無題7

186 :名無しさん@ピンキー:2007/12/12(水) 23:57:17 ID:x4vEA/hu
 僕が自分の部屋で本を読んでいると、ドアが開いて誰かが帰ってきた。
「ただいま、たーくん」
姉さんだ。二階から姉さんに返事をする。
「おかえりー」
「お昼買ってきたわよ。ニチナリ弁当のだけど、いいよね」
ニチナリ弁当とは近所にあるお弁当&お惣菜屋さんだ。
「うん。すぐ行くから先食べてて」

 ポリ袋をガサガサする音が聞こえる。買ってきたものを出しているのだろう。
それから「いただきます」という声が聞こえた。
 僕は読んでいた本を閉じ、階段を下り……
「ああああああっ!うそつき!うそつきいいい!」
「ひいっ、ごめんなさい!」
反射的に謝ってしまったが僕は嘘などついていない。
 あわてて台所に行くと、食卓では姉さんが長い黒髪を振り乱して叫んでいる。
ダン!ダン!ダン!
食卓を叩くのにあわせて姉さんが叫ぶ。
「うそつき!うそつき!うそつき!」
「ど、どうしたの姉さん!」
 姉さんは僕の顔を見た途端涙をこぼした。
「こ、この辛子が、この辛子がね」
姉さんが叩いていたのは食卓の上に乗せた、小さな透明のビニール入りの辛子だった。
「ど、どこからでも、開けられますって書いてあ、あ、あ、あるのに」
よく見るとずいぶん頑張って開けようとしたらしき痕跡がある。ビニールがあちこちのびているのだ。
「あかないの。あかないの。きっとお姉ちゃんを馬鹿にしているのだわ」
「ええっと……」

 姉さんが一瞬にして表情を変えた。
「た、たーくん、今謝ってたわよね。まさかたーくんなのたーくんがお姉ちゃんを笑いものにしようとたーく」
「落ち着いて、姉さん。僕は高校生であってビニール入り辛子工場勤務じゃないよ」
そんな工場があるのかは知らない。
「急に大声を出すから、びっくりして、先生に怒られたときみたいな反応をしちゃっただけだよ」
「よ、よかった。もしたーくんだったらお姉ちゃんもう生きていけないもの」
姉さんは弱弱しく笑った。

「でも……じゃあだれなの。誰がお姉ちゃんをこんな……」
「いや、誰っていうか」
「あいつだわ!日野安成!」
姉さんがニチナリ弁当の主人の名前を叫んだ。
OVA版のルタジェンマに良く似た陽気なヒゲ親父である。
小学校からのあだ名がニチナリだったそうで、そんな店名なのだ。
「あ、あいつめぇ……、いつも買ってやってる恩を忘れてこんなことを」
姉さんは絶望的に料理が出来ないのでよくニチナリ弁当で惣菜などを買うのだ。
「落ち着いて、姉さん。ニチナリさんがそんなことをするわけ無いじゃないか」
「でもこれを入れたのは!」
「ニチナリさんにどんな動機があるのさ。お得意さんに嫌がらせなんて」
 数秒黙ってうつむいてから、姉さんは勢いよく顔を上げた。
長い髪が僕の顔にムチのように当たって痛い。
そして姉さんは地球に激突する隕石を見つけた天文学者のような顔で叫んだ。



187 :名無しさん@ピンキー:2007/12/12(水) 23:59:35 ID:x4vEA/hu
「たーくんに惚れてるいるのだわ!」

わなわなと震えだす。
「お、おのれぇ安成めぇ……。私からたーくんを奪うためにこんなことを」
「ひのさんは男なんだけど」
「じゃあ妻の靖子ね!」
「靖子さんだとして、その開かない辛子でどうする気だったのさ」
「私が辛子を使えずに病気になるのを待ってたーくんを誘惑する気なのだわ!」
確かに姉さんなら辛子が開かない程度のことで憤死しそうではある。
 しかし納得してはいけない。大変なことになる。
姉さんの暴走を止めないと日野家が大変なことになるし、
ありえないがもし本当だったら僕が大変だ。
OVA版のドギに良く似た奥さんに迫られる自分を想像してぞっとする。
「落ち着いて、姉さん。この辛子を作ったのはニチナリじゃないんだよ。
 偶然不良品が混ざっていたと考えるのが自然じゃないかな」
「そ、そうかしら」
「そうだよ。工場では毎日何万個も作っているんだから不良品が出ることもあるさ。
 その一つが偶然入ってしまっただけだよ」
「……」
うつむいてしまった姉さんの表情はわからない。
「納得した?」
「……で……ばうの」

