シェアワールド@霧生ヶ谷市企画部考案課

ゴールデンモロキングの奇跡

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ゴールデンモロキングの奇跡 作者:見越入道

 板倉陽一。霧生ヶ谷市立南高等学校に通うごくごく平凡な男子生徒。成績は中の上。背丈は少し高い方。容姿も平々凡々とした感じで、普段から特に目立つ事もない、ごく普通の高校二年生だ。
 クラスの中では内向的な性格のせいかあまり目立つ方ではない。クラス委員に選ばれる事も無ければ、不良学生に絡まれる事も無い。そんなごく普通の青年だ。そんな彼の趣味は・・・

 プロレス観戦。

 彼をプロレスファンにしたのは、彼の父がプロレスファンだったから、というのも一因だろう。建設会社を経営する陽一の父は腕っ節のよさも手伝って、若い頃はレスラーになることに憧れていたらしい。しかし、本当に陽一がプロレスに目覚めたのは、おととしの夏だった。
 当時中学生だった陽一は、そのおっとりした性格から同じクラスの不良グループに目をつけられ、事あるごとに小突き回されていた。その日も、放課後に学校近くの公園で小銭を巻き上げられていた時だ。一人のいかつい男が現れ、不良グループに一喝。男の迫力と、ごつごつと張り詰めたその筋骨隆々たる肉体に恐れを成した不良グループは慌てて逃げ出す。陽一を助け起こした男は言った。
「青年!男がそんなんじゃ情け無いぞ!男の強さは喧嘩の強さじゃない。真の強さってのは、気迫なんだ」
 この男、やけにクサイことを言う。しかし己の惨めさを痛感していた陽一にこの言葉はずんと響いた。
 男は言った。「君、今週末に霧生ヶ谷市立体育館でやるプロレスを見に来ないか?実は俺はレスラーなんだ」
「レスラー?プロレスラーですか?でも、僕プロレスなんて見たこと無いし、それに・・」
 ここで陽一は口ごもった。そのあとに続く言葉にピンと来たのか、男はにかっと笑って言う。
「それに、プロレスはいかさまだから、か?」
 陽一は何も言えず、うつむいたままだった。早くこの場を去りたい、そう考えていたのだ。男は続ける。
「君はプロレスを殺し合いか何かだと思ってないか?プロレスとは、いかさまでも、八百長でも、ましてや相手を叩き潰す殺し合いでもない」
 陽一は顔を上げる。男の顔は自信に満ちていた。
「プロレスとは、肉体を極限まで鍛え上げたものたちが、己の技と、肉体と、魂をぶつけ合い、万人に己を全てを誇示し、見るもの全てを巻き込み、勝利へと突き進む。そして訪れる勝利。プロレスラーの勝利は観客の勝利でもあるのだよ!」
 この男、とにかく何かと熱いらしい。

 男は別れ際に言った。「俺の名前は早川準。試合中、君だけに分かるようにサインを送るよ。こうだ。」
 男は握りこぶしを天に突き上げ、人差し指を立ててくるりと回した。
 そんなわけで陽一は、その年初めて本物のプロレス興行というものを観た。そして、その虜になった。
 会場で陽一は第1試合からファイナルマッチの第9試合まで観ていた。その中でただ一人、あのサインをした選手がいた。
 ゴールデンモロキング。
 金色のしゃちほこならぬ、金色のモロモロの覆面をつけた選手だった。後に知った事だが、ゴールデンモロキングは所謂ご当地レスラー。普段は一般人として暮らしながらトレーニングを行い、プロレス団体が近くで興行を行うときに試合に参加させてもらうという、極めてローカルなレスラーだ。もちろん、霧生ヶ谷のプロレスファンはこのゴールデンモロキングに大声援を送っている。会場を埋め尽くす「モーロモロ!モロキング!」の声援。
 ゴールデンモロキングはプロレスラーとしては小柄な部類に入る。彼が得意とするファイティングスタイルは「ルチャリブレ」。メキシカンプロレスが発祥の地であるこのスタイルは、俗に言う飛び技を得意としている。しかし、全国的に見てもかなり「煩型」と言われる霧生ヶ谷のプロレスファンを熱狂させるのは、ゴールデンモロキングが派手な飛び技は元より、基本的な技、体の動かし方、バランス感覚、そして試合運びに観客の気持ちを盛り上げるテクニックまで兼ね備えているからだ。観客は彼がリングに現れたら後はその技巧の数々に酔い、彼に乗せられるままに興奮し、彼の勝利とともに陶酔すればいいのだ。彼の人気と実力は本物だった。
 陽一もまた、ゴールデンモロキングに魅せられた。素人だからこそ、細かい事は抜きにして彼のパフォーマンスに興奮し、彼の勝利に喝采を送った。


