真っ白

642 名前:真っ白[sage] 投稿日:2007/07/25(水) 21:53:04 ID:+6n9fdo2
 少年の目覚めは、窓一つない、日の光さえ差し込まない牢獄のような暗い部屋に、ぽつんと置かれた寝台の上。
瞳に飛び込んでくる、物心ついた頃から見続けてきた光景が、白い少年を迎える。
この大地に生れ落ちてから14年が経った今でも、この暗澹とした世界以外を彼は、知らない。

 古木が軋む音と共に、暗闇に包まれていた部屋に、一筋の光――といっても、それは酷く頼りない微かな物だったが――が、刺し込んだ。
長い白髪に隠れた、濁った青色の瞳が眩しげに細められる。そんな微弱な輝きでさえも、この14年を闇の中で暮らしてきた少年にとっては毒以外の何者でもなかった。
病的なまでに真っ白な肌の華奢な腕が、その輝きを嫌がるように少年の眼前で交差される。
しかし、そんな行為を嘲笑うかのように、光は、腕をすり抜け、閉じた少年の瞼の上からでも、その神経を苛んでいた。

「レイ。食事よ」

 静寂に満ちた部屋の中に、女性的で、柔和な声が響き、土の壁に吸い込まれていった。

「姉さん・・・・・・眩しい・・・・・・」

 白い少年――レイは、消え入るようなか細い声で窮状を訴えた。
息を呑む音と共に、ごめんなさい、と慌てたような声と、再度古木の軋む音が辺りに木霊して、レイを光から解放する。

「大丈夫? ごめんなさい。調子はどう?」

 再び暗闇に閉ざされた世界に、レイは安堵する。大丈夫だよ、と呟いて、柔らかな寝台の上にレイは再び寝転んだ。
心配なのか、未だに穏やかな声で体調を尋ねてくる大好きな姉に、レイは精一杯の笑顔を返す。
そうしてやっと安心したのか、姉暖かい手のひらの感触が、冷め切ったレイの頬を優しく撫でた。


 
 この、数メートル四方の小さな部屋が、レイにとっての全てだった。
レイは知らない。父と母という存在を。彼が知っているのは昔からレイを育ててくれる姉だけ。
レイは知らない。頑丈な樫の木で出来た扉の向こうに広がる世界を。彼が知っているのは土壁で閉ざされた部屋の中だけ。
レイは知らない。太陽のぬくもりを。彼が知っているのは、優しい姉と暖かな布団の感触だけ。
レイは知らない。あらゆる事を。彼が知っているのは姉が与えてくれる都合のいい知識だけ。


レイは知らない。
彼を愛おしそうに見つめる姉の、情欲に満ちた瞳を。
レイは知らない。
姉の肉体の中で、彼に触れるたびに沸き起こる衝動を。
レイは知らない。
こんな穏やかな日々はもう数年もすれば終わるという事を。
レイは知らない。何も知らない。

 生まれたばかりの赤ん坊のように、無垢で純粋なまま人生を送ってきた少年は。
遠からず、そんな彼とは対照的に、その欲望に身をささげた女の手で汚されるのだろう。


――数年後
その漆黒の暗闇の中で、純白を犯す悦びに打ち震える女と、自らを取り巻く真実と共に、絶望を感じながら汚される少年が其処には居た。
困惑と拒絶と哀願の悲鳴は、歪んだ愛を持ってしまった姉をさらに昂ぶらせ、レイをその濁った色で塗りつぶしていく。
疫病に滅んだ、誰も近寄らなくなったその廃村に、たった二人生き残った姉弟の嬌声が、空しく木霊していた。

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最終更新:2007年11月05日 16:32
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