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729 名前:1[sage] 投稿日:2009/11/28(土) 19:00:20 ID:fsNauBIn
 *

京ちゃんの背中を追って、ひたすら歩き続ける。
なんか、さっきよりも歩くスピードが速くなってる気がするよ…

「あの…京ちゃん…」
「…」
話しかけても、返事がない。あれ…聞こえなかったのかな?
「京ちゃん!」
しょうがないから、服の裾を引っ張ってもう一度話しかけてみる。すると
「…っうわ?えっ?あ、すいません…ちょっとボーッとしてました…」
そう言って私のほうを振り向いた彼の顔は、一瞬目を大きく見開いて、とてもびっくりしているようだった。
ボーッとしてたって、何か考え事でもしてたのかな。

「ちょっと、歩くの早くない…?」
「ああ…すいません。気をつけます」
眉を下げて、すごく申し訳なさそうに私に謝ってくる。
別に私、怒ってる訳じゃなかったんだけどな…。悪いことしちゃったかな。

「少し、あそこの公園で休みましょうか」

ちょうど駅の裏側を歩いていたころ。
京ちゃんが指を差した先を目で追うと、そこにはブランコやシーソーなどの遊具が一切ない、
ベンチが二つ三つ、そして脇に木がいくつか生えているだけの小さな公園があった。
飲食店や家電量販店など、たくさんのお店が密集していて人通りの多い駅前とは違い、このあたりは比較的人通りが少なく、
車の走る騒音などもあまり聞こえない。ここなら静かだし、休むにはちょうど良い。そう思った。
そうだね、と返事をして小さな公園の入り口へと向かう。
あれ…でも、京ちゃんの買い物は良いのかな…。
そんなことを考えながら、二人でベンチに座り、手にもっているバックを隅に置いて一息つく。
私が左側で、京ちゃんが右側。チラリと目を右のほうに向けると、京ちゃんは膝の上に手をついていた。
その手は、私の手と比べたらとても大きい。おまけに指が長い。
京ちゃんはその指で牌をツモって、その手で麻雀を打っているんだよね…あ、ちょっと触ってみたいかも。

「うわ…!て、照さん…?どうしたんですか、急に…」
「えっ…?」
京ちゃんの裏返ったような声が耳につき、はっと我にかえる。
気がつくと、私の手は勝手に京ちゃんの手をむにむにと触っていた。
しかも、両手で…。何やってるんだろう、私。

「ごっごめん…!無意識のうちに…」
慌ててパッと手を離す。だけど、なぜか右手を掴まれて再び膝の上へと持っていかれる。
「きょうちゃん…?」
その行為に疑問を抱き、京ちゃんの顔を見上げる。すると
「…このままで、良いです」
そう言葉を返してきた。
「う、うん…」
私は何がなんだか分からなくて気が動転しかけているのを、少しでも頭を使って落ち着かせようと
ポツポツと公園の前を通り過ぎていく人の数を数え始める。
けれど、あまりにも人通りが少なすぎて、結局二人しか数えられなかった。

京ちゃんの手の温もりが皮膚を通して、ひしひしと私の手に伝わってくる。
とてもあたたかい。



「あの…照さん」
ずっと沈黙が続いていたけれど、やっと京ちゃんが言葉を紡ぎだした。
「なに…?」
「今日、どうして俺が照さんを誘ったか、分かりますか?」
そう問いかけてきた彼の声は、少し震えているように聞こえた。
「どうしてって…買いたいものがあるからじゃなかったの?」
なんで今更こんな質問をしてくるんだろう。私の疑問はますます膨らんでいくばかりだ。
「…やっぱり、照さんは鈍いですね」
え…?ニブイってなんで?私は、今まで自分のことをニブイと思ったことは一度もないんだけど…。
「…ニブイって何が?」
「う~ん。やっぱり、鈍いです!」
さっきまですごく静かだったのに、こんどは何かが吹っ切れたかのように、口を大きく開けてハハッと笑い始めた。

「京ちゃん…なんの話?」
「あ~いやぁ。すいません。遠まわしに伝えようとしても、気づいてもらえなさそうなんんで、もうハッキリと言っちゃいますね」

笑っていたかと思えば、こんどは急に真剣な表情に変わる。私の手を握っている手に、キュッと力が込められた。


 「実は俺、照さんのことが好きなんです」


一瞬、時が止まったかのような錯覚にとらわれる。
えっ、好きって言った?今、私のことが好きだって…ええっ?

