此方から彼方まで在処を求め

135 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:18:01 ID:6g0RFYsR
朝と言うのは凡そ平均的な人類一般にとって心地良いものであると、ふと目覚めの後に思う。
その理由を説明しろと言われてもオレ如き凡人の理解が及ぶ範囲では到底不可能なこと請け合いだが、
今のところそのような事態になったことはないので苦労はしていない。
目蓋越しの光と布団越しの鳥の声。
この早朝に独特な清涼ながらも段々と温度を増していく室内の、温まった空気の眠気を誘うことに比べたら、
そんな難解な思考で安眠を遠ざける必要性は獏にでも食わせておけばいい。
朝と布団は気持ちいい。ついでに二度寝だともっと気持ちいい。これが常識である。
どんな理屈と難解な語句に溢れた論文よりも、こっちの方が全国のお子様お父様お母様の支持を得ること請け合いだ。
ビバ人類共通。ビバお日様の恵み。気持ち良すぎてまた眠くなってきたぜ。はぁ~ビバノンノン。

さて。
しかしここで眠れば育つ年齢の諸君ならばそのまま二度寝タイムなところ、
朝寝上級者を脳内で公言する身のオレとしてはこのまま眠ったりはしない。
まあ個人差もあるだろうがオレにとって睡眠に関する最も気持ちいい時間とは、
ふと目が覚めた時にそのまま眠らずちょっとだけ意識を起こしてウトウトしている時間なのである。
考えてもみて欲しい。何故、多くの人間にとって普通に寝るよりも二度寝や昼寝の方が気持ちいいのか。
単純に寝てる時間が快楽とイコールならば前者の方が得られる満足度は高いはずである。
にも拘らず、あくまでオレとしては、
と添えることで決して自分がジコチュウなる虫や電気鼠の親戚ではないことをアピールしつつ述べさせてもらうと、
全オレによる一人脳内会議では圧倒的に後者の方がキモチイイ。まさに満場一致。異議なしコールのガンパレード。
国連も真っ青、拒否権持ちのちょっと素敵な五大国の方々が涙を流して羨ましがること間違いなしの全会一致だ。
ちなみに異論は認める。異議ありの場合は住所・年齢・性別・電話番号(出来ればケータイのやつ)と、
ここが重要なんだが顔写真を添付の上でオレの下駄箱まで投函して欲しい。
オレのメアドにメールするのもオッケーだ。その際は写メの添付を忘れないように頼む。

さてさて。
話が少々サイドステップを踏んだようだが、兎に角、オレは通常の睡眠よりも二度寝の方が気持ちいい。
勿論それなりの論拠はある。先ず、基本的に二度寝というのは一度目が覚めてからするものだ。
つまり一回目と二回目の睡眠の間には幾らかの目覚めの時間があるわけで、実はここが得られる快楽が最も大きい。
何でかと言うと、そのまま文字通りに目が覚めているからだ。
人間、記憶に残らないものは基本的に楽しめない。と言うか意識がない時だと感覚がどれだけ働いていてもあんまり関係ない。
対して二度寝、正確に言うとその直前は違う。
何せ睡眠の余韻を引きずりつつも意識があるので、しっかりとその快感を感じることが可能なのだ。
『人は目覚めている限りにおいて生きている』という有難い言葉をどこかの学者が言ったかもしれないが、
オレは諸手を挙げて同意するね。
どんな体験も体感も意識がなければ無意味。
極論を言ってしまえば、男ならプロポーズせずにはいられないような超絶美人のネーチャンに逆レイプされても、
それが寝ている時じゃあ意味がないのさ。何の有難味もない。何故って憶えていないから。
認識出来ないものはないのと同じ。
例えばクラスで人気のあの子なんかに片思いされていたとしても、それに気付けないなら不毛である。
片思いは、本人がされていることに気付かないとチャンスとして活かせないのだ。
『実はアイツってお前のことを好きだったんだぜ』なんて後に友人から聞いても後の祭り、逃した人魚は戻らない。
青春の苦い思い出である。
これで解り難いなら、酒を飲んでる時は気持ちいいが、
その気持ち良さは酔い潰れて気を失った瞬間に終わってしまうようなものだと思って欲しい。

オレ達が認識する睡眠の快感とは、正確には睡眠の直前直後の快感なのである。
この理論でいくと、
睡眠の直後であり睡眠の直前でもある二度寝前のタイミングこそが、まさに至高の快楽タイムなのだ。
意識が覚め過ぎずしかし眠らず、夢と現実の狭間にたゆたうファンタジーな時間。
幸せ絶頂である。人はこの時のために『あと五分』という名台詞を発明したのだと断言するね。
ああ、ありがとう。ありがとう。神様ありがとう。両親よありがとう。
この素晴らしき快楽タイムを味わわせるべくオレをこの世に産んでくれたアンタらに、オレは心から感謝します。


