とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part05

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 ―――と、もやもやしていた時期があった。
 自分のあいつに対する気持ちがわからず、思い悩んでいた時があった。
 とは言っても、今でもはっきりわかったわけではない。
 しかし前に比べると、段々と、ほんの少しずつではあるが掴めてきた気がする。
 より不確かで不明瞭だった感情も、今では少しずつ色づき、確実に形作られつつある。
 だがやはり決定打となり得るものがまだない。
 あと一押しでわかる、そんな気がして、

(俺の気持ちは、多分…?)



―My certain heart―



 あれからさらに二ヶ月ほどの時が経ち、今日は六月某日。
 時刻はそろそろ辺りが薄暗くなってゆき、完全下校時刻にさしかかろうという頃合い。
 また、彼女の門限も近い。
 本来ならば、そして以前の自分ならば、何の未練もなく不幸が起こることだけをただ心配し、すぐに帰宅していた。
 だがそこにも最近になって変化が訪れる。
 いつからか、帰りたくない、まだ、一緒にいたい離れたくない、と思うようになった。
 今自分の隣を歩く少女、御坂美琴と。
 その自分の気持ちに関しては、もう何も思うところはない。
 ただ、その気持ちの原因となる感情の名は、まだ特定できていない。
 時間が解決してくれるとは思っていた時もあったが、そう都合よく時が解決してくれるわけでもない。
 しかもそれなりの時間なら、もう既に経過したのだ。
 自分がこの春から高校二年であるということは、彼女は今や中学三年。
 時間はゆっくり進んでいたように感じていたが、いざ終わってみると時が経つのは早いということはよくわかる。
 まだまだ幼さが抜けていなかった去年に比べ、その容姿、スタイル、雰囲気は大人のそれへと少しずつ、だが確実に近づいていっている。
 成長期の一年間というのは、自分ではなかなか感じにくいが、こうして他人を見ていると凄まじい。
 時はこうして目に見える形でも過ぎ去っている。
 しかしそれだけの時間が経過したというのに、感情の輪郭線は掴めても、肝心の中身の、それも決定打となるであろう一番重要なピースだけは見当たらない。
 なので結局こればかりは、自分で気付くしがないという結論に至った。
 時間が解決してくれれば、どれだけ楽なことか。

「あーあ、もうこんな時間かぁ…」

 彼女は、少しだけ名残惜しそうな表情、口調でそう呟いた。
 しかしそれらには、悲しさなどの色は含まれていない。
 あくまでも今日という一日が終わり、今日別れることに対して彼女は名残惜しさを感じているだけ。
 以前まで見られた悲しそうな表情は今はあまり見られない。

「………」
「まあ、また明日もちゃんと会えるわけだし?アンタもこうしてほとんど毎日付き合ってくれるから最近は全然大丈夫なんだけどさ」
「………」
「少しだけ名残けど、今日はもう帰ろっか?」
「………っ」
「……こら、何か言いなさい。ていうか、どうしたのよそんな黙りこくって。アンタ最近なんか変よ?」

 何も言わない自分に疑念を抱いたのか、彼女は不思議そうな目でこちらを見つめ、そう尋ねた。
 なにも、好き好んで黙りこくっているわけではない。
 できることなら面向かって、真っ直ぐと彼女の目を見据え、ちゃんと話したいと思っている。
 そうすることが一番自分も楽しく、何より彼女もきっと楽しい。
 そしてそれがいつも別れ際に感じる寂寥感を紛らわせる一番の方法。
 しかし最近になると、それすらもできないほどの圧倒的な感情が胸を締め付け、彼女の前では行動が制限されるようにまでなってしまった。
 ほんの少し前までは何の気兼ねなく見られた彼女の目も、今では見つめられると何故だかすぐに逸らしてしまう。
 何もやましいことなど、考えていないというのに。
 その胸の痛みは、今までに感じたことがないほどの苦しみ。
 今まで受けてきたどの衝撃よりも強く、圧迫感がある。

(何か、何か言わないと…)

