とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part31

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匿名ユーザー

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―あれから一週間―


 同日17時

「も、もうよくない…?っていうか、勘弁して…」
「だって、初春。御坂さんが今にもダウンしそう…」

 美琴の今の状態を見て、佐天が思わず苦笑い。

「ん~、正直聞き足りない気がしないでもないですけど、まぁ御坂さんの知らないとことか色々聞けたので、よしとしますか?」
「う、うだ~」

 美琴と同様、上条もまた二人の質問攻めに多少なりともうんざりしていた。
 あの直後の二、三の質問は大したことのない、誰にでも普通に話せるレベルのもの。
 なので上条も最初が最初なだけに警戒していたが、それらを聞いてその程度ならと、気を緩めていた。
 だが、やはりその程度ではこの状態の二人は留まらない。
 その後は、初対面の人にはまず言わないであろうことを容赦なく二人へと投げかけていた。
 それが一時間近く続けば、ただでさえこういった経験の乏しい上条がうんざりしてくるのも頷ける。

「じゃあ、今日はこれでお開きでいいかな?ってか、いいよね?」
「そうなりますねぇ」
「了解。じゃあ私は今から代金払ってくるからみんな外出て待ってて」
「「ごちそうさまでしたー」」

 座っていた席を皆が立ち上がり、ファミレスの出口へと歩を進め、レジにまでくると、美琴は代金を支払うために立ち止まり、彼女を除く三人が外へと出ていく。

「えっと、上条さん。御坂さんから聞いたんですけど、上条さんは御坂さんより二つ上ですよね?」
「ん?まぁそうだけど……それがどうしたの?」

 そこで、初春が立ち止まり、外にでた上条を呼び止める。
 少し、申し訳なさそうな顔をして。

「それなら上条さんは今高三ですよね?それなのにこちらの勝手で受験の年の大事な時間をとらせてしまって、すいませんでした」

 大きな花飾りを頭にのせた少女、初春がそう言うと、深々と頭を下げる。
 そしてそれに呼応するように、彼女の隣に立っていた佐天は慌てて頭を下げた。

「…………」

 だが、謝罪する彼女達に対する上条がした返事は、沈黙。
 沈黙の理由は、確かに初春が言ったことはほとんど間違ってはいない。
 間違っていないのだが、ただ一つ、誤りが存在した。
 それは上条が今は高三ではなく、留年したためまだ高一であるということ。
 なので上条は今年に受験があるわけではなく、今は高校生活において割と自由な時間が多い時と言え、別段忙しいわけでは全くない。

「え、えっと…その……」
「……?」

 それは違う、自分は留年したため今は高一であって、受験もないしそんなに忙しくもない。
 ……その一言が、喉元まででかかったが、出てこない。
 そうなってしまった理由や過程がどうであれ、彼の自分自身の、男としての、年上としてのプライドが、そうすることを決してよしとはしていなかった。
 その理由が世界にとって、世の中の人々のために行動をした結果であっても。
 冗談っぽく、それこそネタのように留年したと言えれば、上条は嘘は言っておらず、しかも彼女達も恐らく半信半疑で、笑ってこの場を過ごせるかもしれない。
 だが、上条の今の心情的にそれはできなかった。
 それは昼の時から気にしていたことであり、悩んでいたこと。
 簡単に冗談っぽく軽く受け流せるわけもなく、さらに真面目な顔で彼女の質問を聞いてしまっては、騙せるものも騙せるわけがない。
 そんな戸惑う上条をよそに、今も彼の目の前の、二人の少女達は若干不思議そうな顔をしている。
 彼の言わんとしようとしていることの続きが、なかなか彼の口から出てこないからだ。

「ごめん、遅くなった。お待たせー」
「ッ!?」
「あ、御坂さん。どうもありがとうございましたー」

 店の勘定を済ませ、やや慌てた様子で店から姿を現した美琴に、上条はビクッと肩を揺らす。
 彼女に聞かれて特にまずいような会話はしていないにしろ、ただ何故だか本能的なところでまずいと思ったからかもしれない。

