無題10

757 000 ◆e8KGn9od9s sage 2008/01/10(木) 23:21:00 ID:xy3SBwmf
小高い丘の上、新興住宅街の白い壁が冬の朝日にオレンジ色に染まり、新しいアスファルトの路地が朝露で光沢を帯びていた。
さっきまで辺りはまだ閑散としていたが、この頃には出勤する大人や学校に出かける子供らが順次道に繰り出している。

「ピンポーン」
住宅街の外れの一角にある2階建ての家の前に自転車が止り、白い息を吐いた若い女性がチャイムを押した。
深紅のウインドブレーカーの上下に身を包み、肩までの髪を無造作に束ねている。
その立ち姿は180センチを超えるであろうか。
一流のアスリートに相応しい体躯に似合わず、化粧っ気のない顔にはあどけない幼さが残っている。
「あ、おはよう紗矢さん」
がちゃりと重い音を立ててドアが開き、塔太(とうた)が顔を出した。
「ちょっと待ってて、今呼ぶから」
そう言うと片手でドアを開けたまま、
「夕海(ゆみ)、紗矢さん来てるぞ~!」家の奥に向かって叫んだ。
「相変わらずみたいね、夕海ちゃん」
どうやら迎えに来たらしいその女性―紗矢が微笑む。
真っ白な歯並びの良い口で屈託なく笑った顔に女性らしいはにかみが浮かぶ。
やがてドタドタと音がして、紗矢に負けないほど立派な体格の―塔太の妹、夕海が顔を出した。
「ごめんなさ~い、待たせちゃったですか?」
「ぜ~んぜん」
大袈裟に詫びてみせる夕海に紗矢もおどけて応えた。

九城(くしろ)塔太・夕海といえば、この地元では有名なスポーツ兄妹である。
兄の塔太は隣町の私立高校の3年生であるが、高校剣道界では知らぬ者がおらず、2年連続でインターハイ個人戦を制した実力を持つ。
165センチと小柄ながら、天性の足腰と手首のリストに加え、相手の呼吸を読む勘が天才的で並居る相手を寄せ付けぬ強さを備えていた。



758 000 ◆e8KGn9od9s sage 2008/01/10(木) 23:24:44 ID:xy3SBwmf
人柄も誠実で部の主将を努めており、その整った顔立ちと相俟って女生徒の憧れの的である。
それでいて同性の友人も多く不思議と嫉妬を買わないのは本人の人徳だろう。

妹の夕海は同じ高校の2年生で、女子レスリングの第一人者である。
今年度の全国大会など主な大会を総ナメし、学内では「弟2の吉川紗矢」と呼ばれている。
兄と違い長身で大柄な体格ながら、末っ子らしく、子供っぽくお転婆な所が目立つ。
顔立ちは兄に似ており、その引き締った男性的な風貌は兄に負けず劣らず女生徒の人気が高い。

「紗矢さん、いつもありがとうございます」
塔太が丁寧に挨拶をした。
「いいのよ塔太君、夕海ちゃんは将来ウチの大学のレスリング部を背負って立つ逸材なんだから」
そう応えた紗矢こそ、塔太達の学校の名を全国に轟かせた本人で、大学女子レスリングのトップレベルの選手であった。
塔太と夕海の高校は紗矢の大学の付属校で、最近は毎朝紗矢と夕海の2人で合同練習に行くのが日課となっていた。
「怖いなあ、お手柔らかに頼みますって」
「何言ってるの、夕海ちゃん相手に手を抜けないのはこっちなんだから」
高校生離れしたスピードとスタミナを持つ夕海は、大抵の相手なら苦もなく投げてフォールする実力を有するが、レスリングテクニックでは、やはり紗矢に一歩譲るようであった。
「じゃあ紗矢さん行きましょうか」
夕海がガレージから自転車を出して跨った。
トレーニングを兼ねた25キロの自転車通学だ。
「気をつけてな」
塔太が見送る。
「それじゃ」
夕海が先に門を出て、紗矢が後に続く。
紗矢が一瞬止まり塔太に振返る。
「また後でね」
「うん」

2人が恋仲になっていることを、まだ妹の夕海は知らない筈だ。

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最終更新:2008年01月13日 01:53
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