 返事がないことに対して半分怒りを、残りの半分は疑問を示している彼女を見て、より焦る。
 しかし何かを言うにしても何を言えばいいのかがわからない。
 肝心の口も思うようには動いてくれない。
 二人の間にあるのは沈黙。

「え、えっと…」
「はぁ……アンタが一体何を考えてるのかは知らないけどさ、これだけは聞かせてよ」
「……?」

 これからの展開について考えていると、彼女の方から口を開いた。

「アンタは、私といて楽しくない?」
「…!そ、それは違うぞ!むしろ、むしろ……楽しい、くらいだ…」

 なかなか開かなかった口が、この時この瞬間だけは開いた。
 なんの思考の余地もなしに、その言葉は紡がれた。
 そう、彼女と一緒にいるのは楽しい。
 一緒にいるだけでどこか沈んだ気分の時も気を紛らわせ、逆に楽しい気分の時もより楽しくいられる。
 これは、これだけは確かな事実。

「本当に…?」
「あぁ……くそっ、なんか俺変だよな。心の中がもやもやしてて、何かをしたいと思ってる時に思うように体が動かない。俺も本当は…」
「そう、ね。最近のアンタはすごく変」
「だよな、それは俺も自覚あるよ。自覚があるほどってどれだけとは思うけどな…」

 自分で自分を変であると評価するのは正直気がひけた。
 しかし今は早く心のもやもや、しこりをどうにかしたい。
 それは本来は自分の心の問題なのだから、自分の中で解決しなければならないはずのこと。
 にもかかわらず、その一心で、今まで彼女に話していなかった心の葛藤を話した。
 何となく、彼女なら一気に答えまでとは言わずとも、問題を解くためのヒントをくれるような気がしたから。
 何よりも、自分が信頼する彼女だから。

「じゃあさ、そのことをもっと私に話してよ。何に悩んでるのかは今の私にはわからないけど、少しくらいなら相談にのれる。何よりも、うじうじ悩んでるのは私の……す、好きな、アンタらしくない…」
「…!」
「……だ、だから!その心のもやもやっての?それを少しずつでいいから言葉にして私に話してよ。そういうの難しいってのはわかるけどさ」

 彼女からの相談の申し出は素直に嬉しかった。
 まず間違いなく、自分からでは相談することなど有り得ない。
 こういったきっかけがない限り、それを心の内に溜め込み、自分で解決する。
 また、それを当たり前だと思ってる。
 だがしかし、今自分の胸の内にある感情は未知のものであり、一人だけではどうすればよいのかわからないところもあった。
 これまで解決してきた問題のように右手でどうにかできる問題ではないのだ。
 当然のことながら、右手で頭を、胸を殴っても、未知の痛みは治らない。
 そして最近になると、それは余計にひどくなり、それは時として行動の変化という形で表れている。
 どう対処をするべきなのか、どうにもこうにもわからない。
 だからこそ、彼女から相談を、話をしてもいいという言葉はとてもありがたかった。

「……いつからだったかな、このよくわかんねぇもやもやした気持ちを持つようになったのは」
「……?」
「始めはさ、別に大したことはなかったんだよ。それこそ、偶に胸にほんのチクッと痛みがでるくらいの。こんな、こんなに行動にでるほどでもなかったんだ」

 いきなり彼女に対して本題を話そうにも、それは無理な話。
 正直なところ、今でも自分の中のその感情は、なんの関連もないバラバラの欠片の集まりでしかない。

「それがなんでかな、時間はかかってたんだけど、段々、本当にゆっくり、その気持ちは大きくなっていって……今では、俺という人格を壊してしまいそうなほどまでになっちまって、色々考えるようになって、それで…」

 それこそ言葉にもなっていない部分さえもあるのだ。
 話そうにも、支離滅裂な話になるに決まってる。
 だから彼女の言った通り、少しずつ記憶遡って、言葉にしていく。

「今だってそうなんだ。お前と一緒にいる時何か話したいとか思っても、言葉が喉元でつっかえる。一緒にいるだけでもなんか胸がドキドキする。だけど帰る時やお前が暗い顔してたらその時で、今度は決まって胸が締め付けられるように痛くなる」
「ちょ、ちょっと…?」
「突き放したくなるほど苦しい時もあった。だけどそんなことできなかった、できるわけがなかった。苦しいけど、それをすればもっと苦しくなるってわかってた。それにもっと一緒にいたいとか、もっと触れたいとか思うようになってた。だから、この前は柄にもなく手なんか繋いだりした」