「…?ちょっと、何かあったの?」
「へ?…いやいや!何もねぇよ…」
「ふーん…?ま、いいけど……それで、この後に何するか決めてたっけ?」

 美琴は、集まっている場所に着いた時、少なからずの場の空気に違和感を感じた。
 それが何故なのか、その場にいなかった彼女には知る由がないのだが、どこか気になった。

「いや、私達はここでお別れします。せっかくのお二人の時間でしたのに、邪魔してしまったわけですし…」
「邪魔だなんて、そんな…」
「いいですから、あたし達のことは気にせず、後はお二人でゆっくり過ごしてください」

 佐天は少し戸惑う美琴を、背中を押して上条の隣まで移動させ、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると、

「ではあたし達はこれで、今日は色々と話を聞けて楽しかったです!」
「またお暇があればまた~」

 それだけ言い残し、二人は駆け足で立ち去っていった。
 駆けてゆく彼女達の背中は、美琴の目にはどこか楽しげに映った。

「またねー!……で、結局何があったの?」
「は…?いや、だから何も…」
「何があったの?」
「だから…」
「………」

 美琴の言葉による追求の後は、沈黙による追求。
 何か、ではなく何がと聞くあたり、美琴はほぼ確信をもって上条にものを尋ねている。
 さらに言うと、美琴は先ほど感じた違和感は、上条から発せられているということも気づいていた。
 あの場所に駆け寄った際の彼の微妙な反応を、見逃してはいなかった。

「……ちょっと、痛いとこをつかれただけだよ」
「痛いとこ?」
「……学年の話」
「あぁ、なるほどね…」

 美琴にはそれだけで、何となく事の成り行きがわかった気がした。
 今の上条にとって、学年の話は最早禁句と言えるからだ。
 学校が始まる寸前で留年だと知らされて、その場では何とか説得したものの、未だに彼は留年だとということを気にしている。
 大学ならいざ知らず、普通に考えれば高校で留年などほぼ有り得ない。
 この一般論が、上条の心に拍車をかけているのかもしれない。

「まぁどういう流れで学年の何を聞かれたか知らないけどさ、アンタは何て答えたの?」
「……何も、答えなかった。いや、答えられなかった、かな。情けないよなぁ、俺」

 どこか哀しそうな顔をして、上条は空を見上げた。
 今彼は何を考えているのだろうか。
 その表情が意味するところは、何なのか。
 美琴は読心能力者ではない、だから彼の考えていることはわからない。
 しかし、推測することはできる。
 上条の性格、今までの上条の行動を顧みて、経験から何を考えているか推測することはできる。

「何考えてるか知らないけどさ、もし今の自分を卑下するようなこと考えてるんだったら、それは違うと思う。アンタには……当麻には、やるべきこと、やらないといけないと思ってたことがあったから、それをやっていた。そうでしょ?」
「あ、あぁ…」
「だから、気にするなとは言えないけど、せめてもう少し考え方を変えていった方がいいんじゃない?去年の当麻がそうだったように、今やるべきことをやればいい」

 いくら上条が自分自身のことを頭が悪いからと思っているとは言え、上条は決して根っからの不真面目な性格ではない。
 留年ともなれば思うところはあるだろう。
 実際留年という事実を知った時は、それを明らかに気にしていたし、堪えると思う。
 だから留年を気にするなとは美琴は言えない。
 しかし、もう少し違う考え方があるということを提示することはできる。

 だからこそ上条に、これから進むべき道を示した。

「やるべきこと……まぁ確かに、このままじゃあダメだよな…」
「そうよ、何を今更なこと言ってんのよ。大体、何もせずに何かを変えよう、変わってほしいと願うこと自体が間違ってる。それくらいわからないアンタも馬鹿じゃないでしょ?」
「……あぁ」