 その翌年、プロレス団体の「超日本プロレス」が霧生ヶ谷にやって来たときもゴールデンモロキングは登場し、素晴らしい動きで観客を魅了した。当然陽一も試合を観戦した。


 そして今年。夏休みも終わりに近づいた頃、「超日本プロレス」が霧生ヶ谷にやって来た。数週間前から陽一はチケットを購入し、その日を指折り数えて待ち焦がれていたのだ。
 さて、試合当時まであと二日と迫ったある日、陽一は同じクラスの蓮田俊哉の家で夏休みの宿題の追い込み作業に入っていた。陽一は国語や古文、歴史などが得意で、俊哉は英語と理科が得意。これに物理と数学が得意な阿藤浩二が加われば、泣く子も黙る宿題撃退チームが完成するのだ。あいにく今日は浩二は用事だとかで来れないので、とにかく自分たちの分をどんどん進める二人。
 夕方六時となり、とにかく歴史と英語と理科と国語が片付いた事でいったん見切りをつけ、お開きになった。
「次は浩二をひっぱってこいよ!あと一週間だからな!」俊哉の声に送られて、陽一は帰路に着いた。
 俊哉の家から数十メートルほど歩いたところに平松神社という古くからある神社がある。陽一がそこを通りかかったとき、不意に境内の中をランニングする人物が目に入った。トレーナー姿だが、明らかにその体つきはちょっとそっと鍛えた程度のものではないことが見て取れる。背丈は陽一より少し高いくらい。陽一の胸の片隅で「もしや」という期待がよぎる。
 ゆっくりとその人物に近づいて行くと、向こうもそれと気がつき、こちらを見る。と、二人は同時に声を上げた。
「あ!」「あぁ!」
 それはあのゴールデンモロキング、こと早川準だった。そして彼もまた、陽一を覚えていたのだ。
「君はあの時の青年!いやあ、元気そうで何よりだよ」
「お久しぶりです!あの時はありがとうございました!あの後試合も見させていただきまして!はい!もう、今じゃすっかりプロレスファンです!はい!」何から話せばいいのか、とにかく言葉が次から次にあふれ出す。早川は陽一のその言葉すべてにうんうんと頷き、全てを受け止めるごとくにこやかに聞いていた。そして、陽一が「今度の試合も見に行きます!」と言った時、少し引き締まった表情となり、やや抑えた声で言った。
「これはオフレコなんだが、今度の興行では、あの超神スーパーカイザーさんと対戦する事になってるんだ」
 これを聞いた陽一は目を輝かせる。「凄いじゃないですか!カイザーさんて、早川さんの憧れの人ですよね!ついに念願が叶いますね!」
 超神スーパーカイザーは超日本プロレスのジュニア級におけるトップレスラーであり、長くTWGPジュニアチャンピオンの座を守り続ける無敗の王者でもある。彼もまた、早川同様に覆面レスラーで、そのファイティングスタイルはゴールデンモロキングのショーマンシップにあふれるそれに加えて、骨法という古武術の流れを汲む格闘技も織り交ぜている。魅せて勝つ、まさにジュニアレスラーたちの頂点に君臨するに相応しい力と技量を持っている。
 かく言う早川も、そんなカイザーにあこがれてプロレスの世界に飛び込んだ一人。早川にとってこの試合はまさに念願の一戦ということになる。早川は別れ際に言う。「俺は、全力でカイザーさんにぶつかるだけだ。君も、全力で応援してくれよ!」

