「いんみだれ2」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「いんみだれ2」(2006/09/07 (木) 10:10:25) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
*『いんみだれ』(矢部×山田) by 151さん
**2
----
…進めた、はずやったんやけど。
俺は無意識の内に、先に話題にあがった女の家に来てしまっていた。
「菊池があんまり山田、山田煩かったから混乱したんかな?」
自分の行動がまったく理解できず、頭を掻く。
………折角やから顔でも見ていくか。
ここ暫く変な事件は起こっていない。
それは自然と、俺があの女に会っていない日数に結びつく。
久々にあの生意気な、その上、仮にも俺の部下を二人も振るような女の顔を見るのも悪くない。
何故か自分に言い聞かせながら、ボロアパートの階段を上る。
「せやけど、ほんまボロやなぁ」
小さく呟いたつもりが、大きく反響し慌てて口を押さえる。
俺は人気の全くない通路を歩きながら、女の家を探した。
…そういやぁ、長い付き合いやけど家を尋ねた事はなかったな。
横に『山田』と表札が立てられた扉を見つけ、歩を止める。
俺は小さく息をのみ、扉を叩こうと拳を掲げた所で、固まった。
……って何緊張しとるんやろ、俺。
首を横に振り、扉を二、三度ノックする。
中からは…何の返答も無かった。
寝ているのかと思ったが、それなら寝言が外まで聞こえてくるはずだと気付く。
「何や、留守か」
どっと肩から力が抜ける。
「阿呆らし…帰ろ帰ろ」
----
俺は昇った時とは違い、軽くなった足取りで階段を降りる。
「…にしても、こんな時間にどこ行っとんのや、あの女」
口にすると同時に、はっと気付いた。
……上田センセのとこか。
そう考えた途端、無性に足と床が引き合う気がした。
階段を降りきった足が、地面に着こうとした、その時だった。
「あれ?矢部さん?」
聞き慣れた声がし、俯いていた顔を上げる。
そこには、片手に洗面器とタオルを持ち、微妙に髪の濡れた奈緒子がいた。
奈緒子は驚いたように俺を見つめている。
「おまっ…お前、どこ行っとんたんや!」
奈緒子は首を傾げながら答える。
「どこって…見れば分かるでしょう?銭湯ですよ」
銭湯。その言葉に自分が安堵したことに気付き、それを否定するように俺は捲し立てる。
「銭湯って…もう夜遅いんやから、いくらお前でもこんな時間に独りで彷徨いたら…危ないやろ!」
それを聞いた奈緒子は心底意外そうな表情をする。
「大丈夫ですよ、歩いて三分の所だし。…矢部さん、心配してくれてるんですか?」
「阿呆か!誰がお前の心配なんかするか!俺は警察として当然の注意をしただけです~!!」
早口で捲し立て、息を切らした俺は大きく息を吸う。
同時に頭が冷え、自分の行動の馬鹿らしさを自覚した。
「…はぁ、まぁええわ。じゃあな」
「え?…ちょ…」
さっさとその場を去ろうとする俺に、奈緒子が背中から呼びかける。
「ちょっと、待って下さい!何か私に用事があったんじゃないですか?」
俺は歩を休め、言い訳を考えるが結局思いつかず、振り返らずに答える。
「…何でもないわ。酔って道間違っただけや」
そう言って歩き出そうとした俺の腕を、駆け寄ってきた奈緒子が掴んだ。
----
「待って下さい」
「…何や」
その場にいるのが堪らなく気まずかった俺は、一刻も早くここから離れたい思いで一杯だった。
「よかったら、家でお茶でも飲んで行きませんか?」
俺は仰天して奈緒子を振り返った。
…は?こいつ今、何つった?
奈緒子は微笑みもせず、真剣な表情で俺を見上げてくる。
「ちょっと…相談したいことがあるんです」
奈緒子の口から出た意外な台詞に呆然とする。
…こいつが?俺に?相談?
