大した事じゃない(前編) ◆CFbj666Xrw
「…………自動人形は、全部壊さなきゃ」
シャナの口から漏れた言葉は寒気がするほど冷たかった。
「え…………?」
罵られる事は覚悟していた。
問答無用で斬り殺されるかもしれないと思うととても怖かったけれど、そうなるかもしれないとも思っていた。
だってのび太はシャナに対してそのくらい酷い事をしてしまったのだから。
だけど目の前の少女はのび太の事を気にも止めない言葉を発して、のび太はそれが理解できなかった。
「トリエラという自動人形はもう行ったそうね。どこに行ったか判る?」
「確か北東の街で夜を明かすって……待って、今きみは何て言ったの? 自動人形を……」
「自動人形を全て壊すと言ったのよ。あの女の人形を壊さなきゃいけない」
そう言い放ち、シャナは起きあがった。
その銀色の瞳は遠くを睨んでいる。既にこの場に居なくなったトリエラに憎悪を向けている。
「だ、ダメだよそんな!? リルルとトリエラを殺すなんて!」
シャナの興味が再びのび太へと向いた。
「……リルルとトリエラ? そう、あのリルルという女も人形なのね?」
「ち、違う、そうじゃない! リルルはたしかにロボットだけど、人形なんかじゃない!
だってリルルには、心が有るんだもの!」
必死の言葉を気にもせず、シャナはリルルを敵の一人に加えた。大体この声は耳障りだ。
「そういえば忘れる所だったわ。おまえもこの殺人ゲームに乗っていたわね」
シャナはマスターソードを握り締め、軽々と振り上げて、躊躇いもなく振り下ろす。
シャナの口から漏れた言葉は寒気がするほど冷たかった。
「え…………?」
罵られる事は覚悟していた。
問答無用で斬り殺されるかもしれないと思うととても怖かったけれど、そうなるかもしれないとも思っていた。
だってのび太はシャナに対してそのくらい酷い事をしてしまったのだから。
だけど目の前の少女はのび太の事を気にも止めない言葉を発して、のび太はそれが理解できなかった。
「トリエラという自動人形はもう行ったそうね。どこに行ったか判る?」
「確か北東の街で夜を明かすって……待って、今きみは何て言ったの? 自動人形を……」
「自動人形を全て壊すと言ったのよ。あの女の人形を壊さなきゃいけない」
そう言い放ち、シャナは起きあがった。
その銀色の瞳は遠くを睨んでいる。既にこの場に居なくなったトリエラに憎悪を向けている。
「だ、ダメだよそんな!? リルルとトリエラを殺すなんて!」
シャナの興味が再びのび太へと向いた。
「……リルルとトリエラ? そう、あのリルルという女も人形なのね?」
「ち、違う、そうじゃない! リルルはたしかにロボットだけど、人形なんかじゃない!
だってリルルには、心が有るんだもの!」
必死の言葉を気にもせず、シャナはリルルを敵の一人に加えた。大体この声は耳障りだ。
「そういえば忘れる所だったわ。おまえもこの殺人ゲームに乗っていたわね」
シャナはマスターソードを握り締め、軽々と振り上げて、躊躇いもなく振り下ろす。
「……え?」
正確には、そうしようとした。
だけどその寸前でのび太が頭を下げていた。
シャナが剣を握ってからでは間に合わなかった。その前に指摘された時点で頭を下げたのだ。
だからシャナの剣はギリギリで制止した。
「ご、ごめんなさい!」
のび太はシャナが起きる前から用意していた言葉を叫ぶ。
「ごめんなさい! ご、ごご、ごめんなざい!!」
見る見るうちに涙が溢れて鼻水まで垂れて、顔がグシャグシャになっていく。
その体だってがくがく震えている。
それでものび太は謝り続ける。
「ぼ、ぼくが悪かったんだ! ぼくがヒドイ事しようとして、ズルい事までして!
だからトリエラさんを怒らないで。ぼくが、トリエラさんにウソを吐いたんだから。
代わりにぼ、ぼくを斬ってもいいからっ。
お、おおお、おね、おねがっ……お、おねがいしますっ」
シャナは眉を顰める。
のび太はシャナが自動人形を破壊しようとする理由を、殺されかかった報復だと思っているようだった。
だがそれを訂正する前に問いたい事がある。
「代わりに斬っても良いって……死ぬわよ、おまえ。それでも良いの?」
「良くない! 良くないけど、怖いけど、でも悪いのはぼくだから、だからっ」
「………………」
シャナは少しの間だけ沈黙して、数秒で結論を出した。
「そうね、目を瞑りなさい」
「う、うん!」
のび太は直立しギュッと目を瞑った。
まるで地震でも起きているように膝が震える。
真夏の炎天下みたいに全身汗びっしょりで、それなのに冬のように寒くて歯が噛み合わない。
それでものび太は決して逃げなかった。
シャナはゆっくりと剣を振り上げると、正確に少年の頭へと狙いを定めて。
――振り切った太刀筋が、血に染まった。
正確には、そうしようとした。
だけどその寸前でのび太が頭を下げていた。
シャナが剣を握ってからでは間に合わなかった。その前に指摘された時点で頭を下げたのだ。
だからシャナの剣はギリギリで制止した。
「ご、ごめんなさい!」
のび太はシャナが起きる前から用意していた言葉を叫ぶ。
「ごめんなさい! ご、ごご、ごめんなざい!!」
見る見るうちに涙が溢れて鼻水まで垂れて、顔がグシャグシャになっていく。
その体だってがくがく震えている。
それでものび太は謝り続ける。
「ぼ、ぼくが悪かったんだ! ぼくがヒドイ事しようとして、ズルい事までして!
