「あの島か……」
「いかにも低俗な輩が好きそうな、下劣な建物ばかりなのです」
「油断するなよ。奴らが攻めてくるかもしれない」
「……気配は――――ない…………一気に――――攻める――」
「いかにも低俗な輩が好きそうな、下劣な建物ばかりなのです」
「油断するなよ。奴らが攻めてくるかもしれない」
「……気配は――――ない…………一気に――――攻める――」
小船を漕ぐことおよそ数十分。
ついに南の島の一歩手前までやってきて、それぞれ思い思いの言葉を放った。
ついに南の島の一歩手前までやってきて、それぞれ思い思いの言葉を放った。
この島に来た理由は二つある。
一つは水の賢者の石を手に入れること。
そしてもう一つは、この島に建設中の建物を破壊し、責任者をある人の前まで突き出すこと。
一つは水の賢者の石を手に入れること。
そしてもう一つは、この島に建設中の建物を破壊し、責任者をある人の前まで突き出すこと。
――ああ、当初は前者のみの目的しかなかったわけだが、成り行きによって俺達は後者の目的を果たさずにはいられなくなってしま
った。
その理由はもちろん、
「うずうずしてきました。とっちめてやるから覚悟なさい!」
武者震いなのか、それとも水しぶきが冷たくて震えているだけなのか。
ツインテールとレースのスカートを交互に靡かせ、無計画無責任発言を発した張本人、アーチャーこと橘京子は声を高らかに上げた
った。
その理由はもちろん、
「うずうずしてきました。とっちめてやるから覚悟なさい!」
武者震いなのか、それとも水しぶきが冷たくて震えているだけなのか。
ツインテールとレースのスカートを交互に靡かせ、無計画無責任発言を発した張本人、アーチャーこと橘京子は声を高らかに上げた
………
……
…
……
…
事の発端は、俺たちがごろつき達を追い払った後まで遡る。
騒動の後、南の島に渡るための船を捜すため、俺達は船着場の散策を開始した。元々港町だから、使用していない船の一隻か二隻く
らいはあるだろうし、漁師さんにでも声をかけて、漁のついでに送ってもらえれば特に支障なく南の島へといけるだろう。そう考えて
のことだった。
しかし、現実はそう甘くは無いらしい。実際に入り江まで来てみると、船はおろか漁師の姿すら見つからなかった。
「おかしいですね、ここは元々漁業で生計を立てている街なのです。それなのに船が一台もないなんて」
「みんな漁に出てるんじゃいのか。あるいは他の場所に船を止めているとか」
「だとしても、船が一台もないのはおかしいです。非番の人の船とか、あるいは壊れて動かなくなった船の破片でもあればまだわかり
ますが、それすらありません」
「それじゃここは船着場じゃないんだろ」
「いえ、よく見てください」
橘は入り江に埋め込まれたアンカーボルトを指差した。
「ほら、これは船を繋ぎとめるものですよ。しかも見た感じ、それほど古いものではありません。これはとりもなおさず、最近までこ
こを船着場として利用していたことに他ならないでしょう」
ふむ……確かにこの辺の整備はきちんとなされているようだ。ではどうして船が無いのか……分かる奴はいないのか?
「その質問はナンセンスだ」腕を組み、互いの袖に手を入れた藤原がふてぶてしい表情で言い放った。「何故なら当事者でもない限り
事の真相を把握することはできないからだ」
至極真っ当な意見ではある。
「僕達のような非当事者があれやこれやと妄想に耽っていても何の解決にも至らない。さっきの酒場なり近くの民家なりで話を聞いた
方が詳しい話も聞けるし、余程早いだろう。そんなことも分からないのか?」
が、こいつにそう言われるのが悔しかったので、「船が無いことを調べてどうする。俺達は南の島に渡る方法を探してるんだ。話を
ずらしてもらっても困る」と口を尖らしてみた。
すると藤原は、
「どちらにせよ、誰かに聞いた方が手っ取り早いさ。そっちこそ大局が見えてないようだな」
すげえむかついた。当たってるだけに血液の温度が五度くらい上昇したぜ。
「ま、そう言うことにしてやるさ」
殆ど負け惜しみ的な発言をして、一人踵を返した。腹が立つことこの上ないが、このまま熱くなったらもっと負けた気がしてならな
い。ここは余裕を持ってクールに徹した方がいい。
「あの、どこへ行くんですか?」
数歩遅れて橘もついて来る。別段どこの民家でも良いのだが、無意識に向かった矛先は既に既定事項ってやつさ。
「さっきの酒場、だ。店の主人なら色んな話を知っているだろうし、詳しく教えてくれるだろう」
騒動の後、南の島に渡るための船を捜すため、俺達は船着場の散策を開始した。元々港町だから、使用していない船の一隻か二隻く
らいはあるだろうし、漁師さんにでも声をかけて、漁のついでに送ってもらえれば特に支障なく南の島へといけるだろう。そう考えて
のことだった。
しかし、現実はそう甘くは無いらしい。実際に入り江まで来てみると、船はおろか漁師の姿すら見つからなかった。
「おかしいですね、ここは元々漁業で生計を立てている街なのです。それなのに船が一台もないなんて」
「みんな漁に出てるんじゃいのか。あるいは他の場所に船を止めているとか」
「だとしても、船が一台もないのはおかしいです。非番の人の船とか、あるいは壊れて動かなくなった船の破片でもあればまだわかり
ますが、それすらありません」
「それじゃここは船着場じゃないんだろ」
「いえ、よく見てください」
橘は入り江に埋め込まれたアンカーボルトを指差した。
「ほら、これは船を繋ぎとめるものですよ。しかも見た感じ、それほど古いものではありません。これはとりもなおさず、最近までこ
こを船着場として利用していたことに他ならないでしょう」
ふむ……確かにこの辺の整備はきちんとなされているようだ。ではどうして船が無いのか……分かる奴はいないのか?