 今まで、彼には何度となく助けられてきた。
 自分自身の命さえ救われたことだってある。
 きっとこれからの人生でも、何度も彼に助けられることだと思う。
 だからこそ彼が道に迷った時、立ち止まってしまいそうな時は自分も彼を助けていきたい。
 今の彼がそうであるように、自分が彼のためにできることだってあるのだから。
 それが、自分の目指すこれからの理想の姿だから。
 4月8日の朝に言ったことは、今こうして実践されている。

「わかったなら、行こっか」
「あぁ、そうだな……って待てよ?行くってどこにだ?」
「えっ?えっと……さぁ?」
「さぁ?ってお前…」

 せっかく良い話をした後なのにもかかわらず、これからのスタートを切ろうという時にこれでは、美琴はちょっと先が思いやられる気がした。
 ……いや、言い方はあれかもしれないが、そもそも生涯のパートナーとなりうる相手を、彼に選んだ時点でそれは見えていたことだろう。
 今に始まったことではない。

「じゃ、じゃあさ!買い物!今日の夕飯の買い物行きましょ!」
「買い物?……あぁ、確かにもうそんな時間か」

 上条はポケットにいれていた携帯を取り出し、時間を確認する。
 携帯の時刻は17時30分を指し示していた。

「時間って、気付かない内にあっという間に経つもんだよなぁ…」
「何年寄りくさいこと言ってんのよ。それじゃ行き先も決まったし、行こ」
「お、おい!そんな引っ張るなって!」

 美琴は上条の手を握りしめ、目的地であるスーパーへ向かって少し早足で歩き出す。
 その彼女の少々強引とも言える行動に対して上条は、少し驚いたような表情を見せ、その後けだるそうな表情も見せたが、手を引っ張って先を行く美琴を見る目はどこか穏やか。
 男として頼りないところが多々あると自覚すらしている上条にとって、彼女の存在はとても大きい。
 今回がそうだったように、それがさも当然のように進むべき道に迷った時には正しい道をしっかりと指し示してくれる。
 他にも、彼女には他人を思いやれる優しさ、一人でちゃんと立つことができる強さ、そして時折見せる愛らしさ。
 そんな彼女にも短所はもちろんある。
 しかし、短所と思っていたところの一部が愛情の裏返しとわかれば、その短所全てさえも可愛らしく思えてきた。
 結局のところ、先ほど美琴の後輩達に言った通り、美琴の全てが好きなのだ。
 彼女となら、どれだけ険しい道も乗り越えられる。
 だから上条は、彼女に対してはどんなことがあっても揺ぎ得ない信頼と、彼女の居場所が自分の帰ってくる場所であるという安心と、今、そしてこれからも変わらないであろう愛情を抱いている。
 だから上条は、彼女には自分にはない部分を補ってくれる頼もしさや感謝すら感じている。
 だから、

「なぁ、美琴…」
「ん?何…?」

「―――            ?」

「………え?ちょ、ちょっと、よく聞こえなかったんだけど」

 前をズカズカと行く美琴に対して、上条は俯きながら呟いたのだ。
 不意をつかれたような状態では、聞き取るのは恐らく困難を極めるだろう。

「…………別に、大したことねぇことだよ。あまり気にしなくていいぞ」
「はぁ?大したことないかどうかってのは私が決めることでしょう?勝手に自己完結してんじゃないわよ!」

 美琴は鬼気迫るような怒気を放ち、後ろを行く上条に対して、そう怒鳴りつけた。
 本当に、この短気さと怒りっぽささえなくなれば、心の底からいい女の子なのだが、と上条は内心思う。
 しかし同時に、こうして怒る時に電撃を辺りにまき散らさなくなったというところを見ると、やはり彼女も変わってきたなとも思う。
 さらに、彼女のその怒る調子が少し可愛く見えてくるようになったあたり、自分も変わったなと思う。
 そんな可愛く見えてさえいる彼女を、まだ見ていたくて、少しいたずらっぽく、