だからトリエラさんを怒らないで。ぼくが、トリエラさんにウソを吐いたんだから。
代わりにぼ、ぼくを斬ってもいいからっ。
お、おおお、おね、おねがっ……お、おねがいしますっ」
シャナは眉を顰める。
のび太はシャナが自動人形を破壊しようとする理由を、殺されかかった報復だと思っているようだった。
だがそれを訂正する前に問いたい事がある。
「代わりに斬っても良いって……死ぬわよ、おまえ。それでも良いの?」
「良くない! 良くないけど、怖いけど、でも悪いのはぼくだから、だからっ」
「………………」
シャナは少しの間だけ沈黙して、数秒で結論を出した。
「そうね、目を瞑りなさい」
「う、うん!」
のび太は直立しギュッと目を瞑った。
まるで地震でも起きているように膝が震える。
真夏の炎天下みたいに全身汗びっしょりで、それなのに冬のように寒くて歯が噛み合わない。
それでものび太は決して逃げなかった。
シャナはゆっくりと剣を振り上げると、正確に少年の頭へと狙いを定めて。
――振り切った太刀筋が、血に染まった。
* * *
夕焼けの紅い色が徐々に翳っていく。
もうすぐ夕日は沈み、夜が来る。長い暗い夜の闇が押し寄せてくる。
双葉はそれを廃病院の北の窓から見ていた。
北側の窓からはもう殆ど陽が入らなくて、薄暗い。
「どうするの? あとどのくらい待つつもり?」
その薄暗い室内に澱んだ声が渦を巻いた。
もうすぐ夕日は沈み、夜が来る。長い暗い夜の闇が押し寄せてくる。
双葉はそれを廃病院の北の窓から見ていた。
北側の窓からはもう殆ど陽が入らなくて、薄暗い。
「どうするの? あとどのくらい待つつもり?」
その薄暗い室内に澱んだ声が渦を巻いた。
どぶ川みたいだと双葉は思った。
すぐにそう思ったことを悪いと思ったけれど、同時にどうしてこんな声を出せるのか不思議だった。
「言っただろ、あたしは信じてんだ。シャナはぜったいに帰ってくる」
「信じれば帰ってくるの? 前はそうならなかったのに?」
「……それでも、あたしは信じてんだ」
振り返るとそこには紫穂の姿があった。
その瞳は一足先に夜が訪れたかのように昏く、濁っている。
「そうやって信じて、もう少しして打ちのめされるのね。彼女の名が呼ばれて」
「シャナの名前を呼ばれたらどうだっていうんだよ?」
紫穂の笑みが吊り上がる。嘲りの暗い喜びに満ちていく。
「呆れた。忘れたの? 12時間毎の放送で死んだ人達の名前が読み上げられるのよ。
この島で死んだたくさんの人達の名前が読まれるの。神楽さんや他の人達も。
何人くらい死んでいるのかしら。あなたの知り合いはどうかしら。
小太郎くんも呼ばれるかもしれないわね? 一向に帰ってこないもの」
「よ、呼ばれるのは神楽だけだ!」
根拠もなく仲間の死を否定する双葉を見て、紫穂はただくすくすと笑った。
「なんでそんなに信じられるのかしら」
双葉は紫穂を睨み返す。
苛立ちで胸が沸騰してしまいそうだった。
「…………おまえこそ、なんでだよ」
「なんで? なにが?」
紫穂の瞳は昏く濁り、世界に在るのは絶望だけだと言わんばかりに嘲りに満ちた言葉を紡ぐ。
くすくすと腹立たしくなる笑いを口元に浮かべている。
(……こんなのじゃなかった)
別に紫穂とは特別仲が良かったわけじゃない。
出会ってから数時間、一緒に行動しただけだ。シャナとだってそうだ。
「なんでそんなになってるんだよ」
だけど最初に出会った時の紫穂は、ぜったいに『こんな奴』じゃなかった。
人の不幸を願ったり笑ったり、そんな事をする奴じゃなかった。
そんな双葉の想いが届く事もなく、紫穂はただ嘲るように笑う。
すぐにそう思ったことを悪いと思ったけれど、同時にどうしてこんな声を出せるのか不思議だった。
「言っただろ、あたしは信じてんだ。シャナはぜったいに帰ってくる」
「信じれば帰ってくるの? 前はそうならなかったのに?」
「……それでも、あたしは信じてんだ」
振り返るとそこには紫穂の姿があった。
その瞳は一足先に夜が訪れたかのように昏く、濁っている。
「そうやって信じて、もう少しして打ちのめされるのね。彼女の名が呼ばれて」
「シャナの名前を呼ばれたらどうだっていうんだよ?」
紫穂の笑みが吊り上がる。嘲りの暗い喜びに満ちていく。
「呆れた。忘れたの? 12時間毎の放送で死んだ人達の名前が読み上げられるのよ。
この島で死んだたくさんの人達の名前が読まれるの。神楽さんや他の人達も。
何人くらい死んでいるのかしら。あなたの知り合いはどうかしら。
小太郎くんも呼ばれるかもしれないわね? 一向に帰ってこないもの」
「よ、呼ばれるのは神楽だけだ!」
根拠もなく仲間の死を否定する双葉を見て、紫穂はただくすくすと笑った。
「なんでそんなに信じられるのかしら」
双葉は紫穂を睨み返す。
苛立ちで胸が沸騰してしまいそうだった。
「…………おまえこそ、なんでだよ」
「なんで? なにが?」
紫穂の瞳は昏く濁り、世界に在るのは絶望だけだと言わんばかりに嘲りに満ちた言葉を紡ぐ。
くすくすと腹立たしくなる笑いを口元に浮かべている。
(……こんなのじゃなかった)
別に紫穂とは特別仲が良かったわけじゃない。
出会ってから数時間、一緒に行動しただけだ。シャナとだってそうだ。
「なんでそんなになってるんだよ」
だけど最初に出会った時の紫穂は、ぜったいに『こんな奴』じゃなかった。
人の不幸を願ったり笑ったり、そんな事をする奴じゃなかった。
そんな双葉の想いが届く事もなく、紫穂はただ嘲るように笑う。
「ところで、何か聞こえない?」
「…………え?」
双葉は耳を澄ました。廃病院の闇の中、聞こえるのは時折ゆっくりと動く風の音。
それだけのしいんとした静かな病院。
………………そして微かな、水の音が聞こえた。
「水……?」
じゃあじゃあと流す水の音が闇の奥から聞こえてくる。遠く陰の先から、聞こえてくる。
「……誰か、居るのか?」
もしかするとシャナが帰ってきているのかもしれない。
北側を見ては居たけれど、そんなのちょっと東や西から回れば見失う。北から来たって見逃すかもしれない。
いや、犬上小太郎かもしれない。学校に行った小太郎だってもう戻ってる筈の時間なのだ。
「ちょっと見てくる」
「あら、そう。くすくす、誰か別の人殺しじゃないと良いわね」
紫穂の嘲笑を背に、双葉は水音の源へ向かった。
「…………え?」
