「のどかー! 久しぶり!」

 高鴨さんを先頭に、和に駆け寄る阿知賀女子の女の子たち。

 あっという間に、前を歩いていた和が取り囲まれる。

「もう穏乃、久しぶりって、決勝戦のときに会ったじゃないですか」

「そうだった!」

「ホント、そのノリだけで動くところどうにかしなさいよアンタ」

「まあまあ、それだけ嬉しかったってことなのです」

「憧と玄も、お元気そうでなによりです」

 和と高鴨さん、新子さん、松実玄さんの4人組。

 幼少期以来の友人4人勢揃いとあって、凄い盛り上がっている。

「今日はお世話になります、赤土先生」

「いーよそんなに堅苦しくならなくて。
 先生なんだから、生徒の面倒を見るのは当然さ」

「ハルちゃん、かっこい……」

「あったかーい……」

「確かに人徳のあるお方じゃけえ」

 部長と赤土先生、鷺森さん、松実宥さん、染谷先輩の5人組。

 こっちは阿知賀女子顧問の赤土先生と部長を中心に、落ち着いた雰囲気が流れている。

「のどちゃん大人気だじぇ」

「うう、緊張してきた。
 京ちゃーん……」

「そんな構えんなって、リラックスしろリラックス」

 優希と咲、俺の3人組。

 和と友人たちの再会を邪魔しないために、少し後からグループに加わることを決めた優希と咲が、俺と一緒にその様子を見ていた。

 時刻は大体お昼前。

 インターハイ団体戦を終えた俺たち清澄麻雀部は、阿知賀女子麻雀部の女の子たちと駅のホームで待ち合わせをしていた。

 阿知賀女子。

 インターハイ団体戦決勝で戦った、奈良県代表のお嬢様学校。

 何故彼女たちと会うことになったかというと、なんてことはない、和の昔の友達だからだ。

 なんでも、和が長野に引っ越してくる前にいた奈良のときの友達らしい。

 そして今回、個人戦までの空いた時間を使って、麻雀部同士の正式な交流の場を持つ、ということになったのだとか。


 とはいえ、俺以外の清澄のみんなはこれが初対面じゃない。

 既にインターハイ決勝戦で、越えるべきライバルとしてしのぎを削りあった仲だ。

 部長や染谷先輩、誰とでもすぐ友達になる優希はいうに及ばず、あの人見知りの咲でさえ、後からグループに加わって阿知賀女子の子たちと楽しそうに話している。

 決勝戦で戦った者同士、心で通じ合ったものがあるんだろう。


 こういうとき、仕方ないとはいえ、正直寂しいなと思うところはある。

 東京まで付いてきたのも、雑用をこなすのも、結局俺がやりたくてやってるだけのことだけど。

 俺はあくまで付き添いだと我に返るときは、結構しんみりしてしまうのだった。

 こういうとき、ハギヨシさんならなんて言うだろう。

 京太郎くんもまだまだですね、とか言いながら麻雀にでも付き合ってくれるかもしれない。


 女の子の中に男一人で気を使わせても悪いし、やっぱりここは簡単に挨拶だけして途中で別れることにしよう。

 阿知賀女子って女子高だし、男慣れしてないところもあるだろうし。

 それに何より、折角の和と阿知賀の人たちとの再会に水を差したくない。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、誰かに手を掴まれた。