136 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:19:43 ID:6g0RFYsR
だからあと五分と言わず、オレはこの幸福な時間を少しでも長引かせるべく最大限の努力をすることにしよう。
二度寝前の気だるーい時間をちょっとでも長く味わう秘訣は、当然ながらうっかり寝ないことだ。
折角の気持ちよさも意識が途切れちゃ意味がない。眠らない、しかし起きないという絶妙な眠気の維持が肝要である。
ここで大抵の人間は舵取りを謝って夢の中に真っ逆さまだ。だがオレはそんな轍は踏まない。
伊達に朝寝上級者を自称していないのだよ。
朝起きて二度寝し、昼飯を食って昼寝して起きて二度寝し、夕飯を食って本寝して起きて二度寝すること四捨五入して20年。
無数の失敗を経験し、最近にやってようやく得たまどろみの極意、決して無駄にはしない。
まあ、そんな大層なことを言ってもちょっと目を開けるだけなんだがな。
いやー、起きてから最初に目を開ける時の、
何と言うか目蓋の外の明るさに目が慣れるまでのあの感じが丁度いい眠気覚ましになるんだ。
開けっ放しだと完全に目が覚めるから、何秒か目を開けたらまた閉じるんだが。
眠気が消えそうになったら目を閉じ、夢の世界へ行きそうになったら目を開く。
この無限ループこそが絶対にして唯一の覚醒阻止かつ二度寝防止法だ。
人はこれによって二度寝直前の快楽を味わい続けることが出来るのである。



とまあ、オレは大体そんなことを考えてから、より長く心地良くこの気持ちよさに浸るべく目を開けたんだが。



知らない、じゃなくて見慣れた、だがぼやけた天井。
お天道様の投げかける光はまだ両目に厳しく、目は半分くらい閉じたまま。
それでもふと明るい方へと目をやれば、
カーテンの隙間から部屋へ差し込み、健気にもオレの覚醒を促すお日様の光が映る。
好い感じにぬくい陽光が部屋の中を反射してキラキラと輝いていた。でもちょっと眩しい。
何か知らんが日光がやけに一箇所で反射しまくっている。キラキラを通り越してギンギラギンというレベルだ。
古いか。
それにしても開きたてのぼんやりした視界にはウザったいってレベルじゃねーぞ。
しかもその光源がゆぅらゆらと狙いを定めるみたいに揺れているもんだから堪らない。
目を閉じ直しても目蓋越しに光っているのが分かるくらいだ。
寝起きの気怠さと天秤にかけてもぎりぎりで鬱陶しい方に傾く。仕方がない。
どうも誰かに負けた気がして気が進まないが、本当に仕方なく←ここ重要、光源の排除にかかるとしよう。
決めたら即実行が成功の道。
うっかりと見始めた夢の向こうで手を振っている美人のねーちゃんの誘惑を振り切り、
オレは幾らかの勿体無さを感じながらもしっかりと目を開いて焦点を合わせた。

その木造のグリップより伸びる刃は厚みと鋭さを両立し、肉を斬る重さと扱い易さを追求したものにして、
古くは刀匠の技術を取り入れて今なお広く民に伝える一品。
その用途は野菜を切り魚を捌き肉を裂き骨を断ち、時には人間をも斬るという広範さ。一家に数本、主婦の友。
姓は持たず、名は包丁。江戸っ子でありんす。

という。
目覚めたら包丁。目を開ければ包丁。ナイフとも西洋剣とも違う独特の長さと反りを持つ刀身に、鍔のない持ち手部分。
日本人伝統の調理用具が、刃先をオレに向けて滞空していた。

新ジャンル「朝から包丁」、始まります。

って最初っからクライマックスかよ!?

「愛してるから殺したーーーーーーーいっっ!!」
「ふるおあああああぁぁぁぁぁぁあっ!?」

まさに黒ヒゲ間一髪、
殺る気満々のセリフと同時に転がったオレに遅れてザクッ、とかズバッ、じゃなくてドズゥッて感じの音が鳴る。
間違いなくマットを貫通した証拠を耳に、オレは勢い余って滑り落ちたベッドの脇から下手人を見上げた。
勿論その間にも命の危機を感じていたのは言うまでもない。
ヤバイ。トはともかくスに濁点がつくとか半端ないぞ、犯人はどこのヤの字だ。ヤスか。


137 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:21:35 ID:6g0RFYsR

「────────ちっ。
 はぁい♪ お兄ちゃん。いい朝ね。太陽は今日も私のために燃えているわ」

落ちる時に受身を取り損ねて痛みを訴える頭の上、オレの顔と天井の間から舌打ちと共に声が降りる。
随分と気さくで馴れ馴れしい、そして盛大に不本意ながらも聞き覚えのある声だ。
世界広しと言えども朝一でこんな挨拶を飛ばしてくる奴を、オレは一人しか知らない。

「・・・・・・朝っぱらからどういうつもりだ? 此方(こなた)。
 いくらオレでも、起きた瞬間から実の妹に命を狙われる覚えはないんだが」
「そうね。
 このアタシ様の大いなる慈悲で懇切丁寧に説明してあげてもいいんだけど、先ずは起きてくれないかしら。
 妹のスカートの中は見上げるものではないわよ? お兄ちゃん」