「うるせえ!どうしても聞き出したかったら力づくでやってみやがれー!スーパーに着くまでに捕まえられたら教えてやるよ!」

 そして上条は繋いでいた手を離し、ダッと一目散に走りだす。
 無論、その走り去る方向は先ほど決めた目的地へ。

「な゛っ…!……オーケー、アンタがそこまで私をおちょくるというのなら、アンタを捕まえた後、お望み通りけちょんけちょんに叩きのめして、力づくで意地でも聞き出してやるわよ!!」
「ん…?どわっ!!ばっ、お前っ!能力を使うのはずるいんじゃねえの!?」

 上条が走るそのすぐ横を、普通の人間ならばそれでイチコロであろう雷撃の槍が飛来した。
 それは遠慮も躊躇いもほとんど感じられない、無慈悲なる一撃。

「うるさい!!全ての元凶はアンタでしょうが!!自分の言ったことくらいは責任とりなさい!!」
「だからって、限度があるだろうが!!」

 目的地に向かいつつ、二人は追いかけあう。
 こうして美琴が上条を追いかけまわすのはいつぶりだろうか。
 少なくとも付き合うようになってからはしていないだろう。
 こういうことは、今という日々が平和だからこそできる。
 これといった事件もなく、二人が自然な自分でいられる時。
 一昔前のように、互いが互いを追いかけて、笑いあえる。
 多少上条の身に危険が訪れるが、それはご愛嬌。

「待てやこのヤロー!!」
「お前!女の子なんだからもっとお淑やかなことを言えな……どわっ!!」
「うるさいって言ってるでしょうがぁ!!!」

 日も沈みかけ、今日という一日が終わろうという時、二人の追いかけっこ(バトルロワイヤル)が始まる。


 同日19時、帰り道

「……本当に、逃げ足だけは一級品よね、アンタは」
「そいつはどうも。お前も、よくあんな攻撃を人に対して、それも愛しい愛しい恋人の俺に向かってげふっ!」

 上条の下顎から上向きに、美琴きれいなアッパーカットが炸裂。
 やはり、その一撃にも容赦はない。

「やっぱり力づくでってのは今も継続でいいかしら?いいわよね?よしわかった」
「お、おまっ、舌噛んだらどうすんだよ!」
「カエル先生に差し出す」
「……迅速かつ適切な処置をありがとうございます。……はぁ、不幸だ…」

 美琴のお世辞にも優しいとは言えない返答を即答で聞いて、上条はため息と決まり文句を吐き出した。
 もう少し、そうならないような危険な攻撃をしないなどの慈愛に溢れた選択肢は存在しないのか、などと上条は内心呟くが、残念ながら怒った彼女にそんなことは期待できない。

「それで結局、アンタがあの時言ったことって一体何だったのよ?」
「……お前、さっきの勝負負けたじゃねぇか」
「うっ…」

 結果だけを言うと、先の追いかけっこは上条が辛くも勝利し、美琴からの仕打ちを受けることはなかった。
 いくら美琴が人並み以上の身体能力の持ち主でもやはり女の子。
 腐っても男、それも体力と耐久力には自信を持っている上条には、少々分が悪かった。
 そして二人の追いかけっこはつつがなく終幕を迎え、今は買い物も終えた二人は上条の学生寮へと向かっている最中である。
 なので、上条の薄っぺらい学生鞄を持つ右手とは逆の方の手には、スーパーで買った食材が入っているビニール袋が握られている。

「そ、それでも、気になるもんは気になるだもん…」
「はいはい、そういうことはちゃんと勝負に勝ってから言いましょうね」
「うぅっ……当麻のばか…」

 言い返しようもない上条の返答に、美琴はぐぅの音もでない。
 その反論もできない状況が嫌で、美琴は頬を膨らませ、あからさまな怒りを装うが、上条はそれに対しては特にこれといったアクションは示さない。
 上条当麻のスルースキルはこんな時にも役だったりするのだ。