「あ~…予想通り、固まっちゃいましたね…」
彼の言うとおり、私の体はすっかり硬直してしまい、動かすことができなくなってしまった。
声を出そうと口を動かしても、あ…?えっ…などの一文字分の言葉しか出てこない。

「え~と、つまりですね…」
頭をポリポリと掻きながら、京ちゃんが話を続ける。
「今日、買いたいものがあるって言って照さんを誘ったのは、口実だったわけで…
本当は買いたいものなんて何も無かったんです。照さんは、明日東京に帰っちゃうって聞いたので、向こうに帰る前に
どうにかデートに誘って俺の気持ちを伝えようと思ってたんです。」

「うん…。ん?え…っ?じゃあ、私が好き?買い物って嘘で?あれ?ええ…っ?」
ようやく声を出せるようになったものの、日本語がまともに喋れない…。自分でも何を言ってるんだか分からない。

「あははっ。落ち着いて下さいよ~。ごめんなさい、買い物ってのは嘘です。」
「うん…」
「照さんのことが、好きです。」
「うん…」

二度目の”好き”を言われて、やっと自分が今置かれている状況が理解できるようになってきた。
ええと…
今日買い物に付き合ってほしいって言われたのは、実は嘘で、私に告白をするために京ちゃんは私をデートに誘った。
この解釈で正しいはず。
あれ…でも。


私は、デートという言葉を頭の中で繰り返し、ふと昨日の咲とした会話のことを思い出す。

 *

「咲、もしかして京ちゃんのことが好きなの…?」
「…………うん…」
「そっか…。ねえ咲」
「なに…?」
「何か勘違いしているみたいだけど、私は別に京ちゃんのことは好きとかそういう風に思ってはいないからね?」
「えっ…?そうなの?」
「うん。明日だって、買いたいものがあるから選ぶのを付き合ってほしいって言われただけだし…
だから、デートとかそうゆうのじゃないからね?」

 *

そうだ…咲は、京ちゃんのことが…。
それに私は、今日のことをデートなんかじゃないって咲に否定した。
しかも京ちゃんのことはなんとも思っていない、みたいなことも言った。
でも、あれは嘘なんかじゃない。だって、昨日までは本当にそう思っていたから…
ん?あれ、昨日までってことは、今の私の気持ちは…?

 これってどうすれば良いの?


「照さんは、俺のことどう思ってますか…?」
「あ…ええと」
言葉に詰まる。それは、まだ自分でも分かっていないことを質問されたからだ。
なんて答えれば…

「照さん…?」
黙ったままでいると再び私の手がぎゅっと握られた。
京ちゃんと目が合い、ドクンと心臓が跳ね上がる。
このままずっと何も話さないわけにはいかない。今は、正直に私が思っていることを京ちゃんに伝えよう。

「私は…」
「はい」

「今、こうして京ちゃんに好きって言ってもらえて、すごく…嬉しい。京ちゃんと話をしたり、今みたいに手を握られたりして、
すごく心臓がドキドキしてる…。」

「それじゃあ…」
「でも、咲も京ちゃんのことが好きだって言ってた…」

「えっ…」

急にその場が静かになってしまった。やっぱり、今のは言わなくても良かったかな。
でも、だからと言って咲のことを隠したまま話を続ける訳にもいかないし…
もう自分でも何をどうしたいのか分からない。



