キリアン前IMF専務理事)も来るんだぜ」
「それはすごいね」
「だろ、何日間かやるから、暇な時間があったら、」
 お前も来ないか、と続けようとした彼の言葉は、和奈によって遮られた。
「そう、楽しんできてね。
 希一郎、由貴乃ちゃん、行こう」
「あっ、掴まないでよ」
「ちょっと、和奈さん、どうしたんですか」
 彼女は兄妹の手を引っ張り、タクシー乗り場の方へと向かっていった。

282 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 20:05:01.20 ID:xfif4/8c
「Jusqu'à Classic Lariat Cannes Hôtel Sánchez, s'il vous plaît.」(クラシック・ラリアット・カンヌ・オテル・サンチェスまでお願いします)
「Oui, Monsieir et Mesdames.」(わかりました)
(運転手が和奈と由貴乃を未婚者と認識したかは別にして、近年ではポリティカル・コレクトネスのために既婚・未婚の別を問わず、Mademoiselle(マドモアゼル)ではなくMadame(マダム)を使うことが増えている)

 希一郎が運転手に行き先を告げ、タクシーが走り出すと、和奈は彼に文句を言い始めた。
「もう、デレデレして!」
「まあまあ、あんな三流芸能人より和奈さんの方がよっぽど魅力的ですよ」
「そうだよ、和奈。行くわけないじゃないか」
 兄妹が宥めて、彼女は何とか納得した。
「希一郎はそんな人じゃないって、わかってはいるけどね。
 でも、八雲君は正直どうかと思うけど……」
「そう思わなくもないですけどね。
 しかし、清次さんのあれは病気ですけど、私たち三人に害を及ぼさない以上は見ないふりをしてあげることですよ」
「そうなのかな」
 不服気に頷く。
 それから間もなくして、ハイヤーはアールデコ様式の壮麗なリゾートホテルに到着した。


 どことなく寂しげな表情で、去っていく三人を穏やかな眼差しで見送っていた。
「やれやれ、保護者付きのカップル旅行か」
 その声には、シニカルなものが少しだけ混じっていた。
「あの様子じゃ俺のところには来そうもないし、こっちに持ってこなくて良かったな」
 ひとりごちつつ、脳裏にその文章を思い浮かべる。
(『政に生きる者は政に死す、財に生きる者は財に死す。そして、愛に生きる者は愛に死すものだ』か、彼らしいな)
 そして小さく溜息を吐く。
「帰ったらソウの遺書、キィに見せよう」
 その時、先ほどより待っていた女たちが清次に声をかけた。
「Seiji, Allons!」(清次、行きましょう!)
「Dépêche-toi!」(早く!)
 言われて自分が彼女らを待たせていることを思い出し、駆け寄ってそれに応えた。
「J'ai attendu tu. Alors, on y va?」(待たせたな。さあ、行こうか)