地に足が張り付いている俺の腕を引き、奈緒子はアパートの階段を昇りはじめる。
俺は奈緒子の言う『相談』の意味について考えた。
長い付き合いだが、こいつから相談を受けたことなど一度もない。
元々悩みを人に打ち明けるような性格には見えないが、それを差し置いても、顔を合わせれば喧嘩ばかりの
自分に相談を持ちかけようとするなど、考えもしなかった。
思い当たるとすれば、よくこいつが巻き込まれる『黒門島』に関することだが。
しかしそれにしても昼間、警察を尋ねるほうが当然だろう。
…だいたいこんな時間に、いくら俺やからって仮にも男を、独り暮らしの家に上げようとするか?!
奈緒子の無防備と無自覚にほとほと呆れている間に、知らず、奈緒子に引かれその家の前まで
来ていてしまっていた。
俺はハッとして奈緒子に掴まれたままの腕を振りほどく。
とりあえず、その相談とやらを聞いてさっさと帰るしかない。
…変に意識してんの悟られたら、格好つかへんもんな。いつも通りに…。
----
カチャリと鍵を開ける音が通路に響き、奈緒子が扉を開ける。
「…どうぞ」
促されるまま中に入り、部屋を見渡しながら俺は思わず呟いた。
「汚っ!!」
「うるさい!……ちゃんと靴脱いで上がって下さいよ」
俺の習性を理解しきっている奈緒子からの忠告に、微妙な満足感を覚える。
言われたとおりに靴を脱ぎ捨て、向かい側に奈緒子が座るテーブルの前に座った。
「しっかし、狭いうえに色気のない部屋やなぁ…お前、本当に女か?」
まじまじと部屋を見渡し、まぁ予想通りとも言えるが、女らしさのかけらもないその装飾に呆れる。
「だからうるさいって!…これでも、いろいろ凝ってるんだからな」
そのこだわりとやらを是非ともお聞きしようかと思ったが、だいたい予想できたので敢えて聞かなかった。
沈黙が流れ、奈緒子は俺から視線を逸らし、横にある亀やネズミの様子を見ている。
俺はそんな奈緒子の後ろ髪をジッと見つめた。
まだ水気を帯びた長い髪が、狭い部屋に微かにシャンプーの匂いを充満させている。
……普通の男なら、ここでムラムラ~と来るんやろうな。まぁ、俺の場合、
相手がこいつやしあり得へんけど。
そうは思いながらも奈緒子から視線を逸らす。
奈緒子は黙ったまま自分のペットをじっと見つめている。
かなり、長い静寂。
「お前、いいかげん茶くらいだせよ!暇やろぉが!」
苛立った俺の言葉で静寂が崩れる。
それを受け奈緒子はハッとしたのか、慌てて台所へと駆け寄った。
「…ごめんなさい、ボーっとしてました」
----
さっきから重々承知していたが、今日の奈緒子はどこかおかしい。
俺は後ろで茶を沸かす奈緒子に、振り返ることはせずに問いかけた。
「なんや、その……相談って何やねん」
一瞬の間の後、奈緒子が答える。
「………矢部さんって、まだ結婚してませんよね」
「はぁ?!?」
意外すぎる奈緒子の問いに思わず振り返る。
奈緒子は俺を見ることなくコンロに火を着けている。
「……何を今更。してへんのくらいお前も知っとるやろ!」
声色に呆れを込めて答え、俺は体を元に戻す。
また、一瞬の間。
「……じゃあ、付き合ってる女の人はいるんですか?」
俺は振り返る気も失せ、大きくため息を吐いた。
