Le sort conseiller.

573 Le sort conseiller. (01/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:10:27 ID:nM3sW5GW
 地中海沿岸諸国のひとつ、その領土にあたる、名も無き無人島にある森林の中。
 夜空に輝く満月の下、私は伝説と呼ばれた闇の眷属、『吸血鬼』と相対している。
 あちらの構えに一切の隙はなく、こちらも一切の隙を見せるつもりはない。
 完全なる膠着状態。どちらが動くかを、ただひたすらに窺いあう。
 そして、一刻が過ぎた頃――ようやく、私から動き出した。
 数瞬遅れて、彼の吸血鬼も動き出す――が、速い。
 人間と、吸血鬼の、圧倒的な性能差。身体能力の絶望的な違い。
 こちらが手にした霊刀を一振りするうち、あちらは手刀を二度振るう。
 私の刀を一手目で返し、二手目でこちらの身を打ち据える。その繰り返し。
 私の身体能力は、同じ人間族の中でも高いほうなのに。
 並みの人間族なら、相手の手数が3倍近くに増えるだろう。
 幸いなのは、私の霊力が高いおかげで、相手の手刀の威力が軽減されていることか。
 そうでなければ、吸血鬼特有の怪力で、一撃で豆腐のように両断されているはずだ。

――焦るな。私一人でこの吸血鬼を倒すのではなく、確実に倒すことが必要なのだ。
 じりじり、と自らの身を引かせる。相手に圧されて、引き下がるように見せかけながら。
 制限だらけのこの森林から抜け出し、開けた場所に戦場を移すために。
 木に囲まれた森林では、刀を振り回しづらい。同時に、相手は飛翔することができない。
 むしろ、相手が飛翔するようならば、私は即座に殺されてしまうだろうから構わなかった。
 しかし今回に限り、森の外でも、この吸血鬼は飛翔することが不可能だろう。
 何故なら、この森林の先には――
「さあ、どうやって、私に近づくかな?」
 わずか踝程度の深さだが、幅の広い川がある。吸血鬼の苦手な、流れ水の上だ。

「流れ水、か……」
 吸血鬼がようやく口を開く。なかなかよく通る、美しい声だ。
 見ると、月の光に晒されて、その美しい相貌も顕になっている。
「お前に恨みはないが、私も仕事でな。悪いが討たせてもらう」
「そうか。しかし、その位置から何をする気だい?」
「こちらに飛び道具がない、と? ふふ、問題ない」
 何故なら、私は1人ではないから。私は――私達は2人で1つだ。
「――っ、これは……銀の、刃?」
 私の言葉を合図に放たれた、金属製の刃が、吸血鬼の右腕に、3弾命中する。
「私の祖国では、手裏剣と呼ばれている、暗部の者が嗜む、鉛製の投擲武器だ。
 ただし、そいつはお前達闇の眷属によく効く、白銀(しろがね)の特別製だがな」
 どうやら、初撃は成功らしい。相手に発射位置も悟られていない。
 私達が3日3晩をかけて編み出した「隠身之陣」は、この吸血鬼にも有効なようだ。
「伏兵、か。なるほど、ただの猪突猛進な若者ではないらしい」
「さてどうする? 伏兵は、幾重もの隠身の符術と結界で、お前には見えなくしてある。
 お前が伏兵を見つけ出す頃には、お前の身体は銀の刃の剣山になっているだろう。
 では、降伏して首を差し出すか、見苦しく足掻くか、選ぶがいい」



574 Le sort conseiller. (02/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:11:27 ID:nM3sW5GW
 さて、これで陥落しなければ、私か、隠れている私の弟子、どちらかが死ぬことになる。
 いくら強力な術で守られていても、ここが川の上であっても、関係なく、だ。
 さすがにこの吸血鬼とて、単なる馬鹿ではないだろう。
 水の上を渡らずに、こちらを攻撃する方法くらい、心得ているはずだ。
 術で姿を確認できないだけの人間を殺傷する技術ぐらい、心得ているはずだ。
 そのような展開だけは避けたいところなのだが、この者はどう出てくるか。
 そんなことを私が考えていると、突然吸血鬼が、口元に笑みを浮かべる。
「どうした? 諦めがついたのか? それとも、選択の極限で気が触れたか?」
 ひるまずに、さらに口撃。相手より冷静に、優位に立たなければいけない。のだが――
「いいや、どちらでもない。どうやら僕の勝ち、らしい」