 試合当日。陽一は第一試合が始まる1時間も前に会場に入り、今や遅しと試合開始を待ちわびていた。そんな陽一の高ぶる気持ちとは裏腹に、霧生ヶ谷市立体育館の奥まった部分にある選手控え室は重苦しい空気に包まれていた。
 紺のスーツに身を包み、頭の禿げ上がった小太りの中年男と、いかついレスラーたちが数人、狭い控え室で額を寄せ合って難しい顔をしている。
「だかーらーだきしめーてーもろもろー♪だきしめーてーもろもろー♪」場違いに陽気なメロディが流れ、スーツ姿の男はポケットから携帯電話を取り出し電話に出た。
「どうだ、具合のほうは。うん。うん。ううう・・・」
 男の表情を他のレスラーたちが覗き込む。2メートル近いレスラーたちに囲まれて、スーツ姿の男はまるで巨人に囲まれた小人の様に小さく見える。
「わかった。仕方が無い。試合のほうはこっちでなんとかする」
 男は携帯をポケットにしまいながら、こちらを不安げに覗き込んでいるレスラーたちに言った。
「カイザーの怪我はそれほど酷くはないようだ。」レスラーたちの顔に安堵の色が浮かぶ。「だが、今日の試合は出場できん。お前たちだけでやるしかない。」男の言葉に、一同の表情が再び曇る。
 一番図体のでかいレスラーが言う。「会長、お言葉ですが、今日はカイザー目当てでたくさんのファンが来てるんですよ。もしカイザーが出ないなんてことになったら、暴動だって起きかねない」
 スーツ姿の男、超日本プロレスの会長轟寛二はしかめっつらのまま、レスラーたちをぐるりと見回し、一番端っこにいる男に目を向けた。
「早川さん、すまないが今日は・・・」
「分かっています。今日はカイザー選手と是非とも戦いたかったが、彼が怪我をしているのでは仕方がありません。でも、私にできる事なら何でもやらせてください!」会長は頷き「その事だが」と一息置いてから驚くべき事を口にした。
「早川さん。今日は超神スーパーカイザーとして、リングに上がってもらいたい」
 その場に居合わせた全ての人間が、唖然とした。その中で、先ほどの図体のでかいレスラーがつぶやくように言う。
「確かに早川選手なら、背格好も肉付きも、カイザーに良く似ているけど・・・」
 すぐさま轟会長が続ける。「そう。だから今日は早川カイザーを含めた6人タッグマッチをファイナルマッチする。六人もいればどうにか誤魔化せるだろう。さあ、忙しくなるぞ!すぐにマッチアップの変更だ!」
 選手たちがぞろぞろと控え室を出て行く中、早川だけは呆然と立ち尽くしていた。突然訪れたこの事態に頭の中は真っ白といった有様なのだ。その早川の腕を轟会長が軽く叩き、超神スーパーカイザーのマスクを差し出して言う。
「カイザーに人一倍憧れ、その背中をずっと追いかけてきたお前だからこそ、この大役が務まるんだ。よろしく頼んだぞ」
「は、はあ・・・」早川はほとんど惰性でマスクを、憧れの人のマスクを受け取り、しかし未だに困惑して立ち尽くしていた。

 試合は滞りなく行われていった。
 会場を埋め尽くす観衆も、第3、第4試合あたりから徐々にボルテージが上がり始める。なにせ、ファイナルマッチの第9試合ではゴールデンモロキングと超神スーパーカイザーが激突!とパンフレットには書かれているのだ。確かにベルトをかけたタイトルマッチというわけではない。しかし、モロキングファンにとってもこの一戦は念願の一戦なのだ。
 異様な盛り上がりの中いよいよ第9試合、ファイナルマッチへと突入した。と、ここでリングアナウンサーからマッチアップの変更が告げられる。
「えー、本日は都合により、ファイナルマッチの試合カードを変更することになりました・・・」
 ざわめく場内。陽一も、何が起こったのかと立ち上がって様子を伺う。と、その時、「おい!どうなってんだ!」という声が聞こえた。陽一がその声の主をちらと見ると、金色に輝くハッピに身を包み、白いハチマキを絞め、両手にメガホンというかなり「いっちゃてる」スタイルをしている。そのハッピの背中には丸に大きく「モ」の一文字。モロキングのファンなのは一目瞭然だ。で、その人物の顔はというと・・・短く切った髪の毛、薄い眼鏡に陰謀家風の・・・
「こ、校長!?」
 陽一が思わず口に出した時、超神スーパーカイザーの入場テーマが体育館一杯に流れ、カイザーが、そして他に二人の選手がリングへと駆け込んできた。ざわめく会場。モロキングとの一戦は確かシングルマッチだったはずだ。
 続いて別の選手のテーマが流れ、反対側のコーナーにもう三人、選手が上った。しかし、ゴールデンモロキングの姿はそこには無かった。
 観客の動揺とは裏腹に、試合は終始カイザーチームのペースで進む。カイザーはいつものようにトップロープからのダイビングプランチャーも見せ、会場も盛り上がってきたが、なにせほんの数時間前に急遽組まれたマッチングである。当然動きにはムラがある。そこを上手くカイザーが仕切り、試合はカイザーの必殺技、垂直落下式カイザーボムで終了となった。
 ざわめく会場にリングアナウンサーの声が響く。「本日はご来場、誠にありがとうございました。これを持ちまして全試合終了となります。お帰りの際は・・・」
「モロキングはどうした!」客席からは観客の容赦ない罵声が飛ぶ。あのハッピ姿の男、、、安里校長らしき人物も大音にて叫んでいる「こらー!モロキング出せー!」
 リングアナが懸命の説得を行う中、会場からは誰とはなしに「モーロモロ!モロキング!」とモロキングコールが上がり始めた。その声は瞬く間に会場全体に伝わり、大モロキングコールとなって体育館を揺るがした。陽一も懸命に声を張り上げる。その時陽一は先ほどまで居たハッピ男が消えている事に気が付いた。
「あっれ?確か、校長だったような気がしたんだけどなあ」