283 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 20:08:07.07 ID:xfif4/8c
 その夜、スイートルームのベッドで、希一郎と和奈、そして由貴乃が裸で弄りあっていた。
「きい、ち、ろう……、ゆきのちゃぁん……」
 希一郎が和奈の右の乳房を吸いつつクリトリスをいじり、由貴乃が左の乳房を吸っている。
「両、方、吸ったら……」
 ややあって、乳から口を離した由貴乃が、和奈に告げた。
「和奈さん、兄さんも気持ちよくしてあげなきゃだめ」
「きもち、よく……?」
 蕩けた表情で疑問を口にする彼女の乳房をつんつんと突く。
「そう、私にはできないことですから」
 そう言って少し落ち込んだように自分の胸に目を落とす。そこには洗濯板があった。
「いいね、やってくれる?」
 提案に悪乗りし、仰向けに寝そべる希一郎。
 その男根を、彼女はその乳房で優しく挟んだ。
「ローションは……、ないから、唾を垂らしてあげてください」
 言われた通り、挟んだモノに垂らす。
 とろとろ、とろとろと。
 そして、唾液を潤滑油代わりにして、ゆっくりと動かし始める。
「あっ……」
 おっぱい独特の柔らかい感触に、思わず声が出る。
「してあげる……」
 最初は恐る恐るといった感じだったが、次第に加速していく。
「す、ごい、和奈……、こんなのどこで……」
「処女にパイズリさせてる人間が言えた台詞じゃないわね」
 と自分でそのプレイを提唱したことなど忘れたかのように言葉をはさむ。
 擦り上げる速度と比例して、感度は高まっていく。
 そしてついに、彼は射精した。
 顔面に飛び散り、汚していく(彼女自身は「汚れ」とは露ほども思っていないだろうが)。
 ただそのままではこの後キスをしたりするのにも不都合だからか、手近にあったティッシュで彼女の顔を拭う。
 すると、由貴乃はその塊を横から掴み取り、口に入れた。
「何やってるの」
 呆れたように声をかける彼に、彼女もまた蕩けた声で返した。
「ふふ、兄さんの、おいしい」
 一頻り味わうと、彼女は思い出したかのように掌を打った。
「さ、いよいよメインディッシュね」
「きいちろぉ……」
 胸に熱い感触が残っているのか声からしてまだうっとりしている。
 今度は彼女を仰向けにさせ、足を開かせる。
 程なくまた勃起し始めてきた彼自身の切っ先を、彼女の入り口に宛がう。
「しっかり」
 由貴乃は和奈の手を取り、そっと握り締める。
「手を握っててあげますから」
 その間にも、彼女の中に希一郎の肉棒が分け入っていく。
「いっ……」
 処女膜に当たったのか、痛みに顔をしかめる和奈を、由貴乃が励ます。
「股の力を抜いて、楽に。私の手に力を込めて」
 そう言いながら、乳房や首元を、雛のように啄む。
「ん……っ!」
「ああっ!!」
 腰をさらに突き出し、全て収まる。
 二人は完全に一つになった。

284 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 20:08:43.29 ID:xfif4/8c
「痛くない?」
 汗を浮かべつつも、彼女は首を横に振った。
「ううん、大丈夫。……希一郎は、どう? 私の中、気持ちいい?」
 初めて男を受け入れた場所は、一物を強く締め付けてくる。
 彼もまた、額から汗を流しながら答えた。
「凄いよ、気持ちいい」
「ゆっくり、動いて……」
 言われた通り、彼はゆるゆると腰を動かしだす。
「あぁー、あぁー、あぁー……」
 痛みを紛らわすためか、声を上げる。
 その口に、彼はやおら自分の唇を重ねた。
 そのまま、舌を侵入させる。
「ちゅ、ちゅうぅっ、れろ、れろっ……」
 彼女は、驚いたようで、少し目を見開いた。
「ん、んちゅっ、れろっ、んっ……」
 しかし、すぐに恭順の意思を示し、口を適度にあける。
「れろ、れろっ、ちゅうっ、ちゅ、じゅるっ……」
 舌を絡ませあい、擦りあい、唾液を交換する。
「ん、れろっ、ん、んんっ……!」
 息が苦しくなった和奈が、首を振って唇を離した。
「ごめん、大丈夫だった……?」
 気遣いつつも、彼の腰は休むことなく動いていた。
「ごめんなさい、こんなキス、初めてで、上手くできなくて……」
「そんなの、僕も一緒だよ。これから慣れていこう」
「忘れられないキスになりそうね」
 そんな茶々くる二人の睦言に、由貴乃は茶々を入れる。
「まさにフレンチキスね」
 フレンチキスとはディープキスの英名であり、彼女は今ここフランスでキスを交わしていることに引っ掛けているのである。
「そう、だね……」
 気にする風でもなく、艶やかなその乳房を、思いのままにもみしだく。
「きい、ち、ろっ……!」
 途端に膣の締まりが強くなる。
 よく「巨乳は感度が悪い」という俗説があるが、彼女はその反証であった。
 彼が胸を可愛がる度に、彼女は敏感に感じ、喜ぶ。
 その反応がまた、彼を喜ばせるのだった。
「いいよ、和奈っ……!」
「あぁ、あぁ、あぁ、」
 気付けば、腰の動きは相当に速くなっていた。
「んっ、んっ、んっ……!」
「あっ、あっ、あっ、」
 パンパンと腰をぶつけ合う音が、水音と狂騒曲を奏でつつ、高まっていく。
 必死に抽送を繰り返す希一郎も、既に限界に近づいていた。
「出して、いいよねっ……」
「うん、だ、だしてぇっ……!」
 それを聞いて、ますます速くなるピストン。
「出すよっ!」
「ああああああっ!」
 希一郎が和奈の膣内に精液を放つ。
 彼女の子宮の中一杯に、精子が注ぎ込まれ、広がっていった。