色々と言いたいことはあるが、一歩下がった妹に従って体を起こす。
立つのも面倒なのでベッドを椅子代わりにして腰掛けたが、やはり愛用の寝具には小さな裂け目ができていた。
憂鬱だ。しかも黒か、似合ってないな。

「失礼な上に今日も朝からだるそうね、お兄ちゃん。
 そのくせにゴキブリのような素早さとしぶとさを発揮した点は褒めてあげるわ。
 冥土の土産に被せてあげようと履いて来たパンツが台無しね」
「おい」

心の重さに拍車をかける爽やかボイス、ただし色は真っ黒である。
頭痛のしてきた額に手を当てながら視線を上げると、そこには意味不明に幸せそうな女の笑み。
と言っても一見した年齢は幼く、まだ中学生程度だ。
早朝、外に人の声もしない時間から皺一つない女子用の学生服を着込み、
とうに整えたらしいツインテールを頭の左右で揺らしている。
室内の薄い朝日を浴びて綺麗に艶を出す髪は黒く、座ったオレを見下ろすくりっとした瞳の光は強い。

「此方」
「何かしらお兄ちゃん。
 アタシが褒めてあげると言ったのに話の途中で言葉を切らせるとはいい度胸ね。
 それに生意気だわ。実の兄だからって名前で呼ぶことを許可した記憶はないわよ?
 家族だからってあまり馴れ馴れしくしないでよね、許可するからもっと呼んで下さい」
「おい。いいから話をさせろ、此方」
「何かしらお兄様、アタシは今いい気分よ。そう、人間の一人も殺せそうなくらい」

頼むから会話を成立させる努力をしてくれ。
それと、たった今オレを刺殺しようとしたばかりだろうが。

「ノン♪ ノン♪ ノン♪ どうやら貴様の体に黒目という部位は存在しないようね、お兄ちゃん」

背を曲げ、寄せた顔の前で指を左右に振る我が妹。
思わず首を捻るオレの前に、愛用のベッドを傷物にしてくれた凶器が差し出される。

「竹光よ。このアタシ様の迸る殺気が強烈な余り、どうやらただの竹のオモチャが真剣に見えてしまったようね。
 流石はアタシ、溢れんばかりの才能だわ。正直惚れる」

刃文も木目も存在しないのっぺりとした刀身は、触れさせた指を刃に沿って引いても血も出ない。
成程。確かにこれは竹光である。が。

「ちょっと待て。そもそもの行動の理由とか色々と突っ込みどころはあるが、
 それは置いといてお前、今さりげなく指を振りながらもう片方の手で背中にそれを隠さなかったか?
 まさかその隙に本物と入れ替えたんじゃないだろうな? 竹光でベッドを貫いたんならそれはそれで恐ろしいが」

幾らなんでも竹製の刃がギラギラと光を反射するだろうか。怪しい。


138 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:22:34 ID:6g0RFYsR

「突っ込むとはいきなりご挨拶ねお兄ちゃん。
 セクハラは人類が生んだ最も低俗な意思の疎通法よ、喪男の求愛活動なら他所でヤって頂戴。
 それと仮にアタシが本物の包丁を使っていたとしても大丈夫、
 いくらアタシでもこんな朝っぱらから人をSATSUGAIしたりはしないわ。もうシャワー浴びちゃったもの」
「何だその返り血を落とす手間がなければ殺ってる的な発言は・・・・・・」
「何だも何もそれが真実と言うものよ?」
「あっさり認めやがった!?」
「悲しいけど、これって現実なのよね」
「うざいっ!」

ああ。まったく、なんだって睡眠を妨げられた朝からこんな会話をしければならんのか。本当に疲れる。
御境(みさかい) 此方。たった1つ違いの上に母親の腹も同じなのに、どうしてコイツはこうもこんな奴なのか。
性格を形容しようとしたのに当てはまる言葉が思いつかん。

「まあ流石にまだお兄ちゃんを殺すつもりはないわよ。
 殺るならそれに相応しい格好というものがあるわ・・・・・・・・・その、ウエディングドレス・・・とか」
「随分と用途を間違った花嫁衣裳だなおい!?」

あの女性の憧れには『貴方の色に染まります』という意味があると聞いたことはあるが、
そこで血の色を想定するのはいくらなんでも間違いだろう。あと頬を染めるな。
更にさりげなくいつかはオレを殺す可能性も示唆しなくていい。兄は悲しいぞ、妹よ。

「・・・・・・はあ。分かった、取り敢えずお前の奇行に関するあれやこれは脇に投げ捨てておくとしよう」

話がサイドステップを踏むくらいならいいが、このまま行くとムーンウォークを刻みそうだからな。

「で。朝っぱらから何の用だ?」
「『で。朝っぱらから何の用だ?』ねえ・・・・・・ふうん。随分と偉くなったものねえ、お兄ちゃん。
 家族相手に、それは他人行儀と言うものよ?」