「はぁ……じゃあもういいわよ。そのことは今はもう聞かない!すごく、すっごく、すっっっっごく聞きたいけど、今はもう聞かない!」
「…………」

 暗に、というよりむしろあからさまにまだまだ興味は尽きないということを示す美琴を、上条は若干白い目で見やる。
 もちろん彼女は言葉通り、このことに関して諦めたわけではない。
 それはあくまでも今は、であり、また後日に聞き出してやるという固い決心の表れでもあった。

「そうだな……いつか、またいつか、その時になったら言ってやるよ」
「えっ?じゃあ今がその時だから教えなさいよ」
「お前な……ついほんの数秒前に今はもう聞かないって言ったばっかりじゃねぇか!?お前の頭は鶏以下か!」
「乙女は時としてきまぐれなのよ~」

 乙女、つくづくよくわからない生き物だと上条は心から思う。
 今まで何度その言葉に振り回されてきたか。
 字にするとたった二文字にしかならないその生き物は、自分と同じ人間という生き物のはずなのに、それよりも不可思議で、計り知れないほどの秘密が隠されているように思えた。

「……そうですか…はぁ……それと、いつかはいつかだ。今日じゃないいつかだよ」
「そんなこと言ってたらなかったことにされそうで怖いんだけど」
「ん……まぁそれもまた一興だな」
「はぁ?ふざけんじゃないわよ!」

 美琴の周りにバチバチと不穏な音をたてはじめるが、それは即座に上条によって打ち消される。
 幻想殺し、彼の右腕に宿る能力で、先ほどの追いかけっこで無事に生きていられたのはこの能力のおかげだ。

「はははっ、冗談だって。それに、それは多分ないから心配すんなって」
「えっ?ちょっとそれどういう…?」
「ちゃんとその時になったらわかるよ」

 上条は美琴がいる方とはまた違う方へ視線を向け、その表情からは少し真剣さ、しかしどこか優しささえ感じとれる。
 これは何かある。
 今彼が隠していることを上条は大したことないなどとのたまうが、きっと重要な何かを秘めている。
 美琴は上条の横顔を見て、ある種の確信を得た。
 だからはっきり言ってとても気になった。
 彼の言うところの“いつか”を待たずして、自分が先ほど口走ったことを撤回して、小一時間彼を問いただしてやろうかと思った。
 それをしてもいいと思えるほど、彼が隠していることは自分にとっても重要なことなのだと、彼が喋ったわけでもないのに、何故だか断言できる。
 しかし…

「……ちゃんと言いなさいよね、約束よ」

 そこで、一歩踏みとどまった。
 よほど重要なことなのだ、それに彼も忘れないと言っている。
 その彼を信じて、理性は彼が話してくれるのを待つという決断を下した。
 それだけ言うと、美琴は女の子らしい小さい右手の中で、さらに小さい小指を上条に差し出した。

 それでも、やはり万が一のことがある。
 だから、かつてのペンダントの一生の誓いとはまた違う、形には残らないが、一つの形にした“いつか”までの一時的な誓いを、今一度今ここで彼と契る。
 言わずもがな、美琴がやろうとしているのは約束をするときの定番となっている指切りである。
 それを見て、上条は呆れたように小さくため息をつくが、やがて向き直り、

「あぁ…」

 少し無愛想、だけどその素っ気ない返答の中にも感じられる彼の優しさを美琴は感じながら、上条もまた差し出された右手に応じて、一度右手で持っていた学生鞄を地面に置き、右手の人差し指を彼女に差し出した。
 今ここで、二人の小指は交差し、固く結ばれる。
 形には残らないけども、保険として一つの形で表したある種の誓い。
 結ばれるのを確認すると、美琴は指切りの時によく歌われる歌を口ずさむ。
 無論、それはもし嘘をついたら針千本飲ますという歌。