「あのなぁ…お前、いい加減にせぇよ!俺はお前が相談がある言うから、わざわざこんな時間に
付き合っとるんやぞ!何で俺が質問されなあかんのや!」
「いいから!……答えて下さい」
奈緒子が俺以上の大声で、怒鳴る俺を制し、思わず肩が跳ねた。
俺は仕方なく奈緒子の質問に答える。
「………まぁ、今は…そういう特定の奴はおらんけど。まだまだ遊びたい盛りやしな!」
奈緒子からの返答はない。
「はぁ…せやから、何やねんお前…何が言いたいんや?!」
返事の代わりにお湯の沸く音が響き、奈緒子は火を止めた。
背中からお茶が湯飲みに注がれる音が響く。
長い、長い間。
----
コトンと目の前に湯飲みが置かれ、俺は奈緒子の顔を覗き込んだ。
奈緒子が向かいに座り、俯けていた顔を上げる。
「ねぇ、矢部さん。私の事どう思ってますか?」
その台詞に俺は硬直した。
……は?な、何やて?……つうか、何や、この告白みたいな流れは。
そう思った瞬間、それはあり得ないことに気付く。
目の前の女が誰を好いているかなど、充分すぎるほど理解していた。
一瞬の予想、いや、期待が、瞬く間に怒りに変わる。
「山田、人からかうのもえぇかげんにせぇよ!」
そう言って奈緒子の額を軽く叩く。
「いったぁ!」
手加減したつもりだったが、奈緒子には堪えたらしい。
「帰るぞ」
俺は構わず立ち上がろうとした。
が、奈緒子が俺の手を掴み、それを制止する。
「待って!…下さい。…お願い、答えて」
そう言って涙目で俺を見上げてくる。
瞬間心臓が跳ねたが、奈緒子が涙目なのは先程額を叩かれたせいだと、自分に言い聞かせる。
だが余りに真剣な眼差しに観念し、俺は再び腰を下ろした。
奈緒子の顔を見つめ、思いきり息を吸う。そして…。
「はっきり言わせてもらう!俺は、お前みたいな貧乳手品小娘のことなんか何っとも思ってへんわ!
歯牙の先にも掛けてません!俺の好みの範疇外も範疇外!言うなればチャダと同レベルや!!」
俺は思いきり奈緒子に怒鳴りつけた。
まだ言い足りなかったが息がきれたので、この辺で勘弁してやることにする。
奈緒子は俺の大声に目を丸くしていた。
----
俺は奈緒子に握られたままの手を乱暴に振りほどいた。
手のひらに滲んだ汗を、ズボンで擦る。
どうせ奈緒子の方も怒鳴りつけてくるだろうと践んでいた俺は、更にそれに言い返す文句を考えた。
しかし、奈緒子の返答は俺が予想し得ないものだった。
「はーっ、よかった!」
奈緒子は心底安心したように息を吐き、緊張の解けた笑顔を浮かべる。
「はぁ?!」
まったくもって理解不能。思考範囲外。
何をどうしたらそんな反応が返ってくるのか。
俺が顔をひくつかせながら見つめていると、奈緒子は勢いよく立ち上がった。
「よし!ちょっと待ってろ、矢部!」
「はい?!…って呼び捨てはやめぇってあれほど…おい、山田?山田!!」
奈緒子は俺に構わず奥の部屋に入り、物陰に隠れてしまった。
奈緒子に翻弄され続け、混乱している思考を懸命に落ち着かせる。
女という生き物は元来そうだが、ここまで不可解なのは奈緒子くらいのものだ。
……何で俺に好かれてへんと、『よかった』になるんや?!だいたい、上田センセ以外眼中にないくせに
何で俺にあんな事聞くんや。……っていうか、今あいつ何しとんのや!!
