昔々、同人のひよりというお婆さんがおったそうな。
彼女はよろずのジャンルに手を伸ばし、同人誌を売って生活しておったと。
ある晩、ひよりがネタを求めて竹林を歩いていると、その中に光り輝く竹が一本。
ひよりが竹を切断すると、中から女の子が出てきました。
「これが噂に聞く、赤ちゃんポストという物ッスか……」
お婆さんは赤子を家に連れて帰り、自分で育てることにしました。
「うーん。名前を付けるのって、悩むなぁ……」
迷った末に、彼女は一番近くに置かれていた漫画の中から、名前を選ぶ事にしました。
「こなた、っていうのはどう? こなた姫」
赤子が笑ったように思えたので、ひよりは女の子をそう呼ぶ事に決めました。
それから十数年後。
こなた姫は普通では考えられない段階で成長が止まり、一部の人間にとっては最高の姿になりました。
中学校に入る前の外見で成長の止まった少女の噂は、世のロリコン達にあっと言う間に広まりました。
会ってみたいと言う者が後を絶ちませんでしたが、本人は常に断り続けていました。
「こんな状態じゃ、落ち着いてアニメも見れないじゃん」
こなた姫は居留守を装うために、テレビの音量を下げました。
「ひよりお婆さんがいれば、すぐに追い返してもらえるのに」
しかし、残念ながらひよりはコミケに出かけていました。
余談ですが、壁サークルです。
もっともそのイベントの日の来客は少なく、比較的静かなため、こなたにとっても気楽な日でした。
待っていれば、お婆さんからのお土産として大量の同人誌が読める事も、楽しみでした。
年月の経過と共に、「さすがに成長してしまっただろう」と諦めるロリコンが増えていきました。
しかし、それでも諦めない、信者のようになってしまった男が四人いました。
いずれも名のある家の者でしたが、どうでもいいので名乗るシーンは省略します。
諦めの悪いこれら四人に対し、こなた姫は諦めさせる方法を考えました。
「じゃあさ、私が今から言う物を持ってきたら、一緒にゲームをやるくらいならいいよ」
男達の歓喜の声があがりましたが、これはぬか喜びにすぎません。
こなた姫は、男達が一生かけても手に入れられそうにないものを要求しました。
「まずはセバスチャン。小神あきらが土下座している写真を撮ってきてください」
「あきら様の!? くっ、やってやろうじゃないか!」
それから数日後、セバスチャンの土下座した写真が郵送されてきた。
「セバスチャンがやられたか……」
「なに、奴は我ら四魔貴族の中でも最弱。あの程度の要求ならば、俺がやってみせるさ」
「次の人は……うーん。エステバリスの開発で」
「無理? じゃあ次の人だね。紅白歌合戦を、今年はすべてアニソンにして」
「うーん。他には何かあったかな。あ、そうだ。絵本入り込み靴が欲しいかも」
あまりの無理難題に、男達は努力をする前に諦めてしまいました。
しかし彼らを倒しても、第二、第三のロリコンが現れるのであった。
「まったく。政府も、こういう人たちを取り締まってくれればいいのに」
――この発言が児童ポルノ法成立のきっかけになるとは、彼女は想像もしなかった。
だが、それはまた別の話。
四魔貴族がいなくなってからは、こなた姫にしばしの休息の時間が訪れた。
「さーて、密林から届いたゲームでもやろうかな」
こなた姫がゲーム機を取り出すと、タイミングの悪い事にチャイムが鳴りました。
ひよりがネタに詰まって死んでいたので、こなた姫が応対に出ます。
玄関で待っていたのは、なんと帝のそうじろうでした。
「えっ、なに。誰?」
「なるほど……確かにそっくりだ。間違いないようだな」
困惑するこなた姫に、そうじろうは衝撃の事実を告げました。
「私はお前の父親だ。お前の母のかなたは、身分違いを理由に、身篭った状態で私の前から姿を消したのだ」
そうじろうが帰った後も、こなた姫はゲームをやろうとはしませんでした。
都で暮らさないかという話について、どう答えるべきかを考えていたからです。
帝の熱心な説得で、こなたの心は揺らいでいました。
「いないと思っていた、お父さん。まさか生きていたなんて」
翌日からこなた姫は、アニメを見る事をたびたび中断して、物思いにふけるようになりました。
ひよりお婆さんが尋ねても、何でもないの一点張り。
ご飯だと呼ばれても、アニメを見続けてすぐには行かないほどでした。
それから数日が経ち、再び帝が尋ねてきました。
「こなた。都に住めば、電車で何駅も移動しなくてもアニメショップがあるんだぞ」
そうじろうは、リサーチしていたこなたの趣味に合わせて、巧みに誘いをかけました。
しかし――。
「お父さん。信じてはもらえないかもしれないけど、私は地上の人間じゃないんだ」
「な、なにを言ってるッスか」
「どういうことなんだ?」
動揺するお婆さんを無視して、そうじろうは極めて冷静にそう言った。
「私はお母さんと同じ、月の住人なんだよ。そして次の満月の日には、そこに行かないといけないんだ」
それは、こなたが数日かけて出した答えだった。
「こなた、一つ訊かせて欲しい。『帰る』ではなく『行く』ということは、こちらに残る事も出来るのか?」