双葉は耳を澄ました。廃病院の闇の中、聞こえるのは時折ゆっくりと動く風の音。
それだけのしいんとした静かな病院。
………………そして微かな、水の音が聞こえた。
「水……?」
じゃあじゃあと流す水の音が闇の奥から聞こえてくる。遠く陰の先から、聞こえてくる。
「……誰か、居るのか?」
もしかするとシャナが帰ってきているのかもしれない。
北側を見ては居たけれど、そんなのちょっと東や西から回れば見失う。北から来たって見逃すかもしれない。
いや、犬上小太郎かもしれない。学校に行った小太郎だってもう戻ってる筈の時間なのだ。
「ちょっと見てくる」
「あら、そう。くすくす、誰か別の人殺しじゃないと良いわね」
紫穂の嘲笑を背に、双葉は水音の源へ向かった。
* * *
剣は振り抜かれ、太刀筋に沿って血飛沫が上がった。
「ぎゃ、ぎゃああああ!? い、痛い、死ぬ、死んじゃう! ひいぃっ!!」
盛大に悲鳴を上げてのび太は転げ回る。
シャナはそれを冷たい目で見つめていた。
「ぎゃ、ぎゃああああ!? い、痛い、死ぬ、死んじゃう! ひいぃっ!!」
盛大に悲鳴を上げてのび太は転げ回る。
シャナはそれを冷たい目で見つめていた。
否、呆れた目で見下ろしていた。しばらくして一息の溜息を吐く。
「落ち着きなさい。死にやしないわよ、そのくらい」
「死ぬ、死ぬぅ! …………え?」
のび太はその声にピタリと止まると、そうっと痛みの元に手をやった。
場所は額。
「いたいっ」
ずきっと痛みが走って、だけどそれだけ。
恐る恐る手を見てみると、べったりと血は付いていた。
「ひぃっ」
息を呑んでぎゅっと目を瞑る。
……それからゆっくりと、そうっと目を開けた。
額にやった手には確かに血が付いていたけれど、それは大した量じゃなかった。
転んだ拍子に何かで切ったとか、そんな程度の流血でしかない。
そこには額の少し下にある眼鏡だって切れてない、小さな切り傷が有るだけだった。
「おまえの事はそれで許してやるわ。嘘を吐いて私を陥れた事はね」
シャナが改心したのび太に下した罰はそれだけだった。
「そ、それじゃ……リルルとトリエラさんの事も許してくれたの?」
「それとこれとは別よ」
だが自動人形達については依然、引く理由など何も無い。
そもそもここには一つの擦れ違いが存在する。
「何か勘違いしているようだけど、あの二人を破壊するのは私がしろがねだからよ」
「し、しろがね……?」
今のシャナは、人形破壊者しろがねとしての使命に縛られている。
「しろがねは生命の水で救われると共に、自動人形を破壊する使命を背負うわ。
これは私が生き返るのと引き替えにした契約よ。奴らが世界の果てに居ようが、逃しはしない。
どこまでも追いかけて、一体残らず破壊してやる」
今やシャナはそういう物なのだ。当人の感情はその後から付いてくる。
「そ、そんな!?」
青くなるのび太に、だけどシャナは続けて言った。
「……でも今は、後回しね」
「落ち着きなさい。死にやしないわよ、そのくらい」
「死ぬ、死ぬぅ! …………え?」
のび太はその声にピタリと止まると、そうっと痛みの元に手をやった。
場所は額。
「いたいっ」
ずきっと痛みが走って、だけどそれだけ。
恐る恐る手を見てみると、べったりと血は付いていた。
「ひぃっ」
息を呑んでぎゅっと目を瞑る。
……それからゆっくりと、そうっと目を開けた。
額にやった手には確かに血が付いていたけれど、それは大した量じゃなかった。
転んだ拍子に何かで切ったとか、そんな程度の流血でしかない。
そこには額の少し下にある眼鏡だって切れてない、小さな切り傷が有るだけだった。
「おまえの事はそれで許してやるわ。嘘を吐いて私を陥れた事はね」
シャナが改心したのび太に下した罰はそれだけだった。
「そ、それじゃ……リルルとトリエラさんの事も許してくれたの?」
「それとこれとは別よ」
だが自動人形達については依然、引く理由など何も無い。
そもそもここには一つの擦れ違いが存在する。
「何か勘違いしているようだけど、あの二人を破壊するのは私がしろがねだからよ」
「し、しろがね……?」
今のシャナは、人形破壊者しろがねとしての使命に縛られている。
「しろがねは生命の水で救われると共に、自動人形を破壊する使命を背負うわ。
これは私が生き返るのと引き替えにした契約よ。奴らが世界の果てに居ようが、逃しはしない。
どこまでも追いかけて、一体残らず破壊してやる」
今やシャナはそういう物なのだ。当人の感情はその後から付いてくる。
「そ、そんな!?」
青くなるのび太に、だけどシャナは続けて言った。
「……でも今は、後回しね」
シャナの使命はしろがねとして人形を破壊する事。
それと、フレイムヘイズとして世界のバランスを保つためにジェダを倒す事。
両方共が人生の全てを費やしてでもやらねばならない重大な使命だった。
それなら出来るだけ“両方ともこなしたい”。
(こいつはさっき『トリエラとリルルの二人は北東の街で夜を明かす』と言った。
それなら6時のタワーに行った後で、それから半日以内に北東の街へ行けば良いだけよ。
休息の時間、夜間の移動、マップの端から端という事を考慮しても時間は十分有るわ。
それにもう一つ、先にやる事がある)
そしてシャナは、自分の罪を認め謝り、リルルとトリエラを守ろうとするのび太の姿を見て思い出した。
シャナにも守らなければならない少女が二人居る事を。
双葉と紫穂を放って行くわけにはいかない。
この時間ではもう先に行っただろうが犬上小太郎の事もある。
どう動くにせよ、まずは廃病院に戻り双葉達と合流する事が先決だ。
「それじゃ、精々生き残る事ね。また殺人ゲームに乗ったら今度こそ殺すけど」
そう言ってシャナはのび太に背を向けた。
「あ、待って――」
シャナはのび太を一度だけ振り返り。
少しだけ重なった、シャナの世界も居た弱くて情けないのにたまに意地を見せる少年の姿を振り払うと、
廃病院に向けて脇目も振らずに駆け出した。
それと、フレイムヘイズとして世界のバランスを保つためにジェダを倒す事。
両方共が人生の全てを費やしてでもやらねばならない重大な使命だった。
それなら出来るだけ“両方ともこなしたい”。
(こいつはさっき『トリエラとリルルの二人は北東の街で夜を明かす』と言った。
それなら6時のタワーに行った後で、それから半日以内に北東の街へ行けば良いだけよ。
