もう「お兄ちゃん」しか見えてない

461 もう「お兄ちゃん」しか見えてない (1/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/07/15(水) 18:17:29 ID:KI7k4ApC

 朝日の差し込む部屋、ベッドのある空間、男の子の部屋。
 ベッドで眠るのは1人の少年。その傍らに立つ制服姿の少女。
 よくある朝の光景。繰り広げられるのはお約束の展開で――
「……さん、兄さんっ。朝だから早く起きて? もう学校に行く時間なのに、遅刻するつもりなの?」
「う~ん……、あと5分だけ~……」
「そんなこと言って、昨日は30分も眠って、遅刻しかけたでしょう?
 いいから早く起きて、私の作った朝ごはんを食べてよね?」
 言いながら、少女――妹は両腕で、少年――兄の身体を揺さぶる。
 さすがにそこまでされては、兄も眠っていられなかったのか、
「……わかったよ、僕の負けでいいから。起きるからさ……」
 と言いながら、ゆっくりとベッドの上で身を起こす。
 その動作を見届けてから、妹は矢継ぎ早に、兄に指示を出す。
「おはようございます、ねぼすけな十治(とはる)兄さん。
 さあ、まずは顔を洗って、寝グセを直して、それから――」
「あ~まあ、そう次々言わないでくれよ、一線(らいん)。
 お腹が空いているから、まずは朝ごはんを食べたいんだ」
 朝から食い意地の張ったことを言う兄に対して、少し呆れる妹。
「まったく、そんなことだから兄さんは――」
「それだけ、一線の作る朝ごはんが美味しいってことだよ」
 言いながら、兄は少し眠そうな、けれど満面の笑みを浮かべる。

「……本当に、毎朝僕のためにありがとうな、一線」


 - ※ - ※ - ※ - ※ - ※ - 


「――ってことがあったんだよ~っ♪ えっへへ~♪」
「ああもう、わかったからわかったから、落ち着きなさいって」
「ねえどう? 私のお兄ちゃんがどんなに素敵か、わかった?」
「ああもう、よくわかったから、おんなじ話を朝から128回もしないでよ……」
 いい加減、耳にタコを通り越してクラーケンができた気分になりながら。
 それでもあたしは親友の一線のノロケ話を、辛抱強く聞いてあげていた。
 あたし以外の友人連中は、2時限目が来るより前に全員ギブアップした。
 そりゃそうだ。友達の兄――他人の萌える話を聞いても、楽しくないし。
 ちなみに、今は放課後の帰り道――どんだけこの話を聞かされたことやら。

「うふふ~♪ あの時のお兄ちゃんの顔、すっごく綺麗でかっこよくて眩しかったな~♪
 もうあの表情と声音と顔立ちを思い出すだけで、軽く3回はイッちゃえ――」
「やめんかい!? 調子に乗って、天下の往来でハズイこと言うの禁止!?」
 デレデレな態度はともかく、こう時々エロイ方向に走るのだけは勘弁してほしい。
 それも自分の実の兄に惚れこんで、一喜一憂一挙手一投足全てにノロケるんだから。
 まあ、多少注意したところで、聞くような娘じゃあないんだけどね。
 だからこそ、延々とノロケ(聞かされ)地獄が続いているわけだし。
 というか、さっきの朝の一件に登場した少女と、目の前の少女が同一人物なのが信じられない。
 一線はなぜか、兄に対してのみ『兄さん』と呼んで、喋り方も固くなるらしい。
 それって『逆クーデレ詐欺』っていうんだろうか? よくわからないけど。
「とりあえず、なんであたしたちにはその態度なのに、本人に対してはちょっと他人行儀なのさ?」
「ふっふっふっ……♪ 気付いたのはさすがだと言いたいけど――甘いぞももちゃん!
 私がお兄ちゃんを『兄さん』って呼ぶのは、私を1人前の大人っぽく見せるためなの。
 お兄ちゃんに私のことを、1人の女の子として見て欲しいという、切実な乙女心なのよ!」
「な、なんだって~~えーえーりゃく」
 これだもんなあ、この超ブラコン娘め。本当に15歳――高校1年生なのかこの娘は。