文脈が解らない。

「おはようございます」

いきなり頭を下げられた。
向こう10年は白髪の心配が無さそうな頭部が目の前を縦に通り過ぎ、シャンプーの香りを振り撒いてから戻る。
何のつもりだ。

「だから『おはようございます』よ、お兄ちゃん。
 まさか全国一億二千万の日本国民共通の一般常識を知らないの? 頭は大丈夫?」

少なくともお前よりは自信があるぞ、妹よ。まあ言いたいことは理解できたがな。
質問に答えるのにこんな回りくどい真似をする理由は別だが。

「はぁぁぁぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・おはよう、此方」
「ええ。存分におはようございます、お兄様」

人一人起こして朝の挨拶をするまでにこうも時間がかかるかね、普通。
よその家庭も兄妹ってのはこんなに複雑なのか。いやはや。面倒な話だ。


139 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:24:18 ID:6g0RFYsR



睡眠欲の次は食欲。これこそが正しい朝の順番である。寝たら食べる、起きたら食う。朝食は一日の活力だ。
そんな訳で、オレは我が家の食卓へと急いでいるのである。

「まったく。お兄ちゃんが着替えに手間取ったせいで予想より遅れてしまったわ。
 冷たいものはお腹に良くないのに、冷めた味噌汁のおかげでこのアタシがお腹を下したらどう償ってくれるのかしら?
 学校を休んで付きっ切りの看病を要求するわよ。
 でも看病の前にアタシの健康を損なったことに関する懺悔が先だがら、
 その時は土下座させて心行くまで踏んであげるわ」

そんなオレに半歩くらい先行する気の早い我が妹。
お前が部屋に残ってオレの着替えを覗こうとしなければ揉めて時間を食うこともなかったんだがな。
あと人の腕を抱きかかえながら歩くな。当たらない胸の発育具合に悲しくなる。

「当ててないのよ」

最近のツンデレが負け惜しみも兼ねるとは知らなかった。

「おはよう、彼方(かなた)姉(ねえ)」
「連れて来てあげたわよ、お姉ちゃん」

そんなやり取りをしつつ階下へ到着。食卓と同時に目に入る、台所に立つ姉の背中に声をかける。
妹である此方より背は高く髪は短く、肩口で切られた黒髪の下でエプロンの紐が学生服の上を走っていた。

「あ、おはよう在処(ありか)ちゃん。此方もご苦労様かな」

綺麗に保たれた西洋版割烹着の前がこちらを向き、朝に相応しい朗らかな声が返ってくる。
表情も柔和かつ穏やかであり、厨房で包丁を握ることへの緊張感は全くないのは手馴れている証拠だ。
家の両親は朝が早く、そのため放置プレイを放任主義と言える程に育った子供達に朝食の仕度は任せっ放しであり、
自分達は通勤途中にコンビニやチェーン店で朝の栄養摂取を済ませているような人間である。
そんな一男二女の我が家、
御境家の食卓を預かるのは主に長子にして長姉である彼方姉であり、それは今朝も変わらない様子だ。

「今、温め直しているところだからもう少しかかるかな。
 ちょっとだけ待っていて欲しいかも。先に座ってて」

振り向いた姉が菜箸で食卓の方を指す途中で、腕に押された胸が形を変えた。
まだ食欲を満たす時間だというのに目と腰のやり場に困る光景である。
歳はオレと一つしか違わないのにこれが女体の神秘とでも言うのか、
性別の差が我が姉の胸に与えた果実は他の野郎に収穫されることもなく日々豊かに実りっぱなしで、
こう、何と言いますか大変にけしかりやがりませんね、はい。
前に向き直る時にヒップが描く軌道も実にグッド。
今日も朝からナイスバディ、
姉より(年齢差から来る体型的に)優れた妹などいないということを見事に体現してくれている。
眼福とはこのことだ。流石に姉相手に性欲を持て余す趣味はないがな、大佐。

「────────お兄ちゃん」

よって横から聞こえるブリザードな響きに負けてテーブルを目指す訳では決してない。
ないったらないのだ。
妹に負ける兄などいない。そう思いたいところである。

「女の胸が大きいのは夢を詰め込んだからで、小さいのは夢を与えたからよ。
 悪女=ナイスバディ=非貧乳の法則を知らないのかしら・・・・・・? 豊胸は罪悪よ、憶えておきなさい」