いくら考えても焦燥ばかりが募る。
向かいではゴソゴソと音がし、奈緒子が何かしていることしか伝わってこない。
「おーい、山田ぁ!!だから君は何をしてるんですか?!」
「ちょ、ちょっと待っててください!」
死角からの奈緒子の返答に軽く項垂れる。
そういえば奥の部屋には手品用の衣装が沢山かかっていた。
…まさかそれに着替えて、今からしょうもない手品ショーでもするんやないやろな。
[[Next>>>いんみだれ2]]
*『いんみだれ』(矢部×山田) by 151さん
**2
----
…進めた、はずやったんやけど。
俺は無意識の内に、先に話題にあがった女の家に来てしまっていた。
「菊池があんまり山田、山田煩かったから混乱したんかな?」
自分の行動がまったく理解できず、頭を掻く。
………折角やから顔でも見ていくか。
ここ暫く変な事件は起こっていない。
それは自然と、俺があの女に会っていない日数に結びつく。
久々にあの生意気な、その上、仮にも俺の部下を二人も振るような女の顔を見るのも悪くない。
何故か自分に言い聞かせながら、ボロアパートの階段を上る。
「せやけど、ほんまボロやなぁ」
小さく呟いたつもりが、大きく反響し慌てて口を押さえる。
俺は人気の全くない通路を歩きながら、女の家を探した。
…そういやぁ、長い付き合いやけど家を尋ねた事はなかったな。
横に『山田』と表札が立てられた扉を見つけ、歩を止める。
俺は小さく息をのみ、扉を叩こうと拳を掲げた所で、固まった。
……って何緊張しとるんやろ、俺。
首を横に振り、扉を二、三度ノックする。
中からは…何の返答も無かった。
寝ているのかと思ったが、それなら寝言が外まで聞こえてくるはずだと気付く。
「何や、留守か」
どっと肩から力が抜ける。
「阿呆らし…帰ろ帰ろ」
----
俺は昇った時とは違い、軽くなった足取りで階段を降りる。
「…にしても、こんな時間にどこ行っとんのや、あの女」
口にすると同時に、はっと気付いた。
……上田センセのとこか。
そう考えた途端、無性に足と床が引き合う気がした。
階段を降りきった足が、地面に着こうとした、その時だった。
「あれ?矢部さん?」
聞き慣れた声がし、俯いていた顔を上げる。
そこには、片手に洗面器とタオルを持ち、微妙に髪の濡れた奈緒子がいた。
奈緒子は驚いたように俺を見つめている。
「おまっ…お前、どこ行っとんたんや!」
奈緒子は首を傾げながら答える。
「どこって…見れば分かるでしょう?銭湯ですよ」
銭湯。その言葉に自分が安堵したことに気付き、それを否定するように俺は捲し立てる。
「銭湯って…もう夜遅いんやから、いくらお前でもこんな時間に独りで彷徨いたら…危ないやろ!」
それを聞いた奈緒子は心底意外そうな表情をする。
「大丈夫ですよ、歩いて三分の所だし。…矢部さん、心配してくれてるんですか?」
「阿呆か!誰がお前の心配なんかするか!俺は警察として当然の注意をしただけです~!!」
早口で捲し立て、息を切らした俺は大きく息を吸う。
同時に頭が冷え、自分の行動の馬鹿らしさを自覚した。
「…はぁ、まぁええわ。じゃあな」
「え?…ちょ…」
さっさとその場を去ろうとする俺に、奈緒子が背中から呼びかける。
「ちょっと、待って下さい!何か私に用事があったんじゃないですか?」
俺は歩を休め、言い訳を考えるが結局思いつかず、振り返らずに答える。
「…何でもないわ。酔って道間違っただけや」
そう言って歩き出そうとした俺の腕を、駆け寄ってきた奈緒子が掴んだ。
----
「待って下さい」
「…何や」
その場にいるのが堪らなく気まずかった俺は、一刻も早くここから離れたい思いで一杯だった。
「よかったら、家でお茶でも飲んで行きませんか?」
俺は仰天して奈緒子を振り返った。
…は?こいつ今、何つった?
奈緒子は微笑みもせず、真剣な表情で俺を見上げてくる。
「ちょっと…相談したいことがあるんです」
奈緒子の口から出た意外な台詞に呆然とする。
…こいつが?俺に?相談?
