「お待たせしましたー。いくら丼と海鮮丼です」

「ほあぁあああああ………!」
「お、おおう……!」

 俺達の前にドン!と置かれたそれは、これまで口にしてきたものとは一線を画すものだった。
 震えるスプーンですくい、口に運ぶ彼女は、あまりの歓びで今にも昇天してしまいそうだ。

「うっま……」

 かくいう俺も、素人目に見ても新鮮且つ豪華な海産物が乗った丼を口にし、語彙力が死滅した感想を口にする。 
 大学の生協の広告で見たからなんとなく利用してみた格安旅行だが、これだけで春休みに北海道まで来たかいがあったと思わせる味だ。

「明華さん、そっちはどうですか?」
「ふぁ、ふぁいぃ……」

 目の前の席で口を動かす彼女は、もはや目の焦点があっていない。
 恍惚の表情を浮かべ、下に敷かれた酢飯が見えないほど積まれたイクラを味わっている。
 そんな少し不安になるほど幸せそうな彼女を見ていて、可愛いなと思う。

 大学に入ってから再開したハンドボール。幸いにもすぐに感覚を取り戻し、出場したインカレの予選。たまたま見学に来ていた彼女と知り合い、今ではこうして一緒に旅行に来るまでの仲になった。
 インハイで清澄の控室から見てましたと言うと、彼女は驚いた様子だったがすぐに打ち解けることが出来た。
 本当に、何があるかなんて人生分からないものだ。

「大丈夫ですか? あ、こっちも一口食べます?」
「は、はい。じゃあ口直しに」

 いくら丼の口直しに海鮮丼をつまむのってどうなんだと思いながら、彼女にいくつかある刺身を何切れか渡す。

「ん、こっちも美味しいです」
「よかった」

 今度は溶け切っていない普通の笑顔を浮かべる彼女につられて、こっちも笑顔になる。

「はい、じゃあ須賀君も、あーん」
「え? あ、あーん……」

 彼女の突き出したスプーンを口にする。
 もちろん恥ずかしさもあるのだが、それよりこのチャンスを逃したくないという気持ちに流されてしまう。

(期待してもいいってことなのかなぁ)

 こんな綺麗な人と恋仲になれたらそりゃ幸せだが、こういったスキンシップ? を気軽にしてもらえる辺り、かなり彼女から俺へ対する評価は高いのではないだろうか。
 それとも、フランスではこのくらい普通なのか? わからん。

(わからん)
(ワイトもそう思います)

 誰だ今の。

「はーい、松前漬けお待たせしましたー」

 すると追加で注文した松前漬けが届いた。

「わぁあ……いただきまーす」

 彼女はすぐに箸を伸ばし……先ほどに負けない恍惚の表情を浮かべた。

「明華さーん? 大丈夫ですかー?」
「はぁい……」
「いやあの、顔が蕩け切ってるんですけど」
「はぁい……」
「……………」

「美味しいですか?」
「はぁい……」

「幸せですか?」
「はぁい……」

「麻雀で使うのは?」
「はぁい……」

「明華さんはかわいいですね」
「はぁい……」

「今日の下着は黒ですか?」
「はぁい……」

「…………俺のこと好きですか?」
「はぁい……」

「…………」

「新婚旅行は北海道にしましょうか」
「はぁ……え、え?」

 そこでようやく、恍惚の表情が途切れ、山盛りのいくらに負けないほど彼女の表情が赤く染まる。
 何だか悪乗りしてとんでもないことを聞いてしまったが、俺も照れ隠しに松前漬けへと箸を伸ばす。

「あ、だ、駄目です」

 すると明華さんが皿を手元に引き寄せてしまう。

「えー?」
「へ、変なことを聞いてくる人にはあげません」
「えー、俺も食べたいのに」
「……………」

 明華さんは少し唇を尖らして逡巡すると

「お、お願い事を聞いてくれたら、あげます」
「何ですか?」

 明華さんが松前漬けをつまんだ箸をこちらに差し出す。

「さ、さっき言っていたこと、本当にしてくれるなら、食べていいです」
「へ……」
「は、早くしてください。食べたいんじゃなかったんですか?」

 プルプルと震える箸を突き出したまま、真っ赤な顔でこちらを見据えてくる。
 俺は一呼吸置くと、

「はい。あーん」
「あ、あーん……」

 パクリ、 とその箸を咥えた。

「美味しいですね」
「え、ええ………。………前にサトハに聞いたんですけど」
「?」

 明華さんは目を逸らすと、

「お、お正月に出される数の子には、『子供がいっぱいできますように』っていうお願いが込められているそうですよ?」
「ぶぐっ」

 危うく噴き出しそうになるのを抑え込みむせる。
 それを言った本人を見ると、俺以上に羞恥に悶え堪えているようだった。

「へ、へぇ? ところで明華さんは子供は何人くらいほしいんですか?」
「あ……あな……」
「あな?」

「あなたとの子供を…………いっぱい」

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最終更新:2020年04月06日 22:57