休息の時間、夜間の移動、マップの端から端という事を考慮しても時間は十分有るわ。
それにもう一つ、先にやる事がある)
そしてシャナは、自分の罪を認め謝り、リルルとトリエラを守ろうとするのび太の姿を見て思い出した。
シャナにも守らなければならない少女が二人居る事を。
双葉と紫穂を放って行くわけにはいかない。
この時間ではもう先に行っただろうが犬上小太郎の事もある。
どう動くにせよ、まずは廃病院に戻り双葉達と合流する事が先決だ。
「それじゃ、精々生き残る事ね。また殺人ゲームに乗ったら今度こそ殺すけど」
そう言ってシャナはのび太に背を向けた。
「あ、待って――」
シャナはのび太を一度だけ振り返り。
少しだけ重なった、シャナの世界も居た弱くて情けないのにたまに意地を見せる少年の姿を振り払うと、
廃病院に向けて脇目も振らずに駆け出した。
* * *
懐中電灯の灯りが、彼女の姿を照らし出していた。
「な……なにしてんだ、おまえ……?」
双葉は背中に走った寒気を抑え込み、問い掛けた。
「な……なにしてんだ、おまえ……?」
双葉は背中に走った寒気を抑え込み、問い掛けた。
そこは廃病院の洗面所だった。ただでさえ暗い廃病院の中でもここは一際暗い。
タイルは剥げ落ち、スリッパは朽ち果て、金属には所々に錆が浮いている。
それでもまだ機能を止めない水道の蛇口から、水が流れ出ていた。
じゃあじゃあ、じゃあじゃあと勢いよく水が吹き出ている。
その水の吹き出る先には手が二本、水を飛び散らせながら互いを擦り合わせていた。
「……見て判らないかな」
手の主の声がした。
見て判る、手を洗っている。
だけど何かがおかしい。何もかもがおかしい。
「いつから洗ってるんだよ!? 水出しすぎだし、せめて明かりつけろよ!」
少女は暗闇の中で手を洗っていた。なにも汚れていない手をずっと、ずっと洗っていた。
「止めるぞ、もう!」
思わず双葉は駆け寄って、水道の蛇口を締めた。
限界まで開かれた水道は何度も廻してようやく水流が弱まり、細くなり、水滴となって途切れた。
息を呑む。
懐中電灯の灯りに照らされたその手は洗いすぎで赤くなり、所々が擦り切れて血が出ていたのだ。
「な、なんでこんなになるまで洗ってたんだよ」
少女はその自分の手をまじまじと見つめて、ゆっくりと喋りだす。
「……別にそんなに汚しちゃったわけじゃないんだけどね。
ほんの少しも汚れてなかったのに、なんでか汚れが落ちない気がしたの。……おかしいな」
「おかしすぎ……っ」
名も知らぬ少女を怒鳴ろうと顔を覗き込んだ双葉は息を呑む。
昏い瞳。
真夜中の水面のように冷たく暗い二つの瞳が双葉を映していた。
「ああ、そうだ」
それを見つめていると言っていいのかはわからない。
その瞳は現実の全てを映そうと見開かれてはいるけれど、焦点の合わない瞳は違和感しかもたらさない。
(今の紫穂と同じ? いや、あんな嫌みったらしくなくてもっと……機械みてーな目だ。
石像だってもっと人間味有るのに、どうしてこいつらはこんな目ができるんだよ!?)
その少女の瞳はただただ双葉を映している。
「ポニーテールで勝ち気な女の子……もう居ないと思ったけれど、あなたは双葉ちゃんかな」
「な、なんで知ってんだ?」
「小太郎君に聞いたよ」
ハッとなる。順調に行くなら4時を過ぎた今、とっくに戻っていないとおかしい仲間。
「小太郎はどこだ!?」
「何度も説明するのは手間が掛かるから纏めてするよ。シャナちゃんと紫穂ちゃんも居るんでしょう?」
「……紫穂は居る。シャナはちょっと離れてるけど、もう帰ってきたかもしれない」
「そう。それじゃみんなの前で話そう」
双葉は少女を睨んで言った。
「ちょっと待った。おまえ名前はなんていうんだよ?
あたしは吉永双葉だけど、あたしはおまえの名前を知らねーぞ」
少女はただ抑揚のない言葉で、答えた。
「高町なのは」
タイルは剥げ落ち、スリッパは朽ち果て、金属には所々に錆が浮いている。
それでもまだ機能を止めない水道の蛇口から、水が流れ出ていた。
じゃあじゃあ、じゃあじゃあと勢いよく水が吹き出ている。
その水の吹き出る先には手が二本、水を飛び散らせながら互いを擦り合わせていた。
「……見て判らないかな」
手の主の声がした。
見て判る、手を洗っている。
だけど何かがおかしい。何もかもがおかしい。
「いつから洗ってるんだよ!? 水出しすぎだし、せめて明かりつけろよ!」
少女は暗闇の中で手を洗っていた。なにも汚れていない手をずっと、ずっと洗っていた。
「止めるぞ、もう!」
思わず双葉は駆け寄って、水道の蛇口を締めた。
限界まで開かれた水道は何度も廻してようやく水流が弱まり、細くなり、水滴となって途切れた。
息を呑む。
懐中電灯の灯りに照らされたその手は洗いすぎで赤くなり、所々が擦り切れて血が出ていたのだ。
「な、なんでこんなになるまで洗ってたんだよ」
少女はその自分の手をまじまじと見つめて、ゆっくりと喋りだす。
「……別にそんなに汚しちゃったわけじゃないんだけどね。
ほんの少しも汚れてなかったのに、なんでか汚れが落ちない気がしたの。……おかしいな」
「おかしすぎ……っ」
名も知らぬ少女を怒鳴ろうと顔を覗き込んだ双葉は息を呑む。
昏い瞳。
真夜中の水面のように冷たく暗い二つの瞳が双葉を映していた。
「ああ、そうだ」
それを見つめていると言っていいのかはわからない。
その瞳は現実の全てを映そうと見開かれてはいるけれど、焦点の合わない瞳は違和感しかもたらさない。
(今の紫穂と同じ? いや、あんな嫌みったらしくなくてもっと……機械みてーな目だ。
石像だってもっと人間味有るのに、どうしてこいつらはこんな目ができるんだよ!?)
その少女の瞳はただただ双葉を映している。
「ポニーテールで勝ち気な女の子……もう居ないと思ったけれど、あなたは双葉ちゃんかな」
「な、なんで知ってんだ?」
「小太郎君に聞いたよ」
ハッとなる。順調に行くなら4時を過ぎた今、とっくに戻っていないとおかしい仲間。
「小太郎はどこだ!?」
「何度も説明するのは手間が掛かるから纏めてするよ。シャナちゃんと紫穂ちゃんも居るんでしょう?」
「……紫穂は居る。シャナはちょっと離れてるけど、もう帰ってきたかもしれない」
「そう。それじゃみんなの前で話そう」
双葉は少女を睨んで言った。
「ちょっと待った。おまえ名前はなんていうんだよ?