「その質問はナンセンスだ」腕を組み、互いの袖に手を入れた藤原がふてぶてしい表情で言い放った。「何故なら当事者でもない限り
事の真相を把握することはできないからだ」
至極真っ当な意見ではある。
「僕達のような非当事者があれやこれやと妄想に耽っていても何の解決にも至らない。さっきの酒場なり近くの民家なりで話を聞いた
方が詳しい話も聞けるし、余程早いだろう。そんなことも分からないのか?」
が、こいつにそう言われるのが悔しかったので、「船が無いことを調べてどうする。俺達は南の島に渡る方法を探してるんだ。話を
ずらしてもらっても困る」と口を尖らしてみた。
すると藤原は、
「どちらにせよ、誰かに聞いた方が手っ取り早いさ。そっちこそ大局が見えてないようだな」
すげえむかついた。当たってるだけに血液の温度が五度くらい上昇したぜ。
「ま、そう言うことにしてやるさ」
殆ど負け惜しみ的な発言をして、一人踵を返した。腹が立つことこの上ないが、このまま熱くなったらもっと負けた気がしてならな
い。ここは余裕を持ってクールに徹した方がいい。
「あの、どこへ行くんですか?」
数歩遅れて橘もついて来る。別段どこの民家でも良いのだが、無意識に向かった矛先は既に既定事項ってやつさ。
「さっきの酒場、だ。店の主人なら色んな話を知っているだろうし、詳しく教えてくれるだろう」
「知らねえな、そんなこと」
俺の予想とは裏腹に、酒場の主人に冷たくあしらわれた。
「南の島に渡る方法も、港に船が無い事も、あんた達余所者にとっては関係ないことだ。関係ないことをベラベラ喋る舌を持ち合わせ
てはおらん。第一騒ぎを起こして店を壊し、あまつさえ詫びの一つも入れない奴らにハイハイと媚びへつらうほどお人よしじゃないん
だよ、俺は」
壊れた椅子とテーブルを表へと出し、箒と塵取りを使って床を掃除しながら次々と不満の声を上げていった。
……確かにあれは悪かったと思う。向こうから因縁をつけてきたとは言え、俺達も当事者の一味だからな。店を出て行く前に、せめ
て弁償代くらい渡して去るべきだったかもしれない。
そこはかとなく自己嫌悪に陥った俺は橘に小声で「チップ持ってないのか?」
「……今はちょっと持ち合わせが……さっきので……色々と…………」
しんみりとした口調で答えた。
……たく、全部お前のせいだろうが。あの時お前がした行動が、全てここまで引き摺ってんだぞ。
俺の予想とは裏腹に、酒場の主人に冷たくあしらわれた。
「南の島に渡る方法も、港に船が無い事も、あんた達余所者にとっては関係ないことだ。関係ないことをベラベラ喋る舌を持ち合わせ
てはおらん。第一騒ぎを起こして店を壊し、あまつさえ詫びの一つも入れない奴らにハイハイと媚びへつらうほどお人よしじゃないん
だよ、俺は」
壊れた椅子とテーブルを表へと出し、箒と塵取りを使って床を掃除しながら次々と不満の声を上げていった。
……確かにあれは悪かったと思う。向こうから因縁をつけてきたとは言え、俺達も当事者の一味だからな。店を出て行く前に、せめ
て弁償代くらい渡して去るべきだったかもしれない。
そこはかとなく自己嫌悪に陥った俺は橘に小声で「チップ持ってないのか?」
「……今はちょっと持ち合わせが……さっきので……色々と…………」
しんみりとした口調で答えた。
……たく、全部お前のせいだろうが。あの時お前がした行動が、全てここまで引き摺ってんだぞ。
………
……
…
……
…
チビデブが消え去り一通り落ち着いた後、橘はやおら藤原の羽織を強奪し、韋駄天の如く走り去っていった。あっけに取られながら
も追いかけていった俺達が目にしたのは、なんとこの町に一軒しかないブティック。再び着るものが無くなったもんだから、自身の服
を購入するため(本人曰く『あたしをキズモノにしたんだから当然よ』とのことだ)なりふり構わずここまで走ってきたのだろう。
真っ裸で行動するわけにもいかないだろうし(俺的には全く困らんが)、人目も気になるだろう。服を購入することはまあ大目に見
てやらんでもない。手持ちの金で買える服を選んでこいと承認してやった。
……しかし、思ったよりも高級そうな店構えなのが気になる。
も追いかけていった俺達が目にしたのは、なんとこの町に一軒しかないブティック。再び着るものが無くなったもんだから、自身の服
を購入するため(本人曰く『あたしをキズモノにしたんだから当然よ』とのことだ)なりふり構わずここまで走ってきたのだろう。
真っ裸で行動するわけにもいかないだろうし(俺的には全く困らんが)、人目も気になるだろう。服を購入することはまあ大目に見
てやらんでもない。手持ちの金で買える服を選んでこいと承認してやった。
……しかし、思ったよりも高級そうな店構えなのが気になる。
それまですることもなかった俺は店の前まで迫ってくる波をひたすら数え、それが三百と三十を超えたあたりだろうか。ブティック
のドアが開き、橘が新コスチュームに身を包んでやってきた……って、おい。
「お待たせしました。どうですか、これ。似合うでしょ」
ふふんと鼻を鳴らし、くるっと一回転。独特の光沢を持った、クリーム色の生地が風にたなびく。
割と大きめにカットされた胸元と、足元にはスリットの入った、セクシーさをアピールするノースリーブのワンピース。右肩に添え
られた緋色のコサージュが映えている。
「分かる? この生地が何か?」
やたらと上から目線の橘が、自信満々に呟いた。
この艶、この輝き。見たことがある。確かあれは……親戚の姉ちゃんの結婚式で、姉ちゃんが着てたドレスと同じ光り方を……ヴ
ェールを纏った姉ちゃんが着ていたのは……
「もしかして、絹か?」
「あら、詳しいのね、そうです。絹なのです! この世界にもこんなに出来のいいシルク地があったのね。うんうん、佐々木さんにも
着せて差し上げたいわ! あたしだけが着るのはもったいないのです!」
何やらご満悦の様子の橘。テンションも高めで声も大きい。着せ替え人形にお気に入りの服を着せて喜ぶ五歳児のような反応だ。
しかし、気付いているだろうか? 橘を見守る三人の中で体をプルプルと震わせている輩がいたことを。
「あの……なあ……橘……」
そのプルプルとさせていた人物は、声までプルプル震わせていた。
「はい?」
「一体なんだ……これは……?」
その輩はまだ付けっぱなしになっているタグを指差し、再び声をプルプルと……いや訂正、プルプルではなくワナワナと搾り出した
「ああ、気付きましたか!? これは有名デザイナーが直々に手がけたもので、素材も作りも逸品です! 昨年モデルの在庫処分って
ことで安く買い叩いちゃいました!」
イミフなノータリンの解答をしやがった。
あのなあ橘、その人が聞きたいのはそう言うことじゃないと思うぞ。しかも安いときましたか。
「これは想像なんだがな、安いといっても科学文明の発達していない、あるいは畜産技術の発達していないこの世界では養蚕技術も決
してレベルの高いものじゃないだろうから捨て値で買ってもさっきまで着ていた貫頭衣と、ついでに革の胸当てその他諸々の組み合わ
せ……そうだな、十セット分くらいの値段はするだろう?」
ワナワナしていた声の主は寧ろ冷静に分析を始め……もういい。俺だ、俺のことだ。
「いいえ、違います」
しかし橘は俺の発言をきっぱりと否定し、自信満々に答えた。
「三十着分に相当しましたっ!」
「なお悪いわあっ!!」
反射的に手刀を橘の頭に叩き落した。ゴスッと中々いい音が響き渡る。
「痛たたた……何するんですか!」
のドアが開き、橘が新コスチュームに身を包んでやってきた……って、おい。
「お待たせしました。どうですか、これ。似合うでしょ」
ふふんと鼻を鳴らし、くるっと一回転。独特の光沢を持った、クリーム色の生地が風にたなびく。
割と大きめにカットされた胸元と、足元にはスリットの入った、セクシーさをアピールするノースリーブのワンピース。右肩に添え
られた緋色のコサージュが映えている。
「分かる? この生地が何か?」
やたらと上から目線の橘が、自信満々に呟いた。
この艶、この輝き。見たことがある。確かあれは……親戚の姉ちゃんの結婚式で、姉ちゃんが着てたドレスと同じ光り方を……ヴ
ェールを纏った姉ちゃんが着ていたのは……
「もしかして、絹か?」
「あら、詳しいのね、そうです。絹なのです! この世界にもこんなに出来のいいシルク地があったのね。うんうん、佐々木さんにも
着せて差し上げたいわ! あたしだけが着るのはもったいないのです!」
何やらご満悦の様子の橘。テンションも高めで声も大きい。着せ替え人形にお気に入りの服を着せて喜ぶ五歳児のような反応だ。
しかし、気付いているだろうか? 橘を見守る三人の中で体をプルプルと震わせている輩がいたことを。
「あの……なあ……橘……」
そのプルプルとさせていた人物は、声までプルプル震わせていた。
「はい?」
「一体なんだ……これは……?」
その輩はまだ付けっぱなしになっているタグを指差し、再び声をプルプルと……いや訂正、プルプルではなくワナワナと搾り出した
「ああ、気付きましたか!? これは有名デザイナーが直々に手がけたもので、素材も作りも逸品です! 昨年モデルの在庫処分って
ことで安く買い叩いちゃいました!」
イミフなノータリンの解答をしやがった。
あのなあ橘、その人が聞きたいのはそう言うことじゃないと思うぞ。しかも安いときましたか。
「これは想像なんだがな、安いといっても科学文明の発達していない、あるいは畜産技術の発達していないこの世界では養蚕技術も決
してレベルの高いものじゃないだろうから捨て値で買ってもさっきまで着ていた貫頭衣と、ついでに革の胸当てその他諸々の組み合わ
せ……そうだな、十セット分くらいの値段はするだろう?」
ワナワナしていた声の主は寧ろ冷静に分析を始め……もういい。俺だ、俺のことだ。
「いいえ、違います」
しかし橘は俺の発言をきっぱりと否定し、自信満々に答えた。
「三十着分に相当しましたっ!」
「なお悪いわあっ!!」
反射的に手刀を橘の頭に叩き落した。ゴスッと中々いい音が響き渡る。
「痛たたた……何するんですか!」
それは俺の台詞だ! どうやって稼ぐかも分からないのに無駄なことでお金を浪費するんじゃない! よくあるゲームみたいにモン
スターを倒せばお金を稼げるわけじゃないんだぞ! 第一何でドレスなんだ! 戦闘には不向きなのは分かりきったことだろうが!