「……ダメだよ。お父さんに見つかっちゃったから」
「どうして!?」
「お父さんと会った日の夢に、お母さんが出てきた言ったんだ。あの人には帝としての役目がある、って」
こなた姫がそう言うと、そうじろうは黙ってうなだれた。
「ひよりお婆さん。長い間、本当にありがとうございました」
「こなた姫……」
「お婆さんの同人誌、すっごくえっちで、大好きでした」
「あああああああぁぁぁ。どうして、親の前でそんな話をおおおおおぉぉぉ」
ひよりは大声で叫ぶと、障子を開けて部屋から飛び出して行った。
部屋に残ったのは、知り合ったばかりの親子だけになった。
こなた姫がどうしたものかと迷っていると、帝は顔を上げて言った。
「月といのは、天国の比喩表現なんだろう? そんな所に行かせはしないぞ」
「……お母さんが私を迎えに来るんだよ? それを一般人のお父さんに、何が出来るのさ」
「かなたの時と同じ後悔をするつもりはない。俺が無力でも、陰陽師を呼び集めてかなたを迎え撃つ」
十日に満たない日々を、そうじろうは娘と話すこともせずに駆け回った。
ようやく見つけ出した娘を、二度と手放さないために。
そしてついに、満月の日がきた。
「来い、かなた。千の兵士に千の陰陽師。お前がどう言おうとも、こなたを渡しはしないぞ」
そうじろうが叫んだ瞬間、月が一際輝いたと思うと、千の兵士は残らず眠ってしまった。
「こんな事をしちゃダメだって、こなたに言ってもらったのに」
懐かしい声が帝の耳に届き、ふと周りを見ると陰陽師も兵士と同じようになっていた。
「かなた。やめてくれ」
そうじろうの言葉に耳を貸さず、浮遊しているかなたは、こなた姫の部屋へと近づいていく。
地面を歩かない以上、落とし穴の類は一切発動しなかった。
かなたが姫と対面したとき、ひよりお婆さんが間に割り込みました。
「こなたを育てたという意味では、私もお母さんッス。それを血縁だというだけで、好き勝手にはさせない」
「どいて」
かなたが腕を持ち上げると、ひよりの体が浮き、吹き飛ばされる。
ひよりは追いかけてきた帝にぶつかり、二人は落とし穴へと落ちた。
「さあ、こなた。行きましょう」
こなた姫の前に手が差し伸べられる。
彼女がその手を取らなかったのは、落とし穴の底から声が聞こえてきたからだった。
「こなた。こなたは他人が決め付けた『正しさ』に従うの?」
「おい。こなたまで消えたら、俺は死ぬからな。それでも連れて行くつもりか」
「そうくん……どうして、そんな悲しい事を言うの?」
かなたは二人の落ちた穴まで移動して、覗き込んで言った。
「私はそうくんに幸せになってもらいたかっただけなのに」
「馬鹿なこと言うなよ。お前達がいなくなったら、俺は不幸に決まっているだろ」
そうじろうは、這い登りながらかなたへの言葉を紡ぐ。
「そもそもな。こなたのことは国中に知られているから、今更こなたがいなくなっても無意味なんだよ」
「え?」
そうじろうが必死に準備をしていたのは、兵士達を集めるためだけではなかった。
こなたが消える理由をなくすために、自分の地位を揺るがすような危険を冒していたのだ。
「……お母さん」
そうじろうに気を取られているうちに、こなた姫はかなたの背後に立っていた。
かなたが振り向くと、こなたの目に溜まった涙が月の光で輝いていた。
「私、こっちの世界で、ひよりお婆さんやお父さんと一緒に生きていたい」
「こなた」
かなたは娘の名前を呟くと、月を見て、穏やかに笑った。
「残念、今日は月食みたい。これじゃあ、こなたを連れていけないわね」
「お母さん……?」
そんなニュース、テレビではやっていなかったのに。
こなたが疑問に思っている間にも、月は次第に欠けていき、倒れていた兵士も目を覚まし始めた。
「そうくん。こなた。元気でね」
それだけを言うと、かなたは光の粒子になって消えた。
「お父さん。ベタ塗りはもっと丁寧にやってよ。はみ出してるよ」
「そ、そうか。すまん」
「しっかりしてよ。ひよりお婆さんに怒られるのは私なんだからね」
あれ以来、満月になってもかなたは姿を見せなかった。
人が幸せになるために何が必要なのか、かなたに伝わったのだろうと三人は理解した。
結局こなたはひよりお婆さんと暮らしている。
「あー、もうっ。それじゃダメだって。お父さん、邪魔だからもう帰っていいよ」
「いやいや、この話の原作者として、俺には手伝う理由があるはずだ」
「作業の分担だよ。分担。だいたい、本職はいいの?」
「うん。まあ、そっちは適当に……な」
そうじろうは影武者を使い、時々こうして二人の家に遊びに来ている。
ちなみに彼がひよりの同人誌の原作を担当するようになってから、売り上げは落ちる一方らしい。
「こなた。今の生活は、幸せか?」
ホワイト修正も失敗したそうじろうが、こなたに尋ねる。
「どうだろうね」
「おいおい」
「うわー。もう絶対に締め切りに間に合わない……」
突然乱入してきたひよりを見ながら、こなたは答えた。
「ま、こんな風に笑えるんだから、不幸なはずがないけどね」
終
最終更新:2008年03月22日 12:13