 轟音。
 何事かと後ろを振り向けば、流れる川の水ごと、大地が抉れて舞い上がっていた。
 同時に、周囲に四散した大量の細かい水飛沫によって、視界が遮られる。
 あの陥没した地点は、私の弟子が身を潜めていた地点だ。どうしてわかった?
 いや、それより弟子は無事なのか? どうやってあの位置を攻撃した?
 あの吸血鬼は、私の目の前で、一切動いていなかった筈ではないのか!?
 予想外の攻撃に、私が吸血鬼そのものから注意を逸らした数瞬の間。
 吸血鬼がその身を眩ませ、同時に周囲を舞う水飛沫の濃度が、不自然に増した。
 いや、これは水飛沫ではなく、霧――吸血鬼の、得意技!
「動くな。動くと貴方の身体から、4条の血飛沫が舞うよ」
 声が響くと同時に、私の身体の4ヶ所――太い血脈の通う部分に、爪が添えられていた。
 右腕の霊刀だけでは、反撃に回れない。その前に、私の身体を鋭い爪が貫く。

「何故だ? 仮にもここは川の上だ。流れ水の上に吸血鬼は――」
「妹のおかげだね。彼女の攻撃が、君達の足元に流れる水を、飛沫に変えてくれた。
 空気中の水分は、僕の武器となる。吸血鬼の霧化能力は、有名だろう?」
 言われてみれば、足元を流れる水が、いつの間にかなくなっている。
 言葉通り、川の水は飛沫に変えられたようで、上流からの水は、土砂で塞き止められていた。
 妹――なるほど、相手も伏兵を張っていたのか。文句は言えないな。
「わかった、私――いや、私達の敗北だ。ところで、私の弟子――弟は、生きているのか?」
「弟? 君の仲間は、君の弟くんだったのかい?」
「そうだ。師匠である私が敗北した以上、彼も抵抗はしないだろう。生死を確認させてくれ」
 もし彼が死んでいたら、さすがに私も冷静ではいられなくなるだろうが。

「こいつなら、いきてるよ」
 場にそぐわない、幼い少女の声。吸血鬼の爪がさげられたのを確認して、振り向く。
 そこに居たのは、背に翼を生やし、両腕が獣の形をしている、人型の少女。
 獣の身体を持ち合わせる闇の眷属――獣人、ではなくて、人狼族のようだが。
 その片腕には、気を失った私の弟が、抱えられていた。五体とも満足のようだ。
 しかし、あれほどの衝撃でほとんど無傷とは――この娘の持つ、特殊な能力だろうか?
「よくやった。殺さずにうまく沈黙させられるようになったね。僕の自慢の妹」
「片手でコイツを気絶させ、もう片手で水を飛沫に変える……やりづらいよ」
「そう言わないでおくれ。殺さずに戦いを収めることは、全てにおいて最良の道だよ」
 どうにも情けないが、私達ではまだまだ、この兄妹に勝てないようだ。
 まあ、情けをかけられたとはいえ、私達2人が無事なのは、感謝しないといけないな。 



575 Le sort conseiller. (03/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:12:52 ID:nM3sW5GW
「これでよし。僕も手刀の威力を加減していたとはいえ、人間の身には堪えたと思う。
 妹と2人で学んだだけの、独学による薬物精製だけど、多少は回復も早まるだろう」
 先ほどの戦場となった森林の更に奥深くの古屋敷、通称『森奥の屋敷』。
 その一室で、私は先程戦った吸血鬼に、治療をされていた。
 本当に、至れり尽くせりで情けない限りだが、好意には甘えておこう。
 というより、手刀そのものも手加減されていたとはな。本当に性能差があり過ぎだ。
「かたじけない。元々霊力で身体防御は固めていたのだが、それでも痛みは通るからな。
 このぶんなら、今から出ても、明日の朝には、この国から離れられるだろう。
 まあ、私の弟の体調にもよるから、すぐに立てるとは思わないが」
「ふむ。でもいいのかい? 君達は私達を倒しに、わざわざこの森に来たのではないのかい?」
「それは問題ない。お前――貴殿を狩りに来たのは、最後の試練がわりのようなものだ。
 倒せなかったというのなら、まだまだ修行不足だった、ただそれだけのことだ」
 これは事実だ。別に彼らを倒すことが、私達の最終目標ではない。
「ふむ。なにやらおもしろそうな話だね。聞かせてもらってもいいかい?
 どのみち今は夜だから、この森から出ても、どの町にも立ち寄れないからね。
 なに、この国の各街道の道中、および街道から至る国境線付近には、必ず宿屋があるからね。
 一晩ほどここに停泊して、昼からここを出ても、なんの問題もなく出国できるよ」
 何と。この吸血鬼は、自分達を襲撃してきた連中に、屋敷の一室さえ勧めてくれるのか。
「仕方がない。負けた上に招かれた以上、貴殿達に逆らう術も、その必要もないからな」

