「都市伝説と戦う為に、都市伝説と契約した能力者達……」 まとめwiki

連載 - Tさん、エピローグに至るまで-神智学協会-26

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konta

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 呼び寄せていた兵隊達がオルコットの側近達の襲撃を受けているという報告を聞きながら、ウィリアムはモニカを幾つもの検査機に通していた。
 彼女にかけられた封印を解くための施術の前に、数年の間でモニカが成長している部分や、それに伴って変化した部分を精査する必要があるからだ。
 ……万全を期したいものだからね。
 永取市でモニカが手に入ったのは好都合だったとウィリアムはほくそ笑む。
 元々ウィリアムはこの施設をモニカの解析に使う予定だったのだ。保険のために徹心によって日本から撤退させられた時に残してきた他のロッジ跡にも機材は用意していたが、ここほどの設備は整えられてはいなかった。
 街は既に徹心によって囲まれてはいるが、それをウィリアムは大した障害だとは認識していない。今現在、船団がオルコットの手の者に襲われている事についてもだ。
 ……施設さえあるならば、ワタシはこの街から出る必要は一切ありはしないし、船団の彼等にはこの街の南東にある倉庫街にあるロッジ跡に来るようにとしか言っていないから、すぐに居所がばれる事は無い……が。
 それでも急いで事を運ぶにこしたことはない。
 なにしろオルコットにはあの探知用都市伝説がある……。
 ウィリアムがそう考えながら機械から吐きだされてきたデータを眺めていると、金属製の寝台に拘束されたモニカの怯えたような視線と目が合った。
「そう身構える事は無い。ワタシは君に意味のない危害を加える気は一切ないのだからね」
 それでも態度が軟化する気配の無いモニカの様子に、ウィリアムは内心でため息を吐く。
 警戒、まあ、そういう反応になるかね……。
 自分がまともに抵抗できる状態ではない事を理解しているのか、明らかに反抗的な行動は起こさないが、モニカの様子は決して協力的ではない。
 そして常に緊張しているようで、出てくるデータもモニカの心情を映すように興奮した状態を示すものだった。
 種々多様なデータを勘案すれば平常値が出ないわけではないけど……モニカ嬢の中に封印されている都市伝説の事を考えると、もう少し感情が振れた時のデータが欲しいね。
 そう思ったウィリアムは、モニカが興味を持ち、その感情を大きく動かすであろう話をする事にした。
「モニカ嬢、君は総長――ユーグや、彼の元契約者で君の祖父でもあるエルマーの過去の事を知っているかね?」