285 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 20:10:54.18 ID:xfif4/8c
 あれから、三人は裸のまま横になっていた。
 疲れ果ててしまったのか、既に和奈と希一郎は眠っている。
 由貴乃だけが起きているのだ。
 そうするうちに、ふと彼女は自分の最愛の兄に顔を近づける。
(兄さん、私を抱いてくれて、愛してくれてありがとう……)
 感謝の言葉を口には出さずに、希一郎に接吻する。
 さらにその隣に寝ている和奈に、顔を移す。
(和奈さん、私が兄さんを手に入れるきっかけを作ってくれて、ありがとう……)
 そのまま、和奈の右の頬にもキスをする。
(兄さんを支えてくれて、愛してくれてありがとう……)
 さらに、左の頬にもキスをした。
 感謝をこめて、あるいは、由貴乃なりに彼女を引っ叩いたのかもしれない。
 そうしている内に、希一郎が起きだしてきた。
「どうしたの?」
 由貴乃は和奈の頬を軽くつつきながら話す。
「和奈さんって、本当に綺麗だよね。
 私と違って胸も大きいし」
 人差し指を乳房にスライドさせ、その部分をプニプニと弄る。
「やめてよ」
「わかったわよ。
 でも、知ってる? 和奈さんって翼さんより大きいのよ」
 確かに二人ともかなり大きいが、スイカとメロンくらいの差はあるだろう。
 だが、それを知っているのを不可思議に思った彼は妹に問う。
「何でそんなこと知ってるの」
「女の子同士なんだから、ガールズトーク位するでしょ。
 二人とも、同じ女から見ても惚れ惚れしちゃう」
「和奈は僕の恋人だからね」
「わかってるわよ。それに、私も」
「……ああ」
 その返事が、同意というより嘆息に聞こえたので、少し由貴乃はからかいたくなった。

286 :下篇 Depravación ◆3AtYOpAcmY :2014/01/07(火) 20:12:40.44 ID:xfif4/8c
「ねえ、兄さん、兄さんは誰のことを世界で一番愛してる?」
「それは、……」
 すうっと彼女の目が細まる。
「それは?」
 機嫌を損ねることが致命的であることを希一郎は察知した。
 既に大陸鉱業の事業を切り回しつつある、海千山千の由貴乃の迫力は年齢に似合わぬ凄味があった。
「それは、誰?」
 一番大事なのは、一番愛してるのは和奈だと、自分の妹に対して、堂々と言いたい。
 でも、言えない。
 希一郎は弱い人間なのだろうか?
 だが、家族と一緒に平穏に暮らしていこうとする人間に対して、ヴィトー・コルレオーネの申し出にヴィートー(拒否)を突き付けろというのは酷なことだろう。
 かといって、嘘を吐きたくもないし、吐いたところでそんな浅はかな嘘は嘘とも呼べないちゃちな代物だ。
 結果として、彼は押し黙らざるを得なかった。
「…………」
 ややあって、その空気を破るかのように、彼女が声を発した。
「ふふ、ごめんね。ちょっとからかい過ぎちゃった」
「あのねえ」
「愛してる。ずっと、三人一緒にいよう」
 三人、の部分を強調する。
「うん、一緒にね」
 彼もそれに肯いた。
 だが、ふと湧いた疑問を、何の気なしに由貴乃に問いかけてみた。
「ところで、あの飛行機の墜落事故、あれはやっぱり由貴乃がやったの?」
「そんなこと、どうでもいいじゃない」
 由貴乃は、自分の兄に向き直った。
「大事なのは、兄さんが愛する人たちと一緒に、幸せに暮らすこと。
 そうでしょう?」
「そうだね」
 知らなくてもいいことだ、どうでもいいことなんだ。そう数度ほど心の中で反復するうちに、彼には本当にそうであるかのように感じられてきた。
(明日は、また三人で水遊びをしようかな)
 そうするうちに、希一郎は再び眠りに落ちていった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2018年07月14日 17:00
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。