 そうした流れで、私はこの好奇心旺盛な吸血鬼に、自分達の身の上を話した。
 私の名が「咲(さく)」、弟の名が「鈴(すず)」、実家の屋号が「上巻(あげまき)」であること。
 自分達は遠く東方の国、日本の出身であり、家のしきたりで、大陸の西の果てに来ていること。
 ここでの目標は、妖魔と呼ばれる存在を滅する者として、ある程度名をあげること。
 目標を達成できないと、実家はおろか、祖国にさえ帰ることができないということ。

 そういった話をして、ふと彼を見ると、なにやら考え込んでいるようだった。
「ふむ。どうやら君達は、『魔物狩り』の中でも、なかなか稀有な存在らしいね。
 僕達の知っている魔物狩りは皆、人格も、過去の生き様も、いろいろ逸脱していたよ。
 それに比べ、君達は僕や妹のような存在にも、ちゃんと向かい合って話してくれるしね。
 しかし、そんな君達にこそ、僕は聞きたいんだ。
 何故に家訓やらしきたりやら、そのようなものを大事にしているんだい?」
 なんというか、突然の質問に面食らった。
 これまでそんなことを、祖国の家族を含め、誰かに問われたりしたことなどなかったからだ。
「それは、貴殿達が闇の眷属で、家族に対する概念が人間と違うから、疑問に思ったのか?」
「いや、そうではないよ。私自身、家族は大事だし。吸血鬼は、家族で暮らす者も多いんだよ。
 ただ、私の場合は、妹のことがあるから、他の家族から離れて生きているだけさ」
 妹……? あの少女に、何か秘密があるのだろうか?
「妹について聞きたいのかい? ならそろそろ来るはずだから、その時に説明するよ」
 ああ、どうやら顔に出ていたらしい。私の悪い癖が、いまだに直ってないらしい。


576 Le sort conseiller. (04/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:13:59 ID:nM3sW5GW
「お兄様、あの少年の治療、終わりました」
 妹と呼ばれていた少女が、扉を開けて入ってきた。弟の受けた傷は、軽かったようだ。
 よかった。どこか不随になっていれば、この先の旅が本格的に辛くなっていただろう。
 まあ、私の心配どころは、それだけでは決してないのだが。
「ああ、ご苦労様。おいで、紹介するよ。この人の名前は咲さん。あの少年は」
「いえ結構ですお兄様。この方達の名前になど、興味はありませんから」
 なんというか、失礼な女子だな。私の弟までないがしろにされると、腹が立つ。
「ああ、気分を害したのなら、僕から謝罪するよ。この子はどうも、人見知りし過ぎてね」
「ちがうよおにいちゃん。わたしは、おにいちゃんいがいに、きょうみがないだけ」
 ん? 明らかに違和感がある。突然雰囲気というか、口調が変わったような。
 そういえば先程の戦闘後にも、突然声が大人びたような気がしていたのだったな。
「……咲さん、気づいたようだね。この子が今、別人に入れ替わった気配に」
 なんと、あの一瞬で、別人に替わったのか? しかし外見が変化した様子はないが。
 いや、彼女の身体をよく見ると、わずかに体型に誤差が見られるような……?
「ふふ、いつも驚く人が多いんだ。この子は一応、人狼族の生まれではあるんだけど、
 その中でもさらに稀有なところがあるから。今度は僕達の話の手番(ターン)だね」

 先程とは反対に、今度は私が、彼らの話を聞くことになった。
 彼、兄の吸血鬼の名は「アリミレ=クリムゾニア」、通り名は『運命狂わせ(ベクトルヴィルング)』。
 彼女、妹の人狼の名は「ドーラン=クリムゾニア」、通り名は『二十四瞳姫(トゥエルブアイドル)』。
 彼らは人間社会でいうところの異母兄妹らしく、父親は既に故人とのこと。人間だったそうだ。
 アリミレの方は、元人間だったのが、他の吸血鬼(故人)に咬まれて、吸血鬼となったらしい。
 逆にドーランの方は、母親が人狼だったため、ハーフとして闇の眷属の仲間入りをしたらしい。
 なんというか、偶然にして後天的に、2人は闇の眷属として、真の兄妹になったそうだ。
 そしてドーランの秘密――彼女は、人狼族のハーフにして変異種、キメラ系の存在だというのだ。