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 突然の話題に、顔を上げてウィリアムと見開いた目を合わせたモニカは、驚いた調子で訊ねた。
「おじさんはユーグおじさんの事を、知ってるの?」
「ウィリアムだ、モニカ嬢。……そうだね、ワタシは研究班の長だから、君の両親の上役でもあった。それにエルマーやユーグともそれなりに接触もあったのだよ? 何せ≪テンプル騎士団≫はあらゆる秘儀に通じている者達だからね」
「ひぎ?」
「そうだ、秘密のうちに行われる儀式やそこから生まれる結果の事をそう呼ぶ。彼等がそれらに通じているというのは≪テンプル騎士団≫が悪魔崇拝者と蔑まれた折に付属した話ということになるね。
 そもそも≪テンプル騎士団≫とは信心を篤くしていた者達がその過程で莫大な資産を築いたがために、時の権力者に弾圧を受け、異端の不名誉を被った騎士達が都市伝説化したものだ。現在では教会の手のひら返しで名誉を回復したとはいえ、それまではなんらかの秘儀体系に通じているとされて、≪フリーメーソン≫や≪東方聖堂騎士団≫、≪薔薇十字団≫のような隠秘的な組織を生み出す根幹として存在した――、まあオカルト的な権威であると同時に、聖職者や世俗の鼻つまみ者だったのだね」
 おどけるように言って、ウィリアムは機材をいじる。
「信心を裏切られて悪魔崇拝者であるという烙印を捺され、バフォメットと呼ばれる悪魔の形をした加護を纏う存在としてこの世に形を得たユーグは、麾下の騎士と共に都市伝説として語られる≪テンプル騎士団≫としての絶大な力を持ちながらも、世間からは追われる立場にあらなければならなかった。しかしそんな騎士達と契約しようとした風変わりな男が居たのだな」
 ウィリアムは白衣からペンライトを取り出すと、モニカの目に光を当て、碧い瞳の奥を覗き込んだ。
 まるで心の底を見透かそうとでもいうかのようにまじまじと瞳を見つめ、淡々と告げる。
「それが君の祖父、エルマー・リデルだ」
 モニカの反応を紙に書き留めながら、ウィリアムは続けた。
「≪テンプル騎士団≫は古くから異端として敵視されてきた噂話としての加護と、史実において奮った武勇が相まって、誰も契約を行えない程に強力な都市伝説として存在していた。当然エルマーがそんな≪テンプル騎士団≫相手に契約すれば、一息に呑みこまれてしまうものと周囲の人間は思っていたそうだ。しかしエルマー自身はそのような事は無いと半ば確信していた。何故だか解るかね?」
 答えを期待しない問いかけは、ウィリアム自身がその答えを告げる。
「エルマーは、いや、リデル家はテンプル騎士団の血統だったからだ」
 モニカが、え? と疑問を零した。
「おじいちゃんも都市伝説……だったの?」
「いいや違う。史実において存在したテンプル騎士団の血筋というだけだ。ただし、都市伝説化した≪テンプル騎士団≫の話に引きずられたのか、エルマー自身は都市伝説に対して非常に稀なレベルでの親和性を持っていた。数ある秘密組織の礎たるテンプル騎士団の血を引く者が持つ特異性だ。故に呑まれる事なく≪テンプル騎士団≫という名高き――悪名だが――都市伝説群と契約できたのだな。200騎と総長1騎、これらと一息に契約したのだ。これは桁外れな事だったのだよ?」
 さあ、そろそろ感情を振れさせよう。そう考えてウィリアムは話の流れを目的の場所へと向けて行く。
「――そして、その親和性はエルマーだけではなく、その息子のレニーにも引き継がれていた。モニカ嬢、君の御両親、特に父親の方は研究者としても、そして検体としても、研究班にとって無くてはならない人材だったよ」
 祖父から父へと話の中の世代が動いた事にモニカは更に驚愕を深めたようだった。
「当時、オルコットは目的の為に必要な都市伝説の捜索に成功していた。後はそれを受け容れる器を用意することができれば目的は達成されるだろうという段階だね。
 しかし必要な都市伝説と契約する事が出来、その力を統御する事が出来る存在は見つからなかった。そこで研究班ではオルコットの指示もあって、しかるべき器を作ろうとしていたのだ。そんな時にワタシやエルマーは思いついたのだね。人を攫っては器となるように改造を施してみても器の質が足りない。零から器を作り上げようとしても出来そこないの木偶人形では人以上の成果は出せない。
 ――しかし、元から素養のある素材に、まだ人として完成する前から手を加えて調整すれば、完成度の高い器が作れるのではないか、とね。
 折良く素材が身近に存在していたのだ。だからこそこの案はすぐに実施された。白羽の矢が立ったのは――」
 仮面のように不気味な三日月の笑みを刻んで、ウィリアムは言う。
「その時トリシアの胎内に居た君だ。モニカ・リデル」