「照さん…」
「な、何?」
「咲のことは、今初めて聞きましたけど、正直言って今の俺には照さんしか見えてません。
できることなら、照さんと…その、付き合いたいなって思ってます…」
「…………」
付き合う…。付き合うっていうのは、つまり恋人同士になるって事だよね。
私と京ちゃんが恋人同士に…?考えただけで頭がパンクしそうだ。

「それに、照さんはさっき、咲”も”って言ってましたよね?その”も”っていうのは、他に誰のことを思って言ったんですか?」
「あ…」
「無意識に言ってたとしても、それはつまり…照さんも少なからずは俺に好意を寄せてくれているってことなんじゃないですか?
って…、自分でこんなこと言うのもなんですけどね…」
「うん…」

いや…でも。

「…ごめん。京ちゃん。」
「えっ?」
「たぶん、私も京ちゃんのことが好きなんだと思うけど、咲の気持ちを知ってる以上、私だけ勝手にこんなことはできない…」

その言葉を口にするのは、本当に辛かった。胸がチクチクと痛みだす。

「そんな…」
「本当に、ごめんなさい…」
こうゆう時って何て言えばよかったのかな。
私は良い言葉を見つけることが出来ず、ただひたすら謝るしかなかった。

「……………」
沈黙が生まれ、だんだん京ちゃんの顔を真っすぐ見ることができなくなり、自然と俯き気味になってしまう。

「…分かりました。でも、俺の気持ちは変わりませんからね!照さんの気持ちが固まったら、もう一度返事を聞かせてもらえますか?」

私は下を向いたまま、重たい口を開いて返事をする

「うん…分かった。咲とちゃんと話し合ったら…そしたら、また連絡するね」
「はい。待ってますから」
「うん…」
「それじゃあ、そろそろ帰りますか。」
「うん。」

京ちゃんに言われて、ベンチから立ち上がる。
駅まで戻る間に、せめて手だけでも…と言われて、私達は手を繋ぎながら一緒に電車に乗った。
行きとは違い、こんどは向かい合わせではなく、二人並んでシートに座る。肩が触れ合う。

繋いだその手は、柔らかくて、とても暖かかった。
でも、別れる時は離なさないといけない。そのことを考えると、またギュッと胸が締め付けられる。

キィーーーッ。
電車が動き始め、車輪とレールの擦れ合う音が聞こえてきた。

 *


 同時刻。片岡優希と原村和、宮永咲。
この三人は店を出て、それぞれが家路に着くために別れの挨拶を交わしているところだった。
咲がそれじゃあねと言い、和と優希に背を向けて歩きだす。
和と優希は途中まで帰り道が同じなため、咲を見送った後に二人肩を並べて歩き出した。

 *

「優希は…このままで良いんですか?」

 和が、酷く落胆した様子で話し始める。先ほどの三人の会話を思い出し、目にはうっすらと涙が浮かび始めてきた。
何故なら、咲と優希も京太郎の事が好きなんだと気づいてしまったからだ。
更に、三人の思い人である当の本人は今、咲の姉と二人で出かけている。
 思ってもみなかった事を今日だけで二つも知ってしまい、とても胸中穏やかではなかった。
やがて頬を伝い始めそうになる涙を、優希に気づかれないよう、そっと手で拭う。

「のどちゃんは…どうなんだじょ?」
優希もまた、ひどく落ち込んだように言葉を吐き出す。
京太郎のことをいつも、犬、ばか犬ー!などと言っては殴ったり蹴ったりしていた。
しかしその行為は、彼女なりの愛情表現だったのだ。
久と同じように、タコスを買ってこいと言っては京太郎のことをいつもこき使っていた。
だけど、決して京太郎のことが嫌いなわけではない。それに、文句を言いながらも、彼はきちんとその要求に答えてくれる。
そんな彼の優しさに、知らず知らずのうちに惹かれていたのは確かだった。
一緒に居ると、くだらないことで笑いあえる。京太郎は、一緒に居てとても楽しい存在なのだ。