あたしは吉永双葉だけど、あたしはおまえの名前を知らねーぞ」
少女はただ抑揚のない言葉で、答えた。
「高町なのは」
* * *
「……いて削って裁って刻んで刎ねて刈って削いでほじくってくりぬいて薙いで断って削いで……」
病院の闇の中、一人となった紫穂は再びその呪詛を口ずさんだ。
想像する。回想する。空想する。
骨を削る感触。まるで鉛筆のようになるまで骨を削り続ける。
皮を裁つ感触。それで衣服でも作るかのように皮膚を裁って剥いでいく。
肉を刻む感触。脂肪も筋肉も纏めて意味を為さなくなるまで刻み続ける。
腕を刎ねる感触。綺麗に入った刃先が皮と肉と神経と血管を通過し駆け抜けた。
首を刈る感触。のこぎりのように押して引いてを繰り返し太い首を刈り取る。
耳を削ぐ感触。独特の固さを持つ耳を削ぎ落とし並べた。
目を穿る感触。眼球を穿り出して転がした。
腸を刳る感触。腸を刳り抜いて腹にぽっかりと穴を空ける。
紐を薙ぐ感触。神経を、肉の筋を、血管を薙ぎ切った
足を断つ感触。丈夫な足を断ち切って地面に突き立て嘲笑う。
「…………くすくす」
病院の闇の中、一人となった紫穂は再びその呪詛を口ずさんだ。
想像する。回想する。空想する。
骨を削る感触。まるで鉛筆のようになるまで骨を削り続ける。
皮を裁つ感触。それで衣服でも作るかのように皮膚を裁って剥いでいく。
肉を刻む感触。脂肪も筋肉も纏めて意味を為さなくなるまで刻み続ける。
腕を刎ねる感触。綺麗に入った刃先が皮と肉と神経と血管を通過し駆け抜けた。
首を刈る感触。のこぎりのように押して引いてを繰り返し太い首を刈り取る。
耳を削ぐ感触。独特の固さを持つ耳を削ぎ落とし並べた。
目を穿る感触。眼球を穿り出して転がした。
腸を刳る感触。腸を刳り抜いて腹にぽっかりと穴を空ける。
紐を薙ぐ感触。神経を、肉の筋を、血管を薙ぎ切った
足を断つ感触。丈夫な足を断ち切って地面に突き立て嘲笑う。
「…………くすくす」
その全ての感触が記憶と一繋がりになって彼女の中で波打っている。
恐怖も不快感も無く、むしろ喜悦と多幸感が全身に広がっていく。
堤防は小さな理性と何かを失っている言い様のない不安。
それから短い時間シャナや双葉達と過ごし、僅かに心を許した甘さだけ。
邪剣ファフニールから流れ込む圧倒的に生々しい体感は徐々にその水位を増しつつあった。
やがてそのおぞましい現実感は溢れだし、少女の全てを染め変えるだろう。
「死んで死んで死んで……そう、すぐにみんな死んでいく……」
だがそれは、あくまでこのままいればの話だった。
恐怖も不快感も無く、むしろ喜悦と多幸感が全身に広がっていく。
堤防は小さな理性と何かを失っている言い様のない不安。
それから短い時間シャナや双葉達と過ごし、僅かに心を許した甘さだけ。
邪剣ファフニールから流れ込む圧倒的に生々しい体感は徐々にその水位を増しつつあった。
やがてそのおぞましい現実感は溢れだし、少女の全てを染め変えるだろう。
「死んで死んで死んで……そう、すぐにみんな死んでいく……」
だがそれは、あくまでこのままいればの話だった。
「少し見ない内に随分と変わり果てたものね、おまえ」
紫穂が振り向いたその先に居たのは、銀髪の少女の姿。
紫穂は歪な笑顔でそれを迎えた。
「あら、人のこと言えるの? あなたも随分と染め変えられたじゃない」
銀に染まった少女を嗤う。
その髪と瞳は銀色に染まり、瞳の中に燃ゆるのは自動人形への憎悪と使命。
「あなただって私と変わらないわ」
「違う」
それでもシャナは言い放つ。
「私は生き続け、進む為にこれを選んだのよ。だけどおまえのそれは私と違う」
「何が違うの?」
シャナは紫穂の手の中にある歪な短剣を睨み付ける。歪みの元凶は其処に在る。
「悪いことは言わない、さっさとそれを手放す事ね。そうしないとおまえは何れ後悔するわ」
紫穂はそれを聞いてただ笑う。
「どうして? この怖ろしい島で武器を捨てるなんてふざけた話よ」
「それがおまえを滅ぼすからよ」
シャナは告げた。
「おまえがそれを捨てないというなら、私が力ずくでも叩き落とすわ」
「………………」
紫穂の瞳が敵意に狭まる。
その指は邪剣ファフニールをきつく握り締めた。
「そう、それが答えね」
「奪えるものならやってみるがいいわ。この武器は私に力をくれる」
闇の装備品。強大な力を秘めた九つの武器の一つ。
闇に染められる事は即ち闇の力を受け容れる事に等しい。
それは僅か九分の一といえども尚猛々しき力。
「痛い目を見せてあげる! 魔神剣・双牙!」
連なる衝撃波が廃病院の床を駆け抜けた。
紫穂が振り向いたその先に居たのは、銀髪の少女の姿。
紫穂は歪な笑顔でそれを迎えた。
「あら、人のこと言えるの? あなたも随分と染め変えられたじゃない」
銀に染まった少女を嗤う。
その髪と瞳は銀色に染まり、瞳の中に燃ゆるのは自動人形への憎悪と使命。
「あなただって私と変わらないわ」
「違う」
それでもシャナは言い放つ。
「私は生き続け、進む為にこれを選んだのよ。だけどおまえのそれは私と違う」
「何が違うの?」
シャナは紫穂の手の中にある歪な短剣を睨み付ける。歪みの元凶は其処に在る。
「悪いことは言わない、さっさとそれを手放す事ね。そうしないとおまえは何れ後悔するわ」
紫穂はそれを聞いてただ笑う。
「どうして? この怖ろしい島で武器を捨てるなんてふざけた話よ」
「それがおまえを滅ぼすからよ」
シャナは告げた。
「おまえがそれを捨てないというなら、私が力ずくでも叩き落とすわ」
「………………」
紫穂の瞳が敵意に狭まる。
その指は邪剣ファフニールをきつく握り締めた。
「そう、それが答えね」
「奪えるものならやってみるがいいわ。この武器は私に力をくれる」
闇の装備品。強大な力を秘めた九つの武器の一つ。
闇に染められる事は即ち闇の力を受け容れる事に等しい。
それは僅か九分の一といえども尚猛々しき力。
「痛い目を見せてあげる! 魔神剣・双牙!」
連なる衝撃波が廃病院の床を駆け抜けた。
* * *
その炸裂音は彼女達の元にまで届いた。
「な、なんだよ今の音!?」
「何かの攻撃……紫穂ちゃんは何処にいるの?」
「ヤベエ、紫穂の居る方だ!」
双葉は慌てて駆け出す。
すぐにその横をなのはが追走する。なのはは同時に一枚のカードを取り出していた。
翔、空を飛ぶ力をもたらすクロウカード。だが。
「…………足りない」
小さな呟きと共に仕舞いこみ、ただ走る。
一度は才賀勝を引き離したその足は、今や双葉に追走するだけの速度しか引き出さない。
なのはの内心を知る由もなく双葉は走り続ける。
仲間の居場所へ。
何十秒もかけてようやく、双葉はその場所に辿り着いた。
「紫穂!!」
ぎんと音が鳴った。
目に映ったのは刃が宙を舞い、床に突き立つ光景。
それから……
「な、なんだよ今の音!?」
「何かの攻撃……紫穂ちゃんは何処にいるの?」
「ヤベエ、紫穂の居る方だ!」
双葉は慌てて駆け出す。
すぐにその横をなのはが追走する。なのはは同時に一枚のカードを取り出していた。
翔、空を飛ぶ力をもたらすクロウカード。だが。
「…………足りない」
小さな呟きと共に仕舞いこみ、ただ走る。
一度は才賀勝を引き離したその足は、今や双葉に追走するだけの速度しか引き出さない。
なのはの内心を知る由もなく双葉は走り続ける。
仲間の居場所へ。
何十秒もかけてようやく、双葉はその場所に辿り着いた。
「紫穂!!」
ぎんと音が鳴った。
目に映ったのは刃が宙を舞い、床に突き立つ光景。
それから……
* * *
そこは戦場だった。
紫穂の手が瞬く間に幾度も振られ、廃病院の床を無数の衝撃波が駆け抜ける。
「魔神剣!」
紫穂は最初に放った魔神剣・双牙以降、続けざまにその基本技である魔神剣を放った。
地を這う衝撃波を単発で放つこの技には、極めて有用な特徴が二つある。
それは使用者の負担が軽微な事と、極めてサイクルの短い連射が可能な事だ。
瞬間的な二連射では魔神剣・双牙の方が速いが、三発四発と多発する時この基本技も遜色ない連射性を誇る。
「魔神剣! 魔神剣! 魔神剣!」
邪剣に刻まれた戦いの型に従い、技の名を叫び定められた体の動きを繰り返す。
放たれる衝撃波は無数。
その攻撃は単純ながら生半可な技量など容易くねじ伏せる物量を誇るのだ。
だがそれに対するシャナは、その手にある剣を衝撃波の第一波へと叩きつけた。
紫穂は驚愕に目を見開く。
振り下ろされた剣は魔神剣の衝撃波を跳ね返したのだ。
第一波は第二波と相殺する。第三波は第四波と、第五波は第六波と……!