まだ何か言っているが聞こえない。
『貧乳はステータス』と言って自己正当化に走らないだけよしとしよう。そうだろう、全国一千万の男児諸君よ。


140 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:25:38 ID:6g0RFYsR

「よっと。此方、リモコン取ってくれ」
「座る時、立つ時の掛け声は衰えの現れよお兄様。・・・・・・はいどうぞ、感謝するがいいわ」
「サンキュ」

そんな調子で引いた椅子に腰を下ろし、リモコン片手にチャンネル操作。
どう見てもバラエティにしか見えないニュース番組からマシなやつを選び出す。
最終的にボタンを二週させて決めたのは『朝ズドッ!』だった。
Tv テレビ
Crew クルー
Station ステーション
略してTCSという局が流している番組で、
司会者のみの ぶんやが主にマスコミだけの支点から勝手に世論を代弁するニュース(笑)番組である。
これがなんのかんのいって面白い。
番組の趣旨が、ぶんやが庶民にとって特に大きな問題をズドッ!と突き刺すことなのだが、
これが如何に見当外れの方に行くかを生暖かく見守るのが最近の視聴者の流行らしい。
オレも、たまに特集コーナーを引っ張り過ぎるが、扱うニュースの量もそこそこなので比較的よく見ている。

「ふーん。『○○の少女、恋敵を脅すために家を爆破!?』ねえ。正直、手段としてはどうかしら」
「海外はやることが過激だな。やっぱ日本が一番だ」
「甘いわねお兄ちゃん。日本人って派手さを嫌う分、被害は少ないけどやる時は陰湿なのよ。
 アタシなら爆破なんてしないで攫(さら)って流すか埋めるか消すかするわ。
 ガキ相手なら刃物をちらつかせるだけで十分だし、バレる犯罪に意味はないのよ」
「このご時勢に余り怖いことを言うな。まあ、逮捕されたら恋も何もないとは思うがな」
「『真のオタクは犯罪などしない! 来週のアニメが見れなくなる!!』ってやつ?」
「なんだそりゃ」
「メディアのオタク批判のあり方に対する有志の意見よ」

なんて会話を交わしながらまったりと待つこと数分。

「お待たせかな」

姉が温まった食事を載せた皿をオレ達に渡し、せめてもの手伝いと並べている間にエプロンを解いて席に着く。
横長のテーブルの端にオレ、左右に此方と彼方姉という形で卓が埋まった。
家族五人が食事時に揃うことは滅多にないので、使わない椅子は仕舞われているのだ。

「今朝のメインはホッケの開きの塩焼かな」

首相の『煮付け』発言で話題になったやつか。TCSでも何か言っていたかな。
確かあるにはあるって結論だった気がするが、どちらにせよホッケ自体に罪はない。
成長途中の男子としては美味しくいただくだけである。

「戴きます」
「戴きます」
「戴きます」

姉弟・兄妹の三人、合わせて合掌する。親はいないけど、それでも家族で囲む食卓だ。
家族の大切さが叫ばれる昨今、照れ臭いが温かい気分にはなる。
出される料理が美味ければ尚更で、家の姉の料理は下手な主婦顔負けだしな。
学生だから時間をかけていられないが、ちゃんと習って時間をかければ相当なものが作れるのではなかろうか。
密かにそう思わないでもないね。何にせよ手作りの料理ってのはいいもんだ。
ビバ手料理。ビバホームメイド。ちなみにビバはイタリア語で、ホームメイドは英語だ。

「へえ。ホッケって、居酒屋以外で普段から食べるものじゃない気がするけど、普通にイケルんだな」
「身が多い割には安かったし助かったかな。焼くだけだと調理も簡単。
 普段よりちょっと量があるけど、朝からで大丈夫だった?」
「ああ平気平気。そのために塩焼にしてくれたんだろ?」


141 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:27:42 ID:6g0RFYsR

その位の配慮は信頼出来る。
最近は家族でも気付けない、なんてことが強調され易いが、家族だから気付けることもちゃんとあるのだ。
味付けが軽いお蔭で箸が進む進む。
もともと庶民の朝食なんてシンプルなもの、一汁一菜が基本。
ホッケを中心に、味噌汁を飲んで、たまに漬物を挟んで。
そうして体重を増やしながらあっと言う間に大部分を食べ終わってしまった。
残るホッケの頭は流石に残し、いい具合に焼かれた皮を端で切り取って白米に乗せて挟む。

「あれ? 在処ちゃんってこういうお魚の皮も残さず食べちゃう人だったかな?」
「ん? いや、大体はそうするけど」

普通はそうするよな、うん。ホッケの開きは皮も食うはず。地方とかで違うもんだったっけ。
エビフライの尻尾は否定派賛成派で分かれた気がするが。

「ふーん、そう。
 じゃあお姉ちゃんの分もあげちゃおうかな。在処ちゃん、はい、あーーん」
「ぶっ!?」

などと考えたところで差し出される魚の皮。箸で挟まれ、丁寧にも下に手が添えられている。

「お姉ちゃんっ!」

妹がテーブルに掌を叩き付けた。

「此方に文句を言われる筋合いはないかな。
 在処ちゃんが降りてくるのが遅かったの、原因は何?」
「ぬぐ」

が、勢いこそ良かったものの相手の質問に女らしからぬ声で詰まる。

「と言うかオレの意思の確認はないのかよ」

そこは最初に尋ねるべきではないだろうか。

「在処ちゃんは私がお箸をつけたものを食べるのは嫌かな・・・・・・?」

聞き方の再考を求める。誤解を招くぞ。

「そう。嫌なのかな」

解っててやっていませんか。

「い、いや、オレは別に彼方姉のことが嫌いではないし、
 関節キスで騒ぐ年齢でもないのであって、厚意そのものも有難迷惑ではないんだがな!?」
「じゃあ問題ないかな! はいあーーーーーーんん!!」