462 もう「お兄ちゃん」しか見えてない (2/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/07/15(水) 18:20:21 ID:KI7k4ApC

 ――……け!……!?
 ――……げろ!?……?
「……あれ? なんか騒がしいわね?」
「……あ、この匂いと声は、お兄ちゃ――」
――ドコォン!!
「うわあっ!?」
 かなり派手な音が響くと同時に、人影があたしたちの視界に飛び込んできた。
 その人影は、誰かともみ合ったのか、ところどころ学生服が汚れている。
「!? お兄――兄さん!?」
 どうやら、倒れてきた人影は、一線の兄である十治さんだったようだ。
 1度も会ったことはないけど、一線の話で何度も特徴を聞いているし、間違いない。
「――っと、一線じゃないか。隣の女の子は友達かい?」
「って、兄さん怪我してるじゃない!?」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
「――あはは……、ちょっと恥ずかしいところ、見せちゃったかなぁ?
 大丈夫だよ、見た目ほど大したことはないし、心配しないで」
「そういう問題じゃあ――」

「オイオイ、どこ行ってんだぁお坊ちゃんよぉ……?」
 その時、十治さんが飛び出してきた路地の影から、ガラの悪い男が出てきた。
 あたしたちの通う学校の制服を着ているけど、微妙に改造している――
 まあ、見た目からして中途半端な不良って感じだ。小者臭もするし。
「なっ、なんですかあなたは……!?」
 一線の問いかけに、目の前の不良男は小指をおっ立て(下品)ながら聞いてきた。
「ああん、なんだテメェ? もしかしてこのお坊ちゃんのコレか?
 こいつぁ~よ~、オレが女口説いてる最中に邪魔してきやがったんだよ。
 ったく、ちょっとはたいて素直にさせようとしてただけだってのになぁ?」
 ヘラヘラ笑いながら、自分の悪業を自慢する不良男。単細胞だなコイツ。

「もう、兄さんってばまた、そんな危険なことをしてたの?
 あれほど危ない真似はやめてって、いつも言ってるじゃないのっ!?」
「あはは……、ごめんな一線。どうしても黙って見過ごせなかったんだ。
 まあ大丈夫だよ。襲われてた女の子は、無事逃げていったし――」
「そういう問題じゃあないでしょ!?
 兄さんが怪我したら、私は……」
「……うん、心配かけてごめんな、一線……」
「もう……、馬鹿なんだから、兄さんは……」
 あっれぇ~~? 一線ってばさっきまで、あたしの隣にいたはずだよね?
 一体いつの間に、十治さんの傍に寄って行ったんだろう?
 そしてなんで、この兄妹はイチャイチャ(あたしの主観)しているんだろう?
 あたしも、さっきまで相手してたこの不良男も、完全に置いてけぼりじゃない。

「……て、てめぇらオレをコケにしてんじゃねええええぇぇぇっ!?」
 叫びながら、一線と十治さんに殴りかかる不良男。
 ああ、やっぱりキレたか。まあ無理もないとは思うけど――
 ってダメじゃない!? その角度からだと一線がモロに――
「っ!? 危ない一線っ――ぐあっ!?」
「!?」「って、兄さん!?」「十治さんっ!?」
 突然の光景に、あたしも一線も、殴りかかった本人も驚いた。
 一線が殴られる寸前で、急に起き上がった十治さんが、一線を庇ったのだ。
 けれどかわりに殴られた十治さんは、体勢を崩してしまい――
――ゴン!!「ぅぐっ!」
 背後の壁に頭を勢いよくぶつけて、気絶してしまった。