どうせ金をかけるなら炎に強いローブとか、体か軽くなる魔法がかかった靴とか、そう言うものに金をかけろ!
「だ、だって……カワイイ服を着たっていいじゃない。こんな世界でもお洒落は楽しみたいのです。それにまたあの触手に襲われたら
嫌じゃないですか。絹は動物由来ですから襲われる事も無いのです」
結局そこですかい、あんたの基準は。
もう完全にツッコミ戦意を喪失した俺は、こいつとの交渉を諦め、代わりにある方向を指差しこう言ってやった。
「返品、してこい」
「ええー! だってこれ二度と手に入らないかも……」
「いいから返してこいっ!!!」
スターを倒せばお金を稼げるわけじゃないんだぞ! 第一何でドレスなんだ! 戦闘には不向きなのは分かりきったことだろうが!
どうせ金をかけるなら炎に強いローブとか、体か軽くなる魔法がかかった靴とか、そう言うものに金をかけろ!
「だ、だって……カワイイ服を着たっていいじゃない。こんな世界でもお洒落は楽しみたいのです。それにまたあの触手に襲われたら
嫌じゃないですか。絹は動物由来ですから襲われる事も無いのです」
結局そこですかい、あんたの基準は。
もう完全にツッコミ戦意を喪失した俺は、こいつとの交渉を諦め、代わりにある方向を指差しこう言ってやった。
「返品、してこい」
「ええー! だってこれ二度と手に入らないかも……」
「いいから返してこいっ!!!」
俺の怒気迫る顔に本気を見て取った橘はしぶしぶと店に戻り、待つ事更に波数百個分。再び俺達の前に現れた橘は藤原の羽織を着込
んでいた。
「あの……ドレスは返品してきました。でも、返品するには違約金が必要だからって言われて……全額じゃないけど少しお金を払わさ
れました……」
何が少しだ。それでも革製の鎧くらい買える金額だったろうが。もの凄い無駄に金を使いやがってこの野郎。
「す、すみません……」
殊勝にも礼儀正しくペコリと頭を下げた。
「あと……申し訳ついでにもう一つ言わなきゃいけないことが……」
何だ、言ってみろ。
「ええとですね……その……し、下着は……一度穿いてて、その……よ、汚れてるかもしれないから、返品お断りということで……」
以外にムチムチとした腿をもじもじと交差させ、やたらと恥ずかしげに報告した。羽織の隙間から見える白い輝きは……いや、俺の
見間違いかもしれないから突っ込むのは止めよう。
「ああ、わかったよ。下着無しで動き回れというのは流石に酷すぎるしな。それに下着までシルクってわけでもあるまい」
しかし橘は身を一瞬たじろがせた。っておい、まさか……
「あ、いえ…………実はですね……これもシルクで……」
「………………」
「えへへ……穿き心地いいですよ……」
テレ笑いをする橘を見て、俺は本気で頭をガクッと凹ませた。
んでいた。
「あの……ドレスは返品してきました。でも、返品するには違約金が必要だからって言われて……全額じゃないけど少しお金を払わさ
れました……」
何が少しだ。それでも革製の鎧くらい買える金額だったろうが。もの凄い無駄に金を使いやがってこの野郎。
「す、すみません……」
殊勝にも礼儀正しくペコリと頭を下げた。
「あと……申し訳ついでにもう一つ言わなきゃいけないことが……」
何だ、言ってみろ。
「ええとですね……その……し、下着は……一度穿いてて、その……よ、汚れてるかもしれないから、返品お断りということで……」
以外にムチムチとした腿をもじもじと交差させ、やたらと恥ずかしげに報告した。羽織の隙間から見える白い輝きは……いや、俺の
見間違いかもしれないから突っ込むのは止めよう。
「ああ、わかったよ。下着無しで動き回れというのは流石に酷すぎるしな。それに下着までシルクってわけでもあるまい」
しかし橘は身を一瞬たじろがせた。っておい、まさか……
「あ、いえ…………実はですね……これもシルクで……」
「………………」
「えへへ……穿き心地いいですよ……」
テレ笑いをする橘を見て、俺は本気で頭をガクッと凹ませた。
結局、橘が無駄に購入したシルクの下着は済崩し的に橘の所有物となった。どうせ返品できないのならばそのまま穿いてもらってい
ても構わない。というかそれより他にいい方法がない。この世界に使用済みの下着を高値で買い取ってくれる店があればそこに売りつ
けるんだが。
なお彼女の上着についてだが、これは九曜が用意することとなった。曰く、魔法で作製可能との事。
二つ返事で無造作に杖を振るとシャランと効果音が流れ、橘の体が白く光り――現れたのが新コスチュームだった。
基調は九曜が着ているローブだろうか。半袖のワンピースタイプで、ヴェールの代わりにティアラを身に付け、九曜とお揃いのロザ
リオが忠実に再現されていた。
とは言え、異なる点も結構ある。一番違うのは服の色で、九曜のイメージカラーとも言うべき黒であるのに対し、橘が身に付けてい
たのは純白のそれだった。先ほどのシルクのドレスのようなクリームがかった白ではなく、本当に真っ白。白無垢やウェディングドレ
ス連想させる、透き通るような純白である。
そしてデザインも全体的にレースやフリルがついており、スカートの丈も短めで膝が見えている。そのくせスリット入りってのは最
早何とも……。
どちらかと言えば、俺が始めて橘と会った時の衣装、アレを白くしたと言った方が良いのかもしれない。
少々問題のある衣装の気がしてならないが、本人は『すっごく可愛い』とお気に入りの様子なので文句は言わないようにする。
もちろん触手対策もバッチリ。生地に使用したのは綿ではなく化学繊維。消化酵素で分解できない分子配列にしたのだとか何とか。
詳しいことは分からないが、これなで例の触手が襲ってきても大丈夫だろう(ただし未確認)。
橘といえば目に涙を浮かべ「九曜さんありがとう」と諸手を取って大層喜んだ。
てか、最初から九曜に頼めばよかったんだよな、これ。
ても構わない。というかそれより他にいい方法がない。この世界に使用済みの下着を高値で買い取ってくれる店があればそこに売りつ
けるんだが。
なお彼女の上着についてだが、これは九曜が用意することとなった。曰く、魔法で作製可能との事。
二つ返事で無造作に杖を振るとシャランと効果音が流れ、橘の体が白く光り――現れたのが新コスチュームだった。
基調は九曜が着ているローブだろうか。半袖のワンピースタイプで、ヴェールの代わりにティアラを身に付け、九曜とお揃いのロザ
リオが忠実に再現されていた。
とは言え、異なる点も結構ある。一番違うのは服の色で、九曜のイメージカラーとも言うべき黒であるのに対し、橘が身に付けてい
たのは純白のそれだった。先ほどのシルクのドレスのようなクリームがかった白ではなく、本当に真っ白。白無垢やウェディングドレ
ス連想させる、透き通るような純白である。
そしてデザインも全体的にレースやフリルがついており、スカートの丈も短めで膝が見えている。そのくせスリット入りってのは最
早何とも……。
どちらかと言えば、俺が始めて橘と会った時の衣装、アレを白くしたと言った方が良いのかもしれない。
少々問題のある衣装の気がしてならないが、本人は『すっごく可愛い』とお気に入りの様子なので文句は言わないようにする。
もちろん触手対策もバッチリ。生地に使用したのは綿ではなく化学繊維。消化酵素で分解できない分子配列にしたのだとか何とか。
詳しいことは分からないが、これなで例の触手が襲ってきても大丈夫だろう(ただし未確認)。