「……よし、嘘だったら本当に針千本飲ますからね」
「お前、針千本も持ってるかよ?」
「もちろんそんなの今は無いけど、必要な時になれば買うわよ?」

 半ば冗談にも聞こえる内容だが、美琴の目は笑ってない。
 普段の振る舞いからして忘れさられがちではあるが、彼女は正真正銘のお嬢様。
 それも超能力者として、学園都市からかなりの額の報酬金を受け取っている。
 そんな彼女だからこそ、虚勢やはったりなどではなく、本気でやりかねない。
 そう思うと、言い終えてからずっと何故だかずっと笑顔でいる彼女に、戦慄を覚えた。
 針千本を飲む、いくら数多の死線をくぐり抜け、今でも奇跡的に生きていると言っても過言ではない上条とて、そんなことをすれば確実に死ぬだろう。

「…………不幸だ」
「嫌ならちゃんと約束を守ればいいのよ」

 小さくため息をつき、がっくりとうなだれる上条に、美琴は一言声をかける。
 そう、約束を守ればそんなことをしなくても済む。
 そして上条もまた約束はちゃんと守るつもりではいる。
 しかしこういうことは、そういう約束を取り付けられただけでも怖いものなのだ。
 さらに彼が歩んできた不幸な人生の経験上、わかってはいても最悪の場合ばかりを考えてしまう。
 本当に針千本飲まされる気がしてならない。
 もう一度、小さくため息。

「……まぁいいや、時間も時間だしもう早く帰ろうぜ。上条さん腹減っちまったよ…」

 それを示すかのように、上条は買い物袋を持ってない右手で自分の腹をさする。

「ああはいはいじゃあ早く帰りましょ。……と言うか、話をこじらせて帰りを遅くさせたのはアンタじゃない」
「……それなら無理に追求してきたお前にも……っと、まぁ一応悪かったよ。ほれ、もう行くぞ」
「……?ってちょ、ちょっと!」

 上条は少しバツが悪そうな表情を見せると、スーパーの袋を持っていた左手で地面に置いた学生鞄を拾い、空いた右手で美琴の手を掴み、歩く速さを少し速めた。
 突然のことで手を掴まれた瞬間は少し驚き、ドキッとした美琴だったが、それも束の間。
 手を繋ぐのは最早日常茶飯事と言ってもいいほどに繋いできた。
 それほど適応力がない彼女ではない。
 手を握られ、先導される嬉しさこそまだ残るものの、早くなった鼓動は少しずつ落ち着いていった。
 しかしいつもよりもどこか頼もしく大きく感じられる彼の背中には、何とも言えない安心感を覚えた。
 嘗てから頼れるところはあったが、それ以外のことは不器用で、まだまだ頼りないところも多々あったいつしかの彼の面影は、今の背中からはあまり感じられない。
 今日という一日で彼の中で何かあったのかもしれない。
 少なくとも昨日の内には今みたいな感想は持ってなかったと思われる。
 美琴は試しに先を歩く彼に駆け寄り、隣にまで行くと上条の目をちらりと覗き見る。

(……?)

 人の目をよく観察してみれば、その人についてよくわかるとは言うが、彼の目には少なからずの決意らしきものを感じた。
 やはり、恐らく何かあったのだろう。
 確実に昨日までにはなかった光が彼の目には映っている。
 今日という一日に彼を変える転機となるほどの出来事があっただろうか。
 美琴は頭の中で今日という一日をざっと振り返るが、それほど大きいことはなかったように思える。
 では一体何が彼に少なからずの変化を与えたのか。
 それを探そうと、美琴は自慢の頭脳を駆使して、必死に今日の記憶遡ってゆく。
 様々なことが起きた今日という一日を。


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