「キメラ系の人狼――というのもわかりにくいので、あえて人獣と呼ぶことにするけれど、
 大抵は2種類以上の動物の血を持ち合わせている。キメラとは合成獣のことだからね。
 そして、妹は――ドーランは、12種類の獣の血を、その身の内に秘めているんだ」
 そこまで教えてもらっても、先程の微細な変化の説明には、まだ結びつかなかった。
 12種類の獣の特殊能力が、他の人獣系にはない、強力な武器になることしか、わからない。
「あんた、頭わっるいわねェ! 12種類の獣が身体に居るってことはねェ、つまり……」
 また突然しゃべり方が変化した。せわしない娘だ。おや、別に変化する?
「ああそうか。12種類の獣が、別々に意思を持っている、ということか」
「ご名答。ドーラン、頭悪い呼ばわりした事、ちゃんと訂正しておきなさい」
「むうぅ……悪かったわね……とりあえず、あたしは12重人格っていうらしいのよ」

 その後の兄妹の説明によると、12人とはいっても、同時に3人の顕現が限界らしい。
 それはつまり、同時に3匹の動物の特殊能力を使用できるということか。
 そういえば、先程から3人分の別個の喋り方が、交互に入れ替わっているようだ。
「さっきの戦闘では、「鳥」の飛翼と「犬」の検知嗅覚、「龍」の密度操作を使ったのよ。
 それから今の私の中身は、平仮名喋りが鳥で、お嬢様言葉が龍、この喋り言葉が犬だから」
「ん? 鳥と犬はわかるが、龍とはなんだ? 密度操作というのも、初めて聞くぞ?」
「あたしの身体の中には、東方で有名な「十二神将」または「干支」の獣の血が流れているの。
 密度操作は、モノを粒に分解して霧状にしたり、粒を凝固させて熱を生み出す、伝説の力ね。
 その気になれば、あらゆるモノを、触れるだけで粉々にできるみたいだけど、やらない。
 さっきはそれで、川に流れていた水を分解して、霧状にしてあんたにぶつけたのよ」
 十二神将――子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の12の獣だったな。どこかで聞いたことがある。
 密度操作とやらは、水を霧粒にしたり、逆に氷塊に固めたりするものと考えればいいのか。


577 Le sort conseiller. (05/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:14:50 ID:nM3sW5GW
「まあ、僕にさえ妹の全ての能力は理解できていないからね。理解半分くらいでいいよ。
 とにかく、そんな多数の獣の意思――多人数が同じ身体に存在すると考えてごらん。
 思考とか、挙動とか、常に不安定になってしまう。酷いときには、暴走もする。
 それで妹が忌避されるのが嫌で、僕は同族から離れて、妹を引き取って隠居している。
 まあ、僕自身も、仲間内から「はぐれ者」というレッテルを貼られる変人だったからね」
 そう言って微笑むアリミレ。美しい相貌のせいか、微細な表情変化がよく生えている。
 その一方で、ドーランはというと、兄に見蕩れながら、私を睨みつけてきている。
 器用だなと思う反面、私の頭の中に、少しばかりの疑念と悪戯心が浮かんできた。
 よし、ひとつ試してみるか。
「なるほど、アリミレにとって、ドーランは同族の吸血鬼よりも大切なのだな」
「まあね。吸血鬼と人獣の違いがあれど、彼女は私の妹だからね。
 妹より大事な存在なんて、いないと半ば本気で信じているから」
「ええ、私はお兄様のためなら、本気で何でもこなしてみせます」
「お、替わったようだな。ならドーラン……」
「ランってよんでもいいよー。おにいちゃんのことも、アリってよんであげてよ」
「交替が早いな……まあいいか。ランは、兄のことを、とても愛しているのだな」
「当然よっ! アリ兄を誑かす奴らは、私の牙で噛み殺してやるわ!」
 ふふふ、本当にわかりやすい。本題の騙しにも容易くかかりそうだ。

「だったら、私が今から、アリと恋仲になりたいと言ったら、どうす」
 圧倒的に速い、突撃。きばが、くびすじに――
「ドーラン、やめなさい。客人を傷つけることは、たとえお前でも、許しはしないよ」
 アリが庇ってくれなかったら、本当にあの世に旅立っていたな。
 やはり悪戯はよくないということか。身をもって思い知らされた。
「で、でも、お兄様……私は、私は……!」
「そもそも、どうして男である僕が、彼に恋をしなくてはならないんだい?」
「………………」
「………………」