言い切らないうちに、開いた口をロックした彼方姉の箸が突き出される。
人間、喋っている間は警戒が薄いもので隙を衝かれやすい。
これが漫画やアニメなら流れ的にも口にしてしまう展開だろう。しかし。



「────────だが断る」



この御境 在処が最も好きなことのひとつは、
それをお約束と思ってるやつに『NO』と現実を教えてやることだ。



142 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:29:23 ID:6g0RFYsR


「かなっ!?」

空中で互いの箸が激突した。予想外のことに驚愕の声が上がる。
別に叫ぶ程のことじゃあないだろ、彼方姉。
何が起きたのか。真実はたったひとつだぜ、我が姉よ。たったひとつの、単純(シンプル)な答えだ。
箸を思い切り刺し出した姉の突きを、閉じた箸を上向きにした弟の盾が防いだ。それだけさ。
不意を打とうとしたようだが、甘かったな彼方姉。

「かな・・・・・・かなッ!」
「パリィッ!」

初撃は防いだ。動揺も引きずり出した。両方やんなくっちゃあならないのがつらいところを両方こなした。
覚悟もできてる。
しかし相手も然る者、そう易々と諦めてはくれない。
一旦は引いてから箸を別角度で繰り出し、それも同じように防がれたと見るや、
ホッケの皮を挟んだまま、先端をオレが握る箸の隙間へと押し込んでくる。
間隔が無理やりに押し広げられた瞬間に咄嗟にパリィ(受け流し)へ切り替えたが、くそっ、脂で滑る!?

「かなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかな」
「アリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリアリ」

食卓の上を覆う無数のラッシュ。
飛び散る脂、響く掛け声、高速で行き交う箸が弾き合って奏でる澄んだ剣戟音。
一秒に十回『かな/アリ』発言が十秒に渡って続く。
その間に、流星のような攻防を繰り返しながら一見して互角の勝負は、僅かにオレが押されていた。
いや、時間が経つ程に押され始めていたと言うべきか。
箸の側面で受けたホッケの皮にべっとりと付いていた脂が、手に落ちて力の伝達と操作性を歪めているせいだ。
握力×体重×スピード=破壊力。
握力と体重ではオレが勝り、筋力差によるスピードは女性特有のしなやかな動きを駆使する姉が相殺。
三要素のうち二つもの舞台で上に立ちながら、にも拘らず不安定なその足場が邪魔をしている。
裸の相手を投げるのが難しいように。氷の上で体重を足に乗せながらする歩行が困難であるように。
脂による摩擦の減耗が、それを補うための余分が、オレの箸捌きから重さを奪っている。
ラッシュの速さ比べでは負けていないというのに、マズイ。
このままではディ・モールト(非常に)マズイぞッ!
このままでは敗北を免れ得ない。あの、姉が笑みと共に繰り出してくる一口を詰め込まれてしまう。
そんなのはゴメンだ、冗談じゃない。それはオレの意思じゃあない。
この歳にもなって実の姉に『あーん』なんて死んでも嫌だ。
来るべきその初体験の瞬間は、いつか、共に過ごす美しい彼女との黄金の未来へ取っておくべきもの。
そこは断固として譲れない。
仮にそれがなかったとしても。そう。
男一人に女二人の姉弟/兄妹が座る食卓で『はい、あーん』が展開されるなどと。

現実の家庭にラブコメを持ち込むがごとき思想!!!

オレにリアル萌えの趣味は断じてない。
そして脳内の嫁も夢で見る美幼女美少女美女美熟女男装麗人の皆さんで既に乗車率400%。
つまり、実姉(じつあね)の萌え要素など。



全 力 で お 断 り し ま す !






143 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:31:10 ID:6g0RFYsR
「KANAHHH!」
「PARRYYY!」



だが、残念ながらそのための手段がない!
このますます手を滑らす脂のように、血が滴るように今ッ、じわじわとオレが押し負けているのが現実!
防御の決壊は目前だ。ここは機転がいる。
初手で負ったハンデを、そのまま勝利の布石に変えるような逆転的発想がッ!