橘といえば目に涙を浮かべ「九曜さんありがとう」と諸手を取って大層喜んだ。
てか、最初から九曜に頼めばよかったんだよな、これ。
…
……
………
……
………
以上、少々話はずれたが回想話である。
そんなわけで誰かさんが無駄にお金を消費してしまった事が災いし、俺達の手持ちもかなり心細くなった訳である。この状態で店の
修理代を払うのは少々……いや、かなり厳しい。
それに詫びの一つもいれずこの場を立ち去ったのも事実である。店の主人が頑なになるのは当然の事であろう。
さて、どうするかね。
このままバイバイサヨナラってのは寝覚めが悪いし、今更謝ったところで許してくれそうもない。一番良いのは主人の怒りの引き金
となった橘に、お詫びと称して修理代金分を払い終えるまで橘を無賃金労働させることだが……
等と頭の中でベストな解決策を模索していたその時、
「さっきはすみませんでした。変な人たちに絡まれたとはいえ、お店に迷惑をかけるようなことをして……」
俺達の塊から前に一歩踏み出し深々と頭を下げたのは、その問題児の橘だった。
修理代を払うのは少々……いや、かなり厳しい。
それに詫びの一つもいれずこの場を立ち去ったのも事実である。店の主人が頑なになるのは当然の事であろう。
さて、どうするかね。
このままバイバイサヨナラってのは寝覚めが悪いし、今更謝ったところで許してくれそうもない。一番良いのは主人の怒りの引き金
となった橘に、お詫びと称して修理代金分を払い終えるまで橘を無賃金労働させることだが……
等と頭の中でベストな解決策を模索していたその時、
「さっきはすみませんでした。変な人たちに絡まれたとはいえ、お店に迷惑をかけるようなことをして……」
俺達の塊から前に一歩踏み出し深々と頭を下げたのは、その問題児の橘だった。
「…………」
主人は何も答えない。ただただ橘の目線を追いつづけている。
「ただ、あたし達はここで待ち合わせをしていただけです。そしたらあいつらがたまたまちょっかいをかけてきて、それを見た仲間が
あたしを助けようとして、ああなってしまったのです。決してこちらでいざこざを起こすためにやってきたわけではありません。だけ
ど、あたし達が迷惑をかけたのは事実です。手持ちは余り無いですが、壊したものはなるべく弁償しますし、お店の復旧も手伝います
それで足りなければ労働奉仕もします」
「…………」
「船の件や、南の島に渡る方法については、仰りたくなければそれでも構いません。別の方に聞くか、あるいはもっと他の手段で渡航
致します。怒りはもっともですし、あたし達も甘んじて受け入れます。ただ、あたし達があのごろつきのような悪人だとは思わないで
欲しいのです。それだけは信じてください。お願いします」
「…………」
「ごめんなさい、言いたかったのはそれだけです。それでは、本当に申し訳ありませんでした」
再び腰を90°曲げて謝りを入れた後、「いきましょ」と声をかけて店を出ようとする橘に対し、
「……待ってくれ、嬢ちゃん」
呼び止めたのは店の主人だった。
「……さっきの奴等、この辺でああやって騒ぎを起こしてるならず者でね。こっちも相当参ってったんだ。気に入らない奴に因縁つけ
ては金をせびり、女性客にちょっかいをかけて……本来ならもっと観光客がいても良いはずなんだが、奴らが住み着いてからは客が遠
のいてね。この店に来るのは一部の常連くらいで、しかも状況がわかってるだけに誰も口を出さなかったところなんだ。俺はてっきり
新手の奴等がこのシマに現れたとばっかり思ってよ……そうか、すまなかった。謝る。嬢ちゃんは心優しい子なんだな」
「いえ、そんな……」
言われて頬を紅くした。いつに無く女の子っぽい照れ方である。
「ですが、それなら何故警察……いえ、この街の衛兵や役人にでも連絡しないのですか?」
最もな意見に、しかし店の主人……親父さんは溜息混じりに答えた。
「それができれば苦労はしないさ。お役人だってあいつらには逆らえはしないんだからな」
それはどういう意味ですか?
「何、簡単なことだ。この街のお役人が、あいつらの親玉とつるんでいるんだよ」
『……!』
「元々あいつらは海賊あがりでね。昔からやりたい放題やってたわけだが、それでもこの街のお役人がまともだった頃はそんなに被害
も無かったんだ。だがある日突然、お役人はああいった輩を取り締まらなくなったんだ。何度問い掛けても『見回りを強化する』『よ
く言い聞かせておく』の一点張り。酷い時にゃ『お前達が迷惑かけたんじゃないのか?』と来たもんだ。それに実際被害にあっても奴
らの白々しい嘘を信用してそそくさとその場を去りやがって。帰った後は後で好き勝手やり放題。ありゃどう見ても賄賂か何かで役人
とつるんでいるに違いない。そうでなきゃあそこまでぞんざいな扱いはしないぜ、いくらなんでも」
今まで黙ってて聞いてたからだろうか、親父さんは堰を切ったように不平不満を吐き出した。そうか、だからさっきも、あれほどの
騒ぎなのに誰も助けに来なかったのか。
「確かに、尋常ではなさそうだ。しかしそれならば別の街や隣国に直訴するという方法もあるだろう」
藤原の提案に軽く鼻で笑い、
主人は何も答えない。ただただ橘の目線を追いつづけている。
「ただ、あたし達はここで待ち合わせをしていただけです。そしたらあいつらがたまたまちょっかいをかけてきて、それを見た仲間が
あたしを助けようとして、ああなってしまったのです。決してこちらでいざこざを起こすためにやってきたわけではありません。だけ
ど、あたし達が迷惑をかけたのは事実です。手持ちは余り無いですが、壊したものはなるべく弁償しますし、お店の復旧も手伝います
それで足りなければ労働奉仕もします」
「…………」
「船の件や、南の島に渡る方法については、仰りたくなければそれでも構いません。別の方に聞くか、あるいはもっと他の手段で渡航
致します。怒りはもっともですし、あたし達も甘んじて受け入れます。ただ、あたし達があのごろつきのような悪人だとは思わないで
欲しいのです。それだけは信じてください。お願いします」
「…………」
「ごめんなさい、言いたかったのはそれだけです。それでは、本当に申し訳ありませんでした」
再び腰を90°曲げて謝りを入れた後、「いきましょ」と声をかけて店を出ようとする橘に対し、
「……待ってくれ、嬢ちゃん」
呼び止めたのは店の主人だった。
「……さっきの奴等、この辺でああやって騒ぎを起こしてるならず者でね。こっちも相当参ってったんだ。気に入らない奴に因縁つけ
ては金をせびり、女性客にちょっかいをかけて……本来ならもっと観光客がいても良いはずなんだが、奴らが住み着いてからは客が遠
のいてね。この店に来るのは一部の常連くらいで、しかも状況がわかってるだけに誰も口を出さなかったところなんだ。俺はてっきり
新手の奴等がこのシマに現れたとばっかり思ってよ……そうか、すまなかった。謝る。嬢ちゃんは心優しい子なんだな」
「いえ、そんな……」
言われて頬を紅くした。いつに無く女の子っぽい照れ方である。
「ですが、それなら何故警察……いえ、この街の衛兵や役人にでも連絡しないのですか?」
最もな意見に、しかし店の主人……親父さんは溜息混じりに答えた。
「それができれば苦労はしないさ。お役人だってあいつらには逆らえはしないんだからな」
それはどういう意味ですか?