「ほら、須賀くんもそんなところで立ってないでこっち来なさい。
 自己紹介しなきゃいけないでしょ」

「うわっと、分かってますから手を引っ張らないでくださいよ部長」

 部長に手を引っ張られて、阿知賀女子の前に連れてこられる。

 女の子たちの視線が、俺に集まった。

 仕方ないので覚悟を決めて、にっこりと笑って自己紹介をする。

「初めまして、男子部員の須賀京太郎です!
 インターハイには付き添いで一緒に来てます。
 阿知賀女子のみなさん、よろしくお願いします!」

「こちらこそよろしくお願いします!」

「こっちこそよろしくね。
 うんうん、元気があって良き哉良き哉」

「テンションたか……」

「だ、男子……」

 掴みは上々。

 好意的な目で見てくれる高鴨さんと赤土顧問。

 何を考えてるのか今一よく分からない鷺森さん。

 少し警戒した様子を見せる新子さん。

 そして――

「もしかして、京太郎くん……?」

「え?」

 驚いた目で俺を見る、松実姉妹のお姉さんの松実宥さんと。

「おお、何やら見覚えがあると思ったら、確かに京太郎くんなのです!」

 お姉さんに続いてぽんと手を打つ、松実姉妹の妹さんの松実玄さん。

「やっぱり、京太郎くんだよね?」

 困惑する俺を他所に、松実宥さんがパアッと花が咲いたように笑った。

 突然のことに困惑するみんな。

 清澄のみんなが、何それどういうこと、とでも言いたげに俺を見る。

 そんな目で見られても、俺だってどういうことなのかよく分からない。

「京ちゃん、松実さんたちと知り合いだったの?」

「い、いやあ、どうだったっけ……?」

 何故かちょっとムスっとした咲が、みんなを代表して俺に質問する。

 正直なところ、心当たりがない。

 奈良で暮らしたことなんてないし、親戚だって奈良にはいない筈だ。

「すいません、俺たちが会ったのって、いつのどこでしたっけ?」

「え……?」

 おそるおそる尋ねると、松実宥さんが悲しそうな顔をする。

 やってしまった、と後悔するも時既に遅く、さっきまでの笑顔が嘘のように意気消沈した。

「いやすいません、ちょっとまだ記憶が曖昧で!
 もう少しで思い出せそうなんですけど」

「しょうがないよお姉ちゃん、もう6年くらい前の話だもん」

「う、うん、そうだね……」

 変な空気になりそうなのを見かねたのか、松実玄さんが前に出て松実宥さんを慰める。

 救いの女神に感謝しつつ、記憶を辿れそうな言葉が出てきたことに安堵した。

「俺たちが会ったのって、6年前ですか?」

「うん、6年前の桜が咲いた時期に、家族旅行でうちに――松実旅館に泊まったよね。
 そのとき、よくお姉ちゃんと一緒に遊んでたんだけど、憶えてないかな?」

「家族旅行……そういえば小学生の頃はよく行ってたなあ」

 そういえばそれくらい前に、家族で奈良県に旅行に行ったような気がする。

 そのときは確か、桜で有名な吉野山の旅館に泊まったんだったか。


『――京太郎くんって、あったかいね』


「……あっ!」

 ふと、それらしい記憶が脳裏を掠めた。

 小学校の冬休みに行った家族旅行。

 桜で有名な吉野の旅館に泊まったとき、旅館の子供、確か女の子と一緒に遊んだ記憶がある。

「思い出した、確か松実旅館の……」

 いつも姉をいじめっ子から守っていた姉妹の妹。

「玄姉ちゃんと」

 その妹に守られていた、どんなときもセーターとマフラーを着込んでいた姉妹の姉。

「凄い寒がりだった、宥姉ちゃん!」

「あ……!」

「そうです、何を隠そう、私たちが松実旅館の仲良し姉妹その人なのです!
 お久しぶりです、京太郎くん!」

 意気消沈していた宥さんの顔が、みるみる色を取り戻す。

 玄さんも、嬉しそうにうんうんと頷いて名乗りを上げた。

 思いがけない再会に、俺も訳もなくテンションが上がる。

「こんなところで再会するなんて凄い偶然ですね!」

「本当に、凄い偶然だね」

「世の中、案外狭いっていうのも本当だねー。
 小さい頃に遊んだ子と、こんなところで会えるんだもん」

 さっきまでの微妙な空気もなんのその、周囲の困惑を置き去りにして三人で盛り上がる。

 取り合えず清澄のみんなへは後で説明することにしよう。

「でも二人とも、よく俺だって分かりましたね。
 身長だって伸びたし、声変わりだってしてるのに」

「これでも旅館の娘ですから!
 一度旅館に来た人の顔は、みんな憶えているのです」

「わ、私は京太郎くんだから、分かったかな」

「いや、本当に二人とも凄いですよ」

 どこかで聞いた話でも、旅館の人は、一度来ただけの人の顔も憶えているものらしい。

 やっぱりそうなんだな、と素直に感心する。

 えへん、と玄さんが得意げな顔で胸を張る。

 宥さんも照れているのか、恥ずかしそうに縮こまった。

「でも、お姉ちゃんに言われなかったらすぐには分からなかったかも。
 流石お姉ちゃん、京太郎くんのこと大好きだったもんね」

「く、玄ちゃん……!」

 あたふたと宥さんが取り乱す。なにこの人可愛い。

 かくいう俺も、自分の顔が赤くなっているのが分かる。

「……京ちゃん、鼻の下伸びてるよ」

「の、伸びてねーよ」

 いつのまにか傍に寄ってきていた咲のつっこみを突っぱねる。

 いや、大好きっていうのは子供の頃の話で、そういう恋愛的なやつじゃないっていうのは分かってはいるけど。

 こんな綺麗な人に大好きだとか思われてたら、誰だって変な期待くらいするだろう。

「ごめんお姉ちゃん、もう言わないから許してよー」

「もう、玄ちゃんったら」

 玄さんとひとしきりじゃれついて、気を取り直した宥さんが、一歩前に出る。

 咲ほどの身長の宥さんが、俺を見上げた。

「改めて、久しぶりだね、京太郎くん」

「はい、久しぶりです宥さん」

 宥さんがゆっくりと、俺の手を取る。

 そして優しく掴んだその手を、その胸に抱きしめた。

 控室のモニターで時折見えたいつもは物憂げな瞳が、今は熱っぽい上目遣いで俺を見上げている。

「また会えたね……」

 距離が近いこととか、おもちの感触が柔らかいこととか、宥さんの睫毛の長さだとか、マフラーから覗く唇の色っぽさだとか。

 色んなことが一度に頭に入ってきて、ドキドキで頭がどうにかなりそうになった。


カンッ

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最終更新:2019年03月11日 00:55