 さて、控え室では轟会長がまたしても渋い顔をしていた。彼の目の前には今しがた試合を終えたばかりのカイザーこと早川準がマスクを外し、土下座をしているのだ。
「お願いします!会長!私に、試合をさせてください!会場のみんなが、モロキングを待っているんです!」
「しかしなあ。誰と戦うっていうんだ・・・もううちの選手は皆試合を終えているんだ。君はマスクを変えて出ればいいだろうが、相手の選手が本日二度目の試合です、ではお客は逆に怒るのじゃないかね」
「それは、、そうですが」

 と、ここで唐突に控え室のドアが開け放たれる。そこに現れた人物を見て轟会長はじめ、その場に居合わせた選手全員が「あっ」と声を上げる。そこにいたのは本物の超神スーパーカイザー、病院で怪我の治療に当たっているはずの山中健一だった。
「早川クン、あんたの気持ちは分かった。俺がその試合の相手をしよう」
 その場に居た人間は全員唖然。しかしすぐさま轟会長が怒鳴る。「何を馬鹿なことを!ダメだダメだ!ここでまた酷くなって、次の興行にまで支障が出たらかなわん!冗談じゃない!」
「会長、そこはご心配無く。私もプロ。怪我に触るような飛び技は封印しますよ」
「むう。しかし怪我が・・・そうだ、怪我の具合は、どうなんだ!?」
 山中はテーピングされた左手首を擦りながら「軽い捻挫のようです。まったくドジな話ですよ。リングの組み立て中に怪我をして試合に出れないなんて」と頭をかいてみせた。
 轟会長はまだ渋い顔をしている。「む、むうう・・・」
 山中はまだ土下座をしている早川に向き直り「早川クン、君がこれでいいならばだが、どうだろう」と言う。無論早川に異存があるはずも無い。
「よ、よろしくお願いします!カイザーさんと手合わせする事だけを考えて、トレーニングに打ち込んできました!」
 ここで図体のでかい選手が思い出したように言う。「あ、でも、どうするんだ?いったい、誰で出るんだ?もう超神スーパーカイザーは試合に出ちまったぞ」
 一同、「あ」と言葉を無くし、そして沈黙。
 と、ここで控え室のドアがゆるりとわずかばかり開き、紙袋が一つ差し込まれた。控え室の中の選手たちは怪訝な表情でそれを見る。差し入れにしては持ってきた人物が顔を出さないのは解せないが。と、紙袋を入れた手が引っ込み、廊下をぱたぱたと走り去る足音が聞こえた。あわててドアを開ける選手たち。しかし廊下にはすでに人影は無かった。
「これは」紙袋を覗いた轟会長が中身を引っ張り出す。それは何やら怪しげな全身タイツにぬいぐるみのような被り物。そして、蝶の形のマスク。
 ご当地レスラー早川には、それが何であるのかすぐに分かったようだ。