「何、簡単なことだ。この街のお役人が、あいつらの親玉とつるんでいるんだよ」
『……!』
「元々あいつらは海賊あがりでね。昔からやりたい放題やってたわけだが、それでもこの街のお役人がまともだった頃はそんなに被害
も無かったんだ。だがある日突然、お役人はああいった輩を取り締まらなくなったんだ。何度問い掛けても『見回りを強化する』『よ
く言い聞かせておく』の一点張り。酷い時にゃ『お前達が迷惑かけたんじゃないのか?』と来たもんだ。それに実際被害にあっても奴
らの白々しい嘘を信用してそそくさとその場を去りやがって。帰った後は後で好き勝手やり放題。ありゃどう見ても賄賂か何かで役人
とつるんでいるに違いない。そうでなきゃあそこまでぞんざいな扱いはしないぜ、いくらなんでも」
今まで黙ってて聞いてたからだろうか、親父さんは堰を切ったように不平不満を吐き出した。そうか、だからさっきも、あれほどの
騒ぎなのに誰も助けに来なかったのか。
「確かに、尋常ではなさそうだ。しかしそれならば別の街や隣国に直訴するという方法もあるだろう」
藤原の提案に軽く鼻で笑い、
「とうの昔に考えたさ。だが奴等はちゃんと対策を考えてやがる。奴等は南の島にお偉いさん専用の高級リゾート施設を設立する計画
を立てやがったんだ。しかもこの街の役人だけじゃなく、ご丁寧に他国の役人にまで招待状を送ってる始末だ。お偉いさんも、自分達
にとってうまみのある話をワザワザ潰すほど正義感に溢れた役人はいないって訳で、どこに直訴してもこの街と同じように門前払いを
喰らうだけさ」
壊れた椅子とテーブルをロープで縛りながら、親父さんは自嘲めいた声で愚痴を零した。
「それだけじゃねえ。最近じゃこの街の衆に漁を禁止して、自分達の施設の建設に手を貸すよう求めてやがる。応じればいいが、断ろ
うもんならさっきみたいなのを毎日送り込んでくる始末だ。だから地元の漁師はこぞって建設現場で働いているよ。正直な話、漁で稼
ぐよりも遥かに儲かるらしくてな。くそ……この街のやつは全員、あいつ等の言いなりになってやがる。欲しいのは金、金、金………
…ここも昔はよ、金なんか無くても漁で釣り上げた獲物の大きさを競ったり、鮫やシャチに襲われて生き延びた武勇伝を語ったり、時
化で漁に出れなくて酒飲みながらふて腐れたり……そんなやり取りが楽しかったんだ。だが今じゃ朝早く島に向かって、夜遅く帰って
くるだけのルーチンワーク。休みはある事はあるらしいが、疲れてるからどこにも行かず家で寝て過ごし、次の日また島に向かう……
いくら金が手に入るからって、何が楽しいんだそんな生活!」
親父さんは折れた椅子の足を、壊れたテーブルに思いっきり打ち付けた。
「……すまねえ、ちょっとイライラしてた。余所者にこんな事言ってもしょうがないわな。……話はずれたけどよ、南の島に行くのは
止めとけってのはそう言う意味だったんだ。正直なところ、椅子やテーブルが壊した事よりそっちの方が引っかかってな。だからあん
た達に突っかかったんだ。申し訳ねえ。南の島に行くなんてとんでもねえ。何のために行くか知らないが、どうせろくな事が無いぜ」
全てをぶちまけた親父さんに対し、暫くの沈黙が続いた。
……なるほど、親父さんの気持ちもわかる。この街の風情を台無しにした、海賊上がりが憎い事もしみじみ感じた。
だが、悪いがそれはこの街の問題だ。俺達がしゃしゃり出て解決するような問題じゃない。それに俺達が南の島に行く理由はもっと
違うところにある。それは藤原も九曜も、そして橘も同じだ。
だから俺は橘にアイコンタクトを送った。何とかして南の島に潜り込めるよう協力してほしいと。今のところ、彼を説得できるのは
心を許した彼女だけだろう。
頼んだぞ、橘。
「……いいえ、それでも行きます。あたし達は。あたし達にはやることがあるんです」
果たして俺の意図を汲み、橘は俺が思っていたとおりの言葉を口にした。
「……一体、何の目的であの島に?」
怪訝そうな顔で質問する親父さんに対し、橘はチラとこちらを見て再びアイコンタクトを求めてきた。この際だからカミングアウト
してもいいだろう。よし、言ってやれ。
すると橘はニッと笑い返し、そして再び親父さんに言葉を続けた。
を立てやがったんだ。しかもこの街の役人だけじゃなく、ご丁寧に他国の役人にまで招待状を送ってる始末だ。お偉いさんも、自分達
にとってうまみのある話をワザワザ潰すほど正義感に溢れた役人はいないって訳で、どこに直訴してもこの街と同じように門前払いを
喰らうだけさ」
壊れた椅子とテーブルをロープで縛りながら、親父さんは自嘲めいた声で愚痴を零した。
「それだけじゃねえ。最近じゃこの街の衆に漁を禁止して、自分達の施設の建設に手を貸すよう求めてやがる。応じればいいが、断ろ
うもんならさっきみたいなのを毎日送り込んでくる始末だ。だから地元の漁師はこぞって建設現場で働いているよ。正直な話、漁で稼
ぐよりも遥かに儲かるらしくてな。くそ……この街のやつは全員、あいつ等の言いなりになってやがる。欲しいのは金、金、金………
…ここも昔はよ、金なんか無くても漁で釣り上げた獲物の大きさを競ったり、鮫やシャチに襲われて生き延びた武勇伝を語ったり、時
化で漁に出れなくて酒飲みながらふて腐れたり……そんなやり取りが楽しかったんだ。だが今じゃ朝早く島に向かって、夜遅く帰って
くるだけのルーチンワーク。休みはある事はあるらしいが、疲れてるからどこにも行かず家で寝て過ごし、次の日また島に向かう……
いくら金が手に入るからって、何が楽しいんだそんな生活!」
親父さんは折れた椅子の足を、壊れたテーブルに思いっきり打ち付けた。
「……すまねえ、ちょっとイライラしてた。余所者にこんな事言ってもしょうがないわな。……話はずれたけどよ、南の島に行くのは
止めとけってのはそう言う意味だったんだ。正直なところ、椅子やテーブルが壊した事よりそっちの方が引っかかってな。だからあん
た達に突っかかったんだ。申し訳ねえ。南の島に行くなんてとんでもねえ。何のために行くか知らないが、どうせろくな事が無いぜ」
全てをぶちまけた親父さんに対し、暫くの沈黙が続いた。
……なるほど、親父さんの気持ちもわかる。この街の風情を台無しにした、海賊上がりが憎い事もしみじみ感じた。
だが、悪いがそれはこの街の問題だ。俺達がしゃしゃり出て解決するような問題じゃない。それに俺達が南の島に行く理由はもっと
違うところにある。それは藤原も九曜も、そして橘も同じだ。
だから俺は橘にアイコンタクトを送った。何とかして南の島に潜り込めるよう協力してほしいと。今のところ、彼を説得できるのは
心を許した彼女だけだろう。
頼んだぞ、橘。
「……いいえ、それでも行きます。あたし達は。あたし達にはやることがあるんです」
果たして俺の意図を汲み、橘は俺が思っていたとおりの言葉を口にした。
「……一体、何の目的であの島に?」
怪訝そうな顔で質問する親父さんに対し、橘はチラとこちらを見て再びアイコンタクトを求めてきた。この際だからカミングアウト
してもいいだろう。よし、言ってやれ。
すると橘はニッと笑い返し、そして再び親父さんに言葉を続けた。
「あたし達がそのリゾート施設をぶっ潰すからです!」
『ええーっ!!!』
俺と親父さん、ついでに藤原という男連中の声が不本意ながらもハモった。
「リゾート施設が潰れれば海賊共も面子丸潰れだし、働いてたこの街の漁師さんも戻ってくるわ。一石二鳥じゃない!」
「じょ、嬢ちゃん、いくらなんでもそれはやり過ぎじゃないか……?」
「何考えてんだ馬鹿橘! そんなの無理に決まってるだろ!」
「踊らされるのは好きじゃないが、既定事項はちゃんと守ってくれ!」
「今の話を聞いて、黙って指を加えて見ているわけには行かないわ! 悪逆非道の限りを尽くす海賊一味なんて生きてる価値無いじゃ
ない。あたしは曲がったことが大嫌いなの」
誘拐を強行したお前が言うなぁ!!