地に足が張り付いている俺の腕を引き、奈緒子はアパートの階段を昇りはじめる。
俺は奈緒子の言う『相談』の意味について考えた。
長い付き合いだが、こいつから相談を受けたことなど一度もない。
元々悩みを人に打ち明けるような性格には見えないが、それを差し置いても、顔を合わせれば喧嘩ばかりの
自分に相談を持ちかけようとするなど、考えもしなかった。
思い当たるとすれば、よくこいつが巻き込まれる『黒門島』に関することだが。
しかしそれにしても昼間、警察を尋ねるほうが当然だろう。
…だいたいこんな時間に、いくら俺やからって仮にも男を、独り暮らしの家に上げようとするか?!
奈緒子の無防備と無自覚にほとほと呆れている間に、知らず、奈緒子に引かれその家の前まで
来ていてしまっていた。
俺はハッとして奈緒子に掴まれたままの腕を振りほどく。
とりあえず、その相談とやらを聞いてさっさと帰るしかない。
…変に意識してんの悟られたら、格好つかへんもんな。いつも通りに…。
----
カチャリと鍵を開ける音が通路に響き、奈緒子が扉を開ける。
「…どうぞ」
促されるまま中に入り、部屋を見渡しながら俺は思わず呟いた。
「汚っ!!」
「うるさい!……ちゃんと靴脱いで上がって下さいよ」
俺の習性を理解しきっている奈緒子からの忠告に、微妙な満足感を覚える。
言われたとおりに靴を脱ぎ捨て、向かい側に奈緒子が座るテーブルの前に座った。
「しっかし、狭いうえに色気のない部屋やなぁ…お前、本当に女か?」
まじまじと部屋を見渡し、まぁ予想通りとも言えるが、女らしさのかけらもないその装飾に呆れる。
「だからうるさいって!…これでも、いろいろ凝ってるんだからな」
そのこだわりとやらを是非ともお聞きしようかと思ったが、だいたい予想できたので敢えて聞かなかった。
沈黙が流れ、奈緒子は俺から視線を逸らし、横にある亀やネズミの様子を見ている。
俺はそんな奈緒子の後ろ髪をジッと見つめた。
まだ水気を帯びた長い髪が、狭い部屋に微かにシャンプーの匂いを充満させている。
……普通の男なら、ここでムラムラ~と来るんやろうな。まぁ、俺の場合、
相手がこいつやしあり得へんけど。
そうは思いながらも奈緒子から視線を逸らす。
奈緒子は黙ったまま自分のペットをじっと見つめている。
かなり、長い静寂。
「お前、いいかげん茶くらいだせよ!暇やろぉが!」
苛立った俺の言葉で静寂が崩れる。
それを受け奈緒子はハッとしたのか、慌てて台所へと駆け寄った。
「…ごめんなさい、ボーっとしてました」
----
さっきから重々承知していたが、今日の奈緒子はどこかおかしい。
俺は後ろで茶を沸かす奈緒子に、振り返ることはせずに問いかけた。
「なんや、その……相談って何やねん」
一瞬の間の後、奈緒子が答える。
「………矢部さんって、まだ結婚してませんよね」
「はぁ?!?」
意外すぎる奈緒子の問いに思わず振り返る。
奈緒子は俺を見ることなくコンロに火を着けている。
「……何を今更。してへんのくらいお前も知っとるやろ!」
声色に呆れを込めて答え、俺は体を元に戻す。
また、一瞬の間。
「……じゃあ、付き合ってる女の人はいるんですか?」
俺は振り返る気も失せ、大きくため息を吐いた。
「あのなぁ…お前、いい加減にせぇよ!俺はお前が相談がある言うから、わざわざこんな時間に
付き合っとるんやぞ!何で俺が質問されなあかんのや!」
「いいから!……答えて下さい」
奈緒子が俺以上の大声で、怒鳴る俺を制し、思わず肩が跳ねた。
