モニタ越しに映る咲の和了を見た瞬間、俺は控室を飛び出していた。
清澄、阿知賀、白糸台、臨海によるインハイ決勝。
挙げた順番がそのまま順位だ。ウチがまさかの最下位である。
点数表示される前だったが、直感で理解できた。点差に間違いはないはずだ。
大したモンだよ、咲。
画面の向こうにいるであろうネリーの表情など見る必要はない。
迎えに行けば済む。会ってどうするとか、何を喋るのかなど考えてはいなかった。
以前通ったときと変わらない廊下を長く感じながらひたすら走る。
「あ」
見つけるより早く聞こえた。ネリー。
ネリー「キョウ、タロー?」
京太郎「ああ、迎えに来たぜ」
少し遠い。歩み寄るがネリーは立ったままだ。構わなかった。俺が行けばいい。
ネリー「キョウタロー…ネリー、負けちゃった…」
京太郎「分かってる。何も言うな」
言わせない。ネリーを抱きしめる。
腕の中で体が震え始めた。抑えきれない泣き声が耳を衝く。
精々数分だろうけど、数時間に感じた。
ネリー「あんなに注意しとけって言われたのにね」
涙で濡れた瞳を俺に向けながら言葉を紡ぐ。
ただ、沈んだ声ではない。少しは立ち直れたのか。
京太郎「ホントにな」
腕を解き離れる。その替わりに手を繋いだ。
京太郎「歩けるか?」
ネリー「うん、大丈夫」
そのまま控室へ歩いて行く。無言だった。俺も声を出さなかった。
控室前の廊下。皆が立っている。
ネリー「手、離すよ」
京太郎「ああ」
離したついでにネリーが先に歩いて行く。5人の前で止まった。
ネリー「ごめんなさい、勝てなかった」
下げた頭を数秒上げなかった。ゆっくり頭を上げ直す。
「ごめんなさい」
メンバーの4人もその言葉と共に、ネリーに向けて頭を下げる。
アレク「最後は私に帰結する。だから誰が悪い、とかはやめておこう。
点差とかの分析も落ち着いてからだね」
頭を上げた監督がそう言った。俺が考えなしに飛び出した後、
きちんとメンバーを落ち着かせてくれたようだ。
ダヴァン「悔しいデスネ。表彰台にすら乗れないナンテ」
明華「同点なのにこれは少々やり切れません」
監督以外が控室に入り直して、軽い反省会である。
まあどのみち4位なので、表彰式には出られないんだけどさ。
アレク「お待たせ」
ドアを開けて監督が入ってきた。
京太郎「どう、でした?」
立ち上がって吃った。4位であることは臨海の偉いさん方も現認したはずだろうから。
アレク「残留だってさ。正式には学校戻ってからだけど」
部屋の空気が緩む。結果はともかく、数字では考慮してくれたらしい。
智葉「これで3年白糸台に負け続けですからね。どうなるかと思いましたが」
アレク「まあね、その辺は突かれたよ。せめてウチ3位で白糸台4位ならメンツが立ったのにって」
打倒白糸台は達成できた算段か。少々情けない気もするんだが。
ネリー「お腹空いてきちゃった」
ハオ「勝負前後で、あまり口にしてませんからね」
ダヴァン「ラーメン不足デス。早急デ補充ヲ…」
声が怪しいが無理もない。5位決定戦からずっとぶっ通しだ。落ち着いたせいか空腹を自覚させられる。
京太郎「戻りましょうか?」
智葉「そうだな、インタビューもない。悔しいがさっさと帰って反省会兼残念会といこう」
順次立ち上がり部屋を出て行く。忘れ物がないか殿でチェック。
電気を消してドアを閉めた。
ネリー「遅いよー」
京太郎「しゃーねーだろ、忘れ物したら面倒なんだから」
アレク「ああ、そうだった」
唐突な監督の声。俺のセリフに同意したってわけはなさそうだ。
アレク「伝えるの忘れてたわ。一社だけ今からウチを取材するらしいよ」
ハオ「今から、ですか?」
アレク「出入口で待ってるらしい」
京太郎「4位のウチを?」
アレク「毎年4位の学校を取材するんだってさ。『他所とは違う視点で稼ぐ』らしい」
ネリー「変なの」
全くだ。理屈はわかるが、読み手の主観からすれば買おう、とは思いにくいだろうに。