 次々に自分の心で起きてきた気持ちの変化を言葉にしていくことで、今まであやふやになっていたことさえも段々と形になっていった。
 そしてまた止めようと思っても、知らず知らずの内に口は次から次へと言葉を発していく。

「今まででも苦しい思いとか、痛い思いとか、自慢じゃないがそれなりにしてきた。でもこの気持ちは違う。そのどれよりも痛くて、苦しいんだ。だけど、そのどれよりもそこまでの嫌悪感はない。わけわかんねーんだよ、なんなんだよ、これ…」

 そこで一度話を切った。
 いや、話が切れた。
 心の底から押し寄せていた言葉の波が、ようやく収まり始めたのだ。

「………」

 彼女からの返事はない。
 今のところ黙ったまま、こちらを何か言いたげな目で見つめている。
 さしづめ、いきなり変なことを口走ったことに対して呆れているといったところか。
 そう思うと、先程心中を吐露したことを後悔したくなった。

「……わ、悪いな、変なこと言っちまって……もう、暗いし帰ろうぜ」
「ま、まちなさいよ…」

 今は時刻的には完全下校時刻を完全に過ぎている。
 したがって、辺りはもう既に暗い。
 自分自身の本心がどうであれ、寮住まいの彼女は門限もあり、少なくとも彼女はいい加減帰らないとまずいのだ。
 しかしその当の彼女は帰ろうという素振りを見せず、その代わりに帰ろうという姿勢をとった自分を止めるかのように、服の裾をちょこっとつまみ、こちらを少し上目遣い気味で睨んでくる。
 さらに心なしか、その彼女の頬が赤く染まっているようにも見えた。

「あ、あ、あああアンタの、その、わからないとかいう気持ち……私、わかる…かもしれない、というか…」
「えっ…?」
「だ、だって……私も、ほとんど同じこと、考えてた時あったから…」
「お前も…?」

 引き止めてきた彼女が放った言葉は、実に意外なことだった。
 今の今まで、自分以外に同じ気持ちをしていた人がいるとは、考えてもみなかった。
 これほどまでに奇妙で、よくわからない感情を持つ者など、自分以外にいないだろう、とさえ思っていたからだ。
 そして勿論そのことについては初耳。
 彼女の心の内を聞いたことなど、これまででも数えられる程度。
 それも、彼女からの告白という出来事からは、まだ一度もない。

「全部が全部一緒ってわけじゃないんだけど……でも、根本的なところは私のと一緒……だと思う」
「………」

 何も言わず、視線は彼女の口に、耳は彼女の声に神経を研ぎ澄ませる。
 これで正体不明の感情とけりをつけられる、そう考えると、自然と体はそう姿勢をとった。
 この感情は体が痛いわけではない、心が痛く、苦しいのだ。
 だからこそ心が精神的な解放を求めて、勝手に体を動かしたのかもしれない。

「それはさ、多分……わ、私を…す、“好き”、ってことなんじゃないかな…?」
「………………え?」
「だ、だから!わ、わ、わわわ私を……ああもう!!何で気づかないのよ、バカ!!」
「おわっ!!」

 彼女の体から、能力による電撃が溢れ出す。
 それは一瞬の出来事ながらも、右手で打ち消していない限りかなり危ないと言えるレベル。

「アンタって本当にバカ!鈍感!唐変木!!どうしてそこまで言ってそこまで分かってるくせに、どうして『好き』ってたった二文字の言葉もでてこないわけ!?そんなに認めたくないの!?私のこと嫌い!?」
「い、いや…」
「もっと一緒にいたいとか、近くにいたいとか、でも一緒にいたらいたらでドキドキしたり胸が苦しくなったりするなんて感情、思いっきりそれしかないじゃない!つか、こんなこと私に言わせるんじゃないわよ!」
「わ、わかった!わかったからとりあえず落ち着け!」