俺は仕方なく奈緒子の質問に答える。
「………まぁ、今は…そういう特定の奴はおらんけど。まだまだ遊びたい盛りやしな!」
奈緒子からの返答はない。
「はぁ…せやから、何やねんお前…何が言いたいんや?!」
返事の代わりにお湯の沸く音が響き、奈緒子は火を止めた。
背中からお茶が湯飲みに注がれる音が響く。
長い、長い間。
----
コトンと目の前に湯飲みが置かれ、俺は奈緒子の顔を覗き込んだ。
奈緒子が向かいに座り、俯けていた顔を上げる。
「ねぇ、矢部さん。私の事どう思ってますか?」
その台詞に俺は硬直した。
……は?な、何やて?……つうか、何や、この告白みたいな流れは。
そう思った瞬間、それはあり得ないことに気付く。
目の前の女が誰を好いているかなど、充分すぎるほど理解していた。
一瞬の予想、いや、期待が、瞬く間に怒りに変わる。
「山田、人からかうのもえぇかげんにせぇよ!」
そう言って奈緒子の額を軽く叩く。
「いったぁ!」
手加減したつもりだったが、奈緒子には堪えたらしい。
「帰るぞ」
俺は構わず立ち上がろうとした。
が、奈緒子が俺の手を掴み、それを制止する。
「待って!…下さい。…お願い、答えて」
そう言って涙目で俺を見上げてくる。
瞬間心臓が跳ねたが、奈緒子が涙目なのは先程額を叩かれたせいだと、自分に言い聞かせる。
だが余りに真剣な眼差しに観念し、俺は再び腰を下ろした。
奈緒子の顔を見つめ、思いきり息を吸う。そして…。
「はっきり言わせてもらう!俺は、お前みたいな貧乳手品小娘のことなんか何っとも思ってへんわ!
歯牙の先にも掛けてません!俺の好みの範疇外も範疇外!言うなればチャダと同レベルや!!」
俺は思いきり奈緒子に怒鳴りつけた。
まだ言い足りなかったが息がきれたので、この辺で勘弁してやることにする。
奈緒子は俺の大声に目を丸くしていた。
----
俺は奈緒子に握られたままの手を乱暴に振りほどいた。
手のひらに滲んだ汗を、ズボンで擦る。
どうせ奈緒子の方も怒鳴りつけてくるだろうと践んでいた俺は、更にそれに言い返す文句を考えた。
しかし、奈緒子の返答は俺が予想し得ないものだった。
「はーっ、よかった!」
奈緒子は心底安心したように息を吐き、緊張の解けた笑顔を浮かべる。
「はぁ?!」
まったくもって理解不能。思考範囲外。
何をどうしたらそんな反応が返ってくるのか。
俺が顔をひくつかせながら見つめていると、奈緒子は勢いよく立ち上がった。
「よし!ちょっと待ってろ、矢部!」
「はい?!…って呼び捨てはやめぇってあれほど…おい、山田?山田!!」
奈緒子は俺に構わず奥の部屋に入り、物陰に隠れてしまった。
奈緒子に翻弄され続け、混乱している思考を懸命に落ち着かせる。
女という生き物は元来そうだが、ここまで不可解なのは奈緒子くらいのものだ。
……何で俺に好かれてへんと、『よかった』になるんや?!だいたい、上田センセ以外眼中にないくせに
何で俺にあんな事聞くんや。……っていうか、今あいつ何しとんのや!!
いくら考えても焦燥ばかりが募る。
向かいではゴソゴソと音がし、奈緒子が何かしていることしか伝わってこない。
「おーい、山田ぁ!!だから君は何をしてるんですか?!」
「ちょ、ちょっと待っててください!」
死角からの奈緒子の返答に軽く項垂れる。
そういえば奥の部屋には手品用の衣装が沢山かかっていた。
…まさかそれに着替えて、今からしょうもない手品ショーでもするんやないやろな。
[[Next>>>いんみだれ3]]