「隙ありかな? ボラーレ・ヴィーア(飛んで行きな)!」
「しまった!?」

思考のせいで生まれた間隙を思い切り殴り付けられた。
脂に塗れ、
スチュワーデスがファースト・クラスの客にサービスするワインのグラスのようにツルツルピカピカの箸が、
掴みきれなくなった手を抜けて弾き飛ばされる。
思わず、オレの手はそのちっぽけで頼りない2本の棒切れを追っていた。

「もう遅いかな! 回避不可能よッ!
 かなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなかなァーーーッ」

そんなオレの顔面に叩き込まれる箸先がいやにはっきりと見える。
ああ。世界がゆっくりだ。何て言えばいいのか。
普段とは違う流れの中にいるっていうか、周囲が止まっている中で自分だけが変わらず流れているみたいな。
そんな感覚がある。

ふと、伸ばした自分の手に目が行った。

思い付き、実行する。

「・・・・・・かな?」

スローになった世界の加速は早い。
無限に引き伸ばされた一瞬が、今度は無限を凝縮した刹那になる。
二人の時間が同じ世界に重なった時、
姉の箸は────────箸を掴む『右手』は、オレの『左手』に押さえられていた。

「深い理由なんか要らねえよな。
 “箸で挑んでくる相手に、何も箸で応じてやるこたあねー”。咄嗟にそう思っただけだよ」

考えてもみれば間抜けな話で、相手の流儀に合わせてやる必要なんかない。
でなくとも利き腕に、右手に握った箸が駄目になったら右手を使えばいい。
それが無理なら左手を使えばいい。
そんなのは腹を空かせた子供がお握りを両手に掴むくらい当然のことだ。

「ず、ずるい・・・っ!」

そして、この『食べない』と『食べさせる』の争いに付き合う義理もない。
そもそも食べることを拒否し続けても体力の消耗戦になるだけでオレには不毛なのである。
ではどうするか。
逆に考えるんだ、
『“姉に食べさせられる”のを拒否するんじゃなくて、“姉に”食べさせればいいさ』と考えるんだ。

「ひょいっと」

そんな訳で、まだ脂塗れの右手で姉の箸からホッケの皮を摘み出す。


144 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:32:35 ID:6g0RFYsR
「あ」

摘み出し、どうせ指ももう脂塗れなのでついでに丸め、間抜けに開かれた姉の口へ投入してやった。

「アリーヴェデルチ!(さよならだ)」

姉のホッケよ、その口へ帰れ。それがお前の運命だ。

「勝った! 今日の朝ごはん完! ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ふぅー、ご馳走様でした」

いい加減に疲れたのでテンションを下げ、手を合わせて深々と食卓に頭を垂れる。
働き出した胃が朝の少ない血液を貪欲に持って行ってくれているので、ついでに賢者タイムへ突入。
きっかり三秒。顔を上げて見ると、変わらない体勢の姉と、何故か妹まで肩を震わせていた。

「あ、あわわわわ」
「あ、あああああ」

壊れた声優音声付き目覚ましのような声を上げてから口を閉じる。
突っ込んでやった餌を飲み込んだ彼方姉の喉がごくりと鳴った。

「こ、これはこれでいいかもしれなくもないかもかなーーー!?」
「なっ、何をしてくれてんのよお姉ちゃんっ!!!」

立ち上がり、飛んでいった箸を探す。

「わ、私は何もしていないかな!? 此方っ。してくれたのは在処ちゃんの方だよ!」

どう跳ねたり転がったりしたのか、二本ともテーブルの下に落ちていた。

「お姉ちゃあぁぁぁぁあああああああんん!?!
 アンタのくだらない『あーん』はこれを狙っていたのなら予想以上の効果をあげたわ!
 アンタがッ! 泣くまで! 殴るのをやめないッ!」

屈みこんで拾う時にスカートから伸びてばたばた動く足が四本ほど見えたが、
血は股間より腹部に集まって来ていたし、
ニーソでもなかったためにオレの心が燃え尽きるほどヒートもしなかったので無視した。

「もう頭にきた、アタシは妹をやめるわ! お兄ちゃんッ!!
 アタシは兄妹を超越する! お兄ちゃん、アナタの愛でねェーーッ!!」

剣呑な気配が渦巻く前に食器を流しへ置いて回れ右。背後の厄介毎に絡まれるはごめんだね。
御境 在処はクールに去るぜ。あらほらさっさー。


なんて。
罷り間違っても、これが毎日の日常なんてことはあるはずがないんだが。
それにしても、我が家ながら何とも疲れる食卓である。
やれやれだぜ。








向けられるお兄ちゃんの背中を見るのは、いつもツライ。
刹那でも、帰って来る保障があっても、それはお兄ちゃんがアタシから離れるということだから。



145 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:35:41 ID:6g0RFYsR
「・・・・・・行っちゃったわね。
 はあ。どうして肝心な時に限って妹の方を向いてくれないのかしら」

早起きしたアタシ達と違って済ませてない登校の準備をしに行っただけだし、
終わっても外に出て待っててくれるから、どうせすぐに会えるけど。
すぐにすぐに必ず会えるはずだけど。そんな理屈はアタシの心に響かない。