アレコレ言いながら歩いて行くと、それらしい人影が見えてきた。
ネリーから始まって順次取材を受けていく。流石に慣れたものだ。
持ちっ放しで手が痛かったので機材を持ち直していると、監督に呼ばれた。
京太郎「どうかしました?」
アレク「ちょっとカチンとくる質問受けたんだ。だから挑発に乗ることにして…」
言われたことに耳を疑ったが、してみたかったのでまあいいかと思った。
京太郎「ネリーには?」
アレク「言ってある」
なら俺達次第か。気づいたネリーが寄ってくる。なんとも悪い笑顔。
ネリー「単純だよねー、監督も」
京太郎「らしいのか、らしくないのか判断つかないな。こういう形で挑発に乗るってのは」
ネリー「モデル料しっかり分捕るらしいからネリーはOKだけど」
京太郎「俺の分は?」
ネリー「ネリーが貰ってあげる!」
京太郎「オイコラ、戦犯ドケチ大将」
ネリー「言ったなー。全国出れずの胸好きー」
そんな遣り取りをしてる間に、メンバーの個別取材は終わったらしい。出番ってわけね。
両手に機材持ちの状態で1枚撮影される。1枚でいいらしいので機材を脇に置いた。
片膝を付いた俺の前で、ネリーが体ごと横を向く。
左腕はネリーの膝裏、右腕はネリーの首後ろ辺りに伸ばす。
京太郎「んじゃゆっくり腕に乗ってくれ」
負荷が少しずつ掛かってくる。膝を地面から離し、確実に立ち上がっていく。
お姫様抱っこだ。
『マネージャーの男子にいいとこ見せられませんでしたね?』と煽られたらしい。
『マネージャーの男子が面白いことしてくれるから』と監督は返したようだ。
イカンでしょ、それ。
ネリー「キョウタロー、カメラあっちだよ?」
京太郎「ああ」
言われた方へ顔を向ける。写真を撮られた。といっても2枚だけだ。
基本ポーズが限られる以上どうしようもない。
集合写真も撮影し、監督と名刺交換後に取材は終わった。
建物の外へ出た。暑さはあるが、それなりの風が吹いているのでジメッとはしないのが救いだ。
京太郎「どっか寄ります? それともホテル帰ってレストラン?」
アレク「祝勝会予定で抑えてた店あるからそこに行こう。残念会に変更の連絡はしたから」
ダヴァン「ラーメンありマスカ?」
明華「イクラなどがあれば」
なんて元気な、いや現金な先輩方なのか。ま、ウジウジするよりいいんだけど。
ネリー「あ、キョウタロー。これ」
店に近付いたあたりでネリーに止められた。
差し出されたそれ。試合開始前、ネリーにお守り代わりにと渡したキーホルダー。
ハンドボールのコート柄がデザインされたヤツだった、が。
京太郎「砕けてる?」
ネリー「うん、オーラス開始時のミヤナガに…」
あの瞬間か。控室の俺ですら肌を何かが撫でていったように感じたものだ。
同じ女性のメンバーは推して知るべし。ましてや近くにいた大将3人なら尚更か。
残ってるのは輪っかの方だけ。コート柄はあのオーラで粉砕された、と。
京太郎「攻めの手伝いにはなっても、お守りにはならなかったか」
ネリー「ううん、違う。守ってくれたからあの点差で済んだんだよ」
清澄 100300
阿知賀 99900
白糸台 99900
臨海 99900
この点差で俺のキーホルダーが、何を守ったというんだ。
同点であっても上家取りの結果ウチは4位だというのに。
席順の運すら引き寄せられない程度で。
ネリー「じゃあキョウタロー、席このままでこんな点差だったら?」
清澄 100100
阿知賀 100100
白糸台 100100
臨海 99700
言葉を出せなかった。意味まで確かに噛み締めたとき、ようやく声になった。
京太郎「上位3校で上家取り…?」
ネリー「そう。たった200点だけど、キョウタローが守ってくれたんだよ。
ウチの一人負けなんてならないように」
そう言ってくれたネリーの笑顔は、今までよりずっと綺麗に見えた。
カン
最終更新:2018年04月28日 23:07