 ぎゃあぎゃあと喚く彼女に対して、落ち着け、と彼女の肩に両手をおき、言葉と行動によりそれを促す。
 しかし今冷静さを欠いているように見える彼女以上に、自分もまた冷静さを欠いているかもしれない。
 彼女が言った一つの言葉が、頭から離れないでいる。

「もぅ……ばか…」

 彼女の高ぶった気持ちが一旦落ち着いたのか、彼女は大人しくなり、俯き、そのまま重心を自分の方へと移してきた。
 そしてすっぽりと、彼女の体が自分の腕の中に収まる。

「!!…み、御坂さん…?」
「い、いいじゃないこんな時くらい……それにさ、さっき言ったのが本当なら、別にこうしてるのだって嫌じゃないでしょう…?」

 今まででも、スキンシップと言えるものは手を繋ぐ程度のことしかしていない。
 だからこのような体勢など、したことがあるわけがない。
 それなのに、一方的ではあるものの、急にこのような体勢をとるのは精神衛生上少しばかりよくない。
 その証拠に彼女の肩に置いていた手も、あらぬ所へと漂っていた。
 だが彼女の言うとおり、こうしているのは決して嫌ではない。
 むしろ、心地よいくらいに思える。
 もたれかかられることによって初めてわかる彼女の体温、普段からの勝ち気な性格から予想できないほどずっと女の子らしい華奢な体格、そして彼女から仄かに漂う甘い香り。
 それらは今までのままでは到底知り得なかった、彼女のとある一面。
 これまでは彼女のことを色々知っていたつもりでも、知らなかったこと。

(そっか、そりゃあそうだよな…)

 それと同時に、一つあることに気がついた。
 それは今日という日まで、今この時まで気づくことができなかったこと。

(あれだけ言えて、こんなこと考えてたら、そりゃ普通は気づくよな…)

 今は黙り、何も言わずに、体重を預けてくる彼女を見て、そう思った。
 彼女の表情は慣れがないせいか、照れが先行しており、どことなく顔は赤くそして少し怒りもこもっているように見えた。
 だがその怒りは決していつもの怖いものではないような気がした。
 それは何か列記とした根拠があるからとかではなく、ただなんとなくであり、ただの勘。
 思えば、以前彼女が頻繁に暗い表情を見せていたのも、今ならわかる気がする。
 今自分が同じことをされたら、きっとそんな顔、嫌な顔をしてしまう。
 気づいたからこそ、今はわかる。

「……俺はさ、こんな感じで普通はすぐ気づけるようなことにもすぐ気づけない。それこそ、どうしようもないと思えるくらいに気づけない。自分の気持ちにかなり無頓着だからかもしれない。だから俺の行動の変化は少しずつ、かなりゆっくりかもしれない。だけどな…」
「……だけど?」

 続きを促すかのように、胸に顔を埋めていた彼女がふと顔を上げた。
 その彼女の、吸い込まれそうなほどきれいな瞳の奥をしっかりと見据えて、

「もうわかったんだ、俺の本当の気持ちが、正体不明の感情が。……だから、それでも」

 柄じゃない、自分のキャラじゃないとは思っていても、これは心の内に秘めておくべきものではない、言わなければならない。
 照れもないわけではないが、自分の気持ちを早く言葉にしたい、彼女に伝えたい、そして、彼女を安心させ、笑顔が見たいという自分の素直な気持ちがそれらを遥かに上回った。

「俺はお前が……好き…だから、心配するな、“美琴”?」
「!……ぅ、ぅん!」

 今まで上条の胸に置かれていた美琴の手は、今度は上条の背にまわされた。
 それに対して上条はギョッとするが、すぐにそれを受け入れ、少々戸惑いつつも美琴の背に手をまわす。
 上条の言葉は美琴がずっと聞きたかった言葉。
 そして上条自身、ずっと気づけなかった感情。
 時間こそかかりはしたが、それは漸く形になった。
 二人はもう、一方的な恋人同士などではない。
 互いが互いを強く想い合う、本当の恋人同士。


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