「それは在処ちゃんが此方なんかに興味がないからかな」

逆のベクトルでなら、この女の声はよく響くけど。

「五月蝿いわね、馴れ馴れしく名前で呼んでるんじゃないわよ。一体いつアタシがそれを許可したのかしら?」
「それは在処ちゃんのことかな? それとも自分の名前?」

ウザイ。

「五月蝿いっつってんのよ。その馬鹿みたいな口癖を止めなさい。
 お兄ちゃんの名前にちゃん付けでお姉ちゃん面をするのもね。気持ち悪い」
「くすくす。仕方のない妹」

本当に、この女は。

「そんなに羨ましかったの?」

キモチノワルイ。

「黙りなさい。それ以上、一言でも喋ったら殺すわよ」
「出来もしない癖に」

音が鳴る。握ったままの箸の先を合わせ、かちかちと姉が打ち鳴らす。

「自分が最初に協定を破って着替えを覗こうとでもしたんでしょう?
 なら、私がちょっとくらい在処にアクションを起こしたって、咎めるのは筋違い」

いつも食べ終わるとすぐに食器を片付けてしまうお兄ちゃんの、
本当なら流しに浸けられて落とされてしまう唾液が少し────────でも確実についた2本の棒切れ。
もしかして。あのやり取りは、少しでも多く自分の箸にお兄ちゃんの唾液を擦りつけようとしたのか。

「つい・・・・・・お兄ちゃんを起こす以上のことをしようとしたのは謝るわ。
 でも、着替えを覗くのはお兄ちゃんに対して積極的に何かをする訳じゃない。
 あくまでお兄ちゃんに何かを強いたり意思を無視するような邪魔はしない、消極的な行動よ。
 アンタのはそうじゃない。特に、お兄ちゃんに拒まれてまで食べさせようとしたのはやり過ぎよ」

圧(へ)し折ってやる。そう思ったのがバレたのか、姉はそれを口に入れると、しばらく舌で弄んでから抜き出した。

「ん・・・・・・ぷあ。
 あれは在処の照れ隠し。嫌がられたような言い方は心外ね」

自分の唾液だけを帯びた棒切れを皿に乗せる。

「最後まで抵抗されておいてよく言えるわね。お兄ちゃんの都合を考えないのは相変わらずか」
「それは間違い。私は在処のことしか考えない」
「お兄ちゃんのことじゃなくてお兄ちゃんの都合って言ったのよ」
「同じことよ」
「違うわ」
「違わない」
「違う」
「違わない」
「違う」
「違わない」


146 此方から彼方まで在処を求め sage 2009/01/19(月) 11:37:21 ID:6g0RFYsR

平行線だ。
この女とアタシはいつもそう。お兄ちゃんを基点に、アタシとコイツは常に対極にいる。

まるで線を引いた境目の、此方(こちら)と彼方(あちら)にいるように。

姉妹だけど。むしろ姉妹だからこそ、求める在処に3人は居られないから。
いつかと願う其処を境界線に、これまでもこれからも対立する。し続ける。
どちらかが消えるまで。どちらかを消すまでは。

「不毛ね」
「不毛よ」

だから、アタシ達の争いはそう長く続かない。
だけど、アタシ達の諍いはいつも終わらない。

「ご馳走様でした」
「ご馳走様でした」

お兄ちゃんがそうしたように手を合わせ、食事を終えて食器を流しへ運ぶ。
家族の情などなくても同じ家に住む姉妹。
いつか着けるべき決着は、いつにでも着けられる。優先事項はお互いにあった。

「・・・・・・」
「・・・・・・」

無言でお兄ちゃんの後を追う。当然に抜け駆けを監視し合いながら。
お兄ちゃんは既に外に出て待っているだろう。待たせていると言ってもいい。
玄関で、左右に置かれた鞄のうち、自分の物を取る。同時に用意を終えて顔を見合わせた。

「はん」
「ふん」

アタシが姉を殺さない理由。
コイツが妹を殺さない理由。
それは敵がお互いだけじゃなく、どこにでもいるから。どこにでも生まれる可能性があるから。
例えば、アタシとコイツがお兄ちゃんと通う学校なんかでも。
アタシがお兄ちゃんより下の、コイツがお兄ちゃんより上の、二人がお兄ちゃんの側の邪魔者を始末する。
お兄ちゃんに近寄る存在の排除。その一点が共通の利益だ。

此方から彼方まで、御境 在処の全存在をカバーする。

そのためだけに。最後のその瞬間まで、お互いがお互いを殺せない。
奇しくもお兄ちゃんを挟んだ二人の不一致が生んだ、唯一の一致だ。
時が来るまではせいぜい利用してやろう。どちらもそう思っている。
それはそう、自分がそこにいたいと思う、未来の在処を確実にするためだけに。

「「じゃあ、其処(そちら)は任せたから」」

扉を開ける。数歩先には思った通りの背中があった。
今はまだ、その背中に自分から近付いて行ける。それが出来なくなった時がどちらかの最期だ。
言葉には出さない、暗黙の決意。

胸に抱く想いを新たにしながら、アタシはお兄ちゃんに向かって歩き出した。

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最終更新:2009年01月29日 20:38
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