「あれはあれ。これはこれ、よ」
何だかハルヒみたいな発言をするツインテール。
「というわけだから、やっぱりあたし達あの島に渡るわね。渡る方法ってやっぱり船しかないのかしら? おじさん持ってない?」
「あー、あの島を行き来する程度の船ならあることはあるが……しかし……何もそこまでしなくても……」
「じゃあそれ、お借りしますね。そうそう、レンタル料は壊した椅子とテーブルの代金とまとめて払いますから。それでいいでしょう
か?」
「別に代金は請求しないが……だからそこまでしなくても……」
「遠慮しないで下さい。あたし達が迷惑をかけたわけですし、それにお金はリゾート施設からかっぱらってきますから」
『えええーっ!!!』
俺と親父さん、ついでに藤原という男連中の声が不本意ながらもハモった。
「リゾート施設が潰れれば海賊共も面子丸潰れだし、働いてたこの街の漁師さんも戻ってくるわ。一石二鳥じゃない!」
「じょ、嬢ちゃん、いくらなんでもそれはやり過ぎじゃないか……?」
「何考えてんだ馬鹿橘! そんなの無理に決まってるだろ!」
「踊らされるのは好きじゃないが、既定事項はちゃんと守ってくれ!」
「今の話を聞いて、黙って指を加えて見ているわけには行かないわ! 悪逆非道の限りを尽くす海賊一味なんて生きてる価値無いじゃ
ない。あたしは曲がったことが大嫌いなの」
誘拐を強行したお前が言うなぁ!!
「あれはあれ。これはこれ、よ」
何だかハルヒみたいな発言をするツインテール。
「というわけだから、やっぱりあたし達あの島に渡るわね。渡る方法ってやっぱり船しかないのかしら? おじさん持ってない?」
「あー、あの島を行き来する程度の船ならあることはあるが……しかし……何もそこまでしなくても……」
「じゃあそれ、お借りしますね。そうそう、レンタル料は壊した椅子とテーブルの代金とまとめて払いますから。それでいいでしょう
か?」
「別に代金は請求しないが……だからそこまでしなくても……」
「遠慮しないで下さい。あたし達が迷惑をかけたわけですし、それにお金はリゾート施設からかっぱらってきますから」
『えええーっ!!!』
再び三人の声がアンサンブルを奏でた。
「民を苦しめて搾取したお金は、民に還元されるべきだと思います。うん」
ねずみ小僧にでもなったつもりか、この誘拐少女め。
「んん……! もうっ! だからその話はもうしないで下さい! ともかくっ!」
店の前にある通りからも確認できる南の島をビシッと指差し、
「魔獣をバッタバッタ倒すのも面白いけど、人の悩みを解決してあげるのも勇者一行の醍醐味! 首を洗って待ってなさい!!」
最早当初の目的を忘れてる橘は、一人妥当海賊アンドリゾート施設に闘志を燃やしたのだった……
「民を苦しめて搾取したお金は、民に還元されるべきだと思います。うん」
ねずみ小僧にでもなったつもりか、この誘拐少女め。
「んん……! もうっ! だからその話はもうしないで下さい! ともかくっ!」
店の前にある通りからも確認できる南の島をビシッと指差し、
「魔獣をバッタバッタ倒すのも面白いけど、人の悩みを解決してあげるのも勇者一行の醍醐味! 首を洗って待ってなさい!!」
最早当初の目的を忘れてる橘は、一人妥当海賊アンドリゾート施設に闘志を燃やしたのだった……
…
……
………
……
………
ハイ、回想終わり。これでようやく本編の話ができるわけだ。
この島は一帯がリゾート施設と化しているものの、実際の面積はそれほど大きいものではない。小一時間もあれば島を一周できるく
らいの広さだ。ファンタジー世界の設定に因んで、ランドとシーを合わせたくらいの広さではないだろうかと推測してみる。
だが、だからこそ上陸する際は細心の注意を払うこととなる。小さければ小さいほど外部からの進入に気付かれやすいし、発見も容
易になってしまう。
「九曜、どこに賢者の石があるかわからないか?」
「…………ここから――――では……観測――できない…………もっと――近接が――必要――――」
そうか、なら先ずは見つかりにくそうなところに接舷するしかないか……。
「あそこなんてどうでしょう?」
橘が指を指した向こうは、岩盤と木々に囲まれた入り江だった。かなり入組んでいるから船も目立たないし、進入後も豊かな緑が俺
達の存在を隠してくれそうだ。難を言えば少々登り辛いかもしれないが、見た感じそれほど絶壁というわけでもない。それにいざとな
れば九曜の魔法でひょいと乗り降りができるだろう。
「それは――――困難を極める…………」
どうしてだ。
「魔法障壁………………本来の――――――力が――――出ない…………一人が――限界…………」
ああ、そう言えばそんなこともいってたな。
「と言うことは、この中だとお前の魔法は制限されてしまうって訳か?」
数十秒の時間をかけ、九曜はナノ単位で首を傾げた。
「ということは、どうやってこの施設を破壊するんですか!? 九曜さんの魔法が無ければ破壊は困難じゃないですか!」
知らん。俺達は賢者の石を捜索しに来たんだ。施設の破壊を公言したのはお前だけだろ。
「じゃああたし一人で壊せって言うの? いくらなんでも無理よ!」
さて困った。その無理難題を一人でヒートアップしてやってのけると言ったバカにどう説明すべきかね。
「先ずは賢者の石の回収を優先する。それが当初の目的だからな。破壊活動はそれからでもいいだろう。というか破壊活動を先にした
ら、下手をしたら瓦礫の中から採取しなければいけなくなるんだぞ、わかってるのか?」
「……うう。で、でも……」
「そしてもう一つ。お前の最大の目的は、佐々木を助け出して元の世界に戻ることだろうが。俺達はそのために賢者の石を探している
んだ。目先の情に流されて本来の目的を忘れるんじゃない」
然して橘は「はっ! そうでした!」と我に返ったかのように呟いた。おい、本気で忘れてたんじゃないだろうな?