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 ウィリアムの刺すような名指しの言葉、それを受けてモニカの顔がこわばった。
 ウィリアムはその反応を、何が面白のか嬉しそうに喉を震わせて受ける。
「都市伝説との親和性が異常に高い家系、これ以上の素材は存在しなかった。トリシアもレニーも反対したがね、大義の為と言えば最後には折れてくれたよ。そうして腹の中に居た頃から≪神智学協会≫が持つ全ての技術を注ぎ込まれて都市伝説との親和性が高まるように調整を加えられて生まれたのが、君だ。喜ぶと良い。君を使った実験は成功、あとは二つの都市伝説を契約させてしまえばいい状態にまで漕ぎ着けたのだ」
 ウィリアムは機械が吐きだしたデータを見て満足気な笑みを浮かべた。
「そして、覚えているだろうかね? モニカ嬢、君は既にオルコットの目的を果たす為に必要とされている都市伝説の内の一つと契約させられている」
「え?」
 虚をつかれた表情でモニカはウィリアムを見返した。意のままに感情が揺さぶられているモニカの様子に満足して、ウィリアムは背を向ける。
「そうか、覚えていないか。……まあじきに知る事になる。今はトリシアとレニーが封印してしまっているが、それもこの精査が終わればワタシが解いてしまうからね。なかなかに強大な都市伝説だよ? もう一つ、オルコットが保持している都市伝説と共に契約させてしまえばオルコットの目的は達成されるのだそうだ」
「その都市伝説って――」
 モニカの問いは途中で立ち消えた。ウィリアムは欲しいデータが手に入ったのだからこれ以上話す事は無いとでも言うように、モニカに背を向けたまま機材のコンソールを操作する。すると目の前にモニターが降りてきた。
 モニターには氷河に覆われて壊滅していく艦隊が映っていた。
「これ……?」
「オルコットの手の者達にワタシが呼び寄せた兵達が倒されている所だね」
 それぞれの船にとりつけられているカメラから送られてくるノイズ混じりの映像は、いくつか場面を変えては次々と沈んでいく船を映し出し、やがてモニカも知る人影を映しだした。
「ユーグおじさん!」
 騎士を率いて船を駆けているユーグの映像をモニカへと見せながら、ウィリアムは仲間であるはずの船が沈められていくというのに笑っていた。
 彼はコンソールを操作しながらモニカに話す。
「すばらしいね、≪冬将軍≫もユーグ総長もアキヅキも、あの程度の戦力ではまともな応戦すらできはしない。モニカ嬢がオルコットの手に渡ってしまえば彼等が警護につく事になっただろう。それではワタシが自由に手を出せなくなってしまう。それが分かっているから、ワタシはオルコットに弓を引いたのだよ」
「戦って、それであの人達に勝てるの?」
 まさか、とウィリアムは手を振った。
「この施設に居る者達には映像の中の者達よりは頑張ってもらうが、それでも彼等に打ち勝つ事など不可能だ。ワタシとしては、モニカ嬢を使って個人的な実験を成し遂げる事ができるだけの時間さえ稼ぐ事が出来ればそれだけで満足なのでね、もとより勝ちは望んでいないのだよ。
 それに、この場の者だけでは無理だろうと踏んで、わざわざあの≪フィラデルフィア計画≫の契約者を生かしておいたのだ。T№――以前ワタシがこの国で行っていた被験体や実験体の収集を邪魔した者達が真に有能ならば、今回も駆けつけるだろう。オルコットの古い敵だという彼等がオルコットの手の者の足止めに役だってくれればワタシとしては万々歳なのだがね」
「それでも辿り着かれたら、どうするの?」
「時間さえ稼げれば、オルコット、テッシン、そのどちらがワタシの所に辿りつこうと構わないよ。ワタシの目的が果たせた後ならば、ワタシは滅されようとも構いはしない」
 狂気じみた笑みと共にウィリアムはそう言ってコンソールを叩いた。小型のモニターが天井から追加で降りてくる。ウィリアムはマイクを手に取ると、呼びかけを始めた。
「さあ、研究所に詰めている兵士諸君。諸君らの近くに下りてきたスクリーンの映像を見てくれ」
 肉声だけではなく、スピーカーを通したウィリアムの声も聞こえてくる。施設全体に放送しているのだろう。映し出されているのはモニカの眼前にあるモニターが映し出しているものと同じ、オルコットの手の者による戦艦破壊の様子だ。
 それらを垂れ流しながら、ウィリアムは嘲るようにマイクに向かって喋る。
「諸君、今回はワタシの為に集まってもらってすまないね。今回君達に相手にしてほしいのは映像にある通り、他でもない。あのオルコットや≪組織≫の鬼神、それにその同胞達だ」
 機械を通して伝えた情報を全員が飲みこめるだけの間を置いて、ウィリアムは言葉を再開した。
「皆分かっているだろうが、今回の行動は一度協力体制を築いたオルコットへの裏切りでもある。まあ元々利用し利用されの関係ではあったから、向こうもこうなる事は考えていたのだろうがね。おそらくワタシ達の居場所は今襲われている彼等と同じように、すぐに割れる。ワタシが持っている複製品の探査用都市伝説の原本を向こうが持っているからね。そんなわけで、皆生き残りたいと思うならばせいぜい準備を急いでもらおう。そうしなければ彼等のようにあっさり殺されてしまうよ?」
 そう言ってモニターに映っている死体を拡大して表示する。見せつけるようにしてからウィリアムは画面を元に戻した。
「見ての通り、敵は強大。≪ナチス・ドイツの生体実験データ≫や≪731部隊の実験データ≫などで地力をそこそこ上げた程度では敵わない。そこでいくつか装備を供給する事にした。将軍から以前研究用にと供出してもらったものだ、少しは足しになるだろう。各部隊長は後でワタシの部屋に来るように」
 そう言ってウィリアムは通信と映像を切る。そうして彼は白衣の部下を呼び寄せて指示を出し、件の装備を持ってこさせた。
「まあ、この装備が彼等にどこまで通用するのかは怪しいがね。せいぜい襲撃してくる彼等が油断している事を祈るしかないね」
 喉を震わせる陰湿な笑いを耳にしながら、モニカは得体のしれない不安を抱き、拘束されて不自由な身体で小さく震えた。





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