「私は…」
和が優希の質問に、途切れ途切れな言葉で答え始める。

「もう少し、みんなの様子をみてみようと思います…正直、須賀君と宮永さんのお姉さんが二人で…ってのは意外でしたが…
二人の気持ちはどのような方向に向かっているのかは、まだ分かりませんから…」

それは、自分に言い聞かせているようでもあった。二人で出かけたと言っても、京太郎と照は、まだ何も始まっていないはず。
いや、できれば始まらないでほしい。そう、願いを込めながら。


「そっか。じゃあ、私もそうするじぇ」

和の答えを聞き、優希もまた、このままみんなの様子を見ていくことに決めた。
しかしこれは決して、親友である和の真似をする、という意味ではない。
今日一日で色々とありすぎて、まだ彼女は頭の中の整理が完全に終わっていないのだ。
よって、今の自分にできることは、和と同じように、事態はこれからどうなっていくのか、まずは誰がどんな行動を起こすのか
じっと様子を伺い、場合によっては自分も何か行動を起こそう。そう、結論付けたのだ。

「分かりました。お互い、頑張りましょうね」

和も、長年付き合ってきた優希の気持ちをくみ取り、自分と同じことを考えているのだと悟った。そのため深くは追及しない。

「おう!せいせい堂々といくじぇ~」

「はいっ」

そうして二人の顔にはいつもの明るい笑顔が戻っていった。

 *

「ただいま~。って、まだ誰も帰ってきてないや」
玄関で靴を脱ぎ、廊下を進んで居間のソファに座りこむ。

 原村さんたちと別れて、家に帰ってくるまでの間、私は色々と考えた。
京ちゃんがお姉ちゃんと二人で出かけてる。そう言ったらあの二人、すごく驚いてたな。
そして、その表情はみるみるうちに暗くなっていった。

 やっぱり、あの二人も京ちゃんのことが好きなのかな?今まではそんなふうに見えなかったけど。
優希ちゃんは、いつも京ちゃんとじゃれあってて、仲の良い友達って感じだけど、原村さんに関してはちょっと意外だったな。
優希ちゃんほど仲が良いって訳でもないけど、それなりにお話ししたりもしてるし。
だから、距離感としては、ごく普通の部活仲間って感じだと思ってた。でも、違ったんだね…

 優希ちゃんも、原村さんも、私にとってはとても大切な友達だ。
だけど、その二人も京ちゃんのことが好きなのかと思うと、とても複雑な気持ちになる。
京ちゃんって、実はすごくモテるのかな。
そもそも、京ちゃんと一緒にいる時間が一番長いのは、私なのに…。
でも、原村さん達と争いごとになるのは嫌だな。あと、お姉ちゃんとも。

 その時、玄関のほうからガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえてきた。
そして足音がこっちに向かってくる。

「ただいま…」

お姉ちゃんが帰ってきた。
気のせいか、少しおどおどしているように見える。何かあったのかな…?

「お帰りなさい。お姉ちゃん」
「うん…ただいま。お父さんは?」
「まだ帰ってきてないよ」
「そう…」

やっぱり、お姉ちゃんの様子がおかしい。なんだか元気がないみたいだ。
もともと口数は多い方じゃなく、普段は静かな性格だけど、今のお姉ちゃんは明らかに何かあったって顔をしている。


「部屋で休んでくるね」
私にそう言い残し、すたすたと自室へと向かい歩き出すお姉ちゃん。
ちょっと、心配だな…。何かあったの?って聞くくらい、良いよね…?
それに、せっかく東京から帰ってきてるのに、すぐに部屋にこもっちゃったらお話も出来なくて寂しいよ。

