「久遠の想い」ID:UzEzu8MC0氏

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 今日は、君の誕生日。  脚に抱きついてくる少女は、今日で五歳になる。頭を撫でてやると、嬉しそうに彼女は言う。 「ありがとう、お父さん。大好き」  あれから、五年経った。俺が、君の母さんへ、永遠に思いを伝えられなくなったその日から、五年。  俺に、久遠の絶望と後悔が刻まれてから、もう、五年も……。  柊かがみの恋人が死んだという噂が、そのとき学校中に広まった。交通事故だったらしい。  噂は噂でも何でもなく、事実だった。柊かがみは、その噂がたった日から暗い影を落として、もう活発な女性ではなくなった。  クラスメイトの彼女の友人たちは、全員で彼女を励ました。  とても仲の良いグループだったから、その不幸は、彼女たちの笑顔も消失させた。だけど必死で、彼女たちは柊かがみの支えになった。  それでも、柊かがみがまたもとの明るい彼女に戻ることはなかった。そのうち、友人たちも疲れてしまって、少しずつ、パズルのピースが崩れるように、彼女たちの絆も崩壊した。  ある日のことだった。残酷なぐらい、夕焼けが綺麗な、学校だった。俺は、教室に忘れ物を取りにいっていた。  そして、悲しいすすり泣く声を聞いた。俺は、その声がする教室を、覗いてみた。  柊かがみが泣いていた。机に顔を伏せ、か細い体を震わせて、彼女は泣いていた。教室の扉を静かに滑らせ、中に入ると、彼女は顔を上げて、縋るように見据えてきた。  涙でぐしゃぐしゃに濡れた彼女の顔が、ひどくみっともなくて、俺は胸が破裂してしまいそうに苦しくなった。  彼女に近づいていき、声をかけると、彼女は俺に抱きついてきた。彼女がそうするのは、もう、心を壊してしまった証拠だった。俺は、息苦しさしか感じなかった。  彼女は、俺の耳元で、小さく、小さく、震えた声で、言った。  抱いて、と、彼女は俺に言った。  俺は、彼女の華奢な体に宿る、美しい心は、もうとっくに壊れてしまっていることを知った。  一度だけだった。たった一度だけの、悲しい間違いだった。彼女も、それが過ちであることを理解していた。俺だって、そうだ。俺が、誰より、その行為の意味を知っていた。  しばらくして、柊かがみの妊娠が発覚した。それは、瞬く間に学校に広まった。最早、子どもは出産する道しかないほど、成長していた。  同年代の人間は、それを死んでいった恋人の忘れ形見だと、あたかも美しいドラマのように演出した。だけど、大人たちは、若すぎる彼女の妊娠を強烈に批判した。  大人たちが彼女を批判するのは、それだけではなかった。  彼女の妊娠と、恋人が死んだ期間が、どうにも一致しなかったのだ。つまり、彼女が妊娠した子どもは、死んでいった恋人の子どもであるわけがなかったのだ。  俺は、まだほんのガキだった。馬鹿みたいに将来に対する漠然とした不安しか持っていない、子どもなんか育てられるわけがない、ただの馬鹿なガキだった。  柊かがみは、その子どもが誰の子なのか、誰にも言わなかった。そして、子どもを生む決心をした。  俺はといえば、罪悪と後ろ指さされるような人生が怖くって、震えているだけだった。彼女一人に、重荷を背負わせた。  彼女の友人の泉こなたが、俺を呼び出したとき、俺は目の前が真っ暗になった。柊かがみは、誰にも妊娠した子どもが俺の子であることを話さなかった。  だから、俺はそれに安堵を感じて、ただ、日々の全てが彼女の妊娠を忘れるまで、逃げていた。  ばれてしまったのだ、と思った。しかし、柊かがみが妊娠した子どもは俺との間にできた子どもである、という噂は一切たたなかった。  泉こなたは、俺をぶん殴ると、たった一言、怒鳴った。  あんたが支えてあげなくて、誰が支えるんだよ、と。そういって、彼女は去っていった。  俺は、本当に頭の悪い俺は、それでも、どうすればいいかわからなかった。  だって、柊かがみが本当に愛していたのは、死んでいった恋人なのだ。決して、俺ではないのだ。だから、俺なんかが、彼女に何をしてやれるのか、支えになれるのか、わからなかった。  結局、俺は柊かがみの妊娠が発覚してから一度も、彼女を言葉はおろか顔すら合わせなかった。  俺と彼女をつなぐものは、たった一度の、悲しい間違いだけだった。  卒業と同時に、柊かがみは出産した。そして、子どもを生んだその日、彼女は入院していた病院から、飛び降り自殺をした。  たった一人の少女が背負うには、運命は残酷すぎて、悲しすぎたんだ。彼女は、子どもの生と引き換えに、自らの命を経った。  彼女が死んでから、遺書が、病室のベットの隙間から見つかった。その遺書には、短く、たった一言、遺書というにはあまりにも短すぎる言葉が、紡がれていた。 『ごめんなさい』  彼女が最後にこの世に伝えたかったものは、その言葉だけだった。  今日は、君の誕生日。 「お父さん、何故泣いているの? どこか怪我したの?」  震えた声を、刻んだ。 「名前を、名前を言ってごらん。君の、名前を」  彼女は、変なお父さんね、と笑いながら、言った。 「私は、白石くおん。五歳です」  ああ、そうだ。本当は、ずっと前から気づいていた。俺は、君の母さんが……。  ――今日は、君の誕生日。俺が、久遠の絶望に、この思いを二度と伝えられなくなった、その日。

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