「ま、まさかそんなこっと、あるわけないでしょ」
少し噛んだのが気になるがまあいい。
「それに破壊活動をしなくても、ここの親玉を見つけ出して懲らしめてやればいいだけの話だ。幸いにも腕の立つ奴らが揃ってるんだ
し、痛めつけてやれば悪事は納まるだろうよ」
俺の言葉に橘は腕組みをしてなにやら考えこみ、
「……それもそうですね、わかりました。ここはあなたの言うとおりにします。賢者の石を探すことにしましょう」
ようやく全会一致で目的が決まったわけだ。
「……でもちょっと残念だったわ」
何がだ。
「せっかく大金をつぎ込んで創り上げた施設が、ものの数秒でケシズミと化す姿。凄く荘厳で美しいと思ったんですが……」
……カタストロフィーを望むんじゃない。
らいの広さだ。ファンタジー世界の設定に因んで、ランドとシーを合わせたくらいの広さではないだろうかと推測してみる。
だが、だからこそ上陸する際は細心の注意を払うこととなる。小さければ小さいほど外部からの進入に気付かれやすいし、発見も容
易になってしまう。
「九曜、どこに賢者の石があるかわからないか?」
「…………ここから――――では……観測――できない…………もっと――近接が――必要――――」
そうか、なら先ずは見つかりにくそうなところに接舷するしかないか……。
「あそこなんてどうでしょう?」
橘が指を指した向こうは、岩盤と木々に囲まれた入り江だった。かなり入組んでいるから船も目立たないし、進入後も豊かな緑が俺
達の存在を隠してくれそうだ。難を言えば少々登り辛いかもしれないが、見た感じそれほど絶壁というわけでもない。それにいざとな
れば九曜の魔法でひょいと乗り降りができるだろう。
「それは――――困難を極める…………」
どうしてだ。
「魔法障壁………………本来の――――――力が――――出ない…………一人が――限界…………」
ああ、そう言えばそんなこともいってたな。
「と言うことは、この中だとお前の魔法は制限されてしまうって訳か?」
数十秒の時間をかけ、九曜はナノ単位で首を傾げた。
「ということは、どうやってこの施設を破壊するんですか!? 九曜さんの魔法が無ければ破壊は困難じゃないですか!」
知らん。俺達は賢者の石を捜索しに来たんだ。施設の破壊を公言したのはお前だけだろ。
「じゃああたし一人で壊せって言うの? いくらなんでも無理よ!」
さて困った。その無理難題を一人でヒートアップしてやってのけると言ったバカにどう説明すべきかね。
「先ずは賢者の石の回収を優先する。それが当初の目的だからな。破壊活動はそれからでもいいだろう。というか破壊活動を先にした
ら、下手をしたら瓦礫の中から採取しなければいけなくなるんだぞ、わかってるのか?」
「……うう。で、でも……」
「そしてもう一つ。お前の最大の目的は、佐々木を助け出して元の世界に戻ることだろうが。俺達はそのために賢者の石を探している
んだ。目先の情に流されて本来の目的を忘れるんじゃない」
然して橘は「はっ! そうでした!」と我に返ったかのように呟いた。おい、本気で忘れてたんじゃないだろうな?
「ま、まさかそんなこっと、あるわけないでしょ」
少し噛んだのが気になるがまあいい。
「それに破壊活動をしなくても、ここの親玉を見つけ出して懲らしめてやればいいだけの話だ。幸いにも腕の立つ奴らが揃ってるんだ
し、痛めつけてやれば悪事は納まるだろうよ」
俺の言葉に橘は腕組みをしてなにやら考えこみ、
「……それもそうですね、わかりました。ここはあなたの言うとおりにします。賢者の石を探すことにしましょう」
ようやく全会一致で目的が決まったわけだ。
「……でもちょっと残念だったわ」
何がだ。
「せっかく大金をつぎ込んで創り上げた施設が、ものの数秒でケシズミと化す姿。凄く荘厳で美しいと思ったんですが……」
……カタストロフィーを望むんじゃない。
とまあ他愛のない会話(?)もしつつ、当初の目的通り岩場に囲まれた入り江へとやってきた。果たして俺の予想通り、岩と木々に
囲まれて他からは死角になっている。
加えてもう一つのメリット。それは岩の並びが思ったよりも登りやすそうな配置になっている点だ。これなら九曜の魔法をを使った
り、ロッククライミングをしたりする必要が無いことだ。とは言え、そこそこ急峻な場所だから、気をつけるに越したことは無いが。
「よし、登るぞ」
適当な岩と船をロープで縛り、近くにあった岩へと乗り移った俺達一行は早速岩場へと手をかけた。
「あの……ちょっと急じゃないですか?」
そうか? 俺としては思ったよりも楽そうだと思ったんだが。
「でも、ほら、あそこ。上に行くにはあそこを飛び越えないといけないと思うんですが、ちょっと遠くないですか?」
あれくらいなんてこと無いだろ。ここから見るから思ったよりも怖く見えるだけだ。近くにいけばなんてことはない」
「でも……」
ったく、破壊願望があると思えば変なところで恐怖症を発揮する奴だな、こいつは。
「わかった。なら九曜の魔法で先に上がってろ。一人くらいなら問題ないらしいしな。スマンが頼めるか?」
「分かった…………」
クルリと杖を回し、二人は中に浮かび上がった。
「ありがとうございます九曜さん。では、お先ー」
やれやれ。
囲まれて他からは死角になっている。
加えてもう一つのメリット。それは岩の並びが思ったよりも登りやすそうな配置になっている点だ。これなら九曜の魔法をを使った
り、ロッククライミングをしたりする必要が無いことだ。とは言え、そこそこ急峻な場所だから、気をつけるに越したことは無いが。
「よし、登るぞ」
適当な岩と船をロープで縛り、近くにあった岩へと乗り移った俺達一行は早速岩場へと手をかけた。
「あの……ちょっと急じゃないですか?」
そうか? 俺としては思ったよりも楽そうだと思ったんだが。
「でも、ほら、あそこ。上に行くにはあそこを飛び越えないといけないと思うんですが、ちょっと遠くないですか?」
あれくらいなんてこと無いだろ。ここから見るから思ったよりも怖く見えるだけだ。近くにいけばなんてことはない」
「でも……」
ったく、破壊願望があると思えば変なところで恐怖症を発揮する奴だな、こいつは。
「わかった。なら九曜の魔法で先に上がってろ。一人くらいなら問題ないらしいしな。スマンが頼めるか?」
「分かった…………」
クルリと杖を回し、二人は中に浮かび上がった。
「ありがとうございます九曜さん。では、お先ー」
やれやれ。
先述のとおり、岩場登りは思ったよりも厳しいものではなかった。登山開始からおよそ十分、俺と藤原は既に八割以上を上りきって
いた。あと少し。その残りの二割も、崖の程度からしてみればそれほど急なものでもない。
確かに高さがあるから恐怖心に駆られるのもわからなくもないが、下を見なければいいだけのこと。川場の岩渡りとそれほど変わり
は無い。田舎でそんな遊びばかりしていた俺にとってはお茶の子さいさいである。
藤原も特に不満など言わず登ってくるあたり、大した事無いのであろう。九曜は元々何も言わないから言いとして……そうすると橘
だけじゃないか。文句を言ったのは。あれくらいの岩場を登れなきゃ今後が思いやられる。
「二人とも―、早く早くぅー!」
その問題児橘は、九曜の力を借りて俺達の目の前をぷらぷらと浮遊し、余裕ぶっこいて俺達に手を振っていた。
「ほらほらぁ、そんなことじゃ勇者の名が泣きますよぉー、早く来てくださーい!」
お前なあ、一人だけ贔屓しているのによくそんなことが言えるな。
「だって、あたしは女の子ですよ。こういった力仕事は男共に任せて、あたしはもっとインテリジェントかつスマートな職業があって
いるのです」
ああそうかい。
「さしあたり、参謀あるいは軍師……いいえ、賢者です」
それはよかったな。
「これからは賢者様と呼んでください!」
…………。