「あの…お姉ちゃん!」
私はソファから立ち上がり、廊下でお姉ちゃんを呼び止めた。
「ん、なに?」
お姉ちゃんが私のほうを振りかえる
「今日、なにかあったの…?」
私がそう聞くと、一瞬お姉ちゃんの肩がビクッと震え、それからすぐに目をそらされてしまった。
「…………」
返事がかえってこない。
「おねえちゃ…」
私がもう一度、お姉ちゃん、と呼びかけようとしたそのとき
「咲、ちょっと話したいことがあるから部屋まできて」
お姉ちゃんがそう言い、またすたすたと歩き始めた。私も黙ってその後を追う。なんだろう、話って…。

 *

二人でベッドの上に座り、向かい合う。
だけど、お姉ちゃんはなかなか話を切り出そうとしない。
さっきからずっと俯いたままだ。

「ねえ、お姉ちゃん。話って…?」
仕方なく私から話しかけてみる。

「うん…あのね、実はさっき…」
「うん」


 「京ちゃんに告白されたんだ」


え…今、なんて?
京ちゃんに告白された?お姉ちゃんが?

「え…そうなの…っ?」
「うん。ごめんね…」

頭の中が一瞬真っ白になる。

薄々思ってはいたけど、やっぱり京ちゃんって、お姉ちゃんのことが好きだった…。
いつから?それに、お姉ちゃんは何で私に謝るんだろう?駄目だ…頭の整理が全く追いつかないよ…。

「今日私を買い物に誘ったのは、実はデートだったんだって…」
「そう、なんだ…」

そっか。京ちゃんは最初からそのつもりで…。
私は目を閉じ、すうーと深呼吸をして、その事実を受け入れるために頭の中で複雑に絡み合っている何かを一つずつ解き始める。
けれど、自分でもびっくりするくらい、その絡まりは簡単に解けてしまった。


だって、京ちゃんが好きなのはお姉ちゃんなんだもん。
私や原村さん、優希ちゃんでもなく、今私の目の前に居るお姉ちゃんのことが、好き。
だから今日、デートに誘って告白をした。それでもう、この物語は完結したんだ。

そう考えると、なんだか急に心の中にあったモヤモヤが晴れていった。なんだかとてもすっきりした気分だ。
私は中学生の頃からずっと京ちゃんのことが好きだったのに、それが叶わぬ恋だと分かってしまった瞬間にスパッと何かが吹っ切れた。
意外と諦めが早い性格なのかな、私って。


「咲、本当にごめんね」

相変わらず私に謝り続けてくるお姉ちゃんの肩に、手を置く

「謝らなくて良いよ。お姉ちゃん」
「え、でも…咲は京ちゃんのことが好きなんでしょ?」
「うん。でも、もう好きだったに変ったよ。過去形になった」
「…咲は、それで良いの?」
「うん。全然平気。むしろ、お姉ちゃんのことを応援するよっ」

まあ、本当はまだちょっとだけ辛いんだけどね…。

「…ありがとう」
「頑張ってね。お姉ちゃん」
「うん。ありがとう。」

 *

翌日、お姉ちゃんは東京に帰っていった。またお父さんと二人きりの家になっちゃうのは少し寂しいけど、仕方がない。
私はお姉ちゃんを笑顔で見送った。
そしてこの物語はこれで完結したと思い、嬉しくもあり、ちょっぴり切なくもあった。

だけど、この物語は色々なパートへと別れていくために、私の知らないところで着々と動き始めていた。

それを私が知るのは、この物語の中盤から終盤にかけたあたりになる。
今私がいる場所は物語の序盤にすぎなかったんだ。

 *


 *

 照さんが東京に帰ってから、もう三日が経つ。
そして、連絡はまだ来ていない。むむ…一体何故だ?しかし咲にそのことを聞くのはちょっと気まずい。
それに咲からもその話題には触れてこないからな…ああー。もう!なんで連絡くれないんですかぁ、照さん…。
一日が一日が過ぎていく度に、俺の不安は積もっていくばかりだ。