 会場は未だにモロキングコールに包まれていた。必死の説得をするリングアナ。しかしだれも聞く耳を持たない。と、そこへスピーカーから怪しい声がコダマした。
「ぐあはーっはっはっは!!我こそは、悪の秘密結社、モロウィンであるぞー!ひゃっほうう!」
 思わず静まる会場に、素早く駆け込んできたのは全身タイツに身を包み、頭にはモロモロという魚をかたどった被り物をかぶり、顔には蝶のアイマスクという奇妙奇天烈な格好の男。男はリングに駆け上がるや否やリングアナからマイクを奪い取り、高らかに叫ぶ。
「この会場は、モロウィンが占拠したあ!ぐあーっはっはっはっは!ひゃっほうう!」
 どよめく会場。しかしそのどよめきには期待が入り混じる。観衆はこのアクシデントを実は待っていたのかもしれない。そんな期待にざわめく会場に派手なドラムのイントロに続いてあのメロディが流れ出した。
「あの日私はであったの~水の流れる水路沿い~♪」
 霧生ヶ谷出身にして今をときめくアイドル歌手、KY☆KOのデヴュー曲「抱きしめて☆モロモロ」そのハードロックアレンジヴァージョン。それはゴールデンモロキングの入場テーマである。
「うおおー!!!」これに会場は歓声ともつかぬ凄まじい叫びに包まれる。そして続くモロモロコール。その中を颯爽と駆ける一陣の風、リングに駆け上がる金色のマント。そしてコーナーポストに駆け上がったその姿こそゴールデンモロキング。会場は再び大歓声に包まれる。モロキングは拳を突き上げ人差し指を立ててくるりと円を描き、陽一も観衆と共に「モロキングー!」と歓声を上げる。
 片やモロウィンはこの大歓声に大層ご立腹の様子で地団駄を踏んでみせる。マントをひらりとリング外に投げるモロキングの金色に輝くマスクが眩しい。ここでゴングの乾いた音が響き、試合開始。モロウィンはじりじりと間合いを詰め、モロキングもそれに応じて間合いを詰めてからがっちりと組み合って力比べの体勢に。
 体育館の片隅でこれを見守る轟会長は落ち着かない様子だ。「あんまり、無茶するなよお」
 隣にいた図体のでかいレスラーはにやりと笑って「いやあ、無理でしょ。山中さん、モロウィンのマスクを付けたら人が変わってましたから。あの人、悪役もやってみたかったらしいですよ」
 リング上のモロウィンは、山中だった。当然の事ながら山中のプロレスも技巧派で、テクニックを重視する早川のスタイルと上手く噛みあう。モロウィンがアームロックでモロキングの腕を締め上げれば、モロキングは前転でくるりとかわし逆にアームロックへ。モロウィンはその腕を取って投げに、モロキングは投げられた空中で姿勢を整えて華麗に着地。二人の息も付かせぬ技の応酬に、会場は時に驚き、時に拍手し、時に歓声を上げた。
 やがて試合は佳境へ。モロウィンをマットに叩きつけたモロキングは素早くトップロープへと駆け上がり、そのままの勢いでムーンサルトプレス。いつのまにか現れていたレフェリーがカウントを取るもカウントは2。モロウィンもそう易々と勝たせてはくれないらしい。
「モロウィン!気合入れてけー!」会場からはモロウィンに喝を送る声が飛んだ。陽一がその声の主をたどってみれば、いつの間に戻っていたのか金色のハッピ姿の安里校長だ。
 ここからモロウィンこと山中は本領発揮。骨法仕込みの古武術でモロキングを追い込んでいく。連続で打撃技を受けてたまらずダウンするモロキングを尻目にモロウィンは勝ち誇ったように舌を出す。会場からは「Boooo!」と大ブーイング。そのブーイングすらも楽しげに受けたモロウィンはモロキング引きずり起こすと正面からモロキングを担ぎ上げるように持ち上げ、カイザーボムの体勢に。カイザーボムと言えば超神スーパーカイザーの持ち技であり、これで幾人ものレスラーをマットに沈めてきた必殺技だ。
 この時、モロキングの目が光る。早川はこの瞬間を待っていた。モロウィンに担ぎ上げられた状態からバランスを取り、相手の頭を小脇に抱えたまま大きく足をスイング。体勢を崩されてモロウィンは踏ん張りが利かない。モロキングはぐるりと体を回転させてモロウィンの頭をまっさかさまにマットに叩きつけた。これぞモロキングの第二の必殺技、ローリングDDTモロスペシャルだ。モロキングはマットに横たわるモロウィンの上に覆いかぶさる。すかさずレフェリーがマットを叩いてカウント。1.2.3!
 けたたましいゴングが鳴り響き、同時に会場からは歓声と観衆が床を踏み鳴らすドドドドという音が鳴り響き、その中でモロキングは両手を突き上げて勝ち名乗りを上げた。
 鳴り止まぬモロキングコール。そして歓声と拍手。夢のような時は過ぎていった。

 翌日。近科部の馬鹿三人こと、陽一、俊哉、浩二は俊哉の家に集合し、夏休みの宿題の追い込みに入っていた。が、陽一はぼんやりと窓の外を眺め、上の空だ。これに浩二が苛ついたように言う。
「おい、何やってんだよ。さっさと片付けようぜ、宿題」
「ああ」
 続いて俊哉。
「ほれ、これ陽一のぶんな」
「ああ」
 ここで俊哉と浩二が声をそろえて叫ぶ。
「陽一、きいてんのかよ!」
 陽一は窓の外を眺めながら呟く。
「モロキング、かっこよかったなあ」
「はあ?」
 爽やかな風が吹き抜ける青い空を、一筋の飛行機雲が横切っていった。

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