 どうも、この兄はまだ気づいていないらしい。純朴というか、鈍いというか。
「お兄様、この人は――彼女は、女性ですよ!」
「へ? あれ? そ、そうだったの? 咲さん?」
「その通りだ。ラン、からかってすまない。私にはちゃんと恋する相手がいるからな。
 お前の兄は奪わない。お前とは敵対しないよ。約束する、絶対にだ」
「ほんとう……だよね?」
「本当だとも。私には、昔から人間の想い人がいるのだからな」
 よかった。ランの激情が治まってくれたようだ。私はまだ死ぬわけにはいかない。
 私の想い人は、私が女だということさえ、気づいてないのだから。
「いや~情けないなあ。ふつうは女性なら、血の匂いで気づくのになあ。
 ずっと男性としか思わなかったんだ。ごめんなさい、咲さん」
「アリは、それだけ妹のことばかり考えている、ということだろう」
 もしくは、単に鈍すぎるか――口にはしないが。
 というか、傷薬を使ったときに、気づきそうなものだがな。
「わたしたちは、なかいいんだもん! ね~~!」
「ああ、僕はドーランのことを愛しているよ。身体だって重ねられるしね」

 ふむ、言質はとれたものの、見せ付けられた気分だな。
「そんな貴殿達に、少々頼みたいことがあるのだが、構わないか?」
 少しぐらい、我侭な頼みでも、聞いてもらいたいものだ。


578 Le sort conseiller. (06/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:15:31 ID:nM3sW5GW
「う……ん…………」
 寝台の上で、鈴が呻き声をあげる。
 ランいわく、先程の戦闘で負った傷は、もうあらかた治癒したそうだ。
 まったく、ランの手加減具合に感謝しないといけないな。
「うあ……ししょう……ごめんなさい……」
 ししょう? ああ、師匠か……
 なんとなく、私は弟――鈴と過ごした日々を回想してみた。
 鈴が産まれると同時に母を亡くしたこと。それに合わせ、私が男装の生活を始めたこと。
 父に『武具士』兼戦士として共に鍛えられたこと。修行のため異国に放たれたこと。
 共に腕を磨きながら、悪逆非道な妖魔達を滅してきたこと。そして――

「ぅあ……し、師匠!? その……申し訳ないです」
 どうやら鈴が眼を覚ましたらしい。思っていたより早かった。
「仕方あるまい。私も敗北したのだ。お前が勝てるわけがないだろう」
 ははは。いつもながら、男役に徹しすぎているとよく思う。
 私が鈴にかけてやりたい言葉は、こんな厳しい言葉じゃない。
 私がずっと、鈴にかけてやりたかった、言葉は――!
「それより、鈴。傷を見せてみろ」
「は? しかし、もうほとんど痛みもなく、傷口も塞がって」
「かまわん。早く出しなさい。これは命令だ」
 おずおずと、一番大きな傷口を差し出そうとする鈴。可愛いな。
 確か、ランに確認したところだと、鈴の一番の傷口は――
「師匠。その……ここです。傷口は」
 そうだ、胸元の――心臓の真上あたりにあるのだった。
「ほとんど塞がり始めているようだが……ちょっとそのままにしていろ」
「へ、と……寒いので、早く服の前を塞ぎたいのですが……」
 この建物の周辺は、夜になると若干冷える気候らしいから、仕方がない。
 これからすることで、そんな寒さなど気にならなくなる。気にしなくていい。
「ぅわひゃああっ!? し、ししょお!? 何を……!?」
「何って、傷は舐めて治すものだろう?」
 そう言って、鈴の胸元をひたすら舐めてやる。長年求めていた味だ。
 唾液の音が響くように、わざと下品に舌を這わせてやる。
 そうこうしているうちに、鈴の身体に、次の準備が整ってきたようだ。
「鈴、お前……興奮したようだな」

