■ コートヤード ‐竹内朱莉- ■
「ねぇテストどうだった?」
「んんーだめだよぉ。聖ったらどれも20点ぐらいなんだよ。朱莉ちゃんは?」
「へへーん!みてみてこれ」
「うわぁーすごいっ65点だぁっ!朱莉ちゃんいーなー!」
「ふふっ。今回は朱莉がんばったなぁ。」
私立凰卵女学院。
その中庭で二人の女学生がたわいもない会話をしている。
まるで恋人同士のよう。
互いの指に指を絡めて手を繋ぎ、肩をぴったりと寄せ合い、きゃっきゃとはしゃぐ。
一人は譜久村聖、そして、もう一人の少女。
あかり、そう呼ばれた少女のカバンの中には、12点や22点、といった答案用紙が束になって入っている。
だが、そちらの方を見せる気はさらさらないようだ。
彼女の名は、竹内朱莉。
小柄な少女だ。
譜久村と比べると、ひとまわり小さい。
制服を着ていなければ、少年のようにもみえる。
短い髪、ちょっと短めな手足、張りのあるまん丸な顔。
くりくりとよく動く瞳、ちいさな丸い鼻、
分厚くぷりっとした唇が少しめくれあがり、白い前歯を覗かせている。
見るからに活発そうな相貌だ。
学校指定より、ちょっと短めのスカートからのぞくは、
覆われたスパッツの上からでもわかる、太く、逞しい太腿。
健康的な少女だ。
肩、胸、背、腰、二の腕、太腿、
頑健な骨格と、精強な筋肉、程よい脂肪。
全身の、あらゆるパーツから、ずっしりとした質量を感じる。
瑞々しく、肉感的。
リゾナントに身を寄せる以前からの、
譜久村が凰卵に転入して、間もない頃からの付き合い。
なぜこんなにも仲良くなれたのか。
それは、譜久村自身にも全くわからない事だった。
竹内は譜久村より2歳年下、つまり『先輩と後輩』の関係だ。
『学校』という環境下にある子供たちにとって、2年の年齢差には絶対的な隔たりがある。
にも拘らず、二人の間には、そういったヒエラルキーが微塵も存在しない。
むしろ、譜久村の方が竹内に甘える、そんな関係。
今となっては、どうやって出会ったのかすら覚えていない。
廊下かロビーか、どこかでふと目があった。
たぶん、そんな、些細なきっかけだったのだろう。
自然に惹かれあい、一瞬で仲良くなった。
「なんだか、もっと、ずぅっと前から、一緒だった気がするね!」
それが二人の口癖になった。
「ねぇ聖ちゃん」
「んー?」
「聖ちゃん、幸せ?」
「えーなんだよー?急にー?しあわせだよぉー聖。あかりちゃんのお嫁さんになれてしあわせだよー」
「ちょっと!お嫁さんって!どっからそーゆーはなしに?なんだもーやだぁ、ぬふっ、朱莉みせいねんだし」
「えーじゃあ大人になったら結婚してくれるのー?」
「いやーそんな!…そーゆう…ねっ!んー…そのときになったらねっ?かんがえます」
「やったー!」
あまりにくだらない。
まったくもってどうでもいい会話が延々と続き、あっという間に時間が過ぎていく。
もう、予鈴だ。
「ばいばーい!」
校舎へと走り去る竹内の背と尻を、名残惜しそうに見送る譜久村。
再び、ベンチに腰掛ける。
うかない顔。
ため息をついた。
「はーっ」
譜久村には、少し心配な事があった。
竹内の事だ。
ここ何日か、あかりちゃん様子がちょっと変だ。
そう感じていた。
いや、具体的にどこが、といった事はわからない。
表面上は、いつもと変わらぬ、活発で明るい、
譜久村が大好きな『あかりちゃん』のままだ。
だが、なにかが違う。
反射的に使ってしまった【残留思念感知】にも、それらしい事柄は見当たらなかった。
というか、全然その生活が見えてこない。
「きもい。これじゃ聖、ストーカーじゃん。」
先ほどまで竹内が座っていた所を何度もさする。
あれだけ一緒に居て、あれだけ接触の機会があるのだ。
その気になれば、彼女の生活の全て、本当にその全てが、手に取るようにわかるはずだった。
が、何もわからない。
「どうしたんだろう?聖もヘンなのかな?あかりちゃんのこと好きすぎて、うまくわかんないのかな?」
なぜか自分の側に原因を求める。
「聖がヘンだから、そんな気がするだけなんだよっきっとそうだよっ。」
ひとりごと。
何も心配することなんかない。
いつもの『あかりちゃん』だったじゃん。
もしかしたら、本当にただの気のせい。
聖の勘違いなのかもしれないよ。
でも、心配だよ。
「よしっ!やっぱり明日あかりちゃんに聞こう!うん、そうするっ!」
ブレブレだ。
が、とりあえずの意思決定。
でもそれで、少し心が軽くなる。
譜久村は、中庭を後にした。
――――
「……」
中庭を見下ろす窓際、二人の少女が譜久村を見送っていた。
「たけ…」
「福田さんうるさい」
「…」
「でも、ありがとうございます」
「……」
「聖ちゃんを守ってくれて、本当にありがとう」
どんな表情をすればいいのかわからない。
福田花音は、そんな表情のまま無言で竹内を見つめる。
再び、とりあげてしまった。
私たちの都合のためだけに……
普通の、『普通の女の子』としての一生……
エッグの事、能力の事……
そう…奪ってしまった……
日常を
怨まれて同然だ、憎まれて当然だ。
なのに。
「さって!お別れも済んだし、行きましょっか。」
竹内はそう言ってぐるぐると左腕を回転させた。
「ええ、そうね…」
二人の少女は背を向ける。
窓の外の、中庭に。
光の中の、日常に。
「でもっ、いつか、一回だけっ、福田さんぶっ飛ばしますからねっ!」
ええ、
いつか、ね。
投稿日:2013/11/23(土) 11:37:01.95 0
最終更新:2013年11月24日 23:49