463 もう「お兄ちゃん」しか見えてない (3/3) ◆6AvI.Mne7c sage 2009/07/15(水) 18:22:42 ID:KI7k4ApC

「あ、いや……っ、兄さん、兄さんっ!?」
 気絶した自分の兄――十治さんを揺さぶる一線。
 いや気絶した人間にそれはまずいって。動揺しすぎているみたい。
「は、ははは……、ようやく気絶しやがったのか、ソイツは……。
 さっきも裏路地で10発くらいドツいたのに、向かって来やがったからな……。
 まあいいや、じゃあ今度はテメェが来いよ小娘。そんなバカじゃなくて、オレが遊んでやるよ?
 しつこかった兄貴――だよな?――の不始末は、妹のお前につけてもら――!?」

 不良男の自分勝手な宣言は、最後まで続くことはなかった。
 なぜなら、涙目でキレた一線が、掬いあげるようにビンタを放ったからだ。
「……おまえ、私の大事な――大切なお兄ちゃんに、何をした?」
 連続で繰り出される、当たっても音のしない往復ビンタ。いや、張り手?
 あたしには徒手空拳の知識はあまりないけど、とにかく一線の攻撃は止まらない。
 ところで、叩いた時にあまり音のしないビンタって、結構危ないんじゃないだろうか?
「ちっ……! ちまい攻撃がグダグタうるせぇんだよ!?」
 ここでこれまで叩かれっぱなしだった不良男が、負けじと一線の右腕を掴んで止めた。
 同時に不良男の反対側の腕が、大きく振りかぶられて――
「いい加減にしやがれ――そんなに叩くのが好きなら、オレが叩いてや――る゛っ!?」
 一線を殴りつける――こともできずに、そのまま真下に落ちた。
 右腕を掴まれた一線が、とっさに脚を振り上げて、不良男の股間を蹴りあげたからだ。
「おまえなんかのせいで、私とお兄ちゃんの時間が奪われたなんて、イライラする……!」

 そのあとはもう、ずっと一線のターン状態だった。
 簡単に言うと、急所を蹴られて倒れこんだ不良男は、一線に何度も踏みつけられた。
 両肩と両膝と両肘、そして腹筋にわき腹に顔面――ぜんぶ急所狙いだったのが怖い。
「おまえのせいでお兄ちゃんが怪我をした。おまえなんか死んじゃえばいいんだ……」
 けれど、そう言いながら無表情で蹴りを入れる一線は、なぜかとても綺麗に見えた。
 そんな一線も、ようやく落ち着いたのか、今は心配そうに十治さんを介抱している。
 ちなみに不良男は、出てきた裏路地(結構薄暗い)にあったゴミ山に埋めてあげた。

「まあ、頭は精密検査を受けないとわからないけど、たぶんこれで大丈夫でしょ?
 じゃあ一線、家に帰ったら、十治さ――お兄さんを安静にしてあげなさいよ?」
「うん……、ありがとうももちゃん。今日はお兄ちゃんを休ませてあげるよ……」
「今日はって、明日はなんかするんかい? あと『ももちゃん』ってゆーな」
「ううん、今日助けてくれたお礼をしてあげるだけだよ? じゃ~ね、また明日♪」
「ん、お大事にね~♪」

 とりあえずそんな会話を交わした後、一線は十治さんを背負って帰って行った。
 兄に『盲目』な妹と、妹を見る目が『節穴』な兄の、ある意味ベストカップル。
 まあたぶん、あの2人は現状であれだから、今後もうまくやっていけるだろう。
 どうも、一線のあの『兄さん』呼びの小細工も、案外無駄じゃないみたいだし。
「でもさあ、好きな人に対して常に冷たい態度をとるなんて、すごく大変だよね?
 やっぱり好きな人には、終始デレっとした態度で接したほうが、楽しいし――」

「あ、モモ姉ちゃんだ♪ 今帰りなの?」
 1人でそんなことを考えていたら、最愛の弟に後ろから声をかけられた。
「あ、ちーきゅんお帰りなさい♪ せっかくだし、一緒に帰りましょ♪」
 ああもう今日もかわゆいなぁ。涎とか出そうだよホント♪
「うんっ! モモ姉ちゃん大好きっ♪」

――とまあこんな感じで、甘え甘やかすだけってのも、充分に効果があるんだよ、一線?


                      ― Changing suddenly because of love. ―

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2009年07月21日 18:39
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。