 寝かせている間に、あらかじめ局部は露出させておいたので、丸見えだ。
 鈴が、私の舌による、胸元への愛撫で、自らがオトコであることを主張している。
 この事実だけで、私は身体の奥が、みるみる熱くなるのを感じている。
「あ、その……師匠! コレは、ちがうんです!?」
「なにが違うのか知らないが、仕置きが必要だろう?」
 そういって、私は羽織った着物を脱ぎ去り、その下に巻いてあるサラシを解く。
 男に成りすます際には邪魔でしかなかった、柔らかな女の部位が、顕になる。
 祖国においては、同年代の女性より圧倒的に大きな、乳房が2つ。
「あ、その、師匠……コレは、なんで師匠に、コレが………?」
 ああ、混乱している鈴も可愛い。ドサクサに男根を膨らませる姿も可愛い。
 鈴。鈴。可愛い可愛い、私の大切な、鈴。おとうと――愛している。



579 Le sort conseiller. (07/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:16:29 ID:nM3sW5GW
「おとなしくしなさい。最初は、すぐに終わらせてあげるから」
 鈴の主張した部分を、二つの乳房で、やわらかく包み込む。
「あああ……やわ、やわらか、ややわわわ…………」
 反応が、あまりに初々しい――ああいとしい。
 当然だ。彼は修行のために、私以外の一切の女っ気から遠ざけられていたのだ。
 その私も、普段から男装して男言葉で話していた。故に女性と意識していなかった。
 異国に出て、初めて降りた国で、ようやく女性の姿かたちを正面から見たくらいだ。
 その異国の女達さえ、私が師匠という特権を全面活用して、不必要に近づけなくした。
 つまり、実質女性に触れるのは、私が初めての、純粋培養の少年――それが鈴なのだ。
「ほら、ほら、こう動かせば、気持ちいい?」
 くちゅ、くちゅ、ぐにょん、ぐにょん。
 挟み込む乳房で、柔らかくて湿った淫靡な音を立てながら、鈴の部分をこねくり回す。
 鈴はその動きに合わせて、呻くようなかわいらしい声をあげて、身体をよじらせる。
 ああ、かわいい、かわいいよ、すず。かわいい、わたしの、たいせつな、すず。

 鈴が最大限気持ちよく、しかし射精をギリギリしないであろう位置を、うまく刺激する。
 もちろん、私にも経験があるわけではない。全て手探りでの愛撫だ。
 この国に限らず、栄えた街には、酒場のように、情報の集まる箇所がいくつか存在する。
 鈴に自己鍛錬をさせておいて、そのような箇所に自ら足を運び、盗み聞きをした。
 ある時は、粗野で下卑たあらくれ男たちの聞くに堪えない猥談から。
 またある時は、可憐で純情そうな乙女らの、男関係と床遊びの自慢話から。
 あらゆる性に関する体験談を、耳に留め頭に留め、足りない経験を補っているのだ。

 自身の身体に関しても、成長・維持させる努力は一切怠ってこなかった。
 通常なら弟を欺くための長時間の変装で、崩れそうな体型を、ひたすら矯正する地獄の毎日。
 弟の目が届かない位置では、常にサラシなどを解き、締め付けから開放して成長させる。
 父親のせいで失いそうになった、女の幸せを取り戻すための、すさまじい努力と執念。
 その結晶がいま、自分に不自由を課した父親の息子、我が弟によって報われようとしている。

 ぐっちゅ、ぐっちゅ、ぐじゅ、ぐじゅん!
 もはや私自身にも、乳房を動かすことは止められない。
 鈴の陰茎から、止め処なく溢れ出す潤滑液。それとの摩擦で起きる、音と、熱さ。
 ここでやめる? はは、不可能だ! さあ、鈴。来なさい!
「うあ、うあ、うはぁ、はあああああああああぁぁぁぁっ」
 ドピュ、どびゅる、びゅくくん……
 精液が、鈴の体内から放たれる。初めての、他人の手による射精で、蕩ける鈴。
「あ……あはは……きもちぃ……ししょぉ」
 そういえば、まだ呼び名が師匠のままだったのか。むぅ、雰囲気が出やしない。
 射精と同時に顔面や胸に飛び掛ってきた、暖かい精液を舐め取りながら、私は唱える。
「鈴。今から私がいいというまで、私を『師匠』ではなく『お姉ちゃん』と呼びなさい」
「ひゃ、ひゃあぃ……わかりました……おねえ、ちゃん」
 焦点の合わない眼、うわずった声、体液でベタベタする身体。
 欲しい。全部欲しい。もうとまらない。やめてたまるもんか。あいしてる、すず。