 *

 俺が照さんを好きになったのは、夏の全国大会で再会した時だ。
正直言って、一目ぼれだった。いや、初めて会ったわけじゃないから、それを一目ぼれと言うのはおかしいかもしれないけど。
久しぶりに見た照さんは、昔と比べてすっかり大人っぽくなっていた。何というか、大人の色気が出てきたというか…まぁそんな感じだ。
すごく美人で、それでいて可愛らしい。

 気づいたら、俺の足は照さんのほうへと向かっていた。そして、いつの間にか連絡先を聞いていたんだっけ。
大会が終わって、長野に帰ってきてからも、ずっと彼女のことが頭から離れなかった。
授業中、部活中、下校中、風呂に入っている時、寝る時。とにかく、四六時中俺の頭の中は照さんのことでいっぱいだったな。

 最近では、月に二回のペースで照さんが長野に帰省していると咲に聞き、それを聞いては照さんに電話をかけて、なんとかして二人きりで
会えないかと、色々と計画を立てた。だけど、いつもいつも都合が合わなくて、結局は会えずじまい。

 そんなこんなで一カ月、二か月が経ったある日。秋の土・日・月、この三連休を使って、また照さんがこっちに帰ってくるという情報を
咲から聞いた。帰ってくるのは金曜の夜から。これだけ長い間こっちに滞在しているなら、さすがに一日くらいは会うことができるだろう。
そう思って、俺は覚悟を決めた。いつまでもこんなに苦しい思いをするのは嫌だ。返事はイエスかノーのどちらでも構わない。でも出来ればイエスで…。
早くこの俺の気持ちを伝えて、すっきりさせたい。自分自身に決着をつけたい。

 そんなこんなで、俺は買いたいものがあるから付き合ってほしいと言い、二人きりで会うために照さんを誘った。
我ながらその胡散臭い口実はどうかと思ったけれど、この際デートに誘えるのなら、もうなんでも良かった。とにかく会って話がしたい。
ただ、それだけだった。
 しかし、俺の住んでいる地域は、あまりにも田舎すぎて、デートスポットと呼べる場所が何もない。
それに、ここで照さんと二人でぶらぶらしたとしても、知っている人に鉢合わせする確率が高いと思った。もしかしたら部活のメンバーと
も。それだけは何としてでも避けたい。さすがにそんなところを目撃されるのは、俺も恥ずかしいからな…。照さんだってきっとそう思う
だろう。だから、俺達は隣町まで行くことにした。そこなら友達とよく遊びに出かけるし、安い店もそれなりに知っている。



 *

 そしてデートの当日。俺は緊張しすぎて、かなり朝早く目が覚めてしまった。顔を洗って、歯を磨き、服を着替えてとりあえず出かける
準備をする。約束の時間まではまだ早いけど、家の中にいるのもなんだか落ち着かない。

 天気予報をチェックすると、今日も冷え込むらしいので、マフラーを巻いてから家を出た。ゆっくりと時間をかけて歩き待ち合わせ場所
の駅まで向かう。だけどやっぱり早く着きすぎてしまって、当然そこにまだ照さんの姿はない。仕方なく、ケータイをいじったり駅の周辺
をぶらぶら歩いて時間を潰す。

 そうしているうちに、ようやく照さんがこっちに向かって歩いてくるのが見えた。やっぱり照さんは可愛い。
電車を待つ間、照さんが手をさすって寒そうにしていたので、俺は自分の巻いているマフラーを手渡した。それで手をあたためてくれれば
と思って。だけど、意外なことに彼女はそのマフラーを自分の首に巻きつけ始めた。まさかそこまでしてくれるとは思わなくて嬉しいやら
恥ずかしいやらで、俺の鼓動は加速していく一方だ。

「優しいんだね、京ちゃんは」

そう言われて俺はつい
「それは照さんだからですよ」
と言ってしまった。心の中で呟いたはずだったのに、知らないうちに口に出ていたんだ。

「えっ…?」 

 少し驚いた顔で、照さんが振り返り、目が合ってしまった。恥ずかしくて慌てて目をそらし、それからまたチラッと彼女のほうを見る。
すると、彼女の吐く白い吐息が綺麗に空気中に舞い、なんだか絵になるような姿だった。そう思い、更にドキッとしてしまう。

