無題21

125 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 01:29:50 ID:FkjLD7YF

 問題児。

 隣で今のところしおらしく座っている妹は、ここではそういうことになっている。
「ここで貴方とお会いするのも何度目になりますかね?」
「数えていませんけど、そろそろ片手じゃ足りなくなるんじゃないですかね」
 目の前のシスターは溜め息を一つ。
 年相応の皺が刻まれた双眸を窓の外へと移した。
 柔らかな光が差し込む大きな窓。
 広い中庭からは十代特有の浮ついた雰囲気は感じられない。
 静謐で、穏やかな時間が流れてゆくだけ。
 お嬢様学校。
 こういう雰囲気にも慣れつつある自分がいる。
 裏を返せば、それだけここに足を運んでいるという事でもある。
「つかぬ事をお聞きしますが、御実家ではどのような指導をなされてきたのですか?」
 これも、もう耳にタコができるほどぶつけられた疑問。
 もっとも、隣で欠伸を噛み殺している妹の耳はタコが重なってイボになってしまっているかもしれない。
「一応、普通に育ててきたつもりですけど……」
「それが甘やかしているというのです!」
 一も二もない。
 有無も言わせずにぴしゃりと言い放つと、シスターが椅子に座り直し姿勢を正す。
 今までの経験上、これは今にも説教の始まりそうな体勢。
「それで、今回は何をしたんですか?」
 巻き添えを食らう前に横槍を入れ、話題を逸らす。
 隣で黙りこくっている妹からは『よくやった』というアイコンタクト。
 いったい誰のせいでこうなっているのかわかっているのだろうか。
「無断外出、門限破り及び無断外泊です」

 そういえば……

 先週の土日に妹がウチに遊びに来ていたような気がする。
 バレンタインの日に連絡も無くいきなり押しかけてきて、
 外では財布代わりに兄を連れまわし、
 部屋では雑誌や漫画の類を散々読み漁った挙句、いくつかをお持ち帰りしていた。
 寮の方には了解を取っているという話だったはずだが……。
 恐る恐る隣の様子を窺うと、妹は涼しい顔をしていた。
 しかし、机の下でシスターには見えないように右手の親指を立てている。
 これは『任せておけ』の合図。
 意味がわかりません。


126 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 01:30:34 ID:FkjLD7YF
「先週の土曜日と日曜日に、彼女が何処に行っていたか御存知ですか?」
「いえ、なにぶん初めて聞いたもので……」
 いつの間にかの共犯者。
 いっしょに居ましたとは口が裂けてもいえない。
「実家の方へ帰っていたと本人は話していますが……お兄様がそれをご存じ無いのは妙ですね」
「いえ、僕の方は来年から大学生なんで早めに一人暮らしを始めたばかりなんですよ。
 ですから実家の方がどうなっているかはさっぱりで……」
「そうですか」
 まだ疑ってますよ。
 目の前の顔にはそう書いてある。
「本当に御迷惑をおかけしました」
「すみませんでした」
 兄妹揃って頭を下げる。
 これも、もう何度目だろう。
 随分安売りするようになった。
「形だけの謝罪に意味はありません」
 不快感を隠しもせずに苦言を吐き出す。
 このシスター、相当腹に据えかねているらしい。
「ご両親がお忙しいのは存じていますが、一度学園にお越し頂かなければなりませんね」
 親を盾にされても困る。
 二人がここに来られないから、俺がここにいるわけで……。
「僕の方からも厳しく言って聞かせますので……」
 隣では申し合わせたかのように妹が不安そうに肩を震わせ俯いている。
 シスターは見定めるような視線でこちらを一瞥すると、溜め息を漏らす。
 職業柄、悔いている者を許さないわけにはいかないのだろう。
 立場上厳しく接しているのかもしれないが本質は良い人なのかもしれない。
「今日のところはこのくらいでいいでしょう。少しは反省しているようですし」
 でも、あんたの目は節穴だ。
 今にも飛び出しそうな一言を噛み殺す。
 折角の慈悲、貰えるものは貰っておくに越したことはない。

「「ありがとうございます」」

 もう一度、兄妹揃って頭を下げる。
 それでもシスターは固い表情を崩さない。
「とはいえ、反省文は書いてもらいます。明日の放課後までには提出する事。いいですね?」
「わかりました」
 妹の返事を聞くとシスターは席を立つ。


127 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 01:31:15 ID:FkjLD7YF
「それでは、私はお先に失礼します。
 それと……この学園は男子禁制ですので、くれぐれも長居する事のないように」
 だったら、始めから呼ぶな。
 舌先の発射台にまで乗った言葉を飲み込み、苦々しい笑顔を作る。
 シスターは薄っぺらな顔面には見向きもせず、
 凛とした立ち振る舞いで軽く会釈をすると俺達を残したまま反省室を後にした。



