冬富士耐寒訓練

2012年秋のエベレスト遠征で、悪天候を理由にBCに戻ってきた際に下記のようなブログのエントリーをアップした

 大学山岳部の時に、冬の北海道二ペソツ山では身体ごと飛ばされたことがあり、稜線で身体を風の方に倒してようやくバランスが取れる程の強風だった。

 マッキンリーに向かう訓練で一人、冬の富士山に向かい山頂でテントを張るが、あまりにも強風で、テントのポール2つが一瞬で折れ、ただのビーニル袋の中で一夜を経験したことがある。



 ちなみに栗城がマッキンリーに登山したのは6月。具体的な月は書いていないが、夏のマッキンリーに登るのに冬富士(※)で耐寒訓練することのおかしさはいうまでも無い。 そもそも在学中ならば北海道にいるはずで、富士山に遠征せずとも道内で耐寒訓練に適した場所があるはずなのだが・・・。
因みに山頂は国立公園特別保護地区なのでテント、キャンプが禁止されている(国立公園内のテン泊は指定野営地のみ許可されており、それ以外は単に「黙認」「非常時の野営」が建前である)。
このことは栗城自身2008年のブログで書いているのだが・・・。→夏富士登れない人 

 テクニカル的なことを付記すれば、山頂は道中の斜面と違い風向きがどの方向であろうと遮る物が無い上、火口の複雑な形状が影響して予想もつかない巻上げなどに襲われるため冬季の耐寒訓練、元旦のご来光狙いであっても山頂にテントを張るのは非常に危険で避けるのが普通である。
例を挙げると2004年にK2に登頂したどさんこ同人会の高所合同訓練では5月の訓練時に8合目にテント泊、2010年1月3日に放送されたTV番組「世界の果てまでイッテQ!新春3時間珍獣祭りスペシャル」において内村光良氏が冬富士に挑戦した際には、天野和明(明治大学炉辺会)、中島ケンロウ(WECトレック)等海外遠征豊富な登山家がガイドとして同行しているが、テント泊予定地の八合目の白雲山荘(3200m)が強風で危険なためさらに手前の太子館(3100m)に変更している。



(※)気象学、社会通念上「冬」とは12月~2月(欧州の場合は冬至~春分の日前日)の3ヵ月であり、二十四節季でも立冬(11月7日前後 旧暦の9月中旬~10月中旬)~立春(2月4日前後 旧暦の12月中旬~1月中旬)である。山岳気象においては春の訪れは遅いため3月までを冬とすることがあり、富士山でもGW頃に豪雪になることがあるが、「冬」とは言わず「積雪期(残雪期)」と称するのが普通である。

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最終更新:2013年12月06日 01:57