 *

 隣町に着き、早速照さんに、何を買うの?と質問されてしまった。
デートの順序のことで頭がいっぱいだった俺は、そう聞かれた時の言い訳を考えることをすっかり忘れていたため、慌てて飯を食いに
行きましょうと言い、かなり苦しくはあるが、なんとかそれでごまかした。

 昼食を取り終えた後、二人で紅茶を飲んでいると、なにやら照さんが俺のほうをチラチラと見ては、顔を赤くしていた。
それって、俺と二人で居るからですか…?思いきって、照さんに聞いてみる。

「照さん、顔が赤いですけど…大丈夫ですか?」

「えっ…私、顔赤くなってる…?」
「なってます」

 俺が指摘すると、彼女はペタペタと自分の手を頬に当てて、確認し始めた。慌てているその表情は、とても可愛い。
意地悪だとは思ったけれど、もっとその姿が見たくて、俺は更に言葉を投げかける。

「もしかして、俺と喋っててそうなってるんですか…?」
「……………」
すると、急に黙りこくってしまった。そこで黙ってしまうってことは…これはもしかして、かなり良い雰囲気なんじゃ…。

「照さん…俺、期待しちゃっていいんすかね?」
って、何言ってるんだか、俺…。さすがにちょっと言い過ぎてしまったことを、後悔する。ここで良い雰囲気になっても、周りに人が
いるこの場所では、さすがに告白するわけにもいかないよな…。でも、なんだか今がチャンスな気がするぞ…。

「…すいません、急に変なこと言っちゃって。とりあえず外に出ましょうか」

 場所を変えるために、店を出る。駅の裏には、小さな公園がある。多少ムードには欠けるが、あそこなら人の気も少ないし告白するのに
十分なシュチュエーションだろう。
 最初から、告白するのはそこだと決めていた。何故ならそこは、昔に一度だけ照さんとふたりで遊んだことがある公園だからだ。
まあ、本人はもう覚えていないかもしれないけどな…。

 *

「あら、須賀君じゃない。奇遇ね、こんなところで会うなんて」

 ズガーン!照さんと二人で歩いていたら、なんと部長と遭遇してしまった。何でこんなところに居るんですか…。しかし、聞きたくても
頭の中がパニくってて、とてもそれどころじゃない。
 部長のことだ、間違いなく後でみんなに言いふらされるだろうな…。この後の告白に成功すれば、別に何も問題はないのだが、失敗した
時のこと考えると、とても恐ろしい…。

「もしかして、デートの途中だったかしら…?邪魔しちゃった?」

 気がつくと、部長が照さんのほうを見て、そんな質問をしていた。ああーもう…。部長、その目は完全に俺達のことをからかっている目
ですよ…。でも、照さんは今日の事をどう思っているんだろう?そこは俺も気になる。ハラハラしながら、照さんが返事をするのを待つ 。

「デートだなんてそんな…。京ちゃんが買いたいものがあるって言うので私は選ぶのを手伝いに来ただけです。」

うっ。これは、かなりショックだ。照さん…鈍いにもほどがありますよ。ハァ…。

「それじゃ、私はここで失礼するわ。またね、須賀君。」

「ああ、はいっ。また部活で会いましょう」
どうか、みんなにこのことはバラさないで下さいね…

 *

 そのあと、俺はあの公園で照さんに告白をした。
だが、終始緊張しすぎでどんなことを話したかは、あまり覚えていない…。ただ、どうやら返事は保留になってしまったようだ。

 そんなこんなで、照さんが東京に帰った今も、俺はひたすら連絡が来るのを待ち続けている。
また、胸が苦しくてつらい。





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最終更新:2010年10月28日 23:53
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