 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 私立聖○○女学院。
 いかにもな看板を掲げるこの学校は、その名に恥じぬお嬢様学校。
 徹底的に品質管理されたお嬢様たちを温室栽培する完全密閉型施設。
 朝は礼拝堂でのお祈りに始まり、挨拶は昼夜を問わず『ごきげんよう』
 昼は公立では真似できないハイレベルな授業とランチを嗜み、
 夜の9時には消灯という現代社会とは別次元とさえ言える環境。
 そんな一般庶民には荷が重過ぎる環境に我が妹は特待生として入学した。
 まぁ、要するに庶民にしては成績がよろしかったので、特別に入学が許可されたというわけで……

 そんな庶民が学園創立以来の秀才でトラブルメーカーなもんだから、学園側も手を焼いているのだろう。



「はい、お疲れ様」
 二人揃って校舎の外に出ると妹が笑顔で労う。
 身内の贔屓目もあるが、中身は別として器量の良さはそこらのお嬢様に引けは取らない。


128 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 01:31:52 ID:FkjLD7YF
「あのな、推薦で受かったからって決して暇じゃないんだぞ」
「ゴメンゴメン、ほんとに感謝してるって!」
 顔の前で両手を合わせてウインクを一つ。
 その割にはあまり申し訳なさそうな表情はしていない。 
「高校生のうちに、また呼び出されるなんて思ってなかった」
「どうせ知り合いのほとんどが受験中で遊んでくれる人なんていないでしょ。
 土日のバレンタインだって手応え無かったみたいだし」
 妹の発言は事実。
 高校生最後のバレンタイン。
 遊びに来たのが校則違反して飛び出してきた妹だけというのがなんともなさけない。
 その挙句の果てに、わざわざ謝りに出向する羽目ともなれば多少は不機嫌にもなる。
「そもそも、どうして何度も校則違反をするわけ?」
 この学校が規則に厳しいのは知っている。
 ずっと普通の家庭で育ってきた妹には不慣れな環境だというのもわからなくはない。
 だから今までは、できるだけ何も言わずに妹の味方でいたつもりだ。
 けれど、今日は腹の虫が収まらない。
 言わせてもらえば、あえてそういう環境を選んだのも妹自身なのだ。
「そりゃ―――人にやっちゃダメって言われるとやりたくならない?」
 普通に考えれば安易な誤魔化しだろう。
 しかし我が妹の場合、本気の可能性もある。
「……殴られたいの?」
「ゴメンなさい」
 こちらの不機嫌が伝わったのか、少しは反省の色を見せる。
 俺は親じゃないから、もうこれ以上叱る必要は無い。
 でも、いい機会なので今回はもう少し踏み込んでみようと思う。
「なぁ、ずっと疑問だったんだが……どうしてこの学園に入ったんだ?」
 これは前々回あたりから抱えていた疑問。
 ご近所でも『ちょっと変わった娘さん』で通っている妹はこれでなかなか頭が良い。
 こうやって冗談交じりの会話しているぶんには歳相応の十代に見えるが、
 その気になればもっと自由で環境の良い、
 自分に見合った学校を選ぶ事だって難しくは無いほどの優秀な頭脳の持ち主。
 より多くの素晴らしい選択肢を蹴ってまで、わざわざこの学園を選んだ理由が俺には見えない。
「それは……その……」
 歯切れの悪い言葉を残し、お茶を濁す。
 そのまま微動だにしないまま、表情だけがゆっくりと変わってゆく。

 ―――しばらくして、

「……自分が他人と違う事が怖いと思ったこと、ある?」

 そう、ポツリと問いかける。
 普段は見せない、どこか含みのある表情。
 あまり茶化せるような質問でもないし、少しは真面目に考えてみる。
「わからん。あるような気もするけど、それほど怖いと思ったことは無い」
 返事を聞くと妹は力なく笑う。


129 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 01:32:47 ID:FkjLD7YF
「私はあるの。あれは……いつの頃だったかな?
 とにかく、今よりずっと昔に自分が変だってことに気が付いたの。
 自分の根底にあるナニカが、みんなとは少し違うって。
 それでも、その頃はそれでもいいと思っていた。むしろそれは、とても素敵な事だとさえ思ってた。
 ところがある日、私は気付くの。
 それはこの社会では異常な事なんだって。本当は誰にも知られてはいけない事なんだって。
 ルールから外れた者を社会は許さない。
 世界は無慈悲で理に従わない者に容赦しない。
 だから―――私は自分の異常を治そうとした。
 こういう規律の厳しい環境に身を置いて、神の教えってやつを学べば治るかもしれない。
 懺悔でもして悔い改めれば、マシにもなるかもしれない。
 こうやって、少し距離を置けば……慣れてしまうようになるだろうって。
 この学校に入ったのはね、私にとっては挑戦だったの。新しい何かで隙間を埋めるための挑戦」