「知の無い凡庸の民よ。あたしに跪きなさいっ! こんな感じですよ!! おほほほほっ!!」
……ぷっちん来た。久しぶりに切れたぜ、俺は。
自分の我侭で高価な服を買い、勝手に盛り上がって変な約束を取り付け、そして九曜の威を借り調子にのるこいつの姿にもう我慢の
限界が訪れた。「九曜!」
「――――何……」
「高度をもっと上げれくれ!」
「――――把握……」
「……ちょ、ちょっと! 九曜さん、そんなに上がったら!」
俺達がいる場所よりも人一人分、ちょうど崖の頂上辺りまで高度を上げ、そして二人は俺達の真上に来た。
「いやぁ!」
ふっ、狙いどおり橘の下半身がよく見える。
「賢者様ー、シルクのお召し物が丸見えですよー」
「や、止め……ちょ、見ないでぇ!!」
思いっきりバカにした口調でしゃべる俺を無視し、慌てて押さえ込もうとする。しかし隠すものが何もない空中ではそれも徒労に終
わる。
「あれー、おかしいなあー。賢者様ならどんな時も慌て深めないはずなのにー。どうかされましたかぁー」
白々しく言う俺に、
「わ、わかりました! ごめんなさい! 謝りますから許して!」
まだ駄目だ。さっきの件もあるからもう少し懲らしめる。
「九曜、そのままグルンと逆さまにしてくれ!」
「うそぉ! 九曜さんお願い止めて!!」
「――――――」
もちろん橘の言うことを聞く九曜ではない。杖を上下逆さまにすると同時に、白いローブの少女は足を天に向けた。
いた。あと少し。その残りの二割も、崖の程度からしてみればそれほど急なものでもない。
確かに高さがあるから恐怖心に駆られるのもわからなくもないが、下を見なければいいだけのこと。川場の岩渡りとそれほど変わり
は無い。田舎でそんな遊びばかりしていた俺にとってはお茶の子さいさいである。
藤原も特に不満など言わず登ってくるあたり、大した事無いのであろう。九曜は元々何も言わないから言いとして……そうすると橘
だけじゃないか。文句を言ったのは。あれくらいの岩場を登れなきゃ今後が思いやられる。
「二人とも―、早く早くぅー!」
その問題児橘は、九曜の力を借りて俺達の目の前をぷらぷらと浮遊し、余裕ぶっこいて俺達に手を振っていた。
「ほらほらぁ、そんなことじゃ勇者の名が泣きますよぉー、早く来てくださーい!」
お前なあ、一人だけ贔屓しているのによくそんなことが言えるな。
「だって、あたしは女の子ですよ。こういった力仕事は男共に任せて、あたしはもっとインテリジェントかつスマートな職業があって
いるのです」
ああそうかい。
「さしあたり、参謀あるいは軍師……いいえ、賢者です」
それはよかったな。
「これからは賢者様と呼んでください!」
…………。
「知の無い凡庸の民よ。あたしに跪きなさいっ! こんな感じですよ!! おほほほほっ!!」
……ぷっちん来た。久しぶりに切れたぜ、俺は。
自分の我侭で高価な服を買い、勝手に盛り上がって変な約束を取り付け、そして九曜の威を借り調子にのるこいつの姿にもう我慢の
限界が訪れた。「九曜!」
「――――何……」
「高度をもっと上げれくれ!」
「――――把握……」
「……ちょ、ちょっと! 九曜さん、そんなに上がったら!」
俺達がいる場所よりも人一人分、ちょうど崖の頂上辺りまで高度を上げ、そして二人は俺達の真上に来た。
「いやぁ!」
ふっ、狙いどおり橘の下半身がよく見える。
「賢者様ー、シルクのお召し物が丸見えですよー」
「や、止め……ちょ、見ないでぇ!!」
思いっきりバカにした口調でしゃべる俺を無視し、慌てて押さえ込もうとする。しかし隠すものが何もない空中ではそれも徒労に終
わる。
「あれー、おかしいなあー。賢者様ならどんな時も慌て深めないはずなのにー。どうかされましたかぁー」
白々しく言う俺に、
「わ、わかりました! ごめんなさい! 謝りますから許して!」
まだ駄目だ。さっきの件もあるからもう少し懲らしめる。
「九曜、そのままグルンと逆さまにしてくれ!」
「うそぉ! 九曜さんお願い止めて!!」
「――――――」
もちろん橘の言うことを聞く九曜ではない。杖を上下逆さまにすると同時に、白いローブの少女は足を天に向けた。
「きゃあー! きゃあー! きゃあー!!!」
足をじたばたもがくのは、ローブによって視界が遮られたためか、それともお間抜けな姿を他人に見られたためか。しかしそれはど
うだっていい。橘の、調子に乗る悪い癖を懲らしめるためには仕方ないことだ。
そして、更なる試練を命じるべく、心を鬼にして九曜に命令した。
「そのままグルグル空中回転!!」
「ヤメテェーーーーーーーー!!!!!!!!!」
「――……――」
「構わん九曜、やっちまえ!」
「ごめんなさいーーー!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
今にも泣きそうな顔で必死に懇願する。が、
「こ゛め゛ん゛な゛――――」
橘の声は半ばにして掻き消された。
……いや、橘自身が声を上げなくなっていた。
もしかしたら何か言っているかもしれないが、何も聞こえてこない。
足をじたばたもがくのは、ローブによって視界が遮られたためか、それともお間抜けな姿を他人に見られたためか。しかしそれはど
うだっていい。橘の、調子に乗る悪い癖を懲らしめるためには仕方ないことだ。
そして、更なる試練を命じるべく、心を鬼にして九曜に命令した。
「そのままグルグル空中回転!!」
「ヤメテェーーーーーーーー!!!!!!!!!」
「――……――」
「構わん九曜、やっちまえ!」
「ごめんなさいーーー!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
今にも泣きそうな顔で必死に懇願する。が、
「こ゛め゛ん゛な゛――――」
橘の声は半ばにして掻き消された。
……いや、橘自身が声を上げなくなっていた。
もしかしたら何か言っているかもしれないが、何も聞こえてこない。
かくして、俺達が崖を上りきるまでの間、橘は一人人間大車輪を満喫したのだった。
なお余談だが、橘が俺達の頭上にきた際、藤原は下らんとか言いつつもチラチラと見、まんざらでもない表情を浮かび上げていた。
何だかんだ言ったところでこいつも一般的な男の子と言うのが分かった瞬間である。
更に余談だが、、その際九曜も当然頭上にきたわけで、九曜の黒いローブから覗く白い足と、その奥に潜む……その…………なんと
言うか…………対照的に黒い何かが…………黒光りなす何かが…………
そうか、あれが長門の言う『天蓋領域』に違いない。
何だかんだ言ったところでこいつも一般的な男の子と言うのが分かった瞬間である。
更に余談だが、、その際九曜も当然頭上にきたわけで、九曜の黒いローブから覗く白い足と、その奥に潜む……その…………なんと
言うか…………対照的に黒い何かが…………黒光りなす何かが…………
そうか、あれが長門の言う『天蓋領域』に違いない。
とまあ、この島に侵入するまでひたすらバカをやっていた俺達だったが、これから数時間の後に今まで経験したことの無いような恐
ろしい体験を目の当たりすることとなる。
それは、長門と朝倉が見せたバトルともカマドウマとの死闘とも……いや、もしかしたら森さんが橘に向けた笑みすら生温い。
それほどまでに畏怖と戦慄にまみれた、負の力としか言いようのないものだった。
もちろんそんな力と対峙することも、そしてその力に抗うことも、予想どころか妄想するに値しなかった。
この時は、まだ。
ろしい体験を目の当たりすることとなる。
それは、長門と朝倉が見せたバトルともカマドウマとの死闘とも……いや、もしかしたら森さんが橘に向けた笑みすら生温い。
それほどまでに畏怖と戦慄にまみれた、負の力としか言いようのないものだった。
もちろんそんな力と対峙することも、そしてその力に抗うことも、予想どころか妄想するに値しなかった。
この時は、まだ。