「え?」
 聞き取れずに姉さんの頭に顔を近づけた瞬間、姉さんは勢いよく顔を上げた。
長い髪を束ねるクリップが僕の顔にモーニングスターのように当たって凄く痛い。
「なんでそんなにかばうのっ!?」
「はあ?」
「あ、ああ、あああんな泥棒猫をそんなにかばうなんてたーくんがたーくんが」
姉さんは子供のようにいやいやと首を横に振った。
その度に髪の往復ビンタがぼくに当たっていたたたたたた。
「もう汚されちゃったのね!?あの人造人間16号に汚されちゃったのね!?」
その例えは酷すぎないだろうか。
「こうなったらお姉ちゃんが消毒してあげるしかないのだわ。
 たーくん、ちょっと苦しいだろうけど我慢してね。
 たーくんの体も心も綺麗にするために電気を流すからね。
 お姉ちゃんも一緒に感電してあげるから少しだけ我慢してね」
「落ち着け姉さん」
「落ち着いていられるわけないでしょう。たーくんの童貞膜はお姉ちゃんがやぶ……」
「僕はまだ童貞だよ」
膜は多分ないけど。
「ほんとう?」
姉さんが視線を僕の股間と顔に往復させながら尋ねた。下品だなあ。
「本当だよ。僕は姉さんに嘘をつかない」
「じゃあこれにちょっと描いてみて」
 姉さんがメモ用紙を渡してきた。
僕はペンを取って想像上の女性器を書いてみる。
 僕はエロ本はマンガですらまともに見た事がない。姉さんに邪魔をされるからだ。
学校に持ってくる奴はいたが、姉さんに買収された教師の持ち物検査は苛烈を極めている。
まして無修正の性器など……



188 :名無しさん@ピンキー:2007/12/13(木) 00:02:18 ID:x4vEA/hu
 むふーん。
姉さんが満足げな顔で鼻から長い息を吐いた。今の擬音語は鼻息です。
「ああ、いつもの通り童貞の憧れと恐れと油断に満ちた頭の悪い絵なのだわ」
悪かったな。
今回は穴の中に小さな手指がたくさんある図を描いたのだがハズレだったようだ。
姉さんはうれしそうにクルクルまわりながら絵を眺めている。
「作品ナンバー142としていつものように飾っておくのだわ」
そんな事をしているから姉さんの部屋に偶然入った猫が狂死したこともあるのだ。
僕が家に連れてきた男友達が姉さんの部屋を覗いて以来、
からす避けの大目玉を異常に怖がるようになったりもした。

 ま、馬鹿にされても偶然当たっていたよりはマシだ。
姉さんはあっさり落ち着いた。
「じゃあ、偶然ってことで納得した?」
「うん。お姉ちゃんが間違ってた。
 罪もない安成や靖子に酷いことをしてしまうところだったのね……。
 二人の分の念も込めて今から辛子工場に黒の折り紙だけで作った千羽鶴を送るわ」
決意に満ちた顔で胸の前で両拳をぐっと握る姉さん。
「落ち着いて、姉さん。そんなことをしても何の意味も無いよ。
 僕がはさみで開けてあげるからそれでいいでしょう?」
「そうね、そうね。名案ね。ご飯を食べるのが遅くなっちゃうものね」
姉さんはうきうきしながら椅子に座った。

 僕がからしを姉さんの春巻きにつけてあげると姉さんはとてもうれしそうに笑った。
僕は姉さんのこの笑顔が大好きだから、少しぐらいの無理も許せるのだ。
「お姉ちゃん、やっぱりたーくんがいないと何にも出来ないの」
「そうだね」
「ごめんね、駄目なお姉ちゃんで」
「大丈夫だよ、僕がいつも助けてあげるから」
「うふふー。たーくん大好きっ!」
「じゃ、いただきます」
「いただきます」
一口食べて姉さんが叫んだ。
「ああああああっ!ぬるい!ぬるいわ!買ったときは熱々に見えたのにぃっ!」
ぷちん。
「だれのせいだああああああああああああああっ!」
どかーん。
「お、おちついて、たーくん。そんな怖い顔されたらお姉ちゃん悲しいのだわ」


おしまい

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最終更新:2007年12月27日 13:33
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