 話を区切って、妹は一度こちらを伺う。
 その顔は幾分柔らかくなってはいたが、何処か諦めに似た表情にも見える。

「―――でもね、探し物は見つからなかった。
 ここにあるのは偉いと言われてる誰かが作った枠組みだけ。
 倫理や道徳という名の狭くて窮屈な閉じた輪の内側。
 それが摂理で、真実であっても私の肌には合わなかった。私を納得させるだけの本当がここにはなかった。
 ……どうも私は本質的にはみ出し者みたい。
 実は―――さっきは冗談だって言ったけど、
 人にやっちゃダメだって言われるとやりたくなるって話、アレも本当だったりするんだ。
 本当にやりたい事は、一番やっちゃダメだから……ガス抜きの代償行為みたいなもの」

 妹が随分久しぶりに明かした胸の内。

 意図的に核心をぼかして話をしているのはわかる。
 おそらく俺には知られたくない悩み。
 それは俺が身内だからかもしれないし、俺が男だからかもしれない。
 だけど、損得を考えずに本当の悩みを打ち明けられるのはやっぱり身内。
 理解してやれないのは、ひどく情けなく思う。
「……あの、何か言ってよ」
 しばらく黙っていると、どこか恥ずかしそうに妹が口を出す。
「いや、話について整理中でな。
 こういうのって、どう答えればいいか難しい」
 少なくとも、まだ同じ高校生の俺はそんなことを気にした事が無い。
 過ぎ行く毎日のなかで、いちいち自身の在り方を考えたりするほど大人じゃなかった。
「うん。そりゃそうだ!! あはは、ちょっと神経質になりすぎだよね!! なにキモイ事言ってるんだろ!!」
 そう笑いながらも、笑顔が曇っている。
 それは身内でなければわからない程度。


130 名無しさん@ピンキー sage 2009/02/21(土) 01:33:50 ID:FkjLD7YF

「ば~か」

 軽く小突いてやると妹は目を丸くする。

「受け入れられないなら、無理に受け入れようとしなくてもいいんだよ。
 頭良いくせに、変な所で要領悪いな。
 ルールも教義も所詮人間が作ったもんなんだから、穴だらけなのは当然なんだよ。
 だから、自分がそれに当てはまらないからって無理をする必要は無い。
 そもそも、いちいち他人に惑わされるなんて『らしく』ないだろ」

 これが兄としての役割。

 妹は生まれつき普通とは違った感性を持ち合わせている。
 それはこの先を生きてゆくには少々重荷になるだろう。
 違うことを人は恐れる。
 理解できない発想や価値観は責められる格好の餌になる。
 事実、妹は幼い頃に苛められていた事もある。
 これから傷付けられることも少なくないかもしれない。
 だからこそ、理解はできなくとも支えてやる。
 それができるのは家族だけだから。

「迷惑……かけるかもしれないよ」

 どうしてここでそういう発言が出てくるのか凡人の俺には理解できない。
「何? そんなに俺が憎いわけ?」
「え~と、ある意味憎いかも……」
 小悪魔みたいな笑顔を片手で上品に隠すと、
「ところでさ、今日は商店街のお店でカップル割引してるところがあるの」
 そう言いながら強引に腕を組んでくる。
「あのな、今の台詞ツッコミどころ満載だぞ」
「例えば?」
「なんで兄妹二人でカップル割引になるのか? どうして今日が割引だって事を知ってるのか?
 また俺に奢らせるつもりなのか? 大体、なんで説教喰らったのかわかってるのか?」
「も~いいじゃん!! どうせ暇してるんでしょ?
 反省文なんて甘いもん食わなきゃ、やってらんないって!!」
 勢いに押され、ズルズルと引きずられてしまう。
「妹に付き合ってもらってのカップル割りなんて……なさけなさすぎるんだが……」
「気にしない気にしない。学校が違うんだから共通の知り合いに会わない限りわかんないよ。
 それにこの制服を着た女の子と並んでお茶できる男なんて滅多にいないんだから。ちょっとした役得かもよ?」
 あ~だ、こ~だ言いつつも引っ張る力は緩めない。
 どうあっても行くつもりなのだろう。

「うふふ……今日は覚悟してもらいますわよ、お兄様」

 茶化しているのか、満面の笑顔でのお嬢様言葉。
 どうやら……今回も奢らされることになりそうだ。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年02月22日 23:10
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。