「でも、甘いわ!」
第七波はシャナではなく転がっていたベッドの成れの果てを直撃した。
舞い上がる粉塵が視界を隠し、第八の衝撃波が視界を封じられたシャナに襲い掛かる。
「魔神剣・双牙!」
紫穂は更に連なる衝撃波を粉塵へと叩き込んでやった。
視界を封じた所に間隔の違う計三連の衝撃波だ、何時何処に来るかは把握できない。
(これなら幾ら彼女とてただでは済まないはずだわ)
紫穂は舞い上がる粉塵を睨め付けた。
「甘いのはおまえよ」
しかしシャナは、粉塵の中から姿を表した。
その背中に生える炎の翼がゆっくりと羽ばたいて、地を這う破壊を天井から嘲笑う。
その髪の色は燃える白銀。
白銀色の長い髪は同時に炎に燃ゆる如き赤い揺らめきに包まれていた。
紫穂がハッとなり身構えた時にはもう遅い。
振り下ろされたマスターソードは、邪剣ファフニールを叩き落としていた。
紫穂の手が瞬く間に幾度も振られ、廃病院の床を無数の衝撃波が駆け抜ける。
「魔神剣!」
紫穂は最初に放った魔神剣・双牙以降、続けざまにその基本技である魔神剣を放った。
地を這う衝撃波を単発で放つこの技には、極めて有用な特徴が二つある。
それは使用者の負担が軽微な事と、極めてサイクルの短い連射が可能な事だ。
瞬間的な二連射では魔神剣・双牙の方が速いが、三発四発と多発する時この基本技も遜色ない連射性を誇る。
「魔神剣! 魔神剣! 魔神剣!」
邪剣に刻まれた戦いの型に従い、技の名を叫び定められた体の動きを繰り返す。
放たれる衝撃波は無数。
その攻撃は単純ながら生半可な技量など容易くねじ伏せる物量を誇るのだ。
だがそれに対するシャナは、その手にある剣を衝撃波の第一波へと叩きつけた。
紫穂は驚愕に目を見開く。
振り下ろされた剣は魔神剣の衝撃波を跳ね返したのだ。
第一波は第二波と相殺する。第三波は第四波と、第五波は第六波と……!
「でも、甘いわ!」
第七波はシャナではなく転がっていたベッドの成れの果てを直撃した。
舞い上がる粉塵が視界を隠し、第八の衝撃波が視界を封じられたシャナに襲い掛かる。
「魔神剣・双牙!」
紫穂は更に連なる衝撃波を粉塵へと叩き込んでやった。
視界を封じた所に間隔の違う計三連の衝撃波だ、何時何処に来るかは把握できない。
(これなら幾ら彼女とてただでは済まないはずだわ)
紫穂は舞い上がる粉塵を睨め付けた。
「甘いのはおまえよ」
しかしシャナは、粉塵の中から姿を表した。
その背中に生える炎の翼がゆっくりと羽ばたいて、地を這う破壊を天井から嘲笑う。
その髪の色は燃える白銀。
白銀色の長い髪は同時に炎に燃ゆる如き赤い揺らめきに包まれていた。
紫穂がハッとなり身構えた時にはもう遅い。
振り下ろされたマスターソードは、邪剣ファフニールを叩き落としていた。
紫穂の瞳は闇色の輝きを失い、あっさりと閉じられた。
* * *
「紫穂!!」
双葉が見た物は四つ。
ゆっくりと崩れ落ちる紫穂の姿。
振り下ろされた刃。叩き落とされた刃。
そして一瞬だけ紅く輝いて見えた、長い銀色の髪。
双葉が知る限り、そんな髪をした奴は一人しか居ない。
「てめえ、神楽だけじゃなく紫穂まで!」
だから当然のように怒りに任せて掴みかかろうとして。
――頭部に走った激痛で強引に足を止められた。
双葉が見た物は四つ。
ゆっくりと崩れ落ちる紫穂の姿。
振り下ろされた刃。叩き落とされた刃。
そして一瞬だけ紅く輝いて見えた、長い銀色の髪。
双葉が知る限り、そんな髪をした奴は一人しか居ない。
「てめえ、神楽だけじゃなく紫穂まで!」
だから当然のように怒りに任せて掴みかかろうとして。
――頭部に走った激痛で強引に足を止められた。
そのまま後ろから髪を引っ張られて、倒れそうになってまた前に引っ張られた。
「ぎゃあ!?」
「床に叩きつけちゃうと危ないか。ごめんね」
「て、てめえ何しやがる!」
双葉は髪を掴む少女を振り返る。
目の前の顔は相変わらず何の表情も浮かばない虚無と闇に満ちていた。
「ぎゃあ!?」
「床に叩きつけちゃうと危ないか。ごめんね」
「て、てめえ何しやがる!」
双葉は髪を掴む少女を振り返る。
目の前の顔は相変わらず何の表情も浮かばない虚無と闇に満ちていた。
「少し、落ち着こう。あれはきっと、敵じゃないから」
「え? ……いてぇ! 髪引っ張るな!」
「ああ、ごめんね」
髪を放された双葉は、再びその場を見直す。
崩れ落ちる紫穂。だけどその姿に外傷は無かった。
振り下ろされた刃は奇妙な短剣を叩き落としただけだった。
そして長い銀色の髪の持ち主は、神楽を惨殺したあの少女ではなかった。
その少女が誰であるかに気づき、双葉は息を呑む。
少女はゆっくりと双葉の方に向き直った。銀色の瞳が静かに双葉達を見つめている。
なのはが、少女に話しかけた。
「はじめまして、私は高町なのは。聞いてたのとは少し外見が違うけれど……あなたは、シャナちゃんだよね」
「……そうよ」
シャナは帰還した。その姿を変貌させて。
「え? ……いてぇ! 髪引っ張るな!」
「ああ、ごめんね」
髪を放された双葉は、再びその場を見直す。
崩れ落ちる紫穂。だけどその姿に外傷は無かった。
振り下ろされた刃は奇妙な短剣を叩き落としただけだった。
そして長い銀色の髪の持ち主は、神楽を惨殺したあの少女ではなかった。
その少女が誰であるかに気づき、双葉は息を呑む。
少女はゆっくりと双葉の方に向き直った。銀色の瞳が静かに双葉達を見つめている。
なのはが、少女に話しかけた。
「はじめまして、私は高町なのは。聞いてたのとは少し外見が違うけれど……あなたは、シャナちゃんだよね」
「……そうよ」
シャナは帰還した。その姿を変貌させて。
「ど、どうしたんだよシャナ! 髪も眼も銀色になってるじゃねーか!?」
シャナは感慨もなく答えた。