「鈴、おとなしく横になりなさい。お姉ちゃんが、あなたに快楽をあげるからな」


580 Le sort conseiller. (08/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:36:55 ID:nM3sW5GW
 次の日のだいたい正午過ぎ。空は快晴の旅立ち日和。
 森の木陰に隠れ、日を避けるように、森奥の屋敷から外に出る、2人の男女。
 その対面に、和装の旅道具と、霊刀などの武器を携えた、2人の男女。
「結局、出発はこんなゆっくりした時間になったようだね」
「まあ仕方あるまい。私としたことが、昨夜は張り切りすぎた。
 少々、鈴の体調が芳しくないようで、心配なのだ」
「そんなあなたに、このことば。さくやはおたのしみでしたね」
「ふふん、ありがとう。そちらこそ、昨夜は楽しんだだろう?」
「ちょ、言わないでよ恥ずかしいんだから……」

 あの時、私がこの兄妹に頼んだのは、場所の提供。
 人里離れた森で、さらに外部に声の漏れない、機密性の高い屋敷の部屋。
 そこで、長年溜まりに溜まった欲望を、鈴にぶつけさせてもらった。
 それとついでに、ランから体験談をいくつか聞いて参考にさせてもらった。
 私の予想通り、この兄妹もそういう関係だったから、とても都合がよかった。
 昨日の夜、彼らに逢うことがなかったら、今日の自分はなかっただろう。
 彼らに逢えたことは、私の人生の分岐として、生涯語り継ぐことにしよう。

「まあ、お互い大切な者は、手放すことなかれ、ということか」
「かっこつけてるけど、だいすきすぎて、はなしたくないだけだよね?」
「あはは、咲さんもランも、すっかり仲良くなったね」
 アリの言うとおりだ。人間と闇の眷属との友情。
 決してないわけではないのだろうが、こんな縁でできたことは、そうそうあるまい。

「…………あの、師しょ――お姉ちゃん。僕はもう大丈夫だよ」
 おっといけない。あまりのんびりしていると、また夜になってしまう。
 どうやら、一晩中搾り取られて倒れていた弟の体力も復活したみたいだ。
 まあ、本当にやり過ぎた。すまないな鈴、これからは少し抑えてやるから。
 ちなみに、眼が覚めた鈴と、アリとランの兄妹は、案外早く意気投合してくれた。
 鈴は真面目すぎるから、ひと悶着ありそうな気がしたが、杞憂だったらしい。

「ふむ、そろそろ出立しないといけないな、本当に世話になった」
「咲……あんたまた、この森に来てくれる?」
「当然だ。一度日本には帰るが、またお前にも、アリにも会いたいしな。
 待っていろ。何年後かはわからんが、その時は私と鈴の子供も、連れて来るからな」
「っっ! お、お姉ちゃん!? 何言ってんの!?」
「「「あっはっはっはっはっ」」」


581 Le sort conseiller. (09/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:44:47 ID:nM3sW5GW
 昨夜の会話の途中でわかったこと。アリとランの、近親相姦の関係。
 最初に関係を切り出したのは、やはりというか、ランの方だったそうだ。
 人狼の一族の中で、ハーフという危うい立場の上、キメラで不安定な幼少時代。
 孤独で先の長い未来に絶望する中、迎えに来たアリに一目で恋に落ちたそうだ。
 正直羨ましい。私と違って、吸血鬼の王子様が迎えに来てくれた、というわけだ。
 その後、同族や人間からも離れて2人きりで暮らすため、この屋敷に来たそうだ。
 そこでは自給自足の生活を余儀なくされた。ランは森の動物を。アリはランの血液を。
 同じ闇の眷属同士でも、ハーフであるランの血だからこそ、大丈夫だったらしい。
 そして百年ほど経ったある満月の夜、首筋から血を吸われていたランが、欲情して――
 というような話を、ランがのろけたっぷりに語ってくれた。
 多重人格3人の視点から語られたため、多少あやふやな点もあったが、要は幸せらしい。
「12人の愛しい妹達に、一度に愛される。これ以上の幸せがあるだろうか。いや、ない!」
 そう豪語してくれたアリには、正直なところ、多少引いてしまったが。