「生き残るためよ、死の淵で生命の水を与えられて、私はしろがねとなる事を選んだ。
詳しいことは後で説明するわ。それより……」
シャナは再びマスターソードを振り上げ、床に転がる奇妙な短剣へと振り下ろした。
ガキッと硬質な激突音が響く。
「……壊せないか。厄介ね」
邪剣ファフニールには傷一つ付いていなかった。魔の装備を破壊する事はできない。
「なんだよ、その短剣」
「多分だけど、この短剣が紫穂がおかしかった原因だわ」
「そうなのか? じゃあ紫穂はもう元に戻ったんだな!?」
「そのはずよ」
といっても、実はシャナも確信を持って行動したわけではない。
紫穂の持つ短剣から危険な力を感じたのも、直感がそれを危険だと訴えたのも事実だ。
だから手放せと言ったら攻撃まで仕掛けてきたから叩き落とした。
その力はかなり強いものだったが、それが短剣の力なのか紫穂が隠していた力なのかも判らない。
シャナはこの短剣がどれだけの危険を秘めているか、まだ判断できないでいた。
「さっきの力もこの短剣の力だとすれば危険だわ。
捨てても誰かが拾うかもしれないし、誰が持っても危ないんじゃ弱い奴に持たせたって同じだし」
「じゃあ逆に使えるんじゃないかな」
無機質な声は薄闇に響いた。
シャナは感慨もなく答えた。
「生き残るためよ、死の淵で生命の水を与えられて、私はしろがねとなる事を選んだ。
詳しいことは後で説明するわ。それより……」
シャナは再びマスターソードを振り上げ、床に転がる奇妙な短剣へと振り下ろした。
ガキッと硬質な激突音が響く。
「……壊せないか。厄介ね」
邪剣ファフニールには傷一つ付いていなかった。魔の装備を破壊する事はできない。
「なんだよ、その短剣」
「多分だけど、この短剣が紫穂がおかしかった原因だわ」
「そうなのか? じゃあ紫穂はもう元に戻ったんだな!?」
「そのはずよ」
といっても、実はシャナも確信を持って行動したわけではない。
紫穂の持つ短剣から危険な力を感じたのも、直感がそれを危険だと訴えたのも事実だ。
だから手放せと言ったら攻撃まで仕掛けてきたから叩き落とした。
その力はかなり強いものだったが、それが短剣の力なのか紫穂が隠していた力なのかも判らない。
シャナはこの短剣がどれだけの危険を秘めているか、まだ判断できないでいた。
「さっきの力もこの短剣の力だとすれば危険だわ。
捨てても誰かが拾うかもしれないし、誰が持っても危ないんじゃ弱い奴に持たせたって同じだし」
「じゃあ逆に使えるんじゃないかな」
無機質な声は薄闇に響いた。
「……何を言ってるの、おまえは。この短剣は危険なのよ」
シャナは発言の主、高町なのはを睨みつける。だが虚無に満ちた表情が揺らぐことはない。
「少し前まで、双葉ちゃんは紫穂ちゃんと一緒に居ても襲われなかったんだよね」
「ああ。でもむちゃくちゃ根暗でイヤな事ぶつぶつ言ってたぜ」
「それじゃ、戦いになったのはどうして?」
シャナは傲然と答える。
「その短剣がおまえを歪めてるから手放せと言ったのよ。そうしたら攻撃してきたわ」
なのはは少し思案して、言った。
「危険だけど、使えないわけじゃないよね」
「……そうね、おまえの言う通りだわ」
それは合理だろう。シャナはあっさりと認めた。
「待てよ、紫穂をまたあんなおかしい事にするっていうのか!?」
納得いかないのは双葉だ。双葉から見てさっきまでの紫穂は明らかにおかしかった。
そして危険だと思った。あの紫穂と一緒に居るのが危険というのはもちろん有る。
「あたしは認めねーぞ、そんなの!」
「勘違いしないで、双葉。危険が迫った時だけ渡すのよ」
「だからってあんなの……紫穂がおかしくなって元に戻らなかったらどうすんだよ」
だけどそれだけじゃなくて、紫穂自身にとってもあんなの良くないに決まってる。
それはあくまで感情から出た言葉だけれど、一つの正しさを持っていた。
「もしそうなってもきっと、死んじゃうのよりはずっと良い事だよ」
それなら彼女の言葉は何から出た言葉だろうか。
シャナは発言の主、高町なのはを睨みつける。だが虚無に満ちた表情が揺らぐことはない。
「少し前まで、双葉ちゃんは紫穂ちゃんと一緒に居ても襲われなかったんだよね」
「ああ。でもむちゃくちゃ根暗でイヤな事ぶつぶつ言ってたぜ」
「それじゃ、戦いになったのはどうして?」
シャナは傲然と答える。
「その短剣がおまえを歪めてるから手放せと言ったのよ。そうしたら攻撃してきたわ」
なのはは少し思案して、言った。
「危険だけど、使えないわけじゃないよね」
「……そうね、おまえの言う通りだわ」
それは合理だろう。シャナはあっさりと認めた。
「待てよ、紫穂をまたあんなおかしい事にするっていうのか!?」
納得いかないのは双葉だ。双葉から見てさっきまでの紫穂は明らかにおかしかった。
そして危険だと思った。あの紫穂と一緒に居るのが危険というのはもちろん有る。
「あたしは認めねーぞ、そんなの!」
「勘違いしないで、双葉。危険が迫った時だけ渡すのよ」
「だからってあんなの……紫穂がおかしくなって元に戻らなかったらどうすんだよ」
だけどそれだけじゃなくて、紫穂自身にとってもあんなの良くないに決まってる。
それはあくまで感情から出た言葉だけれど、一つの正しさを持っていた。
「もしそうなってもきっと、死んじゃうのよりはずっと良い事だよ」
それなら彼女の言葉は何から出た言葉だろうか。
「たとえ手足を失っても。たとえ心が傷付き砕けても」
高町なのはの言葉は、真夜中の闇よりも重く蟠る。
「死んでしまう事に比べればそんなのはきっと、大した事じゃないよ」
「な…………」
吉永双葉は思わず絶句した。
「なに言いやがるテメエ!」
そして溢れた怒りに任せて殴りつけた。
なのはは避けようともせずその拳を受けて、よろめいただけで倒れることなく立ち続ける。