「何にせよ、お互い愛する者を守り、大切に生きる、それだけのことだな」
「そうだね。僕達だって不死とはいえ、いつか死ぬ。だから今を大切にしたいよ」
 まったくだ。死が2人を分かつまで、という言葉を考えた人物に賞賛を送りたい。
「でも不思議なのよね。あたし達みたいに、兄弟姉妹で恋愛する人間が、時々ここに来るのよ」
「そうなの? 僕たちみたいな人って、他にもいるんだね、お姉ちゃん」
 『恋愛する』僕たちって言ってくれる鈴を、思わず抱きしめたくなった。我慢しないと。
 しかし意外だな。この兄妹は、私達以外にも、いろんな男女を結ばせていたらしい。
「彼ら彼女らは、生業も年齢も、人間の尺度で言えば、本当にバラバラだったけれど、
 悩んでいたのは皆一緒だったんだ。だから僕達は協力して、成就させてあげたけれどね」
「愛し合っているんだから、幸せになれない道理なんて、ない筈なのにね」
「だから幸せになるために、みんな必死でがんばっているんだよ、ランちゃん」
 はは、我が弟ながら、時にはいいことを言う。やはりこの子に惚れたのは、正解だったな。

 そんな和やかな談笑の時間を終えた後。
 弟に森から出る方角を確認させている間に、私はアリとランに胸の内を告げておいた。
 あとついでに、手持ちの荷物から、彼らに土産代わりに渡したいものがあった。
「アリ、昨日途中で中断されていた、あの質問に答えておくよ。
 私が家の決まりに従うのは、背く事で弟と離れ離れにされるのが怖かったからだ。
 私の祖国では、家族というものは絶対で、私の実家は特にそれが顕著だったからな。
 でももう迷わない。私は弟と共にあるために、強くなる。家にだって背いてやる。
 貴殿達のおかげで、ようやく決心がついたよ。心から礼を言わせてくれ。本当に有難う」
「そうかい。君の悩みが解決できたようで、本当によかったよ。
 生きることは悩みと向き合うこと、というけれど、解けない悩みなんて、悲しいからね」
 そういったアリの表情も、傍にいたランの横顔も、色々と憂いに満ちていたように見えた。
 彼ら兄妹も、今の恋のために奔走したのだなと、なんとなくしんみりしてしまった。


582 Le sort conseiller. (10/10) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/03/10(火) 05:55:03 ID:nM3sW5GW
「それでは、また合間見える機会があれば、その時は宜しく」
「そうだね。今度君達が来ることがあれば、その時は豪勢におもてなしするよ」


「……行ってしまったな。彼女達がまだ生きているうちに、再開できたらいいんだけど」
「なるようになるんだよ? いきてたらなにかあるんだって、おにいちゃんいってたよね」
「そうだな。せめて彼らに会うまで、他の魔物狩りに倒されないようにしないと」
「何を弱気な。私がいるではないですか。貴方も、私も、死にはしませんよ」
「頼もしいな、君は。愛しているよ――ドーラン」
「あたしも、愛しているわ。アリ兄――ううん、アリミレ兄さん」
「ところで、咲からもらったその東国産の紙には、なんて書かれているんだい?」
「さあ? 私の知識にもありませんから、またいつか東方の文献で調べてみましょう」

 咲が森奥の屋敷から離れる少し前、アリミレに渡した、2枚の和紙製の色紙。
 そこには達筆な筆文字で「類は友を呼ぶ」「仲良きことは美しきかな」と書かれていた。


 咲と鈴は、結局最後まで知ることはなかった。
 アリミレの能力が、「運命狂わせ」の二つ名通り、出会った人間の人生に転機を与えることを。
 日常では発揮されない膨大な魔力か、異質な人間達を知らず知らず引き寄せていることを。
 その全てが、彼ら兄妹と同じく、兄弟姉妹での恋愛感情に悩む者達であったことを。

 アリミレとドーランは、結局最後まで知ることはなかった。
 人間達の生きる社会では、一般的に近親相姦という関係は、タブー視されていることを。
 その事実を知らないままに、恋愛感情をもつ兄弟姉妹を結びつけるため、協力をしていたことを。


 この日より数年後、遙か東方の島国で、「総角(あげまき)」と呼ばれる武闘派の一門が誕生した。
 その始祖たる一代目は、師匠と弟子の関係から夫婦の契りを交わした、若い男女であったという。
 その一族の人間には、代々「人間を超越した2人の兄妹」の逸話が伝えられていったそうだ。

 さらにそれより数百年後、不死であるクリムゾニア兄妹さえ、歴史の闇からその姿を隠す時が来る。
 その時まで彼ら兄妹の許には、二千組を超える、兄弟姉妹同士の恋愛に悩む若者達が訪れた――
 そんな背徳的でロマンチックな恋に関する逸話が、欧州諸国に伝説として残されている。

                                        ~ Fin ~

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最終更新:2009年03月11日 02:38
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