更に続く拳は何の動揺もなく掌に受け止められた。
「ふざけんな! そんなのどう考えてもでっかい事だろうが!」
双葉は絶叫する。
「あたしだってケンカとかするけど、でも! 誰かの心を踏みにじって平気な顔でいる奴はゆるせねえ!」
「……じゃあ、死んでもいいの?」
「良いわけないだろ! でも心が死ぬのだっておなじくらいダメに決まってる!」
「………………」
「もし心を殺してもどうでも良いなんていうなら……そんな奴、あたしは絶対にゆるさねえ!!」
「…………そう」
なのはは双葉の襟元を掴み、放り投げた。魔力強化した肉体が適正な出力を絞り出す。
綺麗に放物線を描いて、双葉の体はシャナの腕に受け止められた。
「げほっ、て、てめえ……」
「でもきっと、いつか選択を迫られる」
なのはは言った。
「命を失うか心を壊すか。ううん……選択肢すら無いかもしれない、そんな危機がきっと来る」
「……おまえは、そういう目に遭ったのね」
シャナの問いに、しかしなのはは曖昧に答えただけだった。
「それも有ったよ」
と。
高町なのはの言葉は、真夜中の闇よりも重く蟠る。
「死んでしまう事に比べればそんなのはきっと、大した事じゃないよ」
「な…………」
吉永双葉は思わず絶句した。
「なに言いやがるテメエ!」
そして溢れた怒りに任せて殴りつけた。
なのはは避けようともせずその拳を受けて、よろめいただけで倒れることなく立ち続ける。
更に続く拳は何の動揺もなく掌に受け止められた。
「ふざけんな! そんなのどう考えてもでっかい事だろうが!」
双葉は絶叫する。
「あたしだってケンカとかするけど、でも! 誰かの心を踏みにじって平気な顔でいる奴はゆるせねえ!」
「……じゃあ、死んでもいいの?」
「良いわけないだろ! でも心が死ぬのだっておなじくらいダメに決まってる!」
「………………」
「もし心を殺してもどうでも良いなんていうなら……そんな奴、あたしは絶対にゆるさねえ!!」
「…………そう」
なのはは双葉の襟元を掴み、放り投げた。魔力強化した肉体が適正な出力を絞り出す。
綺麗に放物線を描いて、双葉の体はシャナの腕に受け止められた。
「げほっ、て、てめえ……」
「でもきっと、いつか選択を迫られる」
なのはは言った。
「命を失うか心を壊すか。ううん……選択肢すら無いかもしれない、そんな危機がきっと来る」
「……おまえは、そういう目に遭ったのね」
シャナの問いに、しかしなのはは曖昧に答えただけだった。
「それも有ったよ」
と。
「……シャナ。おまえまでこいつの言う事に賛成なのかよ」
「理屈はともかく、やる事は間違っていないわ」
シャナは短剣を指して言う。
「この島で戦えないと危ないのは事実よ。だからこれは持っていけばいい。
そして本当に危なくなったら、紫穂に渡しても良い。危ないようならまた私が叩き落とすわ」
「だけど……」
「不安ならおまえのランドセルに入れておけばいいわ。おまえがどうしても必要だと思ったら渡しなさい。
この短剣を持った時に紫穂がどう動くかも判らないんだから、本当に危ない時しか使えないのは事実よ」
「…………わかった。そうする」
その条件で双葉はうなずいた。
邪剣ファフニールは直接触らないよう慎重に、双葉のランドセルへと収められた。
「理屈はともかく、やる事は間違っていないわ」
シャナは短剣を指して言う。
「この島で戦えないと危ないのは事実よ。だからこれは持っていけばいい。
そして本当に危なくなったら、紫穂に渡しても良い。危ないようならまた私が叩き落とすわ」
「だけど……」
「不安ならおまえのランドセルに入れておけばいいわ。おまえがどうしても必要だと思ったら渡しなさい。
この短剣を持った時に紫穂がどう動くかも判らないんだから、本当に危ない時しか使えないのは事実よ」
「…………わかった。そうする」
その条件で双葉はうなずいた。
邪剣ファフニールは直接触らないよう慎重に、双葉のランドセルへと収められた。
【B-2/草原/1日目/夕方】
【野比のび太@ドラえもん】
[状態]:心身ともに疲労、鼻骨骨折、額に小さな切り傷
[装備]:なし
[道具]:グリーンのランドセル(金属探知チョーク@ドラえもん、基本支給品(水とパンを一つずつ消費)、
アーティファクト『落書帝国』@ネギま!(残ページ無し))、ひまわりのランドセル(基本支給品×1)
[服装]:いつもの黄色いシャツと半ズボン(失禁の染み付き。ほぼ乾いている)
[思考] :これからどうしよう?
第一行動方針:これからどうしよう?
第二行動方針:リルルたちを追って、北東の街へ向かってみようか?
第三行動方針:最初の子豚≠ジャイアンだと確信するために、ジャイアンを探す。
基本行動方針:もう、他の人を殺そうとしたり嘘をついたりは絶対にしない
[備考]:「子豚=ジャイアン?」の思い込みは、今のところ半信半疑の状態。
【野比のび太@ドラえもん】
[状態]:心身ともに疲労、鼻骨骨折、額に小さな切り傷
[装備]:なし
[道具]:グリーンのランドセル(金属探知チョーク@ドラえもん、基本支給品(水とパンを一つずつ消費)、
アーティファクト『落書帝国』@ネギま!(残ページ無し))、ひまわりのランドセル(基本支給品×1)
[服装]:いつもの黄色いシャツと半ズボン(失禁の染み付き。ほぼ乾いている)
[思考] :これからどうしよう?
第一行動方針:これからどうしよう?
第二行動方針:リルルたちを追って、北東の街へ向かってみようか?
第三行動方針:最初の子豚≠ジャイアンだと確信するために、ジャイアンを探す。
基本行動方針:もう、他の人を殺そうとしたり嘘をついたりは絶対にしない
[備考]:「子豚=ジャイアン?」の思い込みは、今のところ半信半疑の状態。